推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:45この気持ち

 12月と聞いて頭に思い浮かべるものと言えば何が有るだろう。

 乾燥した空気や身に染みる様な寒さ、雪等の自然現象。

 クリスマスや年末の忙しさと言った風物詩の類。

 或いは、自身や近しい相手の誕生日を思い浮かべる者もいるだろうか。

 上記の例以上に印象深い出来事が存在するコミュニティに属している者でなければ、大凡の人物はそのいずれかと回答するだろう。

 

 では、人気アイドルグループ『B小町』のファンコミュニティはどうだろうか。

 昔からのファンであれば、メンバーの一人_アイの誕生月と考える者が多いだろう。

 毎年のメンバーの誕生日を祝う『生誕祭』なるイベントの影響も有り、該当する月は印象に残りやすい。

 そこまでディープな情報を追っていないとしても、中には自身が参加した過去のライブを思い出す者がいるだろうか。

 しかしここ一年に限って言えば少々事情が異なる。

 

 グループ初の東京ドーム公演当日にメンバーの殺害未遂事件の発生と、それに伴う公演の中止。

 悪い事は重なるとはよく言ったものだが、メンバーにとってもファンにとっても待ち望んだ『その日』が一気に『悪夢の一日』となってしまったのだからファン達の心情も推して知るべしであろう。

 不幸中の幸いで事件の被害者であるアイが無傷であるとの情報に胸を撫で下ろす事は出来たものの、当然それで全ての感情をリセット出来る筈などない。

 事件直後、コミュニティサイト上では実行犯である貝原に対する怨嗟の声が溢れていたが、一方で狭いコミュニティ故か貝原本人と交流していた者達もいた様で、彼の異変を察知していたとの声も僅かながら存在していた。

 後に、警察から彼に犯行を教唆した存在の可能性が示された事で、一旦は当該サイト内の論争も落ち着きを見せたものの、いずれにせよファン達にとっては『消し去りたい記憶』と言っていいだろう。

 

 そんな苦い記憶を想起させる寒気に包まれた12月1日にその情報は公開された。

 『B小町の解散、及び最後の全国ツアーの開催決定』

 意図したものかは兎も角として、ファン達の12月の苦い記憶を払拭するには十分過ぎるものであった。

 解散の発表を悲しむ者や、人気が絶大である時期に敢えて解散するという判断に理解を示す者等、ファンの間でも様々な意見が出されたが、少なくともある一点においては全てのファンの気持ちが一致していた。

 

 『彼女達の最後の勇姿を見届けねばならない』

 

 

 

 その日、ハレルヤランドは通例以上の来客数を記録していた。

 理由は言わずもがな、件の全国ツアーの最終公演が開催される為だ。

 『B小町の最後のライブ』という特大のビジネスチャンスを、ハレクラニが逃す筈がないのは当然であるが、一方で彼が解散の判断自体に反対しなかった事を驚く声も少なからず有った。

 何しろ彼女達がライブをするだけで莫大な利益が発生するのだから、ビジネスパートナーとしてはそう簡単に頷ける判断ではないだろう。

 これには引き際を見極める事が肝要なビジネスの世界において、『敢えて人気絶頂期にコンテンツを終わらせる』という壱護の考えにハレクラニが理解を示した事や、『ハレルヤランド内でライブを開催する』という当時は未知数だった分野に協力して貰った事に対する恩義を感じていた事が大きい。

 無論、その中にあっても最終ライブの開催に加え、定期的な公式ライブ映像の上映会の開催を約定させたりと、まだまだ彼女達を利用する腹積りでいるのは変わらないのだが。

 

 

 

 会場内で続々と自分の席に着いていく人々の姿は、否応なくライブ開始前独特の雰囲気を醸し出していた。

 もう少しでB小町の勇姿をこの目で観る事が出来るという興奮と緊張、一方でこのライブが始まるという事は彼女達の最後のライブ_『終わり』が始まってしまうという事実から、ファン達の感情も過去のライブとは少々異なるものとなっているのだろう。

 そしてそれは、現在関係者席に座りその時を静かに待つ少女も同様であった。

 

「お待たせ、飲み物買ってきた...。

 何でルビーは正座してるの...?」

 

 購入してきた飲み物を持ちつつヒカルが席へと戻ると、彼の娘は何故か靴を脱いで席に正座し目を閉じている。

 まるで寺にでも来たかの様な振る舞いに、思わず彼が行動の理由を問うと。

 

