推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:88『S』

 星野家、ボーボボ達、ツクヨミ、そして一匹の豚がいるその空間は何とも不思議なものだった。

 その場にいる全員が感じる独特の浮遊感は確かにそれが高度を上げている事を感じさせるが、一方で周囲は謎の光に包まれ奥行きすら感じ取る事が出来ない。

 装置の目的からしてエレベーターの類なのだろうその空間が月へと向かう中、一行の一人_ルビーが自分達を月へと導いた存在_ツクヨミへと声を掛ける。

 

「ねえ、そう言えばさっき私とお兄ちゃんで時間が違ってたけど何で?

 双子なんだから月にいる時間も一緒になるんじゃないの?」

 

「先程、付与されるのはあくまで『素養』だと言っただろう?

 君の両親の様に、いきなり『瞳』が発現した状態になってしまう事の方がおかしいんだよ。」

 

 自身と兄に下された判決の差異について問う彼女に、ツクヨミは彼女の両親の方が特例である事を強調しつつ返答する。

 尤も、それに対して彼女も彼女の母も今一ピンと来ていない様子には思わずため息をこぼしてしまったが。

 

「あっ、今絶対馬鹿にした‼︎」

 

「今迄の説明は何だったのかと思わされるこっちの身にもなって貰いたいけどね...。」

 

「植物の種で考えればいい。

 環境が整っていなければ花は咲かないし、仮に咲いてたとしてもそれが山奥の辺境だったら誰にも見られずに終わるかもしれないだろ?」

 

「...ごめん、ちょっとよく分かんない。」

 

「ルビーの前にティラミスが詰まった箱が有るとするだろ?

 実はその中には果物が入ってるかもしれないが、そもそも誰もそのティラミスに手を付けなきゃ果物は隠れたまんまだし、それを嬉しいと思われるかも分からない。

 で、アイ達の場合はその果物が最初から見える状態で出されちまったって事さ。」

 

「あっ、成程そういう事か。

 そうすると、お兄ちゃんは昔から芸能界にいたから周りのティラミスが無くなってるけど、私はまだ果物が見えてきたばっかりって事だね‼︎」

 

(何で今ので分かるんだ...?)

 

 『素養』を『才能』という言葉に言い換えて考える事を促すべく、植物の種とその花で例えたアクアだったが、残念ながら妹達には伝わらなかった様だ。

 この辺りは食事を通したコミュニケーションが得意な天の助に一日の長があったのかもしれない。

 

「私達の姿が変わらないのは問題ないの?」

 

「今向かっている施設の中ならね。

 分かっているとは思うが、宇宙空間に放り出されたくなければ勝手な行動は慎む様に。」

 

「神様がいる場所って事だもんね...。

 アクアとルビーが出来るだけ早く戻ってこれる様に頑張らないと...。」

 

「実際問題、神が何かをしてきたら俺達でもカバー出来る保証は無え...。

 四人共、気を引き締めてくれよ。」

 

 自分達の姿が兎に変わらない理由が判明した所で、一同は決意を新たにする。

 ツクヨミが言う様に、場所が地球から遠く離れた月である以上、脆弱な人間の体はすぐさま死へと向かってしまう。

 彼女の存在から神々が問答無用で襲ってくると考えたくはないが、人の運命や命すら容易に操ってみせる存在が相手では、流石のボーボボ達と言えど確実に対応出来るとは言い難い。

 自分達の目的は神を打倒する事ではなく、無事に地上へと帰還する事なのだ。

 

「...。」

 

「お前はゲームボーイブタ⁉︎

 懐かしっ‼︎⁉︎」

 

「ってかお前、この世界にもいたのかよ⁉︎」

 

 黙々と携帯ゲーム機を操作する謎の豚に声が掛けられたのと同時、一行をそれまで以上の眩い光が包み込む。

 あの豚が結局何だったのかは誰にも分からない。

 

 

 

 光の先に現れた光景に一行は息を呑む。

 恐らく太陽の光を吸収する為のものなのだろう巨大なパネル。

 そこかしこで餅つきなり踊りなり、何かしらの作業に勤しんでいる数多の兎達。

 その奥に見える巨大な建物へと各作業場所からケーブルが繋がっており、何かしらのエネルギー貯蔵施設を思わせる。

 

「こ...ここは...。」

 

