推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:36巡り合わせ

 東京、六本木のテレビ局内。

 約一年振りに感じる、現場の慌ただしい雰囲気の中、アイは壱護と共にとある人物へと向き合っていた。

 この日彼女を含むB小町の面々は、初の生放送歌番組へと出演するのだ。

 

 この一年、中心メンバーの一人であるアイを抜きにして尚、今回のチャンスを掴み取る程にグループが人気を得た背景には、当然アイ以外の六名が評価されて然るべき実力を付けていた事は言うまでもないが、それだけで番組出演のチャンスが得られる程甘くないのが、芸能界という世界である。

 上層部のコネクションは勿論だが、そもそもの話として番組側がB小町の起用にメリットを感じていなければならない。

 かつてのハレクラニとのコラボにしても、彼がB小町に対して『新進気鋭のアイドルグループという話題性』と『一定以上の集客を見込めるタレントを安価で起用出来る』というメリットを感じたからに他ならない。

 そういった意味では、ここ一年のB小町は『アイという集客力の有る中心人物を欠いた状態』にも関わらず、『なまじハレクラニとの強固なコネクションが有る』という競合相手から見ると扱い難い存在となってしまっていたのだ。

 無論壱護達も、この状況に静観する筈はなく、久常、有坂、松井の担当曲を作成しメンバー毎の個性を明確にしていく等ファン離れに対しての対策を講じてはいたものの、アイというスター性の権化を失った影響をカバーするには至らなかった。

 

 そんな状況に目を付けたのが、現在壱護とアイが向かい合う人物_鏑木である。

 相変わらずプロデューサーとしての辣腕を振るう彼が、苺プロへと今回の歌番組への出演を斡旋した背景には、様々な者達の思惑が絡み合っていた。

 

 まずは当然、約一年振りの復帰となるアイの為に可能な限り良い舞台を用意したい、壱護達苺プロの面々。

 アイの健在振りをアピールするだけでなく、彼女が復帰した上で改めて他のメンバーの努力の程をファンへと示したい狙いが有った。

 B小町は決してアイだけのグループではないのだ_と。

 

 続くのは、ハレクラニやテレビ局側_所謂彼女達を起用する者達である。

 アイの離脱中、ハレルヤランドでのイベントにおける集客率の下降は見られたものの、その原因が彼女の長期入院というどうにもならない問題であった事に加え、久常達の担当曲発表等で幾分持ち直した事も手伝い、ハレクラニもこの点についてはまだ様子見の姿勢を取っていた。

 しかしながら、幾らメンバーの技量が向上しようとも、単一のグループのファン層だけではいずれ頭打ちになるのは必至。

 音楽イベントの開催にある程度の要領を得たハレクラニが目論むのが、複数のアーティストを起用したイベントの開催である。

 現状B小町の世間的な評価は、その実力とファンからの人気に比べ、一般的な知名度はまだまだ低い所謂『知る人ぞ知るグループ』という状態だ。

 ハレクラニの構想において、大規模イベント開催の為には、しばらくは主要アーティストとなるだろうB小町の知名度上昇は不可欠。

 そこで、彼の思惑と『主要メンバーの長期離脱からの復帰』という話題性を持ったB小町を起用したいテレビ局側の思惑が一致し、苺プロへの打診へと繋がったのだ。

 

 そしてもう一人、壱護達が向き合う男もまたその胸の内に思惑を秘めている。

 

「さて、アイ君もそろそろ控室に移動した方がいい。

 リハーサル前にメンバー間で確認する事も有るだろう?」

 

 先に挨拶を終え、移動していた他の面々と合流する様促す鏑木。

 アイにはいらぬ心配かもしれないが、やはり復帰戦というタイミングに生放送の番組をぶつけてきたお偉方の機嫌を損ねない為にも、パフォーマンスに向けた準備に時間を使わせたい気持ちは有る。

 個別の挨拶によって彼女からの感謝の気持ちは伝わっているし、それ以上彼女を拘束するつもりは無いのだ。

 彼女もまたその意図を察したのか、再度頭を下げると控室へと移動していった。

 

「鏑木さん、改めてこの度は本当にありがとうございます。」

 

「礼には及びませんよ、斉藤さん。

 ここ一年のB小町のパフォーマンスに関しては、ハレクラニさんも満足しておいででした。

 正直、田楽マン君から彼女達の話を聞いた時には、ここまでの存在になるとは想像出来ませんでしたが...。

 御社のプロデュース方針は正しかったという事でしょう。

 僕としても、仕事がやり易くて助かっていますよ。」

 

