奥義:83始まりの地へ
星野アクアとカミキ ヒカル親子の前にツクヨミが現れた夜の一幕から時間を巻き戻す事数日。
場所は苺プロ事務所の会議室である。
舞台『東京ブレイド』が千秋楽を迎える直前、週に一度しかない休演日を利用し、有馬かなを含めたB小町のメンバー全員が揃った状態_貴重と言う他ない時間を利用している故に、その場にいる者達の顔は揃って真剣そのものだ。
それは、B小町にとって大きな契機となる計画が動き始めている故だった。
「『東京ブレイド』が千秋楽を迎え次第、B小町のPV撮影を行います。
『STAR☆T☆RAIN』と新曲がニ曲よ。」
「PV...、それに新曲‼︎」
「新曲...、まさかアイ殿とポコミ殿と共に作った『JIRA◎E◎GAIN』が遂に日の目を浴びる時が⁉︎」
「その時は永久に来ないので撮影に集中して下さいね。」
「...あっ、じゃあ私の方のチャンネルでダンディと一緒に歌っちゃう?」
「それやったら社長権限でチャンネル凍結させるからな。」
「⁉︎」
口火を切ったB小町マネージャー_新野の語った計画に逸早く反応したB小町メンバー_星野ルビー。
バビロン界でのデビューライブ以降、目立った動きが無かった新生B小町は、ある意味元祖側と違いグループ発足時から一定の知名度を持つメンバーを含む故の弊害に悩まされていたのだ。
本業である女優業にて今正に多忙の中にあるかな、配信者として大多数の登録者を抱えていたメムを加えた故に、初動の段階での注目度は元祖のそれとは比較にならないものであったのだが、それは逆説的に関心が冷めやすいという事でもある。
二人の元からのファン層が多少B小町の活動に注目したとして、それらの層がそのままアイドルファンとして定着するかと言われれば、難しいと言わざるを得ないのが実情だ。
こうなると、知名度が低い側であるルビーと地雷ダンディがどれだけ新規層を食い付かせられるかが問題なのだが、片やまだまだ『アイの娘』のイメージが強いルビーは純粋に彼女自身のパフォーマンスを評価される段階には至っておらず、ダンディにしてもその外見からして『色物』と言わざるを得ない存在だ。
そこでメンバーの認知度の更なる向上を目して立案されたのが、B小町の楽曲『STAR☆T☆RAIN』のPV撮影であった。
配信等の活動を行っていると言えど、それらに食い付く層は広く見積もっても『新旧B小町のファン』か『メム個人の配信で興味を抱いた者』がせいぜいであろう。
後者の層、そして更に多くの人の目に触れる可能性を拡げる為に最も手っ取り早いコンテンツとして挙げられたのが歌手活動の本懐たる『歌って踊る』を体現するPVという訳だ。
メムと個人的に親交のある人物が、その人物の活動拠点である地方へと来てくれるならという条件で比較的安価での作業に同意した事も手伝い、彼女と新野が件の人物とのスケジュール調整を行っていたのである。
そんな一端のアーティストらしい活動が出来る事だけでもルビーにとっては喜ばしい事なのだが、ここで新野達が打った更なる一手が新曲_即ち新生B小町のオリジナル楽曲の作成である。
かつてのJIFを始めとしたミニライブ等では、元祖の楽曲を使ってやり繰りしていたものの、それらは総じて十年以上前の楽曲である為に新鮮味に欠けてしまうのが実情だ。
よりSNSを積極的に活用する現代の若者世代に人気が出やすいだろう曲を用意する事は、グループ全体の人気を集めるだけでなく、『元祖側との比較を避けられる』というメリットも含んでいる。
そんな肝心要の一曲となれば、苺プロ側も相応の相手を選出して楽曲の発注を行っており、まかり間違っても何故かショックを受けている者達によって作られたらしい奇天烈な代物を使用する等有り得ないのだ。
「地方って話ですけど、何処まで行くんですか?」
「場所は宮崎ね。
『東ブレ』の慰安も兼ねて、二泊三日で考えてるわ。」
「『東ブレ』の慰安...。」
計画の概要から、撮影の行き先が気になった様子のかなが質問を投げ掛ければ、新野から行き先と共に撮影に付随した目的が明かされる。
