「ゴルカ・サレタ・ムニエン・サモーラ・サモーラ...。」
「メセデス、メセデス...。」
まるでフランス国旗の様なトリコロールカラーの帽子を被り、ボーボボと首領パッチが、謎の呪文を唱えつつ鍋をかき混ぜる様を、二人の我が子を抱えつつヒカルが怪訝な表情で見つめる。
最初の出会い以降、彼らの言動の全てを理解する事を諦めている彼ではあるが、流石に異世界言語と言われれば納得してしまう呟きと共に、何かしら口に入るだろうものを作られては警戒したくもなるだろう。
これまで彼らの行動についてフォローを行っていたアイがこの場にいない事も、その気持ちに拍車を掛けていた。
同席するヘッポコ丸に対し、彼らの奇行の意図を問うが。
「...匂いからしたら変なものじゃないだろうし、大丈夫だろ。
ボーボボさん達の行動に一々意味を求めてたら疲れるだけだから、早めに慣れた方がいいぞ。
それよりほら、おむつの替え方とか今の内におさらいしちゃおう。」
哀しい程に割り切る様促しつつ、自身がこの場にいる目的を果たそうとするヘッポコ丸。
彼が今回、有給休暇の消化という名目で休日を利用して、アイと双子が住む部屋へと訪れているのには、妹のポコミが幼児の頃に世話をした経験から、ヒカルに対して乳幼児の世話について指導を任された経緯が有った。
ヒカル自身が役者として着実に実力を付けた結果、良くも悪くも仕事が舞い込み休みが取り難い事に加え、出産を秘密裏に進めた弊害として、ララライ側としても表立って育児休暇を取らせる事が出来ないのが実情である。
ミルクの作り方等予習出来る部分は兎も角、あやし方や子供からのサインの見分け等体験しなければ分からない事も多く、ヘッポコ丸と休みを合わせ助力を願った形だ。
「は、はい!
よろしくお願いします!」
言われたヒカルも、アイが残した育児用のメモを片手に彼の説明に耳を傾ける。
態々自分達の為に時間を割いてくれた彼の厚意に報いる為にも、いち早く教えられた事を一人で実践出来る様にならなければならない。
決して、意味不明な者達から目を背けている訳ではないのだ。
「...ねぇ、あの人達放っといて大丈夫なの?
よく分かんない事ブツブツ言ってるけど...。」
「...この匂いはチーズ類だろうし、流石に毒になるものじゃないだろ...。
父さんの知り合いの人も止めようとしないし大丈夫なんじゃないか...、多分...。」
一方で、指導を受けるヒカルの子供達もまた、隣り合って横になりつつ小声で両親の知人の行動について言葉を交わす。
両者共それぞれの前世での経験から、彼らが悪い人間でない事は理解してはいるものの、自由に動き回る訳にもいかない現状、視覚的に情報を得られない為に不安を感じるのも事実であった。
先日、母が寝静まった時を見計らって、互いに特殊な存在である事を確かめ合った二人は、タイミングを見計らっては周囲への反応について意見を交わしていた。
前世の意識が有る都合上致し方ないが、どうしても普通の赤ん坊らしからぬ反応を見せてしまう事が多々有るのだ。
それぞれ前世から母を知る二人としては、彼女が我が子の振る舞いに疑問を抱く様子が無い事に複雑な気持ちは有るものの、一応母に対しての振る舞いは現状のままで問題無いだろうと考えている。
しかし、この考えが他の人物にも当てはまる等と思える程、二人の『中の人』は子供ではない。
特に警戒すべき対象が、現在知り合いなのだろう男性に、育児について教示を受けている今世の父である。
単純に自分達の名前に違和感を覚える感性に加え、彼の年齢で親になったという事実に真面目に向き合おうとしている様子からも、自分達の特異性に勘付いてもおかしくはない人物と言える。
そんな中、誰かが近付く気配を感じ取り一旦会話を中断すると、二人の顔を覗き込む様に天の助が何かを手に持ちつつ姿を見せた。
知り合い以上の関係の人物しかいない筈のこの場にて、何故か彼は周囲を警戒した様子だ。
(...この様子、まさか話しているのを聞かれたか⁉︎)
