夜道を歩く四人の男性の肌を寒風が撫でる。
男性達も、道ゆく人々も厚着をして尚身を縮こませており、決して好き好んでこの寒気に包まれている訳ではない事が窺えた。
つい四半期前迄は猛暑を凌ぐ事に苦慮していた事が嘘の様である。
この寒気を凌ぐ為の場所に逸早く辿り着く_人々の足の運びにそんな気持ちが見え隠れするのも自然な事と言えよう。
男性達もまた、寒気から逃れる為の目的地に近付いたのか、大通りを進んでいた足を路地裏へと進め、その歩みをとあるバーの入口の前で止めた。
四人の先頭に立つ男性が扉のすぐ横に有る機械へとカードを翳すと、機械音の後に扉から駆動音が聞こえてくる。
鍵の開錠を報せるその音を認めた男性が扉を開けば、来店者を快く迎えるベルの音が男性達の鼓膜を叩いた。
四人全員を吸い込んだ扉が再び駆動音を響かせれば、その先で広がる光景を余人が知る術は無くなる。
この様な場所を選んでまでも交わされる彼らの会話とは一体どの様なものなのだろうか。
「マスター、こんばんは。」
「あらヒカル君、いらっしゃい。
言われた通り、奥の個室は空けておいたわよ。」
白いシャツに真っ黒なベストとスラックス_典型的なバーテンダーのイメージそのままの服装を身に纏う女性に会釈しつつ言葉を交わしたのが、先程店の入口にて機械に何かしらを翳していた男性_カミキ ヒカルである。
彼と女性との会話からは、ヒカル側が何度も店に通っている事を窺わせる様な気安さが感じられた。
二人の間で事前に話がついていたのか、ヒカル達が姿を見せるなり女性は店内の奥を親指で指し示す。
すると女性がヒカルに続いて入店してきた者達の二人に着目した。
「...あら、もしかしてそっちの子がヒカル君の?
それにそっちの子はテレビで見た覚えが有るわね。」
「はい、息子のアクアです。
その隣にいるのが、先輩の息子さんの上原大輝君ですね。
二人共、紹介するね。
こちらは僕と先輩が長年お世話になっているブブブーブ・ブーブブさん。」
「...はじめまして。」
「...どもっす。」
ヒカルがアクアと大輝へと紹介した女性_ブブブーブ・ブーブブこそ、この会員制バー『Careless』の店主である。
ヒカルや彼の妻である星野アイら多くの人物との親交が有るボーボボやベーベベの実姉であり、かつての毛の王国におけるビビビービ・ビービビ打倒にも参加していた。
その後、実質的な毛の王国の統治者であったビービビがツルリーナ3世によって毛玉を奪われ命を落とした事により、彼の配下であった発毛獅志の面々との協力の下、彼の娘であるビタとミンの面倒を見つつ毛の王国の運営と復興を行っていたのだ。
ボーボボ達によって3世が打倒された事でビービビが蘇生した後は、祖国を離れ弟達の協力を得てこのバーを経営している。
開店直後から苺プロの斉藤夫妻や大輝の父である上原清十郎等、ボーボボ達を通じて紹介された客を中心に根強い人気を得ており、ヒカルもその流れで成人後から長年通っている常連となっていた。
そんなヒカルら三人に清十郎を加えた四人は今回、ある重要な話をする為に秘匿性の高い場所としてこの店を訪れていたのだ。
店主を紹介されたアクアと大輝が前へと出て挨拶を行うが。
「ホアタァァァァ‼︎‼︎」
「‼︎⁉︎」
叫び声と共に、ブーブブによって二人の額に何かが貼り付けられる。
およそバーテンダーとは思えない鋭い手の動き、そして彼女の豹変ぶりに驚愕する中、彼らが額に付けられたものの正体を確かめると。
「...タン塩...?」
「お近付きの印よ。
今後ともご贔屓に。」
