「...申し訳...、ございません...。」
恋愛リアリティショー番組『今からガチ恋♡始めます』にてディレクターを務める男性_安立は、自身の前に座る二人の男性に対し、震える声と共に頭を下げる。
その行動は彼自身の意思によるものか、はたまた彼の前にいる男性達の存在感故なのだろうか。
「安立君、僕達は謝って欲しいんじゃない...。
何故こうなってしまったのかを説明して欲しいと言ったんだ。」
頭を下げる安立に対し、同番組のプロデューサーを務める鏑木が努めて冷静に声を掛け、自分達が望む行動を促す。
今、彼とその隣に座る人物が直面している問題を解決_とまでは行かずとも何とか鎮静化させる為には、残念ながら安立如きが謝罪してきた所で何も変わらないのだ。
『今ガチ』の出演者の一人、黒川あかねに対するバッシングに歯止めが効かない現状に、番組の公式SNSアカウントのコメント欄を一時閉鎖する事態に陥っている。
可及的速やかに事態を収束させる為に、まずは現場の状況を知り獲得した映像を視聴者へと届けた安立へ経緯の説明を求めたのだ。
「...あの時点で、あかね以外のキャストの立ち位置はほぼ固まっていました。
あそこからボーボボさん、軍艦さんと連動させられるのはあかねだけでしたので..._」
安立の言葉は手を翳した鏑木の姿を認めた事により中断させられる。
言うまでもなく、『待て』の意思表示。
更に失態を重ねてしまったのかと、身構える安立だが。
「あぁ、違うんだ。
そうじゃないんだよ、安立君...。
僕らが聞きたいのは、当時の君のディレクターとしての判断じゃない...。
『あたかもあかね君が軍艦さんと結託し、アクア君を閉じ込め、陥れようとした』様に見える放送内容となった理由を聞いているんだよ。」
「は...、そ、それは...、お手元にあります報告書に記載されているかと思いますが...。
ボーボボさん、軍艦さん双方にもご確認をいただいております...。」
先程よりも一層、言葉の圧を強くした鏑木の問いの意図が把握出来ない安立。
あかねの件が悪い方向に拡大してしまった事で、鏑木達は迅速に事態を把握すべく安立に対して一部始終の報告書の提出を命じた。
鏑木達が既に確認済みのその資料に目を落とせば、成程彼の言う通りボーボボ達のサインも記入されている。
「ふむ...、番組収録中の企画の一環として、軍艦さんが我流鼻毛真拳奥義『建築拳』という技を発動。
軍艦さん本人によると、技の発動と共にアクア君とあかね君を一時的に支配下に置き、最終的にはアクア君を拘束せしめたと。
ただし、技の威力自体は軍艦さん本人、ボーボボさん双方が認める程度には加減がされており、事実アクア君に衣装の汚れこそ付いたものの目立った外傷は確認されていない。
キャスト達がアクア君の拘束に気付いたタイミングで、一度隠れていた軍艦さんが姿を現しヒール役としての存在感を演出。
尚、同回収録開始前の企画説明の段階で、番組を盛り上げる為のヒール役が必要である事、及びそれをボーボボさん達が受け持つつもりである事は安立君にも了承を貰っていた_と有るね...。」
「は、はい...。
事実、企画開始時点で番組内でもお二人がヒール役である事を説明する為のテロップを表示しました...。」
報告書を読み上げる鏑木の姿に、安立は気が気でない状態であるが、それでも何とか説明を続ける。
自分はやれる事はやったのだ_と。
「うん、それは僕も確認したよ。
問題はそこじゃない。
放送された内容が、『キャスト達四人がアクア君の姿に驚愕し、アクア君が助けを求めるタイミング』で終了してしまったのは何故なのか...。
何故、あの一幕に関して『軍艦さんが主導となっている』旨の説明が無かったのか...。」
対する鏑木が、自らの聞かんとする内容を明確に語る。
即ち、放送された内容に対して、『建築拳』の使用者たる軍艦の意思が介在しているのか否かである。
