アニメ版の描写も参考にしつつ極力違和感のない様に調整したつもりですが、予めご了承の上お読みいただけますと幸いです。
「それは困りますね...。」
その声の主、そしてその傍にいる者達の登場は予め決められていたものだ。
つまり、今彼らと同じ舞台に立つ役者達も、観客席に座る者達も、その中にいる『東京ブレイド』原作者_鮫島アビ子も、原作の流れを把握している者であれば彼らがそのタイミングで現れる事は前もって分かっていた事になる。
故にその声が聞こえてきた場所_丁度『つるぎ』と『鞘姫』が相対していた舞台上で一段高くなっている舞台の中央に、会場中の全ての視線が注がれるのは自然な流れだ。
「...誰だ...、あんた...?」
つい先程迄戦場のど真ん中だった場所に突如として現れた謎の人物、その正体を探ろうとする『ブレイド』の台詞に、その人物は笑みを浮かべる。
貼り付けられた様なその表情に、その場にいる共演者達は目を逸らす事が出来なかった。
この瞬間をどれ程待ち望んだ事か_自身の中で湧き上がり、暴れ回る感情のままに叫べたらどれだけ楽だっただろうか。
当然、そんな行為は自身の役柄や場面を考えれば絶対に許されるものではなく、この瞬間迄共演者達が紡いできた素晴らしい演劇が台無しになってしまう事に繋がる。
そんな事は自身の役者としてのプライドが許さないし、何よりもこの瞬間迄演劇を楽しんでくれていた観客達に対して無礼極まりない行為と言えよう。
しかしそうは言っても、感情というものは理屈で簡単に制御出来るものではない事もまた、自身の中の止まらない衝動によって実感させられるのだ。
かつてこの時程、自身の役者という職業を恨んだ事が、そして同時に感謝した事が有っただろうか。
(どうかな...、僕は上手くワラエテいるかい...?)
自身の血を受け継いだ『彼ら』は、今の自分をどう評価するのだろうか。
期待と不安を胸に秘め、カミキ ヒカルは自身の衝動のままに地面を蹴り、宙へと舞い上がった。
フワリとまるで羽でも生えているかの様にロープに支えられ、その体を宙へと踊らせたヒカル演じる『鍔鬼』。
そんな主に従う様にボーボボ演じる『ボッ刀斎』が、天の助演じる『天槍』が同じくロープに支えられ宙を舞い、そしてロープが繋がっていないパチ実演じる『刀鹿』もまた同じ様に地面を蹴った結果、当然の如く重力に従わされ舞台に設置された階段を転げ落ちていった。
(目が...、離せない...。)
そんな『鍔鬼』達が跳び上がり、そして自分達の前へと降り立つ迄の一連の流れから視線を逸らす事が出来ない事実に、自身の予想以上に彼らに圧倒されてしまっている事を自覚する『つるぎ』役_有馬かな。
自身が個人的に慕っているボーボボや天の助の登場については、事前に把握していた手前彼らの見事な動きを見事だとは思いつつも、一方で一役者の先立としては『力量を客観的に判断出来る』存在であると言わざるを得ない。
ボーボボや天の助個人に対する親愛の感情を排除すれば、彼らはあくまで『極めて役柄に適合している素人』なのだ。
言ってしまえば、『普通ではない振舞い』を求められる役だからこそ、この数々の実力者が揃う中で尚存在感を発揮しているに過ぎないのである。
問題は彼らの中央にスラリとした佇まいで立つ存在だ。
カミキ ヒカル_彼女にとっての同僚と言える星野兄妹の父であり、この『東京ブレイド』という作品において数少ない彼女よりも長い芸歴を持つ人物である。
無論、そんな事はこの舞台が始まる前から分かっていた事であるし、彼女自身も彼と共演するのは今回が初という訳ではない。
故に彼の実力が確かなものである事は、肌感等の曖昧なものに頼らずとも『芸歴』という客観的な事実でもって理解出来ている筈であった。
「初めまして、『新宿クラスタ』並びに『渋谷クラスタ』の皆さん。
私は『鍔鬼』と申します、以後お見知り置きを...。」
自身の役名を名乗った彼の表情は、原作通り柔和なもので、原作通り得体の知れない不気味さを感じさせる。
そんな存在を目の当たりにした故の本能的な防御反応なのだろうか。
予定には無いにも関わらず、かなは自らの刀を握っている手に力を込めてしまった。
「ああ、そう警戒なさらないで下さい。
我々にあなた方と敵対する意思は有りません。」
そんな彼女の動きを目敏く察知した彼は、制止を促す様に掌を彼女へと向けると共にアドリブの台詞を間髪なく入れてみせる。
主導権を握っているのが誰なのかを端的に示す様に。
「...敵意は無い、ねぇ...。
なら尚の事何しに来たってんだ...?
