推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:61駆け出し

 風が靡き、とある女性の前を桜の花びらが通り過ぎていく。

 風が吹いてくる方へと目を向ければ、見事な桜並木が風に揺られ、その美しい花びらを散らしていた。

 パソコンやテレビの画面越しであろうが、今の様に直接目にしていようが、間違いなく毎年見ている光景である筈なのだが、それでもその光景に情緒を感じるのは自分が日本人故なのかと女性は思う。

 

(もう桜の季節だもんな...。)

 

 年齢を重ねる毎に体感での時間の過ぎ方はどんどん早くなるとはよく聞く話だが、女性も例に漏れず既に一年間の内の四分の一が過ぎようとしている事に驚愕してしまう。

 これでも昔よりは彼女の一日のスケジュールにもゆとりが生まれている方なのだが、感性が衰えているのだろう事を否応なく自覚させられる。

 桜の咲く季節は大凡3月中旬頃からである為か、それ自体に季節や年度の変わり目を感じる者も多いだろう。

 学校等は特に学年の変化や入学、卒業と出会いと別れを意識させられるか。

 

 そして女性の胸中も、不安と共に少しばかりの期待に包まれていた。

 彼女が今から向かう場所には、『新たな出会い』が待っているとも、『大切な者達との再会』が待っているとも、そして『その大切な者達が無惨な姿で晒される光景』が待っているとも言える。

 何とも形容し難い感情である事は彼女自身も自覚しているが、今の自分の感情を無理矢理言語化しようとすると、そう言う他ないのだ。

 

「先生、時間にはまだ余裕が有ります。

 体調が優れない様でしたら、少し休憩していきましょうか?」

 

 そんな考えに耽っていると、道中を共にしてきた男性が声を掛けてくる。

 彼とは仕事の関係上非常に長い付き合いである為か、些細な変化にもよく気付かれるのだ。

 そんな彼からすれば、自身の顔が強張って見えたのだろう事は想像に難くない。

 

「ありがとう、大丈夫ですよ...。

 正直、不安と緊張は有りますけど...。

 それでも、私の作品をあれだけ熱心に読んでくださる方が関わっていらっしゃる事も分かっていますから。」

 

 思い起こされるのは、以前自身の仕事場を訪れてきた二人の人物。

 一クリエイターとして、二人の熱意を感じ取ったからこそ、二人の提案を受け入れ、より良いものが作れればと協力したのだから。

 彼女_吉祥寺頼子は、自身にとって最大のヒット作『今日は甘口で』の実写ドラマ撮影の現場へと向かう中、その二人が訪問してきた時の事を思い出す。

 

 

 

 時計の針は、ドラマ版『今日は甘口で』の脚本を担当する高峯が、彼女の古巣に当たる苺プロを訪れた少し後迄遡る。

 

「吉祥寺先生。

 改めて、本日はお忙しい中お時間をいただき、誠にありがとうございます。」

 

「いえ、こちらこそ態々ご足労いただいて...。」

 

 自身に頭を下げる女性_高峯の顔に何か思う所が有ったのか、彼女の挨拶に対する返答の途中で言い淀む吉祥寺。

 これには高峯の側も要因が分からず困惑した様子だ。

 

「せ、先生...。

 高峯さんに失礼ですよ...。」

 

「あっ、そ、そうですね...!

 すいません、高峯さんのお顔に少々見覚えが有ったものでつい...。」

 

 堪らずフォローを入れた吉祥寺の担当編集者の指摘により、今度は彼女の方が頭を下げる。

 彼女自身の性格に加えて、これから自分達が話すであろう内容を考えれば、可能な限り和やかな雰囲気で話を進めたいのが正直な所であるだけに、いきなり礼を逸した態度を見せては咎められて然るべきであろう。

 すると、ここまで黙っていた高峯の隣に座る男性が、スマートフォンの画面を吉祥寺達へと差し出す。

 

「先生が言ってるのは『コレ』の事じゃねぇか?」

 

「えっ...、ああ!

