推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:75好きにやってくれ

「脚本...、全部直して下さい。」

 

 決して大きくはない鮫島のその言葉に、稽古場の空気が凍りつく。

 

「そう、まるで俺のプルプルボディがカチカチに凍って四角くなっちまうみたいに...。」

 

「ハイハイ、天さんは元から四角いですから静かにしてて下さいねー。」

 

「ぜ、全部って...!

 流石にそれは...、もうこの脚本でOK頂いて稽古にも入ってるんです!

 本番迄あと二十日ですし...。」

 

 天の助とヒカルのアホなやり取りを聞いてか、或いは舞台の総責任者としての矜持故か、真っ先に我に帰った雷田が鮫島の要求は余りに無茶なものであると必死に説明する。

 原作者として、脚本に同意出来ない点が有るのは理解出来るが、曲がりなりにも自分達は何度も脚本のリテイクを彼女に提示し、舞台脚本として利用出来る範囲を見定めながら了承を得た上で企画を開始したのだ。

 それが事ここに及んでこの発言では、雷田でなくとも「では何故一度了承したのか」と言いたくもなるだろう。

 しかし、鮫島もまた引き下がる様子を全く見せない。

 自分は何度も修正を依頼していた筈だ_と。

 

「実際に動いてる所を見ればって言うから、本当に良いならOKですけどって言いました。

 でも、良くないからOKじゃないですよね?」

 

「ッ‼︎」

 

「先生...、ご希望に沿わない脚本を上げてしまった事をまず謝らせて下さい。

 勿論、今からでも直せる所は直すつもりです...。

 ですが、正直に申し上げますと...。」

 

 淡々と浴びせられた否定の言葉に、雷田は返事に窮してしまう。

 実の所、現在出来上がっている脚本の制作に際しても、現在彼女の背後で顔面蒼白となっている担当編集者やライツ関係企業の担当者を通し、彼女が到底納得出来ていない事、そして舞台作品とその為の脚本制作に対する知識に乏しい事を察していたのだ。

 しかし、そうは言っても『原作者』という立場はそんな理屈を無視出来るだけの存在感を有する。

 雷田に代わって前に出たGOAも、『この脚本を書いた人物』として彼女から向けられる鋭い視線に耐えつつ謝罪と弁明を行うが、正味彼としても数々の舞台脚本を手掛けてきた経験上、今の内容からどう変更すれば良いのか途方に暮れている状態であった。

 

「修正したい所は事前にお伝えした筈ですけど...、読み取れてないんですね。

 どう直せば良い?

 本当に『東京ブレイド』読んでくれてますか...?」

 

「勿論、読ませて頂いてます!

 その上で、原作の魅力を引き出す為の脚本を...。」

 

「読んだ上でこれなんですか?」

 

 そのGOAの言葉が引き鉄になってしまったのだろう。

 それまでは不満を感じつつも、対人関係が不得手な者なりに何とか社会的な対話をしようとしていた鮫島の表情が見る見る険しいものへと変わっていく。

 

「貴方が上げてくる脚本...、このキャラはこんな事言わないし、こんな事しないってのばっかり...!

 別に展開を変えるのは良いんです!

 でもキャラを変えるのは無礼だと思いませんか⁉︎

 うちの子達はこんな馬鹿じゃないんですけど‼︎」

 

「それって、パチ美の役も実は隠れた天才設定が...?」

 

「パチ美さんの役はただの馬鹿です‼︎」

 

「⁉︎」

 

「兎に角、私が舐められてるだけなのかなと思ってたら、脚本家の方が純粋に理解出来てないみたいですね!