長丁場の公演の慰安_その言葉から、宮崎へと向かうのが自分達だけでなく『東京ブレイド』の出演者の面々も含まれているのだろう可能性を見出し、自然豊かな地方にて共に過ごす者との一幕が彼女の脳内に映し出されるが。
『はぁー...、良いお湯...。
思いっきり足を伸ばせるって最高ね...。』
温泉へと浸かる自分自身。
全身を優しく包む温かさと、顔に当たる冷気のバランスが何とも心地良い。
縁となっている岩に頭をもたれさせ、天を見上げればそこには東京の都市街ではまずお目にかかれないだろう満天の星空。
地球の、宇宙の雄大さと自分という存在の小ささを感じほうっと息を吐くと、柵の反対側にあるのだろう男湯の方から聞き慣れた声が聞こえてくる。
『おぉー、こりゃ良い湯だな‼︎
遠くまで来た甲斐があるってもんだ‼︎』
『おじさーん、お湯に入って空を見てみなさいよ。
すっごい景色よ。』
自身の声の後、向こう側にいるだろう人物の身体の大きさを示す様にザブンと大きな水音が響いた後、小さいが確実に感嘆の声が聞こえてきた。
同じ時を、空間を、景色を憎からず思う相手と共有する感動と共に、唯一それを隔てる存在へと視線が向いてしまう。
あの柵が無ければ_そんな事が頭に過ぎり、瞬時に倫理観と羞恥から熱くなった頭を振った。
こんな事を考えてしまうのも、この非日常の体験故なのかもしれない。
次はいつ見れるか分からない星空へと手を伸ばすと、両手を包む冷気の感覚と共に向こう側からも同じ仕草をしているのだろう音が聞こえてきた。
同じ景色を見、同じ事を考える_そんな他愛のない妄想に弛緩する口元を抑える事なく、天へと叫ぶ。
『ピロッチ‼︎』
『ピロッチ‼︎』
『ピロピロピロピロピロピロピロピロ』
『ピロピロピロピロピロピロピロピロ』
『ガダボン‼︎‼︎』
「良い...。」
「...?
まぁ、前向きに取り組んでくれるなら何よりだけれど...。
さて、次は新曲について話しましょうか。」
「そうそう、それだよそれ!
誰にお願いしたんですか⁉︎」
うっとりした様子のかなを不思議に思いつつ話を続けた新野に、再び素早く反応するルビー。
彼女達メンバーも、新野らが新曲の発注をした事自体は聞かされていたものの、作曲の進捗はおろか依頼した相手すら明かされていなかった故に、どうしても勿体ぶった印象を受けてしまったのだ。
すると新野を庇う様に口を開いたのは、彼女と同じく事情を把握していたのだろうミヤコであった。
「今日迄話が出来なくてごめんなさいね。
新曲は元祖B小町の楽曲を多く手掛けてたヒムラさんにお願いしてたの。
ただ、色々と事情があって皆に伝えるのが遅くなってしまって...。」
「ヒムラさん⁉︎」
「...そのヒムラ殿というのはそれ程の者なのか?」
ミヤコの口から出たヒムラという名にピンと来ていない様子のダンディに、三人がその概要を説明する。
ミヤコが語った通り『STAR☆T☆RAIN』を始めとしたB小町の多くの楽曲を手掛け作曲家として活躍するだけでなく、十年以上に渡りトップアーティストとして第一線で活躍する、正に大御所と言っていい人物なのだ。
「地雷カチューシャに潜んでいる間にその様な猛者が...。
しかし、その様な名の知れた相手なら素直に教えてくれてもいいと思うが、ミヤコ殿の言う事情とは一体...。」
「いやぁ、大体想像はつきますけどね...。
締め切り守ってくれなかったんじゃないですか...?」
「そりゃまぁ、間違いなくナメられるでしょうけどもね...。」
ヒムラについての情報を飲み込みつつも、未だ発注先の情報が隠されていた事に納得がいかない様子のダンディ。
単純にそれ程の大物が自分達の為の作品を手掛けているという情報が入れば大なり小なりモチベーションが上がるであろうし、ヒムラ自身の名声を考えれば態々隠し立てする様な相手とは考え難い故に。
一方で長年業界で活動してきたかなとメムは、『事情』の内容に大凡の見当が付いた様子で溜息を吐く。
そもそもの前提として、名声と実績ある人物にはそれに比例して多くの仕事が舞い込む事だろう。