 B小町の『たかみー』‼︎ えっ、ホントですか⁉︎」

 

「ハ、ハイ...。

 あの...、先生と比べたら大したことない者ですので、そんなに大袈裟に捉えないでいただけると...。」

 

 高峯本人からの要望もあり、少しずつ落ち着きを取り戻す吉祥寺達だが、そうは言っても驚きを隠せない様子だ。

 所謂『直撃世代』ではないものの、B小町が初めてテレビ出演して以降に紹介されたサクセスストーリーに関しては、彼女も物語の作者として感銘を受けた覚えがある。

 そんな『画面の向こう側で輝いている人』の一人であった人物が、予期せぬ形で自分の目の前に現れたのだからその驚きも致し方ないものだろう。

 高峯の方も、昔の自分の姿を出された事には複雑な表情だが、結果的に幾分和やかな雰囲気になった事もあり、ボーボボに対して感謝の感情も見て取れる。

 

「ンンッ...。 失礼しました。

 それで、今日は例のドラマの件で相談があるとの事でしたが、どういった内容でしょう...?

 私もメディアミックスのお話は何度かいただいた事が有りますが、脚本家の方と直接お話しするというのは珍しい事だとお聞きしておりますが...。」

 

 佇まいを改めつつ、吉祥寺が高峯達の訪問の意図を問い掛ける。

 彼女の手掛けた人気少女漫画『今日は甘口で』の実写ドラマの企画については当然彼女も承知しており、メインキャストが固まった所迄は話を聞いていた。

 並行して脚本の確認を行なっていただけに、件のドラマの脚本を担当している高峯が訪問してきた理由も、そのドラマに関連したものだろうと踏んでいるが、如何せん脚本家と原作者が直接製作会議を行うというのはそうはない事と聞き及んでいる故に、その通例を破る高峯の行動に嫌な予感を感じてしまう。

 と言うのも、互いの社会的立場を鑑みた時、本来ならその作業内容に原作者側が満足出来なかったとして、その言葉をそっくりそのまま脚本家へと伝えるのは不可能に近い。

 双方の間には担当編集者、作品展開のライツ管理者、プロデューサー、場合によっては脚本家のマネージャー等が名を連ねる形となり、言葉のニュアンスがある程度丁寧に修正されてしまう事も相まって最早伝言ゲームの様相を呈する。

 吉祥寺自身は、本人の性格もあってか基本的には門外漢として静観するスタンスを取っているが、作品によっては原作者と脚本家の衝突する話は耳にしていた。

 

「仰る通り、本来こうして直接お話をさせていただくというのは、通例とは異なります...。

 そもそも、原作者の方から見れば、自分の創り上げた世界を勝手にいじられるのは不愉快でしょうし、だからこそメディアミックスであろうと素人の二次創作であろうと、原作に対するリスペクトを欠いてはならないと私は思います...。

 そういった意味では、私は先日先生に初稿の脚本を確認いただいた今、罵詈雑言を言われても仕方がないものと考えてこの場におります...。」

 

 そう言い再び頭を下げた高峯の姿に、どう反応したものかと逡巡する吉祥寺。

 事実、彼女にも送られてきた脚本に対して思う所は有ったものの、然りとてその時のやるせなさを高峯にぶつけた所でどうにもならない問題である事も承知している故に。

 

「...送っていただいた脚本を確認させていただいて...、正直色々と察する所は有りました...。

 ですが、だからと言って高峯さんを責めよう等とは思えません...。

 全6話との事でしたが、それで14巻分の話を纏めるのは原作者の私でも無理だと思います。」

 

 そう彼女が語った様に、今回の仕事は一クリエイターとしての目線で考えれば無茶苦茶と言わざるを得ない。

 続編の製作予定が無い事から、吉祥寺も高峯の立場であったらどうにかして6話という尺の中に14巻分の話を詰め込むのが仕事だと考える。

 そうなると最早、全編が薄っぺらい総集編の様になる為、現実的には原作の重要なエピソードを無理矢理繋ぎ合わせる事になるだろう。

 その意味では、高峯の作業は苦心しながらもどうにか作品の名場面を際立たせようとしている事が窺えるものだった。

 

「ありがとうございます...。

 ですが...、その...、そこから更に改稿を余儀なくされてしまいまして...。」

 

