推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:53差

 劇団ララライ主催の小学生向け合同演技指導会。

 参加費無料のワークショップの体を取っているだけあり、申し込みさえすればどんな者でも参加出来るものだ。

 事実、会場となっているララライの稽古場には、芸能事務所や児童劇団に所属していない者や演技未経験の子供もおり、中々の人数が集まっていた。

 

 そんな多くの子供達を集めたララライ側の目的は、大きく分けて二つ有る。

 一つ目は当然、新たな才能の発掘。

 その者を直接見なければ判断等出来ない都合上、どうしても審査員という存在は必要になってくる。

 技術が進歩し、デジタル化が進む界隈が増えていく中でも、最終的に人対人の面談が廃れないのは、正に機械的に判断出来ない部分を直接見る必要が有るからだろう。

 演劇の分野もその例に漏れず、オーディションという形で審査を行っているのだが、如何せんこの方法が内包する問題にララライ側も頭を悩ませていたのだ。

 

 新陳代謝を図る為にも、子供を入団させるなり、芸能事務所へと紹介する事は必須なのだが、『オーディション』という形を取るとどうしても経験の浅い者がその雰囲気に萎縮してしまうケースが多発していた。

 演技未経験の子供が、何らかの機会を通じてその道に興味を示し、運良く書類審査を突破したとしよう。

 そこで待ち受けるのは、膨大な数の人間を見てきたプロの大人達が自分を品定めする様に見つめる光景であり、その状況で平常心を維持するのは大人ですら容易ではあるまい。

 『そういった状況に耐えられるのかを見るのも審査の一部』という言い分も有り、それも決して間違いではない。

 ララライの様に舞台演技を中心に活躍するつもりの者が、いざ本番という時に『観客に見られて緊張して声が出ません』では話にならないのだ。

 

 しかしながら、当然人の性格は十人十色である。

 経験に依らず堂々とした振る舞いが出来る者もいれば、元来より自信の無い者もいる訳だ。

 失敗をバネに負けん気に変換出来るようならまだしも、負の経験によって心が折れてしまう者とているだろう。

 そして、その『折れてしまった者』の中にもダイヤの原石が紛れている可能性は否定出来ないのだ。

 国の児童教育政策の影響かは定かではないが、ララライ側も以前より打たれ弱いと感じる子供が増えているとの話を耳にしていた。

 それこそ、この場に集まった子供達の中でも一際強い才能を見せる『黒川あかね』で例えれば分かりやすいだろうか。

 着実に舞台演技の界隈で評価を高めている彼女ではあるが、本来の性格は引っ込み思案で大人しいものだ。

 彼女の場合、最初に児童劇団へと所属して基礎を学んでからオーディションへと参加していった事もあり、一定以上の自信がついた状態で臨む事が出来ていた。

 しかし、これがもし順番が違ったらどうなっていただろうか。

 憧れと希望だけを胸に、無謀にもこの世界の門戸を叩いた結果、容赦の無い重圧と批評の嵐に放り込まれ、その才能ごと砕かれてしまう可能性とて否定は出来ない。

 

 そこで考案されたのが、今回のワークショップという形で経験の有無を問わずに子供を集める方法である。

 まず、未経験の子供及びその保護者の視点から考えると、演技に興味を抱いた段階の者が多く体験受講と捉えるのが正しいだろうか。

 同年代の経験者と共にレッスンを受け、更に興味を強めて貰えればそれで良し、『オーディション』という形よりも余程気分的に楽な状態で挑戦出来るだろう。

 では、経験者側はどうか。

 実の所、ここにララライ側のもう一つの思惑が隠されているのだ。

 

 

 

「よう、星野君。

 やっぱり参加してたんだな。」

 

 自身にそう声を掛けてきた少年の顔を見て、星野アクアは目を丸くした。

 この場にいる子供達の中で見知った人間に出会うとすれば、それは彼に共演経験の有る二人の『天才』のみだと思っていた故に。

 その少年と初めて顔を合わせたのは、父が姫川愛梨に拉致されたあの一件の時であったが、その時から比較すると既に小学校高学年になっている少年の姿は、アクアの印象より随分と背が伸びていた。

