推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:57その名は

 星野アクア達がサイバー都市を訪れた時から、時計の針を進める事約3年程。

 とある少女が石油ストーブの前で縮こまり、必死に悴んだ手を温めていた。

 冬の季節特有の乾燥した空気と気温の低さに加え、彼女のいる場所が東京湾近郊の鮮魚市場というのも大きいだろう。

 半年程前よりこの市場でアルバイトに勤しむ彼女としては、当初こそ職場特有の臭いや予想以上の重労働に心身共に悲鳴を上げたものだったが、漸く体が慣れてきたと思ったら次は冷たい潮風が自身を容赦無く突き刺すのだから堪らない。

 束の間の休憩時間になった事もあり、簡素な造りの事務所に逃げ込んできたのだ。

 

 弱冠18歳と年若い彼女が、この様な厳しい環境に身を置いているのは、将来的に漁業を志している訳でも、魚介類が学業や研究分野と関わっている訳でもない。

 端的に言えば、『家から近い事』と『報酬が良いから』というのが主な理由である。

 母子家庭である事に加え、彼女の下に二人の弟がいる環境では、『その時』が来る迄彼女の母は自身に掛かる負担をおくびにも出さなかったものの、やはり限界が来てしまったのだ。

 こうして働きに出てみて、母は優しく、強い人であったと彼女は思う。

 彼女には『とある夢』が有ったのだが、当初は子供ながらに家庭の状況を考え就職を選んだ方がいいだろうと考えていた彼女の夢を、しかし母は真っ直ぐに応援してくれた。

 その言葉は本当に励みになったし、実の所『その夢』を実現させるスタートラインに迄辿り着けそうにもなっていたのだが、そのタイミングで『その時』はやって来てしまったのだ。

 病院から連絡を受け、ベッドの上で死んだ様に眠り続ける母の姿を見たあの瞬間、彼女の中の何かが切れてしまったのだろう。

 夢を諦め、高校を休学して働く事にしたのだ。

 勿論、夢を諦める事に何も思わなかった訳では決してないのだが、現実として母の代わりに誰かが生活費を稼がなければならない状況で、『彼女の夢が成就する可能性』と『弟達の将来』を天秤に掛けた時、それがどちらに傾くか等聞くまでもない事だった。

 

 そんな彼女の背後から扉が開く音と共に、何人かの足音が聞こえてくる。

 彼女が働いている市場の社員達だろう。

 

「うー...、今日は一段と冷えるな...。

 おう、お疲れさん! ものの見事に縮こまってるな!」

 

「お疲れ様でーす...。

 流石にこの寒さは堪えますよ...。

 指が全然言う事聞かないんですけど...。」

 

「年明けは更に厳しくなりますからね。

 軍手を二重に着けてみた方がいいかもしれません。」

 

 事務所へと入ってくるなり彼女へと声を掛けてきた男性と、彼と共に入室してきた女性は、社員達の中でも比較的フランクに接してくれる者達だ。

 男性_ふんどし太郎はアルバイト初日から積極的に声を掛けてきてくれた相手であり、大人に囲まれる中での初のアルバイトとなる彼女としては、周囲と打ち解ける上で非常にありがたい存在であった。

 流石に今の季節は防寒着を着込んでいるものの、夏場にはまさかの褌一丁で仕事をしていた為に非常に目のやり場に困ったものだったが、隣の女性を含め誰も咎める様子がない事から、彼女自身も慣れてきてしまっているのが恐ろしい。

 そんなふんどし太郎の隣にいる女性_スズの存在も非常に心強いものだった。

 同じ女性同士という事もあるのだろうが、誰に対しても物腰柔らかく丁寧な口調であり、説明も非常に分かりやすい。

 ここだけの話、彼女の金髪に憧れて少女も夏頃に髪を染めてみたのだが、今では頭頂部の地毛が目立つ所謂プリン頭に成り下がってしまっている。

 それは兎も角、このスズなる女性。

 実は会社のナンバー2であるらしく、公的な意味でも頼りになる存在なのだ。

 話によるとこの会社の社長とは彼女が10代の頃からの付き合いらしく、それだけ信頼されている故なのだろう。

 

