推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:55特訓・前編

「さて、上原大輝君。

 一役者として、現在アナタに足りない部分はどこか分かるギョラ?」

 

「全てです。

 単純な演技力も、演じる経験も、何もかもが足りません...。」

 

 自身の前を歩く魚雷ガールからの質問に、少年_上原大輝はそう返す他無い。

 彼が役者としての道を歩み始めたのはごく最近の事である為、当然と言われればそれまでなのだが、一方で大輝の中に少なからず悔しさが有るのも事実であった。

 先日のワークショップでの課題、もっとやれると思っていた自分の思考はアクアを前にして極端に鈍り、彼の『受け』に更に合わせる事が出来なかったのだ。

 頭が真っ白になるという感覚は、ああいった事を言うのだろう。

 

「自己分析が出来ているのは好印象ね。

 例の課題の事は先生も聞いたけれど、アクア君に負けた事を気に病む必要は無いギョラ。」

 

「それは...、俺じゃあアクア君の足元にも及ばないからですか...?」

 

 口から出てしまった自身の言葉を認識し、後悔する大輝。

 負けを気にする必要は無い、何故ならお前には一生勝てない相手だからだ_そう言われた様に感じてしまったのは、自分でもアクアとの埋められない差が有る事を自覚しているからだ。

 しかし、自分の為に態々時間を割いてくれている相手に対して言うには、些か礼を失した発言であろう。

 

「少なくとも現状はそうなんでしょうね。

 アナタのお父さんの言葉をそのまま借りるけれど、『アクア君と同じ土俵で戦えるのは有馬さんくらい』だそうよ。」

 

 自身の態度を気にした様子も無く、父の見解を語った魚雷ガールの言葉に違和感を覚える大輝。

 何故そこに『黒川あかね』の名が挙がらないのか_と。

 

「これは所謂、役者としての性質の違いギョラ。

 先生も仕事柄、沢山の役者の方とお話をしてきたけれど、単純な演技力と他人の芝居に合わせるのが上手いかどうかは別のベクトルの凄さだと聞くギョラ。

 アクア君と有馬さんに共通するものと言えば、やっぱりそのキャリアの長さは関係してるんじゃないかしら。」

 

「...言われてみれば、確かに『名脇役』なんて呼ばれる人が出演すると、作品の質が上がるって父さんも言ってました...。

 それだけ、色んな人の色んな役に合わせられる引き出しが多いって事なんですね...。」

 

 大輝の言葉に彼の役者としての地頭の良さを感じ、笑みを浮かべる魚雷ガール。

 彼の出生の秘密を知る彼女から見ても、その体に流れる血によって受け継いだのだろうセンスだけでなく、父親たる清十郎から着実に指導を受けてきたのだろう役者業に対する知識が感じ取れたのだ。

 

「現実として、先生にはアナタがどんな役者になる可能性が有るのかは分からないし、そういう専門的な事はお父さんやカミキ君に聞いた方がいいわね。

 今回お父さん達に頼まれたのは、アナタにより多くの作品に触れさせる事ギョラ。」

 

「それで...、映画館なんですね...。

 てっきり、この『詩人書庫』って所で本でも読むのかと思ってました。」

 

 魚雷ガールが今回、『助っ人』として依頼されていた内容と自分達が辿り着いた場所を見て一応の納得を見せる大輝。

 様々な映像作品に触れる事の重要さは理解出来る上に、彼自身の好みも含めればありがたい提案ではあるが、一方で他の三人の子役達が読書に慣れ親しんでいる現状から活字に触れるのだろうとの予測を語るが。

 

「それも良い選択肢だとは思うけれど...。

 アナタ、サイバー都市にいる間に一冊でも読めるギョラ?」

 

 彼女の言葉にぐうの音も出ない。

 こんな所にまで気を遣われていた事実に情けなくなるが、現実として自分が瞬時に活字に慣れる事は有り得ない以上、素直に大人達の厚意に甘える他有るまい。

 

「これからアナタに観て貰うのは、濃密な人生を送ってきた者を描いた作品。

 先生の経験を扱った映画ギョラ。」

 

「えっ...?」

 

 

(魚雷ガールさんなら確かに人生経験豊富そうだもんな...、うん...。)

 

