推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:74立場の違い

 舞台『東京ブレイド』の稽古は三日目を迎えていた。

 大凡一ヶ月の稽古期間ではあるが、当然ながら各キャストが抱える仕事もバラバラであり、『全員揃って』というのが難しいのが実情である。

 上原大輝の様に、他の現場からそのまま駆け付けてくる者もいる都合上、作中における共演シーンが多い者同士である程度グループが形成されていくのも自然な事であろう。

 

「有馬、ちょっといいか?

 ここ、何て読むんだ...?」

 

「『さきもり』。」

 

「えっ、これ『ぼうじん』だと思ってた!

 有馬賢いな!」

 

 まずは、『東京ブレイド』の主役_ブレイド役である大輝を中心とした所謂『主演グループ』。

 このグループは主役という都合上、出番や台詞も多く同じ場面の登場する頻度がキャスト間でも最も高い。

 そんなこのグループにおける目下最大の課題が、キザミ役であるメルトの演技を『少しでも観れるものにする事』なのだが、台本の『防人』が読めない様子の共演者にかなは呆れた様子だ。

 

「あんた達ね...。

 別に本の虫になれとは言わないけど、こうやって読めない漢字が出てきちゃうんだから、少しは読んでもいいんじゃない...?」

 

「一応、サイバー都市に行ってから少しチャレンジしてみたんだが...。

 どうにもちまちましてて性に合わん...。」

 

「俺も漫画しか読まないっすね...。

 っていうか、サイバー都市に行った事有るんですか?」

 

「まだ私達が小学生の頃の話よ。

 因みにアクアと黒川あかねもね。」

 

「えっ、そうなの⁉︎

 ってか、有馬達ってホントに付き合い長いんだな...。」

 

 付き合いが長い_メルトが言及したのはかなとアクアとの関係である事は承知であるし、実際客観的に見て二人の付き合いは長いと言って差し支えないだろう。

 事実、芸歴の長さで言えば、二人のそれはこの作品のキャスト陣の中でも五指に入るものである故に、かのサイバー都市訪問の時点で互いについてある程度勝手知ったると言った様子であった事からも、自分達とは共演数の分母が違うのだろう事が窺える。

 それを踏まえた上で尚、大輝は思わざるを得ない。

 自分達をこうして結び付けているのは、実はこの稽古場の一角に集まっている『彼ら』なのではないか_と。

 彼が把握しているだけでも、この稽古場にいるキャスト陣の大多数に加え、彼にとっては忌まわしい記憶である母が起こした『あの事件』を考えれば苺プロの面々との交流が有った事も想像に難くない。

 『彼ら』がいなければ母の凶行は止まらず、自身とアクアの関係性はもっと緊張したものとなっていたであろうし、そもそも自身の命が今も続いていたのかすら怪しい。

 側から見れば意味不明な言動で暴れ回る変人としか言いようが無いのだが、ただの変人がアクアに、かなに、あかねに、メルトに、そしてあのカミキ ヒカルにすら尊敬、或いは信頼の眼差しを向けられるとは思えないのだ。

 

「なぁ、有馬...。

 上原さん、ずっとおやっさん達の事ガン見してるけど疲れてんのかな...?

 まさかあそこに混ざりたいとか言い出さないよな...。」

 

「アクアからの受け売りだけど、忠告しとくわよ。

 巻き込まれたくなかったら不用意におじさん達に触れるのはやめときなさい。」

 

 

 

「ねぇ、あかねは『あの人達』と知り合いなのよね...。

 ぶっちゃけ何者な訳?」

 

 主演グループとは別の区域にて、黒川あかねに自身の視線の先にいる変人達の素性を問う化野めい。

 そんな彼女達やその周りに集まっているのが『劇団ララライグループ』である。

 彼らの奇行はまだいい。

 いや、厳密に言えば気が散る為良くはないのだが、少なくとも演出の金田一や何故か行動を共にしている劇団の大先輩の指示に従い、稽古には真面目に取り組んでいる為、許容範囲ではある。

 実際、彼らの役所は漫画の登場人物である事を加味してもエキセントリックな者達であり、それらに相応しい存在が抜擢されたという事なのだろう。

 問題はあかねは勿論の事、あの有馬かなを含め他の面々とある程度の親交がある様子である点だ。

 あかねらの世代だけならば、『才ある元子役達の指南役となっていた』等考えられる可能性は出てくるが、そうなると今『彼ら』と共にいる自分達にとっての先輩との仲が、『星野アクアの父』というだけでは説明がつかない程の親密さを感じさせる事に疑問符が浮かぶ。

