推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:50超展開

 エレベーターを使い、マンションの上層階へと向かうその人物は、これから自身が向き合う事になるだろう問題の内容について思案していた。

 『救援求む』_そんな短い一言をメッセージアプリで寄越してきた友人とその家族が住む部屋へと向かっているのだ。

 公私共に付き合いの長いその友人が、先の様な要領を得ない大雑把な連絡をしてくるのは今に始まった事ではないのだが、流石にメッセージの字面が穏やかではない。

 友人がその立場上、様々な問題について警戒する必要がある事も、連絡の目的を推定し難くしている。

 

(またストーカー問題なんてのは、流石に勘弁して欲しいけど...。)

 

 その友人_星野アイが過去に巻き込まれた事件を思い出し、最悪のケースを想像しつつ彼女達星野家の面々が住む部屋へと歩みを進める人物_ポコミ。

 とは言え、アイを取り巻く最近の状況を鑑みると、その『最悪のケース』も馬鹿に出来ないのが正直な所だ。

 彼女自身は勿論だが、結婚相手のヒカルの側という線も捨て切れない程度には、彼女達夫婦はタレントとしての人気と知名度を獲得している。

 結婚に際し、苗字を『星野』とした理由について聞いた所、既に小学生となっている二人の子供達に配慮した事に加え、アイの側が苗字を公表していない事も多少はプライバシーの保護に役立つだろうとの考えの様で、彼女達も過去の事件の二の舞を防ごうと苦心しているのが窺える。

 

(うーん...、って言ってもあの二人が喧嘩するイメージも無いしなぁ...。)

 

 続いて考えたのは家庭内の問題なのだが、ポコミから見るとアイ達が第三者の介入が必要な程険悪になるのは想像し難い。

 二人の付き合いが長い事に加え、お互いに良い意味で家事についての拘りが無いらしく、今日に至る迄そういった点で衝突した話を聞いていない故であった。

 この辺りは互いの家庭環境を考えれば致し方ないのだが、そもそもの判断基準となる『親兄弟の家事』をまともに目にしていないからこそ、互いに良いと思えたものは積極的に取り入れる関係を構築している。

 半ば同棲と言える期間が長く、互いに対してある程度寛容になれていると言う事であろうか。

 

 そんな事を考えていると、彼女の目に『星野』の表札が入ってくる。

 何度も来ている場所である為、移動時間等さして掛かろう筈がないのだが、今回ばかりは自分の歩行速度を呪ってしまう。

 とは言え玄関前で突っ立っていても問題が解決する訳はなく、『せめて最初の連絡の時点で大まかな内容位は伝えろ』と友人に対する文句を心の中で垂れつつ一度深呼吸をする。

 覚悟を決めインターホンを押すと、すぐにこの部屋に住む少年の声が聞こえてきた。

 相変わらずの落ち着いた口調と対応に感心していると、然程間を置く事なく内側から鍵を開ける音と共に、ドアの向こうから少年が顔を覗かせる。

 

「ポコミさん、いらっしゃい。

 態々すいません...、休みの日なのに...。」

 

「アハ、いいってそんなの。

 それより、アイちはどうしたの?」

 

 自身に気を遣う少年_アクアに、彼の母が応対しない様子を不思議に思い、現状の確認を試みる。

 彼の父_ヒカルのスケジュールについては把握していないものの、アイに関してはこの日は休日となっている筈であった。

 にも関わらず、こうして彼が来客の応対をしている現状を鑑みると、或いは体調不良で身動きが取れなくなっている可能性も考えられる。

 その状態でヒカルも外出していると仮定すれば、まだ幼い子供達の世話を願い出たとしても不思議ではないだろう。

 そんな問い掛けに、スリッパを準備しつつ微妙な表情を見せるアクア。

 その様子が気になりつつ彼の手招きに従うと、とある部屋の前に案内される。

 ドアには『パパ・ママの部屋』と飾り付けがなされており、夫婦の寝室なのだろう事が分かるが。

 