 その言葉を聞いた吉祥寺としては、その内容よりも彼女が言い淀んでしまった事実が気になる所だ。

 そもそも高峯が訪問してくる時点で、その脚本に関する相談なのだろう事は明らかであるのだから、今更原作者に気を遣う段階ではない様に思えるのだ。

 初稿の段階で言いたい事を堪えていた彼女からすれば、本音を言えば企画自体の見直しを願い出たい所である為、その脚本を担当させられてしまった高峯へ多少なりとも配慮出来る自信はある。

 

「高峯、ここはもう正直に言っちまうしかないだろう...。

 最早脚本を少しいじる位でどうにかなる状態じゃないってな...。」

 

「...そんなに大変な状況なんですか?

 正直、あれを直すと言われても何をどう修正するのか見当もつきませんが...。」

 

 代わって答えたボーボボの言葉に困惑を隠せない様子の吉祥寺。

 高峯含めた製作現場にどういった要望が届いているのかは分からないが、彼女自身が確認したものの修正について軽く頭を巡らせても妙案等浮かびようがないのが正直な所だ。

 良い方向に考えれば、ドラマ化する範囲を制限する等クオリティを上げる為の大幅な修正という線も一応は有るだろうが、一方でそんな方向には転ばないだろう事も彼女なりに覚悟は出来ている。

 

「分かりました...。

 それではまず、こちらをご覧ください...。」

 

 果たして、二人の言葉に意を決した様子の高峯が吉祥寺へと見せたのは、先日彼女がかつての上司達へと見せた映像であった。

 

 

 

「...この方々全員に見せ場を作れと...。

 こう言っては身も蓋もないかもしれませんが、何故『今日あま』を原作に選んだんでしょう...?

 このモデルの方々のファン層が重なっているとは思えないですし、いっその事一からオリジナル作品を作ってしまう方が余程融通がきくかと思うのですが...。」

 

 高峯から映像と共に大凡の事情を聞いた吉祥寺だが、高峯側が正直に実情を明かした事も重なってか企画そのものへの疑問を口にしてしまう。

 彼女自身がモデル業界についての知識が疎い事を差し引いても、10代の若手モデルのファン層と完結してから何年も経過している『今日は甘口で』の読者層が重なるとは思えない故に、素人ながらに企画のターゲットをどこに定めているのかが分からないのだ。

 仮にモデル達を売り出したいと言うのなら、『今日は甘口で』の様なファン歴の長い者が多い作品を選ばずとも、最初から『そういうもの』として作られたオリジナル作品を打ち出した方が余程明確な狙いが有る様に思える。

 

「先生の仰る事もごもっともです...。

 これは推測になりますが、純粋なモデルのファン層だけでなく、あわよくば以前『今日あま』を読んでいた親世代も取り込めればという狙いが有るのではないでしょうか...。」

 

 対する高峯の語った内容に、吉祥寺も同じサブカルチャーの界隈と言える特撮業界の主演俳優等が『イケメン俳優』として取り沙汰されていた頃を思い出す。

 彼女の同級生の中には、結婚し子供を儲けている者もおり、そういった者達の話から『親と子供が同じ番組を楽しむ』という話を聞き及んでいたのだ。

 その時には苦笑いと共に受け流すしかなかったものの、確かに視聴者の親子両世代から支持を得る事のメリットは、売り出し中の若手にとっては計り知れないものと言わざるを得ない。

 その観点で言えば、所謂『今日あま』直撃世代の大人とモデル達を応援する現役世代で親子関係になる者が増えており、その両獲りを目論んだと言った所か。

 

「兎に角、上のオーダーに応える都合上、ある程度設定を練ったキャラクターを追加する必要があります。

 実は、こちらのボーボボさんもその一環として作品に出演していただく予定なんです。」

 

「そ...、そうなんですか...。

 えっと...、因みにどういった役柄の予定なんでしょう?」

 

「一応、教師役って話を聞いてる。

 原作より教室内でのシーンを増やして、自然とスポットライトが当たる様にしたいらしい。」

 

