アイの殺人未遂事件から二ヶ月程が経過し、『人気アイドルグループメンバーの殺人未遂事件』というコンテンツはすっかり世間に消費し尽くされてしまった様で、苺プロ内の空気も漸く平穏を取り戻そうとしていた。
尤も、その空気が社内の人間全てに当て嵌まる訳ではない事を示す様に、苺プロ内の会議室に集まった面々の間には少々重苦しい空気が漂っている。
「さて、皆揃ったな...。
今回時間を作って貰ったのは、この前ミヤコの方にある相談が来たからなんだが...、話してもいいか?」
会議室に集まったB小町の面々の前にミヤコと共に座る壱護は、メンバーの一人_久常へと視線を向ける。
事の発端が彼女からミヤコへと寄せられた相談であるが故なのだが、その内容が彼女個人だけで完結するものではない為にこうしてメンバー全員を召集した経緯が有った。
首肯を返した久常の姿を確認し、壱護は一度深呼吸をするとその口を開く。
「内容は端的に言うと、『今後B小町として活動していくか』についてだった。」
その言葉に久常以外の面々が驚いた様子を見せる。
壱護の語った言葉の意味が自分達が考えた通りだとすれば、自ずと彼女の考えを導き出せる故に。
「ねぇ、どういう事...?
まさか辞めちゃうの...?」
そんなメンバーの思いを代弁したかの様に、前所属事務所からの付き合いである有坂が彼女へと問い掛ける。
これまでの苦楽を共にしてきた仲間だけに、突然とも言える考えに動揺を隠せない。
「...まだちゃんと決めた訳じゃないよ。
ただまぁ、ドーム公演が決まった辺りからちょっと悩んでたのも事実でさ...。」
そんな問い掛けに対する彼女の絞り出す様な返答を訝しむ他の面々。
ここ一年におけるB小町関連の出来事と言えば、『初のドーム公演』と『アイの事件』という事になるだろう。
その二つの内、アイドルからの引退を考える契機となりそうなものはどちらかと聞かれれば、多くの人間は事件の方を思い浮かべるであろうし、当事者であるアイは勿論の事、他の面々の心にも暗い影を落としたのは事実である。
彼女が語った動機をそのまま受け取るのだとすれば、『ドーム公演に到達した』という達成感とそこから来る燃え尽き症候群は考えられるが、当の公演自体がアイの事件によって中止になってしまった以上、そこまで深刻な状態になるとは考え難い。
とはいえ、詳細な心理状況に関しては彼女の口から語って貰う他ない為、一同は彼女に先の言葉を促す。
「社長にドーム公演が決まった時さ、嬉しかったのと同時にちょっと考えちゃったんだよね...。
これから先、アイドルとして後は何が出来るんだろうって...。
それこそ、私はカナン達程歌が上手い訳でもないから歌手としてやっていけるとも思えないし...。
このまま何となく続けてても厳しくなってくだけだよなぁって、ふと思ってね...。」
「そういう訳だ。
中止にこそなったが、B小町がドーム公演という一つの目標に到達したのは紛れもない事実。
アイの事で俺達運営側もいくらか考える事は有ったからな...。
久常の方から相談が有ったのをいい機会だと思って、一度皆に今後についての意志を聞いておこうと思ったんだ。」
彼女の言葉を引き継ぐ様に語った壱護の雰囲気は、否応無く建前で取り繕うつもりが無い事をメンバーへと伝えていく。
勿論彼とてドーム公演のリベンジが狙えるのなら、そのチャンスを掴みたいと考えている。
そんな彼に二の足を踏ませる要因_それは彼女達の将来についてであった。
アイドルのグループ脱退や引退のタイミングは大凡二十歳から二十五歳頃になると言われており、彼女達もその年齢に差し掛かっている。
年齢や自身の能力を鑑みて学業や一般企業への就職を選ぶ者がいれば、芸能界におけるセカンドキャリアを歩む者もおり、見切りの早い者は十代の内から決断している。
今回の久常然り、不安定なアイドル業に不安を覚える者がいるのは当然の事であり、ましてや彼女達の場合は身内に事件の被害者となった者さえ出ているのだ。