「スズ...。

 周りに気を配るのはいいが、さっさと有給消化してくれ...。

 消化ペース遅れてるのお前だけだぞ。」

 

 そう彼女へと声を掛けてきたのは、ずっと事務所の中にいた者だ。

 その者の名は6月7日。

 冗談でも何でもなく、日捲りカレンダーのページに顔が付いているとしか言い様が無い物体なのだ。

 そんな彼は、会社の事務仕事の大半を担っている社長やスズとは別の意味で重要な存在であったりする。

 ただのカレンダーである筈なのだが、パソコンを器用に使いこなし、社内情報の管理もどんどんデジタル化を推し進めているらしい。

 いつだったか彼が自分に愚痴の様に零していたが、『君みたいな若い人からすると、いつまでも紙に拘ってるなんて無駄だって思うだろう?』という台詞は、真面目に話していたのか自虐ネタだったのかは今でも分かっていない。

 

「そ、それはその...。

 分かってはいるんですが、中々タイミングが...。」

 

「分かっているならちゃんと行動で示してくれ。

 真面目なのは結構だが、副社長のお前さんがその調子じゃあ他の皆が休みを取り辛くなる。

 結果、国から注意を受けるのは社長なんだからな。」

 

 スズの苦しい言い分をピシャリと封じ込め、有給申請書を書かせるべく彼女を引き摺っていった6月7日の姿に、少女とふんどし太郎は苦笑いを抑えられない。

 所謂『ブラック企業』という言葉が世間でよく聞かれる様になった昨今、たとえ嫌われ役になったとしても会社として社員の権利を守っている姿勢を見せる事には人一倍気を遣っているのだろう。

 事実、6月7日とスズとでは当然ながら彼女の方が立場は上の筈なのだが、彼女のみならず社員全員が社長に昔から付き従っている者達である為か、良い意味で遠慮も無く誰かが休みの日のカバーも出来る程度には互いの仕事を理解し合っている。

 少女から見ても、彼女は絵に描いたような真面目で誠実な人物ではあるが、会社の上層部としての振る舞いかと聞かれると良くも悪くも現場に近過ぎる感覚が有った。

 

「うぃー、お疲れー。」

 

「...。」

 

 すると再び事務所の扉が開き、二人の人物が入ってくる。

 その内の挨拶をしてきた特徴的な頭部を持つ人物が、いつもの如く自身のロッカーから弁当を取り出したのだが。

 

「その...、デスマスクさんってよく太りませんよね...。

 家でも同じ量食べてるんですか...?」

 

「ん? いや、夜はそんなに食わないよ。

 ただ、仕事中はちゃんと食っとかないと保たないじゃん?」

 

「だとしてもだろ...。

 お前マジで気を付けないと健康診断引っ掛かるぞ...。」

 

 その男性_デスマスクの頭部は、その物騒な名前に反してリスとしか思えない姿なのだ。

 そんな彼が、正にリスの如く大量の食べ物を口一杯に頬張る姿は最早この事務所では見慣れた光景の一つなのだが、やはり少女としても彼の生活習慣が気になる所だ。

 実際、仕事の内容を考えればしっかりと食べておくべきという彼の言い分自体は彼女も同意する所ではある。

 ここで働き始めた当初は、仕事中に明らかにカロリーが足りなくなった感覚を何度も味わったものだった。

 加えて、彼自身体はよく鍛えられており、彼女が見てきた間だけでもそのがっしりとした体格が崩れた印象は無いのだが、ふんどし太郎の言う通り少々食べ過ぎな感が否めない。

 尤も彼の場合、その頭部からして普通の人間と同じ様に考える事自体がナンセンスなのかもしれないが。

 そんな事を考えている少女の肩が軽く叩かれ背後を見遣ると、そこにはデスマスクと共に事務所へと入ってきたもう一人の男性が立っている。

 

「今日は烏賊が有るが、また持って帰るか...?」

 

「もちです!