彼らの額に貼り付けられたものとは、牛の舌_牛タンをスライスした焼肉に塩をまぶした代物、所謂タン塩であった。
お近付きの印との言葉と共にブーブブから二人へとウインクが贈られるが、初対面の相手にいきなり牛タンを貼り付けられた事実を受け入れるのに必死な二人は、どうしても反応が遅れてしまった様だ。
「二人共、そんなに深く考えなくても大丈夫だよ。
この店に初めて来た人への挨拶みたいなものさ。」
「よく『唾をつけとく』って言うだろ。
自分で舐めるのは流石にマズいから代わりに牛タンでって事だ。」
「二人共ホントに素面?」
(ボーボボさんの姉ってのも納得だな...。)
ブーブブの奇行についての解説がヒカルと清十郎からなされるものの、彼らの息子達は到底納得出来ていない様だ。
彼女が彼らがよく知る変人の実姉という情報を事前に伝えられていた故に、良くも悪くも奇行をする事自体に違和感はないものの、それが行動への理解に繋がるとは言えないだろう。
息子達が見せる何とも言えない表情に、ヒカル達とブーブブが視線を合わせ肩をすくめるが、他人を困惑させている自覚はないのだろうか。
そんな一行がブーブブに促された個室へと向かう中、大輝が彼女への印象を語り始めた。
「...やってる事はアレだけど、何となく風格を感じるのは流石『ボーボボさんのお姉さん』って感じだな...。」
そんな彼の弁にアクアも納得した表情を見せる。
飲食店を切盛りしている事実に加え、アルコール類を扱う都合上タチの悪い泥酔者の相手をせねばならない可能性も否定出来ない。
会員制の店舗である事から大衆居酒屋等と比べればそうした客の割合は少ないのだろうが、それでも普通の女性であれば不安を感じてしまう瞬間が間違いない有る筈だ。
その意味では類い稀なる戦闘力を持つボーボボの姉であるという情報と、奇行の中に垣間見える強い自信から、アルコールを含めた雰囲気に流されない強さを感じ取れるのだ。
「ああ、それと間違ってもマスターに酒は呑ませない様にね。
あの人、奈良漬で酔って暴れ出す人だから。」
「何でこんな仕事してんの⁉︎」
「さて、僕らに話が有るという事だったけれど...、聞かせて貰えるかな?」
個室へと入り各々の飲み物等の注文を済ませた後、仕切り直しとばかりにヒカルが話を切り出す。
舞台『東京ブレイド』が千秋楽を迎えたタイミングで、アクアと大輝がこの四人での会談、それも可能な限り秘匿性の高い場所を希望してのものであり、ヒカル達からしても否応無く内容の深刻さが窺えた。
「...それじゃあ、あんまりダラダラと長引かせたくないから単刀直入に聞かせて貰う。
大輝君と父さんの関係を教えて欲しい。」
「...質問の意図...、もしくは君達が何かを感じた切っ掛けを教えて欲しいな。
先輩もいる場でそんな事を聞いてくるんだから、相応の根拠が有るんだろうね?」
その問いを投げ掛けてきた息子の雰囲気が唯ならぬものである事は、ヒカルも、そしてその隣に座る清十郎も重々承知している。
その上で彼に対して厳しい視線を向けるのは、彼らの覚悟を問う為だけではない。
彼らに対してずっと隠してきた秘密をいよいよ明かさなければならない時が来た_その為に自分達の決心を固める為でもある。
そんな二人に対し、今度は大輝がゆっくりと口を開き始めた。
「...確信と言えるものじゃありません...。
証拠を掴んでる訳じゃないですし、俺達の勘違いならそれでいいと思ってます...。
切っ掛けはカミキさんの『鍔鬼』の演技だったんですが...。」
「...クライマックスシーンの事かな?
