推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:70いざJIFへ

「三人のデビューライブの舞台が決まったわ。

 B小町は来月の『JIF』に出場します。」

 

「ジェッ...、JIF⁉︎」

 

 自分達のマネージャー_新野からの突然の宣言に、B小町の三人は一様に目を丸くする。

 アイドル業界の知見が無い故か、地雷ダンディの方は寧ろ彼女達の反応に驚いている様子だが。

 

「...それに出るのがそんなに凄い事なのか...?

 初陣である以上、そこまで大それたものを用意出来るとは思えぬが...。」

 

「何言ってんのさ、ダンディ‼︎

 だってJIFだよJIF‼︎」

 

 地雷ダンディの言い分も決して間違ったものではないだろう。

 どれ程の才能を持った者であっても、全くの無名の存在がいきなり大きな舞台を与えられるという事態は基本的に有り得ないと言っていい。

 歴史に名を残す様な偉大な者達も、その才能を発揮し評価される迄は後世の評価から考えれば不当な扱いをされているのが常である。

 有馬かなは生まれた瞬間から天才子役であった訳ではないし、メムのインフルエンサーとしての地位もアカウントを作成した瞬間に付いてきたものではないのだ。

 翻って現状の彼女達について考えてみれば、アイドルとしての実績は無いに等しい。

 一応、動画配信等ネット上のPR活動を行ってはいるものの、彼女達の本分はあくまでステージ上でのパフォーマンスである。

 逆説的に、それを理解しているだろうルビーの喜び様がその舞台の大きさを連想させるが。

 

「...ンンッ、いいかしら?

 兎に角、後が決まった以上皆にも追い込みを掛けていきます。

 くれぐれも怪我や体調不良、あとはスキャンダルにも気を付ける様に。」

 

「...ち、因みになんですけどおじさん達とご飯行ったりとかは...。」

 

「あの人達は存在そのものがスキャンダルだからOKよ。」

 

「よし‼︎」

 

「いや何がよしなの⁉︎

 寧ろ一緒にいちゃ駄目でしょ⁉︎」

 

「折角だからメムちょとダンディも一緒に行こうよ!

 いい感じにマッジモ上がるよ!」

 

「マッジモって何⁉︎

 当たり前みたいに変な単語追加するのやめて‼︎⁉︎」

 

 

 

「それで、そろそろその『JIF』とやらの事を教えて欲しいのだが...。」

 

 細かいスケジュール調整の為か、忙しなく新野が部屋を後にしたのを見届けた地雷ダンディが、気になっていたのだろう情報について問う。

 他の面々が当然の事の様に件の『JIF』について話していた事から、アイドルに関わる者にとっては半ば常識となっていると感じた故に。

 

「J(ジャパン)・I(アイドル)・F(フェスティバル)。

 日本最大級のアイドル関係の音楽イベントの一つですよ。

 100組以上、ここ数年は200以上のグループが出演してる文字通り『お祭り』レベルのイベントなんです。」

 

「普通に考えれば、何年も必死にやってきてやっと立てるかどうかって舞台...。

 B小町を襲名したってのを加味しても間違いなく『コネ』って言われるわよ。」

 

 JIFの概要を語ったメムに追随したかなの言う通り、本来であれば彼女達の様なデビューすらしていないグループに声が掛かる舞台ではない。

 他者から言われるまでもなく、十中八九何かしらのコネクションが作用した結果なのだろう。

 元祖B小町と親交が有り、尚且つかなとメムに繋がりを持つ人物_例えば鏑木辺りが『アイの娘がユニットを組み、B小町を襲名した』という話題性に着目したと言った所か。

 

「いーじゃん、いーじゃん!

 新生B小町の初ライブがそんな大きなステージで出来るなんて最高だよ‼︎」

 

「ま、実際やらない手は無いと思うよー。

 これを逃したら、それこそかなちゃんの言う通り『次』がいつ来るかも分かんないからね。」

 

「音痴とヘタウマの分際でよくもまあそんな図々しい事言えるわね...。」

 

「ふむ、だが予期せぬ形での好機には違いないのだろう?

