推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:86星の瞳

「『星の瞳』...、それは天鈿女命が持っていたと言われている。」

 

「天鈿女命って、確か荒立神社で祀られてる芸能の神様だっけ...?」

 

「その通り。

 天岩戸に天照大御神が隠れ、世界が闇に包まれてしまった『天岩戸伝説』。

 他の神々の笑い声が聞こえてきた事で岩戸の外が気になった天照大御神が戸を開き、その機に外に引っ張り出され世界に光が戻った...、とされているが、その笑い声の発端となったのが天鈿女命による半裸の踊りだ。」

 

「...つまり、その神々を魅了した力がアイやヒカル君にも宿ってるって事か。

 だが、それが真実だとしてあゆみさんやヒカル君のご両親が月にいる事と何の関係が...?」

 

 『星の瞳』なる異能について語ったツクヨミへの壱護の反応に彼女は静かに頷くが、問題はそれとアイの母_あゆみらが月にいたという衝撃的な情報との因果関係だろう。

 神話の登場人物を持ち出され俄には信じ難い内容だが、現実としてアイやヒカル自身が月にいた記憶を朧げながらに思い出している事からも、実際にその様な異能が二人に備わっている事を前提に話を進めねばなるまい。

 

「そもそも『星の瞳』というものは、本来そう簡単に授かる様な代物じゃないんだよ。

 何故なら、絶対条件として天鈿女命が『瞳』を宿した時と同じ条件を揃えなければならないのだからね。」

 

「同じ条件って...。

 さっきの神話が関係してるって事?」

 

「暗くなってるって言っても、流石に夜ではないわよね...。」

 

「そんな緩い条件じゃ、極論毎日地球の半分で『星の瞳』が生まれてるって事になっちまうからな...。

 とは言え、元が神話じゃ流石に予想すら出来ねぇぞ...。」

 

「〜〜〜♪」

 

 ツクヨミの言葉に各々が彼女の言う『条件』について考察するものの、答えの片鱗すらも見えない状態というのが実情だろう。

 メムとかなが語った様に先の神話の内容が関係しているのだろう事は想像に難くないが、では一般的に『天照大御神=太陽が隠れている状態』、即ち夜間が条件というのは余りに安直である。

 かなに返答したボーボボが言う通り、これでは極論毎日地球上で『瞳』が発生する事になってしまう上に『隠れている』というだけなら曇天も対象であると解釈出来てしまう。

 加えて天候以外に、誕生日や生まれた場所等の複雑な要素が絡んでいるとしても、そもそもの手掛かりが現代社会のそれとは全く違う世界観の話である以上、現実の尺度で考えるのには限度がある可能性も高い。

 大人しくツクヨミかあゆみが話す気になるのを待つしかないのか_そんな停滞感が高まる空気を打破する存在が、謎の鼻歌と共に出現した。

 

「フフフフフフン♪

 フンフフフフフン♪」

 

「キャアアァァァァ‼︎⁉︎

 ちょっとパチさん、何その顔⁉︎

 トゲ以外全部真っ黒だよ‼︎⁉︎」

 

「あっ、やっぱ分かっちゃう?

 阿蘇山の火口でマグマパックしてきちゃったのよね‼︎

 パチ美的に次のトレンド入り間違いなしのスポットって感じしてるわ‼︎」

 

(何で生きてんだこの人...。)

 

「おやびん流石です‼︎‼︎」

 

「ふざけすぎーー‼︎‼︎」

 

「ぎゃああぁぁぁぁ‼︎‼︎」

 

「...真っ黒...、隠れた太陽...、月との関係...、特別な条件...。

 あっ、もしかして...。」

 

「あかね...?」

 

 ビュティの一振りによって阿蘇山に飛ばされていた首領パッチが陽気な鼻歌と共に合流する。

 特徴的なトゲ以外の全身が黒に染まり、肉が焦げた様な臭いを発する彼にルビーが事情を問うも、それに対する返答はいつもの如く意味不明な内容だった。

 相変わらずの出鱈目さと魚雷ガールによる制裁が下される光景も最早見慣れたものになってしまっているが、そんな彼の姿にあかねが何かを思い付いた様子だ。

 

