「よくも私の身内を痛めつけてくれたわね!
1兆倍にして返してあげる!」
『匁』に敗れ、地に伏せる『キザミ』を庇う様に前に出た『つるぎ』の力強い台詞と共に劇は再開する。
ここから匁によって『渋谷クラスタ』という初出ワードが出る予定なのだが。
「これ以上先に攻め入ると言うなら、我々渋谷クラスタも_ッ⁉︎」
ここに来て『匁』役_鴨志田朔夜にとって想定外の事態が発生する。
台詞の途中で風の効果音が重なり、彼の台詞が聞こえ難くなってしまったのだ。
『匁』のキャラクターを重視し静かな口調で語られた事が、思わぬ弊害を生んでしまったのである。
この台詞にて匁が所属する『渋谷クラスタ』の情報を出す事が次の展開へと繋がる契機となる故に、彼も台詞の言い直しを検討するが。
「ごちゃごちゃうるさいわね!
只の肉塊になれば、その口も静かになるのかしら⁉︎」
(アドリブ...!)
「『渋谷クラスタ』なんて知った事じゃない!
全員切り倒して、私達がこの國を盗る! この剣でね!」
『つるぎ』役_有馬かなの受けの上手さに感服する鴨志田。
唐突なアクシデントから素早く立ち直り、『渋谷クラスタ』という必須ワードを『つるぎ』の台詞として違和感なく出してしまう。
間の取り方も、さも最初からそうであった様に感じさせ、観客が違和感を感じる事もないだろう。
年齢と芸歴が等しい役者は伊達ではないと痛感させられる。
(こんなに演りやすい相手は初めてだ...。)
「流石に2対1は分が悪いですね。
また日を改めてお会いしましょう。」
偉大な先立の厚意を無碍には出来ない。
鴨志田もまた迅速に元の台本に合流し、舞台は無事場面転換を迎えた。
「『新宿クラスタ』...、厄介な奴等みたいだな。」
「何も考えてないバカの集まりですよ...。
全員倒せばそれで良いと思ってる。」
本拠地へと帰還した匁が『新宿クラスタ』への対応を仲間達と協議する所から次の場面が始まる。
主人公勢力の明るい雰囲気から一転、落ち着いた雰囲気と共に『匁』と星野アクアが演じる『刀鬼』の会話が交わされる。
「『何も考えてないバカ』...か。
確かに、間違ってはいないかもなぁ...。」
「...⁉︎ まさか、『渡り鳥』...ですか?
君が手配を...?」
するとここで新たな登場人物_破天荒が演じる情報屋『渡り鳥』が姿を現した。
実の所、このキャラクター自体は第1幕にてブレイドが仲間を集める過程でも登場しており、その時点では気のいい中年男性然とした雰囲気の『ブレイド達の協力者』という立ち位置だったのだが、原作の描写に沿う形でそちらとは打って変わった不気味な雰囲気を醸し出している。
「最終的な判断は姫がなされるが、今回の衝突だけで判断するには危険過ぎる。
迎合出来る可能性があるのなら、それを無碍にするのは姫のご意志に反するだろう。」
「立場を考えれば君にもある程度の判断はして貰いたいものですが...。
まあ、いいでしょう。」
「...始めていい様だね...。
そうさなぁ...、ブレイド達の勢いはまるで山火事みたいなもんだ...。
後先考えず、ただ目の前のもん全部を飲み込もうとしちまう...。
『バカになれる』ってのも、時には強いもんさ...。」
『渡り鳥』の台詞が、会場中に重く静かに響き渡っていく。
原作の主人公の行動にこれと言った戦略目標が見えない事実を、よりにもよって彼らの協力者と思われていた人物が災害に例えるシーンだ。
(やはり、破天荒さんはこういう落ち着いて皮肉げな台詞がよく似合う...。
後は、この後『あの人達』が出てきた時に我慢してくれれば...。)
「...つまり、後手に回れば我々も飲み込まれかねないと...。
どうします?」
「俺は姫の懐刀だ。
持ち主の指示に従うだけ...。」
経験が少ない筈の破天荒が『新宿クラスタ』側と『渋谷クラスタ』側の前とで巧みに演じ分けを行う様に、内心で鴨志田も舌を巻く。
問題はこの自分達の台詞の後に登場する者達の存在が、彼にとっての一番の難関となる可能性がある点なのだが。
「君に意見を求めたのが間違いでしたね...。
少しは人間味というものを_」
「ベーコン通りまーす。」
「ベーコン通りまーす。」
予定通り、その者達は舞台上に現れた。
『渋谷クラスタ』に潜入していた、首領パッチことパチ美演じる『刀鹿』と天の助演じる『天槍』である。
何故か頭の上に大きなベーコンを乗せた二人は、一度捕まりそうになった所を『ベーコンの術』によって逃れ、この場へと辿り着いたという流れとなっている。
彼らの後を追う形で、化野めいと吉冨こゆきがそれぞれ己の役に扮し登場した。
「申し訳ございません!
