推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:4笑っちゃう話だね

「ねぇー、ヘっくぅん! パチ美もう疲れたぁ。休憩、休憩!」

 

「ああもう分かったよ! アイごめん。

 少し寄り道していいかな?」

 

「アハハ、オッケー。

 じゃあレディのパチさんに奢って貰おうかなぁ。」

 

「任せなさい! いい女はアフターファイブも充実してるのよ!」

 

「まだ15時だけどな。」

 

 先導する首領パッチにそうツッコみつつ、チェーンの喫茶店へと入店するヘッポコ丸とそれに続くアイ。

 三人は施設の買い出しから戻っている途中だったのだが、ごねる首領パッチに二人が折れた格好である。

 

「それにしても、アイも随分首領パッチの扱いに慣れたな。」

 

「パチさん親分気質な所有るしね。」

 

 ヘッポコ丸の言葉に、してやったりという顔をしつつ応えるアイ。

 親分気質という言葉に、彼を『おやびん』と呼び慕う者達を思い出し、よく見ているものだと感心させられる。

 中学生になった彼女は、ビュティというパートナーがいる彼から見ても美人で、それでいて色々な意味で強くなった。

 母親との事があって間も無い頃は、一見すると普段通りの笑顔に見えながらもふとした瞬間に気分が沈む事も多く、よくビュティが寄り添って話をしていたのを彼もよく覚えていた。

 なまじ周囲に気を遣うのが当たり前になってしまっていた故か、自分のキャパシティを超えるまで我慢し続けてしまうのだろう。

 それが今や、こうして相手を乗せる事まで覚えたのだから、周囲の人間の影響は馬鹿に出来ないとつくづく思わされる。

 尚、アイが三馬鹿に対して、敬意を払うべき場面とスルーしてもいい場面を、誰から学んでいるのか_気付いていないのは彼だけである。

 

 

「二人とも何頼むのか教えてくれ。

 俺が運ぶから、席を取っておいてくれると助かる。」

 

「ハーイ、じゃあパチ美はぁ、

 グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノでお願いしまーす。」

 

「何て?」

 

「抹茶いいね、私は抹茶ラテにしようかな。

 パチさんご馳走様です。」

 

「さっ、飲み物が来るまでガールズトークに花を咲かせましょ!」

 

 置いてけぼりを食らったヘッポコ丸が助けを求める様に店員を見ると、

しっかりと注文を把握して貰えていた様だ。

 店員の接客技術に感謝しつつアイスコーヒーを注文する。

 そんな一連の光景を眺めていた一人の男性が、アイ達が座る席へと近付いて行った。

 

 

「スカウトって言うから何かと思えば。

 アイドル? 私が? 笑っちゃう話だね。」

 

「いや、君じゃなくてこっちの子の事なんだけど...。」

 

 ヘッポコ丸が注文した品を持って席へと到着したのは、名刺を片手に持つ首領パッチとサングラスを掛けた見知らぬ男性が、噛み合っていない会話を繰り広げている時であった。

 

「...あの、どちら様ですか?」

 

「あっ、お兄さんも来たから丁度いい!

 少しだけ、お話をさせていただけませんか?」

 

 警戒しつつ、そう問うヘッポコ丸に対して彼も交えて話がしたいと言う男性。

 ヘッポコ丸とアイの関係を誤解している様だが、先程の会話から聞こえてきた『スカウト』や『アイドル』という言葉からアイに用があるであろう事が推測出来る。

 成程、彼女の容姿を考えれば、こういった勧誘が有る事に違和感は無いものの、当のアイも首領パッチの奇行と併せて戸惑いを感じている様子だ。

 ここで、アイ一人に話をさせるのは得策では無いであろうし、男性側も自身が話に加わる事を良しとしていると判断したヘッポコ丸が、首領パッチに対して口を開く。

 

「悪い、首領パッチ。この分の金置いて先に戻っててくれ。」

 

「...分かった。パチ美、へっくんが勝つって信じてるから!」

 