「パパ、これはね、大事な儀式なの。

 デビューから今日迄、私達に沢山感動を届けてくれてありがとうって。

 ママに、この世に生まれてきてくれてありがとうって。

 分かる?」

 

「そ、そうなんだ...。」

 

 恐らくは彼女なりに母達がやってきた事に対する尊敬と感謝を捧げているのだと解釈したヒカルは、曖昧な返答と共に反対側の席に座るアクアへと飲み物を渡していく。

 娘の前世の事等知る筈がない彼から見ると、彼女の母に対する感情の重さには未だに困惑してしまうが、応援したいという気持ちが本物である事は感じられる為静観を選んだようだ。

 

「どうだヒカル。

 アイ達のライブ前の雰囲気も中々のもんだろう。」

 

「ええ、それはもう...。」

 

 すると、彼らの後ろの席からボーボボが声を掛けてくる。

 アイとの関係性を秘匿する事を考えると当然とも言えるが、実際にB小町のライブ会場を訪れるのは初めてとなるヒカルは、ボーボボが触れた会場内の雰囲気に感嘆していた。

 ララライの演劇とはそもそもの客層が異なるのはあるにせよ、同じ舞台に立つ人間として開始前からこれ程の雰囲気を作らせてしまうB小町の魅力には素直に舌を巻く他ない。

 自身の横で未だに正座を続ける娘にしても、その想いの強さ故に奇行とも言える行動と共に開始迄のモチベーションを高めていると言えるだろう。

 

 彼らがそんな会話を交わしていると、会場内にブザーが鳴り響き、次いで照明が落ちていく。

 ライブ中の注意事項のアナウンスが、否応なく開始の時刻が近付いている事を報せてくるが、その声を聞いたアクアが思い当たる節が有ったかの様に語り出した。

 

「この声どっかで聞いた事が有る気がするんだけど、どこだっけかな...。」

 

「あぁ、それならほら。

 あそこにアイツがいるだろ。」

 

 そんな彼の呟きに反応した天の助が舞台の端の方を指し示すと、果たしてそこにはマイクを片手にアナウンスを続ける人物の姿が有った。

 アクア達がその人物の姿を凝視すると、確かにその人物の姿は三人にとってもよく見覚えのあるものであった為か、ルビーが思わずと言った様子でその者の姿を端的に言い表す。

 

「あっ、ウンコさんだ!」

 

「ちょっとルビー...、命の恩人相手なんだからそんな失礼な呼び方しちゃ駄目でしょ...。」

 

 その人物_ソフトンの頭部を率直に言い表したルビーの言葉ではあったが、流石に自分達の命を救った相手にする呼び方ではないとヒカルが彼女を窘める。

 尤も、そんな彼ですらソフトンの頭部に対する彼女の表現が、非常に端的かつ的確である事を否定しない事実からして、他の観客達も徐々にマイクを握る者の姿に違和感を抱いていった。

 

「なぁ、あの司会の人の顔さ...。」

 

「いや俺も思ったけど、流石にそれは無いって...。

 チョコ味のやつだよきっと...。」

 

「いやでもさぁ...。

 ソフトクリームがあんなイケボで喋るか?」

 

「いやそっちの方がまだ良いだろ。

 ウンコ以下の声とか嫌だよ俺...。」

 

 

 自身の頭部のせいで会場がざわめき出している等とは露程も思っていない様子のソフトンが、一通りの案内を終え呼吸を整えると、ライブ前の最後の一仕事とでも言う様に再び会場へと語り掛ける。

 

「最後に、皆に一つだけ再確認して欲しい事が有る。

 皆が応援し、愛するB小町は最後の晴れ舞台を迎える訳だが...。

 例え百戦錬磨の彼女達であっても、平時には無い様なプレッシャーを感じたり、或いは感情を揺さぶられる事も有り得るだろう。」

 

 その言葉に先程迄のざわめきが嘘の様に静かに耳を傾ける観客達。

 この場所に集った者達に、彼の言葉を否定する者はいない。

 ただ平均的に光を放つ様な七人組であったなら、自分達はこうも彼女達に惹かれてはいないのだ_と。

 時には計算尽くで、時には人間味を溢れさせ、七人がそれぞれの輝きを放ち続けてきたからこそ、自分達はここまで着いてきたのだ_と。

 

「皆の後押しが有れば、彼女達も安心してパフォーマンスが出来るだろう。

 その状況になってしまえば、答えは皆も知る通り。

 ヤツらはやるかやらないかで言ったら、やるヤツらだ。」

 

