「『お怒り』ってどういう事...?
さっきのあゆみさんが言っていた事とも何か関係があると言うの...?」
ツクヨミの発言に真っ先に反応したのがミヤコだ。
それは、ツクヨミが語った『神々が星野兄妹の存在に怒りを覚えている』との言葉の意図が把握出来ないだけでなく、そんな不穏な話を裏付ける様な兄妹の振舞いに心当たりがある故だった。
幼い頃、それこそ生まれて間もない頃から二人を見てきた彼女からしても、二人が『普通の子供』らしからぬ振舞いをしていた事は感じられていた。
言語の発達等は個人差としてまだ許容出来るとしても、1歳に届くかという段階で親の仕事を理解している様な反応が見られたり、どう見ても大人に気を遣っているとしか思えない振舞いが見られた事には当然の様に違和感を感じてはいたのである。
ではその上で何故二人の事を親であるアイ達、或いは特殊な現象についての知見があるだろうボーボボ達に問い詰めなかったのか。
それは偏に、二人から悪意を感じなかった故だった。
現実として、彼らが置かれた境遇は凡そ『普通の子供』とは言い難く、にも関わらず両親や事務所側に対して協力的な態度を見せていた以上、彼らを『不気味な子供』と排斥するより、彼らを含めた星野家の面々のバックアップを行う方が公私両面で都合が良かったのだ。
しかし、『神』という単語がこの一連の流れの中で頻出してきてからというもの、彼女は二人との記憶に一抹の不安を覚える。
アイがB小町の活動に復帰、更にグループとしても初のテレビ出演という節目のタイミングであった故に、その時の二人の振舞いは彼女の記憶に強く刻まれていた。
『天の使い』を自称したアクア、そして『天照の化身』を自称したルビーは、星野アイが『芸能の神に選ばれし者』であり、その子_つまり二人が『大いなる宿命を持つ者』と語っていた。
その瞬間の彼らがどういった状態だったのか、所謂神が人間に語り掛ける為の依代となっていたのかは今でも分からない。
だが、この場で明かされた情報によってアイが望外の力を得た事は事実であり、それを『芸能の神_星の瞳の持ち主たる天鈿女命に選ばれた』と解釈していいだろう。
不穏さを感じさせたあの発言が部分的ながらも事実に則したものだったと確認が出来た以上、更なる吟味が必要となる。
まずは『大いなる宿命』の部分。
これを今正に二人が直面しているこの状況と考える事も出来るが、それならばツクヨミはあの様な言い方をしないだろう。
そもそも二人がこの場に居合わせている要因の主軸が本人達ではなくその両親である上に、彼女の先の物言いはまるで二人の存在そのものに問題があるかの様であった。
この旧雨宮邸に到着した際の彼女とアクアとの問答からしても、『星の瞳』の問題と無関係ではないだろうが、あくまで別軸の問題と捉えるべきだと思える。
そうなるとあの発言において気になる部分として浮上するのが、『ヒカルについての言及が無い事』だろう。
それが単純に二人がアイドル活動_アイの仕事を目にしていた場面故、単なる取り越し苦労ならいい。
だが、もしヒカルが何らかの理由で問題視されているとしたら。
「...ミヤコさん、何か気になる事が...?」
(この反応...、やっぱりあの時の二人には『何か』が...。)
「二人はまだ赤ちゃんの頃だったからね、覚えてなくて当然だわ...。
ルビー、あなたは幼い頃『アイが芸能の神に選ばれた存在であり、その子もまた大いなる宿命を持つ者』と語ったのよ...。」
(...覚えてないけどそれっぽい顔しとこ...。)
(やべぇ、全然覚えてねぇ...。)
自身の問い掛けにツクヨミに代わって反応したアクア、そしてルビーの表情に、ミヤコはかつての一幕における二人が尋常ならざる状態であったと確信する。
自身が感じた懸念を語る手始めとして過去の光景を語れば、二人も他の面々と同様驚き、或いは真剣に彼女の話に聞き入る様子であり、彼女の考えを助長させた。
「今、その発言で気掛かりなのがヒカル君に対する言及が無かった事...。
これが私の気にし過ぎならそれで構わないの...。
けれど、もしツクヨミさんの言う神がヒカル君を問題視しているとしたら...。
その彼が親となる事、そして先程のあゆみさんが仰った事を鑑みるならその子であるアクアとルビーが『瞳』を持つ事がタブーとされているのかもしれない...。」
(先の発言...、私の知らない所で何れかの神からの接触が有った...。
いや、前例が無い出来事ならば神々が警告を発するのも当然か...。)