「僕もその分野についてはからっきしだから、あくまで推測だけれど。
この『我流鼻毛真拳』とやらが、拳法や格闘技の一種だと仮定するとだ...。
いくら我流と言えど、それらの奥義ともなればそう簡単に詳細を明かす事が出来ない...。
それがあの描写に繋がったのではと考えたのだけれど、実際の所はどうなのかな?」
「そ、それは...。
...確かにその点について確認を怠ったのは私の落ち度です。
ですが、仮に軍艦さんから了承を貰い、例のシーンにテロップを表示したとしても、正味そこまで演出が変わるとは思えません...。」
自身の非については認めつつも、ディレクターとしての観点から放送される映像自体に然程変化は無いだろうと語る安立の考えが気になったのか、更なる言葉を促す鏑木。
彼から言わせれば、そのテロップ一つを表示しておくだけでも、視聴者のあかねに対する印象が良くなるかは兎も角、現状程悪化するとは考え難いのが実情だ。
『番組の仕掛けを使い、共演者を陥れた』のか、『番組側が用意した仕掛け人による騒動に巻き込まれるターゲット』なのかでは全く印象が異なる。
しかしながら、その彼とて決して現場に付きっきりという訳ではない。
あかねを含めたキャスト達をその目で見てきた時間は、安立の方が圧倒的に多いのだ。
自分の見ていない部分で、あかねとアクア、或いは他のキャスト達との軋轢が存在した可能性も否定出来ない。
「プロデューサーもご存知かと思いますが、あの時点で番組の人気の中心になっていたのはゆきとノブユキです...。
人気が高い者から尺が長くなっていくのは当然の事ですし、事実あの企画内でのケンゴを含めた三人の動きは十分な撮れ高でした。
...しかしそれでは、企画をやる前と何も変わっていません!
折角外から協力者が現れたと言うのにですよ!
そんな時にあの状況が生まれたんです!
『これは使える』と思いました!
あれを活かせば、元々無風状態だったあかねとボーボボさん達に対して、他の五人が団結し新しい構図を誕生させる事が出来る!」
「...その君の考えを実現させる為なら、あかね君が一人で悪役を背負わされても構わないと...?」
「元々、自分の立場について相談してきたのはあかねの方です!
それにボーボボさん達だっているんだから、一人ではないでしょう!
前から彼らと一緒にいたんですから、寧ろ違和感は少ない筈です!」
鏑木達に詰められていた事に対する反発の気持ちもあったのか、捲し立てる様に語られた安立の言い分に、最早鏑木から返ってくるのはため息のみだが、それでも彼は彼なりに『番組を盛り上げる事』を考えての行動だと自信を持っている。
確かに、協力者たる軍艦への演出についての確認を怠った事により彼に対して必要以上にマイナスイメージが付いてしまう可能性があった事、及びあかねの件が予想以上のバッシングを呼んでしまったのは失態となるだろうが、少なくともあかねの件に関しては本人もある程度自身の立場を認識していた都合上、仮に自分以外のディレクターの下でも同様の展開になっていたというのが安立の考えだ。
彼女が自身の立場について相談してきたという事は、裏を返せば彼女自身もしくはその背後にいる者がその状況を良しとしないと考えていたと言っていい。
恋愛リアリティショーという番組の性質上、キャストがアクションを起こせば、良くも悪くも視聴者からの反響が届くのは必然であり、その上で『軍艦の行動に従った』のだから、そのシーンをあの様に切り取られるとは思わなかったと言われても困るというのが、安立の率直な感想である。
良心が全く痛まないとは言わないが、現在の状況に陥るリスクを恐れるなら、それまで通り動かなければ良かったのだ。
すると部屋の中に、手を叩く音が響き始める。
音の主はこれまでずっと静観を保っていたもう一人の男性であった。