 首領パッチが三人分の飲み物代を残して席を立った後、改めて男性から名刺が渡される。

『株式会社苺プロダクション代表取締役 斉藤壱護』

 そこに記された会社名には、残念ながら聞き覚えが無かった。

 無論、彼も芸能界についての知識が無い事は自覚しており、事務所の名前や規模を聞かれても完全に門外漢であるのが実情だ。

 その為、まずは話を聞いてみようと斉藤社長の言葉を促す。

 曰く、彼の事務所で中学生のモデル達を集め、ユニットを組む計画が有るのだという。

 その計画が進行中という状況で、この店に入ってきたアイを見て声を掛けたという訳だ。

 件のユニットでもセンター、つまり主役になれる逸材を見つけたと思ったのだそうだが。

 

「...急に言われても、正直よく分かんないよ。アイドルとか...。」

 

 目を逸らし、答えに詰まるアイ。

 元からそういった世界に興味が有ったならば兎も角、急にこんな事を聞かれても反応に困るというのが正直な所だろう。

 一口に『アイドル』と言っても、歌って踊る普遍的なイメージ以外にどんな事をするのか等、全くもって未知の領域なのだ。

 そんな様子の彼女を見かねたヘッポコ丸が、助け舟を出す。

 

「斉藤社長、その...、実は彼女は施設で暮らしていまして。

 一度施設の方と話もしたいので、持ち帰ってもよろしいですか?」

 

 彼の言葉に社長も目を見開いたが、アイの様子にこのままでは話が進まないと判断したのであろう。

 

 その案を受け入れ、後日改めて連絡を入れるとして解散となった後の帰り道に徐にアイが口を開く。

 

「...へっさんありがとう。

 私だけだったら、よく分かんないまま返事しちゃってたかも...。」

 

「気にするなよ。あれは誰だって混乱するって。」

 

 気にしない様にとヘッポコ丸が返答するものの、やはり彼女としては感謝せずにはいられない。

 話し合いに際して彼の同席を認めた事や、日を改める提案を承諾してくれた事実からして、あの社長も悪い人物ではないのだろうが、仮に自分一人で話を聞いていたら、冷静な判断が出来ていたとはとても言えなかった。

 

「...へっさんはさ、私がアイドルやりたいって言ったらどうする?」

 

「正直、余りイメージ湧かないから驚きはするな...。

 テレビに出てる人達みたいに歌って踊って、って事だろ...。」

 

 アイが先の話で気になっていた事_自分がもしアイドルになると言ったらどういった反応を示すのかについて、ヘッポコ丸に質問が飛ぶ。

 具体的にどういった人間が向いているのか、という専門的意見は別にしても、自己評価としては自身がアイドルに向いている人間だとは思えない故に。

 少なくとも、スカウトされたという事実から、容姿については評価されているのだろうが、自身の問いに対しての彼の返答を鑑みても、『星野アイ』という人間を知る者からすれば、アイドルという仕事と結び付くイメージは無いのだろう。

 

「まぁでも、一番は本人の気持ちだからな。

 アイも今迷ってるって事は、多少なりとも興味が有るんじゃないか?」

 

 その言葉に、多少ではあるが話を前向きに捉えるアイ。

 確かに彼の言う通り、微塵も興味が無いのだとしたら、迷わず断る気持ちが強いだろう。

 声を掛けられ混乱していたタイミングなら兎も角、多少冷静さを取り戻し第三者と言葉を交わす中で尚、気持ちが変わっていないのが何よりの証左だ。

 

「取り敢えず、帰ってボーボボさん達に相談してみよう。

 それで、アイの気持ちに変わりが無いなら、話を聞きに行けばいいさ。

 どんな決断でも、ちゃんと応援してやるから。」

 

 彼の後押しも有り、アイは自分の意志を明確にする。

 自己評価は別にしても、確かに話を聞いてみるだけでもいいかもしれない。

 もしかすれば、まだ見ぬ世界に自身の胸に秘めた望みを実現するヒントが隠されているかもしれないのだ。

 

 

 後日、ボーボボ達を伴ったアイが苺プロの事務所を訪れた。

 苺プロは規模としては小さい事務所であり、それに比例して契約するタレント以外の従業員も少ない。

 そんな事情故か、アイ達の訪問に斉藤社長とミヤコ夫人が対応していた。

 