「それについては当たらずとも遠からずと言っておこうか...。
彼の両親の現状を話す為にも、まずは彼ら二人について話をするとしよう。」
その場をやり過ごす為に出た二人のでまかせがミヤコの盛大な勘違いを生む事となったが、神の使いとして彼らへの接触を担当するツクヨミもまたそれを信じてしまったのは、これまた複雑に状況が絡み合っている故だった。
まず前提として、彼女は確かに普通の人間よりも神に近い所にいる存在ではあるが、決して神そのものではない。
この一連の動きにおいて星野家への接触役を買って出たのも、彼女が個人的に思い入れがある相手が含まれており、少しでも事態が良い方向に運ぶ様にと願った故であった。
その立場の都合上、彼女は自らが把握していない星野家の情報についても伝えられているが、ここで出てきた情報は彼女が知らない内容だった。
普通であれば情報の齟齬からミヤコの発言を疑いそうなものであるが、なまじ人間の常識では考えられない程に絶対的な存在が彼女の上にいる為に、その齟齬を『上もまた独自の判断で動いていた』と補完してしまったのである。
ミヤコの発言を『当たらずとも遠からず』と評したのも嘘偽りない気持ちからであり、彼女がこれから語ろうとしている情報とも部分的に合致している故であり、言った当人達が何も覚えていない現状も、二人の体を依代にしたという推測を助長してしまった。
勘違いが呼んだ更なる勘違いによって周囲を包んだ厳かな雰囲気の中、星野兄妹の秘密が遂に明かされる。
「まずは彼らについて単刀直入に話そうか。
彼らは転生者、つまりは前世を持つ者という事になる。」
「...この流れで冗談...じゃないみたいだな...。」
ツクヨミが明かした秘密に、それを知らなかった面々が絶句する中、かろうじてと言った様子で壱護が反応するが、それに対する彼女の表情からそれが真実である事を察した様子だ。
そんな彼女の言葉を後押ししたのは、二人の両親であった。
「皆...、黙っててごめん...。
今の話は本当の事で、アクアにはせんせ_雨宮吾郎さんが、ルビーにはさりなちゃんの記憶が有るの...。」
「僕らがそれを知ったのは、結婚を発表して暫くの頃だったでしょうか...。
偶然か、それともこの後の彼女の話から何かの意図が働いた事が明らかになるのかは分かりませんが...。
二人共に僕らと関係が有る人だった事と、現実としてお話しした所で信じて貰えるとはとても思えなかったものでして...。」
(成程...、だからアクア君は宮崎の事を...。)
(中に大人が入ってたってんなら、アクアの昔からの振舞いも納得ね...。)
「そう...か...。
いやまぁ、俺もその判断が間違ってたとは思わんが、アクアとルビーは現状何ともないって事でいいのか...?
さっきのミヤコの話だと、何かとんでもない状態になってたらしいが....。」
「えっと実は_」
「正直に言えば、先の話に関しては私も把握していない情報でね。
だが、この後話す事を含めて考えれば、あながち神々が別個に動いていたとしても不思議じゃないんだ。」
アイとヒカルが、ツクヨミの話が真実である事、それを以前から把握した上で秘密とし続けてきた事情を語れば、他の面々もその判断に理解を示しつつ、特に幼少期から芸能界で活動を続けてきたアクアの年齢不相応な振舞いに納得した様子だ。
他人に易々と吹聴していい内容ではない事は簡単に理解出来る故に、この反応も当然のものと言えよう。
そうなると気になってくるのが、アクアとルビーの何が問題視されているのか、そして二人に物理的、精神的問題が発生していないのかであろう。
先のミヤコが語った出来事や、あゆみが語ったアイとの過去からすると、二人にも『瞳』が備わっている場合、何かしらの悪影響を及ぼす可能性を考慮すべきだ。
そんな壱護の懸念にルビーが何かを言い掛けるものの、先んじてツクヨミが話を再開してしまった。
「彼らが転生を果たした事は、当然ながら本来の生命の摂理には反するものになる。
魂というものは、その生涯を終え肉体から解放されると砕け散り、消滅するものなんだ。
にも関わらず、何故彼らの魂は消滅する事なく新たな肉体を得る事となったのか。
それは、星野アイ、カミキ ヒカル、神々が君達二人の運命を憐れんだ事、そして当時も含め君達の為に月で務めを果たし続けていた君達の親の勤勉さに対する褒美だったのさ。」
「憐れむって...、同情されたって事...?