一応開催決定迄こぎつけた事も有るが、壱護としては自分達の『ドーム公演』という夢と彼女達の今後のキャリアを天秤に掛けた時に、自分達の夢を優先させる事は出来なくなっていた。
加えて先の事件。
そもそもは宮崎において雨宮吾郎という被害者が出ているからこそ、そこから彼女達に護衛を付ける対応をしていたのであり、事実としてソフトンの働きによって誰一人怪我人すら出す事無く事なきを得ていた。
だからこそ、吾郎の時とは違い壱護も冷静に考える事が出来てしまったのだろう。
もしアイが命を奪われていたら_
それまで当然の様にいた筈の人間がいなくなる感覚、殺された人物にこれから訪れるだろう輝かしい未来が完全に途絶えてしまう事実、想像するだに恐ろしい光景であった。
そこに久常からの相談が寄せられたともなれば、これを機にメンバーの考えを聞きたいという壱護の考えも自然なものであろう。
「まあ、今日はそんなに深く考えて答えなくていいからな。
取り敢えず、これから先何かやりたい事が明確に有るやつが残って話を聞かせてくれ。」
「有坂、松井が歌手活動、渡辺がダンスと作詞関係で音楽業界へ。
高峯は裏方志望だったな。
その気が有るならララライさんの方に移籍させて貰える様に手配するがどうする?」
元よりB小町以外の活動からして方針が明確であった事も影響してか、壱護が再確認した四人の希望は以前から変わらないものであった。
有坂、松井は歌唱力、渡辺はダンスとメンバーの中でも個性として活用出来る程の特技を持っている者達に関しては各々の得意分野へ進む形となる。
高峯にしても、かつてのララライでの演技指導から始まりどんどんそちらへの興味が強くなっていったのだが、元々世話焼きで周囲をよく見ている所が有り、存外演出等の素質が有ったのかもしれない。
「えっと、お気持ちはありがたいんですけど、取り敢えずB小町の方でお仕事をいただける内はこっちで頑張ろうって思ってます。
中途半端が嫌なのも有りますけど、いきなりあっちに行って食べていけるとは流石に思えないので...。」
「というか、卒業の話って結構真面目に進んでる感じなんですか?
今のも、すぐにでも連絡する様な言い方でしたけど...。」
壱護の提案に対して、高峯は現在の力量を踏まえつつ地に足のついた展望を語った。
活躍の場を変える以上、今と同じ様な収入を望むのは非現実的である。
それならば、いっその事グループ解散迄はアイドルとしての活動に注力する方が気持ちの切り替えもしやすいだろう。
寧ろ壱護の方が移籍を推し進める様な口振りである為、隣で聞いていた渡辺が彼の思惑について問い掛けるが。
「ああー、すまん。
今のは確かに言い方が悪かったな...。
余程抜けたいって訳じゃなければ、少なくとも今年いっぱいは頑張って貰うつもりなんだ。
ただまあ、俺達運営としては部分的とは言え夢は叶った訳だし、いっそ人気が有る内に解散した方が皆も動きやすいだろうと思ってな。」
対する壱護も、情報を補足しつつ自身の考えを語る。
ドーム公演という地点に到達した今、彼女達の人気はピークに達したと彼は考えていた。
加えて彼女達の年齢を鑑みると、アイドル業だけで売り出すにしては先が見えているのが芸能界における現実である。
ならばB小町の人気絶頂期に解散する方が、彼女達のその後のキャリアに多少の箔が付くだろうとの算段からの言葉であった。
「何というか、社長って凄く思い切りが良いですよね...。
私だったら『せめてドームのリベンジ達成迄は』って足掻いちゃうと思います。」
「あー、それ分かる。
態々ドル箱手放す必要無いもんなーって思っちゃうよね。」
そんな彼の言葉に、松井が今迄の経験から来る彼への印象を語る。
実際、組織のリーダーとして『決断力』というのは不可欠な能力なのだろうし、B小町の成功の事実を鑑みれば彼にその能力が十分に備わっていたと言っていいだろう。