挨拶に来たってんなら、見ての通りこっちは立て込んでんだがな...。」
するとここで『鍔鬼』に合わせる様にアドリブを挟んだのが、最初に彼の正体を探ろうとした『ブレイド』である。
『立て込んでいる』という台詞によって地に伏せる『鞘姫』へと意識を向けさせ、この後の『鍔鬼の助言によって鞘姫蘇生の方法を見出す』展開へと繋げる為だ。
「ほーう、大したもんだぁ...。」
(ここでおじさんもアドリブ⁉︎)
「...何が凄いってのよ...。」
しかしながら『ブレイド』の台詞に対して動きを見せたのは、ここまで目立った動きを見せていなかった『ボッ刀斎』であった。
『鞘姫』の傷口をまじまじと見つめながら放たれた台詞は台本に無いものであり、『つるぎ』が辛うじて反応したものの次にどの様な動きが出てくるのか予想が出来ない状態と言えよう。
「この傷、お前さんがやったんだろう?
こんだけ見事にぶった斬られてんだ...。
斬った瞬間はさぞ気持ち良かっただろうなぁ...。」
「なっ⁉︎」
(これ...、後々二人が戦った時の台詞をイメージして...!)
ずいっと『ブレイド』へと顔を近付けた『ボッ刀斎』の台詞に、彼らの生みの親である鮫島アビ子も、原作において後に二人が激突した際の、ボッ刀斎が他者を傷付けたブレイドの過去を煽る様な台詞を彷彿とさせる振舞いに膝を打つ思いであった。
つるぎ以上の戦闘狂としてブレイド視点からすれば悪辣な言葉を浴びせ掛けた彼であるが、この時点ではその本性は描かれていなかった。
原作のファンならば後の描写から納得がいく台詞であり、先の展開を知らない者にとっても、『ボッ刀斎』というキャラクターがどの様な人物であるかを端的に示してくれる判断材料となるだろう。
話を聞く限りでは、彼を演じるボーボボは奇特な振舞いが目立つ人物らしかったのだが、以前行われたという自身の師_吉祥寺頼子との面会での様子からして、良く原作を読み込んでくれている事が窺える。
或いはこの舞台における『鍔鬼一味』の見せ場である故に、彼らの中でこの様なアドリブの台詞を示し合わせていたのかもしれない。
「アナタ位の歳の時ってぇ、前だけ向いて突っ走れちゃうものねぇ。
『邪魔する奴は斬っちゃえばいい』って、あーしはアツくって好きよ...。
キャハッ、鍔鬼ちゃん聞いた今のマジヤバくなーい⁉︎」
「ヤバいと言うよりキモいですね。
空気読めてなさ過ぎて。」
「キモい‼︎⁉︎」
『ボッ刀斎』の台詞を受けた『ブレイド』の硬直の隙に続いた『刀鹿』と『鍔鬼』のやり取りに、客席からは少なくない笑い声が聞こえてくる。
と言うのも、先の二人の掛け合いが原作の鍔鬼と刀鹿の表情のシュールさからネットミーム化している故だった。
無論、この事象は作者の鮫島も意図していないものであり、作品の本質的な魅力を伝えるものかについては疑問符が付くが、一方で『ネタにされる』という事は良くも悪くも作品の知名度に影響を与えるのも事実である。
原作中における刀鹿に対する鍔鬼の割とぞんざいな扱いを端的に示す事も出来るシーン故の選出なのだろうか。
「とまぁ、そんな事より...。
天槍さん、お願い出来ますか?」
「承知しました。」
そんな事扱いされた『刀鹿』を尻目に、ここで流れが台本へと戻る事となる。
尤も、この後の舞台上で繰り広げられる光景に、会場からはどよめきの声が出る事になるのだが。
「す...、凄い、凄い‼︎
あんなの現実に出来る訳ないと思ってたのに...!