ヒムラの視点から考えれば、今回のB小町の案件も『数ある顧客の内の一つ』に過ぎない。
無論、仕事として対価を要求する以上は、顧客側の望む納期通りに納品するのが当然のビジネスマナーであり、仮に彼がそれを守らなかった事を棚に上げているとすれば怒りを露わにされて当然の振舞いである。
にも関わらず、何故二人がそうした可能性を考えたのか。
それは偏に、自分達B小町の地位がまだまだ低い故だ。
現実として、B小町の立ち位置は『デビューして間もない新人アイドルグループの一つ』としか言いようが無い。
そんなまだまだ吹けば飛ぶ様な存在からの依頼がどう扱われるか。
現実として多くの仕事が舞い込み、その全てに納期が設定されている以上、優先順位を付けなければならず、同じ納期のものならより重要度の高い存在を優先させるだろう。
そしてB小町の存在はヒムラにとって優先度が低く、例えこれっきりになってしまったとしても問題ない相手と捉えられているという訳だ。
作曲というクリエイティブな作業がどうしても個人のセンスに依存してしまい、『文句があるなら自分でやれ』との横暴な振舞いが罷り通ってしまう業界の慣習も重なると、今のB小町の様な立場の弱い者は泣き寝入りとなってしまう事が多い故に、彼女達がこの様な思考に至るのも自然な事と言えてしまうのである。
「...納期は確かにちょい過ぎてはいたんだ...。
その時は俺達も二人と同じ事を考えたし、単にナメられてるならまだしも、もっとヤバい状況だったらって心配にもなった...。」
「もっとヤバいって...、そんな事有るの?」
二人の言葉に今度は壱護が応えるが、彼によって明かされた納期が守られなかったという情報とこれまでの流れから、ルビーやその隣のダンディには『自分達が軽んじられている』よりも悪い状況が想像出来ない様だ。
そんな二人、特にルビーに対し壱護は静かに返答する。
それは決して彼女にとっても他人事ではない懸念故に。
「なんて事はない...。
疲れちまったんじゃねぇかって事さ...。」
「疲れ...た...?」
「書きたいもの、曲として伝えたい事を吐き出しちまった...。
モチベーションの低下って言った方が分かるか?」
その可能性、そして自身を真剣な表情で見つめる壱護に対し、返す言葉が出てこないルビー。
『やりたい』という衝動が湧いてこない_どれだけやりたい事を思い浮かべてもその多くを諦めるしかなかった記憶を持つ彼女だからこそ、その言葉が重くのし掛かる。
成程、ヒムラは一流のアーティストとして長年に渡って_それこそ前世の自分の人生とほぼ同じか或いはそれ以上の時間を第一線で過ごしてきた。
翻って、今自分を突き動かす衝動に目を向けてみると、果たしてそれは十年後も持続していると言えるだろうか。
前世からの、文字通り一生分の願いが届いた今を自分は全力で楽しんでいると自信を持って言える。
では、自分達がどれだけ努力を重ねても鳴かず飛ばずで時間だけが過ぎてしまったら?
或いは一つのステータスと言える『ドーム公演』という目標を達成する日が来たとしたらどうだろう。
「...夢は夢のままで...、そこに進んでる時間の方が楽しいって事?」
「少なくとも、何かを始めた時の気持ちをずっと保ち続けるってのが存外大変な事だってのは俺にも経験が有る...。
元祖B小町が解散した後、すぐに新しいグループを作ろうとしなかったのは、同じ情熱をその子らに向けられるっていう確固たる自信が無かったんだ...。
そこまでに培ったノウハウで、『次はもっといいグループにしてやれる』って...、そう思う事だって出来た筈なんだがな。」
「実際、ヒムラさんにヒアリングをした時も、電話上だけれどその気配が見て取れたの。
『新生B小町の新曲となれば半端なものには出来ない』と仰っていたけれど、なまじ思い入れを持って下さってるが故に手癖で作った様なメロディじゃ、ヒムラさん自身がボツにしてしまうんでしょうね...。
正直、彼の近くに元B小町のメンバーがいなかったらもっと遅れていたかもしれない...。」
「久常って覚えてる?