「...何してんの、あの二人?」

 

 音を立てぬ様静かにアクアが開いたドアの隙間から見えた部屋の中の様子に、思わずと言った様子でポコミが疑問の声を上げる。

 ベッドの上に並んで寝そべるアイとヒカルは、揃って片手を額の上に置きつつ天井を見つめているのだ。

 なまじ美形である為、普段以上に爽やかな雰囲気が漂っているのが腹立たしい。

 

「順番に説明しますので、取り敢えずリビングにどうぞ...。」

 

 そんな両親の姿に疲れた表情を見せるアクア。

 気苦労の絶えない小学生に同情しつつ、ポコミは星野家のリビングへと移動する。

 

 

 

「どうぞ。」

 

「ん、ありがと。

 そういえばルビーちゃんは、自分の部屋?」

 

 差し出されたコーヒーに口を付けつつアクアの話を聞こうという所で、ポコミがこの部屋に住むもう一人の住人の存在に思い至る。

 溌剌とした彼女の声が聞こえてこない事も相まって、普段以上に静かな印象を抱いたのだ。

 

「えっと...、実はそれが二人がああなってる原因でして...。」

 

 意外な場所に原因が隠れていた事実に驚きを隠せないポコミ。

 自身の『家庭内の問題』という予想は部分的には当たっていた様だが、アイ達の様子から察するに、二人が娘と衝突したという事なのだろうか。

 そんな彼女の向かいの席に、自分の分のコーヒーを置きつつ座ったアクアが、この日有った出来事を語り始めた。

 

 

 

 ポコミが星野家を訪れた時から遡る事三時間程前。

 この日は家族全員が休日であり、一家団欒の一時を楽しむ正に『平穏な一日』と言った所であろう。

 今の状況に至る迄に短くない時間が掛かってしまったが、周囲の人物、そして四人全員が力を合わせてきたからこそ手に入れる事が出来たこの瞬間を、この空間を共有する人々が余す事なく満喫していた。

 部屋の中で一際騒がしい者達を静かに見守りつつ。

 

「さぁ、次よ‼︎

 カルメン的直進‼︎ 烈炎‼︎」

 

「ハイ‼︎」

 

「大自然的Uターン‼︎」

 

「ウフフ、アハハ。」

 

「情熱的車庫入れ‼︎」

 

「オ・レ‼︎」

 

「スペイン的坂道発進‼︎」

 

「ヤバ...、目回る...。」

 

「ルビー的サービスシーン‼︎」

 

(せんせにチラ見せしちゃお...。)

 

 カルメンのダンサーの様な格好で額に『教官』の文字を刻んだ首領パッチ、そして動きやすい服装の胸元に『仮免中』のバッジを着けつつ彼の指示に従うルビー。

 二人の謎の行動に、周囲の面々は諦観の表情を滲ませている。

 

「ふぅ、お疲れ様ルビーさん!

 これで仮免の実習は全て終了よ。

 試験も頑張ってね!」

 

「わーい!

 パパー、見て見て!

 これで私も免許取れるよ!」

 

 首領パッチから判子が押されたカードを自分へと見せてくる娘に、苦笑いを浮かべるヒカル。

 彼女達の言葉やバッジの文字列からすると、恐らくは自動車免許の教習所のつもりなのだろう事が窺える。

 ここで『意味が分からない』と切って捨てるのは簡単だが、それではただ娘の心を傷付けるだけだろう。

 曲がりなりにも彼女が真剣に取り組んでいる事は十分察せられる上に、首領パッチという面倒な存在の相手を引き受けてくれている事に対しての感謝の気持ちも有る。

 見せられたカードに対してどうしても言いたい事が有るのだが、可能な限り彼女を傷付けぬ様に言葉を選べるかは、父親としての腕の見せ所と言った所だ。

 

「その...、頑張ったんだね...。

 でも、この判子全部『カルメン』ってなってるけどいいの...?」

 