「ウオォォォ‼︎ ウンコーー‼︎」

 

 ソフトンの言葉によって歓声に包まれた会場内のボルテージは最高潮に達する。

 観客達の持つサイリウムが、設定されていない筈の茶色い光を放っているが、一体どういう理屈なのだろうか。

 

 

 

「今日のライブも、次が正真正銘ラストの曲。

 そして、私達がB小町として歌う最後の一曲です。」

 

 スピーカーを通じて、『彼女』の声が会場内に響き渡る。

 アンコールの一曲目迄を歌い切った時点で、この場にいる誰しもが簡単に予感出来る未来であった筈だが、いざ『その時』が訪れた事に観客席からもメンバーの中からも感情を露わにする者が現れ、人が懸命に嗚咽を漏らす音がそこかしこから聞こえ始めた。

 

「この曲が終わったら、皆を乗せてきたB小町の旅は一旦終着駅に着きます。

 ここからは私達も皆も、一旦別々の道に進む事になるけど、ちゃんと線路が繋がってる事を覚えててくれたら嬉しいです。」

 

 予め用意していた台詞なのか、はたまた『彼女』がこの大一番の為に準備していたものなのかは分からないが、中々上手い言い回しだと思わされる。

 これまでの自分達の軌跡を電車の旅に例える事で、『これまで』と『これから』を印象付けると共に、この台詞によって最後の曲に見当が付くファンもいるだろう。

 

「この先、私達もまたどこかの駅で合流する瞬間が有るかもしれないし、皆の進む先と同じ駅に停まってる事が有るかもしれない。

 その時には、ちょっと途中下車して相手をしてくれると嬉しいです。

 それじゃあ、皆の新たな門出に景気良く行こうか!

 『STAR☆T☆RAIN』‼︎」

 

 

(凄いな...、これが君が見てきた景色なんだね...。)

 

 B小町の曲と共に会場中に散らばる七種の光が揺らめく様は、まるで星空の様な幻想的な光景をヒカルの眼に映し出していた。

 アイドルは夢を売る仕事等と言われるが、確かにこの光景は夢と言われても納得してしまう様な非日常感が有る。

 

『良いも悪いも見た目じゃね?

 大人しそうなほど騙されるの!』♪

 

 そう、『彼女』と出会ったあの日から、まるで催眠にでもかかったかの様に自分の人生は変わり始めたのだ。

 

『Be All Right 今は運に身を任せ』♪

 

 確かに数奇な運命ではあったのかもしれない。

 『彼女』達とそもそも知り合わなかったら、『彼女』がボーボボ達とそれ程懇意の仲でなかったら、魚雷ガールや横浜の純子という強力なバックアップが無かったとしたら、或いは自分がそれらの助けを拒絶してしまっていたら今の状況は有り得なかったであろう。

 

『幸か不幸かはさじ加減?

 ちょっと危なっかしい子がタイプでしょ!』♪

 

 本人を前にしてそんな事を言おうものなら、間違いなく腹立たしいニヤケ顔を向けてくるだろうが、確かに出会った当初から気になる存在ではあった。

 とはいえ、不慮の妊娠から出産するという決意を聞いた際には、とても『危なっかしい』所ではない感情を抱いたが。

 

『とびきりの嘘も愛情だよずっと

 ねえ分かるでしょ』♪

 

(うん、分かってるよ...。)

 

 『彼女』が、ただの不器用な生き方しか出来ない女性である事も、そんな自分の感覚と周りとのギャップに悩んだりする事も、好きな相手にはちゃんと心を開いている事も。

 『星野アイ』にとっては、『アイ』の仮面も愛を伝える手段の一つだという事も。

 

『絶対後悔したくないからさ

 何千何万回何億回だって

 永遠に進み続けるよ君と』♪

 

 アイとの付き合いも十年近くになるが、本当に良くも悪くもさっぱりした人物だと思える。

 やりたい事はやりたいと言い、やりたくない事はやりたくないと言う。

 そして、出来る事をやり、出来ない事には手を出さない。

 一見我儘にも思える彼女の行動原理は、哀しい程に分を弁えた考え方から来るのだろう。

 恐らく始まりは周囲の人間を怒らせない為なのだろうが、同時にこうも思うのだ。

 彼女が『何かをしたい』と考えた時、それは間違いなく心の底から感じた想いなのだろう_と。

 

『もっと叫んでいこう!

