電気の消えた暗い部屋を優しく照らす光。
蝋燭の先で揺らめく小さな火は、その部屋にいる者達に幸福感と緊張感がない混ぜになった独特の感情を齎していた。
火がぼんやりと照らす先には、赤と白の特徴的な帽子を被った二人の子供。
「メリークリスマス! 」
若干の恥じらいを含んだ笑顔で目配せした二人が、『敢えて』出したしたっ足らずな掛け声と共に蝋燭に灯った火を消すべく息を吹きかける。
火が消えた事を確認し電気が点けられると、二人の両親がすぐさま携帯で我が子の写真を撮り始めた。
「キャー‼︎ うちの子きゃわー‼︎」
「...あっ、ルビーもうちょっとこっち向いて...、うん、いい表情だよ...。」
(二人共凄いテンションだな...。 まぁ、子供と過ごす初めてのクリスマスって考えれば当然か...。)
両親が自分達を撮影しつつ盛り上がる様を、微笑ましく感じるアクア。
流石に気恥ずかしさを感じるものの、両親も、そして妹も含め笑顔に包まれる空間に水を差す程無粋な性格ではない。
今ここにいる者達の姿は、間違いなく両親が望んだ『幸せな家族』と言っていいだろう。
統計的に珍しくはあるものの、一応喋っても問題無い程度に生後からの時間が経過した事もあり、前世から数えれば実に久方振りの『メリークリスマス』コールをした訳だが、この空間を作る一助となれたのなら多少の恥じらいも報われるというものだ。
「ほら、二人共早くそっちに並べよ。
今度は四人で撮ってやるからよ。」
自分達もよく知るアフロの男性_ボーボボが二人へと声を掛けると、両親も自分達の隣へと並び始める。
脚立へと変形したところ天の助と共に彼がカメラの設定に悪戦苦闘する中、自分達とカメラの間に首領パッチがM字開脚の格好で居座った為、先程ルビーと共に消した蝋燭を母によって口へと突っ込まれ、ベランダから投げ捨てられてしまった。
子供の前でゴミのポイ捨ては如何なものかと父が苦言を呈していたが、気にする所はそこではない様に思える。
「よーし、折角買ってきてくれたんだしケーキ食べよ!
おじさん達も座って、座って!」
ボーボボ達へと声を掛けたアイの言う通り、先程双子が吹き消した蝋燭が刺さっていたケーキは彼らが準備したものである。
アイ達としては、まだ我が子がケーキを食べられる年齢ではない現状、自分達だけの為に準備するのは気が引けていたのだが、ヒカルの送迎を行ったボーボボの提案で、蝋燭消しで雰囲気だけでも味わって貰おうという事になったのだ。
クリスマス当日故に、ケーキ屋内の余り物を買い求める形となったが、結果的に食べ切るのが面倒なワンホールケーキを買うより余程気楽に楽しめる量を手に入れる事が出来ていた。
「当日だから大層なもんは買えなかったけどな。
やっぱケーキ有った方が雰囲気出ると思ってよ。」
「そんな事無いってー。
私達だけだと『出来るだけ出費抑えなきゃー』ってなっちゃうから、こういうのホントに嬉しいよ。」
「なんだよ、クリスマスだってのにしみったれてんなー。
最新の曲だって凄え売上なんだろ?」
謙遜するボーボボに、子供達の養育費等何かと入用である現状でこの様なサプライズを提供してくれた事にアイが感謝を述べるが、そんな彼女の発言に天の助が怪訝な表情を浮かべる。
彼女の復帰戦となった歌番組の反響は凄まじく、その番組で披露された曲は一時はオリコンチャートで三位に食い込む程の売上を記録した。
そこから波及し過去のアルバムの売上も向上する等、かの番組に出演した効果はB小町の新規ファン層開拓という形で表出したと言える。
苺プロの給与体系については、部外者である以上想像の域を出ないが、『曲が売れればそれだけアーティストも儲かる』というのはそう変わった想像でもないだろう。
「それが意外と世知辛いもんでさー。
中抜きエグいんだよねー。」
ミヤコからの受け売りとして語られたアイの説明に渋い表情を返すボーボボ達。
成程、自社だけで商品の製造から流通に至るまでを賄えない場合は、当然それぞれの分野に秀でた他企業に業務を委託する訳であり、中間に入る企業が増えればそれだけ利益も薄くなるというのは、何もアイドルに限った話ではない。
加えて、グループが複数人で構成されている都合上、B小町での仕事であれば曲の売上だろうがテレビ出演料だろうが全員で山分けとなる為、各自の取り分は更に微々たるものとなってしまう。
一応B小町の場合は、個々の担当曲の売上に対してインセンティブを設けてはいるものの、それとてそこまで大々的な変化には至らないのが実情なのだ。
「それで行くと、B小町の活動だけだと限界が有るって事か...。
なぁ、ヒカル。
お前から見ても、そういうアイドル以外の仕事が取れそうな感じはしないのか...?」
「...専門ではないので、客観的な事実から分かる事しか言えませんけど...。
現状、アイも他の皆さんも『B小町』っていうグループの状態で漸く仕事が有る状況ですよね。