それってどういう...。」
「...本来なら死産だった...という事か?」
元産婦人科医として、憐れみという単語から即座に連想したのだろう。
アクアが語った残酷な可能性に目を見開いたアイが、それを否定したいが為に声を震わせる。
「そん...な...、嘘だよね...。
経過は順調だったって...。
それに...、二人は今こうやって...。」
「...残念な事だが、分娩中に死産が発覚する事は決して無い訳ではないんだ。
医者は決して万能な神じゃない...。
当時の年齢での出産のリスク、出産とは文字通り命懸けの戦いである事、雨宮吾郎は口を酸っぱくして二人に伝えてきた筈だよ...。」
「...原因は何?
私がダメだった...?
せんせや皆の言う事聞かなかったから...?」
「母体側から胎児側迄、一口に死産と言っても様々な要因があるが...、最も多いのは『原因不明』...。
実に25%程がそう報告されているんだ...。
そして、俺達の体が今迄正常に機能してきた事実を考えるなら...。
さっきの魂って話が関わってるんだな?」
縋る様に自身の腕を掴む母に、それを痛ましい表情で見つめる他の面々に、アクアは努めて冷静に医学的に有り得る可能性を伝える。
『医者は神ではない』_吾郎として新たな命を授かった親達を、そしてその先の祝福、悲哀両方の運命を見届けてきた立場として肝に銘じ続けてきた言葉だった。
『魂』なる発言をした者に鋭い視線を送り先を促せば、彼女もまた今迄の人を食った様なものではない厳かな表情を返す。
「話が早くて助かるよ。
君が言った通り、本来の君達の躰に宿っていた魂は哀しい程に弱々しく儚いものだった...。
母体から離された瞬間...、産声がそのまま断末魔となってしまう程にね...。
予期せぬ形で『瞳』を宿してしまい、傷付いた魂に待ち受ける運命としては余りに残酷なそれに、神々は二人を大層憐れんだ...。
同時に、その躰は神々から見ても実に不思議な存在だった。
本来の魂とは別に、別の人間の魂の欠片...、或いは欠片とすら言えない残滓が宿っていたのだからね。」
「それが、雨宮吾郎とさりなちゃんって事か。」
「ああ。
そして、死者の魂を導く神の力によって、兄の方には直前に死を迎えた雨宮吾郎の魂を残滓の下へと導き、妹の方には天童寺さりなの魂の欠片を元に復元し、それぞれの躰の新たな魂として植え付けた。
これが君達が転生した理由だよ。」
先程取り乱したばかりのアイを、そして同じく二人の親であるヒカルを落ち着かせる為にとゆっくりとした口調で語られた転生についての情報に、今度はルビーが反応した。
話を聞く限り、自分達が転生したのは神の意図によるもの。
ならば何故、その神が自分達の存在に怒りを向けるのか_と。
「君の言う事も尤もだ。
そして、先程神々が君達の存在にお怒りだと言ったが、より正確に言えば全ての神がそうという訳じゃないんだよ。
それ故に、厄介な事になっているのだけれどね。」
「それってつまり...、神様同士でも意見が割れてるって事...?」
「転生の処理をした所迄は良かった...。
しかし、その子供にも何故か『瞳』が備わっている事が分かると、状況は変わってしまったんだよ。」
神々の意見が割れている_ルビーの説を肯定する様にツクヨミが言葉を続けたが、当然と言うべきか一同の頭に疑問符が浮かび始める。
情報を整理すると、まずアイとヒカルの『瞳』の獲得は殆ど事故の様な出来事であり、二人の親も含めて人為的な手段や思想が介入する余地はない。
アクアとルビーの転生にしても、ある意味では『神側が勝手にやった事』と捉えられる。
そして残る、その二人の『瞳』の獲得についても、そもそもの存在自体をこの場で知った者がどうやって我が子にその力を受け継がせたいと考えられるのだろうか。
こうして見ると、星野家の意思が介入する要素が皆無に思える。
「先程言った通り、本来『瞳』は必要な条件を満たして初めて素養を与えられるものであり、例え親子であろうと遺伝によって受け継がれるものじゃない。