 

「上原君...、久しぶりだね...。

 役者、始めてたんだ...。」

 

「いや、一応俺も『未経験者』枠だよ。

 まぁ、前から父さんに色々教えて貰ったり、星野君のお父さんの舞台を観させて貰ってたから、完全に未経験って言えるかは分からないけど...。

 興味は有ったんだけど、母親の事も含めて父さんも大変そうだったし、中々言い出し辛くてさ...。」

 

 その少年_上原大輝の返答にどう返したものかと悩むアクア。

 大輝と最後に会ったのは、あの事件の少し後に彼の父_上原清十郎が彼と共に自分達家族に対して謝罪の挨拶に訪れた時であった。

 姫川の陰謀の影響で、前世の生を終える事になってしまったアクアから見ても、『二人も被害者の一部』という認識であり彼らに対して含む所は無いのだが、それで気持ちの折り合いがつけられる様なら苦労は無いだろう。

 ある意味では、自分達を含めた各方面への謝罪や仕事等、『大人としての責任に没頭出来た』とも言える清十郎は兎も角、当時の大輝の心境たるや如何ともし難い歯痒さに包まれていた事は想像に難くない。

 姫川の事を『母親』と他人行儀な呼び方にしているのは、彼なりの決別の意思表示なのか、はたまた自分と話している事から気を遣ったのかはアクアには分からないが、何とか未来へと進む行動を起こしている彼に協力したい気持ちは有る。

 

「そっか...。

 でも、お父さんも嬉しいんじゃない?

 こうやって自分と同じ道を進んでくれたんだし。」

 

「そうだといいけどな...。

 父さん...、『自分には才能が無かった』って言ってたし、もしかしたら俺にも余り才能は無いのかもしれないけどさ...。

 それでも、芝居の話してる時は楽しそうにしてくれるから...。」

 

 大輝の言葉が示す通り、アクアにも『役者としての清十郎』のイメージは無いのが実情だ。

 舞台役者に対して余り精通していない事を差し引いても、少なくとも自分達双子が生まれた時点で父のマネージャーを務めていた事からして、芽が出なかったと考えていいだろう。

 それでも、『芝居』というものが彼ら親子を繋げる役目を果たしているのなら、外野としては大輝の決断に口を挟むつもりはない。

 もし、彼に役者としての才能が有るのだとしたら、それは彼が無視したいのだろうもう半分の血_曲がりなりにも女優として一定の地位を確立した経験を持つ彼の母親由来の可能性が高いが、そんな皮肉をここで口にするのは野暮というものだろう。

 

「それで、話は変わるんだけどさ...。

 このワークショップの最後に課題が有るじゃん。

 父さんから、『オーディションのつもりでやれ』って言われたんだけど、どういう意味だと思う?

 そりゃあ、勿論俺も真剣にやるつもりではあるけど、完全に未経験の子と組む可能性だって有る訳だしさ...。」

 

 大輝の言う『課題』とは、くじ引きで二人一組となった者同士で即興の芝居をするというものであった。

 彼の言う通り、経験者と未経験者が入り乱れる事を考えれば、レッスンの復習やレクリエーション的な意味合いが強いと考えても不思議ではない。

 そこでアクアが、敢えて参加者を経験者のみに絞らなかったララライの狙いを考察していく。

 

「...言葉通り、本当に『何かのオーディション』なのかもね...。

 それが何なのかは流石に分からないけど...。」

 

「つっても、何をどう見るつもりなんだ...?