懸念していた事態が発生した可能性にアクアが内心で舌を打つも、現状彼らに出来るのは大人しく赤ん坊の振りをする事のみである。
すると、警戒する二人の胸元に何やら布を付けていく天の助。
形状と位置からして恐らくは前掛けなのだろうが、その柄に違和感を覚えたルビーが思わず反応を示してしまう。
「何こ...ッ!」
(ヤッバ‼︎ 思わず声出ちゃった‼︎)
(何してんだバカ‼︎ クソッ、今のは確実に聞かれたか⁉︎)
その柄を見れば、ルビーの反応に同情せざるを得ないが、それは間違いなく致命的になるだろう反応であった。
ハッキリと言葉を発した乳幼児_そんな得体の知れない存在に対し、じっと視線を向ける天の助。
終わったか_二人が諦観を抱いた時であった。
「フッ、よくぞ聞いてくれたなお嬢ちゃん。
コイツは『ぬの前掛け』。
俺からお前達へのささやかなプレゼントさ。」
ルビーが言葉を発するという一大事を何でもないかの様に流し、二人に『ぬ』の魅力について滔々と語り始める天の助。
前世も含め、人生初の平仮名一文字について熱く語られるという状況に二人はげんなりとした気持ちになるが、天の助としても壮大な野望の第一歩故に、その熱の入れようも一入なのだ。
(ククク、アイとヒカルの子供なら、どっちかだけでも芸能界に入る可能性は十分有る。
将来コイツらに『ぬ』をPRして貰う為にも、今から英才教育しとかねぇとな...。)
そんな欲望に染まった汚い笑みを見せる天の助の背後に、ゆっくりと近付く者が現れ。
「何してんだ、テメーー‼︎」
「ぎゃああああ‼︎ チクショー、見つかったかー‼︎」
ボーボボの制裁は鼻毛だけに留まらず、前掛けは無惨にも破り捨てられ、天の助はベランダから外へと放り投げられてしまった。
「...ちょっ、ボーボボさん⁉︎
ここ何階だと思ってるんですか⁉︎」
「天の助ー‼︎
大丈夫かー⁉︎」
(ちょっと待って、嘘でしょ⁉︎ 外に投げちゃったよ⁉︎)
(何考えてんだこの人⁉︎ というか、この人の鼻毛どうなってんだ⁉︎)
瞬く間に繰り広げられた余りの出来事に呆気に取られていた四人も我に帰ると、それぞれ反応を見せる。
行動の内容が内容だけに、双子も外面を取り繕う余裕すら無く、驚愕の表情を見せてしまったが。
「呼んだ?」
「あれ⁉︎
じゃあ今のは⁉︎」
ヒカルとヘッポコ丸の声に応える様に、普通にリビングの扉を開けて現れる天の助。
涼しい顔で席に着くと、ヒカル達に休憩を促す。
「お前らも一旦休憩しろよ。
丁度ボーボボ達が作ってたケーキも完成するだろ。」
「えぇ...。
というか、ボーボボさん達ケーキ作ってたんですね...。」
「えっ、それじゃあポコミさん本当に苺プロに来る事になりそうなんですか?」
ボーボボ達が作ったバスクケーキに舌鼓を打ちつつ、ヘッポコ丸が語った妹の計画にヒカルが反応する。
彼も宮崎の病院にて、本人から希望を聞いてはいたものの、そこから数ヶ月の間に予想以上に話が進んでいた事実に驚きを隠せない。
時期的には確かに就職を希望する学生が、親や教師に進路を伝える頃合いではあるが、応募書類の提出はまだまだ先の事である筈だ。
にも関わらず、ほぼ入社が既定路線とでも言う様なヘッポコ丸の口振りに、何らかの思惑を感じるが。
「その件なんだが、例のストーカー対策で俺達と社長が一緒に進めてる事とも繋がっててな。」
ボーボボより語られた内情に、ヒカルも納得の様子を見せた。
曰く、ストーカーによる吾郎殺害を重く見た壱護が、ボーボボ達と協議し、B小町の面々の送迎の際にボディガードを付ける事となったのだと言う。
警察側でも動きは有るものの、丁度監視カメラに映らない場所での犯行となった事や、死因がキバハゲデュエルによって出来た傷である事から凶器が発見されない事により捜査が難航しており、未だ犯人逮捕に至っていないのが実情である。
極論、全国のB小町ファンが容疑者である現状、アイのみならず他のメンバーにも危害が及ぶ可能性は十分に考えられた。