 永遠に君を楽しませて魅せるから』♪

 

 その歌詞を彼女の歌声が紡いだ瞬間、自分の気持ちを言語化してくれた様な気がした。

 きっと自分は、彼女と彼女の周囲が形成する世界に魅せられてしまったのだろう。

 ライブ前に自身の娘が、彼女の生誕を喜ぶ発言をしていたが、確かにその気持ちにも理解が及ぶ。

 彼女自身と、彼女が存在するこの世界に感謝し大切にしたいと思うこの気持ち。

 

(あぁ、やっと言えるんだ...。)

 

 曲の終わりと共に歓声を上げる観客に混じり、ついに訪れてしまった『その時』に涙を堪えられない者もいる様だ。

 現に自身の左手を強く握り締めている娘は勿論の事、普段は滅多に感情を出さない息子ですらその小さい肩を震わせている。

 好きなものを好きと言うたったそれだけの事を、もしかしたら自分は難しく考え過ぎていたのかもしれない。

 体は正直とはよく言ったもので、今自分の頬に伝うものを『嘘』だと言うのは捻くれが過ぎるだろう。

 

 

 

 他のメンバーが打ち上げの会場へと移動する準備を進める中、アイは壱護の許可を貰い会場近くの広場へと向かっていた。

 理由は言わずもがな、ボーボボ達と共にその場にて待ち合わせている家族と顔を合わせる為である。

 今回の全国ツアー開始前に、久常達三人にも自身に子供がおり恐らく命を狙われた原因の一つがそれであろう事を伝えはしたが、だからと言って会場で自分の家族三人に会う等もっての外であるのは変わらない。

 そこで密会の場所に選んだのが、今回の広場であった。

 ライブ終了後は、存外帰り支度を急ぐ者や近場の飲食店へ足早に向かう者が多く、灯台下暗しとなっているのが理由である。

 広場へと着くと、やはりと言うべきかこんな時間に待ち合わせをしているのは自分達以外にいない様で、娘のルビーが一目散にこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。

 

「ママー、お疲れ様ー‼︎

 ホントに凄かったよ‼︎」

 

「うん、ありがとう!

 皆が応援してくれてたの、こっちからも見えてたよ!」

 

 自身に突撃し、ライブの感想を全身で表すルビーの体を受け止めると、彼女に続いて他の面々もこちらへと近付いてくるのが見える。

 

「アイ、お疲れさん‼︎

 お前のハジケっぷり、俺の上腕二頭筋にしっかり届いたぜ‼︎」

 

「スカウトされた中坊の頃と比べたら...。

 マジでとんでもねぇ奴になっちまったなぁ...。」

 

「お疲れ、アイ。

 どうだ、『あの日』から少しは変われたか?」

 

 ライブと何の因果関係が有るのかは分からないが力こぶを見せる首領パッチ、自身がスカウトされた時の事を思い出し涙を流す天の助、そして彼らと共に初めて苺プロを訪れた時の自身の言葉を引用しその日からの変化を問うボーボボ。

 あの日の事を忘れる筈がない。

 自分の芸能活動の全てが始まった日であり、自身が明確に殺意を覚えた日でもある。

 そんな憎たらしい部分も有りつつ、けれど返し切れない恩を受けているこの人物達に返す言葉は一つしか有るまい。

 

「おじさん達には教えてやんないよーだ!」

 

 こんな時でさえ天邪鬼な台詞が滑る様に口から出てくる自身の頭を、いつもの様に笑みを浮かべつつ荒っぽく撫でてくる彼らへの感謝の言葉を述べるのは別の機会にするとしよう。

 相も変わらず固く扉を閉ざした自身の心を解きほぐすには、アルコールの力を借りるのも一手かもしれない。

 

 

「母さん、本当にお疲れ様...。

 今はちょっと、『凄かった』以外に言葉が出ないんだけど...。」

 

「ふふん、アクアがそこまで言ってくれるなんてね。

 私の生歌も中々のもんでしょ!」

 

 照れ隠しなのだろうか、目を逸らしつつ自身を賞賛してくれる息子の頭を思い切り撫でてやる。

 折角容姿は父親に似ているというのに、こういった場面でスマートに切り抜けられない所は自分に似たのだろうか。

 

 そして、自身の前に『彼』が立つ。

 

「...終わったよ。」

 

「うん、全部観てた。 頑張ったね...。」

 