 仮にあの先輩との関係性が先に有り、後に元子役達との繋がりが出来たとしたなら、この舞台に至る迄演劇の世界で全くその名を聞いた事すら無いというのは無理があると思わざるを得ないのだ。

 

「何者って言われても...、ハジケリスト?」

 

「待って待って、更に分かんない単語出してくんのやめて。」

 

 自身の問いに数巡考えた後、あかねが出した回答に更に頭が痛くなってくる化野。

 確かに先の問い自体が余りにも漠然としていた感は否めないが、流石に正体不明の存在を定義する言葉として更に謎の単語を重ねられてはこうも言いたくなるか。

 

「そのハジケリスト?とかってのが何かは知らないけど...。

 そもそもあの人達って役者?

 それとも裏方関係の人なの?」

 

 謎の単語に顔を顰める化野に代わり、二人と同じララライ所属の女性キャストである吉冨こゆきが質問を続けた。

 この際、『ハジケリスト』とやらが雷田が彼らを指す際に使用した『ハジケ組』なる組織の構成員に対する呼称と解釈すれば、一応の納得は出来る。

 詰まる所、彼女達はあかねに対し自分達も先輩と同様に彼らと『役者仲間』として接するべきなのかを確認したいのだ。

 彼らが役者という枠であったとして、自分達が全く見聞きした事がない理由_声優の様に基本的には表に出ずに活動をしているか、或いは海外で活動しているという線が考えられるか。

 逆に俳優業でないのだとしたら、尚の事この舞台に抜擢された理由に疑問符が浮かぶ。

 その素性如何によっては、かの先輩のコネ採用も考えられる故に、他のキャストとは異なる接し方が求められるやもしれない。

 林原や船戸ら他のララライ組も口にこそ出さないものの、彼らへの距離感を測りかねているというのが実情だろう。

 あかねもまたそんな仲間達の考えに理解を示し、鞄からあるものを差し出した。

 

「...何これ?」

 

「『ボボボーボ・ボーボ本』だよ。

 これで3世編迄のボーボボさん達の事は大体分かるんじゃないかな。」

 

「どういう事⁉︎

 ってか3世編迄って、これにも載ってない情報がまだ出てくんの⁉︎

 ...ボーボボさんの自己診断グラフ、これ何で三重県⁉︎」

 

「ここから先は自分の目で確かめてみよう!」

 

「何、昔の攻略本みたいな事言ってんの⁉︎

 ねぇ、あかねホントにどうしちゃったの⁉︎」

 

 

 

 残されたもう一つのグループ_即ち、変人達とその対応を押し付けられている者達もまた、2.5次元舞台という新たなステージに向け歩みを進めていた。

 

「司令部より各機へ。

 間も無く味方輸送機との合流地点だが、周囲の状況はどうか?」

 

『こちらサイクロプス1、敵の姿は確認出来ない。』

 

『サイクロプス2、同じくだ。』

 

「了解、ストライダー隊はどうか?」

 

『こちらストライダー2、こっちにも敵影無し。

 流石に奴らの方も、そうそう余裕はねぇって事じゃねぇか?』

 

「無駄口を叩くな、ストライダー2。」

 

 何故か軍服の様な姿でトランシーバーを片手に状況確認を行うカミキ ヒカル。

 彼の視線の先では件の変人達が同じくトランシーバーを使用しているが、当然彼らの物理的な距離を考えればトランシーバーを使用する意味は全く無い。

 その台詞の内容からして、何らかの軍事作戦中という設定なのだろうか。

 それを裏付ける様に、サイクロプス1、2を名乗った首領パッチと破天荒、そしてストライダー2を名乗った天の助と、彼の隣にいる恐らくはストライダー1なのだろうボーボボは皆、全員耐圧服にヘルメットを着用とパイロット然とした姿なのだ。

 彼らの前方で何故か体育座りで待機している鴨志田が、彼らが言う所の輸送機なのだろうか。

 因みに『東京ブレイド』の劇中においてこの様なコマは当然の様に一つたりと存在しない。

 

『おお、君達があの名高いロングレンジ部隊か!