「着いたようだね。

 紹介しよう。

 ここが月で兎達が奉仕を行い、皆既日食に向けたエネルギーを蓄える場所、その名も『月給ステーション』さ。」

 

「...そんな生々しいネーミングで良いのか?」

 

 月給ステーション_何とも生活感を感じてしまうその施設名はしかし、ツクヨミから言わせれば分かりやすさ重視のものなのだと言う。

 そもそも人間とは価値観が違う存在が管理している事に加え、用途を考えれば無駄に捻った名をつける必要はないという事なのだろう。

 月でエネルギーを蓄え、供給する施設_成程、そう考えれば『月給』という単語に人間側が勝手に生活感を感じているだけだとも思える。

 

「さて、名前は兎も角としてだ。

 ああ君、何やら騒がしい様だがどうかしたのかな?」

 

 近くを通った兎にツクヨミが声を掛ける。

 どうやらこの騒がしさ、特に奥に見える建物の様子は、この場所を知る彼女にとっても珍しいものであるらしい。

 事実、声を掛けられた兎もツクヨミの登場に瞠目こそするものの、やはり慌てた様子を隠し切れないでいる。

 

「これはツクヨミ様‼︎

 そちらはお客人でしょうか?

 実は大変珍しい事に、メーターが振り切れておりまして...。

 急遽神様方がお集まりになり、宴を始めたばかりなのです。

 私共も、突然の出来事で料理の準備やら何やら大忙しでして...。」

 

「メーターが...?

 ああいや、引き留めてすまなかったね。」

 

 数巡程顎に手を当て思案した後、ツクヨミは一同を先導し始める。

 足が向かう先は奥に見える建物の様だが。

 

「さっきのメーターがどうのって話は大丈夫なのか...?

 奥に行くにつれて確かにデカい声は聞こえてくるが...。」

 

 建物の奥から聞こえてくる喧騒を訝しんだアクアが、先導者に対し状況の説明を求める。

 先程の彼女と兎とのやり取りの中で出てきたメーターなるもの然り、せめてこの状況が月の住人から見ても良いものなのかどうかだけでも把握しておきたい故だった。

 『宴』という文言とは裏腹に、奥から聞こえてくる声は笑い声だけでなく幾らかの怒声も混じっている様に感じるのだ。

 

「...脅かす訳じゃないが、余り良い状況とは言えないね...。

 見えてきたね、あの部屋の中央に有るのが例のメーターさ。」

 

「あれが⁉︎

 それに部屋に沢山おっきな人がいる‼︎

 もしかしてあれが神様なの⁉︎」

 

 促さられるまま一同がツクヨミが示した方向を見れば、成程確かに巨大な部屋、と言うより最早講堂の様な空間の壁に掛けられる様に設置されたドーナツ型のメーターが目に入った。

 その空間には人間界では見れない様な奇妙な服装の巨人達が、飲み食いやらふざけ合いやらと思い思いに過ごしているのだ。

 その巨人達の足元にて数多の兎が料理や酒を運んできている事からも、これが先程話に出た宴であり、この巨人達が所謂『神』と呼ばれる存在なのだと考えられる。

 

「...あのメーター、真ん中で何か踊って...。

 いや、あれサーフィンか...?」

 

「ああ、あれは『ノリノリメーター』と言ってね。

 今はメーターが最高潮だから『海苔海苔』になってると言う訳さ。」

 

(ウゼーーーー‼︎‼︎)

 

 アクアからの問いに答えると共に、『ノリノリメーター』なるものについて説明を始めるツクヨミ。

 メーターの数値が高くなるにつれ、メーターの中央でサーフィンをする『ノリ男』と言うらしい存在が文字通りノリに乗った様な動きを行うと言うのだ。

 一行が訪れている現在はメーターの数値が最高潮に達しており、彼女曰くの『海苔海苔』と言うらしい状態を示す様にノリ男が焼き海苔を咥えながら踊っている。

 

「あのメーターの数値が高ければ高い程、太陽神_天照大御神が不満を感じており太陽からの恵みが月に届かなくなってしまうんだ。

 外に有ったパネルはその為の物でね。

 そうなってしまった時、普段は別々の場所にいる神々に召集が掛かり、ああして部屋の奥の扉の前で宴をするんだよ。

 かの『天岩戸伝説』の様にね。」

 

「えっと...、つまりあれって『どれだけ盛り上がってるか』じゃなくて『この位盛り上げないと駄目』って事...?