 ちゃんと原作読んだ上でこれって言うなら...、この人ちょっと制作者としての_」

 

「ちょいと待ちな。

 それ以上は駄目だよ、鮫島先生...。」

 

 同じクリエイターに対する余りにも無礼な鮫島の発言はしかし、すんでの所で止められた。

 鮫島が、GOAが、他の面々の視線が、その静かに諭す様な声の主へと集中する。

 

「いいかい鮫島先生...。

 相手を信じねぇって事は、相手からも信じられねぇって事だ。」

 

(...あの人、また何かに影響されたんだ...。)

 

 そこに立つ首領パッチの額には、何故か『先生』の文字が刻まれ、ジャージと眼鏡、そして態々被ったおさげ髪のカツラと熱血教師然とした雰囲気を出しているのだ。

 

「...な、何なんですかアナタ...?」

 

「私かい?

 私は、そいつらの担任の先生だよ。」

 

「俺はやんパチみたいな教師になる‼︎」

 

「ぎゃああああ‼︎‼︎」

 

 その変人の異様さに勢いを削がれた鮫島が、謎の人物の正体を問う。

 『そいつらの担任の先生』との言葉にGOAや周囲のキャストへと視線を送ってはみるものの、誰一人知らない様子だ。

 すると、変人を『やんパチ』と読んだアフロの生徒らしき者によって背後から金属バットで殴られてしまった。

 

「やんパチーー‼︎」

 

(自分でやったんじゃないの⁉︎)

 

「...最後に額にある先生の『生』の字を剥がしてみな...。」

 

 息も絶え絶えな様子のやんパチとやらに促され、アフロの生徒が指示に従うと、成程『生』の部分がシールとなっており、下から『八つ橋大好き』の文字が現れる。

 そんなやんパチに何を思ったのか、アフロの生徒は何処から取り出したのかぬか漬けのぬかへとやんパチを何度も叩きつけ始めた。

 

「やんパチやんパチやんパチーー‼︎‼︎」

 

「ぶ‼︎」

 

「何やってんのこの二人⁉︎」

 

 

 

「...先程、大変失礼な事を言いかけてしまったのは謝ります。

 ごめんなさい。

 ですが、何度お願いしても修正されないどころか、私としては更に酷くなっている様にしか思えませんでした...。

 私の伝え方が悪かったのか、それとも...こう言ってはなんですが、そちらの方が私の作品を扱う事に向いていないのか...。

 何故こんな内容になってしまったのか、説明して欲しいです。」

 

 意図したものかは兎も角、先の奇行を見せられた事によって幾分落ち着きを取り戻した鮫島が、GOAへと謝罪しつつ改めて事の経緯の説明を雷田達へと求める。

 彼女が把握している限りでも、彼女の多分に感覚的な表現によって抽出された不満点は、一度担当編集者によって整理され伝わっている。

 つまり、この人伝の伝達によって自身の考えがGOA側、或いはそもそも編集者にすら明確に伝わっていなかったという可能性は考えられるだろう。

 その反対に、仮に修正点が整理されて伝わっていたとしても、GOA側の汲み取り方、言い換えれば両者のクリエイターとしてのセンスが致命的に合わないという線も有り得るか。

 自身の師である吉祥寺が手掛けた作品が最近唐突にドラマ化していたが、彼女にこの舞台化について相談した際には、少なくともその時の脚本家はよく作品を研究していたと語っており、実際に対面した際にもその真面目さがよく出ている人物だと評価していた。

 寧ろ件の脚本家にとっては、例のドラマ化が脚本家デビュー作だと聞いて驚いたのだという。

 ここからも、客観的に見たクリエイターとしての評価と、『自分がその相手の感性に共感出来るか』は全く別問題である事が分かる。

 

「せ、先生それは...。」

 

「...ちょっといいかい、先生。」

 

 編集者は彼女の言葉に頭を抱えるものの、雷田は内心で状況が打開出来るならそれも、と考え始めていた。

 実際に彼女から編集者に対してどの様な言葉が伝わったのかは定かではないが、業界内では有名な『伝言ゲーム』について説明すれば、彼女が何処に問題を感じるかはさて置き、少なくともGOA一人が糾弾される状況は避ける事が出来よう。