 壱護の言葉に対する鏑木の反応に偽りは無い。

 事実として彼が交流を持ち始めた頃のB小町は、当時のキャリアを考えれば順調と言える成長をしてはいたものの、あくまで数ある地下アイドルグループの一つに過ぎなかった。

 今振り返って見れば、自身が他所の事務所からの移籍先探しについて話を持ち掛けた事が切っ掛けで、自身の古巣すら巻き込んであのハレルヤランドでイベントを開催する程の存在にまでなったのだから、巡り合わせの妙を感じざるを得ない。

 

「それはどうも...。

 ただ、正直意外だったんです。

 アイをぶっつけ本番で生放送の番組に出すって、博打みたいなやり方ですから...。」

 

 ただ、壱護としては今回の鏑木の采配に疑問を感じる部分が有るのも事実だ。

 利益優先の考え方により勘違いされ易いが、プロデューサーとしての鏑木の手腕は非常に堅実なものである。

 今回のアイの復帰にしても、上層部の意向は絡むにせよ、何も生放送に拘る必要は無い筈だ。

 幾ら本人に自信が有るとはいえ、客観的に見てその言葉がどれ程信頼出来るものかを考えれば、リスクが大きいと言わざるを得ない。

 壱護が抱く鏑木へのイメージからすれば、メディア露出の無いイベントで復帰させ、実力を確かめてからという方が余程しっくりくる。

 上層部に対してもそれを納得させるだけの交渉力が有るのは間違いない人物である故に。

 その言葉に薄く笑みを浮かべる鏑木。

 自身の胸に秘めていたものを露わにする事を、どこか悦んでいる様にも見える妖しい笑みだ。

 

「フッ、僕はね、社長。

 アイ君が『ただの病気で離脱していた』とは、とても思えないんですよ...。

 さっきの挨拶にしてもそうだ。

 彼女は社長に呼び止められずとも、自分から個別に挨拶をしようとしていた...。

 以前、事務所に顔を出した時にもそうでしたけどね。

 まるで、『急に人としての責任感が芽生えた』様に見えたんですよ...。

 一体、彼女に何があったのか...。

 その変化がパフォーマンスにどう影響するのか...。

 僕はそれに興味が有るんです。」

 

 この人を敵に回してはならない_壱護がそう感じるのは無理からぬ事であろう。

 

 

 

「皆、いよいよ本番よ。

 私達にとって初のテレビ出演、それも生放送だからね。

 気合い入ってるかしら?」

 

 これからスタジオに入るというタイミングで、高峯からメンバー全員に声が掛けられる。

 彼女の言う通り、B小町にとってテレビ番組_観客がいない状態でカメラに向かってパフォーマンスをするというのは初めての経験である。

 他の面々に対してだけでなく、高峯自身が自分を奮い立たせる言葉でもあったが。

 

「気合い入ってるかって言われると、正直微妙な感じだよね...。

 もっと緊張するかと思ってたんだけど、そういう感じでもないし...。」

 

「分かるなー、それ。

 正直、ライブ一発目の時の方がよっぽど緊張するよねー。

 やっぱり、立派なスタジオは大手に取られちゃうのかなー...。」

 

 自身の言葉に対する渡辺と新野の返答に、高峯は頭を抱えたくなる。

 これから歌う曲のメインボーカルを務める二人が、この緊張感の無さでは如何なものかと思うが、彼女自身も二人と同じ気持ちである故に。

 テレビ番組の現場特有の雰囲気なのだろうか、はっきり言ってこの場にいるスタッフからは自分達に興味が無いのだろう事が伝わってくるのだ。

 現実問題、音楽の趣味嗜好等千差万別であろうし、自分達の様なアイドルに興味を持たない層の多さを考えれば、それ自体は仕方の無い事と言えよう。

 ただ、そうは言ってもアーティストの端くれとしては、せめてパフォーマンス前の雰囲気作りくらいは協力して欲しいのも事実である。

 ライブ直前の高揚感と盛り上がった瞬間の一体感_それこそあのハレルヤランドに詰め掛けた数多のファンと作り出した雰囲気を経験してしまっては、この冷めた現場で気持ちを入れろと言っても難しいものが有るだろう。

 

「なんか、テレビってもっと凄い場所だと思ってたけどね...。

 まあ、アイちゃんの復帰戦としてはある意味丁度良いのかな...。」

 