僕としては精一杯役を演じたつもりだったけど、何か問題が?」
十中八九勘付かれている_そう自覚しながらも、ヒカルは敢えて惚けて見せた。
大輝が言う所の『勘違い』、そんな一縷の望みにみっともなくしがみつこうとする自分を内心で自嘲する。
「これは俺の持論と言いますか...、まあ、コンタクトしない言い訳に聞こえてしまうかもしれないですけど...。
『役者同士は自分の動きで語り合える』、役や共演者に対しての感情が所作の一つ一つに現れるものだと考えています...。」
「その君の持論によって、あの時の僕はどう見えていたのかな?」
「この表現が合っているかは分かりませんが...、『捕食者』...の様に見えました...。」
「...。」
大輝の表現に、何とも豊かな感性を持ったものだと舌を巻くヒカル。
成程、確かに当時の幼く無力な自分は、ただ蹂躙され貪られるだけの存在だった。
そう考えれば、当時の自分から見た『彼女』が『捕食者』として映るのも納得がいく。
自身の隣で腕を組んだまま黙って話を聞いている清十郎の表情は、心なしか厳しさを増した様だ。
「俺も大輝君の表現を聞いて、凄く納得した。
そうなると、俺達の疑問は『アレを何処から持ってきたのか』って事になった。」
「...その疑問の答えが、さっきの質問に繋がるんだね?」
「ああ...。
芝居にはその人の経験が現れる。
そして『あの顔』には、『鍔鬼』のキャラクター性、悪意を想像しただけとは思えないリアリティが有った...。
その感覚が間違ってないとしたら、『あの顔』は父さんが実際に見たものって事になる...。」
「そんな顔をカミキさんにしていた存在として...、あの化け物になった俺にとっての母親_姫川愛梨が思い浮かびました...。」
化け物_自身の母をフルネームで呼ぶだけでなく、非常に強い侮蔑の感情を滲ませる表現で呼んだ大輝。
当時幼かった彼の前で文字通り異形の存在へと変貌した事実に加え、この話に際してアクアと共に行ったであろう考察、そしてそれが事実であった場合にどうしようもなく湧き上がってくる母への嫌悪感を抑える事が出来ない故だろう。
「姫川さんは、父さんを『そういう対象』として見ていた_そう考えれば、あの執着振りも理解出来る...。
そして、俺だけでなく大輝君も『あの顔』が纏う雰囲気を感じ取れたのは、何となくの既視感が有ったからじゃないかって...。
...父さんが本当に被害に遭ってたとしたら、大輝君は..._」
不義の子供_苦しげな表情で告げられようとしたアクアの言葉は、ここまでの話をただ黙って聞き続けていた清十郎の手によって制された。
「カミキ...、もういいだろう...。
二人にも知る権利は有る...。
俺から話そう...。」
大きく息を吐き、そう語った清十郎に対し、ヒカルもまた沈痛の面持ちと共に頭を下げた。
真実を明かす辛い役目を買って出た彼に対し、せめてもの感謝を伝える為に。
アクアと大輝の前にニ枚の紙とボイスレコーダーを差し出すと、清十郎はレコーダーの電源を入れ音声が流れ始める。
『...大輝の父親は清十郎じゃない。 あの子はヒカルとの子なのよ...。』
「これが録られたのが、大輝が一歳位の頃だったか...。
二人の想像通り、愛梨はカミキを襲っていた...。
この検査結果の通り大輝...、お前は遺伝子上カミキと愛梨との間に産まれた子供という事になる...。」
「...カミキさんって、当時小学生だよな...?