そこで、転生した二人の魂を観察した所、驚くべき可能性が浮上した。
『赤子に宿った魂の欠片は、父親の持つ素養と共に人為的に移植された』...、そんな可能性がね。
それに関わっているのが君だよ。」
周囲の疑念の気持ちを肯定する様に、ツクヨミは更に情報を明かしていく。
親の持つ『瞳』の素養を何かしらの方法で受け継がせる_成程、本当に神ならぬ身でそんな所業が可能かは兎も角、その所業はともするとデザイナーベビーの様にも映る。
それを神々が生命の理に反すると判断し、怒りを向けるのも自然な事と言えよう。
そんな所業に関与しているとして彼女が指差した相手は、周囲は勿論、本人にとっても意外な人物だった。
「...ポコっち、自首するなら今の内だよ...。
今なら私の方からもヒカルのご両親に上手く言ってあげるから...。」
「ちょっと、何で私がやらかした前提なんだよ‼︎
...えっ、いやホントに私何もしてないよ...?」
「とは言え、その魂の移植に君の力が使われた事は確かなんだよ。
力を行使する時、君のそれは人一倍感情や想いといったものを使う様だからね。」
突如水を向けられ困惑した様子のポコミだが、ツクヨミは彼女の持つ力そのものが証拠であると語る。
彼女が使う『ラブリーマジカル真拳』は、その名の通り彼女が想像したものを具現化させたりとまるで魔法の様な技を駆使するものだ。
使用者の感情や想像力をエネルギーに変換し、戦闘時のコスチュームやステッキを使って放出する都合上、そこには当然彼女自身を予感させる余燼とでも言うべきものが残留してしまう。
無論、普通であればそんな微かな存在を元に探知される事など無い上に、仮にそれを感じられる存在がいたとしても彼女に対する勝算が立てられるかは全くの別問題だ。
「君が使う道具か、はたまた君の力そのものだったのか...。
或いは、彼ら二人の双方と密接に関わった唯一の存在である故に、君の記憶が彼らの魂を繋ぎ止め続けたのかもしれない...。
それが偶然だったのかは分からないが、神々は、特に彼らの存在に否定的な者達はこう考えたんだ。
『自分達の間に子が出来たと知った星野アイとカミキ ヒカルは、友人の力を借り、父親の『瞳』の因子を植え付けた魂を宿ったばかりの命に移植した』と。」
「い、幾ら神だからって論理が無茶苦茶だ‼︎
そもそも僕らが『瞳』の事を知ったのだってついさっきだし、仮にそれを知ってたとしても、普通妊娠に第三者が絡む事なんて...あっ...。」
雨宮吾郎と天童寺さりな、二人の魂がポコミの力を経て新たな肉体へと宿った_その事実のみに着目した神々の余りに横暴な論理にヒカルも、そして他の面々も憤慨する。
成程、確かに起こった事象のみで判断するなら、ツクヨミの語った可能性は確かに生命の理に反する行いだと言えよう。
しかしながら、その論理は余りにも前後関係に対する配慮が欠けており、正しく『神の視点』による凝り固まった評価と言わざるを得ない。
百歩譲って、アイとヒカルが『月にいた』という朧げな記憶を『月での出来事や言われた事を全て記憶している』と拡大解釈されたとしても、それと転生した魂については全くの別問題である事が神にも理解出来る筈だ。
妊娠に際してパートナー同士以外の第三者が絡むとなると、真っ先に思い浮かぶのは不貞行為だが、今回話に関わっているのはアイと同じ女性であるポコミである。
この時点で生物学的な介入の線が消える以上、『瞳』の力の移譲や魂の移植には、ツクヨミの様な『神に近い存在』でなくとも観測出来る特殊な出来事が起こっていた筈である。
そんな疑惑を向けられる様な特異な行為はした覚えもされた覚えも無い_そう言い掛けたヒカルが、ふと何かに思い至った様子でボーボボへと声を掛けると。
「ツクヨミ閣下殿‼︎
小官と天の助少尉による意見具申を致します‼︎
小官らが持つ映像資料は、本件の解決における重要な判断材料になるものと愚考致します‼︎」
(何故に軍人...?)