突如としてその様な行動を起こした男性に対して怪訝な表情を見せる安立、そして男性の隣に座る鏑木の双方から視線を送られた男性_ハレクラニが、微笑みと共に安立へと言葉を掛ける。
「いやはや、君の仕事熱心振りには感心させられるよ、安立君。
その熱意を考えれば、ディレクターへと上り詰めたのも納得と言うべきかな。」
「は、はぁ...。」
余りにも脈絡の無いハレクラニの言葉に困惑を隠せない安立。
自身がこの場に呼び出された経緯を考えれば、彼の立場は鏑木と同じ_有り体に言えば自身に責任を問う為だと考えていた故に、一見すると好意的な意見が出てきた事の真意を測りかねているのだろう。
そんな彼の曖昧な返事を気にした様子も無く、ハレクラニは言葉を続ける。
「私はこういった番組に関わるのは初めてなんだが...。
成程、全体の盛り上がりの為に敢えて特定の人物の印象を下方操作するとは...。
リアリティを謳いつつも、画面に映るのは『君達にとって都合の良いリアル』という訳だね...。」
「それは...。
しかし、そういった事情はこの番組に限った話ではないかと思いますが...。
あかねでなくとも、恋愛リアリティショーに向いていないキャストが出演する事になる場合も有りますし...。
この現場を若手の能力開発場と考えられても困ります...。」
ハレクラニからの少なからず棘を感じる言葉に対して、安立が返したのは至極現実的な意見である。
彼とてこの番組のディレクターの座に着いている以上、同様の番組の出演者に多くの自殺者が出ている等の問題については当然認知している。
だが、それは決して『特定の立場の人間だけが知る事が出来る情報』ではないのだ。
同ジャンルの番組の隆盛期や、インターネットの普及率が低かった時期ならまだしも、『今ガチ』が放送される現代においては、同系統の番組が関連していると言われる問題について一般人ですら容易に調べる事が出来る。
番組に出演するタレントが何らかの組織に属していようと、フリーランスであろうと、事前調査が行き届いていない者が一から十迄面倒を見ろと宣うのは虫が良すぎる話だ。
「あぁ、誤解を招いたようなら申し訳ないね。
別に君の考えを否定したい訳じゃないんだ。
寧ろ、成果の上がっていない存在に何とか利用価値を見出そうとする姿勢を評価してすらいるよ。
ただ...。」
不安と困惑が隠せなかったのだろうか、震えた自身の言い分に対して返されたハレクラニの自身を擁護する様な言葉に、更に困惑を深める安立。
確かに彼の立場を考えれば、その言葉自体は納得出来るものだ。
低く見積もっても世界有数のテーマパークであるハレルヤランドの経営責任者となれば、様々な施設を運用しつつ最大効率で成果を得ようと考えるのは自然な事だろう。
その意味で言えば、彼の言葉通り自身の考えは肯定すべきものとして語っていると捉えていいのだろうが、それでも安立は漠然とした不安感を拭う事が出来ない。
『評価している』と言うには、余りにその言葉や表情に熱が感じられない故に。
そんな安立の心境を知ってか知らずか、ハレクラニの言葉が続けられる。
「先程鏑木君が言ってくれた軍艦への確認もそうだが...。
そういった役回り_今回で言えば黒川君に対してそうした演出をする前に、鏑木君や私に対してその判断の是非を問おうとは思わなかったのか...、ディレクターとして番組を盛り上げる為にと下した君の判断が、他の領域に対して悪影響を及ぼす可能性については考えが至らなかったのかと思ってね。」
「それは...、正直、アクアのファンの影響力を甘く見積もっていた事は否めません...。
彼自身の芸歴や彼の両親の知名度を考えれば、もっと慎重に取り扱うべきでした...。」
そんなハレクラニの言葉を、安立は今回のバッシングを行っている者達の主要層たる星野アクアのファンに対する配慮が欠けていたとの指摘と解釈する。