 ホントいつも助かってますよー!」

 

 彼女の返答に、強面のその男性の表情が少し柔らかくなる。

 顔の至る所に、そして体の其処彼処にも無数の傷跡の有る男性は、彼女から見ると正直に言って『その筋の人』にしか見えないが、実の所非常に優しい部分が多く垣間見れる人物なのだ。

 口数の少なさとその見た目で勘違いしがちだが、力仕事で彼女が困っている時にはすぐに助けてくれる上に、獲れた魚介の一部を捌いて持たせてくれる等、家計の面でも非常に助けられている相手なのだ。

 因みにこの『一部』というのは、傷が有る等の理由で商品に出来ないものを指し、二人以外にも社員がそれらを持ち帰る許可は出ている。

 

(レスラーとか好きになる人って、こういう気持ちなのかも...。)

 

 時折、体格の良い格闘家とタレントが結婚する等という話を聞くが、或いはそういった人々も、彼の様にふとした瞬間に見れる表情に魅了されるのかもしれない。

 そんな男性だが、悲しいかな今に至る迄彼女にキチンと名前を覚えられていないのだ。

 一応彼女の方も、彼が『強谷』という性を持つ事は知っているのだが、それが『スネヤ』なのか『キョウヤ』なのかが分からず、かと言って名前を聞くにはなまじ親密になってしまった現状、今更聞くに聞けなくなってしまったのである。

 誰も彼を名前で呼ばない上に、彼女も彼の一面を垣間見る迄は近寄り難さを感じていたのが実情であり、よもやこの様に話し掛けて貰える様になれるとは思っていなかったのだ。

 そんな訳で、大変失礼だとは思いつつ彼女は今日も心の中で男性を呼ぶ。

 『強そうな人』と。

 

 

「皆お疲れー。

 今日は中々良いもんが獲れたみたいだぜ。」

 

「お茶漬けも準備するから、欲しい人は言ってくれ。」

 

 二人の人物が事務所に入った事で、この場に社長を除く社員全員が揃った事になる。

 尤も、お茶漬けを準備している者の姿は、緑色の体に無数の触手とさながら蛞蝓の様に伸びた三つの目が特徴的な人外の存在なのだが。

 この謎の物体_お茶づけ星人こそ、この会社の漁獲量を決める重要人物なのだ。

 その方法はと言うと、彼が直接海に潜り巨大な網で捕まえるという豪快な方法である。

 地球人類とは肉体の構造が違う故なのか、季節すら問わず自由に水中での行動が可能な彼の存在によって、この会社は漁船を持たないにも関わらず漁業を成立させるというとんでもない事を成し遂げているのだ。

 必然、通常とは経費の総額も桁違いに少なくなり、小さい会社ながらに黒字経営を続けられているらしい。

 そんな存在であるから、その分の報酬も相当なものかと思いきや、実の所危険手当意外は然程違いが無いのだ。

 その理由を聞いて少女も成程と思わされたが、どうやら昔から異邦人である彼を社長達が匿っていたおかげで今に至る迄地球で生活が出来ていた背景が有ったのだ。

 確かに、たとえ本人に悪意は無くとも、あの見た目で街中を闊歩しようものなら忽ち拘束されてしまうだろう。

 近隣の同業者達にも、彼の存在の秘匿に協力して貰う対価として、彼が規定以上に捕獲してしまった魚介を『お裾分け』する形を取っている。

 

 そんな彼の隣にいる男性は、見た目で言えばスズと並ぶまともさだろうか。

 そもそもの比較対象に問題が有る事はさておき、実年齢よりも大分若く見える顔立ちと併せて社内でも数少ない悪目立ちしない人物と言えるだろう。

 

「お疲れ様でーす。

 ゴイスーさん、それって蛸壺ってやつですよね?