それを知ってて、父さんはずっとあの女の面倒を見続けてたのか⁉︎」
「ああ、そうだ...。
あいつが二度とカミキに近付かない様にする為には、治療という名目で縛り付けておくのが一番手っ取り早かったからな...。
尤も、まさかあんな薬にまで手を伸ばすとは思ってなかったから、結果的にカミキやアクア君達、それにお前の事も危険に晒してしまった...。
それについては、俺には頭を下げる事しか出来ん...。」
「何だよそれ...。
それだって、父さんが謝る事じゃねぇだろ‼︎
そんな化け物の為に、ずっと一人で秘密を抱えようとしてたのかよ⁉︎」
大輝が声を荒げたのは、実の母親が犯した身の毛もよだつ様な罪に対してではない。
血が繋がっていない事が判明したとしても、20年間親子として絆を紡いできた父が、彼自身もまた被害者の一人であるにも関わらず姫川愛梨という異常者の表に出ていない罪を抱えて生きていこうとしていた事に対してであった。
事前にアクアと共に母親の罪を推察していた事も重なり、大輝にも父が事件の裏側を公表出来なかった事は理解出来ている。
自分の出生時のヒカルの年齢、その後の結果的に姫川愛梨の逮捕という形で幕を閉じたあの事件当時で言えばアクア達ヒカルの家族、そして自分自身_多くの人間の名誉を守る為には致し方ない判断だったのだろう。
ララライの存続にも関わっていただろうスキャンダルである事を考えれば、結果的に父が秘密を守り続けた事で今の劇団全体、そして大輝自身の立場が有ると言える故に、その影響の大きさを無視する事等到底出来ない。
理屈の上では、恐らく事態を把握していたのだろう金田一ら上層部と父が下した判断は間違っていなかったと分かっているのだが、それを受け入れられるかは別問題であった。
もしこのタイミングを含め、自分達が何か違和感を感じる事が無かったとしたら、間違いなく父は秘密を墓まで持っていこうとしていたのだろう。
多くの人々を守る為とは言え、他人が犯した罪を背負い、それに見合った地位や名誉が与えられる訳でもない。
そんな中で、父から見れば不義の子供である自分が活躍の場を広げていくのを一体どの様な気持ちで見ていたのか。
そこにどうしようもなくやるせなさを感じてしまうのだ。
「そう言ってやるな、大輝。
皆を守る為とは別に、上原にも秘密を明かせない事情が有ったんだ...。」
「⁉︎ この声、ボーボボさん⁉︎
でも、一体何処から⁉︎」
そんな悩める大輝を含めた四人以外の人物_彼らがよく知るアフロの男性の声が個室内に響くが、声を掛けられた大輝と彼と同じくこの店に初めて訪れているアクアは、一体何処からその声が聞こえてきているのか困惑した様子だ。
更に、清十郎が秘密を明かせなかった理由として、多くの人々を守る為意外に要因が有ったとの情報からも、その言葉の主の居場所を逸早く突き止めたい所だが。
すると、そんな彼らの頭上から各々が注文した品が載せられたプレートが降りてきた。
「取り敢えず、飲み物飲んで一旦落ち着けよ。」
「...。」
「ボーボボさんお疲れ様です。
あっ、二人にも紹介しておくと、ボーボボさん達三人はこの店でホール兼ミラーボールのバイトをしてるんだよ。」
「首領パッチと天の助を見掛けたら、声掛けてやってくれよな。」
(絶対にツッコんでたまるか...。)
天井方向から降下してきたプレートの出所へと目を向ければ、そこでは天井からボーボボが頭をぶら下げ、その特徴的なアフロを開いてプレートを降下させていたのだ。
注釈を入れたヒカルの言う通り、そのアフロが平時とは違いミラーボールの様に輝いているのが印象的である。
その姿を見たアクアの眉間の皺が一層深くなった様に見えるが、何か気になる所が有ったのだろうか。
「...それでボーボボさん、父さんの事情って...?」