 ならばそれを全力で活かすより他有るまい。」

 

 ルビーとメムの厚かましい発言の是非は兎も角、裏にどの様な思惑が潜んでいるにせよ千載一遇の好機を逃すのは愚策と言わざるを得ないだろう。

 そもそもユニットの構成員が、『元祖B小町の最人気メンバーの娘』、『元天才子役』、『公表されている情報だけなら何故アイドルに挑戦するのかが疑問に思われるだろうインフルエンサー』、そして『謎の地雷』であるのだから後ろ指をさされた所で何を今更というものなのかもしれない。

 地雷ダンディの言葉を締めに全員が一旦の目標へ向けた決意を固めた時であった。

 

「話は纏まったみたいだね。」

 

「ママ‼︎」

 

 突然の母の登場に驚きを隠せないルビー。

 その口振りからして入室の機会を窺っていた事は察せられるが、どういった用件なのかが判然としない。

 よもや激励の言葉を掛ける為だけではないだろうと、かな達も彼女の真意を探るべくその言葉を待つ。

 

「話は聞いてるよ、本番迄時間も無いんだよね?

 そこで、追込み掛ける皆のコーチ役を連れてきたよ!」

 

「コーチ役って一体...。」

 

「それじゃあ四人共入ってきて!」

 

(ま、まさか...、元B小町のメンバーとか⁉︎)

 

 いきなりの『コーチ役を用意した』との彼女の言葉を受け、やはりそのコーチ役が何者なのかが気になるのだろう三人。

 着目すべきは、彼女が『四人』と語った事_即ち自分達三人だけでなく地雷ダンディに対しても指導役を用意している点だろう。

 地雷ダンディも三人と共に舞台上に立つ以上、その動きを洗練させていく必要があるのは確かなのだが、そもそもメンバー全員に個別の指導役がいるというのは異常である。

 逆説的に、苺プロないしアイ個人の呼び掛けに対し容易に承諾が得られる相手となるだろうが、B小町の指導役を務める都合上、その候補は自ずと限られるだろう。

 元祖B小町のメンバー_アイの戦友ならば、確かにその条件に合致する為か、メムがそういった予想を立てたのも自然な事と言えるか。

 グループ解散後も歌手活動を続ける有坂と松井、旧B小町随一のダンスの技量を活かしダンサーとしての活動を続ける渡辺_技量面での指導役としてもこの三人が該当し、地雷ダンディに対しては心構えの部分を重視していると仮定すれば残る高峯や久常、或いはマネージャーである新野_何れにせよそれぞれの役割に合致するメンバーが揃っている故の考えなのだが、果たしてアイが呼び掛けた者達が姿を現す。

 

「愛とお肌の輝き守る‼︎」

 

「⁉︎」

 

「ちょっとお転婆フレッシュ娘‼︎」

 

「!⁉︎」

 

「マジカルビタミン戦士。」

 

「⁉︎‼︎⁉︎」

 

「胃液ガールズ見参‼︎‼︎」

 

「...。」

 

「ま、まさか...、伝説の胃液ガールズ...?」

 

「知ってんの⁉︎」

 

 予想よりも遥かに色物な存在が現れた現実にかなとメムの思考が停止するが、どうやらルビーにとっては既知の存在の様だ。

 同年代のかなは勿論だが、彼女達と世代が離れているメムですら知らないこの変人達を何故ルビーが知っているのかについては疑問が浮かぶものの、まずは変人達の正体が知りたいのだろうか、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「胃液ガールズ、それこそ元祖B小町よりも前の時代に活躍してた人達だよ。

 活動休止してから一向に音沙汰が無くって、実質解散状態だったのにまさか直接会える日が来るなんて...。」

 

「『会える日が来る』も何も毎日会ってるじゃないのよ‼︎

 どう見たっておじさん達でしょうが‼︎」

 

「有馬...、これから教えを請う相手だぞ。

 確かに似ていると思う気持ちは分かるが、あくまでこちらは胃液ガールズの皆さんだ。」

 

「アクたん⁉︎

 えっ、これマジでこの人達がコーチ役なの⁉︎」

 

