推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:43何故

『私はアンタみたいなのが一番嫌い。』

 

 少女_黒川あかねの脳裏には、先程の撮影終了後の一幕で憧れていた相手に言われた一言がこびり付いて離れなかった。

 その言葉を言い放った人物_有馬かなはそれを捨て台詞に、足早に現場を後にしてしまった為、今となってはその発言の意図を聞き出す事は叶わない。

 尤も、余りの出来事にショックを受けたのは当事者である自分だけではなかった様で、現場スタッフの厚意で現在は休憩をさせて貰っており、幾分気分は落ち着きを取り戻している。

 控え室にいた母が事のあらましの説明を受けている様で、『また心配させてしまったか』と心苦しくなってしまう。

 

「よう、少しは落ち着いたか?」

 

 掛けられた言葉に反応し声の主の方を見遣ると、先程何故か自身にアフロを贈呈してきた男性_ボーボボが、共演者の少年_アクアと監督の五反田を伴い自身を心配している様子であった。

 

「あっ、その、すいません...。

 すぐ帰る準備しますから...。」

 

 自身の目の前に立つ者達の顔触れ、特に監督である五反田の存在を認めたあかねが、帰宅を促されていると感じたのか腰を浮かすが。

 

「あー、いい、いい。

 まだ大丈夫だからゆっくりしとけ。

 こっちとしても、少し聞きたい事が有るしな。」

 

 何かしらの目的が有るのか、制止する様な仕草を見せた五反田の言葉に素直に従うあかね。

 こういった場面で余り強引に押し切ろうとしない性分というのもあるが、先のかなの言動について周囲の意見を聞きたい気持ちも有った。

 

「さっきの有馬とのやつは気にするなよ。

 あれはどう見てもあいつの方が悪い。」

 

「ありがとう...。

 その...、言われた瞬間、何も考えられなくなっちゃって...。

 せめて何がいけなかったのか聞ければ良かったんだけど...。」

 

 同年代という事もあり率先して彼女をフォローしたアクアの言う通り、客観的に見て今回の件ではどう考えてもかなの方に非が有るだろう。

 百歩譲って現場での態度を指摘する考えが有ったとしても、彼女だけが非難される謂れは無い。

 何なら彼女はボーボボの意味不明な行動に巻き込まれた側であるのだが、それでも尚自身に非が有る様な返答はアクア達に懸念を生じさせた。

 かなも彼女も大枠で真面目という分類にはなるだろうが、元来の性格が影響しているのか、その性質は大きく異なる。

 かなの方が良くも悪くもハッキリとしており、基本的にはドライな分ストイックさを見せる相手はきちんとリスペクトする性分だ。

 一方のあかねはと言うと、生真面目が過ぎて相手の言葉を全て真に受けてしまう恐れが有る。

 良く言えば素直、悪く言えば自分の手元に有る情報が全てと考えてしまいそうな危うさが有り、余計なストレスを感じてしまう機会が多いだろう。

 

「...なぁ、話は変わるがちょっとオーディションの日の事聞いてもいいか?」

 

 話の流れを突然方向転換させた五反田の言葉に多少の驚きを見せるものの、これにも素直に了承したあかねが問われたのは、かつての6との一幕についてであった。

 何分人伝の情報しか無かった事もあり、彼女があの日どういった経緯で謎の寸劇をやる事になったのかが気になる所であったのだ。

 横で聞いていたアクア達としては、今の彼女にするべき質問かと五反田の行動に疑問符が浮かぶも、最初に彼女に声を掛けた際の言葉を思い返しても彼に何かしらの狙いが有る事は明白である為、事態を静観し彼女の返答を待つ。

 質問されたあかね曰く、飲み物を買おうとしていた所に6が現れ、台本を渡されたのだと言う。

 6によれば、とある人物を前にした際の練習相手であるとの事らしく、寸劇中の『ムツ美』なるキャラクターの口調等も彼の指示によるものであったらしい。

 

「ちょい待った。

 つまり、6から指示されてたのはあくまで二人の会話だけだったんだな?