この辺りで妙な二人組を見掛けませんでしたか⁉︎
黒いタイツの様なものを着ていた筈なのですが!」
「...ベーコンなら通りましたが...。」
「あっ、もしかしてあれじゃない⁉︎」
「ちょっとアンタ達、今度は逃がさないわよ‼︎」
「チクショーー‼︎‼︎
また見つかったかーー‼︎‼︎」
「こうなったら...、スッパイですからーー‼︎‼︎」
「何回でも言うけど、先輩は酸っぱくなーい。」
「...何ですかあれは...?」
化野達に連行される形で変人達が退場する。
台風の後の様に一気に場が静かになる中、退場した者達の方へと視線を向ける流れで、鴨志田が密かに破天荒の様子を窺うが。
「我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢_」
(凄くおやびんの方に行きたそーー‼︎‼︎)
眉間に深い皺を刻み、必死に己の理性を働かせている破天荒の姿に、鴨志田も速やかに次の場面へと移行する必要性を感じ取る。
破天荒が自らの衝動を抑えられているのは、偏に『おやびん』である首領パッチが自身の役に集中している故である。
自身が敬愛する者が、少なくとも客観的には全体の中では脇役と言わざるを得ない立場を受け入れ、全力で演劇に取り組んでいる以上、子分の彼が己の感情を暴走させる訳にはいかないだろう。
とは言え、首領パッチにしろ破天荒にしろ、その出自故にプロの役者としての心構えが完全に出来ているとは言えないのも事実。
破天荒より更に子分であり、かつ役者としては先人である自分が先導して場面を進めるべきと彼が考えるのも自然な事と言えよう。
「...話を戻しますが、それでは鞘姫...、ご決断を...。」
「刀を抜けば...、血が流れる...。」
『鞘姫』_黒川あかねの最初の台詞を契機に、『東京ブレイド』原作者の鮫島アビ子はその表情を幾分不安げなものへと変えた。
彼女とこの舞台の脚本を担当したGOAとの合作によって大幅な変化が加えられた本舞台の演出だが、中でも変化が最も大きいのがこのシーンであった故に。
(本来有った、長めの鞘姫の語りシーン...、確かに今なら...。)
反対意見を出し、結果的に演者であるあかねの実力を信用するという形で採用された新たな演出であるが、ここに来て鮫島もGOAの最初の脚本の意図を察する事が出来た。
こうして実際に演劇というものを体感してみると『説明台詞』というものを使用せずにキャラクターの心情や演出の意図を観客に伝えるというのがどれだけ難しい事なのかが理解出来る。
役者の演技力を信じていると言えば聞こえはいいが、他力本願、無責任と言われても仕方のない方針だと言えよう。
『台詞によって観客に情報を伝える』という事は、観客への親切心なのだと考えられるのだ。
観る者に伝わらないのでは、それはクリエイターの自己満足でしかなくなってしまうのである。
(『動きだけで対立を表現する』...、無茶は百も承知だけど、やはり『鞘姫』らしさを出す為には...。)
「ですが...、戦わねば守れないものもあるのでしょう...。」
観客の、そして鮫島の期待と不安が入り混じった視線の先、あかねの演技に会場からは息を呑む音が聞こえてくる様であった。
ボスである事を示す重厚な演技。
刀を握り、俯く姿から感じさせられる葛藤。
先の『キザミ』の様な大きなアクションをしている訳ではなく、かと言ってわざとらしさを感じさせる事もない。
ただ座っているだけ_ともすれば素人の自分でも真似出来るのではないかと錯覚する様な少ない動きに、『鞘姫』というキャラクターに秘められた思想が察せられる程の説得力を持たせているのだ。
「ならば刀を抜きましょう。
合戦です...!」
彼女_黒川あかねが界隈内で『天才』と称されている事を吉祥寺から教わっていた鮫島だが、その評価に納得せざるを得ない。
凄い_余りにも陳腐で愚直なものしか、彼女を評する言葉が思い浮かばない程に、その圧倒的な才能を見せつけられてしまったのだから。
彼女の言葉に応える様に鬨の声が上げられ、会場は否応なくクライマックスへと向けた盛り上がりを見せていた。
「夢はきっと叶うーーー‼︎‼︎」
凄い_獅子舞の様な衣装に着替え、回転しながらその場へと乱入してきた変人に、あかねに対してのものとは別の意味でそう感じざるを得ない鮫島。
『刀鹿』_自身が生み出したキャラクターであり、今の台詞も行動も間違いなく原作再現であるのだが、現実にあの様な奇怪なテンションを違和感なく再現出来るとは到底思えなかった故に。