 例えばだけど、マジで何も知らない子と星野君が組んでも、比較にすらならないだろ...?」

 

「多分、見る所が違うんだよ。」

 

 アクアの返答に怪訝な表情を見せる大輝。

 『見る所が違う』と言われても、今一ピンと来ないのが正直な所だ。

 単純に演技力を見たいのであれば、せめて経験者と未経験者を分けて抽選を行う方が余程効率的な様に思える。

 

「まず、所謂『未経験者』って言っても、本当に今日が初体験って人もいれば、上原君みたいに親とか兄弟にやってる人がいるって人もいると思うんだ。

 そうすると、今日のレッスンだけで言っても飲み込みに多少の差が出るかもしれない。

 『経験者』と比べたら尚の事だよね。

 本当に素人の人は、取り敢えずこれだけの人数の前で恥ずかしがらずに出来れば十分じゃない?

 逆に経験者がそういう人と組んだ時は、上手くフォロー出来るか_とかね。」

 

 アクアの考えに大輝も成程と思わされる。

 当然の事ながら、誰しも最初は初心者なのだ。

 集団の中にそういった者が入ってきた場合、技術と経験を持つ上級者がフォローを行うのは世の常である。

 勿論、最低限の作品の質を担保する為にもオーディションが行われ、時には上級者のみで、時には将来への投資として経験の浅い者を起用する場合も有るだろう。

 しかしながら、これが全てのケースに当て嵌まるとは限らないのが、芸能界の現実だ。

 演技経験の無い門外漢がキャスティングで捩じ込まれる作品等枚挙にいとまがない。

 将来そういった現場に立ち会った時に、そのフォローが出来るかを見ているという事だろう。

 他に考えられる線とすれば、小学生の子役を多数起用する必然性の有る番組_例えば学校を舞台とする作品の企画が立ち上がっており、先んじて有望な子供のリサーチとアプローチを兼ねていると言った所か。

 

「その...、凄いな...。

 父さんが星野君の事を『普通の子役じゃない』って言ってたけど、言いたい事が分かったよ...。」

 

「そんなに大した事じゃないよ。

 それなりにこの仕事をしてれば、何となく何か有るんだろうって思うし、多分上原君もそうなってくと思う。

 例えばほら、あの二人もそういう雰囲気でしょ?」

 

 アクアの説明に感嘆した大輝が、父の言葉を引き合いに彼に賛辞を贈る。

 とても自分より年下とは思えない物言いに、所謂『天才』と呼ばれる他の子役ともまた違う異質な才能を感じ取った故に。

 尤も、アクアからすればこういった反応は最早慣れたものであり、この場にて圧倒的な存在感を放つ本物の『天才』へと視線を促しつつ謙遜する。

 大輝がそちらへと視線を送れば、成程その先にいる有馬かなや黒川あかねも真剣な表情だ。

 裏に何が隠されているのか迄は流石に把握していないだろうが、既に心構えから差を付けられている事を痛感する。

 

「俺も...、負けてられねぇな...。

 星野君、もし組む事になったら、その時は全力でぶつからせて貰う。」

 

 大輝の宣誓に笑顔を返すアクア。

 どちらからともなく拳を前に出し合った少年達は、打ち付けた拳から互いの覚悟を感じ合っていく。

 

 

 

 この日、指導員として参加していたカミキ ヒカルが、子供達が課題の組み合わせを決めるべくくじを引いていくのを見守っていると、そんな彼へと声が掛けられる。

 

「カミキ、少しいいか?

 『例のあれ』についてだ...。」

 

 そう自身へと声を掛けてきた男性_上原清十郎の言葉に従い、彼と共に稽古場の壁際へと向かうヒカル。

 彼の息子が立てていた推察通り、これから行われる課題は今年の夏に開催予定のとあるイベントに、『ララライとしての推薦』という枠で参加して貰う子供の選別を兼ねていたのだ。

 とは言え、これから課題に向き合う子供達に聞かせられる話ではない為、自然と声音を落としたヒカルが用件を探っていく。

 

「それで、話というのは...?」

 

「あぁ...、代表が何か仕掛けてくると思うか?」

 