 それでもしその天照大御神が出てこなかったらどうなっちゃうの?」

 

「太陽神の機嫌が直る迄、月での奉仕活動が停止する。

 当然、皆既日食迄の周期が変わる訳じゃないから、期間によっては大慌てだ。

 尤も、それよりも君達の様な者の方が一大事だけどね...。」

 

「...『瞳』の定着にも天照大御神の力が必要なのか。」

 

 メーターの役割、そして今現在も行われている神々の宴の目的が判明したものの、今度はまた別の問題に直面する事になってしまった。

 天照大御神の機嫌次第_成程、何とも神らしい言い分だが、それに振り回される人間にとっては堪ったものではない。

 仮にアクアとルビーの奉仕期間が、先程の計算通り長くて30分程だったとしても、そもそもその作業に取り掛かれないのでは半永久的に『瞳』の力の暴走に怯えながら過ごす事になってしまう。

 

『ぬうぅ...、30年でも駄目か...。

 ならば思い切って100年ならどうだ?

 ガッハッハッハッハ‼︎』

 

『さっきからそればかりだな...。』

 

『...この小娘は瞳を持つ踊り子なのだろう?

 変わり種を試してみるのも一興なのではないか?』

 

『人の踊りだと...?

 益々不興を買ったらどうしてくれる?』

 

『文句ばかり垂れおってからに‼︎

 大神様が戻られぬ事にはどうにもならぬのだぞ‼︎』

 

 悩む一行の下に聞き捨てならない内容の大声が聞こえてくる。

 耳と言うより脳に響く様な音は、確かに声の主が超常の存在である事を感じさせ、その傲慢さを隠そうともしない物言いからも声の主にとって人間等取るに足らない存在なのだろう事を嫌でも理解させられた。

 

「おい、今30年だとか100年だとか言ってたのってまさかとは思うが...。」

 

「...そのまさかだろうね...。

 だが、気持ちは分かるがどうか落ち着いて欲しい。

 あれはまだ正式に下されたものじゃないが、逆に言えば神とは気分次第でそれを容易に行う存在なんだ。」

 

「正に触らぬ神に...というやつだね...。

 ですが、これからどうしましょうか...?

 この状態では父と母を探す事も...。」

 

「ああ、君の両親の場所なら分かるよ。

 あそこにいるだろう?」

 

 何でもない事の様に放たれたツクヨミの言葉にヒカルが呆けてしまったのも無理からぬ事だろう。

 彼女が天の助の指摘に対してため息を吐きつつ皆を諌めたのも、より神に近い立ち位置である彼女から見ても先の物言いに不満を感じていたからだ。

 だからこそ、非力な人間が感情のままに神に逆らおうとせぬ様、強い意思を皆に示していたのである。

 触らぬ神に祟りなし_自分達の常識が通用しない相手に態々関わる必要はないという彼女の進言によって全員が落ち着きを取り戻すものの、このままでは身動きが取れなくなってしまうのも事実だった。

 神々や彼らの為に働く兎達の様子からも、この喧騒がすぐに収束するとは考え難いのが実情である。

 この状況で不用意に出て行っては、本当に神々の玩具にされかねない。

 せめて自身の両親を見つけ、再会と情報交換だけでも出来れば_そんな思いからの呟きにさも当然の様に彼女が指差した方向にいる兎に目を向けると。

 

「お腹の所に『神木』って書いてあるね...。」

 

「...。」

 

「よし、行け‼︎

 忠犬パチ公‼︎」

 

「ニャワッチ‼︎‼︎」

 

「それ猫だよ⁉︎」

 

 腹部にかつてのヒカルと同じ『神木』の文字を刻んだ二羽の兎の下へとバカが派遣される。

 バカに導かれるままに一行に近付いてきた兎達は、案の定と言うべきか本来いる筈のない存在に驚愕した様子だ。

 

「ちょっ、ちょっと待てって‼︎

 一体何だってこんな所に猫が...ヒ...、ヒカルか...?

 何でお前がこんな所に...⁉︎」

 

「ああ...、ツクヨミ様、私共が何か粗相を...?