 高峯からの、彼女の隣の大男がドラマに出演するという話には流石に吉祥寺も困惑を隠せない様子だが、彼自身の言葉と高峯の語った思惑から今回の彼女からの相談内容に当たりをつけていく。

 成程、彼女曰くの上からの要望は『演技未経験のモデル達全員にスポットライトが当たる機会を設ける事』であり、ドラマ内における役柄迄は指定されていない。

 これならば、主人公『カナタ』の恋敵から友人、或いは作中におけるコメディリリーフ等の差別化を図る事で、『原作のモブキャラが実はこんな人だった』という塩梅に落とし込む事が出来る。

 

「つまり、今回お越しになったのは、そのキャラの大まかな設定と新しい脚本を作るに当たっての場面の選別ですね...?」

 

「流石のご推察です...。

 何分、サブキャラクターと主人公の絡みに尺を割かねばならない都合上、どうしても学校内での描写が多い序盤の巻から場面を選んでいっているのですが、それではどうやってもドラマ全体の盛り上がりに欠けてしまうんです...。」

 

「一話毎に二人『処理』していくとしてもニ、三話持ってかれるからな...。」

 

 苦しい実情を語ると共に高峯が鞄から取り出したのは、原作の単行本の1から3巻であった。

 そこには何枚もの付箋が貼られており、彼女なりにエピソードの選別に苦心した事が窺える。

 とはいえ、そもそも単行本全14巻を大雑把に『起承転結』で分けた時、彼女が手にしているものの中身は良くて起から承に入るかと言った所だ。

 しかもそんな部分に少なく見積もっても尺の半分近くを使う様では、ボーボボでなくとも辛辣な言い方になってしまうだろう。

 先程見せられたモデル達の力量と、全6話という尺に描写に当たっての条件を加味し、吉祥寺が原作者として率直な意見を言い放つ。

 

「うーん、そうですねぇ...。

 高峯さん...、これはもう、一度諦めましょうか。」

 

「えっ...。」

 

 余りにも予想外だったのか、吉祥寺の言葉に素っ頓狂な声を漏らしてしまう高峯。

 実際、今の状況に匙を投げたくなる気持ちは彼女にも痛い程分かるのだが、それにしては声のトーンからして吉祥寺から前向きな意志が感じ取れるのだ。

 

「これは私のアシスタントの子達を見てきた経験からなんですが、真面目な話を作る人は描写が丁寧な分、あれもこれもと全てを真面目に描こうとする傾向が有るんです。

 そういう意味では、高峯さんから最初にいただいた脚本も、全体の中から外せないエピソードを選びつつも、所々に他のエピソードの内容を示唆する様な描写が見受けられました。

 あれも良く言えばファンサービスと捉えられるでしょうが、新規お断りと言われてしまう可能性も有りますね。」

 

「うっ...、それは...。」

 

 吉祥寺からの言葉にぐうの音も出ない様子の高峯だが、吉祥寺としても彼女を貶す意図はない。

 寧ろ、彼女の仕事に原作をよく読み込んでいる事が感じられたからこそ、今回の訪問にしても彼女に多少なりとも手を貸したいと考えたのだ。

 

「ですが、現実としてこの条件を完璧に遂行するのは、原作者である私でも不可能だと言わざるを得ません...。

 なので、ドラマで再現する範囲を...、例えばここ。

 カナタとストーカーが対峙するシーンをクライマックスに持ってきましょう。」

 

 続けて語られた吉祥寺の案に、高峯も膝を打つ思いと共に全体の構成の見直しを脳内で急速に進めていく。

 作中全体で見ればターニングポイントとなる場面は、言い換えれば一つの区切りと言える。

 作品全体の起承転結を考えるのではなく、物語の区切りに向けた起承転結を考えるのであれば、自ずと原作から選び取るエピソードの候補を絞る事が出来よう。

 何より、『原作者の意向』はどんな敏腕プロデューサーであってもそうそう無碍には出来ないものだ。

 

「ゴールが一応定まったとして...。

 モデルの子達の役柄はどうしましょうか...。

 メインの二人と一緒にいるシーンを作ってもノイズになってしまいそうですが...。」

 

「ふふ...、高峯さんは本当に生真面目なんですね。

 では、パラレルアクションはご存知ですか?」

 

「それは勿論...。

 あっ、そういう事か!」

 

「...二人で納得してる所に悪いんだが、そのパラレルなんたらってのは何なんだ...?