 さっきの『いいもの』ってもしかして...。」

 

 少女が、その男性_ゴイスーが抱える物の正体を確認する。

 蛸壺という存在自体に見覚えがない事に加え、先程彼が語っていた『いいもの』がその中身の正体なのだとすれば、中々に貴重な獲物と言えるが。

 

「フッ、察しがいいな。

 兄貴が蛸を獲ってくれたんだ。

 午後は皆でこいつを食おうって言ってるぜ。」

 

 彼の言う『兄貴』とは、未だ姿が見えないこの会社の社長なのだ。

 社長がこの会社を創立する事を知った後に合流したらしく、最初こそ他の社員との間に気まずさが有った様なのだが、今ではこうして食事を共にしようとする等、良好な関係を築いている事が窺える。

 問題はその蛸を捕まえる為の罠を設置した当人なのだろう社長が姿を現さない事なのだが。

 するとゴイスーがその手に抱えていた蛸壺を徐に床に置き、その出口を横に向けた事で中に入っていたものが壺の外へと姿を現す。

 

「いやぁ、今回のは中々活きの良いやつだったよ。

 蛸足じゃなかったらマジでえらい事になっていた...。」

 

 その頭部の立派なリーゼントと口髭が特徴的な男性の頭部は、首の下から蛸の様な足を生やしつつ額に滲む汗を拭った。

 見た目は最早クリーチャー以外の何物でもないこの男性こそ、この場にいる者達の代表を務める者_軍艦である。

 

「毎回思うんですけど、社長ってホントに人間なんですか...?

 お茶づけ星人さんに改造されたりしてません...?」

 

「えっ、何で...?

 別に大した事じゃないし、色々便利だから教えてあげようか?」

 

 自身の姿を何でもない事の様に話す軍艦の言葉に、少女は静かに首を横に振る。

 実際、姿を変えられるというのは便利ではあるのだろうし、彼女の仕草に残念そうな表情を見せた軍艦に心が痛むが、流石にあの姿は人として大切なものを犠牲にしてしまっているとしか思えないのだ。

 

「そう...。

 気が向いたらいつでも言ってくれよ。

 それじゃゴイスー、そろそろ戻りたいから頼む。」

 

「ああ、分かってる。 バズーカ真拳‼︎」

 

 ゴイスーが叫ぶと同時に、彼のストレートヘアは瞬く間に兄と同じリーゼントへと変貌する。

 彼の使う『バズーカ真拳』なる技だか拳法だからしいのだが、一体どういった原理なのか髪型が変わるだけに留まらず、そのリーゼントを自在に伸縮させる事が出来るのだ。

 技の一つらしいものによって、お茶づけ星人が捕獲した魚介を掃除機の如く吸い上げる様子は中々にグロテスクな絵面だったのだが、本人は余り気にしていないらしい。

 そんな彼のリーゼントが、軍艦のリーゼントと接触するとそこから光が放たれ。

 

「ふぅ、やっぱこっちの方がしっくり来るわ。」

 

「いやいや、蛸の方がしっくり来てたらいよいよ人間じゃなくなってるだろ。」

 

「それもそうだな!

 ハッハッハッハッハ‼︎」

 

 兄弟の微笑ましいやり取りに事務所内が笑い声で包まれる。

 人間の姿に戻った軍艦の姿たるや、弟以上に立派な体格であり、そんな彼の豪快な笑い声にその性格が出ていよう。

 間違いなく部下に慕われるだけの事はある人物なのだが、そもそも彼を人間と判定していいものか、少女は疑問を感じざるを得ない。

 

 

 

「うんしょっと! お願いします!」

 

「あぁ...、ありがとう。」

 

 少女が押してきたカートの上に載せられていた荷物を、何でもない様に強そうな人がトラックの荷台へと積んでいく。

 荷台との高低差を考えると中々に重労働な筈なのだが、全く苦にする様子が無い彼の姿に、彼女は本当に同じ物を運んでいるのか疑問を感じざるを得ない。

 彼女の主な仕事は、陸にあげ梱包された商品をこうしてトラックの下へと運んでいく事なのだが、彼女が一般的な女子高生の体躯と相違ない事を差し引いても相応の重量が有るものを何度も運ぶのは中々に骨が折れる作業なのだ。