「まずは、改めて連絡をくれてありがとう。

 施設の皆様も、わざわざお越しいただきありがとうございます。

 ...それで、少しは興味を持ってくれたって事で良いのかな?」

 

「どうするかはまだ決めてないけど...。

 まず前提として、自分では向いてないって思ってるんだよね。」

 

 社長の言葉に対して、アイが発したのは迷いながらも自身がアイドルとなる可能性を否定する言葉。

 その理由を聞く為に、この場にいる者は彼女の次の言葉を待つ。

 

「私が施設に居る理由なんだけどね、ざっくり言うとお母さんと色々あって捨てられちゃったって感じなんだ。」

 

「成程...。」

 

「そういうのも有って、愛したり愛されたりっていうのがよく分かんなくてね。」

 

「アイちゃん...。」

 

 いきなり自身の余り触れられたく無いであろう話題を自ら語るアイに、息を呑む斉藤夫妻。

 横で話を聞くビュティもまた、彼女の言葉を受け悲しげな顔でその手を握る。

 そんなビュティに対して僅かに笑みを向け、アイは話を続けた。

 

「...ここに居る皆のおかげで、少しはマシな人間になれてるかなとは思うけど、それでも私は根本的に嘘吐きで人嫌い。

 ...こんな私はきっとファンを愛せないし、ファンからも愛されないよ。」

 

 自らをそう分析し、一般的なアイドル像とはかけ離れた存在であると評するが。

 

「良いんじゃないか。嘘でも。

 むしろ客は綺麗な嘘を求めてる。嘘吐きも立派な才能だ。」

 

 社長から飛び出したのは、彼女には思いも付かぬ言葉。

 『嘘』というものを肯定するその言葉に、彼女が希望を見出す。

 

「嘘でも、愛してるなんて言っていいの?」

 

 その言葉と表情に社長が好感触を得たタイミングで、思いもよらぬ方向から後押しの言葉が届いた。

 

「アイドルで失敗したって、人生終わりって訳じゃない。

 もし就職が心配なら、俺が前に居たスーパーを紹介してやるよ。」

 

「心の中でハジけてぇ気持ちが有るならよ、ダメだって思うまでやってみりゃいい。」

 

「アイちゃん、あなたの中に少しでもやりたいって気持ちが有るなら、挑戦してみてもいいと思う。

 やらない後悔より、やる後悔だよ。」

 

「パチさん、天さん、ビュティさんも...。」

 

「アイも本当は人を愛したいって思ってるんじゃねぇか?

 やり方が分からなくても、最初は嘘でも、いつの間にか本当になってるかもしれないぜ。」

 

「おじさん...。」

 

 彼らの言葉にアイは目頭が熱くなるのを感じる。

 いつか、この人達にも自分の気持ちを素直に伝えられる_そんなアイドル等よりもずっと実現したい未来を想像し声が震えてしまう。

 

「か...変われるかなぁ...。 変われるかなぁ...。

 私、変われるかなぁ‼︎⁉︎」

 

 

 

「ムリ」

 

「ム」 「リ」

 

(ぶっ殺してぇ...。)

 

「ちょっ、あんた達さっき迄の何だったん...だ...。」

 

 三馬鹿のあんまりな言動に、アイが殺意を抱き、社長が困惑したのも束の間。

 尋常ならざる怒気を感じた三人か背後を見ると。

 

(修羅だ...。)

 

「...お前ら、ちょっと来い。」

 

「ヒイィィィィ、ビュティさんゴメンナサーイ‼︎」

 

 修羅と化したビュティに三人が連行され、重くなった空気をヘッポコ丸が何とか変えようとする。

 

「と、兎に角だ。

 皆も言ってたけど、アイがやってみたいなら挑戦しても良いと思うぞ。

 それに、さっきファンに愛されないって言ってたけど、少なくとも五人は愛してくれるファンがいるだろ?」

 

「私、あの三人を愛せるかなぁ...。」

 

 それを聞いたヘッポコ丸も、夫妻も複雑な表情だ。

 未来の最強で無敵のアイドルはご機嫌斜めである。

 




ネタを考えるたびに、澤井先生の偉大さを痛感しております。
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