奥義:59話し合いで解決しようよ
苺プロの応接室兼会議室。
そこにいるとある女性は、その部屋の光景に懐かしさを憶えていた。
会社自体の規模の小ささに加え、社長の方針なのか、或いは会社にとっての稼ぎ頭であったアイドルグループ『B小町』が解散してからそれなりの年月が経過している故なのかは分からないが、その女性が久方振りに訪れているその部屋の中は、彼女の記憶の中と然程変わっていない。
変化と言えば、現在苺プロに所属している若手俳優『星野アクア』が出演した作品が棚に増えている事だろうか。
彼女にとっては、『元戦友』の息子に当たる人物であるが、堅実に実績を積み重ねているのは喜ばしい事である。
(変わらないなぁ...、ホントに...。)
彼女から見れば、その部屋の雰囲気も、自身の前に座る社長夫妻も、多くのものが変わっていない。
寧ろ変わったのは自分の方か_そんな思いを抱いた彼女の前に茶碗に注がれた緑茶が差し出される。
この茶を用意してくれた女性も、自分の記憶と然程変化が無い。
社長の後ろに飾られている写真の中に数年前の自分を認め、まるで自分だけがタイムスリップした様な錯覚に陥るが。
「どうぞ。
フフ、高峯ちゃん元気そうで良かったよ。」
「ありがとうございます。
ビュティさんの方こそ、相変わらずお綺麗で...。
というか...、皆さん本当に歳取ってます?」
「あら、あんまり歳の事言わない方がいいわよ?
表に出ない仕事になったんだから、余計に自分から老ける様な発言には気を付けなくちゃ。」
ビュティの言葉に笑顔を見せるかつての部下_高峯に対し、ミヤコが少々意地の悪い笑みを浮かべつつ言葉を掛ける。
彼女の立場が自分と同じ『裏方』へと変わった事だけでなく、アイドル時代からの真面目さを理解している故の言葉なのだろう。
「まぁでも、元気にやってるみたいで安心したのは本当だ...。
そんで、お前の事だから態々世間話をしに来た訳じゃないんだろ...?」
「...はい。
実は、お仕事の事でご相談が有りまして...。」
和やかな空気の中で話を始めようとしたのだろう壱護が彼女へと来訪の理由を問うと、高峯もゆっくりと事の経緯を語り始めた。
「実は、今回初めてドラマの脚本を担当させていただく事が決まりまして...。」
「凄いじゃない...!
って事は、ウチのタレントに仕事を振ってくれるって話かしら?」
高峯の言葉に驚きと賞賛の言葉を投げつつ、彼女の来訪の理由にそう当たりを付けるミヤコ。
B小町解散以前から少しずつ演出や脚本の勉強をしていた事を知っているだけに、彼女がチャンスを掴んだ事を喜ぶと共に古巣へと助力を願ったと考えたのだろう。
いくらB小町時代に活躍していたとは言っても、脚本家としては駆け出しの存在である彼女が、作品の質を上げる為に見知った人間を頼ろうとする考えは十分に理解出来るものだ。
果たして、そのミヤコの予想は当たらずとも遠からずであったのだが。
「そうですね...。
アクア君に出演をお願い出来ればと考えてはいるんですが、実はちょっと問題の有る案件でして...。」
話の流れがミヤコの予想通りとなりそうな彼女の言葉の中に不穏な単語を認め、顔を顰める壱護達。
真面目な性格の高峯が、『問題の有る案件』と口にした事に不安を隠せない。
すると彼女が鞄から一冊の単行本を取り出し、二人の前へと差し出す。
その単行本にはいくつもの付箋が貼られており、彼女が作品を読み込み、研究しているのだろう事が窺えた。
「鏑木プロデューサーにお話をいただきまして...。
今回、この『今日は甘口で』のネット配信ドラマの脚本を書かせていただく事になったんです。」
「それって...、確か名作って評判の少女漫画よね...?