「日食...、それもただの日食じゃない。

 月によって太陽が隠される皆既日食...。」

 

「ほう、見事なものだね...。

 流石は自力で『瞳』を宿した者、と言うべきかな?」

 

「あかねちゃん凄いよ‼︎

 ...でも、『自力で』ってどういう...。」

 

「『魚雷ガールさんの模倣』。

 あれがそうなんだな?」

 

「その通り。

 他者を圧倒し、視線を外す事を許さない_芸能の神に等しいその境地に自らの力のみで到達してみせた事、素直に賞賛させて貰うよ。

 『人の身でありながら、天上の存在へと近付いた存在』_数多の神々も君を『天才』だと認めざるを得ないだろう。」

 

「ツクヨミ先生‼︎

 私達はどうですか⁉︎」

 

「ちょっとボボ子、抜け駆けはズルいわよ‼︎

 それに先生の邪魔しちゃダメじゃない‼︎」

 

「ボボ子と天子はもっと努力が必要だね。

 今のままでは、『特待生』以上の評価はあげられないな。」

 

(ちゃんと返事してあげるなんて、凄い良い子...。)

 

 皆既日食_月が太陽を覆い隠す現象が関係しているとのあかねが語った説を素直に賞賛するツクヨミ。

 その発想、そして本来なら生来の『与えられるしかないもの』を自力で発現せしめた彼女の才覚を『天上の存在に匹敵する才』と称した。

 成程、天に与えられたとしか思えない存在感を放つ者すらも完全に模倣してしまうその所業は、天に近付いたとの解釈も出来るだろう。

 そんな評価に複雑そうな表情を見せるかなの横で、別の意味で天才である変人達に対しても真摯に対応するツクヨミの姿にビュティが些か失礼な思考を働かせているが、幸い他の面々には気付かれていない様だ。

 

「話を戻そうか。

 彼女が言ってくれた通り、『星の瞳』は天照大御神が天岩戸に隠れる日、即ち太陽が月と重なる日に誕生した者に素養が与えられる。

 君達の様に芸能の世界で輝く者もいれば、悪辣な詐欺師になる者だっているだろう。

 君達が教科書で見た名前の中にも、もしかしたら『瞳』の持ち主がいたかもしれないね。」

 

 人を食った様な笑顔で『瞳』についての情報を語るツクヨミに、一同は息を呑む。

 神すらも虜にするその力に、本人の生まれ持った条件も合わされば、絶対的なスターから独裁者に至るまであらゆる可能性を秘めた代物と言えるだろう。

 彼女の言の真偽を確かめる術は無いが、同時にそれを否定出来ない事もアイやヒカルとの日々が証明してしまっている。

 

「だが、それじゃあ二人が『瞳』を持っている事と矛盾するぞ...。

 皆既日食の周期は約18ヶ月...、それも地球上の何処かで観測出来るってものだった筈だ。

 まさか肉体関係で伝播する訳じゃないよな?」

 

「そうさ、だから言ったろう?

 『そう簡単に授かる代物じゃない』と。」

 

 しかしその彼女の言葉にアクアが待ったを掛けた。

 皆既日食の周期と両親の誕生日を照らし合わせると、二人共が『瞳』を持っている事実と彼女の言う条件が矛盾してしまう故に。

 アイの誕生日が12月、ヒカルが翌年の7月という時点で最低でもどちらかは条件から外れている筈なのだ。

 事ここに及んで彼女が虚偽の発言をしているとは思えない以上、別の要因を考えるべきだろう。

 両親だけでなく自分達兄妹にも『瞳』が発現している、もしくは素養が備わっているらしい先のあゆみの発言から連想したのだろうか、肉体関係や血縁関係の関与をアクアが挙げるものの、それは即座に否定されてしまった。

 その代わりと言わんばかりに、彼女の視線があゆみへと向けられるが。

 

「順を追って説明しましょう。

 まず、アイとカミキさん、あなた達二人は今その子が言ってくれた通り、本来なら『瞳』を得る筈ではなかった。

 勿論、あなた達の今を考えれば『ならない方が良かった』とは思わないし、私も自分の選択を後悔はしていない...。」

 

「選択って...、じゃあ何?