 高峯も知ってるって事は、業界じゃそんなに珍しい単語って訳じゃなさそうだが...。」

 

 吉祥寺の案を基に、今度はモデル達の見せ場をどう作るべきかと思案する高峯。

 成程、彼女の提案は丁度ヒロインが主人公に対して恋心を抱く場面であり、ある意味では全体の尺の短さを利用して続編への期待を煽る事も出来るだろう。

 考える範囲が定まった所で、今度はそこまでの過程にモデル達をどう組み込むかを思案する。

 そんな彼女の『クソ真面目』な姿勢に笑みを浮かべつつ、尺が限られた中での妥協案を吉祥寺が提示した。

 個別にやる時間がないなら同時にやってしまえばいいのだ_と。

 

「パラレルアクションというのは、何か違う事を同時に並行して行う運動の事です。

 例えば、両手で違う動きをする、とかですね。

 ここから転じて、複数の視点による描写を同時並行で進める事を言うんです。

 所謂、『一方その頃』っていう言い回しが分かりやすいでしょうか。」

 

「つまり、先生はこの『ストーカーとの対峙シーン』というクライマックスに向けて、日常パートと本筋を進めるパートを並行してやればいいとお考えなんです。

 これなら、主人公とヒロイン双方の描写に会話相手として他のモデルの子達を混ぜつつ全体の話を進める事が出来ます。

 ...正直、ありふれた手法なのに言われる迄気付けなかったのはお恥ずかしい限りですが...。」

 

 二人からの説明により、ボーボボも彼女達の把握した様子だが、やはり高峯としては吉祥寺に言われる迄、その発想に至らなかった事が相当悔しそうな様子だ。

 苦境に立たされた中で思考が固くなってしまった故なのだろうが、冷静に考えれば_それこそ『今日は甘口で』を読み直す中でも幾度となく登場する手法を失念していては、話を構成する人間として赤面してしまうのだろう。

 

「フッ、これは高峯にとっても良い経験になったんじゃねぇか?

 最高のお手本の前なら、どんな間違いも指摘してくれるだろ。」

 

「最高のお手本の前だからですよ...!

 ああもう、先生を前にしてこんな基本的な事を忘れちゃうなんて...。」

 

「ふふ、寧ろ今の内だからですよ。

 これでそれなりのキャリアが有って、原作者が癖の強い人だったら大変なんですから。」

 

 高峯の言葉に、吉祥寺がかつての自身のアシスタントであった漫画家を思い出しつつフォローを入れるが、実際の所こういったすれ違いにどんな反応をされるかは当人同士の人間性に依ってしまうだろう。

 事実、今回の様な脚本家と原作者が直接話し合う事が忌避されがちなのは、その状況で衝突してしまった場合、いよいよ周囲がフォローすら出来ない程に関係が悪化する危険性を秘めている故だ。

 それこそ、吉祥寺の言う『癖の強い人』の場合、往々にしてその才能とプロフェッショナリズムを他人にも求めてしまい、立場の違いによる溝を埋められない事例も発生してしまう。

 

「そうですね...。

 申し訳ありません、先生...。

 シーンの選別作業の前にお手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、どうぞ。

 廊下に出たら左に行って貰えれば、給湯室の手前に見えてきますので。」

 

 本格的に作業に移る前に一度頭を冷やしたいのだろう高峯が席を外すと、ボーボボが鞄から色紙を取り出す。

 

「先生、アイツに一つサインを書いてやってくれねぇか?