何か仕掛けが有るのかな...⁉︎」
演劇の最中という事すら忘れ、自身の目に映った光景に驚きの声を上げる鮫島を横目に、彼女の師である吉祥寺頼子はその反応が無理からぬものだと感じる。
事実、客席の至る所から自身の目を疑う様な反応が聞こえてきているのだ。
天の助が演じる『天槍』の特殊能力_『身体の液状化』によって傷付いた『鞘姫』の上体を覆い、その後盟刀の力によって彼女が復活する間の止血を行うというシーン。
そんな、『漫画やアニメならではの描写』であると原作者ですら考えていた光景が現実に起こってしまったのだから。
(『GOAさんは、手はあるって仰ってたんですけど...、やっぱりCGとかになるんですかね...?』)
脚本の修正後、そう言えばと鮫島が口にしていた疑問が思い出された。
成程、極めて常識的な想像と言えるだろう。
今回、例外的に脚本製作に参加した彼女だが、当然ながら本来演劇という世界においては門外漢の存在である故に、舞台の装置を駆使した演出方法の知識は乏しい。
この点は吉祥寺自身も同様であり、プロジェクションマッピングと呼ばれる立体物に映像を投影する際に使われる技術の存在は認知していたものの、具体的な仕組みや効果についてはお手上げというのが実情だ。
『天槍』を演じる者を知らない者ならば、ほぼ全てが鮫島と似たり寄ったりな想像をする筈である。
(...それにしても、よくまあこの短い尺で『ボッ刀斎』のキャラクター性を表現出来る台詞を...。)
思考を演劇へと戻した吉祥寺だが、やはり彼女としては先の『鍔鬼』から始まった一連のやり取りと、その短い間に『ボッ刀斎』という本来ならこの演劇中では本性が見られない筈のキャラクターを上手く表現してみせた事実に感嘆としてしまう。
長期連載作品ではままある事だが、この演劇で描かれる範囲内では『ボッ刀斎』というキャラクターはあくまで『強者感を漂わせる謎の人物』としての描写に留まっており、このシーンの前に描かれた『鍔鬼』との会話シーンにおいても明確だったのは『並外れた巨体』という程度でありそのキャラクター性はぼかされていた。
身も蓋もない言い方をすれば、鮫島が後の展開において融通がきく様にしていたのである。
原作再現を重視するなら、ここで無理に『ボッ刀斎』の本性の片鱗を見せずとも演劇自体は成立する。
にも関わらず演者であるボーボボ、或いは『鍔鬼』役のヒカルがあの様な台詞を挟もうと考えたのはファンサービスに他ならないだろう。
観客の大多数が先の展開を把握している事を見越し、『ボッ刀斎のキャラクターが登場時点で既に固まっていたら』というもしもの展開を組み込んだのだ。
その上で先のやり取りを振り返ってみると、彼らがしっかりと役についての理解を深め、かつ演劇自体が破綻しない程度の尺で纏めているのだが、これが中々どうして難しい。
と言うのも、キャラクターを掘り下げようとすれば、必然的に台詞や仕草等の描写を増やさなければならない。
これは現実の人間関係においても同様であり、たったの一言二言話した程度で相手の人間性を理解出来る筈がないのだ。
逆説的に、その『数少ない台詞』の選択を誤ってしまう事は、そのまま観客に対して間違った認識を与えてしまう事に繋がる。
『そのキャラクターはどの様な人物なのか』を示す象徴的な特徴が歪んで伝わってしまっては、ファンサービスどころか逆に不興を買う事となるだろう。