再現が難しいという意味なら、先の鳴嶋メルトが見せた『キザミ』の曲芸も同じだろうが、あの動きに原作者である彼女も驚かされたのは、多分に『メルトが実行してみせた』事が大きい。
これが仮にスタントマンがやった事であれば、驚きこそすれどメルトのそれと比較すれば感情の動きは少なかっただろう。
本職の人間とは、『その働きを期待される者』であるからだ。
仮に鮫島が『東京ブレイド』とは別の作品を手掛け、それが人気作になったとしても、賞賛こそされど驚かれる事は少ないかもしれない。
『超人気作品の作者』という事前情報が、後の行動に対しての期待値を上げてしまう_自分はそうではないとどれだけの人間が言えるだろうか。
翻って『刀鹿』の動きたるや、まるでこの役を演じる為に生まれてきたのではと思わせる程である。
元来、この『刀鹿』というキャラクターはコメディリリーフとして描いてきた存在であり、『新宿』側と『渋谷』側の衝突が激化しシリアスな展開が続く中で、鮫島自身にとってある種の息抜きと言える扱いだったのだ。
それ故に、意図的に周囲の空気を読まないキャラクターとして描いてきた自覚が彼女にもあるものの、これをいざ現実にやってみろと言われてあれ程違和感なく再現出来る者が他にいるのだろうか。
大多数の観客、直前迄のシリアスな展開と『鞘姫』の演技によって醸し出された重苦しい雰囲気、その中であんな形で乱入するとなれば相当なプレッシャーを感じた事だろう。
自身の想像等容易く超えてしまう存在を垣間見、彼女はまだまだ自分の世界が狭いものだと感じざるを得なかった。
一方で舞台上で『刀鹿』の奇行を再現する様を見せつけられている鴨志田もまた、その暴力的とも言える存在感に圧倒されてしまっていた。
自分達ハジケ組のおやびんである彼ならば、『刀鹿』の再現をやってのける事に疑いは無かったが、いざ一役者として彼と同じ場所に立った事で、その存在がどれだけ異常なものであるかを思い知らされたのである。
およそ漫画の中だから許される様なハイテンションと奇行を忠実に再現しつつ、前に出しゃばり過ぎる事はない。
この場面における主役はあくまでも『鞘姫』である事を理解し、決して『渋谷』陣営の演技の邪魔をする事はしないのだ。
彼が時には子分達に見せ場を譲る事を心得ている故の立ち振舞いと言えよう。
その上で一コメディリリーフに過ぎない役_言ってみれば本来脇役としか言いようが無い筈のキャラクターを演じているにも関わらず、自分達本職を食ってしまう様な存在感を会場中に刻み込んでみせたのだ。
(こんなに演り辛い相手は初めてだ...。)
敬愛するおやびん相手であるにも関わらず、鴨志田はそう感じざるを得なかった。
(相も変わらず...、『私の演技が正しい』みたいな顔してくれて...!)
舞台はハイライト_『新宿クラスタ』と『渋谷クラスタ』の本格衝突のシーンへと移行する。
『キザミ』と『匁』が、『ブレイド』と『刀鬼』が、そして『つるぎ』と『鞘姫』とが同じ舞台上で相対している様は壮観と言う他ない。
その舞台上の一際高い場所にて自身の前に立つ『鞘姫』_黒川あかねの表情に、内心で苛立ちを隠せない有馬かな。
開演直前、ボーボボとの会話によって自身の気持ちを言語化し、整理する機会があって尚これなのだから、やはり感情というものはそうそう思い通りにはならないものなのだと実感させられる。
「刀を抜きなさい!」
なればこそ、意識して台詞を若干大きめの声で発声する。
自身が今舞台上でやるべき事は何か、『つるぎ』としてどう立ち回るのが正しいのか、クライマックスというこの劇場にいる全ての人間が楽しみにしていたシーンを最大限に観客が楽しむ為に必要な事をする為に。
『周りを引っ張る事と、周りを助ける事、両方出来る様になれ』_幼い自身がボーボボから掛けられたあの言葉が有ったからこそ、今の『有馬かな』があるのだ。
「貴方には...、これで十分です。」
「舐めて...、くれて‼︎」
刀を抜く必要すらない_そんな『鞘姫』の仕草と表情に対して憤る『つるぎ』の台詞に反し、かなの内心は冷静さを保ったままだ。
初めて戦場に姿を見せる『鞘姫』、主人公である『ブレイド』の闘志を受け止める『刀鬼』、更に言えば先のシーンで出色の感情演技をしてみせたメルトにも、もう一波乱巻き起こす可能性があるだろう。
この状況で自分迄熱くなっては、舞台として収拾がつかなくなってしまう。
そう、皆が好き勝手にやって誰にも観て貰えない演劇に意味はないのだから。
(アンタが『それ』が正しいって言うならそれでも構わない...!
私は私が正しいと思う事をやり通す‼︎)
(『腹立つ演技してる』...ってとこか?)