僕で例えるなら、『劇団ララライ』がハレクラニさんに目を掛けてもらっているから、ハレルヤランドで定期的に公演をさせて貰えている訳です。
そこから先ってなると、色んな業界の人達と比較しても尚、アイにお願いしたい仕事って事になりますから...。
態々本職の人を押し退けてでもってなると、そう簡単ではないでしょうね...。」
「実際、最近だとメンバーの中で目立った動きが有ったのってめいめい位だと思うな。
ほら、ちょっと前にダンスユニットの人達とコラボするって話有ったでしょ?」
彼女がその才能に甘んじる事なく努力を怠らなかった事を理解しているボーボボが、ヒカルに対し実際に別分野で活躍する者の視点から意見を問うが、その反応は芳しいものではない。
実際に彼らが知る例として、アイ達と同じアイドルの人間が唐突に女優や吹替えの声優として抜擢されるケースは有るものの、往々にしてそれに対する世間の評価は余り好ましいものではない。
消費者の目線で言えば、態々本職のプロよりも優先して起用した結果が、その素人目線でも分かる程散々たるものであれば、そういった評価も致し方無いだろう。
アイが語った渡辺の事例にしても、彼女がB小町内においても『ダンス』という客観的に見て分かりやすい強みを持つ故に回ってきたチャンスと言える。
二人の回答にさしものボーボボも考え込む様子を見せるが、徐に隣に座る天の助へと手を伸ばすと。
「あふん‼︎」
「天の助を切り売りしたら少しは足しになるか?」
「いや、その発想世紀末過ぎますって...。」
「っていうか、天さんの体じゃ売り物にならないよ。」
「⁉︎」
「ねぇ、何か良い案無いの?
ママが落ち込んでる...。」
「そう言われてもな...。
それじゃあ、他のB小町のメンバーと比べてでもいい。
母さんの、『アイ』の強みを言語化するとどうなる?」
母が現状に思い悩む姿に、ルビーが自分達なりに何か妙案を捻り出せないかとアクアへと声を掛けるが、先の父の言葉を踏まえタレント『アイ』の強みを整理する様促されると。
「うーん...、『可愛い』とか『目で追っちゃう』とかかなぁ...。」
「そうだな。
『存在感が有る』、端的に言えば、『目立つ』って事だと思う。」
二人のファンが抱く印象は正しく同じものだ。
生まれ持った容姿に加え、彼女自身がメンバーと共に入念に研究し作り上げたその笑顔は、見る者を否応なくその打算で飲み込んでしまう。
先の復帰戦にしても、『復帰』というバイアスは有ったにせよ、その能力は遺憾無く発揮されていた。
「でも、それって別に悪い事じゃなくない?」
「んじゃ、もう一つ。
例えば、さっき俺達が蝋燭の火を消しただろ。
父さんがカメラを構えて待ち構えてる時に、いきなり母さんがB小町の曲を歌い始めたらどうなる?」
芸能界という世界において『目立つ』事に勝る強みは無いように感じるルビーの問いに、アクアが先の自分達の行動を例に語れば、彼女も兄の言わんとする事を理解する。
アイの存在感は、周囲の想像を超えてしまう可能性が高いのだ。
主役として扱われるならまだしも、脇役の立場でその能力を発揮しても悪目立ちとなるだけである。
アクアが先の復帰戦で感じた違和感は正にその点であり、事前情報や自身の立場を加味しても母が目立ち過ぎていた様に思えたのだ。
改めて他のメンバーのパフォーマンスを吟味しようと見直しをした際、意識して彼女から目を逸らさねば集中出来ない程に。
奇しくもその懸念は、かつて壱護が彼女を勧誘した際に生じたものと同じだが、その時とは話のスケールが変わってしまっている。
現場で活動するタレント本人だけでなく、事務所間のパワーバランスも影響するこの世界において、大手事務所の不興を買ってしまっては仕事を増やすどころか逆効果であろう。
「何それ!
そんなのママにはどうしようもないじゃない!」
「まぁ、現実的にはモデルかCMの仕事が来ればって所だろうな...。
せめて演技力が、父さんのお墨付きが貰える位なら違うんだろうが...。」
憤慨するルビーに同意する様にアクアも嘆息する。
B小町の中で成長し続けてしまったアイの存在感は、最早『女王』としての立場以外受け付けなくなってしまったのだろう。
「それにしても、お兄ちゃん説明上手いね。
前世は先生だったとか?」
「...まぁ、先生と言えば先生ではあったな。」
「そういえば、パチさん中々戻ってこないね。
そんなに遠くに投げた訳じゃないんだけどな...。」
話が落ち着いたタイミングで、アイが先程外へと放り投げた首領パッチの存在に思い至る。
あの程度でどうにかなる様な存在ではないだろうが、流石にこのままでは寝覚めが悪いとベランダのカーテンを開くとそこには。
「よおアイ、久しぶりだな。
こんな時間に悪いとも思ったんだが、お前に仕事を振ろうと思ってよ!」
「監督の熱意ったら凄えぜ!
