推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:52不満

 世の中、一体何がどう影響するのか分からない。

 自宅へと向かう車中にて、有馬かなはそう思わずにはいられなかった。

 彼女がこの日、大人達によって表彰を受けたのも、久方ぶり_と言うと本人はいい気はしないだろうが、非常に機嫌のいい母の姿も、全てはあのところ天の助から受け取った謎の楽曲が原因である。

 

 『東京ところてんコミュニケーション』_その曲名の通り、ところてんについて歌った曲であるのだが、そもそも『ところてんの歌』という存在自体に疑問を抱かざるを得ないのが、この曲を歌わされたかなの率直な感想である。

 曲の伝えたい事は非常にシンプルで、『ところてんのPR』だ。

 多分に奇妙な歌詞が含まれてはいるものの、サビ等肝要な部分が分かりやすい辺り、天の助に作詞・作曲の経験が有るのやもしれない。

 そんな『ところてんの歌』を歌った事によって、なんとこの日、かなは農林水産省から表彰をされてしまったのだ。

 事務所から連絡が来た時には、子供ながらに『この国は大丈夫なんだろうか』と感じたものだったが、これがどうして『国のお偉いさん』から見ると馬鹿に出来ない様だったらしい。

 かなも担当者に説明を受け成程とは思わされたが、何分ところてん及びその先の寒天も含め、広報活動に苦心している実情が有った。

 かな自身、寒天がかろうじてプライベートで口にした事がある程度で、ところてんをそのままで口にした経験は無かったし、彼女と同年代の人間も大差はないであろう。

 世は平成、涼を取りたいならコンビニエンスストアでいくらでもアイスが探せる時代である。

 そんな時代に態々ところてんを選ぶというのは、手間が掛かると言わざるを得まい。

 かなもその真面目さ故か、曲を歌うに当たりところてんの食べ方について調べたが、酢をかけるにしろ黒蜜をかけるにしろ余り子供受けしないだろう事は察せられた。

 カロリーの低さや整腸効果によって、ダイエット食品としては一定の評価を得られるだろうが、その分野でも特筆する程の存在とはなり得ないだろう。

 時代の変化と共に徐々に出番を失っていった存在_何処かで聞いた様な話だ。

 そんな中で、多少なりとも知名度の有る『有馬かな』という存在が、『ところてんの歌』等を歌ったのだから、表彰の一つも贈りたくなったのだろう。

 期せずして天の助の言葉通りになってしまったが、或いはここまでの流れも彼には予測の範囲内だったのだろうか。

 

「ふふ、凄いわよかな。

 今日は久しぶりにお祝いしないとね!」

 

「うん...、そうだね...。」

 

 実の所、曲の売上という意味では『成功』とはとても言えない結果なのだが、折角の母の申し出にケチをつける程無粋ではない。

 事務所側も、今回の表彰によって多少箔がつくだろうと考えているらしく、大きな扱いは期待出来ないまでもワイドショー等からの出演オファーを見込んでいる様だった。

 現在の『有馬かな』の市場価値を考えれば、別の仕事に繋がる可能性が有るというだけでも十分『成功』だと判断しているのだろう。

 尤も、彼女の返答の歯切れが悪いのは、そういった事情とは別の意味も含まれているのだが。

 

「...それと、ごめんなさいね...。

 最近、あなたにも当たっちゃう事が有ったから...。」

 

「...別に私に言う位ならいいよ...。」

 

 自身の返答をどう受け取ったのかは分からないが、会話が途切れた事もあり母の最近の振る舞いを思い出す。

 正直に言えば、先の言葉だけで済ませていい様なものでは断じてなかった。

 自分や父に当たる、或いは家事が雑になっていく位ならまだ家庭内の問題で済むのだが、事務所の人間や現場のスタッフ達に迷惑を掛けるのはごめん被る。

 営業を掛ける位なら可愛げが有るが、『自分の出じろを増やせ』等とスタッフに詰め寄っていた時には頭を抱えたものだった。

 母の振る舞いについて謝罪する自身に対する視線は、今でも忘れる事が出来ない。

 それもこれも、恐らく母がこの世で『有馬かな』の人気に一番敏感な者だからだろう。

 