成程、事情を知らない視聴者からすれば、『黒川あかねが共演者の足を引っ張った』だけでなく、見ようによっては『アクアに他の女性陣が近付かぬ様にあかねが工作した』とも受け取れよう。
『自分から他者にアプローチを掛ける』のではなく、『目当ての人物にアプローチが掛からない様にする』のでは、印象が悪くなってしまうのも致し方ない。
事実、その様に受け取ったアクアのファンからの不興を買ってしまっただけでなく、彼の父であるカミキ ヒカルとあかねが同じ劇団ララライで活躍する者である事実から、『世話になっている筈の先人の息子に対して無礼な振る舞いをする人間』と映り、収拾がつかない状態となってしまった経緯がある。
しかし、そんな彼の弁に対しハレクラニが隠す素振りすら見せずにこぼしたせせら笑いには、安立も顔を顰めた。
『まるで何も理解していない』とでも言いたげなその振る舞いに、失礼である事を承知の上で見せてしまった反応なのだろう。
「不快に感じたのなら謝るよ。
ただ、本当にこの番組の事だけしか考えていないのだと思ってね...。」
「申し訳ありません...、どういった意味でしょうか...?」
尚、理解が及ばない様子の安立に対して、ハレクラニがタブレット端末に表示したものの内容に、彼の表情は強張ったものとなる。
そこに表示されていたのは、ハレルヤランドの安全性に疑問を投げ掛ける声や、彼女が所属するララライにまで飛躍した悪評を唱える声であった。
「ララライの方がどうかは分からないが...。
我がハレルヤランドにも、少なからず問い合わせが来ているのだよ。
『子供を行かせて大丈夫なのか』、『ララライの公演は今後も続けるのか』、中には『ハレルヤランドとララライが結託した売名行為』等という逞しい想像力を持つ者もいてね。
とは言え、顧客になる可能性がある以上、雑に処理する訳にもいかないのだ。」
「...安立君に追い打ちをしたい訳じゃないけど、代表の金田一君から苦情の連絡は僕の方にも届いています...。
『客を呼べる若手を潰すつもりか?』って...。」
ハレクラニの言葉を補足する情報を鏑木が明かすものの、実の所彼の元に届いた金田一の怒声は、彼が語った程の生優しいものではない。
彼らからすれば、今や『劇団の若きエース』と称される存在となったあかねが、単純な番組内での嫌われ役になる程度ならまだしも、炎上騒ぎの中心になってしまう等冗談でも受け入れ難い事態と言えるだろう。
懇意にしているハレクラニが、劇団員の多くが出演する予定の『とある舞台作品』に執心との話から、そのPRへと繋げる為にあかねの『今ガチ』への出演を断り切れなかった背景があったのだ。
事実、あかねが性格的に不向きである事に目を瞑れば、『これまで舞台観劇に興味の無かった層』を取り込む可能性があるのは否定出来ず、金田一を初めとしたララライ側もよしんばあかねが番組への出演を機にコミュニケーション能力の向上を見せてくれるだけでも十分な成果と考えていた。
何しろ舞台ファンの界隈では、既にあかねはその舞台上で見せる演技力のみで一定の集客を見込める存在なのだから、本来はリスクを冒して露出を増やす必要は無いのである。
「成程...、金田一君の方も中々に気を揉んでいる様だ...。
さて安立君、ディレクターという立場を考えれば、この番組程度の規模でもきっと君の采配一つでそれなりの金が動く事になるのだろうね。
不特定多数の人間の感情を操り、扇動するのはさながら神の如き気分かな...?」
「...。」
『そんなつもりはない』_10にも満たない音を絞り出す事すら今の安立には出来なかった。
自身の左右に突如として現れた巨大な紙幣、その不気味な存在に生物としての本能的な恐怖を抱いた故だろうか。