 あなたやヒカルのご両親が神様に頼んでその『瞳』を付けて貰ったの?

 そんな事の為に私達を一人にしたの⁉︎

 ...自分で普通の子供じゃなくしておいて...、あんなに...毎日...!」

 

「そうではないのだ、星野アイ殿。

 あゆみ殿もカミキ殿の両親も、何も好き好んでお主らから離れた訳ではない。

 当時の年齢を考えれば、お主らは自分達が月から戻った時の事を覚えておらぬのも無理はないが...。」

 

 ツクヨミからの視線に首肯を返したあゆみによって、アクアの指摘が正しい事が明かされるが、その後の言葉選びを彼女はすぐさま後悔する事になる。

 直前の話に続けて『選択』という言葉を発したが故に、彼女やヒカルの両親が親のエゴによって我が子に特異な力を付与したと娘に捉えられてしまったのだ。

 一度そう解釈してしまうと、彼女の娘の感情は大きく乱れる事となる。

 誰がそんな事を頼んだ_

 その対価として子供を一人にする事を許容したのか_

 自分でそうしておいて、浴びせるのは愛情どころか罵詈雑言か_

 震える声で響いた叫びの主の目には涙が浮かび、その眉間に寄った皺が感情を表している。

 そんな娘の叫びを黙って受け止める彼女の姿は、確かに手紙に記した『どの様な罵詈雑言を掛けても構わない』という言葉を体現していた。

 二人の間にハンペンが立たなければ、事態が動かなくなってしまうだろう事が容易に想像出来る程に。

 

「ボーボボよ...。

 これはワシらにとっても決して他人事ではないのだ。

 『おでんデスマッチ』を覚えておるか?」

 

「あ、ああ...。

 だが、あの頃の俺達はアイやヒカルとは会った事すら...。」

 

「そうであろうとも。

 何せワシらの戦いが強大な技の応酬になる程に激しくならなければ、或いはこんな事にならなかったかもしれぬのだからな...。」

 

 ここで唐突に水を向けられたボーボボの反応は、ハンペンとしても分かりきったものだったのだろう。

 自分達が過去に繰り広げた激闘とアイ達の因果関係等、真相を知る前の彼自身も全くの予想外だとの反応を示してしまったのだから。

 

「ワシの放った渾身の『Wハンペン承』に対し、お主らは3人の力を一つにしてきたな。」

 

「『きらめきスター承』の事か⁉︎」

 

 『きらめきスター承』_おでんデスマッチにおいてハンペンが放ったハンペン承を両手で合わせて放つ大技『Wハンペン承』に対抗し、ボーボボ・首領パッチ・天の助が使用した技である。

 超協力奥義との肩書通り、その威力たるや『Wハンペン承』を真っ向から打ち破って尚減衰する事なく、高い硬度を誇るハンペンの顔面を星型にくり抜き宇宙空間迄吹き飛ばしてみせた程だ。

 

「お主らの技によって宇宙の星となったワシが飛ばされた場所は、瞬間的だが太陽と月を直線で結んだ中間地点だったのだ。

 無論、そんな事は当時のワシには知る由も無かったがのう。」

 

「本来皆既日食、即ち太陽の光が月に満ち溢れる時に月面で兎達が執り行う祭事によって神の力の余波が地上へと届けられるんだ。

 つまりその瞬間のハンペンは、期せずして皆既日食の月面に注がれるのと同じ力をその身に宿してしまったのさ。」

 

「分かる様な分からない様な話だが...。

 それなら『瞳』を獲得するのはハンペンさんじゃないのか...?」

 

 ハンペンとツクヨミが語った内容により、当時の彼の顔面に太陽から注がれた力が蓄積されてしまった事迄は理解が及ぶものの、それならば力は彼が得る筈だとのアクアの指摘は当然のものだろう。