「ボーボボ少尉、友軍を慮り行動に移すその姿勢は認めよう。
が、本件は既に説明した通り下手を打てば我が軍が派閥争いによって分裂しかねない、我々監査局にとって非常に重要な任務だ。
確かに事態の打開の為にはどんな些細な情報も欲する所ではある...。
しかし、徒に確度の低い情報を公開する事は軍全体への混乱を招き、何より君の立場をも危うくするだろう。
それでも尚、君はその私すら把握していない映像資料とやらを提出したいと言うのかな?」
(こっちもよく付き合うな...。)
「はい、閣下殿。
小官の任務は、混乱を極める本件の情報を正確に把握、公開し、本件に関与した者全員が公正に評価されるべく調査を進める事と愚考致します。
確かに、小官がこの情報を入手したのは、小官の個人的な付き合い...、偶然手に入ったものと申し上げる他有りません...。
ですが、こうして我々が手をこまねいている間にも、ギャラット軍は着々と反攻作戦の準備を進めている事でありましょう。
来たる大規模作戦を成功させる為には、軍全体の綿密な連携が不可欠。
その大事と小官が汚名を被る事等、比較対象として一考の余地すら有りません。」
「...よろしい。
君の覚悟を認め、その資料を参考材料として使用する事を許可しよう。
早速、準備に取り掛かってくれたまえ。」
ツクヨミによる承諾を得たボーボボと天の助が彼女に何とも見事な敬礼をすると、二人は早速準備に取り掛かった。
鏡の様な姿に変形した天の助の体にボーボボが鼻毛を突き通し、それをアイとヒカルが掴む。
その様は正に、かつての妊娠直後の一幕と同じ光景であった。
軍人然とする事の必要性は全く持って謎である。
映像が流れ始めると、成程確かにそこにはポコミが愛用するステッキが映っており、その光景にツクヨミもそれ見た事かと言わんばかりの表情を見せるが。
『アクシオ・ナンタラカンタラー‼︎』
「...何?」
『抉る様にして、シュウゥゥゥゥ‼︎』
「...待ってくれ、少し頭を整理したい。」
「えっ、今の何?」
「あっ、そう言えば二人も有馬さん達も初めてだったね。
今ので二人を妊娠したんだよ。」
「何言ってんの‼︎⁉︎」
かつてのバカの奇行を見せられ考え込むツクヨミだが、その映像を初めて目にする面々は何が何やらさっぱりと言った様子だ。
ヒカルの下腹部に光が伸ばされたと思えば、今度はそれがアイの下腹部へと放られる_それが妊娠の一部始終だと言われても、即座に理解出来る筈がないだろう。
「...少尉、この映像に手を加える事は出来るのかな?
具体的には、私と二人を追加して貰いたいのだが。」
「はい、閣下殿。
では、こちらの鼻毛を掴んで下さい。
アクアとルビーも頼む。」
「あっ、はい...。」
「では、今の映像を巻き戻して貰えるかな?
...そう、そこでいい。」
「...あっ、何か青と赤の点が...。」
「彼女のステッキに宿っていた君達の魂を視覚化したものさ。
便宜的に青を雨宮吾郎、赤を天童寺さりなとしてあるが、こうして見ると赤い方と比べて青い方は色が薄くぼんやりとしているだろう。」
「...そのままママのお腹に入ってっちゃった...。
えっ、待ってこれ変な話、普通に妊娠してたらこうはならなかったって事⁉︎」
「だが、この出来事が判断基準になると言うなら、父さんが自分の意思で頼んだ訳じゃない事だって分かるんじゃないのか?」
「神というのは、君達が思う程全てを把握している訳じゃないんだよ。
君達は家の中に虫が入り込んだ時、虫側の事情を一々考慮するかい?
