推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:5変化

 アイが正式に苺プロ所属のタレント契約を行なった事により、彼女にもその周囲にも変化が生じた。

 まず、アイの身元引受人となる為、壱護との養子縁組を行う事となる。

 手続きが完了次第、彼らは戸籍上の親子となるわけだ。

 身元を保証する人間に目処が立った事で、さあ人気アイドルへの道を邁進するかと思われた矢先にアイから放たれた言葉により、壱護に小さくない懸念が生じる。

 

「私さ、昔から人の名前覚えるの苦手なんだよね。」

 

 詳しく話を聞けば、その場の空気を乱さない様振る舞えている自信は有るらしいのだが、そこから個人として特定の人物と関係を深めていく事が出来ないのだそうだ。

 実は、未だに壱護の名前すら覚えられていないという衝撃の発言には空いた口が塞がらなかったが、一方でその独特の感性や壱護が感じる嘘吐きの才能を鑑みれば納得出来る部分もあった。

 

(愛する事が分からないって言ってたが、こりゃそれ以前の問題かもな...。)

 

 乱暴に言ってしまえば、彼女は他人に興味が無いのだろうと壱護は思う。

 話に聞く家庭環境によるものか、はたまた生来のものかは不明だが、他人の領域に踏み込む事も無ければ自身の領域に踏み込ませる事も無い、そのあり様は彼女と同年代の人間から見ればさぞ不気味な存在として映るだろう。

 逆説的に、彼女が名前を覚えているという事は、それだけその人物を認め心を開いている証左でもあるのだが。

 

 この話の後、壱護はビュティとヘッポコ丸にある話を持ち掛ける。

 一つは先のアイの話の事実確認。

 二人からは、同級生と友人になった様子は無いが、一方で他人の事は思いの外よく見ているという余り嬉しくない人物評が帰ってきた。

 こうなると心配になってくるのが、彼女の仕事上での人間関係である。

 他人の名前を覚えられないというのも充分問題だが、最悪仕事場では名前を呼ばせなかったり周囲の助けがあれば誤魔化しは可能だろう。

 心配なのは、メンバーとの関係だ。

 ただでさえこの浮世離れした性格に加えて、なまじ認めざるを得ないアイドルとしての才能。

 ここに、曲がりなりにもモデルとしての芸能活動がある他のメンバーと違い、ほんの少し前まで一般人であったという事実をトッピングすれば、人間関係の地獄絵図の完成である。

 たかが地下アイドルの人間関係と切って捨てるのは簡単だ。

 アイドルのグループ内での軋轢等よくある話であるし、気にしだしたらキリが無い。

 しかし、壱護からすれば自分の小さい会社のスタッフが一丸となって漸く形になろうとしていたアイドルグループのメンバーとして、更に巨大な才能を手にする事が出来たところなのだ。

 そんな自分達の夢への見通しが少しだけ明るくなったところで、メンバー間の軋轢でものの数ヶ月で頓挫する等、余りにも笑えない冗談だ。

 そこで壱護が二人に振ったもう一つの話が、共に苺プロのスタッフとして働いてもらえないかという相談だった。

 アイをはじめ、思春期の少女達に自分達大人よりも近い距離感で接し、自分達の配慮が行き届かない部分をフォローしてほしいという狙いもあるが、単純に事務所内の深刻な人手不足を緩和したいというのも事実であった。

 何しろ、電話やメールの応対から書類の作成・処理、更にスケジュール管理等事務所内の仕事だけでも、挙げればキリが無い負荷が少人数のスタッフにのしかかっているのだ。

 話を聞いたボーボボ達からの後押しもあり、二人はこの話を了承。

 この話を聞いてアイよりもミヤコ達事務所スタッフが喜んでいたのが二人には印象的だった。

 

 

「そうだ、働く場所が変わったってポコミにも連絡しておかないと...。」

 

「ポコミ?」

 

 アイがタレント契約の書類の確認と記入、ビュティ達がミヤコ達から業務についての説明を受けていた日、互いの作業がひと段落ついた所でヘッポコ丸の口から出てきた、聞き慣れない恐らくは女性のものであろう名前に反応するアイ。

 ビュティの前で話している事や彼の性格からして、流石に浮気の類ではない事はアイにも分かるが、その女性の名前を親しげに呼ぶヘッポコ丸の姿に珍しさを感じたのだ。

 

「ポコミちゃんはへっくんの妹だよ。凄く可愛い子でね。」

 

「へぇー、ヘッポコ丸君妹さんがいるのね。」

 

「はい。と言っても八歳下なんで、まだ中学生なんですけどね。

 丁度、アイの一つ上になるのか。」

 