皆には、『きゅんぱん』って言った方がいいかな?」
モチベーション低下の体験談を語った壱護から再び話を引き継いだミヤコにより、彼女達の抱いた懸念が多少なりともヒムラにも当て嵌まっていただろう事が明かされる。
『手癖でメロディが作れる』との言葉から、彼の類い稀なセンスと豊富な経験の片鱗が垣間見れるが、その実力に伴うプライドも相まって彼自身が作曲のハードルを上げてしまっているという事だろう。
元祖B小町メンバーの一人であり、グループ解散及びタレント活動引退後はヒムラの作曲活動にピアノやキーボード担当として参加、その後その縁が続いた事で彼と結ばれる事となった久常の様に、多少なりとも作曲のテーマを対峙出来る存在が無ければ、更にスケジュールが後ろにずれていた可能性も否定出来ない。
「元B小町の人が...!
こういう話聞くと、ホントに凄いメンバーだったんだね!」
「...あの...、ルビーにさっきのモチベーションの話をしたかったって事なら邪魔しちゃって申し訳ないですけど、さっきの社長の口振りからするとそれが本題じゃない様に聞こえたんですが...。」
「それにそもそも発注してた曲って『一曲』って話じゃなかったんでしたっけ?」
苺プロによって育まれた縁が事態を好転させた事も重なり、元祖のメンバーが改めて個性豊かな面々であった事を実感するルビー。
脚本家としては漸くデビューしたばかりの高峯、現在は芸能活動を引退し裏方へと転身した新野等、グループ解散後もメンバー全員が華々しく活躍している訳ではないものの、今回の久常の話や父や兄から聞かされた高峯の動きを考えれば、唯の凡人ではない事は素人目にも理解出来る。
彼女自身が抱いた感想だけならば、『元祖B小町ファンの贔屓目』と考える事も出来るが、平時は冷静沈着な父や兄、幼い頃より子供ながらにプロフェッショナルとして母やメンバーを支える姿を見てきた壱護達の姿がその思いを強くさせた。
一方でこの一連の会話の流れに一石を投じたのがかなとメムである。
PV撮影のスケジュール調整の為新曲の発注数だけは把握していたのだろうメムが、その情報の齟齬を指摘するのは言うに及ばず。
先の壱護の言葉をよく吟味すれば、元々発注していた曲の製作に時間が掛かっていたのは確かなのだろうが、それよりも大きな要因が有ったと捉えられる。
無論、モチベーションの件に関してはルビーとて他人事ではないが、何も『遂に自分達の新曲が出来た』と喜ぶ今の彼女にするべきかと考えるとどうしても疑問に感じてしまう。
同様の話をするのは、むしろ彼女側からそういった相談を受けたタイミングでも遅くない上に、聞く人によってはそんな話をされる事でモチベーションの低下を招く危険も有るだろう。
経緯を語るだけならば、『スケジュールに多少の遅れが出たが、その分ヒムラが当初発注していたものに追加で更に一曲作ってくれた』と言うだけで十分な筈である。
ここから二人は、壱護が態々この話を挟んだ事に大きな意味があると考えているのだ。
「...正直、私もヒムラさんからその『二曲目』を受け取った時、どう対応すべきなのか分からなくなってしまったのよ...。
それで、社長やミヤコさんに相談して社長の方から先方に連絡を取っていただいたんだけれど、喋ってる感じは割と正常だったみたいでね...。
取り敢えず、これから皆に二曲とも聴いて貰うけれど、作曲者は間違いなくヒムラさんご自身だという事を頭に入れておいて。」
(正常...?)
念を押す様な新野の口振りにB小町の面々は顔を見合わせるものの、このままでは徒に時間を浪費するだけであるのも事実。
彼女に促され、パソコンに表示された二曲の内まずは一曲目である『POP IN 2』の再生を行った。
「わーっ!