 あれで、先生と直接会えるってんで、ずっと緊張してたんだ。

 初めての仕事だから、ずっと気を張りっぱなしだと思ってよ。」

 

「あら、お優しいですね。

 私なんかので良ければいくらでも書きますよ。

 ...もしかして、その為にボーボボさんもお越しに?」

 

 色紙にサインを書きつつ、ボーボボの同行の理由が単なる荷物持ちだけではない様に思えた吉祥寺が二人の関係性を微笑ましく思う。

 彼らがどの程度の付き合いなのかは分からないが、互いに砕けた態度で話す様子を見るに、或いはB小町現役当時から彼女を見守ってきた可能性も考えられる。

 するとボーボボの特徴的なアフロが二つに割れ、彼が中から取り出したものは彼女にとっても見覚えのある代物であった。

 

「それもあるが...、実は俺も先生にサインを書いて欲しくてよ...。

 迷惑じゃなければ、コイツにお願いしたい。」

 

(...アフロの事は触れない方がいいかしら...。)

「えっ、これって...。

 わぁ、嬉しいやら恥ずかしいやら...。」

 

 アフロの事が気になりつつも、自分だけでは処理しきれなさそうだと判断したのか、彼が取り出したものに集中するとそれは彼女が『今日は甘口で』を作る前に手掛けた作品_『魔女っ子清美ちゃん』のコミカライズ版であった。

 彼女の評価が上昇した一因として、当時若手でありながらも見事に『清美ちゃん』を描き切った画力の高さを認められた背景があった。

 とは言え、彼女から見ればまだまだ未熟であった頃に様々な縁が重なって参加する事が出来た作品であり、嬉しさと同時に未熟な自分を見せられる様な恥ずかしさも感じてしまう。

 それは正しく、今の高峯の状況と重なる。

 

(初心を忘れない、か...。 私も人にどうこう言ってる場合じゃないな...。)

 

 例え立場の違いからすれ違ったとしても、クリエイターという人種はどこかで相通ずる部分がきっと有るのだろう。

 『作品を良くしたい』という想いが無い者の言葉が全く心に響かない事を、人気漫画家_吉祥寺頼子は再認識する。

 

 

 

「先生、見えてきましたよ。」

 

「ええ...、あのアフロはボーボボさんでしょうか。

 あれは準備体操か何かかしら...?」

 

 目的地に着いた事を報せる担当編集者の声に思考を中断した吉祥寺が目を向ければ、撮影に使用される学校の校庭にて件のアフロの男性と共に複数名が校庭で何かをしている光景が目に入ってくる。

 体や喉の調子を確かめる意図が有るのかと彼女が推察するが。

 

「プル...コギ...。」

 

「プル...コギ...。」

 

「プル...コギ...。」

 

(何してんの、この人達‼︎⁉︎)

 

 両手を突き出し、謎の掛け声と共に謎の踊りの様なものを続けるボーボボとキャスト陣。

 よく見ればその中には、彼女にとっても見覚えのある『有馬かな』の姿も見て取れた。

 とはいえ、見ようによっては呪いの儀式にも思える謎の行動に困惑を隠せない。

 すると、徐にボーボボがとある一人の少年へと近寄っていく。

 

「コギ...プル...、コギ...プル...。」

 

「おい、お前全然出来てねぇな...。」

 

(今のは出来てない事になるんだ...。)

 

「あ...、あ...。

 すいません、おやっさん‼︎‼︎

 昨日俺、台詞の復習に必死で予習出来なくて...。

 それで...、すいません‼︎‼︎」

 

(いや、全然それで良いと思う...。)

 

 ボーボボからの指摘に必死に頭を下げるその少年だが、彼の言い分を聞くに、何故彼が謝らなければならないのかが理解出来ない吉祥寺。

 よく見れば、その少年は主人公のカナタを演じると聞かされていた者であり、いよいよ撮影開始前日というタイミングでは少しでも自身の演技を見直しておきたい気持ちは十分に理解出来る。

 すると、少年の頭にボーボボの手が置かれ、次はどんな事を言われるのかと少年が体を震わせるが。

 

「はうあっ‼︎‼︎」

 

(うわっ...、凄い声...。)

 

「先生が来たみたいだぜ。」

 

「えっ?」

 

「主役なんだ、挨拶しとけよ。」

 

「かたじけねぇ...、かたじけねぇ...。」

 

(...この人達で大丈夫なのかな...。)

 