 事前に話がついていたのか、スムーズに貸切にされている劇場へとやってきた大輝は、隣の席に座る者が確かに並大抵の経験をしているようには見えない事から、これから自身が観る予定の作品の内容に一応の納得を見せる。

 作品の傾向がドキュメンタリー寄りか、多少の脚色が加えられたものかはさて置き、『魚雷ガール』という存在に匹敵する程の経験をしている者等そうはいないだろう。

 あくまで彼女の主な活躍の場はモデル業界ではあるが、この芸能界において長年に渡り確固たる地位を築いているのは紛れもない事実である。

 あのウンコ頭の男性との関係も気になる所ではある為、スクリーンへと意識を集中させていく。

 

『ギョラけんぴは恋を呼ぶ 〜ウンコまであと三尺三寸〜』

 

「⁉︎」

 

 スクリーンに表示されたタイトルに驚愕する大輝を置き去りにして、物語は幕を開ける。

 魚雷ガールが演じる主人公が、定期的にコンビニで購入している芋けんぴが何者かによって買い占められ、その犯人探しの為に張り込みをしているようだ。

 

(...意外とサスペンス要素が強いのか...? タイトルはミスリードって可能性も...。)

 

 タイトルに反し、冷静に犯人探しの推理を進めていく主人公の姿に感想を思い浮かべる大輝。

 映画の予告映像等、表面的な映像だけでは判断しきれず、前評判の低さに反して高評価を得た作品や、その逆となるものが発生してしまうケースが有る故に、この作品にしてもドラマ部分を綿密に描いている可能性を視野に入れる。

 すると、例のウンコ頭の男性が演じる主人公の仲間なのだろう青年が登場し、主人公へと手を伸ばしていくが。

 

『ギョラ⁉︎ ソ、ソフトン様、何を⁉︎』

 

『じっとしていてくれ...。』

 

『(このシチュエーション...、まさかキス...。)』

 

 主人公の内心の台詞に反し、青年の手は主人公の体の後ろ側_魚雷の尾ビレや噴射口へと伸びていく。

 

『魚雷殿...、噴射口に芋けんぴが付いていたぞ。』

 

『ギョ...ラー...。』

 

(何だよこれ...。 ていうか、食うなよきったねぇな...。)

 

「因みにこの後、2と3もぶっ続けで観て貰うギョラ。」

 

「⁉︎」

 

 

 

『上原大輝は魚雷ガールの人生を垣間見て、色々な意味でレベルアップした』

 

 

 

「ふんっ! ふんっ!」

 

 ショッピングカートの荷台に、両手を背中で拘束された状態で寝そべる少女_黒川あかねが、懸命にカートを揺する事でほんの少しずつではあるが着実に前へと進んでいく。

 彼女の謎の行動に周囲の人々が唖然とする中、彼女の特訓の様子を見守るカミキ ヒカルと上原清十郎。

 

「本当に真面目な子だ...。

 あれだけの才能が有れば、多少の驕りが出てもおかしくないのに...。」

 

「...そういう性格だからこそ、あの憑依型の演技を会得出来たのかもな...。」

 

 上原が彼女をそう評した理由が分からず、続きを促すヒカル。

 確かに才能を十全に発揮出来るかどうかには、多分に当人の性格も関与するだろう。

 あかねの真面目で直向きな姿勢は、間違いなく彼女の特筆すべき分析力を増大させる一助となった筈だが、それだけであの特異な演技に辿り着いたと考えるのは難しい。

 

「この前の課題、大輝とアクア君、そして黒川さんと有馬さんのやり取りを見て思わされたんだ...。

 人間、咄嗟の時程、素の性格が如実に出るもんなんだって...。」

 

「...と言いますと?」

 

「例えば大輝だが、仮に相手がアクア君でなかったとしても、あいつから見れば経験者の子達は皆『格上』と言える存在だ。

 冷静に考えれば、態々自分から動き出す必要は無い...。

 何なら相手にリードして貰う位の気持ちで臨んでもいい筈だった...。

 そういう意味じゃ、あいつは頭で考えるより体を動かす方が好きなのかもな...。

 そして黒川さんだが...。

 演技が終わって彼女が真っ先にした事は、『アクア君に礼を言う事』だった...。

 いくら様子見だったと言っても、あの『有馬かな』に圧勝した直後なのにだぞ...。」

 