 その短い言葉だけで、ヒカルも上原の言わんとする事を察し、顔を顰める。

 この場にいる子供達の中には、演技に興味を抱き純粋に楽しもうと参加してくれた者も多数含まれているだけに、その裏で大人の陰謀が渦巻く現状にやるせなさを感じてしまうのだ。

 

「推薦の枠を考えれば、有るでしょうね...。」

 

 ヒカルの言葉通り、その『推薦』には当然ながら定員が設けられている。

 その状況であれば、出来る限り有望な者にその枠を使いたいと考えるのは自然な事であろう。

 参加者の名簿が有る以上、そこから事前に有力な候補を絞っておけば、子供達が行っているくじ引きに細工をする等は主催者側であるララライからすれば容易い事だ。

 課題の性質上、どれだけ実力の有る者であっても、完全な初心者と組まされればその実力を十全に発揮する事は不可能である。

 かと言ってこれだけの人の目が有る中で、ララライにとっての『有力な候補』がその様な事態に陥ったとして、それでも尚推薦の枠に入れられては露骨な贔屓と捉えられてもおかしくはない。

 ではどうするか_実力の高い者同士で組める様にしてしまえばいいのだ。

 

「例えば、あのくじが入っている箱...。

 実はあの中に敷居が有って、引く子供によって上下を替えるだけでもある程度の『グループ分け』が出来てしまいますからね...。」

 

「態々スタッフが持ってるのはその為って事か...。

 『かき混ぜる』とでも言えば、確かに不自然ではないしな...。」

 

 ヒカルの語った方法に納得しつつ、劇団から見た『注目株』が誰なのかを予想していく上原。

 この場にいる子供達の中で言えば、やはり『有馬かな』は別格の存在であろう。

 最近は新しい仕事を得るのに苦労している故か、歌手活動に力を注いでいたりとマルチタレントの様相を呈している彼女ではあるが、その実績は他の追随を許さない。

 対抗馬としては、『黒川あかね』の名が挙がるだろうか。

 現状、舞台でのみ活躍の場を設けている故か、界隈の評価と世間からの知名度の剥離が凄まじい彼女は、元役者である上原から見てもどこまで才能が伸びていくのか気になる存在である。

 

 尚、大の大人が二人して考察する陰謀や細工等は全くもって存在せず、スタッフが箱を抱えているのも身長の低い低学年の子供のフォロー以上の意味合いは無い。

 

 

 

 くじを引いた順に、子供達がホワイトボードに貼られた番号の箇所へと事前に渡されていた名札を貼り付けていく。

 人数が多い故に、名簿とのダブルチェックを兼ねたものであったが、子供達の列が途切れた事から組み合わせが決定したと判断した上原達が、『注目株』が誰と組むのかを確認しようと近付いていった。

 

「組み合わせが全員決まったみたいだな...。

 さてさて、どうなったか...こ、これは...⁉︎」

 

 自身が手始めに探した名前_『有馬かな』の隣に『黒川あかね』の名が有る事に驚愕する上原。

 これには彼も、自分達の金田一の思惑に対する見積もりが甘かったと認めざるを得ない。

 天才と呼ばれる者の才能を最も引き出せるのは誰か_同じく天才と呼ばれる者である。

 ならば二人をぶつけてしまえばいい。

 彼女達の現状を把握する上でこれ以上の手は無いだろう。

 たとえ、その結果どちらかが打ちのめされる様なリスクを孕んでいたとしても。

 するとそれまで黙ったままだったヒカルから声が掛かる。

 彼の声色に若干の動揺が見られる事を訝しみつつ、上原が彼の指し示す場所を見ると。

 

「アクア君と...、大輝が...⁉︎」

 

 その名前を見た瞬間、上原もヒカルが動揺を見せた理由に納得した。

 成程、確かに二人の情報を知っている金田一ならば、彼らも『有望株』と見なしている可能性は大いに有り得る。

 片や現ララライの主力として活躍するヒカルと、アイドルとして一世を風靡したアイとの息子であり、その余りに年齢と不釣り合いな洞察力によって評価を高めている『星野アクア』。