 何でも母は、芸能人になる事を夢見ていたらしい。

 具体的にどの様な形を目指していたのかは分からないが、その夢を娘の自分に託したという事だろう。

 幸運にも自分が売れたおかげで、芸能界の人間と交流したりと一端の業界人を気取れたのが楽しかった様だ。

 尤も、その当時は自分も幸福感に包まれていた事は否定出来ない。

 『あの映画』迄は、好き勝手に演技をしていても周りが『天才子役』と持ち上げてくれたし、その後も五反田監督からは何度かオーディションの話を貰っている事を考えれば、目を掛けて貰えているという事だろう。

 全ての子役が間違いなくぶつかるだろう『年齢』という壁に自身も漏れなくぶつかっている訳だが、それでもこうして様々な話を持って来てくれる者が周囲にいる事に感謝しなければならないのだが、如何せんこの母はその辺りを理解出来ていなかったのだ。

 それだけ娘に期待している、と言えば聞こえはいいが、それだけでは他人に迷惑を掛ける免罪符とはなるまい。

 ましてや母は、自分や事務所の人間と違って業界における実務には一切関わらない以上、厳しい言い方をすれば分を弁えるべきだろう。

 そういう意味では、過度な干渉をしてこない父の存在はありがたかった。

 『専門外の事に口を出したくないだけ』と本人は語っていたが、寧ろ身内にはその位フラットな姿勢でいて欲しいというのが彼女の考えであった。

 

「...そういえば、パパとは最近どう?

 私が言えた事じゃないけど、家にいても気まずくさせちゃってたわよね...。」

 

 『今更そんな事を言う前に自身の振る舞いを省みてくれ』と口にするのをぐっと堪えるかな。

 そんな事を言った所で、過去を変える事は出来ないし、自身の気が晴れる訳でもないのだ。

 今回の表彰によって母の心に多少の余裕が出来たのならば、自分が言うべき事は彼女への文句ではなく、その反省を活かすよう促す事である。

 かつての我儘だった自分と今の母を重ね、言葉を紡いでいく。

 

「...そう思うなら、ちゃんと謝って話し合った方がいいんじゃない...?

 今の私が言っても説得力無いと思うけど...、役者続けられる様に頑張るから...。

 だから、ママもちょっとは私を信じて欲しい...。

 兎に角、今は来週のワークショップに向けて頑張るよ。」

 

 その言葉に、子供が育っていくのは親が思うよりもずっと早い事を実感させられるかなの母。

 子役としてデビューした頃と変わらないと思っていた彼女は、知らぬ間に大人達の間で揉まれ、逞しくなっていたのだ。

 

(これじゃあ、どっちが大人か分からないわね...。)

 

 『有馬かな』は確かに壁にぶつかっている。

 そこで自分がすべき事は、代わりに壁を壊してやる事ではないのだ。

 もし彼女が打ちのめされてしまった時に、帰って来れる場所になる_やるべき事が明確になった今、取り急ぎ事務所と夫への謝罪が必要だろう。

 この契機を与えてくれたという意味では、ところ天の助なる人物にも挨拶も考えるべきか。

 

「来週、がんばってね...。」

 

「うん...、任せて...。」

 

 助手席に座る少女の表情が、少しだけ柔らかくなった事を知る者はいない。

 

 

 

「かなちゃん凄いわねぇ...。

 今度は歌で表彰されちゃうなんて、出来ちゃう人は本当に何でも出来ちゃうのかしら。」

 

「そう...、だね...。」

 

 テレビ画面の向こうからニュースキャスターが伝えた情報に対する母の反応に、少女_黒川あかねはかろうじて返答する。

 母の声色からして何の気無しに発した言葉なのだろう事は察せられただけに、彼女に自身の中の不満をぶつけるのは筋違いだと理解している故に。

 『有馬かなが先晩リリースした楽曲が、農林水産省から表彰される』_成程、字面だけを見れば多くの者が母と同じ反応を示すだろう。

 事実、立派な事であるとあかねも思うのだが、どうしてもその内容に疑問を感じざるを得ない。

 