「気持ちは分かるけど、炎上する様な事言わないの...。

 もうこの雰囲気自体はしょうがないし、『練習通りにやれば大丈夫』でしょ...。」

 

 自身とアイと共にコーラスを担当する久常の言葉を窘める高峯の言葉を皮切りに、各々が集中した顔付きへと変わっていく。

 側から見れば彼女の発言も大概ではあるのだが、誰もそれを指摘しようとはしない。

 この場の雰囲気について率直な感想を求められれば、彼女達は自信を持って口を揃えるだろう。

 自分達の実力と釣り合っていない_と。

 

 

 

「あー、口回るか不安になってきた...。

 ちゃんと飴舐めとけば良かったな...。」

 

「もー、直前にそんな事言わないでよ...。

 私まで不安になってくるじゃん...。」

 

 全員が指定の位置に着き、いよいよというタイミングで発せられた有坂の言葉に松井が顔を顰める。

 二人は各々の能力を活かす為に、それぞれラップ、英語歌詞の部分を担当する様になっていたのだが、それだけにミスが目立ち易い繊細な役回りとなっている。

 苦言を呈された有坂も自身の失言を悔いるが、全体としての緊張感の無さが招いてしまった事態とも言えた。

 すると、そんな二人の話を横で聞いていたアイが、声を掛けつつ自身の衣装のベルト部分に触れると、その箇所が蓋の様に開き。

 

「ここにグミ入ってるって知ってた?」

 

「マジで⁉︎」

 

「ホントだ...。

 味も一種類じゃないし...。」

 

 

 

(ああ、久しぶりだなこの感覚...。)

 

 画面に映るB小町のパフォーマンス、復帰初戦でも尚目を引くアイの存在感に胸が昂る感覚をアクアは噛み締めていた。

 まるで火に群がる蛾の様に、視線が吸い寄せられるのだ。

 前世からの推しにして、自身の母という贔屓目からB小町全体を公平に見れていない自覚は有るが、今日ばかりは勘弁願いたい。

 約一年待たされた_そもそも本来なら二度と目にする事は叶わなかった光景なのだ。

 他の面々の輝きについては、後程ゆっくりと録画で確認させて貰うとしよう。

 

「待って...、もう始まってるじゃん‼︎

 どうして起こしてくれなかったの⁉︎」

 

「俺は何度か起こしたぞ。」

 

 ジタバタと不自由な体を懸命に動かしつつ、ルビーが文句を言ってくる。

 アクアとしても、彼女がリアルタイムでの視聴を望んでいた事は承知していた為、寝ていた彼女の体を揺する等したのだが、残念ながら効果は得られなかったのだ。

 そんな彼に内心で文句を言いつつ、何とかテレビの前に移動したルビーが、母でもありかつての友人の勇姿を目に焼き付けるべく画面を見ると。

 

(七人いるー‼︎‼︎)

 

 自身が感じたショックを処理しきれず、リモコンでテレビの電源を落としてしまうルビー。

 当然、いきなりの暴挙にアクアが憤慨するが。

 

「お前、何消してんだよ⁉︎

 早く点けろよ、終わっちゃうだろ⁉︎」

 

「だっておかしいじゃん‼︎

 何でB小町が七人になってんの⁉︎

 誰あの三人⁉︎」

 

「ハァ⁉︎

 B小町が四人とかいつの話してんだよ⁉︎

 いいからリモコン寄越せって‼︎」

 

「赤ちゃんが...、喋ってる...?」

 

 

「パチ美さん、どうしましょう...。

 これ現実?

 と、とりあえず動画撮っておいた方がいいですかね...。」

 

「落ち着きなさいミヤコ。

 こういう時はまず、ドッキリかどうか確認しましょ...。

 カメラ...、カメラが無いか確認するのよ!」

 

 自分達赤ん坊が喋るだけでなくリモコンを取り合っていた光景_そんなものを見てしまっては、目の前で彼女達が見せる反応も無理からぬものであろう。

 正直、自分達に珍獣を見る様な視線を送る二人の内、オレンジ色の方は出鱈目さで言えば『喋る赤ん坊』と遜色無い存在に思えるが、そんな感想を抱いた所で彼女達の動きが止まる事は無い。

 

「ちょっ、どうすんの⁉︎

 あいつ思いっきり私達の事撮ってるけど⁉︎」

 

 焦った様子のルビーの声にアクアが我に帰れば、彼女の言う通り二人が自分達を携帯で撮影している。

 今回ばかりは技術の進歩を呪うしか無いが、かと言って今の自分達が膂力で持って彼女達を封じ込める事等不可能だ。

 

(だが...、寧ろこれはチャンスか?)