 一方の『上原大輝』はと言えば、かつては月9の枠で主演を勝ち取った姫川愛梨の息子という情報が真っ先に挙がるか。

 父親である上原清十郎は、お世辞にも優れた役者とは言い難い結果に終わってはしまったものの、俳優一家に生まれたアドバンテージは無視出来ないものだろう。

 

 二人の表面的な情報のみを参考にするなら、だが。

 当人達にすら伝えていない、この場においてはヒカルと上原、そして金田一のみが知る大輝の重大な秘密。

 遺伝子的には、ヒカルの二人の息子が相見えるという状況に、彼が心を乱されてしまうのも致し方ない事だろう。

 

「お、おい...、大丈夫か...? 少し休んだ方が...。」

 

「大丈夫です...。

 それに、二人がぶつかるって言うなら...、僕達にはそれを見届ける義務が有る...、そうでしょう?」

 

 ヒカルの悲壮な言葉に表情を歪める上原。

 金田一の狙い等、簡単に分かる。

 『カミキ ヒカル』という優秀な役者の血を受け継いだ二人の少年。

 では、そのもう半分ずつ_『アイ』と『姫川愛梨』の血によってどの様な差が見られるのか、それを見極めようとしているのだろう。

 どうしようもなく襲いくる疎外感に、上原は己の無力を呪う他無かった。

 

 重ねて言うが、抽選結果は紛れもなくただの偶然であり、金田一にも彼らが考える様な思惑等有りはしない。

 

 

 

 稽古場の中央にて向き合う二人の少年。

 アクアと大輝が課題を行う番が回ってきたのだ。

 そんな二人の関係の秘密を知る者がもう一人、保護者が見学している区画に存在していた。

 

(まさかこの組み合わせになるなんてね...。)

 

 その女性_斉藤ミヤコは、改めて『運命の悪戯』という言葉を実感する。

 この組み合わせによって、ヒカルと上原の様子も気になる所ではあるが、己の素性を知らないであろう大輝から見ても、彼の母の凶行とその対象を考えれば、アクアの前にどの様な心境で立っているのかは気になる所だ。

 とは言え、現状を冷静に分析すれば、余程の事がない限りはアクアの評価が大輝のそれを下回る事は無いとミヤコは自信を持って言える。

 これは身内贔屓ではなく、現時点での二人の実力差はそう簡単に埋められるものではないと、長年この世界に身を置いてきた者としての客観的な分析であった。

 どれだけ優れた才能を持っている者であっても、実際に踏んだ場数の差を覆す事等、普通では有り得ないのだ。

 

(そう、普通は有り得ない筈...。 彼にアクアと同じ血が流れてなければ、こんな事気にもならないのだけれど...)

 

 その『普通では有り得ない事』を成し遂げてしまった者との共通点_『血は争えない』、その言葉を強く実感させられる瞬間が来るのではないかと、ミヤコは長年の経験から予感していた。

 

 

「まさか本当に言った通りになるなんてな...。

 今の俺の全力でいくよ、アクア君。」

 

「遠慮せずぶつかってきて。

 二人でいい演技にしよう。」

 

 何とも頼もしい言葉を返す年下の少年に、自然と笑みが溢れる大輝。

 彼の厚意に報いる為にも、集中力を高めていく。

 

(あの上原って人、アクアと知り合いなのかしら...。 どう動くか、見ものね。)

 

(アクア君のお芝居、久しぶりだな...。 あれからどれ位凄くなってるんだろう...。)

 

(...今は余計な事は考えない。 二人共頑張って!)

 

(大輝...、怖がらずにいけよ!)

 

(うわ、この二人が組むのかよ...。 カミキと上原の奴ら、気まずくなってないといいが...。)

 

 周囲の面々が、向き合う二人に対してそれぞれ感想を抱きつつ行方を見守る中、スタッフから始めの合図がなされた。

 瞬間、懐から目薬を取り出した大輝が、両目へと薬を落としていく。

 

「しみるー‼︎‼︎

 目がしみるー‼︎‼︎」

 

「!」

 

(アクアから先手を取った! やるわね、あの人!)