その...、良いお話をいただいたんじゃない...?」
(一方でメディアミックスだからこそ、『失敗しても仕方がない』って状況にした訳か...、鏑木さんらしい...。)
高峯の差し出した作品の知名度と人気から、鏑木なりの『気遣い』を感じ取る両名。
ミヤコの語った通り、『今日は甘口で』という作品は全14巻という長期連載が示す人気だけでなく、作者である吉祥寺頼子による画力と読者の心を巧妙に揺さぶる演出の面でも高い評価を受けているのだ。
オリジナル作品と違い、余りにも原作の完成度が高過ぎる故に脚本家の色を出し難い面は有るだろうが、そこを新人脚本家が問題視するのは生意気が過ぎるだろう。
少なくとも、原作に忠実な流れを作ってしまえば、十分に力の有る脚本とする事が出来る。
仮にそれを演じる役者の技量に問題が有ったとしても、それは彼女の問題とはなり得ないのだ。
また一方で、この企画自体が失敗に終わる事を考慮に入れているのだろう鏑木の采配に、どこかいやらしさを感じてしまうのも事実だ。
メディアミックス_今回の様に原作と剥離した媒体で展開を行う企画自体、人によって好みが分かれると考えれば、仮にこのドラマの評価が地に堕ちてしまったとしても、『元から難しい企画の中で脚本家は頑張っている』との評価を得られる可能性を残しているのだろう。
鏑木らしい堅実な采配とも取れるが、一方で高峯に対しB小町時代の縁からチャンスを与えただけでなくある種の逃げ道を用意したと捉えれば、これから先彼女が活動を続けるに当たって鏑木の存在を無視する事は出来なくなる。
正に、どちらに転んでもいい体勢を整えていると言った所か。
ここまでを聞いた限りでは、原作の人気の高さ故に、失態を演じた場合のファンの反応が恐ろしい所ではあるだろうが、高峯自身が作品に対して真摯に向き合っているのだろう事が感じられる為に、態々彼女が古巣を訪れた理由が気になる所だ。
「...その、現在出演が決まっている方の殆どが、演技未経験のモデルの子ばかりなんです...。
しかも、出来るだけ多くのキャストを映す様オーダーが来ている関係上、原作にいないキャラとして追加せざるを得なくて...。」
「...ま、まぁ日本の芸能界ではよく有る話よね...。
鏑木さんもイケメンや可愛い子が好きな人だから、事務所側の要望に特に反発もしなかったんでしょう...。」
不満な気持ちを隠せない様子の高峯の言葉に対し、ミヤコが語ったのは日本の芸能界における世知辛い実情である。
事務所間のパワーバランスや意向を無視したキャスティングが可能となるのは、大抵の場合『そもそも大抵の人間には見向きもされない作品』であるか、もしくは業界に対して大きな発言力を持つ者が現場を取り仕切っているかのいずれかであろう。
知名度の有る原作を利用して、これから売り出したい若手のモデルを出演させ、それらに食い付く女性層を取り込もうという魂胆が透けて見える。
原作の主要人物が学生である事を考えれば、元はモブの様な存在だった者を原作以上に目立たせる事で各キャストの出番としてもそこまで違和感は無いだろうとの目算も有るのやもしれない。
「...加えて、現状の制作予定は全6話なんです...。
原作14巻も有るのにですよ⁉︎
今の所続編作る予定も無いし、もう意味が分からないです...。」
「あぁー...、低予算の現場にぶち込まれた訳か...。
因みに、演技経験者はどの位確保出来てるんだ...?