 彼は間違いなく優秀な脚本家であり、それがこの癖の強い性格の持ち主一人に潰される事こそ看過出来ない問題である。

 話を何処からどう整理すべきかと彼が頭を捻っていると、思いもよらぬ人物から鮫島に声が掛かる。

 

「あなたは...?」

 

「『渡り鳥』役で出演する破天荒ってもんだ。

 おやびんが伝説の『ハジせん』を見せてくれたからには、子分の俺も気張らなきゃと思って出しゃばらせて貰った。

 ここにいるキャモ志田はこういう2.5次元舞台に沢山出てんだ。

 そういう奴の意見を聞いてみてもいいんじゃねぇかな。」

 

「破天荒さん?

 僕、鴨志田なんですけど?

 っていうか、僕はあんまり出しゃばりたくないんですけど...。」

 

 鴨志田の指摘が見事にスルーされつつも、鮫島も破天荒の提案に一考の余地が有ると感じたのだろうか、彼の言葉を聞く姿勢を見せた。

 成程、確かに実際に演じる事となる役者側の意見というのは鮫島側にはどう足掻いても想像すら出来ない領域である。

 まして、同様のメディアミックスの経験が豊富となれば、その脚本の良し悪しも判断出来るだろう。

 

「...確かに、それは一理ありますね。

 キャモ志田さん、お願い出来ますか?」

 

「いやだから鴨志...、いやもういいです...。

 僭越ながら、僕個人としては比較的原作に準拠した脚本になっているかと思います。

 それと、先程GOAさんに対して『このキャラはこんな事言わない』と仰っていましたが、そもそもの演劇の性質として『ある程度シンプルかつ大袈裟にした方が観客に伝わりやすい』という点はご理解頂いていますか?」

 

「それはまあ、何となくですが...。

 でも...、この辺とか道端で心情をべらべら喋ってるのなんて、構ってちゃん集団になってる様にしか思えないのですが...。」

 

「えーっと...、ああ場転に繋がる所ですね。

 この辺はセットの限界も有るので多少はご理解頂きたいのと、ステアラである事を加味すれば然程しつこく感じる事無く次のシーンに移れるかと思いますが...。」

 

 鴨志田の最初の言葉_比較的原作に準拠しているとの発言に一度は眉を顰める鮫島だが、続けて語られた演劇の構造や性質を持ち出されては多少なりとも納得せざるを得ない。

 確かに、遠くから観ている者にも伝わる事を意識せねばならない以上、『全てを原作通りに』とはいかないのだろう。

 何しろ、観客は上演中に原作と見比べるなんて事は出来ないのだから、原作における『厳かに心情を語るシーン』が、ともすると『何をやっているのか分からないシーン』になりかねない。

 ただ、そんな中でも鮫島には一つ引っ掛かる情報が入っていたのだが。

 

「成程、確かに現実的に全部の背景を準備するのは無理な話か...。

 ...因みにその『ステアラ』というのは?」

 

「...えっ、そこから...?

 えっ、雷田さん、先生に説明してないんですか?」

 

 鮫島の疑問に思わず敬語を忘れて反応してしまう鴨志田だが、それも無理からぬ事だろう。

 著作者には同一性保持権、簡単に言えば無断で著作物を改変されない権利が存在する為、今回の様なトラブルが発生しない様に企画者側が入念な説明と確認を行うのは当然の事である。

 鮫島の多忙さを想像するに、実際にステージアラウンド劇場での舞台がどういったものかを体験する時間が取れないのは仕方がないだろうが、その概要はおろか存在すら認知していないのは問題である。

 ここまで両者に認識の食い違いが有っては、意見が合わないのも当然であろうと鴨志田も感じていた所に、鮫島の背後に控えていた編集者が有力な情報を差し出した。

 

「...いえ、頂いた資料は私の方から先生にお見せした筈ですよ。

 企画のお話を頂いた時にパンフレットを渡したじゃないですか。」

 