 この度の救援、部隊を代表して礼を言わせてくれ!』

 

『礼なら心のこもったお言葉より、実物の方がありがたいねぇ。』

 

「無駄口を叩くなと言ったぞ、ストライダー2。

 補給部隊、こちらの誘導に従い合流されたし。」

 

『...来るぞ。』

 

『お、おいどうしたストライダー1‼︎

 おいボリガー‼︎』

 

 軍人の如く敬礼を見せた鴨志田の言葉に、天の助が軽口を返す。

 そんな彼にヒカルが注意を与えた次の瞬間、ここまで黙していたボーボボが謎の反応と共に一歩前に出ようとする。

 他の面々は彼の行動の原因を把握出来ていない様子だが。

 

『状況か...、そうだな、少し心が躍るよ。』

 

『ま、まさかあれはヨコセヨのミスターX⁉︎』

 

 鴨志田を挟む形でボーボボ達の反対側に現れ、不敵な笑みを見せたのはアクアであった。

 黒灰色にオレンジの差し色が入ったヘルメットとパイロットスーツからして、ボーボボ達の敵対勢力なのだろう事が窺える。

 その状況だけを見れば、主人公勢力と敵軍のエースパイロットの会合シーンと考えられるか。

 彼らが跨っている物体を考慮しなければ、だが。

 

「♪♪♪」

 

「くっ、ストライダー1はミスターXへの対応を‼︎

 残る全機は輸送機の直掩に付け‼︎

 絶対に輸送機をやらせるな‼︎」

 

『悪いが我々にも余裕がないのでね...。

 それは落とさせてもらう。』

 

 ヒカルとアクア、親子の台詞を合図に両陣営は鴨志田へと距離を縮めていく。

 動物を模したメロディカーが奏でる音と共に。

 

『ロックオン、ファイア‼︎』

 

『バン、バン‼︎』

 

『そんなもので落とされはせんよ。

 バン、バン‼︎』

 

『イテ、痛い痛い痛い‼︎

 ちょっ、全部俺に当たってんですけど⁉︎』

 

「さっきから何してんだあの人達⁉︎」

 

 徐々に近付いていくメロディカーの上から、両陣営が指鉄砲によって輪ゴムを飛ばし始める。

 尤も、輪ゴムは全て鴨志田に命中してしまっている上に、炸裂音を自分達で言ってしまっている時点で先程迄の緊張感は霧散してしまった感が否めない。

 何やら周囲が騒がしいが、展開に気になる部分が有ったのだろうか。

 そんな光景を見守っていた主演である大輝は、確信を持った様子で呟く。

 

「フッ...、この現場、いい舞台になりそうだな。」

 

「どの辺が⁉︎」

 

 

 

「新宿の連中を...、全員皆殺しにしてやりなさい...。」

 

「黒川、そこの演技はもう少し強めに出ていい。

 ここは周りのテンションに合わせて。」

 

 自身の役である鞘姫の葛藤、そして組織の長としての責任感を込めたあかねの台詞に、金田一からの修正が入る。

 彼からのディレクションを元に芝居を再構成、より戦いに対して前のめりな台詞を出力する。

 

「新宿の連中を!

 全員皆殺しにしてやりなさい‼︎」

 

「OK、その感じで行こう。」

 

(...今ので良いんだ...。)

 

「次、黒幕組の潜入を化野と吉冨が怪しむシーン。

 天の助とパチ美から。」

 

 修正された演技を良しとされたにも関わらず、どこか納得出来ていない様子のあかねが稽古場の端へと移動すると、金田一の指示の下次のシーンの確認が始まる。

 まずはキャストが台本から感じ取ったニュアンスによって演技を行い、それに対して修正点が有れば、先程のあかねの様に演出の金田一からディレクションが入るという流れだ。

 

「先輩、本当にバレてないんですか...?」

 

「バカ言いなさい、アタシらはスパイよ。

 バレやしないわ。」

 

 シーンの演技を始める二人。

 再現度を高める為か、態々劇中の衣装である胸に大きく『スパイ』と書かれたスーツを着込む気合いの入り振りだ。

 そんな二人を化野と吉冨の役が怪しんでいる所からシーンはスタートした。

 

「でも、あの二人に見られてる気が...。」

 

「気のせいよ気のせい。

 もし見つかったとしても、『自分スパイですから』。

 これでオールOKよ。」

 

「流石先輩‼︎」

 

「潜入なんて楽勝よ。」

 