「えっ⁉︎ ああ、ホントだ‼︎

 先生、これ大丈夫なの⁉︎」

 

 父の指摘通り、カードに押された判子の文字が全て『仮免』ではなく『カルメン』となっている事を認めたルビーが、今度は首領パッチへとカードを見せるが。

 

「あらやだ‼︎

 私ったら仮免の実習じゃなくて、カルメンの実習させちゃったわ‼︎」

 

「えー⁉︎

 じゃあ、今日迄の数日間は何だったの⁉︎」

 

「数日間もこんな事してたの⁉︎」

 

 さらりと明かされた衝撃の事実にヒカルも更に驚くが、娘の年齢を考えればそもそも『仮免』という言葉の意味すら理解していないであろう事に思い至る。

 事の発端を予想するのは難しいが、十中八九首領パッチの奇行に巻き込まれたと見て間違いあるまい。

 

「まあ、そこのバカは兎も角として、ルビーにダンスの才能が間違いなく有るってのが分かったのはよかったんじゃねえか?」

 

「うんうん。

 何てったって私の娘だからね。」

 

「ホントに⁉︎

 じゃあ、私も将来ママみたいにアイドルになったり、パパとミュージカルで共演とか出来ちゃうかな?」

 

 ヒカルの横で事の顛末を見守っていたボーボボとアイが語った通り、ルビーの縦横無尽の動きを見ればその才能に疑いの余地は無いだろう。

 事実、B小町のダンスの再現度に関しては、本職であったアイすら舌を巻く程であり、思い通りに体を動かすセンスと掛ける情熱の強さの賜物と言える。

 両者の言葉を受けたルビーの語る将来への展望も、自身に対する周囲の評価と親譲りの外見を鑑みてのものなのだが。

 

「いやー、流石に今のままじゃ無理じゃないかなぁ。」

 

「う、うーん...、流石に僕もそう思うかなぁ...。」

 

「えっ...。」

 

 両親からの否定的な返答に思わず言葉を詰まらせるルビー。

 無論彼女とて、本当に今のままでアイドルとなったり、兄の様に芸能界へ進める等と考えてはいないが、こうもバッサリと切り捨てられてしまっては立つ瀬がない。

 両親の発言と、鳩が豆鉄砲を食った様な妹の表情に嫌な予感を覚えたアクアが別の話題を振ろうとするも、時既に遅しであった。

 

「だってねー...、ルビーってどう考えても音痴だし。

 正直、ヘタウマとかってレベルですらないからさー。」

 

「ダンスが踊れるって事はリズム感は有る筈なんだけどね...。

 試しにレッスン受けてみよう...、ル、ルビー...?」

 

 弱冠6歳の娘に聞かせるには余りにも辛辣なその批評は、二人が彼女の様子に違和感を感じた所で中断された。

 その様子にアクアが両手で顔を覆っているが、それで事態が好転しよう筈もない。

 唇を噛み締め、泣くのを懸命に堪えながら、彼女が当然とも言える抗議の声を上げる。

 

「そ...、そんな言い方しなくったっていいじゃん...。

 パパもママもキライだ‼︎」

 

「⁉︎」

 

 

 

「それで、ルビーが部屋から出て来なくなっちゃいまして。

 そっちは何とかボーボボさん達が中に入れて貰えたんですが、『あっち』も何とかしないといけないんで、俺がポコミさんに連絡しました...。」

 

「...あの二人、馬鹿なの?」

 

 自身の話を聞き終えたポコミの両親に対する辛辣な評価に、アクアも返す言葉が見つからない。

 先の一幕でも感じていた通り、彼から見ると今の事態は十分に予測出来たものであった。

 両親の歯に衣着せぬ物言いは、過去に彼も体験してきたものである故に。

 

「あの二人がはっきり言っちゃうのって、前からだったんですよ...。

 俺が初めて出演した映画の時もそうでしたから...。」

 

「えっ、それって確かアクア君が1歳位の時のだよね...。

 因みに何て言われたの...?」

 