(かなちゃんが歌手なんかやってるのもよく分からないけど...、まずあの意味分からない歌は何なの⁉︎)

 

 彼女からすれば、かなが歌手活動に興じている事自体に不満が有るが、そこはまだ理解出来る点だ。

 タレントをどう売り出すか等、本人と事務所の問題であり外野が口を出す事ではない。

 かなの歌唱力自体も素人目に見ても向上した様に感じる事からして、少なくとも本人は真剣に取り組んでいるのだろう。

 事実、あかね自身も諸先輩より舞台演技以外の可能性も考慮した方がいいとの助言を受けていた。

 その助言の内容は、カメラ演技や声優といった他の芝居にも目を向けるべきというもので、あくまで役者としての範疇ではあるが、自分で自分の枠を定める必要はないというものと解釈している。

 その意味では、かなが役者という枠に留まらずに活躍の場を広げていくのも別段不思議な事ではないのだろう。

 仮に挑戦した結果上手くいかなかったとしても、それはそれで『その道の可能性は薄い』という情報が手に入るのだ。

 母が言う所の『出来る人は何でも出来る』が実現するのならば、本人も周りも万々歳であろう。

 

 問題はあの謎のところてんの歌の内容、そしてそれが表彰されてしまった事実である。

 その歌詞からして聴き手に何を伝えたいのかが分からないが、ここはまだ『兎に角ところてんをアピールしたい』のだと歩み寄る事は出来る。

 しかし、それをかなが歌う必要性は感じられないのが実情だ。

 彼女が好物として公言しているならまだしも、そういった情報は彼女の過去の言動を振り返っても確認出来ない。

 すると必然、彼女にあの曲を歌わせた何某に明確な狙いが有った事になる。

 

(そもそも歌手としてのかなちゃんは、正直上手くいってなかった筈...。)

 

 彼女の二曲目の売上を鑑みても、芳しい結果とは言えないだろう。

 詰まる所、彼女の一曲目が人気を博したのは、『楽曲自体が人気だった』のであって『歌手_有馬かな』が評価された訳ではないと言わざるを得ない。

 あの曲を歌わせるだけなら他にいくらでも歌手がいるにも関わらず、敢えて彼女を選んだ理由は何なのか。

 そして、彼女が態々あの曲を歌う事を承諾した理由は何なのか。

 

 依頼のしやすさは有るだろう。

 歌手活動が盛り上がらない現状を打破する起爆剤としての役割を期待したのなら、事務所側が承諾した理由も理解出来る。

 作曲者とかなに個人的な繋がりが有るという線も有り得るか。

 彼女の芸歴の長さと知名度を考えれば、いつどこでどんな繋がりが出来ているか等想像もつかない。

 以前からの知り合いが、かなが歌手活動をしている事を知り依頼したとすれば、商業的成果をある程度は無視出来る。

 この前提が成り立つなら、確かにあの意味不明な歌詞のままリリースされた理由にも納得がいく。

 

 そしてもう一つ、作曲者側、或いはかな側も含めた関係者が、今の事態に至る事を想定出来ていた可能性。

 若干燻っている状況ではあるものの、まだまだ知名度を保つ『有馬かな』が、ところてんという題材で曲をリリースすればどうなるか。

 単純なインパクトと物珍しさによって、業界内外を問わず彼女の名をもう一度波及させる事が出来る。

 事実、『彼女の名と曲の題材』という餌に釣られ、『農林水産省』等という大物が引っ掛かったのだから、そのやり方を否定する事は難しい。

 こうなると、彼女の成果が報道され、彼女と作曲者側双方に次の仕事が舞い込む可能性は大いに有り得る。

 しかもそのタイミングが、来週あかね自身も参加予定であり、十中八九彼女も参加するだろうとある劇団のワークショップ直前なのだから、いやらしい事この上ない。

 『その場での評価に影響はしない』と口では言うだろうが、特定の人物の名が頭に浮かびやすい状況が全く影響しないとはとても思えないのだ。

 何より、本来なら事前に劇団側から申込者に通達されている課題に取り組む今の段階で、この様な事にかまけている事実は彼女からのメッセージとも言えるだろう。

 アンタ達じゃ相手にならないから、私はこんな事までしているんだ_と。

 

(馬鹿にして...! 絶対に負けないんだから!)