今やララライの看板役者となり、数々の賞を受け取る程に実力を伸ばした俳優_上原大輝であるが、そんな彼にも弱点が存在する。
コンタクトレンズの着用に忌避感が拭えないのだ。
眼球に異物を取り付けるという行為が、生理的にどうにも受け入れられず、プライベートでは幼少期から一貫して眼鏡を着用している。
そうなると、今自身が演じる『ブレイド』の様な裸眼で活動する役は、当然の様に彼自身も裸眼で演じているのだが、これについてこの舞台で共演している有馬かな然り、様々な同業者から小言を頂戴していた。
その視力では共演者の演技、特に表情等の細かい部分が把握出来ないだろう_成程、間違ってはいない。
にも関わらず、彼が頑なにコンタクトレンズの着用、或いはレーシック手術と言った改善手段を拒否しているのか。
それは、その『細かい部分』が必要ないと考えているからだ。
そもそも舞台上に立つ演者の表情を、どうやって遠い席に座る観客が把握すると言うのか。
そして、観客に見えていないものを前提とした演技に、一体どれ程の説得力があるのか。
ならば、最初から表情等見えない方が良い、役者とは動きだけで語り合う事が出来る_それが彼の考えなのだ。
そんな彼が相対している『刀鬼』_星野アクアから感じ取った感情は、『苛立ち』と表現するのが適切だろうか。
それもアクア自身や、相対している大輝に対してではない。
恐らくは今現在、舞台中央の一際高い場所で『鞘姫』と向かい合っている者に対してであろう。
違和感を感じたのは、シーンと共にアクションが始まってから間もないタイミングだった。
大輝の役は『ブレイド』であり、この作品の主役である。
役の再現をする意識も重なり、当然の様に大きく目立つ様なアクションを行った。
これは、今舞台上の様々な場所にキャラクターが配置され、各々が大小様々なアクションを繰り広げているシーンである故に、主役として他のキャラクターの動きに埋もれない様にとの考えである。
これに対し、対峙するアクアは対比構造を成立させる無感情の演技を敢行。
動きの一つ一つに感情を大きく乗せた『ブレイド』を際立たせつつ、『刀鬼』として違和感なくカウンターとなる演技をしてみせた。
成程、これによって双方の比較による有利不利を生まず、かつ主役である『ブレイド』がきっちりと目立つ様に調整する_相変わらず嫌になる程の聡明さを感じさせる振舞いである。
転機となったのは先の『つるぎ』の台詞が出た時だった。
「姫の邪魔はさせない...。」
それまで感情を押し殺し、刃を受け止めていた『刀鬼』が、アドリブの台詞と共に前へと踏み出したのである。
ほんの僅かな立ち位置の変化_恐らく観客も違和感を感じる事がない程度ではあるが、間違いなく今この瞬間、舞台の中心に立つ人物は『鞘姫とつるぎのみ』になったのだ。
『刀鬼』の台詞として違和感を感じさせず、かつ主人から強敵を遠ざける行為に見せる形で彼が作り上げたこの構図に、大輝は懐かしさを感じた。
有馬かなと黒川あかねの一騎打ち_当時の自分では、ただ二人に圧倒されるしかなかったあの光景が、再び成立させられたのだ。
(まぁ、有馬に対してそう言いたくなるのも分からなくはないかな...。)
この分析はあくまで大輝の想像であるが、彼にもまたアクアがかなに対してそう感じてしまっても不思議はないと考えるだけの理由がある。
まず『有馬かな』という女優は紛れもなくこの演劇で屈指の実力者だ。
今の彼女に対して『天才』の呼び名を使うべきかは兎も角、少なくとも『ララライの看板役者』と相対して見劣りしない存在なのは間違いない。
そんな彼女が、よく言えば周囲の調整役、悪く言えば彼女自身が『有馬かな』の価値を見誤っているかの様な振舞いをしているのは、同じ主役陣として彼も認識はしていた。
とは言え、『良い演技』とは何かは人それぞれであり、彼女の懐の深さが先の『匁』との会話シーンにおける見事なフォローに繋がったのも紛れもない事実である。
自らの役割を全うし、全員が『良い演技が出来た』と胸を張れる様に周囲をフォローするのも、間違いなく賞賛されるべき考えだ。
そんな事はアクアとて十分理解しているだろうし、他ならぬ彼自身も今のかなと同じ様に振舞う傾向が強いと言える。
にも関わらず、何故彼から苛立ちと取れる感情が見え隠れしているのか。
恐らく、彼やあかねがそれだけかなに、より正確に言えば『全盛期の有馬かな』への執着が強いという事なのだろう。
そして彼らの中で、『それ』がこの舞台で顕現する可能性が高いと見ている故に、より歯痒く感じてしまうと言ったところか。
(本気の有馬と黒川がぶつかったらどうなるか...、確かに気にはなるな...!)
そこで大輝は刀を打ち合わせると、鍔迫り合いの状態のまま互いの体を時計回りにずらす様に位置を調整していく。
ほんの少しの時間ではあるが、これによって背中を向けた大輝の体に隠され、アクアの表情もまた観客から隠された形となる。
「貸し一つ、だぜ...。」
自身の囁きにアクアがどんな表情を見せたのか、残念ながら彼の視力では正確な判断は出来なかったが、それは問題にはなり得ないだろう。
再び態勢を戻そうとするアクアの足運びには、隠し切れない感情が乗っていたのだから。
察しのいい友人の存在に心から感謝しつつ、アクアは自身の『カノジョ』へと叫ぶ。
「姫‼︎」
(そら、お膳立てはしてやったぞ...。)
『つるぎ』の刃を『鞘姫』が鞘で受け止めたタイミング、『刀鬼』の主を心配する声によって、観客の視線は自然と舞台の中央_二人の天才へと注がれる。
ここに準備は整ったのだ。
それに対し、『鞘姫』は『つるぎ』の刃を払うと共に、自身の左手を鞘へと掛けていく。
心配は無用だ_と言わんばかりに。
(かなちゃんは自分の価値を分かってないよ。)
(小器用に『自分が作品の質高めてる』みたいな顔しやがって...。)
(私が大好きだったかなちゃんは...、もっと身勝手で圧倒的な役者だったよ?)