 彼が根本的に加工食品でしかない故に素質が得られなかったとして、それがアイ達の『瞳』の獲得とどう繋がるのかが疑問である。

 仮に彼の顔面が一種の反射板の役割を果たし、瞬間的に力が地上に降り注いだとして、それが二人へとピンポイントに照射されたとするのは余りに都合が良すぎる上に、そもそもその時点で既に誕生していたであろう二人ではやはり『皆既日食の日に生まれる』という条件と食い違ってしまう。

 

「うむ...。

 ここから先は自分の目で確かめて貰う方が早かろう。

 あゆみ殿、例の物は月から持ってきていただけただろうか?」

 

「勿論です。

 ツクヨミ様から伺っていた人数分ですので足りているかとは思うのですが...。」

 

 果たして、ハンペンから促されたあゆみが彼へとダンボール箱を手渡す。

 何が入っているのか中身同士がぶつかるゴトゴトとした音が聞こえてくるそれを一同の前に置いた彼が箱を開くと、何かしらの機械が箱一杯に詰め込まれているのだ。

 見た目は機械式のモノクルと言えばいいのだろうか。

 眼鏡であればレンズに当たる部分が液晶画面になっており、つるの代わりに吸着版の様な代物で片耳に装着する形式らしい。

 

「これってスカ_」

 

「ウサウターだ。

 月の者達はこれを使い太陽から集まった力の観測や地上で『瞳』を持つ者の判別、他にも簡易的なテレビとして使う。」

 

 ウサウターなる機械について簡単な説明を行いつつ、ハンペンは一同へとそれを配っていく。

 これによって、部分的ながらも月にいたあゆみがアイの情報を得る事が出来た理由が明らかになった。

 彼曰く、これからとある映像を再生させる為にこれを準備したとの事であり、テレビだけでなくレコーダーやプレイヤー等の機能が一つになっているのだろう。

 ルビーが口走り掛けた事をかなとメムが慌てて止めていたが、一体彼女は何を言おうとしていたのだろうか。

 

「それではこれより、ウサウターに映像を流す。

 『瞳』の真実、しかと見届けよ。」

 

『降りて来なハンペン、決着をつけようぜ。』

 

『こうして夜空に輝き続けるのも一興と思うたが、いいだろう...。

 今行くぞ、毛の国の者よーー‼︎‼︎』

 

 一同が装着したウサウターの画面に、かつてのおでんデスマッチの模様が映される。

 星型になったハンペンが宇宙に浮かんでいる事からも、彼らが先程語っていた強力な技の応酬が有った事が窺えた。

 戦場に戻らんとするハンペンを流れ星だと判断したらしいボーボボ達が、己の願いを祈るが。

 

全部(オール)却下ーー‼︎‼︎』

 

『ぎゃああぁぁぁぁ‼︎‼︎』

 

 流れ星ではないハンペンは当然の様にボーボボ達の願いを拒否し、手裏剣の如く彼らを切り裂いていく。

 このままの勢いで自身の頭部へと帰還するかと思われた彼の顔はしかし、思いも寄らぬ方向へと飛び立っていく。

 

『ほらアイ、あんまり好き嫌いしちゃダメよ...。』

 

『むうぅ...。

 ...おかあさん、何あれ?』

 

『えっ?』

 

 一同の目に映った場所、そこはアイとあゆみがかつて暮らしていたアパートの一室であった。

 母一人子一人と決して豊かとは言えない生活感が垣間見れるものの、苦手な食べ物に苦戦する娘に対するあゆみの表情からは、どう見ても娘を疎んじる様な感情は見られない。

 そんな幼いアイの額に、ハンペンがピタリと貼り付いてしまう。

 

『ふむ、漸く戻る事が出来たか...。』

 

『きゃああぁぁぁぁ‼︎⁉︎

 何この変なの‼︎⁉︎』

 

『何これ?