 上原の言葉にヒカルも当時の光景を思い返すが、確かにあの時のあかねの行動には彼女の性格がよく出ていた。

 或いは彼女自身もかなが全力でなかった事を察知していたとも考えられるが、だとしても相手を考えればもう少し勝ち誇る位の事をしても不思議ではないだろう。

 

「んで、さっきの話に戻るが...。

 彼女自身の性格は、どちらかと言えば大人しめ...、というより内向的って言ってもいいかもな...。」

 

「それは...、確かにそうですね...。

 優しい子ですが、反面他人を優先しがちな所は見受けられます...。

 以前、お母様とお話した時には、あれでも大分人見知りしなくなった方だと仰っていましたが...。」

 

 事実、人として見れば美点の多いあかねの性格ではあるが、『仕事仲間』として見た場合は中々苦労するだろう事が容易に想像出来る。

 彼女の才覚を考えれば、作品の主役級として抜擢される可能性も大いに有り得るが、自分から音頭を取る姿は想像し難いのが実情だ。

 アクアの近くにいる傾向が強いのも、気の優しい性分を受け入れてくれると感じているのだろうが、将来的に後輩への演技指導を行う際にもその調子では問題である。

 

「...ですが、だからこそボーボボさんは彼女に対してこの特訓を課したのでは...?

 『愛を知る者に力を与える』という『スーパージャンパー』なるものが存在するとしたら、他人への思いやりに満ちている彼女は選ばれて然るべきかと思いますが...。」

 

「『愛を知る』か...。

 確かに他人に対して向ける愛は、十分なんだろうがな...。」

 

 この特訓を彼女に課したボーボボの語った内容を基に、その思いやり_慈愛とも言える感情を増幅する事で、彼女が更なる高みへと昇る事に繋がるのだとヒカルが考察する。

 ボーボボの語った代物が実在するかはさて置き、こうして話し合う自分達を含め、彼女の美点は間違いなく周囲の人物へと伝わっている故に。

 上原が語った通り、『他人に対して』のものだけに限ればだが。

 

「『憑依型演技』に習熟したと言われる人達の多くが、何らかの精神疾患を抱えてたって話を知った時はさ...、正直理屈では分かっても、いまいちどんな感じなのかが想像出来なかったんだ...。

 でも、黒川さんを見て、何となく想像出来た。

 きっと彼女は、自分よりも他人を...。

 それこそ、『黒川あかね』としての感情ではなく、『その役』としての感情を優先させてしまうんじゃないかって...。」

 

 そこまでを聞き、ヒカルも彼の言わんとする事を理解した。

 彼女の愛は、演じる役を含め他者へと届けられるのだろうが、一方で自分への愛はどこに行ってしまうのだろうか。

 思い込みが激しいという事は、自分へ向けられる感情も常人より強く感じ取ってしまう事に繋がる。

 かつてアクアとボーボボが彼女に読書を薦めた時だったか。

 その場にいた五反田泰志監督は、彼女が人間の様々な感情を知っておく事は必ず良い影響となると語っていたが、恐らくはこの危険性を予感していたのだろう。

 自己肯定感の低い者が、人の悪意に晒されるとどうなるか_彼にとっては決して他人事ではないのだ。

 

 二人がそんな考えに耽っていると、その視線の先に一際強い光を放つ存在が現れる。

 レジの台座に立つあかねからは、数刻前とは一線を画す様な強烈な存在感が滲み出ていた。

 

「黒川さん...、遂にやり遂げたのか...。」

 

「あれが...、スーパージャンパーなのか...?」

 

「582円になります。」

 

 店員が告げた値段に二人も驚愕を禁じ得ない。

 進化を遂げた彼女は、既にワンコインで収まる者ではなくなったという事なのだろう。

 

 支払いを終えた二人があかねと共に場所を変え、彼女の変化を探るべく問い掛ける。

 

「さて、黒川さん...。

 特訓を終えて気分はどうかな...?