それこそ、彼女達三人は別の事務所から移籍して暫くはレッスン漬けの日々を送る事になっていたが、あの下積みが無ければ他の四人との差はより悲惨なものとなっていた事は想像に難くない。
彼女に続いた有坂の言葉には壱護も思わず顔を顰めるが、現実として人気の絶頂期にあるグループは事務所にとっての大きな収入源である為、その言い分も間違ってはいない。
「お前ら俺の事どういう目で見てんだよ...。
そんなに金儲けしか考えてない様に見えんのか...?」
付き合いが長いからこその気安さとも言えるが、流石に壱護もこの言われようには不満を隠し切れない。
まだまだ子供であった頃から彼女達の面倒を見てきた彼からすれば、実の娘の様に考え大切にしてきた自負がある故に。
とはいえ彼女達とて何の根拠も無しにこんな発言をする訳ではないのか、渡辺と高峯が苦笑いしつつかつて見た光景を語り出す。
「そうは言いましてもねー...。
私らも流石に『鼻毛ちゃん』のモデルやるって言われた時は、マジかよって思いましたよ...。」
「首領パッチさんと天の助さんと一緒にあれの売上を通帳で確認してた時は、そりゃあもう...。
三人共表情ヤバ過ぎて、皆引いてましたよ...。」
「⁉︎」
壱護達が事務所で話し合いを進めている頃、残る三人はヘッポコ丸が運転する車に揺られていた。
助手席に座るビュティと共に三人を送り届けた後に直帰するよう指示を受けていた彼に、アイから声が掛けられる。
「ねぇ、へっさん。
例えばだけどB小町が解散するってなったらどうする?」
「...えっ、急に何言ってんの...?」
何の脈絡も無く繰り出された彼女の問いに、思わず目が点になるヘッポコ丸。
壱護と彼女達の会話の内容を知らない彼からすれば、運転中に突拍子もない事を言われ困惑してしまうのも致し方無かろう。
実は自分が知らないだけなのかと周囲の様子を窺うも、ビュティは自分と同じ様に驚いた様子であり、後部座席に座る新野と久常は揃って微妙な表情をアイへと向けている。
「えっと、今日の話ってそういう内容だったの...?」
「まあ、今日はあくまで意思確認だけと言いますか...。
そんなにすぐ動きが有る訳じゃないと思いますよ。」
今日の会議室での彼女達の会話内容に当たりをつけたビュティの問いに、誤魔化す事を早々に諦めた新野が大まかな情報を伝える。
現在事務所に残っている四人の今後の方針については既に車内の面々も知る所である為、仮に動きが有るとしたらあの場で何かしらの言及がされていた筈だ。
寧ろ本題となるのは、現状で方針が固まっていない自分達との話し合いと考えると、事の発端となった久常のプライバシーの為にも濁した言い方が無難であろう。
「...もし本当に解散ってなったとしても、会社が決めた事なら従うしかないだろ。
まあ、昔みたいにアイドル一本でやってた時と違って、皆他の仕事も取れてるしそこまで今と変わらない気がするけどな...。」
「流石に他の事務所に移ったり、独立するとかだったら話は変わるけどね。
もしかしてアイちゃん、そういう考えが有るの?」
最初のアイの質問の意図を察したヘッポコ丸が、一社員としての目線からグループ解散後の動きを予想するが、そこまで関係性が変わるとは思えない。
それこそビュティが語った様に移籍や独立、若しくは引退となれば関係性が変わってくる為、彼女の中にそういった意思が有るのかと考えた問い掛けがなされるが。
「いやー、私はそういうのはいいかなー。
自分で売込みするって絶対無理だと思うし。
アイドルの方は私もへっさんと似た感じの考えだけどニノはどう?」
イメージ通りと言えばそれまでだが、アイの考えは相変わらずさっぱりとしたものである。
これと言ってやりない事が無い彼女だからこそ、NGを入れているものでもなければ仕事の選り好みもしない為、メンバーの中でもマルチタレントとしての色が特に濃い。
自分に出来る事と出来ない事を明確に分け、与えられた役割を全うするのが彼女のスタンスと言った所だろう。