ヒムラさん歌うっま!」
「仮歌で十分商業クオリティだねぇ!」
「...これからこの曲をアンタ達の歌声で汚すと思うと申し訳なさしかないわね。」
「かな殿は今日も辛辣だのぅ。」
相変わらずのかなの憎まれ口にダンディが率直な意見を返すが、彼女達の鼓膜を叩く『POP IN 2』が見事な出来映えであるが故に、歌唱者の実力が追い付いていないと感じてしまうのも致し方ない事か。
新野によると、以前よりルビーの人柄を知る久常が彼女をイメージして基礎となるメロディを作り、それを聞いたヒムラが最終的な仕上げを行ったらしい。
彼の中の『B小町へのイメージ』が元祖の時点から更新出来ていないのは如何ともし難く、作曲に取り掛かるイメージすらもあやふやの状態では苦戦もやむなしだったのだろう。
『誰に対し、どんな曲を作りたいか』という土台を久常が補強した事で、燻っていた彼の心に火が付いたのだ。
この曲のクオリティに加え、発注していない筈の二曲目の存在を考えれば多少のスケジュールの遅れを無視出来るだけの対価と言えるのではとの思いがB小町の面々の頭を過ぎるが。
「んで、二曲目が...『P.P.R』...。
何の略かしらね?」
「一曲目が『POP IN 2』だし、『ポップ』が含まれてるのはありそうじゃない?
連続で作ったなら、二曲共通の大きなテーマとかになってそうだし。」
「最近のワードって事なら『パリピ』とかも若者ウケするんじゃない?
『POP IN 2』以上にノリの良い曲だったりしてね!」
『POP IN 2』の再生を終え、パソコンのカーソルが二曲目のデータファイルへと合わされる中、表示された『P.P.R』なる曲名の由来を予想していくB小町の面々。
時系列的に一曲目に続けて作られたと考えると、『POP IN 2』に類似するテーマとなっているとの予想を浮かべるのも自然な流れであろう。
スケジュールに遅れが出たのも、ヒムラが二曲合わせて一つの大きなメッセージを込めた故に作業量が増加してしまったと考えれば、プロの作曲家として許容されるかは兎も角、彼の中の熱量の程度は窺えよう。
ルビーが語った様に、彼自身には馴染みが無いだろう最近の流行語を取り入れたという可能性も有り得るか。
何れにせよ、大きな期待感と共に再生ボタンが押され、彼女達の鼓膜に音が届き始める。
『メダニチヨ‼︎‼︎♪』
「⁉︎」
『セダガルーニ‼︎‼︎♪
セダガルーニ‼︎‼︎♪』
「えっ...、えっ...?」
『ピスカチラッチェルスメラシカ...♪』
「...声は確かにヒムラさんね...。」
『ペテオ‼︎‼︎♪』
(何か間が空いた...。)
『これが僕の全てだぁぁぁぁ‼︎‼︎♪』
(『ガムラツイスト〜♪ ガムラツイスト〜♪』)
「あっ、これコーラスもあるんだ...。」
「これが二曲目、『
「...いった⁉︎
ちょっと先輩、耳引っ張んないでよ⁉︎」
「...聞き間違いでも夢でもないのね...。」
部屋に流れていた意味不明な歌詞、そして謎の曲名に現実逃避したくなった故か、かなが隣に立つ者の耳を引っ張ると、当然の如く訪れた痛みにルビーが抗議の声を上げる。
一曲目と同様、音源の声の主がヒムラである事が分かってしまったが故の反応なのだが、これでは確かに新野達が困惑してしまうのも無理からぬ事だろう。
こうなると気になるのは、何がどうなってこんな代物が出力されてしまったのかだが。
「あの...、これヒムラさん大丈夫なんですか...?
色んな意味で...。」
「一応、少ししたら落ち着いたらしいわよ...。
因みに原因はコイツね...。」
「えっ、ママが⁉︎」
「原因とか人聞き悪いなー。
行き詰まってるって言うからエキス紹介してあげただけだって。」
(エキス...、栄養ドリンクみたいなものでこんな風になるかな...?)