 何か自分で気付いた変化は有るかい?」

 

「...アイデアの無い人間もサッカーは出来るが、サッカー選手にはなれない。」

 

「何で急にオシム⁉︎」

 

 ヒカルの問いに対して、何故かかつてのサッカー日本代表監督の様になったあかねの姿には、二人も困惑を禁じ得ない。

 ボーボボから得た情報通り、彼女が身に纏っている『スーパージャンパー』の背面には『愛』の文字が刻まれているのだが、彼女の今の状態との関連性を見出せないのが正直な所である。

 

「サッカーをプレーするのはシンプルだ。

 しかしシンプルなサッカーをプレーする程難しい事は無い。」

 

「くっ...、何だこの面倒くさい感じは⁉︎」

 

「何か手順が間違っていた...?

 でも、見た目はボーボボさんから聞いたとお...、あれ...?」

 

 あかねが醸し出す厄介なオタク感に二人が違和感を覚えるものの、彼女への特訓内容はボーボボから聞いていた内容をそのまま実行しただけである為、何故この様な状態なのか、そもそもこれが正常なのかすら二人には見当がつかないのだ。

 何かしら解明の手掛かりが掴めないかとジャンパーを観察していたヒカルが何か違和感を感じた様だが。

 

「これ...、愛の横に小さく『しむ』って書いてありますね...。」

 

「なんだそれ...。

 ...それで『おしむ』って読み方が有るらしい...。」

 

 二人の間に何とも言えない空気が流れる最中にも、相変わらずあかねは妙な発言を繰り返している。

 このまま放置しておく訳にもいかない為、二人がジャンパーを脱がせると。

 

「例えるならば、ジダンやイニエスタはピカソやジョアン・ミロの様な_

 ハッ...⁉︎ 私、今迄何を⁉︎」

 

「特訓が終わって疲れたんじゃないかな...。

 上原さん、これを...。」

 

 ジャンパーを脱がせた途端、正気に戻ったあかねにヒカルがフォローを入れつつ、上原へとジャンパーの背広の部分を見せる。

 そこには、このジャンパーの名が刻まれている様だが。

 

「『SPEER JUMPER』...、『スーパー』の綴り間違ってるよな...。」

 

「...黒川さん、これ特訓の成果みたい...。

 高そうな物だから、日本に戻る迄はこっちで預かっておくね...。」

 

「えっ、いいんですか、こんな立派そうなの...?

 わぁ、おっきく『愛』って書いてある!

 確かにこれを着るのは照れちゃいますね。」

 

「...そうだね。

 うん...、これは僕も抵抗有るかな...。」

 

 

 

『黒川あかねは『スパージャンパー』を手に入れ、他の人格に支配される経験を得た』

 

 

 

「顔描けたか?

 よし、そしたら頭を体の部分にはめて、頭に山葵を乗せれば完成だ。」

 

 隣に腰掛ける人物と共に製作している代物の製作過程が大詰めを迎えているらしい事を察するが、それはそれとして自身の手の中に有る存在に疑問符を感じざるを得ない有馬かな。

 自身の隣に座る人物_ボーボボによって誘われた『山葵人形』なる存在の製作に勤しんでいる訳だが、正直な所悪趣味と言われても仕方の無い存在だと感じてしまう。

 

「えっと、おじさん...?

 もうそろそろ、これが何の特訓なのか教えてくれない?」

 

 作業に区切りがつきそうなタイミングという事で、かながボーボボへと行動の意図を問う。

 自分達子役がサイバー都市へと来たのは、『特訓を課す為』と語っていた以上、この謎の人形製作にも何らかの目的が有る筈だ。

 

「ん? これは別に特訓とは関係無いぞ。」

 

「えっ⁉︎」

 

 何でもない事の様に言い放った彼の言葉に、思わずかなは思考が停止してしまう。

 では、今こんな事をしている理由は何なのか。

 そもそも何故自分はサイバー都市へと来る事になったのか。

 何かしら得るものが有るだろうと信じて彼に従ってきただけに、それが根底から崩れてしまった感が否めない。

 

「飛行機の中でヒカルからも聞いたんだけどな。

 正直、技術的な意味でお前にしてやれる事は、このサイバー都市の中でも見つからないそうだ。」

 

「...じゃあ、何で私が呼ばれたの...?