 アクアの語った映画の事は、ポコミもよく覚えている。

 当時はまだ苺プロに入社する前であった為、彼が出演している事を知らなかっただけに、あの有馬かなと共に画面に彼の姿が映った時には驚いたものだった。

 短い出演シーンの中ではあるが妙に存在感を放っており、その後にあの映画の監督を務めた五反田の指揮する作品に度々出演している事からも、彼によって才能が見出されたと見ていいだろう。

 

「...『凄く気持ち悪くて良い演技だったよ!』って...。」

 

「...ヒカル君からは?」

 

「『監督の意図を読み取って敢えてそうしたなんて、ちょっと怖い位だよ!』と...。」

 

 それぞれが語った批評に頭を抱えるポコミ。

 褒めている事は間違いなく、彼の演技に対する評価としては非常に的確なものなのだろう。

 息子の演技初挑戦に対するコメントとして適切かは甚だ疑問ではあるが、一応はポジティブな内容である分救いが有る。

 二人の過去を考えると、大人から褒められた経験のほぼ全てが仕事上での自身に対する評価であるのだろう。

 それが価値観の基準になっているとすると、どうしてもプロとしての目線からの評価となってしまいがちなのは想像に難くない。

 加えてアクアの様に、それを受け止めてしまえる者が最初の体験になってしまえば、『このやり方で良いのだ』と感じてしまうのも無理はないかもしれない。

 本来なら他の子供を持つ人物との交流によって、我が子に対する対応を調整していくのだろうが、子供の存在を秘匿していた二人がその手段を取る事は難しかったのも事実である。

 

「ハァ、取り敢えずこのままにしとく訳にもいかないし、二人の所に行こっか。」

 

 ため息を吐くポコミにアクアも申し訳ない気持ちになるが、今は彼女の力を借りる他ない。

 前世の姿に戻れたら_そんな非現実的な妄想をしても、現状を変える事は叶わないのだ。

 

 

 

 夫婦の寝室では、相変わらずアイ達が爽やかな雰囲気を醸し出していた。

 娘の一言にショックを受けているのは分かるが、こんな事をしていても状況は何一つ変わらない故に、二人の尻を叩く意味でポコミが声を掛ける。

 

「ちょっと二人共!

 こんな事してても、ルビーちゃんと仲直り出来ないどころか益々嫌われちゃうよ!

 早く謝ってきなって!」

 

「オマエノセイデ、キラワレチャッタダロ。」

 

 そんなポコミの言葉にヒカルが反応し、隣で横になるアイの頬を突きつつ言葉を放つと。

 

「アナタノセイデショ。」

 

 対するアイも、ヒカルの胸元に突きながらそんな言葉を放つ。

 先程からの爽やかな雰囲気を保っているのが妙に腹立たしい。

 

「オマエノセイダロ。」

 

「アナタノセイデショ。」

 

「くっ、コイツら...。」

 

 現実逃避を続ける二人にポコミが苛つく中、アクアが部屋の中に入り声を掛けてくる。

 

「...コーヒー淹れたけど、二人も飲む?」

 

「オオ...、モウソンナジカンカ...。」

 

 ここで漸く二人が体を起こす。

 ポコミとしては納得がいかないが、何か動き出す為の切っ掛けが必要だったという事だろうか。

 

「ヨシ...、アシタフタリデアヤマリニイクカ...。」

 

「ソウネ、ソレガイイワ...。」

 

「今すぐ行けや、このバカ夫婦‼︎」

 

 遂に堪忍袋の尾が切れたポコミに文字通り尻を蹴られた二人が、そのままの勢いでルビーの部屋の前へと走っていく。

 

「ゴメーヌ。」

 

「...。」

 

 

 

「くっ、やっぱり返事が無い!