そのモデルの子達は兎も角、部分的には見れる作品に出来る可能性は有るんだろ?」
続けて語られた内情に溜め息を吐きつつ、壱護が現状のキャスティングの進捗を探ろうとする。
演技未経験だと言う件のモデル達の実力が如何程かは分からないが、そういったケースは決して珍しい事ではないのも事実なのだ。
今後高峯が同じ様に活動を続けていけば、まず間違いなく同じ様な現場を担当する事になるだろう。
ある意味ではそうした『素人』をフォローするのも彼女達裏方の腕の見せ所だ。
「取り敢えずヒロイン役には、有馬かなさんに出演していただく事が決まっています...。
ただ、尺も考慮すると主要な脇役もモデルの子達にお願いせざるを得なくて...。
現状、メインキャストで演技経験が有るのは有馬さんのみ...。
その子達の演技力は...、本読みの時のものですが、こちらを見ていただければお分かりいただけるかと思います...。」
そう語りつつ、彼女が二人へとスマートフォンによる録画映像を見せ始める。
成程、そこには有馬かなの他に見知らぬ青年達が数名映っており、彼らが件のモデル達なのだろう事が察せられた。
『フォマエ、ソンナカオシテテファノシイノ?』
「えっ...。」
『フォレノフォンナニテェダスナ。』
『フォイオイ、ドウイウツモリダー。』
『喧嘩はやめて!』
「スゥー...。」
『ファマ...フォマエノニガオエカイテヤルヨ。
マールカイテフォイッテナ。』
部屋の中が居た堪れない空気で満ちていく。
低予算、無謀なキャスティング、加えて話数が少なく原作の描写を必要以上に削らなければならないだろう現状に、壱護は思わずその考えを率直に口にしてしまった。
「何というか...、酷いな。」
「社長、ストレートに言い過ぎです...。」
「さてさて...、高峯ちゃんが連れてきてくれるっていう助っ人とやらはどんな人なのかな...。」
現在、制作開始に向け準備を進めている段階の『今日は甘口で』のネット配信ドラマ。
その番組のプロデューサーを務める鏑木勝也は、現在番組のキャスト等の関係者が集められている顔合わせ場所へと向かっている。
今回彼が、かのアイドルグループ『B小町』の元メンバーである高峯に脚本の席を用意した背景としては、彼自身と彼女が現役当時から見知った者同士であった事に加え、彼の古巣の思惑も重なっていたのだ。
彼自身、現役の時より彼女の真面目で面倒見の良い性格は高く評価しており、こうしてセカンドキャリアを順調に進んでいる事を嬉しく思う気持ちも有る。
その為、彼女に活躍の場を用意する事自体は吝かではなかったのだが、契機となったのは彼女自身というよりは、彼女が演出の勉強を行い、かつ彼にとっての古巣でもある劇団ララライの代表_金田一からの打診であった。
最終試験の場を用意してやって欲しい_仮にもプロの現場を試験代わりとするのは如何なものかと思わず笑ってしまったが、彼がそこまで言うならと一見無茶振りに思える今回の現場を任せてみる事にしたのだ。
この悲惨とも言える状況下で、可能な限り原作者を納得させ、より良い作品を作ってみろ_金田一のメッセージに応えるかの如く、事実として彼女は迅速な動きを見せた。
『一回目』の顔合わせとそこで実施された台本の読み合わせ、そこで繰り広げられた光景には、彼自身吹き出すのを必死に堪えたものだったが、彼女としてはそれどころではなかったのだろう。
すぐさま自分へと声を掛けてきたかと思えば、企画の一時中断とキャスティングの見直しを申し出てきたのだ。
このままでは作品は勿論だが、キャスト陣にとってもネガティヴキャンペーンにしかならない_その言葉に彼は、彼女が一つ目の関門を突破した事を認めた。
(言い方はもう少し丸くした方が良いけれど、まずそこに気付いたのは合格だね...。)