 他の子を選んであげればよかったじゃない...。」

 

 ボーボボが語った内容については、既に彼女自身も感じていた事である為驚きは無い。

 世界的に有名な俳優との交流の機会や、世界レベルの演劇でも観れれば話は違うだろうが、サイバー都市で開催されているイベントとは趣が異なる。

 それならば、他の有望な人物に枠を割いた方が余程有意義に思えるのだ。

 

「ちょっとばかし話がしたくてな。

 なんだかんだ、あのCM撮影の時以来ゆっくり話せてなかっただろ。」

 

 その言葉を鵜呑みにするなと必死に自制を掛けるかな。

 彼の言う件の撮影の際の自身の振る舞いは、余りにも幼稚なものであった。

 以前彼や天の助から貰った名刺には、『児童養護施設』の文言が書かれていた事から、子供と接する機会が多いのだろう事が察せられる。

 そういった職業に就く大人として、自身の行動が心配になっていたとしても無理はない。

 

「そうなんだ...。

 その...、正直、おじさんに偉そうな事言っておいて恥ずかしいんだけど、子役のお仕事は段々少なくなってきててね...。

 でも、私なりに役者を続ける為に色々頑張ってみようって決めたんだ!

 だから、天の助さんにもホント感謝してるよ!」

 

 望外の機会を有効活用すべく、近況を語っていくかな。

 ある意味では家族以上に信頼を置く相手に話していく事で、自分の現状とそれでも尚変わらない気持ちが再確認出来た事を自覚する。

 

「そうか...、一応天の助からも聞いてはいたんだがな...。

 お前の口から聞けてよかったよ。」

 

「ふ、ふーん...。

 おじさん、そんなに私の事気にしてたんだー。」

 

 穏やかな口調で語られたボーボボの言葉を素直に受け止めるには、どうにも自分の心は天邪鬼が過ぎるらしい。

 それ故に照れ隠しに少々揶揄ってやるつもりで返した言葉だったのだが、思いの外自身の隣に座る人物の表情は硬くなっていた。

 

「えっと...、おじさん...?」

 

「...あぁ、すまんな。

 ...なぁ有馬、例の課題の事、聞いてもいいか...?」

 

 前後の話題の温度差に流石の彼女も面食らうが、この機会を用意した目的からして本題はこちらなのだろう事を察し、首肯を返す。

 尤も、機内においてヒカルと話をしていたのなら、事のあらましは既に聞いているだろうとは予想されるが。

 

「ヒカルから聞いたよ。

 『もしあかねに勝ちたいなら、様子見なんてするな』って、言われたんだろ...?」

 

「うん、そうだよ...。

 カミキさんから、結果も聞いてるんでしょ?

 私、あの子にボッコボコにされちゃった...。

 偉っそうに『アンタの力を見せて貰う』とか考えてたのよ!

 それであのザマなんだから、笑っちゃうわよねー...、ハハ...。」

 

 思い起こされる苦い記憶ではあるが、事実はしっかりと受け入れねばならない。

 あかねのポテンシャルを甘く見積もった自分の失態を笑い飛ばそうとしたのだが、しかしそんな彼女の言葉は、ボーボボが変わらずに見せる硬い表情に勢いを失っていく。

 

「笑えねぇよ...。

 俺が余計な事を言っちまったからかって思ったら...、とてもじゃねぇが笑えねぇ...。」

 

「...ど、どういう事...?

 おじさん...、変な事は沢山してたと思うけど、何か気にする様な事言ったっけ...?」

 

 ボーボボの雰囲気に、かなも過去の交流の記憶を探っていくが、今回の課題について彼が気に病む様な発言をしていたとは思えない。

 或いはその場では大して気にせずに放った言葉によって他人に悪影響が出ているのでは_と考えている可能性は有るが、そこまでいくと言われた側に思い当たる節が無い以上、彼が自身の口から語るのを待つ他有るまい。

 

「有馬、俺はお前に言ったな...。

 『周りを引っ張る事と、周りを助ける事、両方出来る様になれ』って...。

 確かにお前は、昔と比べて周りに気を配れる様になったな。

 ヒカルの話を聞いて、あかねの力を測ろうとするなんて、会ったばかりの頃じゃ考えられなかった。」

 

「そ、そんなに昔の私ってヤバかったかな...?