 

 ただの深読みも、ここまで来ると非常に恐ろしい。

 

 

 

「監督、言われた通りにやってみたから、確認お願い。」

 

 『自室兼作業部屋』という空間を共有している少年から掛けられた言葉に、笑みを浮かべる男性_五反田泰志。

 過去の作品の撮影データの一部を少年へと渡し、正式に採用されたものと近くなる様編集する課題を与えていたのだが、自身の期待を上回る彼の作業速度に頬が釣り上がるのを抑え切れない。

 

「うし、じゃあ次はコイツでやってみろ。」

 

「ん、了解。」

 

 渡されたデータと入れ替える形で次の課題を与えると、短い返答からすぐに少年は確認作業へと移っていく。

 五反田の方もまた、彼から受け取ったデータを確認する作業に入り、部屋の中は再び両者が使用するマウスの音のみが響く空間となる。

 

(相変わらず要領のいい奴だ...。)

 

 少年との出会いから五年以上の月日が流れているが、出会った当初から彼に対する五反田の評価は変わらない。

 教えた事をすぐに吸収していく_ここまでなら他の優秀な子供と同じだが、彼の場合『自分に求められている事』を読み取る能力が非常に高いのだ。

 彼の両親も地頭は良い人物ではあるが、こと観察眼という点においては大人顔負けの能力である。

 事実、普通なら多少なりとも自身の作業の評価をすぐにでも聞きたいと思うものだろう。

 ところが彼は、五反田が新たな課題を渡すや否や、黙々と作業に移っている。

 課題の評価をする間、手持ち無沙汰では時間の無駄だから、これをやっておけ_それを察するだけでなく、互いに作業に集中出来る様に無駄口を叩く事もない。

 それを小学生になって間もない子供がやっているのだから、『面白いやつ』だと思わざるを得ないのだ。

 

 

「早熟、キリの良い所で一旦休憩だ。」

 

 五反田がいつも通りの呼び方で声を掛けると、少年_星野アクアが然程間を置く事なく作業を中断し、五反田と共に部屋の中央に置かれたテーブルへと腰掛ける。

 折り畳み式のテーブルに、忌憚のない言い方をすれば年季の入った座布団と中々に質素な佇まいだが、両者、特に客側のアクアが気にする様子がない事からして、双方にとって慣れ親しんだ光景なのだろう。

 

「初めてにしちゃあよく出来てる。

 それで、どうする?

 お前にその気が有るなら、教えてやれる事は叩き込んでやるが...。

 確か来週だったよな、例のララライの...。」

 

 アクアの作業にはその生真面目さが滲み出ており、所謂『裏方』と呼ばれる仕事への適性も見られる故の言葉なのだが、五反田としても幾分歯切れの悪い言い方にならざるを得ない。

 振り返ってみれば、彼を芸能界に引き摺り込んだ張本人である手前、彼が望めば自身の知識を伝える事はやぶさかではないが、その才能に惚れ込んだ者としてはその選択を寂しく思う気持ちも有るのだ。

 

「うん、まぁ...。

 でも、他に才能が有る子供がいる中で態々俺が選ばれる事は無いだろうし...。」

 

 彼に対して五反田が抱える数少ない不満の一つが、この自己評価の低さであった。

 親譲りの恵まれた容姿に加え、制作側から見ればありがたい事この上ない能力。

 演技力も、確かに特段秀でたものを見せる頻度は少ないものの、決して己を卑下する程酷いものではないのだ。

 とはいえ、これまで五反田の方もこの点を強く指摘してこなかった理由が先の言葉に繋がっている。

 多くの子役が、親の意向や特定の人物に対する憧れと言った理由でこの世界に入ってくるのに対し、彼の場合は親のバーター出演の為に芸能界入りを求められるという、余りに特殊過ぎる経緯である。

 それ故に考えてしまうのが、そもそもの彼の役者に対するモチベーションについてだ。

 

「...なぁ、早熟。

 芝居、楽しくないか...?」

 

「...楽しいって感じる事ばかりじゃないとは思う...。」

 