実際、彼女が顔合わせの段階で準備してきた台本を読んだ時には、その仕事振りに良い意味で驚かれたものだった。
原作の全14巻に対して、僅か6話分しか尺を使う事が出来ない中、原作の名シーンを上手くピックアップし、作品の魅力を伝えようとする努力が窺えたのだ。
彼女が原作をよく研究している証左でもあったが、しかしその台本をそのまま使う事は残念ながら出来ないと言わざるを得ない。
(たとえ内容が良くとも、上の意向に逆らえば未来は無い_グループのリーダーだったからというのも有るんだろうけど、よく気付いたものだよ。)
彼女は最初、主要キャストの名簿に一瞬顔を顰めはしたものの、その時点では特に何も言ってはこなかった。
それはそうだ。
『原作にいないキャラを追加して活躍させろ』なんてオーダーは何処にも書いていないのだから。
主役の者以外は、原作にも登場していた友人A、B位の気持ちだったのだろう。
事実、『原作の再現度が高いドラマ』であれば、彼女の仕事は素晴らしいの一言であるが、それで良しとされないのが日本の芸能界だ。
そして、この番組において最も力を有するのは、主役を含めた若手モデル達を出演させている『ソニックステージ』という事務所であり、そのモデル達を多く出演させ、活躍させる事がこの番組の肝要である。
その観点で言えば、あのまま撮影を開始してしまったとしたら、売り出したい筈の若手達が顰蹙を買う所か、業界内で腫れ物扱いされかねなかったであろう。
本作の原作者たる吉祥寺女史は、現状メディアミックスに関しては門外漢であるとして制作現場とは距離を置くスタンスではあるものの、一クリエイターとしてあの惨状にどんな反応を示すのか等想像するだに恐ろしい。
「正味、一脚本家が関わる範疇を超えている訳だけどね...。
折角新人が自分から動こうとしている訳だし、おじさんは裏で楽をさせて貰うとするよ。」
洒落にならない失態は犯さぬ様、手綱は握っておく必要は有るが、若者の行動力が時に事態を大きく動かすのも事実だ。
『やる気の有る若者を応援するのもこの仕事の醍醐味の一つ』等と自分が言ったら、金田一はどんな顔をするだろうか_そんな思考を中断し、鏑木は顔合わせ場所の扉を開く。
高峯に対しての確かな期待をその薄い笑みの裏に隠しながら。
「やめようよ...、無益な戦いは...。」
(誰⁉︎)
果たして鏑木が扉を開いた先には、見覚えの無い青年がモデル達の前に佇む光景が広がっていた。
細身な体と整った顔立ちが相まって、所謂『優男』といった表現が似合うだろうか。
その外見に反し、腰に提げられている6本の鞘の様なものや見慣れない服装から、どこか底知れぬ雰囲気を感じさせる。
モデル達と対峙している現状を鑑みると、高峯が呼んだという助っ人の可能性は考えられるが、流石に素性の知れない人間に好き勝手にされる訳にもいかない為、事情を把握しているだろう高峯へと声を掛ける。
「高峯ちゃん...、ちょっといいかな...?」
「あっ、鏑木さんお疲れ様です...。
あの人の事ですよね...。」
鏑木が声を掛けた段階で用件を察した様子の高峯が、我に帰った様にハッとすると彼へと近付いてくる。
彼女の様子に、自分がいない間に一体何が有ったのかと頭が痛くなる鏑木だが、兎角冷静に状況を見極めんとするのは、数々の現場を統括する立場として辣腕を振るってきた矜持故だろうか。
そんな彼の覚悟を知ってか知らずか、疲れた様子で高峯が先程迄の経緯を語り始めた。
鏑木が部屋へと入ってきた時より時間を巻き戻す事一時間程。
ソニックステージ所属の若手モデル_鳴嶋メルトは、同じ事務所所属の同年代のモデル達と共に自分達の前に立つ人物に困惑させられていた。