「捕まえるわよ‼︎‼︎」

 

「見つかった‼︎⁉︎」

 

「くっ、こうなったら...。

 自分スッパイですから‼︎‼︎

 スッパイですからーー‼︎‼︎」

 

「アナタは、酸っぱくなーい。」

 

「スッパイですからーー‼︎‼︎」

 

「そんなんで誤魔化される訳ないでしょうがー‼︎」

 

「鍔鬼ちゃん助けてー‼︎」

 

「何なのよその『ツバキ』って‼︎

 訳分かんない事言ってんじゃないわよ‼︎」

 

「...吉冨、『ツバキ』の言い方だが、もう少しイントネーションを平坦にして単語自体を理解していない感を出そう。

 この後のカミキとボーボボの会話シーンで不穏さを煽る事に繋げられる。

 他はそのままで行こう。」

 

「はい!」

 

 今ので本当に良いんだろうか。

 

 

 

「さっきの、やっぱり納得いかない?」

 

「えっ、あっ、えっと...。」

 

 自身に声を掛けてきた女性_高峯の言葉にどう反応したものかとあかねは逡巡する。

 以前よりララライ組との交流を持ち、今回の舞台では金田一の補佐役との説明をされていた彼女と会話する事自体に抵抗は無い。

 ただ、彼女の言葉からして話題が間違いなく先の自身の演技についてである事が分かりきっているだけに、どの程度迄自身の考えを話すべきか迷ってしまうのだ。

 と言うのも、あかねが演じる『鞘姫』というキャラクターに対する解釈について、脚本との不一致が発生しているのが原因なのだが、それをそのまま伝えてしまっては、一役者が脚本や演出を批判する事になってしまう。

 

「...あかねちゃんからだと言い辛いだろうから、私から言うね。

 正直、この鞘姫の扱いはどうなのって思ってる。」

 

「その...、良いんですか?

 そういうのって、金田一さんは余り...。」

 

 高峯が先に脚本上の鞘姫に対する扱いに苦言を呈した事で、幾分あかねも話しやすくはなった様だが、それでも彼女自身が把握している金田一の人となりが懸念となっている様子だ。

 そもそもの前提として、『演技指導は演出家から受ける』という指揮系統を崩さないのは当然の事である。

 脚本を相互に確認しているとは言え、演出家、役者、脚本家が同じ人間でない以上、その感覚が完全に一致する事はない。

 その状況で複数の相手から指示を受けては、その微妙なニュアンスの違いに混乱が発生するのは火を見るより明らかであり、金田一の場合は役者同士での演技の駄目出しをしあうのすら難色を示す程だ。

 全員の要望を一々汲み取っていてはキリが無くなってしまうのである。

 

「そうね。

 でも、だからと言って役者が脚本に不満を持ってはいけないなんて事はないと私は思う。

 特に、今回の鞘姫役なら尚更ね。」

 

「...その、原作だとここまで好戦的ではないと思うので、そこの解釈が...。」

 

 それでも尚、自身が抱えている感情は間違ったものではないとの高峯の言葉を受け、あかねも少しずつ自身の考えを語り始める。

 この『東京ブレイド』という舞台作品において、あかねは立ち上がりから役作りに苦戦していた。

 それは先程の演技然り、彼女の中の鞘姫に対するイメージと脚本内におけるイメージとのギャップが齎す不和が原因である。

 彼女が演じる鞘姫というキャラクターは、主人公の敵対勢力の重要人物である都合上、表立って戦闘を行う機会が少ない事も重なり、出番が多くない存在なのだ。

 当初こそアクアが演じる刀鬼の許嫁という設定でヒロインの一人として登場していたものの、かなが演じるつるぎとの敵味方の垣根を越えたカップリングの人気が上昇するに従い、本来持っていた筈の『刀鬼の相方』というポジションと共に出番を失っていった不遇のキャラクターである。

 尤も、これだけならまだあかねも『そういったキャラクター』と考える事が出来よう。

 そもそも物語とは基本的に主人公が存在し、そのキャラクターを中心に描写されるものである。

 当然、『東京ブレイド』にもブレイドという主人公、及びその仲間である新宿クラスタの面々が存在し、彼らを中心に物語が展開される都合上、ただでさえ敵対勢力に身を置く鞘姫の描写が少なくなってしまうのは当然と言わざるを得ない。