「...そんなのありましたっけ?」

 

「話す前にメールで送付もしてあります‼︎

 ちょっと待って下さい、それも分からずに修正しようとしてたんですか⁉︎」

 

「これが会場のホームページなんですが...。

 普通の劇場と違って、こんな感じで客席の周りを舞台が囲む様になってるんです。

 先程先生が仰ってた場面がこの部分でやってたとしたら、客席が隣の舞台に向く様に回転して次のシーンに移行するって感じになります。」

 

「...。」

 

「あ、あの、先生...?」

 

「煮なはれ‼︎‼︎ 焼きなはれ‼︎‼︎」

 

 阿修羅像の如き形相、そして何処から取り出したのか『無価値』と書かれた大きな紙を掲げた鮫島の姿に、先程とは別の意味で稽古場の空気が凍りついていく。

 

「そう、まるで乾燥し過ぎてかなの唇がガサガサになっちまう程に...。」

 

「毎日リップクリーム塗ってるわよ、失礼しちゃうわね‼︎」

 

 

 

「あ、あの、先生...。

 流石にもう頭を上げて下さい...。

 というか、そんな事してたらお召し物が...。」

 

「私が皆さんに謝る為には土下座じゃ足りません!

 故の土下寝です!

 さぁGOAさん、その靴で私の頭を踏みつけるなり、そのネジネジで首を絞めるなりご自由に‼︎」

 

「しませんよそんな事⁉︎

 後、ネジネジじゃなくてストールです!」

 

 自分達の前で直立不動の形のまま床に突っ伏す_所謂土下寝を続ける鮫島に、先程とは別の意味でどう対応したものかと頭を悩ませる雷田とGOA。

 予期せぬ破天荒の介入、そして鴨志田からの説明を経て、彼女が自身の非を認め怒りを鎮めてくれたのは良かったのだが、流石に原作者にこの格好を続けさせるのは、例え彼女の横でお冠な様子の編集者が許してもよろしくないだろう。

 

「先生、大変失礼な事を承知で申し上げますが、実の所僕も先生からの不満を伝えられた際、『ああこの人は舞台の事を何も分かってないんだな』と切り捨ててしまっていました。

 そもそも、先生は漫画家であり舞台に関わる方でない事は百も承知であった筈なのに...。

 本来交わらない業界のクリエイター同士の橋渡しをするべき仲介役がこの態度...、猛省しています。

 ですので先生、この機会にお互い腹を割って話しませんか?」

 

 雷田が語った反省の弁を受け、漸く鮫島も半身を起こした。

 極端な言い方をしてしまえば、漫画家も脚本家も反対の立場に対しては素人でしかない。

 GOAがどれだけ『東京ブレイド』を読み込み研究したとしても、同じ様に漫画を描ける様にはならず、その逆もまた然りだ。

 そして両者の仕事の性質の差異が大きければ大きい程、互いの考えを想像する事が難しくなってくる。

 そんな時に両者の間を取り持ち、より良い作品にしていくのが仲介役に求められる仕事であろう。

 それを果たせなかった負い目を感じる故か、改めて彼女の要望を探ろうというのだ。

 

「...私の方こそ。

 ...ここ二ヶ月、アシスタント無しで一人で描いてて...、寝不足で、舞台の話も重なって、頭分かんなくなってて...。

 冷静に考えれば、脚本の気になった部分がどんな風になるのか聞くべきだったのに...。

 その為に、先生にも相談したのに...。」

 

 途中から涙ぐみながら語られた彼女の言葉に、雷田もGOAも目を見開くが、彼らが視線を向けた先の編集者も、そして彼女曰くの先生_吉祥寺も揃って首を横に振るのみだ。

 漫画家が基本的にアシスタントを雇い、共に作業を行っている事は門外漢である彼らですら知っている常識と言っていい事である。

 それが一人もいない状態という事は、漫画制作における作業、更には作品に纏わる監修等の作業を全て彼女一人でこなしているのだろう。

 当然、編集者側もそんな状況を良しとはしない筈だが、この一時間程度で感じられる彼女の作品に対する拘りの強さと対人関係の不得手さを鑑みるに、手配された人員と上手くいかなかったのだろう事が窺える。