他ならぬ彼女自身が、『少ない台詞でキャラクター性を端的に示す作業』をつい半年程前に経験し頭を悩ませた事実が余計にその思いを助長させた。
彼女の場合、特殊な現場の状況故に脚本家である高峯側から助言を請われた為に、同じ脚本の修正作業に参加したと言っても今回の鮫島のそれとは事情が異なる。
何しろ内容の見直しと描写場面の選出のみならず、本来原作に存在しないキャラクターについて高峯と共に考えなければならなかったのだ。
故に、本来存在しない筈の台詞を違和感なく挟む事の難しさを十分に理解しており、この差が先のやり取りに対する鮫島との着眼点の違いに表れている。
多分に物語の構成理論が感覚的な鮫島は、GOAとの対話の折にも表れていた通りキャラクターの内面の軸を通す事を重視する故に、『そのキャラクターが取り得るだろう行動』については改変であろうと許容するのだが、その判断基準はなまじ表層的に原作再現を重視する程理解し難いものとなるだろう。
逆に先の『ボッ刀斎』の台詞の様に、『こんな事を言っていてもおかしくない』と言えるものに関しては純粋に感覚的に楽しむ事が出来る故に、『天槍』や『キザミ』に対する驚きと賞賛へと繋がっていく。
一方の吉祥寺は、代表作である『今日は甘口で』からして見せ場から逆算し、読者の視線の動きを計算し尽くしているとしか思えないのが特徴的だ。
にも関わらず、多くの読者がその意図に抗う事すら出来ず、彼女の設定した見せ場で面白い様に心を動かされてしまうのである。
そうした背景から彼女の作品は、演出の道を志す者にとって教材同様の扱いを受けており、『今日は甘口で』を評して『演出を齧っていて本作を知らないのはモグリである』とは星野アクアの弁だ。
そんな評価を受ける彼女から見た先のやり取りはこうなる。
舞台上の一際高い場所に現れ、照明を当てられる_ここは原作及び台本通りと言えるだろう。
その直前の『ブレイド』達のやり取りから一気に観客の視線を移す見事な演出だ。
その後設備を使い『ブレイド』達の元へと降り立つのだが、ここでの『刀鹿』の扱いも見逃せない。
一人だけ失敗する存在を組み込む事で他の三人の雄大さを強調すると共に、『刀鹿』のコメディリリーフとしての要素も際立つ形となるのだ。
懸念点としては『刀鹿』役の負傷の恐れがある事だが、演じるのが首領パッチである以上気にする必要はないだろう。
その後に入ったのが、『鍔鬼』の台詞を皮切りとしたオリジナルの台詞とやり取りであるが、これをアドリブであると仮定して『鍔鬼』一味の台詞数を振り返ってみると、原作の台詞である『鍔鬼が天槍に鞘姫の救助を要請する迄』の間に挟まれたのが『鍔鬼』、『ボッ刀斎』、『刀鹿』でそれぞれ二回の台詞だ。
この内、『ボッ刀斎』と『刀鹿』の台詞を彼らが事前に決めていたものとすると、キモとなる者_最初にオリジナルの台詞を挟んだ『鍔鬼』には、この状況の全てが見えていたのだろう。
或いは、自身が登場してからこの数分間の光景全てが彼にとっては掌の上だったのかもしれない。
カミキ ヒカル_アクアの父であるらしい彼がこの役に選出された理由を、この支配感を見せられた事で納得せざるを得なかったのだ。
「さて、『ブレイド』さん。
あなた方とこちらの『鞘姫』は今の今迄敵対関係にあった訳ですが...。
彼女の傷を癒やし、蘇生させる方法が有るとしたらどうしますか?」
「...その男に聞くまでもない...。
姫を救う方法が有るなら今すぐ俺に...!」