(『私を見ろ』って顔してる時が、一番輝く奴だってのに...。)
(今のかなちゃんは嫌い...、大嫌い...‼︎)
『有馬かな』がするべき演技は、そんな凡百の代物ではない。
彼女が周りに合わせるのではない、周りを自分に合わさせる演技だ。
そんなあかねの感情を乗せ、『鞘姫』は遂に刀を抜く。
どうしても本気を出さないと言うなら、今度こそ完膚なきまでに食らい尽くしてやる_と。
間違いなく今、この子が主役だ_刀を抜いた『鞘姫』に対し、かなはそう感じざるを得なかった。
数多の役者が一堂に会し、演出上は全員が平等である筈の乱戦の場面においてである。
『鞘姫』が放つ圧倒的な存在感に、彼女は自分の中から沸々と湧き上がってくる感情を自覚する。
よくも楽しい演技をしてくれたものだ_
『あの時』の続きをしたいと言うのか、或いは共に舞い踊るのか_
何れにせよ、何とも魅力的な提案だ_
(私もアンタと白黒つけ_)
しかしその感情の流れは、まるでダムにぶつかったかの様に堰き止められてしまった。
彼女の長年の役者人生によって培われた、生存本能と言うべき反応によって。
(ここで私が引く方が...、作品にとって正しい事...。)
存在感を増した『鞘姫』に対し、『つるぎ』が黒子の様に存在感を消し舞台装置に徹する事で、より『鞘姫』の輝きが強調される。
そしてそれをするだけの価値を、あかねの演技は示しているのだ。
こうした役回りこそ、『今の有馬かな』に求められているものだろう。
(作品が良くなるのが、皆の_)
煮るなり焼くなり好きにしろ_そう言わんばかりに自我を消そうとした彼女の視線の先、舞台袖に『あの人物』がいた。
(何してんのよ...、そんな所で...。)
その人物_ボボボーボ・ボーボボが手にしていたのは、彼女達が初めて出会った時に、二人が共同製作した思い出の作品『テン・サイコプラモデル』であった。
(おじさんまで...、『昔に戻れ』って言うの...?)
勘弁して欲しかった。
彼にまでそんな事をされたら、いよいよ自分の中の衝動を抑えられなくなってしまうからだ。
(私なんか持ち上げたって、何にもならないのに...。)
『有馬かな』に求められている事は何か、自分はこの舞台にどんな姿勢で臨むつもりか_開演前に話した筈だと言うのに、存外彼も聞き分けのない大人らしい。
(もう...! もう...‼︎)
尤も、勝手に動いてしまう表情筋を考えれば、自分も他人をどうこう言えたものではないか。
寧ろ、心の何処かでこう言われるのを望んでいたのかもしれない。
(おじさんはいっつも、私を変にさせる‼︎)
『元に戻る』と決めた彼女の顔は、徐々にその輝きを増していく。
(ところで...、あんなの一緒に作った事有ったかしら...?)
楽しそう_そんな呟きが聞こえてきたのは、会場のどの辺りからだっただろうか。
少なくとも、そんな感想が出てくる事に全く違和感を感じない程に、有馬かなは変貌した。
太陽の如く眩く輝き、観る者の目に焼き付いて離れない『本来の姿』へと。
(ほら、見たかったんでしょ、『この私』を。)
なら、思う存分目に焼き付けろ_そう言わんばかりに力強く、彼女は叫ぶ。
「高々刀抜いただけで偉っそうに‼︎
どうせ刀の錆になるんだから、一々カッコつけてんじゃないわよ‼︎‼︎」
「何と粗暴な...。
それでは貴方の共連れの程度も知れると_」
しかし、黒川あかねも負けてはいない。
自らが望んだ『本当の有馬かな』、それすらも喰らい飲み込まんと姫としての威厳を見せ付けるが。
「お姫様ってのは難しい言葉使わないと喋れないのかしら⁉︎
トップがそんなんだから、アンタら全員しみったれてんじゃないの⁉︎」
「では貴方にも理解出来る様に言葉を改めましょう...。
『類は友を呼ぶ』という事です。」
『鞘姫』の言葉は、再度『つるぎ』が刀を打ち付けた事で中断させられる。