 うえぇ、かったーい...うぐっ...。』

 

『ちょっ、アイそんなの食べちゃダメ、ベーして‼︎‼︎

 うちの子に何してんのよこのキモヒトデ野郎がーー‼︎‼︎』

 

『ぬおおぉぉぉぉ‼︎⁉︎』

 

「...嘘でしょ?」

 

 頑丈なハンペンの顔を噛んでしまった事で、その硬さに表情を歪めたアイの口から、あゆみが加工食品を取り出し外へと放り投げてしまった。

 その最中、アイの頭部周辺に淡い光が灯っていた事迄は当時の彼女に気付く事が出来なかったのだろう。

 これが現実の出来事である事を認めたくない様子の一同を尻目に、画面の中のハンペンは次なる目的地へと向かっていく。

 

『あらあら、ヒカルったらそんなに大事そうに抱えちゃって。

 そんなに楽しみだったの?』

 

『うん!

 可愛くてずっと気になってたんだ!』

 

『任天堂も最近色んなキャラ出してるもんなぁ...。

 それは星の...何だっけ?』

 

 右手にゲームソフトが入った小袋を大事そうに抱えるのは、幼い日のヒカルなのだろう。

 彼と左手を繋いでいる女性は彼と同じ色の長髪を靡かせ、彼の右側から質問を投げ掛けた男性は何処か成長した彼を彷彿とさせる顔立ちだ。

 かつてのヒカル親子の団欒の一幕はしかし、彼方から飛来した物体によって断ち切られてしまった。

 

『ぬおおぉぉぉぉ‼︎

 ...ふむ、この美男子こそ我が顔面に相応しいか...。』

 

『星のハンペンだーー‼︎⁉︎』

 

『キモい‼︎

 こんなのや‼︎』

 

『ぐおああぁぁぁぁ‼︎』

 

『ぶん投げた⁉︎

 ってか飛んでった⁉︎

 ウチの息子の肩凄え‼︎‼︎』

 

「...何かすいません...。」

 

「この後、他に数人の顔や体への着地を経てワシは戦場へと戻ったのだ。」

 

「ってか何これ⁉︎

 あのコマとコマの間でこんな出来事が⁉︎」

 

「...これを見る限りだと、あゆみさんにしろヒカル君のご両親にしろ、とても理由も無しに子供を一人にする様な関係には見えないわね...。」

 

 信じ難い内容ではあるが、少なくとも映像の冒頭_ボーボボ達の戦闘に関しては当人達も認識している事から、これが実際に起きた事だと考えて話を進めるのが建設的だろう。

 この内容に対するミヤコの反応を否定出来ない程度には、アイ達も自分達の親に対する認識を修正している様だ。

 

「続けて、今度は私が見た光景を皆さんにお見せします。

 この出来事から数日後...。

 アイ、月の使者があなたを迎えに来た日...、あなたが兎になったあの日よ。」

 

「まさか...、『うさぴょんの日』の事⁉︎」

 

「『うさぴょんの日』⁉︎」

 

 事態のXデー_アイが兎となり月に向かったのだろう瞬間の光景は、本人のネーミングセンスとは裏腹に実に静かな日常の一幕から始まった。

 夜の仕事_シングルマザーとして娘を育てていく為、そんな生き方しか知らない為に化粧道具で準備を進める彼女の目に強い光が差し込んだ。

 彼女の前に置かれた鏡に映る強い光、それは即ち彼女がいる部屋の隣_娘がいるだろう部屋から発せられているのだ。

 部屋の電気を最大稼働させても見られないだろう強い光、それが見える部屋に自身の娘がいる事実、二つの情報を処理したあゆみは蹴る様に立ち上がる。

 座っていた座布団によって衝撃を逃がされつんのめり掛けるが、気にしてはいられない。

 早くなる鼓動に急かされる様に、光の向こうにいるだろう娘の名を叫んだ。

 

『アイ‼︎

 うっ...、な...何なの...この光は...?