そこでこの場にいるボーボボ達四名が、一先ず秘密を共有する創設メンバーの護衛を担当し、残る三名を事務所スタッフが車で送迎する形を取っている。
しかしながら、当然この方法にも懸念点は存在した。
側から見れば_特に久常、有坂、松井の三名から見れば、創設メンバーを特別扱いしていると映りかねない点。
彼女達の感情を抜きにしても、三名分の送迎を行うというのは、スケジュールによっては負担が大きく、可能であれば三人にもそれぞれ、せめて一人分は担当を増やしたいというのが苺プロ側の本音であった。
そんな中でポコミは、実力だけでなくアイの秘密を守れるという意味でも貴重な存在であり、壱護達とすれば彼女の要望は願ってもない申し出だったのだ。
ここに、現在ボーボボ達が連絡を取っている破天荒も加われば、残り一人を事務所スタッフが対応する計算となる。
既に事が起こってしまった以上、警戒し過ぎるという事はないだろう。
(成程、あの男だけでなく他にもトラブルは考えられる訳だし、当然の対応だろうな...。)
彼らの話を聞いていたアクアも、事務所側の対応に納得する。
何しろ彼の場合、前世において直接の被害者となっているだけに警戒心は人一倍強い。
自身を害した者を抜きにしても、現在のB小町の人気を鑑みれば、他のメンバーが別のストーカーの被害にあう可能性も有り、どこかのタイミングで対策は必須であっただろう。
懸念点とすれば、その人員としてポコミが選ばれた事だが、かつて自身も目の前で見せられた不思議な力を持つステッキの存在や、彼女の兄が騒ぎ立てる様子が無い事実からすると、相応の能力を持っていると考えていいだろう。
仮にまたあの男がアイの前に現れたとしても、身代わりになる事すら叶わない今の自分では、彼らの力を頼る他無い故に。
(...ちょっと待って、ストーカーに護衛ってどういう事⁉︎)
一方で、同じ様に話を聞いていたルビーは、その内容に理解が追い付かず混乱の只中にあった。
ストーカーの存在は十分考えられるものであるが、護衛が必要というのは穏やかではない。
無論、そういった迷惑行為に走る者の精神状態を考えれば、『何をしてくるか分からない相手』として想定するのは間違ってはいないのだろう。
聞いていた話だけでは、被害者に何があったのか迄は把握出来なかったが、彼らが話す雰囲気からして実際に怪我を負わされたのかもしれない。
更に、かつての友人が苺プロに入社しようとしているとすれば、本来ストーカーが狙っていた相手にも見当が付く。
自分達の母が狙われていたとすれば、それを知ったポコミが彼女の近くにいたいと考えるのも自然な流れだ。
そこで彼女は、かつて自分が見た夢とも現実とも判別出来ない光景を思い出し、嫌な予感を覚える。
目の前にいた筈の『あの人』が、自分の前から煙の様に消えてしまった光景を、ルビーは自身の脳裏から拭い去る事が出来なかった。
天の助とヘッポコ丸と共に自宅へと戻っていったヒカルを見送り、静けさを取り戻した部屋の中で、ボーボボが双子へと声を掛ける。
彼とて、二人が自身の言葉を理解出来ない事は承知の上だが、過去の後悔を繰り返さない為の誓いを誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「アクア、ルビー。
アイは...、お前達のお母さんは俺達が絶対に守るからな。
...先生と同じ事は、二度とさせねぇ...。
だから、お前達はアイとヒカルにちゃんと笑顔を見せてやってくれ。
...さて、アイが帰ってくる前にミルクの準備しちまうか!」
彼が自分達から離れたのを確認したルビーが、先程感じた嫌な予感と併せ『先生』という言葉に反応する。
「...せんせ。」
「...。」
彼女の発音が、忘れる事等無いだろう『彼女』と同じだったのか、それとも単なるしたっ足らずの偶然だったのか、アクアには確信が得られなかった。
天の助「そういえば、ルビーが喋ってたぞ。」
ヒカル「ハハハ、そんな事ある訳ないですよ。」