 

(でも、アクアはその位じゃ揺るがない...。)

 

(えっ、上原君急に何始めたの⁉︎)

 

 ヒカルが感じた事は、大輝とて重々承知だ。

 故に即座に次の一手を打つ。

 

「目が、目が...、シミール。」

 

「俺は、シミナーイ。」

 

(今の大輝の動きに対してあの反応...、アクア君...、何て子だ...!)

 

(上手い! 上原さんが次にどう動いても対応出来る様にしてる!)

 

(二人して何て顔してんの⁉︎ えっ、これホントにこのまま行くの⁉︎)

 

「シミール、シミール。」

 

「シミナーイ、シミナーイ。」

 

(膠着状態...、相変わらずいやらしいやり方するわね...。)

 

(くっ...、このままじゃジリ貧だぞ、大輝!)

 

「シミルシミシミルシミル。

 ルシミール、シミル?」

 

(上原さんが仕掛けた! いや...、でもこれは...。)

 

「は? 何言ってんの、お前?」

 

(というか最初から説明して欲しいんだけど...。)

 

「シミルシ、ミルシール。」

 

「お前、頭おかしいんじゃねーの?」

 

(これは、勝負ありかな...。)

 

 ヒカルが勝負の行く末を悟って間もなく、終了の宣言がなされる。

 二人を包む様に拍手の音が響き渡る中、大輝はどうにも浮かない表情だ。

 直接対峙した故に、実力の差を痛感しているのだろう。

 客観的に見れば、大輝は終始アクアの掌の上で踊らされていたと言わざるを得ない。

 そもそも彼我の実力差を鑑みれば、こちらが先に仕掛けてしまった時点で勝負は決まった様なものだったのだろう。

 アクアからすれば相手が自滅するのを待てばいい、そして自分はそれにまんまと引っ掛かってしまった訳だ。

 彼へ賞賛を贈りたい気持ちと、悔しさがないまぜになった感情を、未だ小学生の彼に制御しろと言うのは酷な話だろう。

 

「二人共凄かったぞー‼︎」

 

 すると、彼にとっては慣れ親しんだ声が響き、益々拍手が強くなっていく。

 父は言っているのだ。

 そんな顔をするな、堂々としていろ_と。

 その状況で、自分が下を向いている訳にはいかない。

 背中を押してくれた人達に報いる為にも、アクアにゆっくりと右手を差し出す。

 

「ホント、凄い奴なんだな、君は...。

 次はもっと上手くなってるから...、だから、また演ろう...。」

 

「うん、また演ろう。 約束だ...。」

 

 少年達が握手を交わし、今日一番の拍手の音が鳴り響く。

 これから幾度となくこの二人は鎬を削っていくのだろう。

 その初めての掛け合いを見れた幸運に感謝すべきかもしれない_と。

 

(えっ、本当にこれでいいの⁉︎ あの二人演技なんかしてないわよね⁉︎)

 

 

 

「ついにこの二人か...。

 星野君は、確か二人共共演した事が有るんだよな?」

 

 自身の言葉に首肯を返したアクアに、大輝は問う。

 ズバリ、今のかなとあかねを比較した場合の評価は如何程のものなのか_と。

 しかし、アクアもその問いに簡単に答える事が出来ない。

 それは彼女達の役者としての性質が余りにも異なる故に。

 

「普通に考えれば、この勝負は有馬の方に分が有ると思う...。

 結局はアドリブ勝負な以上、キャリアの差は間違いなく影響する筈だから...。」

 

 アクアの言葉に、大輝も先の自分自身を思い出しつつ納得した様子だ。

 様々な役を演じてきた経験は、ここぞの場面で自分の引き出しとなる。

 ましてやかなは、この場においてもアクア以上の経験を持つ数少ない人物である。

 一方のあかねは、最近の評判の上がり方から勘違いされやすいが、芸歴に関してはかなやアクアはおろか、この場にいる経験者の中でも短い方である。

 この話を聞く限りは、確かにかなの方が有利な様に思えるが、アクアがそう断言出来ない理由が気になる所だ。

 

「父さんから聞いた話だし、俺も直接目にした訳じゃないから実際にどんな感じなのかは分からないけど...。

 あかねには『憑依型』っていう演技の才能が有るんだって...。」

 

「ひょう...?