 そんな何でもない様な言葉を言われただけで、簡単に気分を良くしてしまうのだから自身の心は単純なものだ。

 するといつの間にか自分達の傍に寄っていた子供達が、なんとも生意気な笑顔と共に自分達の距離を縮めようとしてくる。

 二人の行動の理由が分からず困惑していると、『彼』が意を決した様に懐を探り始めた。

 

「その...、ムードとか気が遣えなくてごめん...。

 でも...、僕の正直な気持ちをすぐに伝えたくてさ...。」

 

 顔を真っ赤にした『彼』の手に収まる小さな箱を見て、その意味が分からぬ程鈍感ではない。

 成程、これなら先の子供達のませた表情にも得心がいく。

 全く、親の一世一代の場面にあんなニヤケ顔を晒すとは、一体誰に似たのだろうか。

 今この時も、野次馬根性丸出しでこちらを見ているが、実の親が赤面する様子がそんなに面白いかとお灸を据えてやらねばなるまい。

 

 自身の左手を手に取り、箱の中身を慎重に自身の薬指へと合わせていく彼の姿に、どうしようもなく自身の胸は早鐘を打ち続ける。

 別に今に始まった関係ではない。

 寧ろ子供がいるのだから、責任を取るという意味では当然とも言えよう。

 だから、こうなる事は予め分かっていた筈なのに。

 早く言って欲しいと、『その言葉』を聴かせて欲しいと願ってしまう。

 

「今なら、正直に言えます。

 星野アイさん、君の事を愛して_」

 

 

 

「あら、寂しいじゃない...。

 ワタシにはそんな事言ってくれなかったのに...。」

 

 腹の底から凍える様な、冷たく重いその声に反応したヒカルが咄嗟にアイを突き飛ばした事で、その異形の魔の手から何とか二人が逃れる。

 

「アイ、無事か!」

 

「私は大丈夫...。

 それよりヒカルは⁉︎」

 

 余りに突然の出来事故に初動が遅れたボーボボ達が、尻餅を着いたアイの下へと駆け寄っていく。

 彼女の無事を確認した所で、一同が逆側にいるであろうヒカルの方へと視線を向けると。

 

「フフフ...、相変わらず綺麗な顔してるのね...。

 思わずこの場で殺したくなっちゃう...。」

 

「ッ⁉︎ あなたは、何でこんな事を⁉︎」

 

 そこにはヒカルの首筋へと鋭い爪を突き立てるナニカが存在していた。

 およそ人間のものとは思えぬ隆起した筋肉_

 ヒカルへと突き立てる爪や鋭く伸びた犬歯_

 蝙蝠を彷彿とさせる大きな羽根_

 まるで悪魔が顕現したかの様なその異形に、さしものボーボボ達も戦慄してしまう。

 ヒカルは何やらその正体に見当が付いている様だが、残念ながらそれが状況を好転させる要因とはなり得ない。

 

「誰にも邪魔させない...。

 ワタシ達の思い出の場所で、ゆっくり可愛がってあげる...。」

 

「くっ、ボーボボさん!

 アイ達をお願いします‼︎」

 

「ヒカル‼︎ クソが‼︎」

 

 異形がヒカルを鷲掴みにしつつ空の彼方へと遠ざかっていく様を見て、ボーボボが苛立たしげに天の助の顔面を粉砕する。

 無駄な抵抗だとは知りつつも、遠ざかっていく怨敵に向け首領パッチを投擲するが、流石に重力には逆らえない様で彼の体は徐々に高度を下げていった。

 ここで一つ落ち着く為にと大きく息を吐いたボーボボがアイへと声を掛けると、彼女が久しく見せていなかった感情を表出している。

 

「...何で私ばっかり...。

 私、何かした...?

 何でそっとしといてくれないの...?」

 

 それは、かつて彼女が母の失踪を知った時と同じもの。

 飲み込まれそうな闇に染まった母の絶望に満ちた表情に、彼女の子供達も息を飲む。

 

 されど、そんなものに彼女が飲み込まれる事を、今も昔もこの男がよしとする筈がない。

 自身の頭に置かれた大きな手の暖かさを認めたアイが、泣きじゃくりながら再び彼へと助けを求める。

 心の底から、希望を託す様に。

 

「おじさん...、お願い...。

 ヒカルを...、私達の家族を助けてください‼︎」

 

「任せときな。

 空気の読めねぇバカは、俺がぶっ潰してやる。」




 本話において、『STAR☆T☆RAIN アイSolo Ver.』の歌詞を引用させていただきました。
 改めて聴いて、本当に素晴らしい楽曲だと思わされました。

 アイ編残り2話の予定ですが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
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