 ルビーの至極真面目な説明に対し、自分達の目の前にいる変人達がどう見ても見覚えのある変人達だと感じたのだろうかなとメムは呆れた表情を見せる。

 しかし、そんな二人の姿に苦言を呈する者が姿を見せた。

 その少年_星野アクアの出現と、彼が妹の説明を後押しする発言をした事で、二人もこの『胃液ガールズ』なる者達についての評価を見直さざるを得なくなる。

 事実として二人に『胃液ガールズ』の知識が無い以上、自分達よりも知見が有るのだろうルビー達の説明を否定する材料を持たないのだ。

 真面目な印象の強いアクアの存在に加え、彼らの母たるアイや壱護達から『胃液ガールズ』の活躍を聞いているのだろうという予測も、二人が知る変人達とはあくまで別人であるとの判断を助長させる。

 

「改めて紹介するぞ。

 まず、レモンの香りはキスの味、レモンプリンセス。」

 

「自分、酸っぱいですから。」

 

「自分とか言ったわよこの人⁉︎」

 

「甘い一時恋の予感、イチゴプリンセス。」

 

「苺の花言葉は寿退社よ‼︎」

 

「尊重と愛情じゃなくて⁉︎」

 

「お歳暮に、メロン子。」

 

「葡萄がよかった...。」

 

「何か愚痴ってるんだけど今更⁉︎」

 

「この三人が各々にマンツーマンでコーチングをして下さるそうだ。

 ダンディさんには、俺がアイドルについての基礎知識と立ち回りを伝えていきます。」

 

 胃液ガールズの面々の紹介と共に、B小町の本番に向けた追込みの方針を語っていくアクア。

 ステージ上においての役割はバックダンサー_と言うより周囲を飛び回るだけである地雷ダンディに対しては、逆に観客目線で邪魔にならない立ち回りを伝える為に彼が抜擢されたのだろう。

 続いて胃液ガールズ達もそれぞれの担当に対し、追込みの内容を語っていく。

 

 

 

「有馬かなさん、アナタの曲は聴かせて貰ったわ...。

 現時点でも、歌唱力は十分な仕上がりだと言えると思う。」

 

「ど、どうも...。」

 

 イチゴプリンセスが語った通り、現状でもかなはグループのリードボーカルとして十分な能力を備えていると言っていい。

 ルビーとメムの歌唱力の低さによる消去法的な側面も有るにせよ、唯一以前から歌手活動をしてきた事実は伊達ではない。

 

「でもね、言い換えればアナタの歌は『ただ上手いだけ』...。

 例えば、さっきアナタ達が練習していた曲にしてもそうだけれど、確かに上手だったわ。

 『歌わされてる』感さえ無ければ、何も言う事が無いって位にね...。」

 

(意外とって言ったら失礼だけど、見た目の割に凄いマトモな分析するのね...。)

 

 文字通り苺にボーボボの様な顔と手足が付いているとしか言いようが無い奇特な外見のイチゴプリンセスだが、その指摘自体はかな自身も認める所であった。

 前提としてアイドル活動が決して彼女の本意ではないという点に尽きるのだが、一メンバーとしてやっていくだけならばまだ仕事と割り切る事が出来たやもしれない。

 よもや残る二人のメンバーの歌唱力があそこまで低いとは思わなかったのだ。

 配信者として活動してきたメムの方は、彼女の過去の事情を鑑みればまだ納得出来るものだが、ルビーの方は残念ながら擁護のしようがないだろう。

 彼女を昔から知る人間から見ると、同じ音痴でも大分改善された方らしいのだが、それはつまり少なからず努力を重ねた上であの程度という事になってしまう。

 努力の方法が間違っていたという可能性も捨て切れない、と言うよりかなとしてはそうであって欲しいという願望に近くなっているが、何れにせよこの胃液ガールズ達による追込みだけで劇的に改善されると考えるのは甘い見積りだと言わざるを得まい。

 

「まぁ、アナタの経歴を考えれば仕方がないとは思うけれどね...。

 それでもセンターを引き受けたのは、キャリアが長いからこその責任感かしら?」

 

「私の事よく知ってるみたいに言いますね...。」

 

 助言をくれる相手に対して棘を感じさせる態度だと自覚するが、言ってしまった言葉を今更喉の中に戻す事は出来ない。

 初対面の相手から、自分の心中を見透かす様な発言をされては確かに良い気はしないだろうが、JIFへの日数に余裕が無い現状で指南役を買って出てくれた事を考えれば、もっと友好的な態度を見せるべきだったと自省するが。