斃れた主君を救う方法_喉から手が出る程に欲する情報を今すぐ自分に寄こせと言わんばかりに、『刀鬼』が『鍔鬼』へと狂気に満ちた視線を送る。
先の『ブレイド』とのやり取りの勢いのまま、この状況を支配する父_ヒカルをすら喰らってやろうというアクアの感情が再び表出するが。
「...フフ、無理です。」
そんな『刀鬼』の強烈な感情をまるでそよ風の如く受け流した『鍔鬼』の変わらぬ笑みに、対面する『刀鬼』、そして二人の周囲にいる者達は皆総毛立つ感覚に襲われる。
この男は決して他人の感情を理解出来ない訳ではない、寧ろ理解した上で貼り付けた様に酷薄な笑みを見せ続けているとしか思えない故に。
一体どんな感情を抽出すれば、こんな不気味な笑顔を浮かべられるのか_そんな周囲の反応を他所に支配者の台詞は続けられる。
「主君がこの様な状態で平静な判断が難しいのはお察ししますが...。
そもそも、その方法があなたに使えるのなら最初からあなたに話す...、そうは思いませんか『刀鬼』さん?
...ああ失敬、あなたにとってはただの主君ではなく許嫁でしたね。」
その台詞は原作にも台本にも有ったものであり、アドリブの部分以外はリハーサルでも同様のやり取りが行われた。
故に『刀鬼』側も、自身にそれが投げ掛けられる事は承知の上の筈なのだが、彼の顔は強い怒りと苛立ちによって歪んでいるのだ。
一見すれば、主君の窮状を憂う『刀鬼』の感情を逆撫でした『鍔鬼』に対する怒りを示している_それだけアクアが役に入り込んでいる様に映るのだが。
(この人は...、本当に父さんか...?)
『刀鬼』としての感情の暴走を必死に抑えつつ、目の前の人物が父_ヒカルである事実に疑問を感じざるを得ないアクア。
彼とて先の台詞、そして自身に向けられている腹立たしい笑顔があくまで『鍔鬼』としてのものである事は重々承知の上だ。
加えて『鍔鬼』の役柄を考えれば、このシーンで『刀鬼』の感情を逆撫でする様な振舞いは正しく原作再現である。
恐らく父が舞台袖で把握していたであろう、自身が『ブレイド』とのやり取りで表出させた『刀鬼』としての強い感情を活用する意味でも親子の贔屓目無しに見事な演技と言える。
自身の負の感情が想定以上に掻き立てられている事実を認める事が出来れば、ではあるが。
演技はどれだけ感情を乗せられるかが肝要_アクア自身耳にタコが出来る程聞かされた事であり、実際にこの舞台上で様々な役者の感情演技を見せられれば納得するしかない。
そして強い感情同士がぶつかり合う事で、互いの感情がより引き出される事も身を持って実感した。
その観点で言えば、『鍔鬼』に対する感情がとめどなく溢れてくるという事は、『鍔鬼』側もまたこの貼り付けた様な笑みの裏に強い感情を載せているという事になるだろう。
他者の心情を理解した上で、嘲り、自分本位の評価を下す、まるで他人が全て自分の所有物であるかの様な振舞い。
一体どの様な経験をし、どんな人物を見ればこの様な振舞いが出来る様になるのか。
少なくとも彼から見て父がこの様な不気味な表情を見せたのは、あのサイバー都市で見せられた『もしも』の光景だけである故に、何が父にこの様な顔をさせてしまうのかどうにも理解が追いつかないのだ。
あの光景は彼にとって、『有り得ない可能性』だと断じたものなのだから。
未だに二人の子供達、そして長らく自身を支え続けてくれている先輩の息子に対して明かさないでいる自身の秘密。