 アイ、いるの⁉︎

 返事をしてちょうだい‼︎』

 

 部屋へ、娘がいただろう場所へ近付けば近付く程、眩い光に目を挟まざるを得ない。

 前方に翳した手で光の先を探りつつ娘の名を叫ぶが、残念ながら返事はとんと聞こえてこないのだ。

 この光は何なのか、娘は無事なのか、余りに非現実的な光景に思考が停止しそうになるのを唇を噛む事で懸命に防いでいると、やがて光が徐々に弱まりその向こうに何かしらの影が見て取れた。

 

『この子の母親か...。』

 

『うさ...ぎ...?』

 

 彼女の言葉が疑問系になってしまったのも無理からぬ事だろう。

 白い体毛に包まれ細長い耳を持つ_その情報だけなら、確かに兎の特徴と一致する。

 しかし、彼女の前にいる三羽の兎の内二羽は、何とまるで人間の様に完全に二足での直立を行っており、彼女の存在を認めると人語を話し始めたのだ。

 

『な...、何なのあなた達...。

 いえ、それよりもアイは⁉︎

 私の娘を何処にやったの⁉︎』

 

『ご安心なさい。

 あなたの娘はこちらにいますよ。

 今はただ眠っているだけです。

 これからこの子は、我らと共に月で神々への奉仕を行うのです。』

 

『...まさかその倒れてるのが⁉︎

 娘に何をしたの⁉︎

 それに月ってどういう_ッ⁉︎』

 

 謎の兎達に詰め寄ろうとした彼女の言葉は、彼女の体が金縛りにあったかの様に身動き一つ取れなくなってしまった事で中断させられてしまった。

 片手を翳す_たったそれだけの動きでこんな所業をやってみせる相手が人智を超えた存在なのだと本能的に理解させられる。

 

『この子は本来授かる筈がない力をその身に宿してしまったのです。

 このまま放置すれば、神々の不興を買い、この身に不幸が齎される事でしょう。

 ですがご安心なさい。

 この子の齢と同じ時間、きちんと奉仕すれば力を持つ者として正式に認められ、地上に戻る事が出来るでしょう。』

 

『ッ⁉︎

 ア、アイ...、アイーーーー‼︎‼︎』

 

「これがあの日起きた事よ。

 恐らくカミキさん、あなたも同じ様に月に連れていかれたのだと思います。

 私も月に行って初めて知ったのだけれど、アイ達の様なケースはとても珍しいとは言え、過去にも何度かあったそうなんです。

 あの『竹取物語』も、月と地上の接触が元になっているとか。」

 

「...映像の中の兎が『齢と同じ時間』と言っていましたが、それはつまり当時のアイやヒカル君の年齢と同じ年を月で過ごすと?」

 

「仰る通りです。

 本来『瞳』とは、皆既日食が発生する迄の周期において月の民が神々への奉仕を続け、天岩戸が開かれた時と同じ天照大御神の力による祝福を受けた魂に渡されるもの。

 それを意図せずとは言え、祝福を受けていない魂が授かってしまった場合、その魂が生きた時間と同じだけ神々への奉仕を行う事で『瞳』が魂へと定着するのです。

 つまり、当時のアイなら5年、カミキさんは恐らく4年でしょうか。」

 

「でも、幾ら子供でもそんなに長い間いなかった人が急に現れたら周りが変に思わないかしら?

 アイさんで言えば、小学生直前からいきなり小五になる訳でしょ?」

 

「ああ、その点については心配いらないよ。

 『ずっといた事に出来る』からね。」

 

 かなが投げ掛けた疑問に何でもない様に回答したツクヨミに、一同は戦慄する。

 成程、神に仕え人智を超えた存在からすれば、人間の認識を思うままにする等容易い事なのだろう。

 こんな話が罷り通ってしまうのであれば、過去活躍した『タレントとしては有能だが一般常識に欠ける人物』も、もしかすれば一定期間月にいた故に周囲と感覚が合わせられないのではと思えてしまう。

 

「...でも、だとしたらおかしくない?