 

「毎朝走り込みと発声を欠かさない努力家。

 口の悪さがコンプレックス。

 自分が評価されるより、作品全体が評価される方が嬉しい。

 実はピーマンが大嫌い。

 凄いチョロい。」

 

「えっ...、私の事めちゃくちゃ見てくれてる...、嬉しい...。」

(てか深いとこ突いてくるなぁ...。

やばっ、イチゴプリンセスちょっと好きになっちゃった...。)

 

「アクア殿...、前から思っていたのだが有馬嬢は少々単純過ぎではないか?

 娘を持つ一つの地雷として心配になるのだが...。」

 

「自分がそうだって自覚してるから、ああいう捻くれた性格なんですよ。

 あれと付き合う人は大変でしょうね。」

 

 続けて語られた、予想以上に自身の内面を見抜いている事を窺わせるイチゴプリンセスの言葉に、急激に気分が上向いていくのを自覚するかな。

 日々の努力や価値観、果てにはかつての『ピーマン体操』の影響か世間的には自身の好物だと考えられている苦手な食べ物についても把握されているとあっては、先の自身に対する評価の信頼度を上げざるを得ないだろう。

 

「実は、昔からアナタのファンなのよ。

 私も昔ピーマンで痛い目を見たから、もしかしてって思ってね。」

 

「そうなんだ...。

 いたんだ...、今の私にファン...。」

 

「勿論よ‼︎

 だからね、アイドルで新しいファンを捕まえようなんて無理しなくていいのよ。

 ただ、出来たら私みたいなアナタのファンに向けて歌ってくれると嬉しいわ。」

 

「はい...。

 って事は、私は自分のファンに向けて歌える様にする練習をするんですか?」

 

 自身の成長の指針が示された事で、追込みの内容について推察していくかな。

 成程、歌声に感情を乗せるのが難しいのなら、感情が動く対象を思い浮かべるというのは至極率直な発想である。

 問題は、彼女の場合所謂ファンイベント等を開催した経験も無く、彼女にとってもファンとは『カメラの向こう側』にいるだろう存在である事から、具体的なイメージがし難い点なのだが。

 

「現実的にアナタのファンの声を集めるのは難しいでしょうね。

 だから、アナタにはこの作品を読んで『愛』についてのレポートを書いて貰うわ。」

 

「...何故、北斗の拳...?」

 

「愛を取り戻す為よ。」

 

 理解は出来なかったが、かなはその指示に素直に従う事にした。

 決して、考えるのが面倒になったからではない。

 

 

 

「さて、メムさん。

 単刀直入に言わせて貰うけれど、あーたこのままだと何の爪痕も残さないまま終わるわよ。」

 

 どことなくセレブの様な雰囲気を醸し出しているレモンプリンセスからの言葉にどう反応したものか困惑した様子のメム。

 この『胃液ガールズ』なる者達を一旦は信用するとして、何の根拠を持って先の発言が出てきたのかを探らない事には、このレモン星人なのかセレブ気取りなのか分からない者が言わんとする所を理解出来ずに追込みを開始する事になる故に。

 

「えーっと...、レモンプリンセスさん...。

 私ってそもそも、三人の中じゃ一番客を呼べると思うんですけど...。」

 

 B小町のメンバーの現状を比較した場合、メムの存在は足を引っ張るどころか目当ての来客数の期待値が最も高い存在である。

 母_アイと動画上でコラボを果たしているとは言え本格的なデビューすらしていないルビーは言わずもがな、これまでの芸歴を考えればアイドルとしての集客が期待出来るとは考え難いかなと比較すると、彼女はその配信者としてのキャラクター性も相まってファン達に対する呼び掛けのハードルが非常に低いのだ。

 多く駆けつけるだろう彼女個人のファン、そしてルビーとかなへと全方位に気を配り、器用に立ち回る役割を担っている。

 その結果、デビューライブという唯一無二の舞台で割を食う役割になってしまったとしても、元よりのファンの数を考えれば十分カバー出来るという算段からの判断であった。

 しかしレモンプリンセスは、そんな彼女の判断に異を唱える。

 それは本当に自分が憧れ、目指したアイドルの姿なのか_と。

 

「ステージはアイドルにとっての戦場。

 そこで傍観者を気取ろうなんて...、あーた木星帰りのつもりかしら‼︎」

 

「何言ってんですか⁉︎ えっ、木星が何⁉︎」

 

「デビュー戦...、それはあーた達の未来を占う舞台。

 そこで主役になろうとしないどころか目立たなくてもいいですって?