 全ての梱包が終わる迄は終わりが見え難く、根気が必要な作業なのだが、彼女の真面目な仕事ぶりに強そうな人も笑みを浮かべる。

 すると、そんな彼女の足に小さい刺激が訪れる。

 さながら肩を叩かれた様なその刺激に、彼女が足下を見遣ると。

 

「6月7日さん...? どしたんです...?」

 

 普段は事務所内にいる彼ではあるが、連絡事項が有る場合等こうして現場に出てくる事自体は珍しくはない。

 問題は、何故アルバイトである彼女が声を掛けられたのかであるが。

 

「あぁ、ちょっと事務所に連絡が来てな...。

 一緒に社長の所に来てくれるかい?」

 

 声を潜めつつ語る彼の様子に、彼女も強そうな人も怪訝な表情を見せるが、然りとて話が見えない以上は彼の指示に従う他なく、他の面々と共に作業中だろう軍艦の下へと歩き始める。

 

「病院から連絡が来たんだ。

 また君のお母さんが病院に運ばれたって...。

 何度か君の方に電話したそうなんだが、気付かなかった様だな。」

 

 隣を歩く彼からの情報に、すぐさま防寒着の下に着込んでいた上着のポケットから携帯電話を確認すれば、成程確かに母や病院からの着信履歴が表示されていた。

 マナーモードにしている事に加え、厚着である事も重なり察知が出来なかったのだろう。

 病院からの連絡という事実が、否応なく彼女の不安を煽っていく。

 二人が軍艦と合流すると、6月7日から説明を受けた彼の表情も段々と険しいものへとなっていった。

 

「兎に角、すぐ病院に行ってあげなさい...。

 スズ! 今日はパレットの方は何枚分だ?」

 

「8枚分です。

 それがどうかしましたか?」

 

 スズからの返答に再び考え込む軍艦。

 トラックでの輸送とは別に、彼女のテレポート能力を使って直接取引先に赴き荷下ろしを行うというこれまた出鱈目な方法を行っているのだが、その回数如何によっては少女の移動に能力を使えないかと考えたのだ。

 しかし彼女から伝えられた出荷量を考えると、二度は往復が必要になる。

 現地での作業と手続きの時間も考慮すれば、この選択肢は潰れてしまったと考えた彼の提案に、今度は少女が驚きの反応を見せる。

 

「分かった。

 俺はこれから彼女を病院に送ってくる。

 悪いが、後を任せていいか?」

 

「...何か緊急の要件なのですね...。

 かしこまりました、どうぞお気を付けて。」

 

「い、いやいやお二人共ちょい待って下さいって!

 普通に電車とバス使えば行けますから!」

 

 長年の付き合いからか、スズが軍艦の言葉に素直に従うが、いくらありがたい提案と言えど流石に少女としても申し訳なさが勝る。

 彼らが彼女のアルバイトという身分を気にせずに接してくれる人物である事は百も承知だが、かと言って業務を妨げる事に抵抗を感じる程度には立場を弁えているつもりであった。

 しかし、そんな彼女の言葉を軍艦が退ける。

 それで『もしも』の事態に直面した時、後悔せずにいられるのか_と。

 

「ご家族の事だろう、遠慮する事じゃない。

 ...それに、もし万が一の状態だった時、君はそれで納得出来るのか...?

 弟さん達にはどう説明するつもりだ...?」

 

「そ、それは...。

 で、でもほら、今日の朝も元気そうでしたから!

 大丈夫ですよきっと!」

 

「...だから病院から連絡が来たんじゃねぇか...?