 一体何故息子が...?」

 

 その反応に一行が兎の正体が神木夫妻である事を確信する中、目に見えて混乱している二人を宥めつつツクヨミがここ迄の経緯を説明する。

 

「...そんな事が...。

 そう言えば、星野さんは今日が下に戻られる日でしたね...。」

 

「そちらの方が星野さんの...。

 それにこんな大きな子供を二人も育てるなんて...。

 立派になってくれて...。」

 

「その...、話を聞く迄、僕二人に捨てられたと思ってた...。

 二人がずっとこんな状況だったなんて知らなくて...。」

 

「ねぇ、あのお腹の文字って何の為なの...?」

 

「彼らの様に複数人で来ているというのは珍しいからね。

 兎の状態だと見た目の判別が難しいから、ああしておかないと不便なんだよ。」

 

 アイとあゆみの話を先に聞いていた事もあってか、両親の状況に理解を示しつつ再会を喜ぶヒカルの横で、ルビーが小声で件の腹部の文字についてツクヨミに尋ねるが、その理由はと言えば成程と思わされる程至極単純なものであった。

 月に来る事になる人間は、アイ達の様に何らかの形で『瞳』を後天的に与えられてしまった者である。

 基本的には当事者自身が来るのだが、当然何事にも例外というものは存在する。

 アイ達の様に月側のトラブルによって脱走してしまうケースは珍しいが、例えば乳児や先天的な身体障害者等は、月に来ても作業に従事する事が出来ない上に、程度によってはコミュニケーションすら困難となってしまう。

 かと言って付与されてしまった『瞳』の除去は月側でも出来ない為、周囲の人間に対する救済措置として月側から提案されるのが、あゆみや神木夫妻の様な代替作業員を用意する事だ。

 月側から人数を指定する事はない為、基本的には当事者のケアの為にも一人で赴く者が多いが、少しでも期間の短縮を図る為に複数人で参加する者もおり、これが神木夫妻の様なケースである。

 元は人間である故に、元から月に住み神々に仕える兎達と元人間の兎との判別が困難である事から、名札の様な形で腹部に名前を入れておくのだ。

 

「再会を喜んでいる所にすまないがいいかな?

 君達は『あれ』の理由が何か聞いているかい?」

 

「あっ、はい。

 私共も直接聞いた訳ではないのですが、『弟が...』という呟きを聞いた神様方がいらっしゃる様でして。」

 

「弟...だと...?」

 

 『ノリノリメーター』と『宴』について問われた神木夫妻の返答に、再び考え込む仕草を見せるツクヨミ。

 その横で、ルビーが神にも兄弟姉妹という概念が存在する事に驚いた様子だが。

 

「須佐之男命。

 『荒ぶる神』とも『英雄神』とも言われ、天照大御神と月読命の弟とされている神だ。

 ...今更だが、お前ツクヨミとか名乗ってるのは良いのかよ?」

 

「勿論、この名は真の月読命も承知のものさ。

 私の様に人の躰を使って活動する存在に、月の使者として与えられるんだよ。

 そんな事よりもだ。

 荒ぶる神が関わっているとなると、この騒動は一筋縄ではいかないかもしれない...。」

 

 彼女の不穏な言葉に納得した様子を見せたのは、妹に対し須佐之男命について簡単に説明したアクアだ。

 天岩戸伝説を含め、神話に対する知識がない事もあってピンと来ていない様子の周囲に、彼が彼女の感じている懸念の原因を説明していく。

 天照大御神が治め、多くの神々が暮らしていた高天原という場所には、当然弟である須佐之男命も暮らしていた。

 気性が荒い須佐之男命は高天原で数々の乱暴を働き、それに心を痛めた天照大御神が天岩戸へと隠れてしまい、世界が闇に包まれてしまったという流れである。

 その後は先の話にも出た天鈿女命の活躍もあり、神々が岩戸から天照大御神を出す事に成功するのだが、高天原の秩序を守る為にと須佐之男命は彼の地を追放されてしまうのである。

 

「それはつまり、その須佐之男命が近付いているから天岩戸伝説と同じ様な状況になったと...?

 仮にその通りだとしから、天照大御神が須佐之男命を避ける理由が分からなければあの宴も意味がないのでは...?」

 

「姉弟喧嘩が拗れて気まずくなってる...とか?