天真爛漫な戦闘狂の『つるぎ』と生まれながらに人の上に立つ事を宿命付けられた『鞘姫』。
正反対の二人は、刃に感情を乗せぶつけ合う。
「気の合う仲間と連んで何が悪いのかしら⁉︎
...ああ、高貴なお姫様には分からない話だったわ...ね‼︎」
「ええ、全くもって理解に苦しみます。
それ程の力を、ただの暴力としてしか使えないのですから...。」
「ハッ、そりゃ悪かったわね‼︎
強くてさぁ‼︎‼︎」
(凄え...、凄えしか言えねぇ...。)
(どう収拾つけるつもりだよ、おい...。
あんなのに巻き込まれるとか冗談じゃねぇぞ...。)
二人の天才の激突は、当然ながら周囲の者を顧みる様なものではない。
舞台にいる者が『つるぎ』と『鞘姫』だけではない以上、その存在感の暴風雨を観客席よりも間近で感じさせられてしまう存在もいるのだ。
ただ圧倒されるしかないメルトをそれとなく二人から離れる様に誘導しつつ、本人達、もしくはこの状況を画策した者が、最終的にどう決着をつけるつもりなのかが分からず、内心毒付く鴨志田。
主役の『ブレイド』を食う様な演技のぶつかり合い_これはまだ許容すべきと言えるかもしれない。
事実として観客の視線は二人に釘付けとなっており、忌憚なく言えば正に圧巻の演技と言って差し支えない。
キャラクターの再現という観点でも、正に戦闘狂と呼ぶに相応しい『つるぎ』の演技に対し、それに臆するどころか圧倒し征服せんと厳然たるボスとしての演技を見せる『鞘姫』。
原作ではここまで細かく描かれなかった二人の戦闘を、『実際に再現すればこの様な形になるのでは』と思わせる説得力があるのだ。
しかしながら、現実としてこのシーンに使える時間は限られており、何処かで目処をつけ次の場面へと繋がる流れ_『つるぎに加勢したブレイドの攻撃によって鞘姫が重傷を負う』形へと合流しなければならない。
原作及び台本の流れでは、『乱戦の最中、ブレイド対鞘姫、つるぎ対刀鬼という形で交戦相手が一時変更、後のつるぎと刀鬼の因縁に繋がる会話シーンを挟みつつ、ブレイドが鞘姫を怯ませた隙をつかれ1対2の状況となった刀鬼の危機を鞘姫が庇う』となっている。
だが、現状を鑑みればとても乱戦に繋がるとは言い難く、原作から流れを変え『ブレイドが刀鬼を怯ませ、敵の首領に狙いを定める』形にしたとしても、つるぎと刀鬼の因縁が生まれなくなってしまう。
別のパターンとして鴨志田が考えたのは、乱戦を形成する人員に自分達二人_匁とキザミを追加しブレイド達の戦闘に乱入、侠気を見せるキャラクターとして違和感のないキザミが刀鬼と匁の二人の相手を受け持ち、ブレイドがつるぎに加勢という流れであるが、本音を言えばごめん被りたい形であった。
アドリブを挟む相談を事前にされていたならまだしも、自分達に何も伝えず、挙句フォローまでしろと言うのは筋が通らないだろう。
舞台を成功させる事を優先させ、その不満を飲み込んだとして、先の自身の想定通りであれば、それはメルトにいきなりアドリブで1対2の状況を任せてしまう事に繋がるのだ。
鴨志田自身、先の彼との立ち合いによって評価を大幅に見直しはしたものの、現実的には今の彼にその様な対応が即座に出来るとはとても言えない。
加えて、こちらのパターンでも結局つるぎと刀鬼の因縁については諦めるしかない上に、『姫の懐刀』を自称する刀鬼がその様な状況を容認するのかという新たな問題も浮上する。
どうしても後手に回らざるを得ない故に事態を注視していた鴨志田だが、『つるぎ』のとある台詞を契機にある人物が動きを見せた。
「ほらほらどうしたぁ‼︎
勿体ぶってた割に、剣の腕は大したことないんじゃないの‼︎」
「くぅっ...。」
「女...、お前は何も分かっていない...。」
(ここでアクアのアドリブ⁉︎)
(ここから交戦相手を変える余裕はなくなっちゃった...、ゴメン、アクア君!)