もしそれを知ったら、彼らはどんな顔を見せるのだろうか。
気持ち悪いと軽蔑されるだろうか、或いは同情や憐憫の表情を向けられるだろうか。
少なくとも二人の子供達は、妻や恩人達と同じ様に笑って手を差し伸べてくれる_そう断言出来る程強い人間であったらどれ程良かっただろう。
(アクア...、君は本当に若い頃の僕にそっくりだね...。)
『前世の記憶』という摩訶不思議な存在を抱えつつも、高校生になる迄立派に育ってくれた息子と舞台上で向き合う事で改めて思う。
このまま青春を謳歌し、自分等比べるのも烏滸がましい人物になってくれる事を願うばかりだ。
自分達親の都合で特殊な環境に引き摺り込んでしまった負い目はあるものの、彼の優秀さであればこのまま芸能界で活躍する事も、或いは前世の雨宮医師の様に多くの人々を救う立場になる道も目指せるだろう。
(アクア...、そして大輝君...、よく見ていて欲しい...。)
将来有望な若者には、きっと幾つもの悪い誘惑が待っている事だろう。
自分達大人が誘導してやるのにも限界が有るのが実情だ。
とは言え、理屈で理解していても実感が伴わない事にはそれを危険だと判断出来ない可能性も有る。
ならばどうするか。
実際に見せてやれば良い。
大人とはこんなにも醜く、恐ろしいものなのだ_と。
(姫川さんはね...、いつもこんな顔をしてたんだよ...。)
「...それで...、その方法ってのは...?」
『刀鬼』と違い面と向かって見ている訳ではないにも関わらず、『鍔鬼』が見せる笑顔に言い様の無い嫌悪感を感じてしまっている大輝が、『ブレイド』としての台詞を続ける。
『鍔鬼』の笑顔を向けられた『刀鬼』_アクアの雰囲気の変化を感じ取っただけでなく、視力が悪い筈の彼ですらこのままあの顔や『鍔鬼』が纏う雰囲気を見続けていれば自身の中の悪感情を隠せなくなると察知した故である。
果たして、その台詞を受けた『鍔鬼』から得体の知れない雰囲気が霧散し、彼もまた周囲に悟られぬ様一つ息を吐いた。
「...っと、そうでしたね。
方法の説明の前に...、『ブレイド』さん、あなたは『盟刀』という存在がどんなものか正しく理解していらっしゃいますか?」
「...何かよく分かんねえが、凄え力をくれる刀だって事は分かってる...。」
「ええ、その程度のものでしょう。
『盟刀』、即ち『盟を結ぶ刃』...。
持つ者の本質を見極め、強大な力を持ち主に与える21本の刀...。
一つ、斬り伏せる事。
二つ、生と死。
三つ、三貴子を司る力。
四つ、喜怒哀楽。
五つ、火、水、土、風、雷。
六つ、六道を司る力。
これらを束ねし者がこの日の本を手にする力を得る_即ち『盟主』となると言われている刀です。」
原作においてもここに至る迄詳細が明かされていなかった『盟刀』の性質を、『鍔鬼』が一息に語っていく。
彼からの視線が外れた事もあり、『刀鬼』も幾分落ち着きを取り戻した様だ。
「そして『鞘姫』を助ける鍵は、彼女自身が握っている。
彼女の持つ剣は『生』を司る『傷移しの鞘』なのです。」
「傷移しって...、そりゃどういう...。」
「読んで字の如く、傷を他者に移し替える事が出来る力です。
自らが負った傷を配下に移し替え、例え醜くみっともないと嘲られようと絶対に生き残る。
正に支配者が持つに相応しい力と言えるでしょう。」
「...でも、現実としてこの子はこんな状態になってるじゃない!