 ええ、確かに『今の』あーたのファンは、そんな振る舞いを見て『周りを上手くフォローしていた』と言うでしょうね。

 それで、その先はどうするの?

 ずっと二人のフォロー役でいるのかしら?

 そもそも、デビュー戦であーたのファンを二人に持ってかれる可能性は計算に入れてるの?」

 

「そ、それは...。」

 

 最初こそ、その発言の意味不明さに面食らうものの、続けられたレモンプリンセスの言葉にまともな返答すら出来なくなってしまうメム。

 デビュー後の各々の売り出し方については苺プロ側と吟味が必要だろうが、『ルビーとかなにファンを奪われる』という可能性は決してバカに出来たものではない。

 歌唱力を重視する者にとって見れば、かなとは埋め難い差が存在し、第一印象の大きな要素となるルックスにしても、個人の好みは別としても母親譲りのルビーのそれは十分魅力的なものだろう。

 

「勿論、あーたの事情は社長さん達に聞いてるわ。

 本来なら有り得なかったチャンスを貰えただけでもありがたい...、寧ろ二人の足を引っ張らないか不安かしら?」

 

「事情をご存知でしたら、私がフォロー役に回る事にご理解いただけると思いますが...。」

 

 質問への返答代わりにと、少々の抗議の意を含んだ言葉を返すメム。

 成程、レモンプリンセスの言う通りだろう。

 自分の中だけで眠っている筈だった『夢』が、数奇な巡り合わせによってもうすぐ『現実』になろうとしているのだ。

 

「笑われても、憐れまれても、それでも私にとっての大事な夢を二人が、苺プロの皆さんが叶えてくれるんです...。

 あの夢の舞台に一緒に立たせて貰えるだけで...、私は...。」

 

「そう...。

 それならあーた、JIFが終わったら脱退なさい。

 それが全員の為になるわよ。」

 

 自身の境遇がどれだけ恵まれているかを理解しているからこその想いを語るメムだが、それに続けて語られたレモンプリンセスの聞き捨てならない台詞に絶句してしまう。

 最初の問答からして、恐らくはもっとエゴを出していく気でいって欲しいという考えが窺える以上、双方の考えが食い違うのは当然だろう。

 しかし、それが結成したばかりのグループからの脱退を促されるとなれば、話が飛躍し過ぎであると感じるのも当然である。

 そんな言葉を失ったままでいる彼女の様子を先を促されていると判断したのか、レモンプリンセスは言葉を続ける。

 

「簡単な話よ。

 アイドルとしての才能と能力で言えば、今のあーたは二人に大きく劣っているのが現実ってだけ。

 歌が上手い訳でもなければ、三人並べて一番可愛いと言われる訳でもない...。

 確かに配信でトーク慣れはしてるかもしれないけれど、二人だって別に根暗って訳じゃないんだから、場数を踏めばどんどん成長してくわよ。

 で、そんなあーたが最初から『一番を目指そうとすらしない』んじゃ、どんどん二人と距離が離れてく一方。

 本当に足を引っ張る存在になる前に辞めた方が、お互いに『いい思い出だった』で終われるって事。」

 

「...そこまで仰るんでしたら、さぞ凄い追込みをして下さるんでしょうね...?」

 

「必殺シュートよ。」

 

「...えっ?」

 

 余りにも無遠慮な寸評、そしてそれにぐうの音すら出ない事実から込み上げる悔しさと怒りを懸命に堪え、メムはレモンプリンセスが考えているのだろう打開策を問う。

 ここまでハッキリと言うからには、苺プロ側から話を持ち掛けられた時点でメンバーの情報を精査、問題点に対する対策を用意していると考えるべきだ。

 デビューライブ直後にそんな状況になるかは兎も角、レモンプリンセスの言う様な状況が訪れるだろう事を否定出来ないのもまた事実である。

 逆に言えば、自身がここでしっかりと二人に並び立つだけの『武器』を身に付ける事が出来れば、B小町の飛躍の可能性は大いに高まるだろう。

 それだけに、自身の手元に収まったバスケットボールの存在に理解が追いつかないのだが。

 