『ブレイド』の刀を受けながら二人の近くへと移動しつつ、ここでアクアが二人のやり取りに反応を見せた事で、かなもあかねも次の展開に向けた動きに対応すべく彼の次の台詞を待つ。
鴨志田が抱える懸念は、当然彼女達も把握していた故に。
「『姫』とは臣民の前に立つ女性と書く。
自らに付き従う者達の生に責を負い、象徴として強く凛々しくある事_それがどれ程の重責か、お前の様にただ力を振るうしか能のない女には到底理解出来ないだろう。」
(ここで『つるぎ』と『刀鬼』の因縁に繋げようっての⁉︎)
「馬鹿にしくさってぇーー‼︎‼︎
アンタの慕う姫をぶった斬ってもおんなじ事言えんのかしら⁉︎」
「姫はお前如きには負けん...。
そして首領の首に刀を掛けているのはこちらも同じ事。
貴様らの首領を討ち取る事は、姫を守る事に繋がる。
故に俺は、絶対に負ける訳には...いかないのだ!」
(フッ...、こんな方法で台本に合流するなんてな...、流石だよ...。)
(前に私が話してた刀鬼と鞘姫の関係性...、アクア君なりに考えてくれてたんだ...‼︎)
「...意気込みは結構だが...、俺相手によそ見とは余裕じゃねぇか‼︎‼︎」
「しまっ...⁉︎」
「やっちゃいなさい、ブレイド‼︎」
つるぎとの因縁の切っ掛けを作りつつ、原作では鞘姫の登場頻度が減ってしまった為に曖昧になってしまった刀鬼からの鞘姫に対する想いを彼なりに補強_アクアの狙いを察した大輝が『刀鬼』の刀を弾き、とどめの一撃を放たんとする。
そして二人の間に身を滑らせたのは、同じく彼の狙いを察し、己の許嫁を守るべく身を挺した『鞘姫』であった。
「...くっ...、大した役者になったじゃねぇか、アクアもよ...。」
「...はい...。
とても...、誇らしいです...。」
自身の肩に腕を掛け、息子に対する賞賛を涙ながらに口にするところ天の助に、カミキ ヒカルは謙遜すら忘れ喜びの言葉を口にした。
メイクが落ちてしまう懸念を考えれば、これから自分達の出番が控えている状況で涙を流す等言語道断であり、天の助愛用の『ぬ』柄のハンカチの借用も考えるべきかもしれない。
「おいおいどうしたよ。
俺らが神輿担いでやるんだ、しゃんとして貰わなきゃ困るぜ。」
「そうよ‼︎
ヒカルちゃんってば、未だにウインクしてくれるって約束果たしてくれてないじゃない!
パチ美だって我慢の限界なのよ‼︎」
舞台袖から見守っていた息子_アクアの演技と『受け』の上手さたるや、親の贔屓目を抜きにしても見事と言いたくなるものだった。
同年代として、ともすれば自分達大人以上にその才覚を感じてきたであろう二人の天才の『本気の激突』を作劇的に違和感なく演出。
その上で自身の役である『刀鬼』の振舞いとして違和感のない形で原作への繋がりを連想させる台詞へと繋げ、最終的には無事に台本の流れに合流してみせた。
始まりは自分達親のバーターという他に類を見ないものであり、彼の中に隠されていた前世の記憶という超常の存在も鑑みれば、自分達常人では想像もつかない悩みがあった事だろう。
それでも尚、彼は役者の道を歩み続けてくれた。
そしてその一つの成果と言えるのが、先の一連の動きと言える。
番組発端の関係とは言え、一応の親密な関係にあるあかねと、自身が初出演となった作品を切っ掛けにボーボボと懇意にしているかな、そしてかつては自ら真っ向勝負で下し、その一方でその実力を身を持って知ったからこそ、その可能性を信じていたのだろう大輝。
自身と周囲の人間関係を把握し、それが実際に演技にどう影響するかを分析、そして五反田の下で培った裏方の知識も活かし、『その場の全員がぴったりの演技をする』様に仕向ける。
こうして文章として出力してみると、他人を意のままに操る悪人の様だが何という事はない。
彼にとって親しい相手が最高のパフォーマンスを発揮出来る様に場を整え、彼自身もその完遂に協力したというだけ_周囲を良く観察し、他人を慮る彼の人間性が演技に現れているだけだ。
「...そうですね。
それに、親として少しは良い所を見せてやらないと...。」
バカにウインク代わりにウインナーを差し出しつつ、ヒカルの表情は父としてのそれから役者としてのものへと変わっていく。
「もう、ヒカルちゃんってば今にもハジケたいって顔ね‼︎
その時はパチ美にも合図くれないとやーよ‼︎」
「シリアスな雰囲気は任せな‼︎
人体には出せないところてんビブラートで会場の視線を集めまくってやるぜ‼︎」
「まあ大事な台詞とかは演技が上手いヒカルに任せるわ‼︎
結局活躍すんのは俺だろうからな‼︎」
「全く、皆さんは揃いも揃って『あの時』からちっとも変わりませんね...。
けど、今回は僕の好きな様にやらせて貰うって約束なんですから、後悔しないで下さいよ。」
ヒカルにとって人生の転機となった、かつてのワークショップ。
当時は彼自身も若く、ララライもずっと小さな劇団だった。
それが今ではこんなにも多くの観客の前で、沢山の劇団員と共に演じる事が出来る様になったのだから、正に感無量と言う他ない。
次代を担う若者達は順調にその才覚を花開かせ、きっとこれから更に活躍を続けるだろう。
だからこそ、今勢いに乗っている若者達に教えてやらねばなるまい。
劇団ララライを今の立場に押し上げてきたのが誰なのかという事を。
かつて止まっていた彼の時間を動かした者達と共に、『劇団ララライの初代看板役者』は所定の位置へと歩みを進めた。
「刀を抜け...。
女を斬られて、黙って引き下がるのか?」
『ブレイド』の刃をその身に受け、斃れ伏す『鞘姫』。
舞台演出によって彼女の周囲に本物の血の様な『赤』が滲んでいく。
いよいよクライマックスとなる場面の口火を開く台詞が、『鞘姫』の隣で力無く項垂れる『刀鬼』へと掛けられた。
「もういい...。
俺は鞘姫の為に戦っていた...。
鞘姫を守れなかった今となっては...、戦う理由がない...。」
「...それだけか?