 

 一計を案じたアクアがルビーに説明する傍ら、二人の撮影を終えた者達は下卑た笑みを浮かべ欲望を垂れ流していた。

 

 

「どうですかぁ?

 上手く撮れてますよねぇ...。

 赤ちゃんコンテンツは激アツですよぉ...。」

 

「良いじゃない...。

 これを売った金で、ホスクラでYAKKUNNを...。

 本担を月間一位に押し上げるのよ...。」

 

「哀れな娘達よ。

 貴様らの心の乾きはシャンパンでは癒えぬ。」

 

 自らの欲望とその先の展望を思い浮かべる二人が、自分達に掛けられた声のする方向へと顔を向ければ。

 

「わ...、我は天の使いである。

 貴様らの狼藉...、これ以上見過ごすわけにはいかぬ!」

 

 テーブルの上に二人の赤ん坊が胡座をかき、その内の一人_アクアが自分達を指差しつつ咎める光景。

 その仰々しい言葉遣いと先程から続く赤ん坊が喋るという現象。

 これらの要素から、つい『天の使い』という彼の言い分を真に受けそうになるミヤコ達であったが、ここで自分達がそもそもどういった業界に属しているのかを思い出す。

 

「そ、そうだ!

 これ、さっきもパチ美さんが言ってましたけどドッキリなんじゃないですか⁉︎

 見えない所で、ボーボボさんとかが声あててるとか!」

 

「そ、そうよね!

 冷静に考えたら、赤ちゃんが喋ったり机に登ったりとか有り得ないものね!

 ほ、ほーらルビーちゃん。

 机の上に乗っちゃ、危ないわよー...。」

 

 ミヤコの現実的な意見に、アクアも流石に無理が有ったかと己の失策を呪う。

 結果的に誤魔化しはきくかもしれないが、これでは同じ問題が再び発生する可能性は十分考えられる。

 活動範囲を広げる意味でも、ここで大人の協力者を獲得しておきたい所であったが。

 

「慎め。

 我はアマテラスの化身。

 貴様らの言う神なるぞ。」

 

 パチ美の手を払い、神の如く振る舞うルビーの雰囲気に圧倒された二人が、先程迄の勢いが嘘の様にへたり込んでしまう。

 

「貴様らは目先の金に踊らされ、天命を投げ出そうとしている。

 星野アイは芸能の神に選ばれた娘。

 そしてその子等もまた、大いなる宿命を持つ双子。

 それ等を守護するのが、汝の天命である。」

 

「天命...?」

 

「芸能の...神...。」

 

 ルビーの言葉を反芻した二人は、各々が呟いた言葉とアイのこれ迄の軌跡を思い返しハッとなる。

 親の愛を受けられず、天涯孤独となり社会に埋もれる筈だった少女が、『偶然』芸能者としての才覚を持ち、『偶然』芸能事務所の社長に直々にスカウトされ、ここまで彼女の所属するグループは幾らかの『偶然』の巡り合わせを経て順風満帆な成長を遂げている。

 彼女のパートナー_この双子にとっての父親にも目を向ければ、更にその巡り合わせは奇妙と言わざるを得ない。

 『偶然』メンバーの移籍関連の話題から紹介されたワークショップにおいて、『偶然』アイの担当が双子の父親となり、諸々の複雑な事情を抱えていたその少年の問題を『偶然』にもアイがそれまでに出会った人物達が秘密裏に解決する事が出来た。

 事実は小説より奇なりとは、正にこの事だと思える。

 もし本当に双子の体に神なる存在が宿っているのだとしたら、それに逆らえばどうなるか等、然程信仰心の篤い者でなくとも想像に難くない。

 

「ヒイィィィィ、お願いします、何でも言う事聞きますから!

 だから、天罰だけはどうかー!」

 

「ちょっ、パチ美さん、自分だけズルいですよぉ!

 私も、私もどうかー!」

 

 

(...取り敢えず何とかなったか。)

 

 事態を乗り越えただけでなく、大人の協力者を二人も獲得するという望外の結果に安堵した為か、アクアは普段の冷静な時であれば感じるだろう違和感に気付く事が出来なかった。

 B小町のファンでありながら、メンバーが増えた事を知らない者_そんな存在が自分のよく知る人物の中に一人だけいた事を。




 36話使ってやっと原作の3話とか、自分にびっくりしてます...。
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