 じゃあ何故山羊の真似をし出した?」

 

 彼女の説明によって、かつての一幕で生じていた疑問_『何故6までもが彼女が山羊の真似を始めた事に驚いたのか』については合点が入ったが、そうなると当然別の疑問が生じる事になる。

 指示された内容から逸脱した行動を取ったのは何故なのか。

 様子を見ていただけのかなは勿論の事、6ですら彼女の行動に驚いたという事は、それまでの寸劇と山羊の真似を始める事に因果関係が見出せなかったという事である。

 

「えっと...、実は6さんとムツ美さん以外にもう一人登場人物がいまして...。

 多分、ムツ美さんが今付き合ってる人だと思うんです。

 それで、その人がムツ美さんを助けに入るって流れなんですけど...。

 ムツ美さんが困ってるってその人に伝える役が必要なんじゃないかって思って...。」

 

「それで、自ら山羊になって場面転換をしたと...。

 よく咄嗟にそこまで発想を飛ばしたもんだ。」

 

 話を聞いてみれば、思考のプロセス自体は納得出来るものであった。

 6としては想定外であったのだろうが、描写の足りない部分を役を追加する事で繋ぎ合わせようとする事自体は自然であり、彼女なりに物語自体への理解を深めようとした結果なのだろう。

 突然見知らぬ物体に寸劇の協力を頼まれる等、当時の彼女は大層混乱したであろう事が想像出来るだけに、その限られた情報を元に自分なりに話に深みを持たせようとした姿勢を五反田も素直に賞賛する。

 彼女の中に、とある異質な才能の可能性を感じた故に。

 

「そんな事無いです...。

 私が勝手に想像してやった事ですから...。

 もっとちゃんとお芝居出来れば、6さんを困らせる事も無かったと思いますし...。」

 

 しかしながら彼女の返答は、相変わらず自信無さげなものだ。

 確かに『自分が勝手にやった事』と言ってしまえばそれまでなのだが、役者としての姿勢は褒められて然るべきものであるだけに、自分の考えに多少なりとも自信を待って欲しい五反田は複雑な表情を見せる。

 

「...もし嫌じゃなかったら、本を読んでみるといいんじゃないか?

 小説なら作品の数だけ登場人物がいるから、ある意味人間観察にもなるし良い暇つぶしにもなるぞ。

 色んな人間の人生を見ておけば芝居にも活かせるだろうし...、よかったら俺の本貸すからさ。」

 

 不器用な言い回しでそう提言したのはアクアだ。

 前世での経験故か、どうにも子供の困り顔には弱いのだろう。

 かなの件についての解決策となるかは兎も角、より深く物語や役に対する考察をしようとする傾向が見て取れる彼女にとっては、目にする物語の絶対数を増やす事は演技力の向上の一助となる提案である。

 

「成程、良いアイデアだな。

 そういう事なら、俺もオススメのやつが有るんだ。

 元々は漫画だった作品の小説版だから少しは取っ付きやすいと思うぜ。」

 

 自身の言葉を参考にあかねへと何かしらの本を差し出したボーボボの提案にアクアは感心させられる。

 成程、自身が普段読んでいる文庫作品を彼女に薦めたとして、一般的な小学生未満の子供が好んで読む姿は想像し難い。

 漢字が読めない等の障壁に加え、余り堅苦しい内容では興味を抱くかどうかすら怪しい所だろう。

 彼女の真面目な性格も考慮すると、それでも人に薦められたものとして読もうとしてしまい逆に負担になってしまう恐れすら有る。

 それに比べれば、ボーボボの提案は確かに彼の言う通り取っ付きやすいものであろうし、『物語を読む』という意味なら活字を読むのは難しくとも漫画の方にシフトする手も有るのだ。

 前世において彼らがマスクをプレゼントしてきた時にも感じた事だが、こういった細やかな心配りは参考とすべき彼の美点と言える。

 

「ありがとうございます。

 えっと、『魔女っ子清美ちゃん』...。」

 

「おっ、『清美ちゃん』か、懐かしいな。」

 