 

「なら、尚の事もう一度話し合いましょう。

 いっその事、GOA君とタイミングを合わせて、リアルタイムで修正作業をしていく方が先生には合ってるかもしれません。」

 

「良いんですか...?」

 

 雷田に対するGOAの言葉は、『この土壇場でその修正作業をしてしまって良いのか』というだけではない。

 本来仲介役を挟んで調整していく両者の意見を直接ぶつからせるという『仲介役としての下策』を許容するのかという問いでもあるのだ。

 鮫島側が冷静になっている現状、当初程関係が拗れる事は無いだろうが、それでも関係が悪化しないと言い切れないのが双方の立場の難しい所である。

 企画自体が台無しになる可能性を考えれば、本来雷田側から提案する様な用法ではないと言っていい。

 

「普通なら良くないよ...。

 でも、この場にいる二人のクリエイターは『普通』じゃないだろう?

 正直、怖いもの見たさだけど二人の『本当の合作』を見てみたくもある。」

 

「全く、怖い人ですね...。

 そうなると、出来るだけ早くその時間を作りたい所ですが...。」

 

 しかし、それは凡人に対する尺度である。

 鮫島アビ子という天才漫画家、そして若くして様々な舞台の脚本を手掛けるGOA_この二人に用いるものとしては正しくないと判断した雷田だが、そんな彼の言葉に苦笑いを浮かべるGOAが語った通り、脚本の修正は可及的速やかに行わなければならない。

 修正の度合いにもよるだろうが、それを再度金田一と共に確認、キャストへと再配布する事を考えれば一分一秒も惜しい状況だ。

 とは言え、先程鮫島が語った彼女の現状を鑑みるに、次はいつ纏まった時間を確保出来るのか定かではない。

 実際に修正するGOA側としても、彼女の中の『許せるライン』が分からない事には同じ事の繰り返しとなってしまうだろう。

 

「話は聞かせて貰ったよ。」

 

「...やんパチ先生?」

 

「いやあの、入っていいって言ってないんだけど...。」

 

(というか、あれまだ続いてたんだ...。)

 

 そんな悩める一同の空気を一変させる存在が、許可も取らずに部屋の中へと現れた。

 やんパチとやらに扮するパチ美の存在は奇特としか言いようが無いが、然りとて先の一幕においてもその存在が空気を変え、鮫島に落ち着きを齎す切っ掛けとなったのも事実である。

 奇しくも『普通』ではどうにもならない状況を、またも変えてくれるのではとの期待を掛けるが。

 

「これから破天荒の力を使って何かこう...、良い感じにする場所を作るわ!」

 

「何そのフワッとした説明⁉︎

 破天荒君、ホントに大丈夫なの⁉︎」

 

「任せてくれ。

 おやびんの名に誓ってヘマはしねぇよ。」

 

「たった今あなたのおやびんの信用が地に堕ちたんだけど⁉︎」

 

 要領を得ないパチ美の説明に不安を覚える雷田達を他所に、力を溜めている様子の破天荒の手元に虹の如く七色に染められた鍵が出現した。

 その中の一つ、紫色の鍵を四つ手にした彼が雷田、GOA、鮫島、そして編集者へと鍵を投擲する。

 

「痛みはねぇから安心しな。

 カギ真拳超奥義『紫錠(しじょう)ドロップイン』‼︎‼︎」

 