変人の奇行から立ち直った大輝が、改めて気になっている事項について問い掛ける。
恐らく先の自分達の考察を聞いた上で口を挟んできたのだろうが、彼の言葉を信じるなら他者への配慮とは別の要因が存在していたという事になるのだ。
ボーボボ自身の特異な能力、そんな彼が態々「別個に事情が有る」と語る実情から、或いは清十郎にも何かしらの特殊な能力が作用している可能性も考えられるが。
「その秘密はズバリ、上原の背中に有るのさ。」
「父さんの...背中...?」
プレートをアフロの中に収納したボーボボが示した秘密の在処_清十郎の背中に注目が集まるのを見越してか、当人も上着を脱ぎ自身の背部を大輝達へと示した。
「これが俺が愛梨を救ってやれなかった罪を永劫背負う証_『あいりんマーク』だ...。」
「何て?」
清十郎自身が『罪の証』として示したもの_それは彼の肩甲骨から腰の辺りにかけて大きく刻まれたハート形の傷痕であった。
ハートの中には『あいりん♡せいちゃん』と刻まれており、その文字列やマークの名前に息子である大輝は居た堪れない様子だが。
「これを刻まれたのは、愛梨が初めて俺達の前であの姿になった『あの日』だ。」
「そう言えば、父さんあの時滅茶苦茶痛めつけられてたな...。
その...、最初は恥ずかしいだろうけど、整形で消したら...?」
背中の傷が刻まれたタイミングを語る父に対し、大輝は一つの区切りを付ける意味でも整形手術を提案する。
成程、確かにこんな代物が自分の背中に刻まれているとなっては、服を脱ぐタイミングにすら神経を使わされる事だろう。
この傷を刻んだ下手人によって、『下手な事を言えば背中の傷について公表する』と脅されていた可能性とて否定出来ない。
清十郎自身は元より、大輝の側にも更なる悪評が及ぶ可能性を考えれば、彼が身動きが取れなかった事にも納得がいく。
「それで消せたならとっくにやってるさ...。
これが普通の傷だったらな...。」
「えっ...?」
「姫川が使っていた薬は、ネオ・マルハーゲ帝国で開発された善滅丸って代物でな...。
恐らくだが、奴の歪んだ感情がそのままエネルギーとして上原の身体に残されちまってるんだろう...。
生憎、俺達にもあの薬については分からない事が多くてな...。
正直言って、お手上げの状態だったんだ...。」
「...まさか、上原さんまでもがあの怪物の様になる可能性が有るって事ですか?」
そんな己の提案を退けた清十郎の言葉には大輝も面食らうが、ボーボボによって語られた補足情報を受け言葉が出ない様子だ。
アクアが語った予測を含め、人を怪物へと変貌させる力を持った薬剤の効能が残っているとすれば、より物質的な脅威に怯えるのも無理からぬ事だろう。
「...現状ではアクア君が言った様な事態になる様子は無いんだが...。
実際に見て貰う方が早いだろうな。
カミキ、すまんが胡椒を頼む。」
「胡椒...?
えっ...、父さんも何してんの...?」
清十郎の異形化_そんな最悪の可能性は一応否定されたものの、では一体何がネックとなっているのかが疑問となるだろう。
ここまでの話を聞く限り、確かに傷痕に対して清十郎が強い羞恥心と同時に妻の心の闇に気付く事が出来なかった過去への悔恨を抱いてしまうのは理解出来るが、それを態々『別に理由が有った』と語るのは些か勿体ぶった言い方に思えてしまうのが正直な所だ。
果たしてそんなアクアと大輝の疑問に応える様に、ヒカルに対して己の背中に胡椒を振り掛けるよう求める清十郎。
突如として始まった突飛な行動には二人も怪訝な視線を向けるが、胡椒が振り掛けられて数秒後、清十郎の背中からキノコの軸部分を思わせる様な太くて白い線が三本伸び始める。