 10歳って言ったら、アイちゃんが施設に入ってきた頃だよ。

 まさか月から戻ってきた途端、『虐待されてた』事になっちゃったの...?」

 

「ごもっともな指摘です。

 そして、私がアイに酷い事をしてきたのは紛れもない事実...。

 先程、『不幸が齎される』との言葉が有ったかと思いますが、あれは恐らく神の如き力に周囲が恐怖を感じてしまうからなのでしょう。」

 

「自分でやった事を棚に上げて‼︎」

 

「待てアイ、もう少し話を聞いてみよう。

 何となくだが、そうなっちまった理由に俺も予想がついてきた。」

 

「おじさん...。」

 

「アイやヒカルは、本来よりもずっと早く月から戻ってきちまった。

 そしてその原因は、俺とベーベベ兄さんとの戦い、俺と先生が月で暴れた事_違うか?」

 

 ビュティの指摘も当然の流れであろう。

 アイが施設に入所してきた段階で、彼女はあゆみから少なくとも数年に渡って虐待を受けてきたと語っていた。

 これすらも事実が捻じ曲げられた結果という可能性も考えられるが、先程の映像で兎達が語っていた内容は、『瞳をそのまま放置すると不幸が訪れてしまうから月に行かなければならない』と解釈出来る。

 にも関わらず、いざ地上に戻ってきたら不幸のどん底に陥っているのでは、何の為に月に行かされたのか分からない。

 果たして、その指摘通りあゆみによる虐待は神の力でも何でもなく、彼女自身が行った事だと明かされた。

 その口振りにアイが当然の如く怒りを覚えるものの、それに待ったを掛けたボーボボが自らの推察を語っていく。

 ベーベベが使う『スネ毛真拳』、その力の源である月の力により一時は一方的となっていた彼ら兄弟の戦い。

 これを攻略すべくボーボボが取った手段が、魚雷ガールと共に直接月に出向き、月の兎達の行動を妨害するという力技だったのだ。

 ボーボボ達による完全制圧を受ける前に兎達は施設の自爆を敢行、スネ毛の力が弱体化する事となる。

 この混乱の中、アイ達一部の兎が月から脱走したのではないか_彼が語った説にあゆみは首肯を返す。

 

「それはもう泣いて喜んだのを覚えています。

 5年も会えないと思っていた娘が、1年も経たない内に帰ってきてくれたのですから。

 小学校の入学式で一緒に写真を撮れる、娘が成長していくのを自分の目で見届けられるんだと。」

 

「なら何故...。」

 

「最初の違和感は、アイが悩みを打ち明けてきてくれた時でした。

 『皆と仲良くなれない』と。

 子供同士の事に親がどれだけ出張るべきかは悩みましたが、当時の担任の先生との面談の際、思い切って聞いてみたのです。

 『娘はいじめを受けているのではないか』と。

 ですが、先生曰く給食や授業中のグループワークでも他の生徒と問題なく話しているとの事でして...。」

 

 それらの情報は特に施設でアイと出会った面々も同意するところだ。

 当時の彼女は自ら、世間話程度なら出来るがそこから関係を深めていく事が出来ないと語っていたが、月から戻って間もない段階で既にそうした兆候が出ていたという事だろう。

 

「それでも、最初は『偶々娘がそういう子なんだ』と受け入れるつもりでした。

 少しだけ人付き合いが苦手なだけなんだと。

 けれど、そうじゃなかった...。

 アイ、当時のあなたは間違いなく普通じゃなかった。

 当時交際していて、結婚も考えていた相手がいて...。

 その男がアイに色目を使い始めたんです...。

 8か9歳の子供にですよ?

 それ程に...、恐ろしい程に美人に育っていった...。」

 

「...で、男や娘に嫉妬して虐待って事かよ...。」

 

「...ですが、それが『瞳』の力の暴走という可能性を確かに否定は出来ません...。

 姫川さんが僕に近付いてきたのも、両親が家からいなくなったのとほぼ同じ時期でしたから...。」

 

 『瞳』による悪影響_それだけであゆみの所業に理解が得られる訳ではないものの、そんな目に見えない超常の力を否定出来ない材料をヒカルが提示する。

 成程、子供なら得体の知れない存在に畏怖し、大人であればその魅力に抗えなくなってしまうのかもしれない。

 身内がそんな存在になってしまった時、それでも絶対にそれまで通りに接すると断言出来る者が果たしてどれだけいるだろうか。

 