 いくら元気そうだって言っても、お袋さんも一回倒れてる身だろ。」

 

 軍艦の言葉に尚も少女が遠慮を見せるが、話を聞いていたのだろうゴイスーからの言葉にぐうの音も出なくなってしまう。

 母が過労で倒れた日の事は、今でも彼女の脳裏に焼き付いているのだ。

 怪我なのか、病気なのか。

 そもそも朝、自分を見送った母は本当に元気だったのか。

 その時の挨拶が最後の会話になる可能性が、どうして全く無いと言い切れるのか。

 

「こうして迷ってる時間も惜しいだろう...。

 さぁ、急ごう。」

 

 俯く自身の肩を叩いた軍艦が、ずんずんと歩き始める。

 その背中が普段以上に大きく見えるのは、決して気のせいではないだろう。

 

『さぁ、早く俺のコクピットに乗り込むんだ‼︎』

 

 何がどうなったのか、彼は巨大なロボットへと変貌を遂げていたのだから。

 

『ギャラット軍に俺達の力を見せてやるぞ‼︎ ジェニファ‼︎』

 

「ギャラット軍って何ですか⁉︎

 後、ジェニファって誰⁉︎」

 

 

 

 空を飛ぶ軍艦のコクピット内にて、少女の携帯電話から着信音が響く。

 メッセージアプリにて連絡を入れておいたのが功を奏した様だ。

 

「もしもし、ママ⁉︎

 また病院に運ばれたって聞いたんだけど大丈夫なの⁉︎」

 

『ゴメンねー、洗濯物取り込んでる時に転んじゃって腰ぶつけちゃったのよ...。

 ママ、タクシーで帰るから帰りにおつかいしてきて貰ってもいいかしら...?』

 

「...んもぉぉ!

 めっちゃ心配したんだからね‼︎

 家着いたらちゃんと寝ててよ‼︎」

 

 母から告げられたあんまりな真実に、脱力した様子でコクピットのシートにもたれかかる少女。

 恐らく病院からの連絡も、簡単な症状の説明と迎えに来れるかどうかの確認の為だったのだろう。

 

「ハァ...、お騒がせしてすいませんでした社長...。」

 

『フッ、大事じゃなくて良かったじゃないか。

 ...そうだ、このまま家まで送っていくからパイロット情報を登録しておいてくれ。』

 

 少女には彼のパイロットになる気も、ギャラット軍なる者達と戦う気も微塵たりと無いのだが、手持ち無沙汰の為取り敢えず入力欄だけでも見てみようかとシステムを立ち上げると。

 

「このコールサインって何ですか...?

 名前じゃ駄目なんです?」

 

『駄目に決まってるだろう⁉︎

 そんな事をしたら敵軍に個人情報が筒抜けになるぞ⁉︎

 最悪、渾名でもいいから何か入力してくれ。』

 

「えー、急に言われても困るんですけど...。

 社長が何か考えて下さいよ...。」

 

 無駄に凝った設定の軍艦の言い分に、少女も眉根を寄せる。

 基本的に友人からの呼ばれ方が下の名前を呼び捨てかちゃん付けされるものである彼女にとっては、渾名等全く馴染みの無いものなのだ。

 事実、アルバイト中も基本的には名字にさん付けである。

 

『うーん、そうか...。

 それじゃあ、こんなのはどうだ...?』

 

 悩んだ様子の軍艦であるが、案が思い付いたのか彼女が目を向けるディスプレイ上にその愛称が表示される。

 アルファベット3文字のみと確かにシンプルで分かりやすい。

 

「...へぇ、了解でーす。

 因みに由来とか聞いてもいいですか?」

 

『あぁ、君の名前をアルファベット表記して、姓名の間3文字を繋いだんだ。

 これなら会社でも呼びやすいだろう。』

 

 自分に対する渾名としてずっと温め続けていた_それは流石に考え過ぎだろうと思いつつ、幾分暖かくなった心と共にディスプレイへと指を走らせ、その名を入力する。

 

 『MEM(メム)』と。




 原作の軍艦編読み直して、気になって調べたんですが、シーラカンスって不味い上に人間じゃ消化できない油が分泌されてるらしくて下痢になるらしいです。
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