 私達、それだけルビーを怒らせちゃったんだ...。」

 

「寧ろ何で今のでいけると思ったんだよ...。」

 

 部屋の中にいるだろう娘から反応が無い事実に、アイ達が数刻前の己の行動を悔やむ。

 そもそも、自分達もアクアが、そしてルビーが非常に特殊な例と言える程に成熟した精神を持つ子供である事を実感してきた筈であった。

 こうして家族四人で暮らせている現状も、二人が自分達が何かしらの事情を抱えているのだろう事を何となしに察してくれていたからこそ成り立っている事実を忘れてはならない。

 寧ろ通常の家族の形に近付いた今こそ、自分達親が二人に『普通の子供』として振る舞って貰える様に気を付けねばならなかったのだ。

 アクアが呼んだらしい友人が、自分達の行動に疑問を感じている様だが、今はルビーへの対応を優先させる事にする。

 

「キャアァァ!」

 

「ッ⁉︎ ルビー‼︎」

 

 自分達の耳に届いたルビーの叫びに、部屋の外にいた四人が顔を見合わせ、続いてアイとヒカルを先頭に部屋へと突入していく。

 部屋の中にはボーボボと首領パッチも共にいる筈である事を考えると、危機的状況に陥るとは考え辛いが、かつての姫川愛梨の凶行と変貌を思えば絶対とは言い切れない。

 果たして、四人が突入した部屋の中で繰り広げられる光景とは。

 

 

 

「ルビーィ...、お前ほんと可愛いなァ...。」

 

 部屋の中では、大きな星柄のTシャツと学校の制服らしきものを身に纏った首領パッチが、後ろに控えるボーボボと共に柄の悪い表情でルビーへと迫る光景が広がっていた。

 

(何してんのこの人達⁉︎)

 

「コイツでお前を、世界の人気者にしてやるよ...。」

 

「パチ済木さんに感謝しな!」

 

 その光景に置いてけぼりを食らっている面々を他所に、首領パッチが懐からデッキを取り出し、デュエルディスクへとセットする。

 今迄、様々な相手を屠り屈服させてきた、彼の自慢のデッキだ。

 

「負ける訳にはいかない...。

 私にだって、叶えたい夢が有るから!」

 

 対するルビーも、大人しく負ける気はないとばかりにデュエルディスクにデッキをセットする。

 二人の行動に理解が追いつかない面々も、仲裁するタイミングを逸してしまったようだ。

 

決闘(デュエル)‼︎」

 

「先行は貰ったァ!

 永続魔法『悪夢の拷問部屋』を発動!

 今回のテーマは『痛み』だ‼︎」

 

 デュエルディスクの裁定によって先行をもぎ取った首領パッチの初動と共に、二人の闘いは幕を開ける。

 

 

 

 二人の闘いが佳境を迎える中、首領パッチは自身が引いたカードを確認しほくそ笑む。

 ルビーの残りライフを考えれば、このカードによって勝負を決める一手を引き込む事は十分に可能だ。

 

「『命削りの宝札』を発動し、三枚ドロー!

 ククク、コイツで終わりだ、『火炎地獄』‼︎

 チェーンして『拷問部屋』の効果が発動!

 ダメージを食らいな!」

 

 『宝札』の効果によって手札を補充しつつ、ダメージを与えようとする首領パッチの動きにルビーも反応する。

 ここを凌がねば、敗北は必至と悟った故に。

 

「墓地の『ダメージ・ダイエット』を除外して、効果発動!

 このターン、私が受ける効果ダメージを半分にする!

 ぐっ、キャアァァァァ!」

 

 彼女が発動した効果と、自身が引いたカードの内容に首領パッチも歯噛みする。

 これ以上の攻め手が無く、ここで勝ち切れなかった故に。

 何故か部屋の壁へと吹き飛ばされた娘の姿に、アイ達も部屋の壁に傷が付いていないか心配そうな面持ちだ。

 

「ちっ、仕留め切れなかったか...。

 俺は残りの二枚の手札を伏せてターンエンド!