 問題はそのセンスが非常に独特であるという点だろうか。

 彼が提示した作品『魔女っ子清美ちゃん』は、かつて女児向け漫画雑誌『乙女コミック』で連載されていた作品であり、人気絶頂期には所謂『ニチアサ』の時間帯にアニメも放送され子供だけでなく大人にも人気を博していたのだが、作品名に反応した五反田の言葉通り十年以上前に連載していた作品である。

 無論、古い作品だから悪い等という事は断じて無く、大人でも楽しめる様な重厚なストーリーだからこそ人気を勝ち得たのだが、女児向け作品とは思えぬおどろおどろしいエピソードも存在する為、見方次第では『人間の負の心の見本市』とも言える内容となっているのだ。

 

「えっと、態々ありがとうございます!

 頑張って読んでみます!

 今日はお疲れ様でした!」

 

「あっ、ちょっ...。

 大丈夫なんですか、あんなヘビーな作品薦めて...。」

 

「まあまあ、良いじゃねぇの。

 『子供だから』つって大人が勝手に見せる作品選別しちまうのもどうかと思うぜ。」

 

 ぎこちなくも精一杯の笑顔を見せ、頭を下げると手招きをする母の下へ走っていくあかね。

 彼女が持って行ってしまった本の内容を知るアクアが懸念を示すものの、その考えに五反田が異を唱える。

 子供が持つ豊かな感受性は決して侮れるものではなく、『子供騙し』で子供の目を誤魔化す事が出来ない事を彼は理解していた。

 作品の内容を全て理解し、咀嚼出来るかは別としても、評価の高い作品に目を通す事は必ずあかねにとっても栄養となる体験だろう。

 

「...それに、もし黒川が俺の思った通りの才能を持ってるとしたら、良い所も悪い所も、人間の色んな感情を知っておく事はプラスになる筈だからな...。」

 

「才能か...、いや、流石にその可能性は低いだろうな...。」

 

 あかねに対して特異な才能を感じている五反田の言葉に反応するボーボボ。

 彼らが彼女に対して感じた才能は異なるものであるのだが、果たしてその予感の成否を確かめる日は訪れるのだろうか。

 

 

 

「良かったわね、あかね。

 その本、現場にいた方が態々貸して下さったんでしょ?」

 

「うん、最初はアクア君が小説を読めばお芝居にも良いよって教えてくれて、一緒にいたおじさんが貸してくれたの。」

 

 母から掛けられた言葉に先の一幕を思い出し、自然と気分が上向くあかね。

 人見知りしがちな自分を心配しつつも、劇団での稽古中や仕事の最中には敢えて静観してくれている事は察せていただけに、多少なりとも安心させてやれる言葉を返せたのは大きい。

 自身の引っ込み思案な性分が急激に改善されるとは到底思えないが、少なくとも家族以外に自分を心配してくれる者の存在がいる事で、仕事に対して前向きに取り組む気持ちが増したのも事実である。

 

「ふふ。

 そうだ、折角だから私も新しい本買おうかしら。

 本屋寄って行ってもいい?」

 

 自身の言葉に笑顔を返した母が、丁度本屋が目に入った故か寄り道を提案してくる。

 アクア達との会話のきっかけになる可能性を考えれば断る理由も無く、二人は書店へと進んでいった。

 

「わあ、小説ってこんなに沢山有るんだ...。

 今まで気にした事無かったな...。」

 

 目当ての本を探す母と別れ、彼女が来たのは店内の小説コーナーである。

 同年代の子供達の大多数と同じく、彼女もこれまで小説というものには触れてこなかった。

 所属する児童劇団の稽古の一環で台本を読む事は有る為、他の子供達よりかは活字への抵抗感は薄いものの、絵の有る漫画の方が手に取りやすいのが実情だ。

 

(アクア君、こういう難しそうな本沢山読んでるのかな...。)

 

 思い出されるのは、この日初めての共演を果たした少年の立ち振る舞い。

 自分と同じ様に大人しい性格の子供はいるものの、彼の様な理知的な振る舞いをする子供等見た事が無い。

 ここまでの道中で、五反田が使っていた『早熟』という呼び名の意味を母へと尋ねた時には、確かにその言葉通りだと思わされた。

 彼の一歩引いた様な姿勢も、これらの文庫作品を通して様々な人物の姿を見てきているのが大きいのかもしれない。

 