それに、この出来事において『他者の手が加えられ妊娠した』事も事実ではあるからね...。」
「...。」
ツクヨミの思念によるものか、かつての吾郎とさりなの魂がステッキの中で光点として示され、それがアイの中へと吸い込まれるのが確認出来た。
正味、これを見て尚ヒカルの責任を追求する事には疑問を感じざるを得ないが、彼女の指摘が正しい事もまた認めざるを得ない。
立場上、常に人間を下に見る存在が人間の事情を考慮するかと聞かれて、期待を抱ける者がどれだけいるだろうか。
それはさておき、またしてもこの騒動の原因となってしまった一人のバカに、やはりまたしても周囲の視線が集まる。
「えっ、何々皆して俺の事見ちゃって?
「これも結局テメェのせいじゃねぇかァァァァ‼︎」
「ぎゃああぁぁぁぁ‼︎‼︎」
「それで、結局ヒカル君のご両親は現状どうなってるんでしょう...?
それに、二人に伝える事ってのは...?」
バカが一通り粛正され、場が落ち着きを取り戻したのを見計らい、壱護が改めてツクヨミに問い掛ける。
「そうだね、まず彼の両親は彼の子の存在を疑問視した神々によって、更に一回り月での務めを追加された形となっている。
彼女_星野あゆみが務めを終え、正式に地上に戻る事となった為、君達二人に真相を伝えると共に選んで貰う予定だったんだ。
『彼の両親にこれからも自分達の子供の為に月にいて貰うか、それとも代わりに子供を月へと送るか』をね。」
「...その、『瞳』って返すとか出来ないの...?
お兄ちゃんと私のを無くせば、お爺ちゃん達も戻ってこれるんじゃ...。」
「残念ながら、『瞳』というのは不可逆であり、例え眼球を抉り取った所で無くなる代物じゃないんだよ。
だからこそ、君の両親の様な悲劇も生まれてしまう訳だ。
まぁ、『命で償う』という形で『瞳』を返却する事も出来はするけどね...。」
『瞳』を自ら返却、或いは消失させる_それによって、この因縁を断ち切れないかとのルビーの問いに、あくまで現実的に可能なのはヒカルの両親とアクア、ルビーの二人、このどちらかが月に行く事であると返すツクヨミ。
そもそも『星の瞳』という呼び名自体が、その能力に対する便宜的な呼称であり、その本質は周囲を魅了してしまう存在感を否応無く放ってしまう事である。
なればこそ、二人の両親の様に力を定着させる作業が必要不可欠となると言う事だろう。
外科的な手段で取り外せるものでない以上、月に行く事と周囲への悪影響のどちらをも拒否するとなれば、周囲から完全に隔離するという社会的な死か、或いは文字通り命を断つかのどちらかしか提示出来ない故に、その選択はツクヨミとしても取って欲しくはない様だ。
空気が重くなる中少しでも話を進めるべく、アクアが実際に自分達が月にいなければならない期間を問うが。
「当初の神々の要求では、君達の誕生、即ち『瞳』を宿した魂が転生した瞬間の父親の年齢である15年だった...。」
「15年後って...、私メムちょにアラフォーでアイドルやってなんて言えないよ‼︎」
「ぐふぅ⁉︎」
15年_具体的な期間とその長さに驚愕したルビーの叫びも当然のものだろう。
今丁度15歳の彼女とアクアからすれば、正に今迄の人生と同じ時間を月で過ごす事になるからだ。
特に長年夢見たアイドル活動が始まったばかりの彼女にとって、多くの運動能力のピークと言われる10代後半から20代を無駄にしてしまうのは看過出来ない問題だ。
娘の夢の為の時間と自分の親の時間_成程、確かに彼女の父であるヒカルに選ばせるのなら間違いなく苦渋の決断を強いる事だろう。
幸いツクヨミが『当初は』と語った事、そして先程見た映像に対し彼女もまた困惑した様子だった事から、神々の翻意を促せる可能性は高いか。
何故か腹部を強く殴られた様に蹲るメムを他所に話は続いていく。
「先の映像によって、私の方からも君達の過失が無い事を進言出来るから、期間はぐっと短くなる筈だ。
神木夫妻による代替期間に、チータラとチラベルトのキーパーグローブ...、それは大根かい?