そもそも、最初の顔合わせから期間を置いて再度の召集を受けた事自体、彼からすると理解に苦しむ事態だったのだが、所属事務所の社長曰く『お前らの為に調整して下さっている』との事であり、たとえ理解出来ずとも受け入れざるを得なかったのだ。
事実として、新しく渡された台本を確認すれば、初稿の段階では存在しなかったキャストの名が追加されていた他、主役を務めるメルト以外のモデル達にも『友人A』と言ったものではなく固有のキャラクター名が振られており、これだけの変更を実施するには相応の期間と調整が必要なのだろう。
気になるのは、この追加されたキャストについてである。
その内の一人_星野アクアという青年についてはまだ理解出来た。
ヒロイン役の有馬かなによると、彼女と同様子役としても活動していたらしく、その時点で芸能界におけるキャリアが自分達とは比べ物にもならない事は認めざるを得ない。
彼の役所は、原作において時折出現するヒロインのストーカー役なのだが、どうやら彼はこの役の為に追加された様なのだ。
と言うのも、最初の段階ではモデル仲間の一人が割り当てられていたが、それに対して難色を示していたのを憶えている。
メルト自身、好き好んでストーカーの役を演じるかと聞かれれば否と答えるし、そういった感情を抜きにしてもストーカー_普通とは言えない状態の人間を演じる事の難しさは素人ながらに理解しているつもりでいた。
そんな中で作中屈指のシリアスな役として、ヒロイン役のかなとも知己の関係である彼に白羽の矢が立つのは自然な流れと言えるだろう。
問題は、今自分達の前に立つアフロの男性の方だ。
人並外れた巨軀とサングラスが相まって威圧感が凄まじいが、そんな事よりも先程彼から浴びせられた一言に、思わず思考が停止してしまった。
「今、何つったんすか...?」
流石に明らかに目上の人間である為、メルトも拙いながらに何とか敬意を示そうとするものの、その声は怒り故か震えたものとなっている。
周囲のモデル仲間達も口にこそ出さないが同じ様な感情を抱いている事はハッキリと伝わってくるが、その男性はそんな彼らの感情を蹂躙するかの如く再び言葉を投げ掛けた。
「聞こえなかったのか...?
やる気がねぇんなら迷惑だから帰れって言ったんだ。
このままじゃ、お前らの事務所の評判悪くするだけだろ。」
「んだと...。 急に出てきた奴に何でそんな事言われなきゃならねぇんだ!
大体、俺らにやる気が有るかなんて何でアンタに分かんだよ⁉︎」
「ちょっ...、ちょっとおじさん...!
メルト君もそんな喧嘩腰じゃ駄目だって...!
アクアも何とか言ってよ!」
両者の険悪な雰囲気に、堪らず仲裁を図ろうとするかな。
彼女から見れば、自身が信頼するアフロの男性_ボーボボがここまで他人と衝突する姿を初めて見る事も有るが、この場において最もキャリアの長い者として、撮影開始前から現場の空気を悪くする事は可能な限り避けたい。
一役者として、メルト達のキャスティングに思う所は有るが、そんな事はこの現場に限った話ではないのだ。
より自分側に近いだろうアクアにも、仲裁の助力を請おうとした時、他ならぬボーボボから彼女へと声が掛かる。
「かな...、コイツらの内の誰だかが主役なんだよな...。」
「えっ...、そ、そうね...。
丁度真ん中にいるメルト君が、主人公のカナタ役になるわ...。」
「あぁ、お前がそうなのか...。
まずお前に聞くが、主役としての...、座長としての自覚が全く感じられねぇのはどういう事だ?」
かなからの回答によりメルトへと視線を向けると、一層声を低くしたボーボボが彼の仕事に対する姿勢を問う。
先程かなから声を掛けられたアクアも、メルト達の態度に思う所が有るのか静観を選んでいる様だ。
「座長って...。
この現場じゃあ、どう考えたってかなちゃんがそういう立場だろ...?