「ディレクターである君の采配によって動く金額と、我がハレルヤランドの...仮に月5%程度の来客数に影響があった場合...、或いは黒川君が君と同じ年齢に至る迄に、その才覚によって生み出すララライや舞台、映画市場への影響...。
果たしてどちらが大きな影響を及ぼすだろう...?」
『そんな規模の話を持ち出されても困る』_そんな発言が出来たらどれ程楽であっただろうと安立は思わざるを得ない。
あかねが安立と同じ35歳に至る段階での影響に関しては、不確定要素が多過ぎる故に論じるに値するか疑問が生じるが、少なくとも人一人が18年もの時間をかけて齎す影響が、今回の炎上騒動によって丸ごと消失する可能性を問われれば馬鹿に出来ない問題と言えるだろう。
ハレルヤランドの件に関しては、最早比較対象として適切なのかすら疑問に感じる程、文字通り桁が違う話になってしまう。
世界有数のテーマパークたるハレルヤランドの月間来客数の5%となれば、それらが齎す経済効果たるやたかが一ネット配信番組のそれと比べる様なものではない。
参考までに、千葉県浦安市に在する某テーマパークの月平均来客数が2024年時点で約220万人に上る。
その5%、そしてそれらの人々の消費活動を考えれば、どれだけの影響が出るかがお分かりいただけるだろう。
「...申し訳...ござ_」
期せずして先程と同じ内容を絞り出そうとした安立の言葉は、今度はその全てを言い終える事なく中断させられてしまった。
その言葉の代わりとばかりに、一円硬貨が床に落ちる音が部屋に響く。
「...軍艦さん達の会見の手配は進めております。
後は、そちらから文書をいただければ...。」
「結構、今日中に送付しよう。
して黒川君の様子は...?」
「一応、本人にエゴサーチはしない様伝えてはありますが、全てを遮断するのは不可能と言っていいでしょう...。
幸い、キャスト間の仲は良好な様で連絡を取り合えているとの事です。」
「それは重畳。
我々が何かを言うより余程励みになるだろうな。
...しかし、『無能な働き者』には困らされるよ...。」
人を金に変える_そんな悪魔の如き所業に表情一つ変える事なく、あかねの現状を確認してくるハレクラニの姿に、息を呑みつつ自身が把握している情報を伝える鏑木。
『安立だったもの』を拾い上げつつ、その言葉に満足そうな笑みを浮かべる彼が、鏑木にはどうしようもなく恐ろしく感じられる。
彼の過去、そして彼の力の根源たる『ゴージャス真拳』なるものについては一応公開されている範囲での情報は持っていたものの、実際に目の前で起きた現象を簡単に受け入れるのは難しい。
「時に鏑木君。
私は日本の諺でとても好きな言葉が有るんだ。
『一円を笑う者は一円に泣く』_ビジネスマンとして、常に心に留めておきたい言葉だと思わないかい?」
(邪魔な存在なら一円玉の方がマシって訳か...。)
一円でも多くの利益を得る_そんな狂気に取り憑かれた男に鏑木は頭を下げる他ない。
『無価値』と判断された者の末路を見てしまったのだから。
「おはようございます...。」
「ッ⁉︎ あかね⁉︎」
『今ガチ』の撮影現場におけるキャスト達の休憩室_その部屋の外から自分達がよく知る渦中の人物の声が聞こえた事に、その部屋にいる人物の一人である鷲見ゆきが反応する。
部屋の外にいるだろう人物_黒川あかねは、炎上騒動後暫くの間自宅待機の状態が続いていたのだ。
彼女自身の精神的なケアだけでなく、プライバシーの侵害すら考えられる状況では致し方ない措置と言えるだろう。
ゆき達キャスト陣も、番組スタッフより記者会見を開く事を聞かされていた為、彼女の現場復帰が近いだろう事を期待していた。
果たして、ゆきの言葉に応える様に扉が開かれると。
「あか...あかねで合ってる...?」
そこには人間大の魚に手足が生えたとしか言いようがない謎の物体が立っていた。