「その後、私は窃盗で捕まり、翌年に出所するのですが...。

 その時です、彼らが現れたのは。」

 

「まさか、兎達が?」

 

「はい。

 そこで私も『瞳』について、アイの状況について説明を受けました。

 同時に、このまま迎えに行けば、また同じ事を繰り返してしまうだろう事も...。

 そして彼らは私にこう提案してきたのです。

 『娘の代わりに月で奉仕をすれば、力の暴走を食い止められるだろう』と。

 アイが『瞳』を得た当時私は25でしたが、月にいたアイ達が脱走してしまったのは自分達の不手際だからとアイの年齢分を引いた20年の奉仕を行う事になったのです。」

 

「...だから、俺達はアイと普通に接する事が出来ていたって事か...。」

 

(それは単純におじさん達の方が変だからってだけじゃ...、いやいや幾ら何でも失礼過ぎるでしょ私‼︎)

 

(かなちゃん、今絶対失礼な事考えてたよなぁ...。)

 

 あゆみが月に行く事となった理由が明かされた事で、ボーボボも自分達が『瞳』の影響を然程受けなかった事実に納得した様子を見せる。

 その最中、メムが頻りにかなの表情を気にしていたが、余程奇妙なものだったのだろうか。

 

「先程、私の外見についてアイが触れていましたが、これは恐らく長く人間社会から離れていた故だと思います。

 何分、新しい情報や感性を養う手段に乏しいものでして...。」

 

(いやだからって顔文字はどうよ...。)

 

「...アイ、受け入れて貰えるなんて思ってない。

 真実を伝えたとしても、私があなたにした事を覆せる訳ではないから...。

 それでも、直接会ってこれだけは伝えたかった。

 あなたを愛しています。

 私なんかとは違う、幸せな家庭を築いていって下さい。」

 

「...今はまだ、あなたを『お母さん』とは呼べない...。

 でも、『瞳』の事とこうして話をしてくれた事には感謝してる...。

 その...、ありがとう。」

 

 あゆみからの言葉を、アイはまだ正面から受け止める事が出来ず視線を逸らす。

 彼女達が親子に戻るには、余りに長い時間が経ち過ぎてしまった故だ。

 だが、その未来が決して『絶対に有り得ないもの』ではない事を示す様に絞り出された礼の言葉は、これから先地球と月によって分たれていた親子の絆を修復する切っ掛け位にはなるだろう。

 礼を言った当人の眉間の皺が無くなっているのが何よりの証左である。

 

 

 

「ところで、ヒカルの親がまだ月にいるのって何でだ?

 普通に考えたら、夫婦で半分ずつに出来るんじゃねぇの?

 それに今の話って確かに大事な事だけどよ、態々『伝えなければならない』みたいな書き方する程か?」

 

 ポツリと天の助が溢した言葉に、一同は時間が止まった感覚に陥る。

 神々の考え等理解出来るか怪しいものではあるが、仮にヒカルの両親が等分ではなくそれぞれに奉仕を行う様指示されていたとしても、あゆみのそれとそう変わらない期間ではある筈だ。

 しかしながら、先程あゆみは二人のそれにまだ終わる見通しが立っていないかの様な言い方をしていた。

 アクアとルビーに対して含みを感じる発言をしていたのを含め、あゆみの側もまだ伝えていない情報が有るのだろうか。

 アイとあゆみとの関係に一定の進展が見えた空気がまたしても重くなる中、黒の少女が兄妹に視線を送りつつ再び口を開いた。

 

「彼女が全ての事情を把握していないのも無理はないよ。

 何しろ、君達二人の存在を知らなかったのだからね。

 星野アクア、ルビー...、神々は君達二人の存在にお怒りなのさ。」




 ちょっと無理があるだろって?
 だって原作が結局よく分からないまま終わっちゃったんだもの...。(責任転嫁)
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