確かに旬ではあるから貢物として献上出来るか...。
これを差し引きしてっと...。」
(何か変なの入ってたけど大丈夫なのかな...。)
状況が整理され、ツクヨミがウサウターを使いアクアとルビーの実質的な月で過ごす期間を計算し直していく。
二人がこの場所を訪れる迄に、知らぬ間にではあるもののヒカルの両親による代替期間が存在していた事も考慮すれば、拘束期間を大幅に短縮出来ると見込んでいる故であった。
ボーボボが彼女に差し出した大きな大根等、妙な代物が計算に入っていた気がするが気にしてはいけない。
「...あくまで概算であり、正式な判決は神々の裁量次第ではあるが...。
星野アクア、君は約30分。
星野ルビー、君は約10分。
この期間を二人が月で過ごすか、それとも今迄通り神木夫妻に代替をさせるか。
さあ、この結果を君達はどう判断する?」
「いや短っ‼︎⁉︎
もうそれただのおつかいレベルじゃん‼︎‼︎
本当に合ってんのそれ‼︎⁉︎」
「勿論さ。
ウサウターに入力した貢物の情報はリアルタイムで『上』にも反映されるからね。
とは言え、この短さは私としても予想以上ではあるのも事実だ...。
一体何が作用したのか...。
兎も角、一度正式な判断を貰う為に、君達にはこれから一緒に月に来て貰おうか。
ボーボボ少尉、君達も例の映像を見せる為に一緒に来て貰うよ。」
「承知しました、閣下殿‼︎」
(あれ、まだ続いてたんだ...。)
ツクヨミによる計算結果が正しいのか_それを確かめるべく装置の前に立った星野家の面々といつもの3バカ。
それを見届けたハンペンによって機械が操作され、張られていた結界が解除される。
それはつまり、20年間親子を隔てていたものが消失した事を意味した。
機械の内側にいたあゆみからは、当然手を伸ばせば娘へと手が届く距離である。
無意識に娘に向かって伸びようとする自身の右腕を左手で咄嗟に抑えた彼女と入れ替わる様に、今度は星野家らが中へと入り再び結界が作動する。
装置が起動したのだろうか、光が満ち一時の別れを感じさせるタイミングで、隣のバカに耳打ちされたルビーがキメ顔で言い放った。
「それじゃあ皆...、I'll be back。」
「お前、このタイミングでターミネーターとか洒落に...、行っちまいやがった...。」
「本当に、あの緊張感の無さは良いんだか悪いんだか...。
まぁ、ゆっくり待ちましょう。」
「...その、アイ達もそうでしたが、皆さんも随分と堂々とされてるんですね...。
もしかして、私達の知らない所で似た様な事が...?」
ルビーの行動の元ネタを知っている故に縁起の悪さを感じた壱護達が呆れた表情を見せるが、一方で彼らにしろアイ達にしろ全く悲壮感を感じさせない事にあゆみは驚きを隠せない。
単独で連れて行かれた訳ではないというのはあるだろうが、先のツクヨミの計算結果とて神の気分次第で覆る可能性も否定出来ないのだ。
今生の別れとまでは言わずとも、当初の神々の要求を考えれば数年間会えなくなってしまう事も考えられる。
にも関わらず、何故彼らの表情からは余裕すら感じられるのか_そんな彼女の問いに、壱護は何でもない事の様に笑みを浮かべる。
「ただの経験則ですよ...。
あの人達と一緒にいれば、まぁ大抵の事は何とかなるだろうと思えるんです...。」
「こ...これは一体...⁉︎」
「ハンペンさんどうしたの?
そんなに慌てちゃって...。」
「先程ツクヨミ殿が計算を行っていたウサウターの画面が...。
兎に角、これを見て欲しい...。」
壱護の表情とは対照的な慌てた様子のハンペンを周囲が訝しむものの、そんな彼に促されウサウターの画面を覗き込めば、確かに先程話に出ていた計算結果がアクアとルビーの名と共に表示されていたのだが。
「何これ...、5分になったと思ったら今度は30年...?
数字が乱高下してて無茶苦茶じゃない...。」
「...月で一体何が?」
皆様、明けましておめでとうございます。
長い間拙作を手に取って下さり、誠にありがとうございます。
次話を持って完結とさせていただく予定ですので、最後まで頑張って書こうと思います。
もう少々、お付き合いいただけましたら幸いです。