 自身の背後にいる吉祥寺を指差しつつ、主役として原作者への挨拶を促すボーボボと、それに対して涙を流しつつ感謝の言葉を述べる少年。

 正味、ボーボボの謎の行動のせいで周りが見えなくなってしまったとしか思えないのだが、モデル達はおろか有馬かなすらそれを指摘する様子がない事に不安を強める吉祥寺に対し、件の少年が自身に声を掛けてきた事で、彼女も意識を少年へと向ける。

 

「あの...、はじめまして、吉祥寺先生...。

 『青野カナタ』役を務めさせていただきます、鳴嶋メルトです。」

 

「は...はい、はじめまして、吉祥寺です...。

 えっと...。」

 

 予想以上に丁寧な態度のメルトの姿に、失礼とは思いつつ面食らってしまう吉祥寺。

 少なくとも、以前高峯に見せられた初稿の読み合わせの時とは違う真剣な態度は認めざるを得ない。

 気になるのは、挨拶に際して頭を下げてからずっと神妙な面持ちのままである事だが。

 

「その...、もしかすると先生も既にご存知かもしれませんが...。

 僕やあそこにいるモデル達は全員、演技経験の無い素人です...。

 ですので...、言い訳に聞こえてしまうと思いますが、僕らが先生の作品やカナタ達の魅力を表現出来るとは思えません...。

 それでも、皆さんの力を借りて僕らなりに精一杯やらせていただくつもりです!

 その...、それだけは...、お伝えしておきたかったんです...。」

 

 そんな言葉と共に再び頭を下げたメルトに、どう返したものかと吉祥寺も頭を悩ませる。

 仕事なのだから言い訳等するなとでも言える態度なら気が楽なのだが、こうも真面目ではそういった指摘はし難い。

 高峯から、今回のキャスティングについて様々な思惑が絡んでいる事を聞いていた事も重なり、彼自身に憤りを感じてはいないのが実情なのだが、とはいえそれを伝えた所でメルトからすれば何の気休めにもならないだろう。

 そこで彼女も、彼に合わせ自身のクリエイターとしての考えを率直に口にする。

 大人の思惑に潰されないで欲しい_と。

 

「これは、一クリエイターとしての言葉として聴いていただきたいのですが。

 私も素人ながらに、同じ業界の方々のお話から実写のメディアミックスの難しさは理解しているつもりです...。

 それと、このドラマのキャスティングに、色々と芸能界の事情が絡んでいる事も...。」

 

 そこでメルトの体が僅かに揺れる。

 当然だろう。

 言外に、『大人の事情でお前の様な者が使われてるんだ』と言われた様なものだ。

 ましてや吉祥寺から見れば、『今日は甘口で』は自身最大のヒット作であり、その思い入れの強さたるやメルトのそれと比べるのも烏滸がましい。

 

「...クリエイターにとって、自分が生み出したキャラクターは、正に我が子の様な存在なんです。

 正直に申し上げれば、その自分が魂を込めて作ったキャラクターを専門外の方が演じるという事に対し思う所は有ります...。

 ...ですから、『素人なりに頑張って下さってありがとうございます』とは言えませんし、鳴嶋さん達にそんな事を言いたくもありません。

 このドラマに鳴嶋さん達が選ばれた事の意味を示して下さる事を願っています。」

 

 そう語り、一度頭を下げると監督達スタッフの下へと向かっていく吉祥寺が離れても尚、メルトはその頭を上げる事は出来ない。

 駆け出しの俳優である彼には、まだ自分の顔に現れる悔しさと歯痒さを隠す事が出来ないのだから。

 すると彼の頭に大きな手が乗せられる。

 つい先程も同じ事をされたせいか、同じ人物のものなのだろう事が感覚で理解出来た。

 

「お前、そんな顔してて楽しいのか?」

 

 全く持って困ったものだ。

 悔しがる暇があったら全力で取り組め_そう言いたいのだろう。

 ならやってやらねばなるまい。

 鳴嶋メルトに求められているのは『楽しそうなイケメン』なのだから。

 

「それは俺の台詞っすよ!

 おやっさんこそ、急に鍋に入り出さないで下さいよ!」




 次話でかなを苺プロにブチ込んで、『今日あま』編終了予定です。
 というか、メルトと先生ばっかり書いててあっち全然目立ってないですね...。
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