他の誰でもない、アイにやらせたい役なんだってよ!
取り敢えず、話だけでも聞いてやってくれよ!」
首領パッチと共に、羽の様に手を伸ばしパタパタと手首から先を動かし続けるのは、かつて彼女とヒカルが急接近する事になった映画の監督を務めた者_五反田泰志その人であった。
「監督さぁ...、仕事振ってくれるのはありがたいけど、せめて玄関から来てよ...。」
「フッ、監督は良くも悪くもピュアなクリエイターって事なんだろ。
少年ハートが抑え切れずに空に飛び出しちまったのさ。」
「ベーさんの弟さんもいらっしゃったんすね。
その節はどうもです。」
首領パッチと共にベランダへと着陸した五反田の色々な意味での非常識さには、流石のアイも閉口してしまう。
確かに新しい仕事は喉から手が出る程欲してはいるが、最早彼の行動は不審者を通り越して超常現象の類だ。
理解不能なフォローを入れるボーボボに挨拶をしつつ、彼が部屋の中を覗くと。
「あー、えっと...。
監督、お久しぶりです...。」
「えっ、カミキ⁉︎
えっ、何、お前らクリスマスに一緒にいる仲なのかよ⁉︎」
「今日がクリスマスだって分かってて来てるんだ...。」
当然、部屋の中にはヒカルがおり、そこから二人の関係を察する五反田。
その発言にアイは更に彼への視線を細めるが、彼女達は失念していた。
彼をこの場へと導いた下手人がいる事を。
「さあ、アクアちゃん、ルビーちゃん‼︎
ママのお帰りですよー‼︎」
「あっ、ヤバ!」
いつぞやの如くアイに扮したクリーチャーの発言は、その場の空気を凍らせるのに十分なものであった。
「...なんつうか、お前らも中々壮絶な人生送ってんな...。」
自分の持ってきた仕事の話どころではなくなってしまった五反田の呟きに、アイ達は苦笑いを返す他無い。
双子の容姿からして誤魔化し切れないと観念した二人に事の経緯を説明され、意図せず彼女達の秘密を共有する形となってしまった。
そもそも今回の急な訪問は、首領パッチによる扇動は有ったにせよ別の機会にきちんと説明する予定の内容についてであった。
アイの復帰を知った五反田が、現在彼がキャスティングを進めている映画の役として彼女に話を振ろうと思い立った案件であり、既に苺プロへのオファーは行い壱護から色良い返事を貰っている。
「まぁ、俺としちゃお前らに子供がいようが、別にいいんだけどな...。
世間の反応はそうはいかないってか...。」
「監督、その...、ありがと。」
諸々の事情を察した様子の言葉にアイが感謝を述べると、五反田は手だけで返答しつつ彼女達の子供達の顔を覗き込む。
この事実が明るみになれば、彼女達もこの子達も世間の無責任な正義によって擦り潰されてしまうだろう。
世界のままならなさに彼が頭を抱えた時であった。
「えっと、母に仕事をいただけるんですよね。
両親を今後とも何卒ご贔屓に...。」
「めちゃくちゃ喋るなこの赤子!
どこで覚えた、そんな言葉!」
まるで社会に染まった大人の様に自身に対して恭しい態度を取るアクアを抱き抱え、興味津々な様子の五反田。
その瞳はまるで新しい玩具を与えられた子供の様に輝きを増していく。
「えっと、監督...?」
「決めた...。
アイ、それにカミキも。
俺の現場で良けりゃ、これからガンガン使ってやる。」
「えっ、本当ですか⁉︎」
突如飛び出した五反田の宣言には、ヒカルでさえ驚きを隠せない。
彼の業界における立場は、まだまだ小規模映画の監督の域を出ないが、それでもこうしてコネクションを作っておく事のメリットは計り知れないものだ。
しかし、そこで彼は二人に意地の悪そうな笑顔を向ける。
タダで褒美にありつけると思ったら大間違いだと言わんばかりに。
「ただし、コイツも出るのが条件だ。」
「えっと...、それって次の私が出る映画からって事?
アクアは賢い子だとは思うけど、いきなり大丈夫なの...?」
五反田から提示された予想外の条件、アクアの映画出演に心配の声を上げるアイ。
母親という贔屓目を抜きにしても、自分達の子供が手間のかからない子であるとは思えるが、流石に大人の中に放り込むには早過ぎる様に思えるが。
「その辺は、コイツと同じ位の子役がいるし大丈夫だろ。
お前らも知ってるんじゃねぇか?
最近『天才子役』つって、話題になってる奴だ。」
久しぶりの登場ですが、五反田監督って本当に良いキャラだと思います。