 それは、どう凄いんだ...?」

 

 『憑依』という単語に耳馴染みが無い故か、イメージが湧かない様子の大輝にアクアが説明を続ける。

 彼の父曰く、余りにも高い分析力とキャラクターへの理解力から、『演者が役を演じる』のではなく、『まるでそのキャラクターそのものがその場にいるかの様に思わせる』者。

 正にキャラクターが『憑依』したとしか思えない様に見える者なのだと言う。

 

「そういえば、父さんが言ってた事が有ったな...。

 『本来少しずつ時間を掛けてやる筈の役作りの過程を、すっ飛ばしちまえる出鱈目な人が偶にいる』って...。」

 

「...俺は父さんの話を聞いて、『台本からキャラクターや世界観を読み取ったり、想像から構築していく能力が異常に高い人』だって定義してる...。

 でも、確かに上原さんの言う通り、側から見ると『役作りもせずに演じられる人』だって見えるのかもね...。」

 

 加えて、あかねのその能力はまだ片鱗を見せている程度との事だが、アクアもその話を聞いて、父が以前よりあかねに注目していた理由を察した。

 役を憑依させるという事は、『それだけ強く思い込む事が出来る』という事であり、必ずしも良い事ばかりではないのだ。

 文字通り『役としてその場にいる』となると、当然演者本人の感情は希薄になるであろうし、その状態でスタッフからの指示を実行出来るのかは疑問が残る。

 『強く思い込む』というのも、悪く言えば『思い込みが激しい』という事であり、事実あかねにもそうした懸念を感じる節が有った。

 その性質上、精神疾患を抱える者が多いらしい事もあり、未だ幼いあかねが徒に自分の心を傷付けてしまわない様注意を払っていたという事だろう。

 

 

(さっきのカミキさんの言葉、そのままの意味で受け取るべきなのかしら...。)

 

 あかねと対峙する最中、かなは先程自分が前に出る直前に声を掛けてきたヒカルの言葉を思い返していた。

 

『もし君が黒川さんに勝ちたいと思うなら、様子見等せずに押し切るべきだよ。』

 

 アクアの父でもあり、彼女自身も何度か共演した事は有るだけに、彼の言葉を無碍にするつもりは無いのだが、やはり引っ掛かりを感じてしまうのが正直な所だ。

 彼はこう言いたいのだろう。

 少しでも躊躇すれば、やられるのはお前だ_と。

 かつての自分であれば頭に血が上っただろう、それ位にはプライドを刺激される言葉であった。

 しかし、今の彼女は違う。

 様々な大人達の後押しを受け、彼らの言葉の重みを少しは理解出来る様になった自負が有るのだ。

 

(上等じゃない...、周りが期待するアンタの力、見せて貰うわよ!)

 

 両者が向き合う中、開始の合図がなされた刹那、かなが動き出す。

 

「鶴の構え‼︎‼︎」

 

(な、何だよあの動き出しの速さは⁉︎)

 

(しかも攻守一体の構え...、流石は有馬だが...。)

 

(芸歴=年齢は伊達じゃないか。 黒川さんはどう対処する?)

 

(駄目だ...、それじゃあ今の彼女は止められないよ...。)

 

(ちょっと待って、何あのポーズ⁉︎ また何か始まるって言うの⁉︎)

 

 かなの動きに各々が感想を思い浮かべる中、対するあかねも動き出す。

 その手には高級そうな箱に入れられた辛子明太子が握られていた。

 

(高級辛子明太子ですって⁉︎ 何⁉︎ この子何をする気なの⁉︎)

 

(こっちはこっちで何する気なの⁉︎ 何でここで明太子⁉︎)

 

 あかねの意図が読めないかなが困惑する中、箱の蓋が開かれ中身の明太子が露わになる。

 

「智也、孝之、麻子、瑛太。」

 

(命名しだした‼︎ 明太子に‼︎)

 

(何だこれ...、これで有馬の防御をどう崩すつもりなんだ...?)