 エンドフェイズに『宝札』の効果で手札を捨てなきゃならねぇが、手札が無けりゃ関係無いな。」

 

 自身の発動したカードのデメリットを回避しつつ防御を固める彼の手腕に、ルビーを舌を巻く。

 仮にこれがブラフであったとしても、二枚の伏せカードは視覚的に相当なプレッシャーを与える存在だ。

 しかも彼女は知らない事だが、この二枚の伏せカードは『聖なるバリア-ミラーフォース-』と『魔法の筒(マジック・シリンダー)』。

 二段構えの防御布陣を敷いている。

 それでも彼女は動きを止めない。

 自身の夢へと進み続ける為に。

 

(分かってたよ...、私が音痴なんだろうなって事位...。)

 

 さりなの頃から何となく感じていた事ではあった。

 自分の歌声に、吾郎もポコミも指摘こそしないものの微妙な表情をしていたのをよく覚えている。

 試しにイヤホンを片方だけ外して歌ってみた時には、それぞれの耳に届く歌の違いに頭を抱えたものだった。

 

(だってしょうがないじゃん...、音程の取り方なんて教わった事無いんだから...。)

 

 それでも夢を見る位は許して欲しかった。

 画面の向こうで歌い、踊るアイ達の姿に憧れ、その姿を脳内に死に物狂いで焼き付けたのだ。

 憧れとは程遠い自身の声、ままならない体、短過ぎる時間。

 それと比べれば、今の困難等恐るるに足らない。

 憧れた彼女の容姿を受け継ぎ、自由に動く体が有る。

 何より、自分はまた『大好きな人達』と共に過ごす事が出来ている。

 震える体に鞭を打ち、立ち上がると、首領パッチへと視線を送る。

 自身に未だ闘志が漲っている事に驚いている様子だが、余り見くびらないで貰いたい。

 こちらは転ぶ事等慣れっこなのだ。

 

「エンドフェイズに伏せカード発動!

 『エクシーズ・リボーン』の効果で、墓地のエクシーズモンスターを特殊召喚し、このカードをオーバーレイ・ユニットにする!

 甦れ、『No.39 希望皇ホープ』‼︎」

 

 復活したのは、彼女のエースだ。

 しかし、普通であれば警戒すべきこの場面においても、首領パッチは余裕の表情を崩さない。

 『ホープ』の能力では、自身が敷いた防御陣を突破しダメージを与える事は不可能だと理解している故に。

 よしんば、他の方法で自身の防御を崩したとしても、残りライフは『ホープ』の攻撃力の倍の5000。

 多少攻撃力を上昇させた程度で消し飛ぶ数値ではない。

 

「ねぇ、私達って今何を見せられてるの?」

 

「私に聞かないでよ...。

 っていうか、私もう帰ってもいいかな...。」

 

 いつの間にか闘いを見守っていたらしい母とかつての友人も、そして父と兄も首領パッチの動きに表情が固まってしまっている。

 無理もないだろう。

 自身のライフは、文字通り風前の灯。

 この状況で尚、自身が勝つと信じるのは流石に無理がある。

 現にデッキの一番上に掛けた自身の右手も小刻みに震えている。

 疲労か、はたまたカードを引く事を恐れている故か。

 

『怖がらなくていいんだよ...、あなたは真っ直ぐ進むだけでいい...。

 夢を叶える力も、そこに進んでいける足も、あなたには有るんだから。』

 

 頭の中に響く声に、自然と笑みを浮かべるルビー。

 『最後に頼れるのは自分だけ』なんて言葉をよく聞くが、言い得て妙だと思わされる。

 尤も、本来はこの様な特殊な状況を指す言葉ではないのだろうが。

 

(そうだね...、それじゃあ一緒に行こうか。)

 

「えっ...、あれって...。」

 

 ルビーが決意を新たにしたのと同時に、彼女の隣に薄らと浮かび上がった者の姿に、アイとポコミは我が目を疑う。

 それは、二度とその目で見る事が叶わない筈だった友人の姿。

 

「私は、私とルビーでオーバーレイ・ネットワークを構築!