 そして、キャラクターの描写が少ない以上、描写されていない部分を想像し補完する必要が出てくるのだが。

 

「本来、姫は内気で人を殺める事に葛藤を抱く優しい子なのに...。

 これじゃ、殺戮大好きなクレイジーですよ!」

 

「ははは、そこまで言われちゃうか。」

 

 鞘姫を演じる立場である故に、彼女に対して真摯に向き合った結果出てきた辛辣なあかねの評価に高峯は思わず笑ってしまう。

 同じ脚本家として、GOAの立場も理解している故に、自分も或いはこの様に思われてしまうのかと考え、改めて役者、脚本家、演出家、更には原作者と同じ作品でも立場によってこうも意見が変わってしまう事を実感させられたのだ。

 

「...すいません、GOAさんの事を悪く言いたい訳じゃないんですけど...。

 ただ、これじゃ余りに便利に使われ過ぎてないかって...。」

 

 勿論、あかねとて漫画のシーンを演劇という別のメディアに落とし込む都合上、展開や人物像に少なからず変更が必要な事は理解している。

 演劇は観客_メディアを楽しむ側との物理的な距離が存在する故に、観客にとって『分かり辛い』という状況は致命的なものとなってしまう。

 しかしながら、先の金田一の前でのあかねの最初の演技然り、役者側は鞘姫の様な静かなキャラクターの本質を表現出来ない訳ではなく、それ故に彼女も現状の役の扱いを歯痒く感じてしまうのだろう。

 

「そうだね...、実際同じ脚本家として言わせて貰えば、鞘姫の心情を描写する方法も無い訳じゃないんだけど...。

 でも、GOA君の作ったこの脚本が決して悪いものじゃないとも思ってるの。」

 

 自身の考えに一定の理解を示す一方で、GOAの仕事振り、言い換えれば今の鞘姫の扱いにも理解を見せる高峯の考えに興味を示すあかね。

 彼女自身が語った通りGOAと同じ立場である点は無視出来ないだろう。

 加えて、彼女が鞘姫の心情を表現する方法を見出していると語った以上、現在『売れっ子』として各所に引っ張りだこのGOAがその手法を見落としているとは考え難い。

 更に言えば、その脚本はGOAの独断によって決定した内容ではなく、この場においての役者の演技を方向付ける金田一も確認した上でのものだ。

 立場を変えれば、鞘姫という『損な役』が生まれてしまう事を致し方なしと判断した要因が有るという事だろう。

 果たして、自身の言葉の根拠を示す為に彼女が差し出したスマートフォンの画面には、丁度先程の鞘姫の演技指導の一幕が映し出されていた。

 

「まず、こっちのあかねちゃんが最初にやってくれた演技。

 確かに『鞘姫』というキャラクターを『原作通り』に表現するなら、こういう葛藤を抱えた感じになるよね。

 これと金田一さんの指示を受けた後の演技を比較すると、まず目に見て分かりやすいのが『尺の取り方』。」

 

 彼女の示す画面を確認すれば、成程確かに最初の演技が7秒半程度であるのに対し、ディレクション後はそれが5秒弱に短縮されているのが分かる。

 たかが2、3秒程度に思えるこの差だが、『東京ブレイド』の様に登場人物が多い群像劇となると、約2時間の決められた尺を考えれば馬鹿に出来ない差となるのだ。

 

「これが例えばスピンオフ、それこそ鞘姫を主役にした舞台であれば、彼女が抱える葛藤を観客に伝える意義も大きくなる。

 何しろ皆、『鞘姫を観に来てる』筈だからね。」

 

「...でも、この『東京ブレイド』ではそうじゃない...って事なんですね。」

 

「少なくとも、金田一さんとGOA君はそう判断したという事ね...。

 この舞台のメインとなるのは、『キャラクター達の深掘り』ではなく、『ブレイドとその仲間達が繰り広げるアツいバトル』であり、その為のステアラという箱や裏方の手配...。

 魅せたいポイントを明確にして、観客にとって分かりやすい作品とするのも私達の大事な仕事なの。」

 

 彼女の弁には流石のあかねも反論が出来ない。

 何も、彼女や恐らくはGOAも鞘姫という存在を嫌っている訳ではないのだ。

 では、この舞台における盛り上げたいポイントにとって、『鞘姫の心情』は必要なのかと問われれば否と答えるしかない。

 企画の狙いは『ステアラ劇場の機能を最大限利用した派手な演出とバトルによって観客を楽しませる事』であり、『キャラクターの魅力を表現する事』ではない_少なくとも原作者である鮫島アビ子が了承しているのだから、そう考えるのが妥当だろう。