 ビュティからの補足情報に反応した自身の問いに対するヘッポコ丸の回答を聞き、彼がアイの様な歳の離れた異性の扱いに慣れている様子に納得するミヤコ。

 場合によってはアイ達ティーンエイジャーの相談役にもなってもらおうと考えていたが、思った以上に適任である可能性が高いと内心ひとりごちる。

 

「ふーん、写真とか無いの?」

 

 更にポコミの情報を得ようとするアイの姿を、ビュティとヘッポコ丸は珍しい物を見る目で見つめる。

 つい最近知り合ったばかりのミヤコでさえ意外そうな顔をしており、そんな周囲の様子にバツが悪そうな様子のアイ。

 

「えっと、私がこういう事言うの変かな?」

 

「正直、意外かなぁ。

 アイちゃんが同年代の子に興味を示すの初めて見たから。」

 

 代表してそう返したビュティに、そこまで自分は他人行儀だったかと思わされるアイ。

 こういう何気ない所で、改めて自分が「ズレた子」なのだと実感する。

 こんな自分でも、知りたい事にはちゃんと興味を示すのだと伝えたいアイは、多少空気が重くなる事を覚悟で自分の考えを口にした。

 

「へっさんと妹さん、聞く感じだと仲良さそうだからさ。

 仲の良い家族ってどういう感じかなぁって。」

 

「...成程。そういう事なら、ほら。」

 

 アイの言葉に納得した様子のヘッポコ丸が、携帯電話に保存されたポコミの写真を表示する。

 彼女が知りたがっている内容を理解している彼からすれば、拒む理由は無い。

 表示された画面をアイとミヤコが覗き込むと、

 

「へぇー、ホントに可愛い妹さんね。

 それこそ、アイドルやっててもおかしくなさそうな感じだわ。」

 

「ははは、ありがとうございます。」

 

「へっくんとポコミちゃん、互いにブラコンシスコンだもんね。」

 

「えっ、いやそんな事は...。」

 

「八歳下だっけ?

 確かにこれだけ可愛いと、ちょっと気持ち分かるかも。」

 

 (良いなぁ。へっさん、凄く優しい顔してる。羨ましいなぁ。)

 

 ビュティに揶揄われ、ミヤコからフォローを入れられるヘッポコ丸の様子を見て、アイはとても眩しい物を目にした気分になる。

 アイから見ても、ヘッポコ丸は優しい。

 だが、それ故に理解してしまうのだ。

 自分に向けられる優しさと、この画面の中の少女に向けられるものは似て非なるものなのだと。

 アイから見れば、ビュティが揶揄う様も親しみと気安さから来るものであるし、ブラコンシスコンというのも裏を返せばそれだけ仲が良いと考えられる。

 少なくとも、自分が失踪した母に対して、揶揄われる程の好意を抱けるかと聞かれたら間違いなく否であろう。

 自分にもその感情を少しでも向けてくれたら...と彼女が感じてしまうのは罪な事だろうか?

 

「今は両親と一緒に宮崎に居まして。

 以前色々あって、検査とカウンセリングを受ける為に通院してるんです。

 最近、病院の中で友達が出来たって喜んでて。」

 

 ヘッポコ丸の発した、余り穏やかとは言えない内容をアイは意外に思う。

 写真の中の彼女は快活そうであり、病院に縁が有る様には見えない...と彼女が感じていた時、彼女の持つヘッポコ丸の携帯から着信音が響いた。

 

「妹さんからだよ、噂をすればだね。」

 

「急にどうしたんだ、アイツ...。もしもし。」

 

『もしもし、お兄ちゃん⁉︎

 私、お兄ちゃんが芸能人になるなんて聞いてないよ!』

 

「はぁ? 何か勘違いしてないか?」

 

『ウソじゃないもん! パッチンとプルルンが言ってたんだから!

 お兄ちゃんがオナラで音楽界を席巻しようとしてるって!』

 

「アイツら...。 そんな事あるわけないだろ。

 そりゃオナラで歌は歌えるけど、あんなの鼻歌見たいなもんだって。」

 

(歌えるの⁉︎ えっ、オナラって私の知ってるオナラで合ってるわよね⁉︎)

 

 

 ミヤコがヘッポコ丸の特技に驚いているのと時を同じくして、宮崎県のとある病院の玄関ホールで、兄へ不満を垂れる少女ポコミ。

 彼女は、ネオマルハーゲ帝国の管理下にあった時期に服用していた善滅丸の影響の検査と、かつての自身の行いに対する悩みのカウンセリングの為、定期的にこの病院に通院していた。