 五反田からの質問の意図が掴めない故に、アクアも率直に感じている事を語る。

 多少なりとも両親の仕事の足しになればとの思いから始めた仕事ではあるが、自身の能力を活かしてくれる五反田との出会いもあり、世間一般の子役よりも恵まれた環境にあったのは間違いないだろう。

 前世では想像する事しか出来なかった世界にいる都合上、二度目の人生と言えど中々に刺激的な日々を送れている自覚は有る。

 その反面、前世からのファンであった母を含め、『自分とは別の世界にいる存在』と考えていた者達と直接関わる様になった都合上、そこで輝きを放つ存在の才能を直に感じさせられてしまうのだ。

 同年代の子役は勿論だが、彼にとっての不運は家族までもが劣等感を感じざるを得ない程の存在である事であった。

 今や芸能界のスターの一角である両親は言わずもがな、未だこの世界に足を踏み入れてすらいない妹も、タレントとしての才能は彼よりも上と言っていいだろう。

 

「逆に監督に聞きたいんだけどさ...。

 俺が歳を重ねても、まだ役者として先が有ると思う?」

 

 アクアもまた、自身の今後の展望について相談するに当たり、自身が限界を感じる原因を語る。

 そもそも五反田が自身に対して感じる魅力からして、『外見』と『中身』のギャップが要因なのだ。

 成程、小学生が制作陣の意図を読み取る演技をすれば、さぞ希少価値の高い存在として映るだろう。

 子供というのは大人にとって『御し難い存在』である事が多いからこそ、『言わなくても分かってくれる』者を多少の演技力の差を無視してでも起用したいと考える訳だ。

 では、そういった配慮を求められる年齢に近付いていくとどうなるか。

 『作品の邪魔をしない使いやすい端役』が精々と言った所だろう。

 その未来を無視出来る程楽観的ではないアクアからすれば、五反田から裏方作業について師事するのも、選択肢を複数用意する上で当然の判断であった。

 

「...俺からすりゃあ、何でお前がそんなに自分に期待しねぇのかが分からねぇが...。

 なぁ、早熟_」

 

「アクアくぅーん‼︎

 お父さん迎えに来たわよー‼︎」

 

「...。」

 

「お前のそういう目は、数少ない嫌いな所だよ!」

 

 

 

「悪いな、カミキ。

 そんなに時間は取らせねぇからよ。」

 

「いえ...、こちらこそアクアの事で態々すいません...。」

 

 現在、五反田とアクアは合流したヒカルと共に、近隣の公園を訪れていた。

 帽子を被り、ジャージに身を包んで変装に余念の無いヒカルではあるが、外で話をするに当たり多少なりとも人目のつかない場所を選んだ故である。

 

「早熟、今から俺と即興で芝居をするぞ。

 設定はそうだな...、取り敢えず俺らが戦ってるってのだけ頭に入れとけ...。」

 

「その為に態々ライトセーバーの玩具持ってきたって訳?

 別にいいけど、父さんは何するの?」

 

「僕はアクアの芝居を見させて貰うよ。

 丁度、来週の事もあるからね。」

 

 父の返答に溜め息を吐くアクア。

 或いは二人が示し合わせた可能性も有るが、寧ろいい機会だと気持ちを切り替えていく。

 父に自分の演技を見せれば、共に五反田を説得して貰える事も可能だろう。

 態々才能の無い人間に時間を割く必要は無いのだ_と。

 

 

「やらせないよ、そんな事ぉ‼︎」

 

 何の前触れもなくアクアへと切り掛かる五反田。

 心なしかナイーブな少年兵の様な雰囲気を醸し出す彼に対し、アクアもまた懐から取り出したサングラスを装着する。

 

「歴史は繰り返されるのだよ‼︎」

 

(成程...、流石に監督のやり方を分かっているね...。)

 

 五反田が突如として始めた寸劇に見事に順応した息子の姿に、ヒカルも現在の彼の力量を見定めていく。

 五反田の趣味嗜好と繰り出した台詞から、瞬時に自分が取るべき役所を選定し、違和感のないシーンへと繋げていく。

 彼の年齢でここまで出来るのなら大したものだと言わざるを得まい。

 

「お前達は、そうやってすぐ戦争を地球に持ってくる‼︎」

 

「それがエゴだと言うのだよ‼︎」

 

「また子供扱いする‼︎」

 

「その考え方が命取りになるのだよ‼︎」

 

「ぐぅっ‼︎」

 

(よし、一旦間が空いた‼︎ さぁ、次はどう来る!)