 翻って、あかねに求められている事を考えれば、それは渋谷クラスタの長として主人公達と対立している存在である事を明示する役割だと言える。

 

「分かりやすくかぁ...。」

 

 高峯の説明を受けて尚、GOA達の判断に完全に納得出来た訳ではないあかねだが、先程よりも『そうする理由が有る』事は理解出来た様子だ。

 自身の考えとは違うやり方にも時には合わせなければならない_プロフェッショナルとはそうした振舞いも求められる存在なのだから。

 

 

 

「やっほ、来ましたよっと。」

 

 あかねが高峯からの説明を受け、脚本に対して一定の理解を見せた日から更に二日後。

 その脚本を手掛けた張本人であるGOAが、稽古場の扉を開き声を掛ける。

 この日は原作者の鮫島が稽古の見学に来る予定であり、役者陣の演技の確認と原作者への挨拶を兼ねているのだろう。

 そんな彼にキャストの一人であるアフロの男性が近付いたかと思うと、彼の腕に手錠をはめてしまった。

 

「不法侵入で逮捕。」

 

「何で⁉︎」

 

「逃がさないわよGOAちゃん‼︎

 この前、脚本直してって言ったのに全然聞いてくんないじゃない‼︎

 パチ美も卍解使いたいの‼︎」

 

「それは無理だって何回も言ってるじゃない!

 他の作品の技なんか出せる訳ないでしょ⁉︎」

 

「パチ美、代替案で『第六天魔王・織田パチ長』で手を打たないか?」

 

「...んもう、金ちゃんってば相変わらずズルい人なんだから。」

 

「流石です、おやびん‼︎」

 

 相も変わらず嵐の如く暴れ、去っていったバカを横目に漸く人心地ついた様子でフォローに入った金田一の隣に腰掛けるGOA。

 売れっ子である故に別件の仕事も抱えているだろう彼からは、明らかに睡眠時間が足りていない様子が見て取れる。

 

「お疲れの様子ね...。

 頑張るのもいいけど、体壊したら身も蓋もないわよ。」

 

「はは、ありがとうございます先輩。」

 

 そんな彼の前にペットボトルのお茶を置きつつ声を掛ける高峯。

 二人の会話を聞いていた金田一も、この大事なタイミングで彼に離脱されては困る為に、息抜きを提案しようかと考えたのだが。

 

「いやはやパチ美ちゃん達の行動力には参っちゃうよ。

 天ちゃんなんて昨日の夜、家の冷蔵庫の中にいたんだから。」

 

「お気のど...ちょっと待て、冷蔵庫の中ってどういう意味だ...?」

 

「はーい、お疲れー‼︎」

 

 サラッと告げられたGOA宅での意味不明な現象が気になる様子の金田一だが、残念ながらそれを追求するタイミングは稽古場に響いた雷田の声によって失われてしまった。

 

「今日はスペシャルゲストがお越しですー‼︎」

 

「あ...えと...こんにちは...。」

 

「『東京ブレイド』作者のアビ子先生!

 ...と付き添いの吉祥寺と申します。」

 

 雷田に続いて小声で挨拶したのが、鮫島アビ子その人である。

 人見知りが激しい性格を自覚している故に、今回は自身の担当編集者だけでなく、自身の師にして手掛けた作品のメディアミックス化の経験が豊富な吉祥寺に同席を願った格好だ。

 懸念通りと言うべきか、最低限の挨拶以外まともに言葉を続けられない様子の彼女に代わり、吉祥寺から紹介がなされる。

 キャスト陣にとっては予想外の人物の登場に、いち早く反応した者達が吉祥寺へと近付いて行った。

 

「吉祥寺先生、お久し振りです!」

 

「有馬さん!