 

(...まさか黒川さんの狙いは⁉︎)

 

「おーよしよし、愛しい我が息子達よ。

 お母さんは何があってもお前達を手放さないからねぇ。

 ふんっ‼︎‼︎」

 

「ぶん投げたーー‼︎‼︎」

 

(有馬が構えを解いた! これがあかねの狙いだったのか⁉︎)

 

(気付けばこの場にいる全員の視線が彼女に集まっている...、本当に末恐ろしいね...。)

 

(ちょっ、えっ⁉︎ あんな高いものを何してんの⁉︎ もしかして偽物なの⁉︎)

 

 あかねの奇行に思わずかなも構えを解いてしまった。

 『何があっても手放さない』と言った直後にこの行動では、彼女を責める事は出来ないが、それは致命的な隙を晒す事に繋がる。

 

「何してんのよアンタ‼︎

 一度名前まで付けて愛でた高級辛子明太子じゃないの⁉︎

 こんなの...、ちゃんと責任持ってキャッチしなさ_

 ...って何山葵なんかおろしてんのよ⁉︎

 速攻、両手塞がってんじゃない‼︎」

 

(駄目だ! 今近付いたら、彼女の思う壺...。)

 

(ッ! これはまだあかねも手が足りない⁉︎)

 

(アクア、気付いたようだね。 今回は君に花を持たせようか。)

 

「チックショー、この金持ちがぁぁー‼︎

 私だって滅多に食べられないってのにぃぃー‼︎」

 

 変わらず山葵をおろし続けるあかねの手元に、どこからか白飯が盛られた茶碗が二つ投げ付けられる。

 とはいえ、それで明太子の運命が変わるとは思えなかったかなが彼女へと距離を詰めるが。

 刹那、人が変わった様に目を見開き、二つの茶碗と自身の舌を使って全ての明太子を回収してしまうあかね。

 その余りの出来事にかなは圧倒され、彼女の姿を見失ってしまう。

 

「チェックメイトだよ...、かなちゃん。」

 

(そんな...、この私が...、すりおろし山葵を額にタッチダウンされたですって⁉︎)

 

 自身の額に訪れた感触に愕然とするかな。

 しかし、それだけは終わらない事をすぐさま実感させられてしまう。

 

「...と同時に、ずっと鳴り止まなかった私の偏頭痛が消えた...。

 これも山葵の成分だって言いたいの⁉︎」

 

「アクア君、ご飯ありがとう!

 分けてあげるよ、ハイあーん。」

 

「あかね、芝居の前に羞恥心を学んだ方がいいぞ...。」

 

 その姿に、最早自分は相手にすらされていない事を悟るかな。

 自分が何をするのかも、どうすれば自分が動揺し動き出すのかも、そして最近迄感じていた家庭内のストレスの事も、全て把握され踊らされてしまったのだ。

 

「...これが今の『黒川あかね』...。

 フッ...、完敗だっちゃ。」

 

 二人へと拍手が送られるが、かなの表情は固い、と言うより何もかも抜け落ちてしまった様だ。

 この場にいる者は、その名を真に心に刻み込んだ事だろう。

 『有馬かな』に比肩する存在_『黒川あかね』の名を。

 

 

 

「えっ、ホントにこれでいいの⁉︎

 っていうか誰も有馬さんに声掛けなくていいのかしら⁉︎

 女の子がしちゃいけない顔になってるけど⁉︎」

 

 残念ながら、ミヤコの言葉に応えてくれる者は誰一人ここにはいなかった。




 これを演技と言い張る勇気
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