 

 五反田の持つ玩具を弾いた事で両者の間に距離が生まれる。

 怒涛の展開に一つ区切りが付き、アクアが一度呼吸を整えようとするが、彼のその姿にヒカルは溜息を吐く。

 余りにも受け身の姿勢が過ぎる振る舞い故に。

 

「アクア...、足元を見るんだ。」

 

「えっ...? これって、レーズン...?」

 

 父の言葉にアクアが足元を見遣ると、そこには自身を取り囲む陣形の様に並べられたレーズンが有った。

 

「フッ...、レーズン曼荼羅に入ったら最後だ。

 お前の体の自由は奪ったぜ。」

 

「レーズン曼荼羅って何⁉︎」

 

「これで終わりだ‼︎

 レーズンレーズンレーズンレーズンレーズンレーズンレーズンレーズン‼︎

 レーズンのレーズンによるレーズンの為のレーズン‼︎‼︎」

 

「ぐああぁぁぁぁ‼︎」

 

 五反田の謎の呪文によって苦しめられるアクアに、ヒカルが彼の弱点を告げていく。

 

「アクア、今ので分かったかい...?

 君は凄く頭がいい...、そのせいか何でもかんでも枠にはめて考えようとするね。

 事前の情報や準備が有るものは、色んな所から持ってきた情報を繋ぎ合わせて対応出来てしまうんだろう。

 だからこそ、不意の事態や自分の感情を出さなければならない一瞬に迷いが生じるんだ...。

 君の可能性を狭めているのは、君自身なんだよ。」

 

「ぐぅぅ...、だったら、どうしろって言うんだよ...!

 俺に皆みたいな才能が有るって言うのかよ...⁉︎」

 

 父の言葉にアクアの方も不満を漏らさずにはいられない。

 自分がどれだけ悩み、苦しんでいると思っているのか。

 両親や妹が少しでも笑って過ごせる様にと、やれる事を精一杯やってきたつもりだ。

 だからこそ分かってしまうのだ。

 三人の様に、或いはこの五反田や有馬かな、黒川あかねの様に、心の底から楽しんでいる者達と自分の様な打算で動く者とでは、埋め難い差が有る事を。

 だが今更どうしろと言うのか。

 互いに意識しない様にしているとは言えど、自身の前世の情報を明かした以上、両親も本当の意味で自分を子供としては見辛くなるだろう。

 その状況で演技に熱中する事が難しいこちらの心情も理解して貰いたい。

 するとその言葉に何を思ったのか、ヒカルはジャージの上着のファスナーを下ろしていく。

 

「簡単な事さ...。

 もっと...、ハジけろ‼︎」

 

 ジャージの下に隠されていた彼が身に纏っていたもの、それは彼の妻でありアクアにとっての母_アイが以前雑誌の撮影で着用していたビキニの水着であった。

 因みに屋外である為自重しているが、当然ズボンの下にもその水着を着用している。

 

「早熟、俺達が来週迄みっちり鍛えてやる。

 自分の限界を決めるのは、やれる事全部やってからでも遅くないぜ。」

 

「さあ、今こそピヨコ饅頭を繰り出すんだ‼︎」

 

「...チクショー‼︎

 ここまでやんなきゃ成功出来ねぇのかよーー‼︎‼︎」

 

 

 

 時は流れ、一週間後。

 悩める少年少女達は、劇団ララライの稽古場へと集まっていた。

 




 かなの母の反応は完全に妄想です。
 原作でも、彼女の歌手活動がどこかで多少なりとも成果を出していたらあそこまで荒れずに済んだのか、あくまで女優としての彼女に価値を見出していた(母親も歌手活動は反対だった)のかは不明ですが、拙作中ではところてんソングで多少心のゆとりを取り戻して貰いました。
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