 善滅丸は『精神の善良な心を溶かし、邪な心を解放する薬剤』とされる。

 より専門的に言うならば、服用者の前頭前野に作用し倫理観に影響を与える薬剤となるだろう。

 ここで、ネオマルハーゲ帝国崩壊後に問題となったのが、若年層に服用者が予想以上に多い事だった。

 『服用者の倫理観に影響を与える』という効能を持つ薬品を、まだ自身の倫理観が成熟していない幼少期の子供に与えるとどうなるか。

 自分の行いが全て正しいと思い込み、他者を平気で踏み躙るモンスターが誕生してしまう。

 しかし、問題の本質はこの後にあった。

 その子供達が、帝国の支配から離れ正常な情緒教育を受ける事となるのだが、今度はかつての自身の行いに悩み苦しむ人間が多発したのである。

 ポコミも例に漏れず、かつての自分を蔑み悩んだ人間の一人であった。

 ポコミの場合は、生来の明るさに加え実の兄や姉の様に慕うビュティの存在もあり、過去の自分の所業に上手く折り合いを付ける事が出来たが、近親者のサポートを得られない元服用者は未だに社会復帰もままならない状態であるとポコミも聞き及んでいた。

 だからこそ、自身の兄にはさっさと幸せを掴んで欲しいという思いが強かった。

 自分の事等後回しにして、早くビュティと落ち着いた人生を歩んで欲しいというのに、あの兄は事あるごとに自分のパートナーを後回しにして自分に連絡してくるのだ。

 あまつさえ、某バカ二人からの情報により芸能界に関わるという話が伝わったとなれば、妹として文句の一つも言いたくなるものである。

 

「お兄ちゃんが関係してるのって、例の施設にいた子なんでしょ?

 そんなに凄いなら、どんな子か見せて欲しいな。」

 

『無理に決まってるだろ。仮にもタレントなんだから。

 ...えっ?代わってって?いやいや何話すつもりなんだよ?』

 

 電話口の向こうに、兄が最近ご執心のアイドルの卵がいるらしい。

 丁度いい、兄とビュティの邪魔をしないで欲しいと一言言ってやるつもりでポコミは言い放つ。

 

「良いじゃんお兄ちゃん! ちょっと代わってよ。」

 

『えぇ⁉︎ ああもう分かったよ、ほら!』

 

『もしもし。』

 

「アハ! あなたが最近お兄ちゃんが気に掛けてるアイドルの子?」

 

『うん。へっさん、お兄さんには施設に居た頃からホントにお世話になってます。』

 

 兄に代わって話し始めたアイドルの何某が、兄への感謝の言葉を伝えてきた事にポコミは面食らう。

 どんなぶりっ子が出て来るかと思えば、兄の様子や電話口の向こうの彼女の口振りからもきちんと信頼関係を築いている事が感じ取れてしまったのだ。

 

『お兄さんは、ビュティさんと一緒に私達や事務所を助ける為に、ここで働く事になったの。

 ...だから、悪く言わないで欲しいな。』

 

「...あなたがお兄ちゃん達の事誑かしてるって分かったら、絶対許さない。

 その代わり、本気でお兄ちゃん達と何かおっきい事をしようとしてるんなら、お兄ちゃんの妹として応援してあげるよ!」

 

『...オッケー。 ふふ、これはファン候補ゲットって感じかな。

 それじゃあね。もし会えたらお兄さん達の事でお話しできたら嬉しいな。』

 

 ポコミ自身も分かる程に苦しい言い分を『ファン候補』と言われてしまっては、勝手に盛り上がっていた自分がバカみたいである。

 そして同時に感じてしまったのだ。

 この人は自分と同じくらい、自分の兄達を慕っている事を。

 すると、彼女の携帯に画像付きのメールが届く。

 

『アイっていいます。お兄さんとあなたの事、ホントに羨ましいです。』

 という文面と共に、恐らく兄に撮ってもらったであろう写真が添付されている。

 

「...アハ! めっちゃ可愛いじゃん。ハハハ...。」

 

 画像を見て、予想以上の美少女が映っていた事実を懸命に受け入れるポコミ。

 成程、これは確かに人を惹きつける何かを感じる。

 そこまで考え、自分よりもこの分野に詳しい友人に聞いた方が、胸の中のよく分からない感覚を解明出来るだろうと思い立ったポコミは、勝手知ったるとばかりにその人物の病室に入り、叫ぶ。

 

「さりなちゃん、大変!

 うちのお兄ちゃん、凄いアイドルの子に関わってるかもしれない!」

 




拙作においては、本編開始時点でアイが小学5年生と想定→ボーボボ達は真説終了から2〜3年後のイメージなので、ポコミ10→12歳としアイとさりなちゃんの1歳上とさせていただきました。

小説『一番星のスピカ』によると、旧B小町発足時点では斉藤夫妻は結婚してないようなのですが、具体的にいつ頃入籍したかが不明な為、拙作では、アイのスカウト時点で入籍しているものとさせていただきました。

善滅丸のくだりは、筆者の脳内でへっ君が考えてくれました。
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