それを今後の進路について思い悩む久常の前で語った意図を察した新野が、続けて自身の考えを語り始める。
「私は、もし解散が決まっちゃったら、『その日』迄は出来るだけ沢山ライブしたいし、皆と一緒に仕事をしたいって思ってる。
元々アイドルが好きだったから凄く楽しかったんだけど、自分が思ってるよりも入れ込んじゃってたのかもね...。
アイドルじゃなくなったらどうなるかは、今はちょっと想像出来ないな...。
それこそ久常ちゃんみたいに楽器でも弾ければ違ったのかもだけどね。」
「わ、私のピアノなんてそんな大層なものじゃないよ...。
それこそ、ファンからの人気だって二人は基本トップ2じゃない...。」
新野の思いの丈を聞いた久常は目を丸くする。
予想以上に彼女がB小町への思い入れが有る事もそうだが、他のメンバーとも違うただ純粋に今を楽しみたいという考えに、彼女がこれまでファンからの人気を集めてきた理由を悟ったのだ。
アイドルとしての活動に最も情熱を注いできた彼女だからこそ、ファンも彼女の姿に惹かれていたのだろう。
それと比べれば、自分のピアノ演奏等とても人から金を取れる様な代物ではないとの思いから謙遜するが。
「いやいや大層なものでしょ。
特技持ってる人ってすぐ同じ世界のトンデモ超人と比べて自分を卑下するよね。」
「経験者にしか分からない物の見方ってのは有るんだろうけど、現実として久常ちゃんが作曲した曲だって有るんだしもっと自信持っていいと思うけどな。」
「そ、それは...。
でも、あれだってヒムラさんに見てもらってからリリースした訳だし...。」
そんな彼女に対して、二人からは自分の特技として自信を持つべきとの言葉が投げ掛けられる。
丁度アイが入院中にメンバーで曲を作る際、作曲は彼女が担当しており実際に作曲者としてクレジットされている為、先の彼女の考えを参考にするなら間違いなく『金を取っている』事になる。
無論、その曲をそのままリリースした訳ではなく、B小町の多くの曲の作詞作曲を手掛けるヒムラによる監修が行われた後に発表したのだが、そこでも特段大きな修正がされた訳ではない。
メンバーと直接語り合い、全員分の思いを纏めた上で作り上げた彼女の曲をヒムラが評価したからこそ、微調整程度で監修は終了しているのだ。
この時の縁が始まりとなって、二人が度々交流を続けている事からも、ヒムラが彼女に対してクリエイターとしての才を感じている証左であろう。
それでも尚自信無さげな彼女に対し、今度はビュティから声が掛けられた。
「もし、自分に自信が持てないなら、他人の評価を信じてみてもいいんじゃないかな。
ヒムラさんはB小町の曲を沢山作ってくれてる凄い人だけど、別に世界一ピアノが上手い人じゃないよね。
そういう人が才能を感じてくれてるなら、それはきっと凄い事だと思うよ。」
「そう、そういう事が言いたかったの!
流石お姉ちゃんだね!」
「何でアイが誇らしげなのよ...。」
言った当人よりも鼻高々なアイの様子には笑ってしまうが、実際彼女の言葉には久常も成程と思わされた。
客観的に見て才能の有る人物からの評価を当てにするというのは、確かに自己評価よりも余程根拠としやすいだろう。
自分の可能性を一番信じていなかったのは自分自身であったという事だろうか。
「解散した後にもし私が曲を作ったらさ、二人で歌ってくれる?」
「勿論だよ。
どうせなら、へっさんもオナラでコーラスとして参加すれば?」
「その冗談まだ言ってんの...?
ビュティさんもいるんだし、余り失礼な事言ってると...。」
「うーん...。
曲の長さにもよるけど、それ位なら出来ると思うぞ。」
「何でこの人ただの事務員やってんの⁉︎」
物事には必ず始まりと終わりが存在する。
七つの星の輝きによって紡がれてきたB小町の伝説は、最終章を迎えようとしていた。
ここから三話程(予定)で、アイ編の最終章を描いていこうと思います。
こんなペースの遅い作品に付き合って下さり、誠にありがとうございます。