先程壱護が連絡した時と併せ、現状はヒムラが落ち着きを取り戻しているらしい事が新野の口から語られる。
問題はその直後、この現象の原因として彼女に半目で睨まれる事となったアイの口振りだろう。
先の二曲が同じ者によって作られたと聞いて素直に納得出来る者はそうはいないだろうというのが、B小町の面々共通の感想である。
こうなると考えられる可能性は、何者かがヒムラの名を騙った、若しくは忌憚無く言えばアルコールや薬剤等の作用によって正常な精神状態ではなくなってしまったかだ。
恐らくは久常と連絡を取り合っていたのだろうアイによって、『エキス』なる物が彼の下に届いたらしいのだが、正味その様な呼称をする存在と言えばメムが想像した様な栄養ドリンク程度である故に、B小町も事態の原因としては納得出来ていない様子だ。
アイが危険な代物を所持している事、それを幾ら悩みを抱えているとは言えかつての仲間の家族に渡したという事、百歩譲って久常の手に迄は渡ったとして彼女が夫にそれを飲ませるのか_可能性を否定する材料の方が余程信憑性が高いのが実情である。
「家でその話をパチさんに相談したんだけどー。
そしたら、パチさんがヒムラさん家に行ってくれて、首領パッチエキス注入してくれたんだって。」
「何そのいかにもヤバそうなエキス⁉︎」
「別に死ぬ様なものじゃないから心配しなくていいよ。
思考がパチさんと一緒になるんだって。」
「...歌わないって選択肢は無いんですか?」
「ヒムラさんと首領パッチさん...、いやこの場合二人の首領パッチさんか...。
兎も角、二人が久常を連れて事務所に乗り込んできてな...。
『歌わなかったら久常にもエキス注入するぞ』って脅されて、従わざるを得なかったんだ...。」
「それに、この二曲が送られてすぐ_今週の頭だったかしら。
恐らく、エキスが効いた状態のヒムラさんが作っただろう新曲が唐突にリリースされてね...。
これがまさかの大ヒットしてるのよ...。」
「...この『7BA・3DO』ってやつですか?
確かに凄い再生数...。」
ヒムラの奇行の原因が明かされ、その効果への恐怖と歌詞の意味不明さから、『歌わない』という選択がかなによって提案されるが、下手人はそんな凡人の思考等完全に読んでいたらしい。
成程、そもそも苺プロ側が発注していたのは一曲目の『POP IN 2』だけであり、『P.P.R』なる代物はヒムラ側が勝手に用意し提供してきたものなのだから、『頼んでいないものを使う気はない』と考えるのは当然の流れだ。
自然な思考の流れであれば、下手人のバカやそれに侵されてしまったヒムラもまた同じ可能性に思い至るだろう。
尤も、まさかそこから実力行使に出る事は流石の壱護達も想定外だったのか、かつての仲間を人質に取られた時の光景を苦々しく語る。
更に壱護達の判断を難しくさせたのが、ヒムラ自身が久方振りにリリースした楽曲が非常に好評を博している事だ。
『7BA・3DO』なる新曲の内容を確認したのだろう彼ら曰く、それもまたエキスが有効だった間に生み出されたのだろう事が察せられたらしいが、経緯はどうあれ停滞が感じられていたヒムラというアーティストの復活を印象付けているのは間違いない。
この状況下で『P.P.R』の歌唱を拒絶したとの情報だけが出回ってしまった場合、『力を取り戻した感のある伝説的アーティストが善意で提供した楽曲を新人アイドルが突っぱねた』と捉えられる可能性が出てきてしまう。
同じ条件下で生まれた曲が好評である事実は覆しようが無く、或いは自分達がまだその音楽性を理解出来ていないだけとも考えられる故に、壱護達は『P.P.R』の歌唱を承諾したのである。
「そういう訳だから、各自時間を見つけて新曲を聴き込んでおくように。
後、さっきも言った通り『東ブレ』の慰安も兼ねてるから、他に一緒に行きたい人がいたら今週中に教えてちょうだい。
社長とミヤコさんからは何か有りますか?」
「気分が悪くなったらすぐ休憩するんだぞ...。
人間には超えちゃならん一線が有るんだからな...。」
まとめとなる指示を下した新野に続いて、壱護はB小町の身を案じる言葉を掛けた。
まるで人体実験を受けるかの様な口振り、先の曲らしきものを自分達が歌わなければならないという現実を噛み締めるルビーが決意を新たにするべく宣言する。
「宮崎旅行楽しみだね‼︎」
「宮崎かぁ...。
こういうの何て言うんだっけ...、因果?」