 それこそ、神様レベルだと何百何千年単位で喧嘩別れしちゃってる訳でしょ?」

 

「そんな俗っぽい理由で神様が隠れるか?

 大体、追放なんて言う位なら『どの面下げてきた』みたいに言われるんじゃねぇの?」

 

「...いや、仮に神話通り統治者としての立場もあったとしたら、存外馬鹿に出来ないかもな...。

 ルビーも、タレント契約する時散々ミヤコさんに釘刺されただろ?」

 

(...天さんって時々、ホントにまともになるよね...。)

 

 天照大御神が須佐之男命を避ける理由が、意外な程俗な理由ではないか_その考えからルビーが語った説を天の助が後押しする。

 星野家の面々は知らない事だが、彼は旧毛狩り隊の一隊員からAブロック隊長にまで登り詰めた存在だ。

 神々との規模感は比べるべくもないのだが、一方で一つの人格としての感覚と、多くの者を従える立場としての感覚の齟齬は人であろうと神であろうと然程変わらない筈だと彼は語る。

 天岩戸伝説の発端は須佐之男命の粗暴な振舞いに天照大御神が心を痛めた事だが、天の助から言わせれば一統治者としてならそんな存在は即刻排斥すべきなのだ。

 そこに集まる数多の個人が一定の秩序と互いへの尊重を守る事で、『個人の集まり』は『集団』たり得る。

 その集団の長として秩序を率先して守る立場ならば、問題を起こした一個人に対しどれ程の思い入れがあろうと、その個人に改善の姿勢が見えないのなら集団から取り除く選択を取らざるを得ないだろう。

 

「...だが、これは逆にチャンスとも言えるんじゃねぇか?

 もし俺達の手で天照大御神を引っ張り出せれば、アクアとルビーの残りの奉仕を帳消しにする位の事って言ってもいい筈だ。」

 

「そんな大言を宣うからには、何か当てがあるんだろうね...?」

 

 天の助に対し些か失礼な思考を働くアイの隣から、ボーボボが発想を転換するべきだと語る。

 成程、現状を天岩戸伝説と同じとするなら、それは神や人の枠すら関係ない世界全体の危機と捉えられ、ノリノリメーターが『海苔海苔』となっている事実もその認識を後押しするだろう。

 その上で神々による宴や、天照大御神の気を引く行為は効果が出ていないと言わざるを得ない。

 その状況で自分達がこの事態を解決させたのなら、それをアクアとルビーの『瞳』を定着させる『特大の奉仕』として訴えられるというのが、彼の考えである。

 とは言え、これだけではツクヨミでなくとも大言壮語と言いたくなるだろう。

 確かに最高神である天照大御神の心を開く事は、凡百の神の気を引くより余程価値があるのは間違いない。

 しかしながら、『神』という存在が無意識的に人を下に見ている事は先の大声からも感じられる事であり、天照大御神とて大枠は変わらないだろう。

 人の身で神に声を届かせる_そんな事が出来ると本当に思っているのかとの彼女の問いに、ボーボボは不敵な笑みと共にアクアの頭に手を置く。

 

「『先生』の受け売りだがな...、神が俺達をナメてるって事は、油断してるって事だ。

 俺の考えが正しければ、十分感情を動かせる筈だぜ。

 ただ...。」

 

「ただ...?」

 

「それには俺達だけじゃない...。

 神に近いお前の...、ツクヨミの手も借りなきゃならねぇだろう...。

 だから確認しておきてぇ...。

 ツクヨミ、お前はどっちの味方だ?

 神か、それともアクアとルビーの味方か...?」

 

 彼の問いにツクヨミは視線を下げ、思考を巡らせる。

 自身の立場を考えるなら、明確に人に手を貸す事は『過度な干渉』と取られてしまう故に、この問いに対しては『神寄りの中立』と答えるべきだ。

 神の使いとして異能を与えられた事を鑑み、己の分を冷徹に弁えるのが本来の在り方だろう。

 

『この子怪我してる!

 せんせ、治してあげて!』

 

『俺は獣医じゃないんだけどな...。』

 

 だが、彼女は決して機械ではない。

 ツクヨミという名もこの立場も神から与えられたものだが、この躰を手にする前の彼女の記憶からも、アクアとルビーに協力したいという思いは紛れもなく彼女自身のものであり、それとなく迂遠な言い回しで揶揄ってみたくなるのも性分と言える。

 

『ベリー食べようとしてネットに引っ掛かったんでしょ?