別に俺らだって素人って自覚は有るし、そんな出しゃばるつもりはねぇよ...。」
「その...、おじさん...。
来る途中にも説明したけど、メルト君達は演技未経験なの...。
だから多少は目を瞑ってあげても...。」
メルトの考えの是非は兎も角、かなも初期の段階で唯一と言っていい演技経験者である事から多少なりとも現場を纏めようという考えが有るのか、彼らに対するフォローを語るが。
「かな...、俺が言ってんのはそういう事じゃねぇんだ...。
実際、お前が仕切った方がスタッフの人達もやりやすいのは有るだろう...。
だが、せめて同じモデル仲間の先頭に立って少しでも良い演技にしようと頑張る事は出来るんじゃねぇか?」
「有馬...、今回は俺もボーボボさんに賛成だ...。
さっきのそいつらの本読みの芝居は、最初の顔合わせから全く変化が見られない。
お前がそいつらにしたって言うアドバイスが、少しでも活かされてると感じたか?」
ボーボボとしても、メルト達の言い分を全否定するつもりは無い。
彼女の説明を聞いてきた彼自身、アイやヒカルと関わってきた経験から、業界における経験の有無が素人が思う以上に差を生む事は聞き及んでいた。
事実、彼もメルトの立場になれば実質的な中心の座はかなに譲らざるを得なくなるだろうと考えている。
然りとて、素人も素人なりに出来る事は有るだろう。
演技力が急激に向上する等という都合の良い事態は起こり得ないが、先達の助言を実施するだけでも付け焼き刃程度の効果は期待出来よう。
事実、初回の顔合わせの折にかなは彼らに対して、声の出し方や原作における重要なシーンを伝える等、最低限準備が可能だろう部分をかい摘んで説明していたのだ。
それが全く変化が見られない所か、追加された自分達の役名が以前とどう変化しているのかの反応すら見られないようでは、『やる気がない』と捉えられても致し方あるまい。
「...くっ、別に俺らだって自分からやりたいとか言った訳じゃねぇし...。
そんなに気に入らねぇって言うんだったら、アンタらでやりゃあいいだろ!
そこの変な奴らとか使えばいいじゃねぇか!」
ボーボボ達からの指摘に返す言葉が無いのか、自分達の意欲の無さを正当化しようとするメルト。
非常に苦しい言い分である自覚が有る故か、自ら指差した者達を『変な奴ら』呼ばわりしているが。
「私は『変な奴』ではない。
つくね次郎でござんす。」
「つくね次郎⁉︎」
「僕はね、探求者なんだ...。
僕は...、僕は...、完璧が好きなんだ...。」
「こっちは何だ⁉︎ モデラーなのか⁉︎」
そこでは、おでんのネタの様に串に刺され、二つの巨大なつくねに挟まれたつくね次郎こと首領パッチと、『今日は甘口で』のヒロインのプラモデルのディテールに今一つ納得がいっていない様子のプラモ名人・天の助が、相変わらずの奇行を行なっていた。
「いや、その人達はちょっと...。
台詞覚えられなさそうだし...。」
「ハァ⁉︎ アンタ何調子乗っちゃってんのよ!
ヒロインの座は私のものなんだからね‼︎」
「ハイハイ、首領パッチさんはあっちでこれ観てて下さいね。」
「ヤダ、これって限定品の『ブリの生態』じゃない⁉︎
もう、アクア君ってばこういうの有るなら早く出してよね‼︎」
「バカが静かになった所で話を戻すが...。
お前ら、かなの気遣いも全く理解出来てねぇんだな。」
一度注目を集めたかと思えば、嵐の様に騒ぎ、アクアから渡された謎のDVDを片手に部屋の隅へと移動したバカを見送ると、ボーボボが自身の考えるメルト達の問題点を指摘する。
尤も、その言葉だけでは彼の意図をメルト達も掴みきれていない様子だが。
「気遣いって...。
かなちゃんには悪いけど、俺らがそれをやったとして、実際どんだけ変化が有るんすか...。
俺らだって、自分が素人だって事位は理解してますよ...。
でもしょうがないじゃないですか...。
上の人達が、勝手に俺らを入れたんですし...。
演技のレッスン受けろとか言われた事なんて一回も無いんすよ...。」
「成程...、そういう考えな訳か。」
首領パッチ達の奇行が功を奏したのか、双方共に言葉の勢いに落ち着きが見え始め、ボーボボの方もメルト達なりに苦悩を抱えている事を察する。
彼らからすれば、経験はおろかその道の指導すら受けていない状態で『仕事だから』と撮影に参加しても、前向きに取り組むのは難しいだろう。
メルトに限らず、彼らの中にはどこか『自分からやりたいと言った訳ではない』という予防線が張られているのやもしれない。
「だがよ...、事務所が今のお前らに求めてるのが『この仕事』なら、それをやりたくねぇって言うのは甘えになるんじゃねぇか?