有るんじゃねぇのか? お前の中にも...。」
『ブレイド』の台詞を受け、二人の視線が交錯する。
有馬かなと黒川あかねには十分見せ場を与えた、なら次は自分達の番だ_と。
(...行けるのか?)
(...来い...、今度は俺が『受ける』番だ...!)
『ブレイド』の_大輝の覚悟の籠った視線を受け、アクアは一度視線を下ろし、呼吸を整える。
『刀鬼』として、今この状況において湧き上がってくる感情を表出させていく。
「...黙れ...。」
「...何?」
「だぁぁぁまぁぁぁれぇぇぇぇ‼︎‼︎」
「ぐぅっ...‼︎」
(アクアの感情演技‼︎)
「ブレイド‼︎」
「手を出すな‼︎‼︎」
怨嗟の籠った叫びと共に『ブレイド』へと斬り掛かる『刀鬼』。
自身ですら初めて見るアクアの強い感情を目の当たりにし、思わずかなが『つるぎ』として主を心配する声を上げるが、それに対し手出しは無用と強い意志が示される。
ここから先は、誰にも邪魔されない『自分とアクア』だけの勝負なのだ_と。
「姫がお前達に何をしたぁ‼︎⁉︎
お前達を殺したいと一言でも言ったか‼︎⁉︎」
「お前らだって領土を持ってるだろうが‼︎
俺は俺と仲間の為に、力を手に入れる‼︎
その邪魔をしないって保証があんのかよ‼︎⁉︎」
「それはお前達侵略者の理屈だ‼︎‼︎
話し合う事すらせず、逆らう者を斬り続ける‼︎
そうやってこの国全てを炎で包むつもりか‼︎⁉︎」
「ッ‼︎⁉︎」
後の展開において、ブレイドが『國盗り』の為に他者の尊厳を踏み躙る可能性がある事について覚悟を決める契機となった刀鬼との問答。
この時点では、未知なる『盟刀』の力を手にし、思うままに突き進み仲間を増やしてきた彼が、初めて自分達と真っ向から争う『渋谷クラスタ』という存在と相対し、力を振るう事の負の側面について向き合う事となる重要な場面だ。
「お前の手足を斬り落とし、それから仲間を一人ずつ殺してやる‼︎‼︎
お前の目の前でなぁ‼︎‼︎」
「...んな事、やらせる訳ねぇだろ‼︎‼︎」
「ぐぅっ...‼︎‼︎
ぐがぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
しかし、怒りに身を任せた『刀鬼』の刃に本来の鋭さは面影すらなく、『ブレイド』によってその刃は打ち払われる。
鞘姫を守る為_その意義と共に彼の手から失われた刀が地面へと転がるが、それでも『刀鬼』は止まらない、否止まれない。
己の身全てを憎しみに変えんとばかりに、『ブレイド』の左肩へと鋭い歯を突き立てんとする。
痛々しく辛い、一体どうすればこの様な凄まじい感情を出せるのか_観客は勿論のこと、あのかなですら圧倒される程であった。
「くっそ...がぁ‼︎
俺だって、今更こんなとこで止まる訳に...いかねぇんだよ‼︎‼︎」
「ぐぉあ...‼︎
...ッ⁉︎ 姫...。」
そんな黒い感情を受けても、自分もまた止まる訳にはいかない。
何故なら、自分もまた仲間達に夢を見せた責任があるのだから。
未だ曖昧ながらも、しかし確実に自身の中にある強い想い共に放った拳によって『刀鬼』を引き剥がす『ブレイド』。
一方の『刀鬼』もまた、倒れた先にある主人の姿にそれまでの怒りが萎んでいく様だった。
こんな事をしても、鞘姫は還ってはこない_悲しみ、虚しさ、諦観に包まれた様に、再び彼は項垂れる。
「ハァッ、ハァッ...。
戦いは終わりだ‼︎
怪我人は医者に連れてけ‼︎」
その姿を合図とし、『ブレイド』もまた戦いの終結を示す様に刀を力強く天へと突き出した。
『新宿』と『渋谷』の、有馬かなと黒川あかねの、そして自分とアクアの戦いは終わりを告げたのだ_と。
凄惨な戦いから救われる者を一人でも多くすべく、『ブレイド』は両陣営の垣根を越え、負傷者の救出を呼び掛けるが。
「遅いよ...、失血が多過ぎる...。
鞘姫は...、助からない...。」
『匁』の淡々とした台詞は、会場中に響き、その空気を冷たく重いものへと変えていく。
主人公であり、ヒーローであった筈の『ブレイド』が、人を殺めたという事実。
これまで彼が仲間を増やしてきた戦いの後とは一線を画す、悲しみと静寂がその空間を支配しようとしていた。
「おっと...、それは困りますね...。」
静かに、されどよく通る声が響き渡る瞬間迄は。
書いてて凄くハイカロリーな展開でした。
原作からして圧倒される展開の連続でしたので、疲れるけど楽しかったです。