 食いしん坊な上、どじっこさんだね。』

 

『鳥目って言ってな。

 鳥は夜になると、目が見えなくなるらしいぞ。』

 

 だが、だからと言って彼女が仕える存在がそんな感情で動く事を許すかと問われれば、彼女は間違いなく否と答える。

 神々は、不用意な人間への干渉とそれによって世界の秩序が乱れる事を厭い、その使いに至る迄を相互監視している。

 先程、アクアやルビーのものらしき奉仕の期間を宴の余興の様に扱おうとしていた神がいたが、あの様な横暴が本当に起こってしまったら神々の間は荒れに荒れる事だろう。

 

『次からはちゃんと周り見るんだよー!』

 

『食い意地張るなよー。』

 

 以上を踏まえ、絶対の力を持つ神と高々二人の人間、そのどちらの味方なのか。

 余り困らせないで欲しいと言わんばかりの笑みと共に、彼女はボーボボへと右手を差し出す。

 

「私の力を直接使う事は出来ない...。

 だが、君達が何かをするのに人手が必要だと言うなら...。

 これが最大の妥協点だよ。」

 

「上等じゃねぇか。」

 

 神の使いすらも仲間とし、一行は遂に神と対峙する。

 

 

 

「そやつらが大神様を呼び出せるだと...?

 使い如きが大それた事を...。」

 

「然りとて、現状皆様方のご尽力が届いていらっしゃらないのも事実。

 この世の、そして下々の民の為に、己が誇りよりも光を取り戻す大義を先んじ、あらゆる手を尽くすのも皆様方に求められるお姿かと愚考致しますが..._」

 

 ツクヨミの言葉が轟音と破壊の奔流によって中断させられる。

 彼女が言葉を交わしていたのは、あのアクア達の奉仕期間を弄ぼうとしていた神だった。

 故に他の神以上に、二人の存在を軽んじているのかもしれない。

 そんな彼から見れば、神が手を拱いている事態に人の手を借りるという彼女の提案はさぞ気に触るものだったのだろう。

 彼が彼女に対して人指し指を向けたのも束の間、破壊の光が放たれたのだ。

 咄嗟にボーボボが放り投げたあんパンに釣られたバカ猫こと首領パッチがいなければ、あの光に包まれていたのは彼女の方だったであろう。

 

「図星をつかれてトサカに来たかよ。

 テメェよりツクヨミの方がよっぽど神らしい余裕があるぜ...ってコイツが言ってましたー‼︎‼︎」

 

「ボーボボテメーーー‼︎‼︎」

 

「ふふふ...、愉快で結構ではないか。

 その使いの言う事も事実。

 ここは人の手並みを見るのも一つであろう。」

 

「正気か‼︎⁉︎

 こやつらは我らを愚弄したのだぞ‼︎‼︎」

 

 生贄となった天の助を痛めつける神の隣にいた存在が、ここでボーボボ達の意見を後押しする。

 こちらは先程『瞳』を持つルビーを踊り子として評価し、事態の打開の為に柔軟な考えを持つべきとの発言をしていた神である。

 自分達上位の存在を虚仮にする者を試す価値等有るのかと、他の神々が声を上げるが。

 

「大神様がお応え下さらないのも事実。

 その使いの言にも一理あろう。

 だが...、もし失敗したのなら...。」

 

「フッ...、上等だぜ。

 んじゃ、準備といくか。

 ツクヨミ、コイツを掛けときな。

 ああ、アイとルビーもしておいた方がいいぞ、割と刺激が強めだからな。」

 

「これは...、サングラスかい?

 前が見えなくなっているのは敢えてと考えていいのかな?」

 

「おじさん...、別に危ない事する訳じゃないんでしょ?

 なら、私もちゃんと見届けるよ!」

 

「私も!