 紫の鍵が胸へと吸い込まれた四人、そして技の発動者たる破天荒を謎の空間が包み込む。

 上下左右、目に映る全ての景色が紫一色に包まれた謎の空間に驚く四人を落ち着かせる為に、破天荒がこの空間、そして先の技の概要を説明していく。

 『紫錠ドロップイン』_破天荒がかつての魚雷ガールによる修行の末に手に入れた『虹鍵』と呼ばれる七種の鍵に込められた力の一つである。

 この紫の空間は一種の精神世界の様なものであり、この空間の中では被使用者の体感時間、発生する事象、双方の力関係に至る迄全てが破天荒の思いのままになってしまうのだ。

 技の用途も、精神攻撃から対話と幅広いものの、欠点としてこの空間内で発生した現象は現実世界に一切影響せず、根本的なカギ真拳自体の効果範囲の狭さと彼自身の実力も相まって、この技が適用出来る状況の多くは他の技でもって物理的損害を与える事で解決出来る場合が多い。

 それらを踏まえて尚、この技が『虹鍵』の一つに連なっているのは、一度この空間に相手を引き摺り込んでしまえば、時間的、空間的制約すらも無視した文字通り彼が『神』となる世界を創り出してしまう故であった。

 

「さて、準備するのは脚本に、後はデカいモニターが有ればOKか?

 試しに編集する様にイメージしてみてくれ。」

 

「す、凄い...!

 頭に浮かべただけで、カーソルも文字の変換も思いのままだ...!」

 

「それにこの世界...、さっきから全然疲れません...!

 フワフワと体が軽くなった感じです...。」

 

「これでリアルタイムで編集するって事か...。

 何て出鱈目だよ、ははは...。」

 

「...しかし、先程の説明によれば、この編集作業が実物に影響する訳ではないとの事でしたよね...?

 作業量如何によっては、流石にGOAさんも覚え切れないのでは...?」

 

 破天荒の異能に驚愕する一同だが、編集者が語った懸念事項に冷静さを取り戻す。

 成程、自分達が置かれている現状は快適な事この上ない。

 編集ツールこそ破天荒によるイメージを必要とするものの、この空間自体が彼の力によるものなのだから、彼とコミュニケーションが可能であれば必要なツールはほぼ実現出来ると言っていいだろう。

 精神世界の様なもの故なのか、肉体を動かす事による疲労感を感じない、或いは破天荒が感じなくしているのか、何れにせよこれも無視出来ない利点である。

 現在、様々な作業に忙殺されているだろう鮫島の感想は何とも実感がこもっている。

 加えて、先の説明によればこの空間にいる間の経過時間すら破天荒の思うままであると言うのだから、雷田の反応も無理からぬ事か。

 しかし、この場で幾ら作業を行おうとも、現実で全員が手にしている脚本には影響しないという点は留意せねばなるまい。

 精神攻撃にも使われると語っていた以上、良くも悪くもこの空間内での記憶を現実世界に引き継ぐ事は可能なのだろうが、この空間での作業を全て記憶し現実の編集作業に反映するのは、GOAがどれだけ優秀であろうと限界が有る様に思える。

 

「そっちも当然考えてるさ。

 例えばだが、一ページやる毎に俺の鍵で記憶を『LOCK』して保存しておく。

 んで、現実のGOAが作業する時にその記憶を元に戻していきゃいい。」

 

「そんな事も可能なのか...。

 パチ美ちゃんといい、君達は一体...。」

 

「さてな...。

 さ、今は俺達の事より作業を進めちまってくれ。」

 

 一同の驚愕の視線に肩をすくめた破天荒の言葉に促され、クリエイター同士のぶつかり合いが始まる。

 この空間を維持している間は、恐らく彼も力を使い続けているのだろう。

 そして現実に戻れば、金田一やキャスト_多くの人々が決着を待ち望んでいる。

 時間すら操られてしまう空間だからこそ、無駄に出来る時間は一秒たりと存在しないのだ。

 

 

 

「こことここはカットして良いです。

 その代わりこういう台詞を足します。」

 

「それやると、大分原作の展開から離れませんか...?」

 

 鮫島による大胆な編集を目にし、大元のストーリーからの剥離を原作者自身が許容する姿勢に困惑するGOAだが、その考えの軸を彼女自身がすぐさま語っていく。

 