「あーたには、どれだけ屈強なディフェンスが相手でも確実に点をもぎ取る『個の力』を身に付けて貰うわ。」

 

「いや、私バスケなんて学校の授業でしかやった事ないですし、そもそもアイドルとバスケって関係ないんじゃ...。」

 

「つべこべ言わない‼︎

 あーたの名前に対抗してメンフィス・グリズリーズがJIFに出場する可能性だって有るのよ‼︎‼︎」

 

「いや、ぜってぇねーし...。

 って言うか、私の『MEM』ってMemphisから取ってる訳じゃねーし...。」

 

「さぁ、目指すはアイドル界の河村選手よ‼︎」

 

 こうして、メムは全く納得出来ないまま『パーフェクトコピー』を身に付けた。

 

 

 

 来たるJIF本番前夜。

 やれるだけの事はやってきた。

 ここから朝までの時間に確実に睡眠を取り、明日のステージに向けた体力の回復に努めるのが彼女達にとっての最後の準備となる。

 しかし、そうは言ってもいざ本番が目の前に迫ってくるともなれば、平静ではいられないのが人間というもの。

 寝に入ろうとしている仲間を他所に、興奮冷めやらぬ様子でルビーが叫んだ。

 

「あれっ、私の描写無し⁉︎」

 

「うーん...、何かあったー...?」

 

「うっるさいわねー...。」

 

 時計の短針は既に『12』の部分を通り過ぎている。

 明日の移動中にも多少の仮眠は期待出来るだろうが、それでもこの数時間が本番のパフォーマンスに大きな影響を及ぼす事を考えれば、そんなルビーに眉を顰めるメムとかなの反応も当然と言えよう。

 

「あっ、ごめん...。

 えっと、私達ホントにアイドルになれるんだなーって...。」

 

「だったら尚の事、ちゃんと寝なさい。

 徹夜のダメージは3日位引きずるし、魅力が三割程落ちるってどこかの大学の研究で出てる_みたいな事をTOKOROが言ってたわよ...。」

 

「人伝ての人伝てだねー...。」

 

「それ絶対天さんじゃ...、あ、いや何でもない...。」

 

「...。」

 

「...楽しみで寝れない?」

 

「うん...、ずっと憧れだったから。」

 

 かなからの忠告を受けて尚、中々目を閉じれない様子のルビーの様子を見かねてか、メムが彼女の心中を察した言葉を掛ける。

 努力を重ねたからと言っても、成功が約束されている訳ではない。

 そもそも明らかに『コネ』が疑われる存在ともなれば、ブーイングの嵐に晒されるか、或いは閑古鳥が鳴いている可能性とて否定は出来ないだろう。

 自分の夢が叶うと同時に、容赦の無い現実に打ちのめされる_希望と絶望の両方を想像してしまい、思考から抜け出せなくなったとしても無理はない。

 

「私は昔...、ずっと部屋の外に出れない生活してて...。

 未来に希望も何も無くて...、このまま静かにドキドキもワクワクもしないまま死んでいくんだろうなって思ってた...。」

 

 段々と眠気が強くなってきた故だろうか。

 普段は気をつけている前世での経験を語ってしまうルビー。

 快活な彼女のイメージとは程遠い状態を連想させる言葉には二人も目を開くが、妙にリアリティを感じさせるその声色に反応するタイミングを逃してしまった為か、黙って話を聞き続ける事を選択する。

 

「友達と...、初恋の人が一緒にドルオタやってくれる様になって...。

 それだけで全然満足だったんだけど...。

 やっぱ人間欲張りだからさ...、もっと欲しいって夢を見ちゃったんだ...。

 めっちゃ可愛い二人の仲間と一緒にその人達の前でアイドルになる夢...。」

 

「甘酸っぱいねぇ...。」

 

「それで失敗したら目も当てられないじゃない。

 明日は来てくれるんでしょ、『その人達』も...。」

 