 ここで何も見届けないでなんていられないよ‼︎」

 

 冷徹な視線を向ける神に応える様にボーボボが『準備』と称して取り出したのは、何の変哲もない不可視性のサングラスだった。

 何故かアイとルビーの分にも同じ代物が準備されているのが気になる所だが、二人は彼の提案を退ける。

 ここ迄来て自分達だけを除け者にする事は許さない_と。

 そんな二人の後にツクヨミは肩をすくめるだけで応え、ボーボボは三人の反応に笑みを浮かべると何故繋がっているのかスマートフォンで誰かしらに連絡を取り始めた。

 部屋の中央にサングラスを掛けたツクヨミが立ったのと同時、ボーボボ曰くの助っ人の来訪を伝える光がその場の者達へと届くが。

 

「あなたがおじさんが呼んだ助っ人⁉︎

 誰、誰なの⁉︎」

 

 アイ達、そして神々の視線すら集めるその存在が、遂に光の向こう側から姿を現す。

 

「神へのサービスとは...、胸が躍るな。」

 

 もしこの場にビュティかヘッポコ丸がいたなら、その者を全力で排除するかアイとルビーにサングラスの着用を指示した事だろう。

 外見は白い布を纏う、と言うより頭部から膝上辺り迄が隠れる様な布を被っていると表現した方がいいだろうか。

 その男_サービスマンこそ、ボーボボが呼んだ助っ人であり正真正銘の変態なのだが、彼の正体を知らないアイ達は、信頼するボーボボが呼んだという事実も重なり彼の動きに期待を込めた視線を送る。

 

「フッ‼︎」

 

「す、凄い‼︎

 何て軽やかな動きなんだ‼︎」

 

 目標であるツクヨミに視線を送るや否や、長年表現者として鍛練を続けるヒカルですら素直に称賛する身のこなしによって一気に彼女へと近付いていくサービスマン。

 視界が塞がれ佇む彼女の背後を取った彼は、徐に自らが纏う布の下部を両手で掴むと、それを躊躇なく捲り上げた。

 

「行きましょう。

 サーービスビスビスビスビスビスビスビス‼︎‼︎」

 

「キャアアァァァァ‼︎‼︎」

 

「変態だーーー‼︎‼︎

 ってか無駄だーーー‼︎‼︎」

 

「おい何だ今の悲鳴は⁉︎

 というか、変態とか無駄ってどういう意味だ‼︎⁉︎」

 

 サービスマンがサービスマンたる所以_布に隠された自身の裸体、即ち陰部を見せ付ける行為に、当然の如く女性陣が悲鳴を上げる。

 幸か不幸か視界が塞がれているツクヨミの周囲を高速で動きながらサービスを続けるサービスマンの行動は、アクアが言う通り無駄な様にも見えるがしかし、彼の熟達のサービスによって発生した風圧は、何とツクヨミの体を跳ね上げて見せたのだ。

 

「いや、風圧で跳ね上げた⁉︎

 これは確かに凄いが...‼︎」

 

「ちょっと待て、何で体が浮いてるんだ⁉︎

 私は今、何をされてるんだ‼︎⁉︎」

 

「さあフィニッシュですぞ‼︎

 サーーーーービスッ‼︎‼︎」

 

 浮かび上がったツクヨミの更に上へと跳躍したサービスマンは、その勢いのまま再び自身が被る布を掴む。

 空中でほぼ真横の体勢となった彼女の顔面の真上、どう足掻いても直視するしかないその場所にて彼の両足が翼の如く開かれた。

 『宇宙の真理』と名付けられた究極のサービスの炸裂に、女性陣は一様に顔を覆っている。

 ツクヨミの体がボーボボの鼻毛によって受け止められ、一連の動きが終了するものの、アイ達にしろ神々にしろ言葉が出てこない。

 見た目だけなら幼女に対する公然猥褻以外の何物でもない行為をどう評価すべきか_硬直した空気を動かしたのは他ならぬ、この場の全員から待ち望まれていた存在だった。

 

「...見事なり。」

 

「⁉︎ お、大神様‼︎」

 

「あれが...。」

 

 ノリノリメーターの下_巨大な襖の様になっている場所から女性の神が姿を現す。

 その存在を初めて目の当たりにする人間側は勿論、神々ですらその登場、そして曲がりなりにも人間の行動によって彼女が姿を見せてしまった事実に息を呑んだ。

 最高神_その名に違わぬ存在感を放つ彼女に、サービスマンを呼び込んだ人物が声を掛ける。

 この千載一遇の好機を逃す訳にはいかない_と。

 