「良いんです、大事なのはキャラの柱なので。

 そこさえ変わらなければ何やってもOK。」

 

「成程...、ちょっとずつ先生の許せるラインが見えてきました。」

 

 今にして思えば、先刻彼女が怒りを露わにした際にも『展開を変えるのは良いが、キャラを変えるのは無礼』と語っていた事が思い出される。

 自身が生み出したキャラクター達の本質を理解し、それに沿った行動をしているのであれば、それは『キャラクター達が選択し得る可能性』と考えているのだろう。

 

「だとしたら、ここはこうするのはどうです?」

 

「ありあり。

 分かってるじゃないですか!」

 

「そしたらここはこういう感じで。」

 

「えっ、どうして?」

 

「ちょっと舞台の仕組み分からないとイメージし辛いかも...、破天荒さん、僕の頭の中のイメージって出す事出来ますか?」

 

「あ、使えるなら僕の記憶も使っちゃってよ。」

 

「ちょいと待ってくれ...。

 ...こんな感じで良いかい?」

 

 GOA、そして彼の狙いを察した様子の雷田の提案により、彼らの頭部へと破天荒が鍵を投擲する。

 果たして、まるで釣り竿の如く引き抜かれた鍵からはホログラムの様に劇場が映し出された。

 それがたがを外す契機になるとも知らずに。

 

「ここ、暗転からこんな感じでスクリーン移動すれば、キャラの心情とマッチする筈です。」

 

「成程...、そういう引き出し、私には無いやつで...、結構好きです...。」

 

「はは!

 まぁ、それで食ってるんで。

 こう見えて結構売れっ子なんですよ?」

 

「『東ブレ』の舞台も、GOAさんの得意な感じ出していきましょうよ。」

 

「...大分雰囲気変わっちゃうけど、良いんですね?

 じゃあここも舞台効果で済ませちゃって。」

 

「この台詞もカットで良いですよね。」

 

「ここも要らない。」

 

「ここも演技でどうにかなりますよね!」

 

「あはは、攻めてますね!」

 

「ここもカット!」

 

「カットカット!」

 

「あははは!」

 

「あはははは‼︎」

 

「あーはっはっはっはっはっはーー‼︎‼︎」

 

 

 

「全く...、とんでもない脚本が上がってきたわね...。

 説明台詞がゴリゴリ削られて...、やたら『動き』だけでどうにかしなきゃいけないシーンが多い...。

 役者の演技に全投げの、とんでもないキラーパス脚本じゃない。」

 

「今のかなの心境を表すなら...。

 そう、まるで俺達が出会った撮影現場に咲いていたキラーパスの花言葉の様に...。」

 

「それを言うなら黄花蓮で花言葉は『清らかな心』...、って何言わせんのよ‼︎」




 本話中の描写は、推しの子本編の2.5次元舞台編を読んでて気になった部分を想像しつつ、ボーボボ組に突っ込ませて無理矢理解決まで行かせてみた次第です。
 アビ子先生:あの多忙振りや原作での吉祥寺先生との衝突シーンから見るに、自分に非があると冷静に判断出来れば、それを認められる人物である事から、拗れる前に冷静になれたら一番変わりそうでは?という方
 雷田さん:こういった業界に関しては門外漢の意見ですが、『舞台の事を理解していない』と察せられるなら、彼ら仲介者が説明をすべきでは?と感じました。
 なので、拙作中では雷田さん達は資料を提供、企画そのものの概要をアビ子先生側が理解していると考えている→アビ子先生は上記の通り多忙故に編集の説明も話半分にしか聞いていなかったという形にさせていただきました。

 破天荒の技の元ネタは万華鏡写輪眼の月読です。
 カギ真拳だったら、拙作中のヒカルに使った技みたいに相手の精神に作用する技も沢山ありそうだと思い作ってみました。
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