辛うじてリアルな着ぐるみである事が分かった事から、部屋の中にいる者達が声を掛けると、エラの部分から頭を持ち上げた着ぐるみの中にいる人物_あかねが顔を出す。
「うん...、皆久しぶり...。」
「...ねぇ、何でそんな格好してんの...?」
さも当然の様に魚の頭をテーブルへと置いたあかねに、MEMが絞り出す様にその姿の意図を問い掛ける。
触れない方がいいのか微妙な所ではあるが、周囲の空気を察しての発言なのだろう。
「あっ、うん。
今は変装しておいた方がいいだろうってボーボボさん達が用意してくれてね。
『黒川は黒川でも鹿沼市の黒川にいる川魚になってればバレないだろう』って。
凄いアイデアだよね!」
「...うん、あかねが納得してるならそれでいいや...。」
「おーい、会見始まるみたいだぜ!」
MEMとゆきがあかねへの質問を諦めたタイミングで、男性キャストの一人である熊野ノブユキから声が掛かる。
同じ男性キャストである星野アクア、森本ケンゴと共にテレビの前に陣取っており、今回の騒動に関しての番組側の会見の開始を報せていた。
全員が視線を向けるテレビ画面には、丁度記者達に会釈をするボーボボと軍艦、そして首領パッチの姿が映されており、否応無く緊張感を感じさせる。
彼らの横では、何故か司会者席に天の助が陣取っているのだが、彼らだけでまともな会見になるのか不安が生じてしまう。
『それでは、「今からガチ恋♡始めます」に出演中の女優、黒川あかねさんに関連した一連の騒動についての会見を始めさせていただきます。
まず初めに、三人を代表してボボボーボ・ボーボボさんよりご挨拶申し上げます。』
『...5麺...。』
ボーボボが鼻をほじりながら言い放った短い一言に会場が俄にざわめき立つ。
とは言え、画面の前で見る限りは投げやりな一言としか思えないその振舞いにピンと来ていない様子のMEMとゆきに対して、あかねが静かに口を開いた。
「5麺...、つまり即席麺を一度に五つ空ける、それ位の誠意を持った謝罪って事だよ。」
「ねぇあかね、ホントに大丈夫...?
やっぱり、まだ休んでた方がいいんじゃない?」
淡々と解説を行ったつもりのあかねだが、彼女の言葉を聞いた二人は何とも言えない表情のまま、心配の声を上げた。
騒動の当事者として複雑な心境であろうとの配慮だろうか。
『それではこれより、記者の皆様からの質疑応答を開始致します。
質問は一切受け付けませんので、ご理解の程よろしくお願い致します。』
「質問受け付けないってどういう事⁉︎」
天の助の意味不明な言葉に当然とも言える反応を見せる面々。
案の定、雲行きが怪しくなってきた記者会見であるが、そのカメラが徐々に軍艦へとズームインしていく様子から、『建築拳』の使用者たる軍艦が説明を行うのだろうと気持ちを切り替える。
果たして、カメラを向けられた軍艦の目には薄っすらと涙が浮かんでおり、今回の件で相当の責任を感じているのだろう事が窺えた。
彼を以前より知るMEMは勿論の事、巻き込まれたあかねとアクアを含めた他の面々も彼の人となりを理解しているだけに沈痛な面持ちで彼の言葉を待つが。
『...エッハンッ、皆さんのホ、ご指摘を真摯に受け止めて、番組という大きなハ、クッ、カテゴリーに比べたらぁ、ウグッ...。
我流鼻毛真拳、ガリュッ、ハナッ、ゲッ、シンゲッの、報告のォ、ハァハァ、ネェ、折り合いをつけるっていう...ハァハァ、事で、もう一生懸命に...。
誹謗中傷問題、あかねヘヘハハアアァァァ‼︎‼︎
誹謗中傷問題はぁ...、グッ...、あかねグンのニートゥハッハッハッハァァァァ‼︎
あがねグンのみンッハッ...、あかね君のみならずぅ...、ケガリタ...、日本全体の問題じゃないですか‼︎』
『ラリってんじゃねー‼︎‼︎』
『ノボブハァ‼︎⁉︎』
嗚咽混じりの軍艦の説明、と言うよりは世界への訴えとも言える言葉は、それ単体では要領を得ない内容であるものの、部分的に彼の心情を読み取る事が出来るものも含まれていた。