線の成長が清十郎の頭頂部辺りの高さで止まると、その先に徐々に人の顔らしきものが形成されていくが。
「...⁉︎」
「これは...、姫川さん...か?」
清十郎の背中に現れた三つの顔、徐々にハッキリとしていったその輪郭に二人は驚愕を禁じ得なかった。
大輝にとっての母_姫川愛梨の顔が彫刻の様に形成され清十郎の左右と背後を囲む様は、不気味さと同時にどこか芸術作品の様な雰囲気を感じさせる。
ボーボボの語った傷痕の由来故に、出現した姫川らしき存在に二人が警戒心を露わにする中、それらがゆっくりと目を見開くが。
「アイラブセイジュウロウ‼︎‼︎」
「アイラブタイキ‼︎‼︎」
「アイラブヒッカァァァァルゥゥ‼︎‼︎」
「マイラバァァ‼︎
マイラバァァ‼︎
マイラヴァァァァァァ‼︎‼︎」
「‼︎⁉︎」
三つの姫川の叫びが個室内に木霊する。
その内容もさる事ながら、かつての異形と化した彼女の狂気の片鱗を感じさせる鬼気迫る表情を見せる姫川達には二人も圧倒されてしまうが、そんな彼らを他所に清十郎は自身の周囲で叫び続けている姫川達に備え付けの塩を振り掛けていった。
「ウヴォアァァァァァ...。」
「小さくなった...。」
(蛞蝓かよ...。)
「悪かったな...。
説明する為とは言え、びっくりしただろう。」
「まぁ、うん...。
と言うか、父さん達は大分慣れた感じなんだな...。」
蛞蝓_塩を振り掛けられ縮んでいく姫川達を心中でそう評したアクアの横で大輝が呆気に取られるのも無理からぬ事か。
ともすればホラー映画の様な光景なのだが、当事者である清十郎は元よりヒカルやボーボボもその様に見慣れた様子を見せている。
彼ら曰く、最初こそ驚愕と困惑に包まれたものの、金田一や鏑木等事情を知る者へと説明を重ねる内に誰しもが同様の反応を示す為に慣れてきてしまったのだと言う。
「今の所、ああやって喚くだけで済んでるってのと、現実としてボーボボさん達ですら対処法が分からない事もあって放置してたんだ。
さっきのが出てくるのが大輝とカミキの関係を話す時なんで、恐らくあの時の愛梨の力の影響なんだろう事は予想出来たし、無闇矢鱈に話す内容じゃないからな...。」
「確かに、トリガーを把握出来ているなら根本的な除去が出来ない事も許容出来るか...。
ですが、今俺達に説明しても『さっきの』が出てこなかったのは何故なんでしょう...?
先程、父さんが胡椒を振り掛けていたのとも何か関係が?」
「これは推測になるが、俺達が姫川と戦ったあの場に二人がいた事も影響してるのかもな。
実を言うと、俺達も上原から説明を受けてもああならかったんだ。
理屈は分からんが、あの場にいた人間を『既に事情を把握している者』として認識してるんだろう。」
「時代劇とかで出てくるこの字の『小姓』を知ってるかな?
主君の雑務を担当する他に、時代によっては衆道と言われる性的な関係にあった男色の対象となっていた人達もいるらしくてね。
その時代の人々が精神的な従属関係を強める事を意識していたのだろう事と、姫川さんが僕を精神的な支配下に置こうとしていた事に着目したボーボボさんのアイディアで、試しに胡椒を掛けてみたら見事...って訳さ。」
「成程...。」
(成程じゃないよ、意味分かんねぇよ...。)
服装を直しつつ件の『あいりんマーク』を放置していた理由を語る清十郎の言葉に、部分的に納得しつつも先の状況と彼の語った発生条件が食い違っている事を指摘するアクアだが、その疑問にボーボボとヒカルがそれぞれ答えていく。
成程、マークが変貌した姫川の力の残滓であるという推測が正しいのであれば、彼女が意図したものかは別としてそれが清十郎の背中に宿ってしまったのは、彼が自身の妻に傷付けられたタイミングか若しくはボーボボ達によって彼女が打倒されたタイミングのどちらかと考えるのが自然であろう。