「大丈夫だよ、絶対成功する...。

 だって、私の『一生のお願い』だもん...。」

 

 ルビーが寝息を立て始めたのを確認したかなが体を起こし、彼女の頭を優しく撫でる。

 これまでついぞ表に出てこなかった、彼女の心の奥底に秘められていたアイドルに対する情熱の根源を知り、自然と出た行動であった。

 

「あーあ、喉渇いちゃった。

 私水飲んでくるから、おやすみなさい。」

 

「うん...。

 かなちゃん...、明日は頑張ろうね...。」

 

 

 

(ルビーが元引きこもり...、いや、アイさんの事があったし無理もないか...。)

 

 台所へと向かう階段を降りつつ、先のルビーの発言について考察するかな。

 アイの殺人未遂事件_無関係であった当時の幼い自分でさえ相当な衝撃を受けたのだから、事件の当事者の家族ともなればその精神的なショックたるや想像するだに恐ろしい。

 母親が突然、名も知らぬ相手に殺されかけた_小学生にすらなっていない子供がそんな経験をすれば、外に目を向けられなくなるのも当然だろう。

 幸い、アイを含めた彼女の家族が無事であった事や、先の話で登場した『友達と初恋の人』とやらの存在によって立ち直れたのだろうが、兄のアクア共々よく健やかに育ったものだと思わざるを得ない。

 

 すると、そんな思考を中断させる要素が目に入ってくる。

 部屋の明かりと共に微かに見えるのは、自分達を教え導いてきた胃液ガールズ達が着用している果物を模した装飾品等であった。

 一応、正体を察してはいるものの、ここで確認しないのも空気が読めていないかと考えた彼女が部屋の中へと足を踏み入れると。

 

「ウンコウンコ、ウンウンコッコウンコウン...、ウンコッコ...。」

 

「パピロン‼︎‼︎」

 

 謎の呪文を唱えるボーボボとアクア、そしてその呪文による効果なのか頭部がウンコ頭になった首領パッチと天の助の姿が有った。

 

「おじさん達も明日は早いんだから早く寝た方がいいわよー。

 じゃ、おやすみー。」

 

 

 

「さ、着いたわよ。

 皆、まずは今回B小町をJIFに推薦して下さった方にご挨拶しに行きましょう!」

 

 そんな自分達のマネージャーである新野の言葉を受けて尚、B小町の三人は揃って怪訝な表情のままだ。

 自分達がいる施設は、どう見てもJIFのコンサート会場やその駐車場とは思えない場所であるからなのだが、とは言え新野が事ここに及んで無駄足を食っているとも思えずという状況なのである。

 すると、一人冷静さを保つ地雷ダンディが、新野の視線の先に件の人物の姿を認めるが。

 

「む...、もしやあれが我々を推薦してくれたという...。」

 

「えっ...、いやあの頭、マジで...?」

 

「うっわぁ...、久々だけどやっぱインパクトあるわね...。」

 

「あ...、あれって、ウンコさん⁉︎」

 

 彼女達の前に姿を見せたその人物こそ、ウンコ頭の戦士ことソフトンその人であった。

 

「皆、よく来てくれたな...。

 今回は我がバビロン界が主催する祭事に参加してくれて感謝する。」

 

「えっ、バビ...、何?」

 

「む...、君達はJIFに参加するのだろう?」

 

 突然のソフトンの登場、そしてどう考えてもアイドルフェスとは縁の無さそうな『バビロン界』なる単語に、自分達が参加するものが本当にJIFなのかという疑問が浮かぶB小町の面々。

 しかし、そのソフトンがハッキリと『JIF』と口にした事実が、新野がこの場へと自分達を連れてきた理由を補強しており、所謂『ドッキリ』だとも思い難い。

 まさかとは思うが、自分達が考えていた『JIF』と新野が最初に語った『JIF』が別物であるという事なのだろうか。

 

「あ、あのー...、そのJIFって因みに何の略なんですか...?」

 

「あら、言ってなかったかしら?

 J(じごくの)I(イルカ)F(ファブリーズ)よ。」




 じごくのイルカを考えて下さった前田さん(当時8歳)を心から尊敬します。
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