「太陽神天照大御神様...、お目通りが叶い恐悦至極に存じます。

 私は毛の王国、毛の五兄弟が末弟ボボボーボ・ボーボボと申します。

 まずはこちらをお納め下さい。」

 

 初めて見るボーボボの丁寧な口調と態度に、アイ達もまた彼が本気で最高神と交渉を行う気である事を察し目を見開く。

 ツクヨミが用意していた貢物と共に、彼のアフロから取り出された何皿かの料理が天照大御神の近くに待機していた兎によって運ばれていった。

 

「チータラにグローブに大根、大義である。

 してこの料理は何か?」

 

「はい、私の知り合いの料理人によるものになります。

 その料理人曰く、『もしこの料理を気に入ってくれたなら、星野アクア、ルビー兄妹の瞳について面倒を見てやって欲しい』と...。」

 

「姿も見せず、大神様に対し何と不遜な‼︎」

 

(っていうかアフロの中から出てきたのはいいんだ...。)

 

 ここで神々は勿論、アイ達ですら初耳の謎の料理人の存在に周囲が困惑する中、仮にも最高神に対し姿すら見せずに要望を伝える件の料理人の態度に神々が憤るが、それを制したのは他ならぬ彼らにとっての最高神であった。

 

「先のサービスによって、この者達が世の為に尽力してくれたのは紛れもない事実。

 これらを食す事は吝かではないが...。

 毛の王国の者よ、これらは何という料理なのだ?」

 

「はい、順に鮑を使ったペペロンチーノ、鮑のバターソテー、鮑のシャンパン蒸しとなります。」

 

(何故にイタリアン?)

 

「大神様の好物を把握しているとは...。

 その料理人は一体何者なのだ...。」

 

「ふむ...、これは...。

 初めて食べる筈なのに、何故か懐かしさを感じる...。」

 

 何故かサービスマンによる猥褻行為を高く評価する天照大御神に対し、ボーボボが彼女へと献上したイタリア料理の数々を紹介する。

 人間界の一料理人が彼女の好みを把握している事はまだ彼女を敬虔に崇拝していると考えられるものの、その料理の味に覚えがある様子なのは不思議と思われて当然の現象だろう。

 それこそ、彼女を以前から知る者でもない限り出来ないだろう所業を成し得た件の料理人の正体に注目が集まる中、再びボーボボのアフロが開かれ中から一人の人物が姿を現した。

 

「三つ星イタリアンレストラン『peli del naso』シェフ

 チャナティップ鈴木です。」

 

「えっ...、あの人って...。」

 

「ママも知ってる人なの⁉︎」

 

 そこで登場した人物_チャナティップ鈴木にアイは驚きを隠せない。

 彼女がまだ施設にいた頃、丁度あゆみが失踪した事を報されたあの日の夕食を用意した人物が彼だったのだ。

 ただの一発ネタのキャラだと思っていた人物がこのタイミングで姿を見せた事実に彼女が困惑する中、彼という存在に戸惑いを感じているのは天照大御神もまた同じであった。

 

「...料理人よ、そなたはこの味をどうやって知った?

 人間達の残した文献か?」

 

「いいえ...。

 昔、『あなたによく召し上がっていただいていたから』ですよ。」

 

 天照大御神からの問いに答えつつ、チャナティップ鈴木がどうやっているのか自らの名を掌の上に表示させた。

 初めて食べた筈のものを『よく召し上がっていただいていた』等と語る彼に天照大御神や神々が訝しむ中、彼が表示していた名に触れると、文字が一画ずつバラバラになり別の形へと再構成されていく。

 

「ま、まさか...⁉︎」

 

「『チャナティップ鈴木』とは仮の名...。

 この名を忘れた訳ではないでしょう?」

 

 そもそも一料理人が神に要望を出した時点で勘付くべきだったのかもしれない。

 最高神の食の好みを知り、そして最高神に対し直々に要望を出せる者。

 それは即ち、彼女に真っ向から意見が出来る存在_神であると。

 

「我が名は『須佐之男命』である。

 お久しゅうございます、姉上。」

 

「いやそうはならんだろ。」




 申し訳ございません、色々詰め込み過ぎて全然完結出来てませんがキリがいいのでここで区切らせていただきます。
 最終話前編みたいな感じで考えていただければ...。
 もう少々お付き合いいただけましたら幸いです。
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