「ははは、確かに。
私達が産まれて以来だもんね。」
靴底がコンクリートの床を叩く一定のリズムをBGMに、ルビーは母の言葉に応える。
成程、確かに『因果』と表現するのも納得だ。
自分達兄妹生誕の地でもあり、同時に死を迎えた場所でもある。
PVのクリエイターはメムからの紹介であるとの事である為、撮影地が彼の地になったのは偶然なのだろうが、それはそれとして星野家にとっては思い出深い場所だ。
慰安を兼ねるとの事だったが、或いは壱護達が自分達に気を回してくれたのやもしれない。
「きっと社長達にとっても思い入れがある場所なんだよ。
ママ達が初めて全国ツアーをやった時、スタートしたのが宮崎だったから...。」
「そう言えばそっか...。
あの時は家に帰ったら家族がいるなんて状況、夢のまた夢だったもんなぁ。」
「だから『私』もせんせもママとパパの所に来たのかも...、なんてね。」
ルビーの言葉に、今度はアイの方が成程と思わされた。
言われてみれば、宮崎という地は新旧B小町としての観点でも縁のある場所という事になるだろう。
丁度、ヒカルが抱えていた問題に一応の決着がつき、元祖B小町初の全国ツアーの話を電話でポコミと話していた時期も今位寒さが厳しい頃合いだったか。
当時からボーボボ達は自分に良くしてくれていたと彼女も思うが、一方で彼女もヒカルも彼らに対して養子縁組等、関係をもう一歩踏み出す事は結局出来なかった。
彼女の場合、先に壱護達との手続きを行っていたというのもあるが、彼らの方もグループの特定の人物にのみ過度な接触を図る事は躊躇われたであろうし、一般的な家族像とは遠い関係であったのは否めない。
では何故、二人のどちらかでもボーボボ達を『家族』と呼ぶのを躊躇ってしまったのか。
一度そう言葉にしてしまったら、また自分の側からいなくなってしまうから_そんな気持ちが隠れていたのだろうと彼女は考えている。
愛に飢えながらも、それに手を伸ばす事を恐れてしまう自分達の間に、『家族から遠く離れた地で一人戦い続けた少女』と、本人曰く『母親が自分を産んですぐに亡くなってしまった男性』の魂を宿した子供が出来たという事実は、改めて言われると中々に奇妙な繋がりだ。
「本当にそうだったと言ったらどうする?」
彼女達の住む部屋迄もう間も無くというタイミングに、そんな声がマンションの廊下に響いた。
背丈は小学生になっているかも怪しい、真っ黒な衣装を身に纏った少女。
そんな怪しい存在の放った怪しい言葉_多くの人間が否応無く立ち止まってしまうだろう状況は、奇しくもこの場にいない彼女達の家族がこの数日後に直面する状況と似通う。
「真の意味で母を得られ_」
「ううー、さっむ‼︎
速攻お風呂入んなきゃだね‼︎」
「今日はヒカルと天さんがシチュー作ってくれたらしいよ。」
「ホント⁉︎
さっすがだね‼︎」
が、彼女達は無視した。
悲しいかな、思わせぶりな事を言っては自分達を振り回す変人達の相手に慣れてしまった故に、こうした存在を華麗にスルーする事を覚えてしまったのである。
「ふふふ、私は君達が知りたい事を知ってるよ。」
少女も負けじと食い下がった。
彼女達が訪れるだろう宮崎の地に二人の家族全員を呼び込む為には、ある程度限定的な情報を与え、行動を誘導する必要があるからである。
決して意地になっているからではない。
「そうだ‼︎
折角だからパパとお兄ちゃんだけじゃなくて、あかねちゃんにも宮崎に来て貰おうよ‼︎」
「ははは、それで根掘り葉掘り聞いちゃおうって?
アクアは嫌な顔しそうだなぁ。」
「人は何故愛を抱くのか、考えた事は_」
しかし二人の歩みが止まる事はなかった。
玄関の扉が閉まり、少女の言葉は文字通り遮られてしまう。
込み上がる感情のままに、少女は叫んだ。
「一回止まれよ‼︎
というか聞けよ‼︎
この状況無視するって何なんだ君らは⁉︎」
懐から取り出した一通の便箋を郵便受けに叩き込むと、少女は鼻息荒くその場を去った。
その便箋に『星野あゆみ』の名が書かれている事をアイが知ったのは、翌日の朝の事であった。
章名の『20年目の真実』なんですが、一応拙作第ニ話の星野あゆみ失踪から本話時点での時間経過が丁度20年という事になっております。
アイの妊娠が当時15歳(16歳になる年)、B小町結成が12歳(13歳になる年)、第ニ話がその1年前なのでアクアとルビーが15歳だから間違ってない筈...、多分...。