 遠き二つの魂が交わる時_」

 

「語り継がれし力が現れる!」

 

「行くよ! ルビー!」

 

「かっとビングだ! 私!」

 

「エクシーズチェンジ! ZEXAL!」

 

 

 

「どういう...ことだ...。」

 

 その場にいる者達の気持ちを代弁したヒカルの言葉はしかし、誰からの返答も得られる事無く虚空へと溶けていった。

 超展開の連続に周囲が呆気に取られる中、謎の装甲を纏ったルビーの右手が光を放つ。

 

「最強デュエリストのデュエルは全て必然!

 ドローカードさえもデュエリストが創造する!

 全ての光よ! 力よ! 我が右腕に宿り希望の光を照らせ!

 シャイニングドロー!」

 

「...それって反則なんじゃ...。」

 

「シー! アイち、そういうとこだよ!」

 

 カードを引いたルビーの台詞にアイがツッコむが、すぐさまポコミが彼女を窘める。

 実際問題、反則なのかは彼女達には分からないが、この様に思った事をすぐに口に出した結果娘を怒らせてしまった反省は活かさねばならない。

 

「私は『RUM(ランクアップマジック)ーゼアルフォース』を発動!

 場の『ホープ』でオーバーレイ・ネットワークを再構築!

 ランクアップ・エクシーズチェンジ!

 『ZW(ゼアル・ウェポン)弩級兵装竜王戟(ドラゴニック・ハルバード)』!」

 

 彼女が呼び出したモンスターを見て訝しむ首領パッチ。

 『ZW』と呼ばれるカード群は、その名の通り『ホープ』の武器として装備される特性を持っている。

 事実、彼女の呼び出した『竜王戟』も、単体では直接相手プレイヤーを攻撃出来ない。

 その状態で呼び出した彼女の狙いが分からないのだ。

 

「『竜王戟』の効果によって、『ゼアル・コンストラクション』を手札に加え、そのまま発動!

 『RUMーアストラル・フォース』を手札に加える!

 『アストラル・フォース』によって、『竜王戟』を更にランクアップ・エクシーズチェンジ!

 『覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン』!」

 

「ちょっと待て、お前それ別の作品のカードじゃねぇか⁉︎」

 

「『レイジング・ドラゴン』の効果!

 オーバーレイ・ユニットを一つ使い、相手の場のカードを全て破壊し、破壊したカード一枚につき200ポイント攻撃力をアップ!

 そしてエクシーズモンスターを素材にエクシーズ召喚した『レイジング・ドラゴン』は、二回攻撃出来る!

 憤激のデストラクションバースト‼︎」

 

「ぎゃあああぁぁぁ‼︎」

 

 

 

 激闘を制したルビーが変身を解除し、額に浮かんだ汗を拭う。

 自身の中の『さりな』とここまで一つになれた感覚は初めてだった。

 アクア_吾郎程器用な性格ではない自分も、漸く本当の意味で『星野ルビー』として歩み始める事が出来るだろう。

 

「ルビー、その...、さっきはごめんね...。

 いくら何でも無神経過ぎたよね...。」

 

「ううん、いいの...。

 私は、ママやパパみたいな天才にはなれないけど...。

 それでもアイドルに憧れる気持ちに嘘はつけないから。」

 

 娘が柔らかい笑みと共に語った決意に、彼女の想いの強さを感じ取った面々。

 その笑顔に彼女の面影を感じたアイとポコミが、先の一幕の真相を問い掛ける。

 

「そっか...。

 それでねルビー...、答え辛かったら無理に言わなくてもいいんだけど...。

 あなたはさりなちゃんと何か関係が有るの...?」

 

「...こうなっちゃったら誤魔化せないか...。

 それじゃあ、まずはこの事から話さなきゃだよね。

 この、左目の傷の事を。」

 

(産んだ時から気になってましたー‼︎‼︎)




 架空デュエル考えるのって大変なんだなって思いました。
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