発生条件に関しては状況証拠から推測するしかないのが実情ではあるものの、発生した側とそうでない側の顔触れを考えれば説得力も高まってくる。
ボーボボ達との戦いにおいて彼女が最後には自身の敗北を認めていた事実からも、良くも悪くも清十郎達三人への強い想いが具現化し、彼らを守るべく警告を発する存在_と考えるのは幾分彼女に寄り添い過ぎた考えだろうか。
真相は兎も角として、ボーボボ達の話に何かしら思う所が有ったのか、大輝も彼らの推測に感嘆した様子だ。
その横にいるアクアは今一つ納得出来ていない様子だが、何が引っ掛かっているのだろうか。
「さっきの話、ルビーには話すつもり有るの...?」
「どうかな...。
二人みたいに何か勘付いたなら兎も角、態々こっちから明かす事でもないとは思っててね。
正直、聞いてて楽しい話じゃないだろう...?」
『Careless』からの帰り道、自身の問いに対してそう返しつつ夜空に輝く月を見つめる父の言葉に同意するしかないアクア。
ただでさえデリケートな話題を感受性豊かな妹が聞けばどうなるかは容易に想像出来る故に。
あの場で大輝が真相を知って尚、清十郎を慮りある程度冷静な反応を示せていたのも、直接話を聞く前に一度感情を整理する時間が有った事が大きいだろう。
「二人で話した時も、大輝君はああいった感じだったのかい?」
「内心は分からないけど...、そう見えた...。
多分、元から姫川さんに対して良い感情は持ってなかったんだと思う...。」
逆に父からされた問いに、先晩の二人で推測を行った時の大輝の表情を思い返しつつ答える。
母親が怪物となったあの時、彼はまだ小学生だった。
あくまで『倒すべき敵』として認識していた自身と違い、肉親があの様な姿に変貌した事実は、強い恐怖と忌避感として彼の記憶に強く残った事だろう。
その後の父一人子一人の環境、子供ながらに察せたであろう父の苦労を、彼が『母親のせいでこうなった』と考えるのも無理はない。
そう考えれば、元から母親に対する評価が低かった彼にとっては、母の更なる悪行が明るみになっても負の信頼が強くなるだけであったと考えられる。
真相が明かされて尚、彼が清十郎を父と呼び続けた事も、母親に対する感情の反動に加え『自分にはもう父しか残っていない』という感情が無意識に大きくなっていた故なのかもしれない。
「真の意味で母を得られなかった哀れな魂...。
まるで君達みたいだね。」
自分達の視線の先に人影等無かった筈だ。
ましてや少女、と言うより幼女という表現が適切に思える様な外見の子供が夜道にいれば嫌でも目につく筈である。
ではこの少女は一体何処からどうやって現れたのか、そして自分達に掛けてきた先の言葉はどういった意味なのか、答えの出ない疑問を抱えつつアクアとヒカルは警戒感を露わにする。
「そんなにビクビクしないで欲しいな。
別に取って食おうって訳じゃないんだからさ。」
「初対面の相手にいきなりあんな事を言ってきた人とは思えない台詞だね...。」
銀髪とも白髪とも取れる長髪、コントラストの様な真っ黒な服装、街灯に照らされた不気味な程美しい少女の笑顔に、ヒカルは自身の酔いが急速に覚めていくのを感じる。
客観的に見れば、こんな幼い子供が夜道を歩いているのを見つけた時点で心配するのが自然なのだろうが、彼は本能的に少女が『普通』ではない事を感じ取っていた。
便宜的に少女の事を『人』と表現したが、そもそも少女が自分達の考える人間なのかすら疑問符が浮かぶ。
「僕らは幸か不幸か、『普通じゃない人達』に囲まれていてね...。
その経験上、君はどう見ても『普通じゃない』側だよ。」
「酷いなぁ。
これでも君達と同じで人間から産み落とされた器なのに、こうも警戒されるなんてね。
触ってみる?