 アクアさんに鳴嶋さんもお久し振りで...、えっ、ボーボボさん達もいらっしゃるんですか...?」

 

 自身へと声を掛けたかな、そしてそれに続いてきたアクアとメルトとの再会を喜ぶ吉祥寺。

 かなやアクアは言わずもがな、メルトもまたこの場にいるという事は、あの時から確かな成長が見られる故の抜擢なのだろうと判断した故に。

 尤も、その件で事態を動かす要因となった変人達までこの場にいるのは予想外だった様だが。

 

「ああ、俺達も黒幕の鍔鬼の下の三人衆として参加する事になったんだ。」

 

「吉祥寺先生、はじめまして、カミキと申します。

 ...『今日あま』では息子がお世話になりました。」

 

「アクアさんの...。

 こちらこそ、アクアさんがあのストーカー役を引き受けて下さり、誠にありがたく思っております。」

 

 自分達がこの場にいる理由を説明したボーボボに続き、ヒカルが吉祥寺に頭を下げる。

 息子が出演した作品の原作者と対面するという中々ない機会に直面しているだけに、珍しく緊張した様子だ。

 一方の吉祥寺も、付き添いで来た事をすっかり忘れ、自身の作品でストーカーという難しい役を演じ切ったアクアを素直に賞賛する。

 和やかな空気に包まれ、自分達の横で『彼ら』が動き出しているとも知らずに。

 

 両者の間に合図は不用だった。

 余人の立ち入れぬ緊迫した空気、指の関節一つ動かすタイミングを間違えただけで、一気に相手に制されるだろう事が分かり切っている故に。

 なればこそ、二人が動き出すタイミングも全く同じである。

 勝負は一瞬、互いが交錯する瞬間に全ての技量がぶつかり合った。

 

『パチ美流奥義 アルティメット・メイクアップ』

 

「...これが本物の『アルティメット・メイクアップ』ですか...。

 お見事ですね...。」

 

「流石だぜ、おやび...ッ⁉︎」

 

 パチ美の奥義『アルティメット・メイクアップ』を直に受けた鮫島が、初めて見るその技量に感嘆の声を上げる。

 事実、パチ美自身も、二人の交錯の行方を見守っていた破天荒ですら手応えを感じており、振り返った鮫島の目元には先程までは無かった妖艶さを感じさせるアイシャドウが施されていた。

 一瞬の交錯の間際になされた化粧、そしてそれを可能にしたパチ美の超絶的な技量を賞賛すべく破天荒が近付いていくが。

 

「おやびん、額のそれ...、『無敵要塞ザイガス』...?」

 

「フッ...、ご丁寧に漢字とカタカナで太さを変えてるなんてね...。

 『シャークさんのマジックコンボ』...、アナタがその使い手だったとは驚いたわ...。」

 

 パチ美が、そして破天荒が驚愕したのも無理からぬ事だろう。

 その額には、先の一瞬によって油性マジックで『無敵要塞ザイガス』の文字が刻まれていたのだから。

 更に注意深く観察すれば、その文字は漢字とカタカナとで太さが変えられており、それを示す様に鮫島の両手に太さの違う油性マジックが握られていた。

 二本のマジックを同時に操る『マジックコンボ』_それを可能にした者の背中は確かな技量と共に、ある種の孤独を感じさせたが。

 

「お見事よ、鮫島先生。」

 

「いえ...、こちらこそです、パチ美さん。」

 

(私は何も見てない、見てないったら見てない。)

 

 その背中に差し伸べられたパチ美の手を取りつつ、先程から幾分柔らかくなった表情を鮫島が浮かべる。

 互いの健闘を讃えあう二人の姿を、吉祥寺は意地でも視界に入れまいとしていた。

 自身初のメディアミックスに不安を感じていた後輩が、その内容は兎も角としてそこにいる者達と打ち解ける切っ掛けが出来たのは幸先が良いと言える。

 対人関係に難が有る鮫島ではあるが、決して性根が悪い者ではない。

 強いプロフェッショナリズムと作品への愛情、そして自身の理想を良くも悪くも具現化出来てしまう技量を持つ彼女の様な人物は得てして孤独になりがちであるが、一方で他人の才覚に敏感である分、その熱量と実力を感じ取る事が出来るのだ。

 そこに携わる者達の情熱は時に、原作者をも動かす力を持つ_図らずも自身が最近実感した思いを後輩が感じ取ってくれれば、この企画もきっと上手くいくだろう。

 

「脚本、今からでも直して貰えますか?

 ...その、全部。」

 

 吉祥寺の思考が停止する様な発言が、後輩の口から飛び出さなければ。




 髪伸ばしたあかねちゃんめっちゃ好きです。
 でも拙作中だとキレたら魚雷先生になるので、原作とは別の意味で怖いかもです。
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