世の中、皆がやりたい事だけやって生きていける訳じゃねぇだろ。
寧ろ今のお前らなんて、資格も無けりゃ実績も無い、『何も生み出せない存在』だってのに仕事を振って貰えてるだけ恵まれてる方だと思うがな...。」
「お前らも、素人がドラマや映画に出たりしてるのを観た時、『何でこんなヘタクソ使うんだ』って思わなかったか?
有馬は少しでも...、観てる人が『この人達も素人なりに頑張ってるんだ』って思ってくれる様にしたかったんだろ...。
それがそんな態度じゃ、ボーボボさんじゃなくても怒りたくなる。」
ボーボボに続けて語られたアクアの言葉に、いよいよメルト達も何も返せなくなってしまった。
ボーボボの言葉だけであれば、『口うるさい大人の説教』として受け流せたかもしれないが、よりにもよって同年代の同性たるアクアの弁は、彼ら自身が過去に感じた経験を想起させるだけに余計に耳が痛い。
「だったら...、だったら放っとけばいいじゃねぇか!
この状況で原作のファンからも業界からも嫌われるのは俺らだろ⁉︎
こっちからすりゃ、ちょっとくらい相手にされなくなる方が気が楽なんだよ!」
それに対するメルトの悲鳴の様な叫びが部屋に木霊する。
誰が自分達を持ち上げろと頼んだ_
ただ容姿がいいだけの人間を持て囃したのは周りの人間だろう_
勝手に期待して、勝手に失望する方が余程傲慢ではないか_
生まれ持ったものだけが評価の軸とされてきてしまった故に歪んだ少年の慟哭に対して、二人の人物が前に出る。
「『相手にされなくていい』なんて、本気で言っているのか?」
「私達の前でそんな台詞を吐くなんて、いい度胸じゃない...。」
「えっ...?」
「世の中には話を聞いて欲しくても、相手にすらされないヤツだっているんだぞー‼︎‼︎」
(絶大な説得力だー‼︎)
「これは...。
フッ、かなと天の助の想いが共鳴したようだな。」
「ボーボボ‼︎
久しぶりに行くぜ‼︎‼︎」
「おじさん、天の助さん‼︎
私の想いも一緒に使って‼︎」
(さぁ、融合だ‼︎‼︎)
「それで、二人の体が光ったかと思ったら、あのお兄さんが現れたんです。」
「待って、待って...、意味が分からない...。」
高峯から事のあらましを聞き終えた鏑木だが、その脳内は変わらず混乱の只中にあった。
途中迄の彼らの衝突についてはまだしも、つくね次郎とやらが現れてから急に雲行きが怪しくなり、挙げ句の果てに融合等という漫画の様な超展開だ。
取り急ぎ確認すべきは、その融合によって現れた件の青年に、ボーボボと天の助_せめてどちらかの意識が残っているのか、はたまた見た目通り全くの別人となってしまったのかだろう。
特に後者の場合、青年がどの様な思考回路なのかすら予測がつかないのが厄介だ。
先の言葉と雰囲気から、メルト達に不手際が無ければ何とか対話によるコミュニケーションが可能な様に思えるが。
すると徐に青年が、どこからか電話帳を取り出す。
「僕は...、争いを好まないんだー‼︎
話し合いで解決しようよ!」
(...取り敢えず、これなら落ち着いたコミュニケーションが出来そうかな...?)
「...分かったよ。
取り敢えず、アンタの話を聞いてみ...、ん⁉︎」
手にした電話帳を破いた謎の行動は兎も角、青年からの積極的な対話の姿勢が見て取れる故だったのだろう。
青年が振りかぶった右手の装飾品から、何やら噴射口の様なものなせり上がったかと思うと。
『
辛うじてその拳を避けたメルトの顔面が有った場所には、後ろの壁が受け止めたのだろう強烈な衝撃の奔流が過ぎ去る。
全くもって言動が一致しない青年に、周囲の面々も困惑した様子だ。
「えっ⁉︎ ちょっ...、話し合いは⁉︎
何この人? 何なのこの人⁉︎」
「僕の名は天ボボ。
争いは嫌いです。」
真説の後なのに何でノーマル天ボボなの?ってツッコミは勘弁してください...。