どこにである子供の躯さ。」
「その仰々しい物言いもそうだが...。
何よりお前が『普通じゃない』って思える判断材料と一緒にいるのが何よりの証拠だ。」
ヒカルの言葉に自身の頬を摘んでみせた少女だが、今度はそれにアクアが反応した。
少女自身の纏う雰囲気や言葉遣い、そして何より彼女が腰掛けている物体が、彼女を『普通』から遠い存在たらしめているのだ_と。
自動車の車輪に当たる部分から手足が、ボンネットの辺りから成人男性に嘴が付いた様な顔が生え、丁度少女の左右を囲む様に配置された大きな翼。
エジプトのスフィンクスをより不気味にした様な存在と共にいる者が『普通』である筈がないと彼らは判断しているのだ。
「カーラスの事を言っているのかい?」
(カーラスって言うんだ...。)
(カーラス...。)
少女が語った『カーラス』の名にどう反応すべきか困った様子のヒカルだが、その横にいるアクアはその名に何か引っ掛かった様子だ。
思い起こされるのは星野アクアとしてのものではなく、自身の前世_雨宮吾郎としての記憶。
それは彼がいつも通り、自身が親しくしていた少女の病室を訪ねた時であった。
『さりなちゃん、こんにち...と、寝ちゃってるのか...。』
切っ掛けは元祖B小町の新しいファンアイテムが発売される事を知ったからだっただろうか。
少なくとも他愛のない自分達にとっての『ささやかな日常』の一つであった様に思える。
先立のありがたい講義より懸命に闘病生活を送る少女の見舞いの方が余程有意義だと判断しての来訪だったのだが、院内における貴重な友人は夢の中であったのだ。
顔色自体は良いものであり、安らかな一時を過ごす彼女の邪魔をするのは忍びないと感じた彼が、布団を掛け直し病室を後にしようとしたのだが。
『うーん...、ダメだよカーラスさん...。』
『カーラス...?
アニメのキャラとかか?』
(カーラス‼︎‼︎)
「今日は挨拶に来ただけさ...。
ただ、もし真実が知りたいと言うなら来るといい。
君達が『家族』になった場所にね...。」
「ごめん、フワッとした説明じゃ分からないから地名で言って。」
「...宮崎県高千穂。」
「うわっ...、結構遠いなぁ...。」
「...。」
唐突に芽生えた前世からの因縁に厳しい表情を見せるアクアを他所に、ヒカルは少女が示した場所への距離から露骨な不満を露わにした。
成程、確かに『自分達が家族になった』との表現がアクアとルビーの誕生を指しているとすれば、彼の地を指定する事にも理解は出来る。
加えて、超然とした雰囲気を纏う少女もキチンと質問すれば適切な回答をしてくれる事が分かったのは収穫だろう。
何故か少女は微妙な表情だが、そもそも他人を招待したいのなら場所を明確に伝えるのは当然ではないだろうか。
「兎も角、そこに来れば君達はお互いをもっと知れるだろうね。
尤も、もしかすると知らない方が幸せかもしれないけれど...。
行こうか、カーラス。」
「カー。」
「ま、待ってくれ‼︎
君は一体何者なんだ⁉︎
せめて名前だけでも‼︎」
カーラスが空に浮かび始めた事で、慌てた様子で自身についての情報を請うヒカルに調子を取り戻した様に超然とした笑みを浮かべる少女。
改めて、自分は彼ら人間に畏敬の念を抱かれる存在なのだと示す様に静かに言い放つ。
「そうだね...、ツクヨミとでも名乗っておこうか。」
ツクヨミ_神話に登場する存在と同じ名を名乗った少女は、カーラス、そして何処から現れたのか数多の烏と共に姿を消した。
結局、彼女が何者なのか、宮崎の地に一体何が待ち受けているのか、様々な疑問を胸にヒカルは彼女が消えた闇に向かい呟く。
「『NARUTO』...、好きなのかな。」
「絶対違うでしょ。」
これにて2.5次元舞台編終了、次話より最終章を書いていこうと思います。
よろしくお願い致します。