そんな力が有るってんならどうして...。」
『鞘姫』の持つ力の詳細について『鍔鬼』が語るものの、他ならぬ彼女と直接対峙していた『つるぎ』が、彼女が斃れ伏している現状と能力の齟齬を訴える。
彼の弁が真実であるとするなら、許嫁であるとは言えあくまでも配下である『刀鬼』を身を呈して守った事には説明がつくが、その傷をそのまま『ブレイド』へと跳ね返せば戦いの勝敗自体がひっくり返る事になるにも関わらず、敢えてそうしなかった意図が読めない。
「それは、あなた方ご自身にも身に覚えが有るのでは...?
身体、痛くないでしょう?」
「...⁉︎
まさかこの子、逆に仲間の傷を自分に移し替えて...。
それに私達の分迄...。」
「もしかして...、はじめからこうして戦いを治めるつもりで...。」
「ええ、恐らくは...。
そして、彼女を助ける鍵は『ブレイド』さん、『つるぎ』さん。
あなた方お二人の手の中に有ります。」
「俺達の...。」
「手の中に...。」
『鍔鬼』の問いにより、他の面々が自身の手足を確認する。
『鞘姫』が傷を移し替える対象を自分にしていた事、最終的に自身が全ての痛みを受け持つ事で双方の衝突に幕を下ろそうと画策していた事が察せられた。
彼女にとっての誤算が、『ブレイド』によって受けた致命傷により、『傷移しの鞘』の力を持ってしても痛みを蓄積、分散出来なくなってしまった事だろう。
瞬間的に己の死を悟った彼女が最後の力を振り絞り、この場の全ての傷を死にゆく自身に移し替え、戦いの決着を図ったというところか。
そんな彼女を救う鍵が自分達の手の中に有る_そんな『鍔鬼』の言葉に、『ブレイド』と『つるぎ』は己が盟刀を見遣り、視線を交わす。
「この鞘の本来の使い方は‼︎」
「こういう事だろ‼︎」
力強い叫びと共に、二人は片手ずつで『傷移しの鞘』を、それぞれのもう片方の手に己が盟刀_『風丸』と『
果たして、彼らを中心に放射状に光が放たれ、舞台の中央に設置されていた石像のセットが色を白く変えてゆく。
『傷移しの鞘』によって集約された痛みを『侃侃楽楽』によって和らげ、『風丸』の生み出す風によって運んでいく_複数の『盟刀』の力を掛け合わせるという原作においても後に重要な要素として再登場する要素のお披露目となるシーンだ。
眩い光の演出と『鞘姫を助ける』という願いが併さり、幻想的な光景を創り出していく。
「お見事です。
私の元に全ての『盟刀』が集まるその日迄、その力を育てておいて下さい...。」
不穏な台詞と共に『鍔鬼』達が退場したのを合図に目を開いた『鞘姫』。
慟哭と共に彼女を抱き締める『刀鬼』と、改めて力強く戦いの終結を宣言する『ブレイド』に大きな拍手と歓声が送られる中、舞台『東京ブレイド』は幕を下ろした。
以下、『つるぎ』の盟刀『侃侃楽楽』についての筆者の自慰設定です。
喜怒哀楽の『楽』に相当し、痛みや恐怖心等を和らげ、精神の安寧を齎す。
戦闘狂である『つるぎ』の愛刀として、彼女のアドレナリン剤的な役割を担い高い戦闘力の要因となっている。
『鞘姫』蘇生シーンでは、作中で初めて『複数の盟刀の力の掛け合わせ』に使用され、盟刀の更なる可能性を示す要素となった。
「劇中劇の描写にそんな深く考えんでも」って事ではあるんですが、アニメの方も含めて「いやそれって結局ブレイドとつるぎがダメージ負うだけじゃね?」ってなったので無駄に設定を追加しました。
結果ほぼ1ヶ月更新無しは流石に反省ですね...。