事実、彼の心の痛み、あかねに対する罪悪感と無責任な正義を振り翳す世間への怒りを読み取った記者達が目頭を押さえ始めている。
決して、ボーボボに制止されるまで続いていた彼の支離滅裂な発言に眉間を押さえていた訳ではない。
『それでは、時間もおして参りましたので、最後に首領パッチさんより謝罪の意を込めたバターの生演奏をお聴きいただき、当会見の締めとさせていただきます。』
「バターの生演奏って何⁉︎
ってか、何も説明してないけどマジでこれで押し通す気なの⁉︎」
ノブユキの反応も当然と言える無茶苦茶な会見_と言っていいのかすら怪しい騒ぎを起こしているボーボボ達であるが、天の助に水を向けられた首領パッチの表情はいつにも増して真剣なものだ。
期せずして平時とは逆の振舞いには見えるものの、『バターの生演奏』なる行動がどうにか人々の心を動かす事を期待する他あるまい。
ミュージシャンの端くれとして、ケンゴも彼のパフォーマンスを注視している様だ。
『「未練
未練歌♪未練歌♪未練歌♪ウォッイエエエイ♪
未練歌♪未練歌♪未練歌♪ウォッイエエエイ♪』
「⁉︎」
『時ーにー僕ーはー、その優しさに甘ーえー♪
自分ー勝手な思考に身を委ねていましたー♪』
「何⁉︎ 何なのこれ⁉︎
ってか、きったな⁉︎」
『安定した日常に腹をすかして♪
甘い刺激を貪りました♪』
「...バターのチューニングが甘いな...。」
「バターのチューニング⁉︎」
『道しるべを失い始めて気付いた幸せってヤツはーー♪
もう遅すぎて不安定な毎日に彷ー徨っていますー♪』
「フフンフン♪ フフンフン♪ フフンフン♪ フンフン♪」
「アっくんも何鼻歌歌ってんだよ⁉︎
頼むからしっかりしてくれよ⁉︎」
『未練歌♪未練歌♪未練歌♪ウォッイエエエーーイ♪
未練歌♪未練歌♪未練歌♪ウォッイエエエーーイ♪』
「...。」
肩で息をする首領パッチが演奏を終えると同時に、部屋の中には何とも言い難い空気が満ちていく。
散々っぱらバターを飛び散らしながら歌い上げられた謎の曲が、本当に人々の心を動かす事が出来るのかと問われれば、彼らの反応も自然なものと言わざるを得ないか。
『この曲は、ゆきとケンゴがあかねの事を想って作ってくれた曲です...。
キャスト同士はお互いの事を想って仲良くやってるのを、分かってくれると嬉しいです...。』
「何勝手に私の名前出してんの⁉︎」
「えっ、違うの?
ゆきの力作だから作曲してくれって頼まれたんだけど...。」
「何で疑わないのよ‼︎
大体、あかねの要素一ミリも無いじゃない‼︎」
そんな騒ぎの横で、MEMがしきりにSNSを確認している。
インフルエンサーとしての性故か、この良くも悪くもキャッチーな内容の会見がどの様な影響を齎すのか、逸早く情報を得たいのだろう。
「あっ...、この動画バズるわ...。
うわ、この『あかねバッシングはゆきも望んでない』って投稿にめっちゃいいねついてる...。」
彼女の見せる乾いた笑いに、他の面々も事態が好転するのだろう事を察しつつ、内容が内容だけに素直に喜んでいいものか疑問に感じている様子だ。
『それでは、以上にて当会見を終了させていただきます。
皆様、本日は誠にありがとうございます。
記者の皆様には、出資者より土産としてところてんギフトをご用意しておりますので、お帰りの際に忘れずにお持ち帰りください。』
騒ぎを起こしていた者達も会見場を後にする様で、カメラに映らない袖の裏へと移動すると。
「よーし、全員席に着けー。
ホームルーム始まるぞー。」
「ホント何なんだよこの人達‼︎⁉︎」
5麺以降の流れが全然思い浮かばず、一週間も悩んでしまった結果ここまで時間が掛かってしまいました...。
ギャグを一から考えてる方って本当に凄いと思わされます...。