 そこで彼女は小説コーナーの近くに興味深い作品群を見つけた。

 

「『人の心がよくわかる本』...。」

 

 そんな題名が書かれた本のカバーには、『ベストセラー』と書かれたラベルが付けられている。

 目次を見てみると、どうやら『人が何故その行動を起こしたのか』等について解説している本の様だ。

 思い返せば今日の自分は、人の様々な感情をその身に受けている。

 

 五反田はかつての自分の行動の理由を聞き出そうとし、そして賞賛を送ってきた_何故だ。

 アクアは今日まで碌に話した事すら無かった自分を心配するだけでなく、芝居についての助言を与えてくれた_何故だ。

 ボーボボは自分に対して友好の品を贈ってくれただけでなく、アクアの提案が先にあったとはいえ知り合ったばかりの自分に本を貸してくれた_何故だ。

 そしてかなは怒りの感情と共に、自分の事を『一番嫌いな人間』と言い捨てていった_何故だ。

 これを読めば、その理由が分かる様になるのだろうか。

 

(アクア君が読書を勧めてきた理由、ちょっと分かったかも...。)

 

 まだまだ浅くはあるものの、今しがた感じた思考の海に潜っていく感覚はあかねにとって嫌なものではなかった。

 他の情報を遮断し、ある物事についてじっくりと考える_確かにこの感覚が日常化しているのであれば、アクアの落ち着いた雰囲気も頷けるというものだ。

 この集中力を芝居にも活かす事が出来れば、滅多な事が無い限り高い精度でもって演じる事が出来るのではと感じるが。

 

 

 

「まだまだですね...。」

 

「えっ...?」

 

 自身に声を掛けてくる存在がいるとは思わず、戸惑いつつ声の聞こえてきた方へと目を向けるあかね。

 その落ち着いた口調からは、ともすればアクア以上に理知的な雰囲気を感じてしまうが。

 

「見るではなく、感じるのです。」

 

(何か変な人いるーー‼︎)

 

 彼女が目を向けた先にいたのは、ボールの様な体に棘がいくつも生えた特徴的な外見と、まるで彫刻の様な堀の深い顔のパーツの数々が印象的な謎の物体であった。

 いきなり声を掛けてくるから何かと思えば、それは彼女に一瞥をくれるとまたしても目を逸らしてしまう。

 

(...もしかして、こういう本を書いてる人なのかな...。)

 

 謎の物体との会合から何とか状況を理解しようとしたあかねが思い付いたのは、彼が自身が手に持つ本と関わりの有る人間_所謂心理学者という可能性であった。

 それならば、自身が手に持つ本の内容を把握しているだろうし、連鎖的に自身が何かしらの悩みを抱えていると考えたとしても自然な事だろう。

 そこでつい声を掛けてしまったものの、内容が内容だけに簡単に話せる事ではないと考えたと言った所であろうか。

 

「うわ、『悟さん』だ!

 また客に絡んでるぜ。」

 

「相変わらずキッショい顔だなー。

 おい、あの子が可哀想だし早く店員呼んでこようぜ。」

 

 すると自分達の姿を見た他の客が、信じられない様な暴言を吐きつつ去っていく。

 もしかすればこの店にとっての悪い意味での有名人なのかもしれないが、それでも人の外見を容赦無く侮蔑する言葉に心を痛めてしまう辺りにあかねの人の良さが窺えよう。

 

「あ、あの...、怒らないんですか...?」

 

 恐る恐る声を掛けたあかねに対し、『悟さん』は微笑みを返すのみだ。

 まるでこの世の全てを悟ったかの様なその表情に、彼女は何とも言えぬ腹立たしさを感じる。

 

(この人、何かムカつく...。)

 

 彼女がその手に持つ本を読破した時、自身の中の怒りの原因を理解出来るのだろうか。




 『清美ちゃん』のストーリーイメージは『魔法少女もの』×『仮面ライダー555』です。
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