 ...多分、自分なりに何か変わらないとって思えたのかもね。」

 

 ボーボボからの評価に、客観的に見た自分が予想以上に傲慢な人物であった事には苦笑いするしかない。

 過去を変える事は出来ないが、彼や五反田からの言葉によって、他人と支え合う事の大切さを当時よりは理解している自覚は有る。

 

「あぁ、確かに変わった...。

 実際、こうやって芸能界に残ってやっていけてるんだから、それはきっと正しい事だったんだろうな...。

 ...なぁ有馬、お前は今、自分のやりたい演技が出来てるのか...?」

 

 そう、『有馬かな』の変化は間違いなく一人の芸能人としては賢い選択の筈だ。

 どんな作品であろうと、たった一人の力で出来る事などたかが知れている。

 ましてや裁量権を持つ者達から疎まれようものなら、そもそも舞台に上がる事すら叶わなくなってしまう。

 たとえ細々とした望みではあっても、それを掴み続けていけば必ず道は続いていくのだ。

 だというのに、何故彼はそんな事を聞いてくるのだろう。

 

「...何で、そんな事聞くの...?

 おじさんが言ったんじゃない...。

 『アクアみたいにやってみろ』って...、『周りを引っ張って、助けられるようになれ』って!

 『自分がやりたい事をやってるだけじゃダメなんだ』って、教えてくれたのはおじさんでしょ!」

 

「...あぁ、そうだ。

 その結果お前は、他人の演技に合わせる事を覚えた。

 『自分の実力を抑えてでも、その場の進行を優先させる』_確かにそれも必要な事なんだと思う...。

 ...けどよ、こんな事を言うとお前は怒るかもしれねぇけど、昔の...『天才子役』って言われてた頃のお前の演技は...、素人の俺から見ても本当に輝いて見えたんだ...。

 ...俺が言った事が、お前にとって重荷になってるんじゃないかって...。」

 

 そこまでを聞き、かなも項垂れるボーボボの悩みを理解した。

 成程、今の『有馬かな』は確かに有能で使いやすい存在ではあるだろう。

 しかし、そもそも彼女が一世を風靡した要因とは、見る者の目を惹きつけてやまない、正に『スター』の様な演技であった。

 その真面目な性格と、大人達からの『こうあって欲しい』という望みに応える内に鳴りを潜めてしまった彼女の力の本質が、『芸能界で生き残る』為だけの対価になっているのではと考えているのだ。

 

「...あのね、おじさん。

 私にだって、ちゃんと自分なりの考えが有るの。

 そりゃ、いつでも皆が自分のやりたい事をやれるんだったら、こんなに楽しい事はないでしょうね。

 でも、当然だけど作品には必ず主役がいて、作劇も基本的にはその役を中心に盛り上げないといけない。

 自分の役の感情を表現するだけじゃなく、『このシーンはこのキャラを引き立たせたい』って制作の意図を感じ取ったら、時には役者もそれに加担すべきだって思うのよ。」

 

「...その結果、自分が目立たなくなってもか...?」

 

「当然よ。

 だって...、皆が好き勝手にやって、誰にも観て貰えない演劇なんて意味無いじゃない。

 あーもうやだやだ、意味分かんない位語っちゃったじゃない!

 こんな事話すのおじさんが初めてなんだから、感謝してよね!」

 

 その言葉は、役者『有馬かな』の矜持と言えるものであった。

 彼らが出会ったばかりの頃の不安定さは影を潜め、一人の人間として確固たる考えを持っている事が伝わってくる。

 その証左とばかりに、彼女の表情は機内にいた時よりも幾分晴れやかなものに変わっていた。

 自分の考えを他人に話す事によって、役者としてのスタンスを明確に出来たのやもしれない。

 自分が目を離していた間に、彼女はこの世界でもがき、強く逞しく成長していた_ボーボボは彼女に対する認識を改めざるを得ない。

 その彼の想いに呼応する様に、アフロがゆっくりと開いていく。

 

「かな、こいつは俺が幾度となく自由工作の宿題を凌いだ魂の紙粘土工作だ。

 この『豆腐』を俺達の友情の証として受け取ってくれ。」

 

「凌げたの⁉︎ それで⁉︎」

 

 

 

『有馬かなは迷いを断ち切り、自身の役者としてのスタンスを明確なものとした』

 

 

 

(...あれ? おじさん、今名前で呼んだ...?

ハ...ハァァーーー⁉︎ 何⁉︎ 何で急にそういう事してくんの⁉︎)




 一話で納めようとすると間が空き過ぎてしまいますので、前後編と分けさせていただきます。
 アクアの特訓はシリアス要素多めになる予定です。
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