「スサノオ...、何故あなたが人間達と...。」
チャナティップ鈴木から本来の姿へと舞い戻った弟_須佐之男命の登場、そして仮にも自身と同じ高位の存在である筈の彼がこうして人間と共にいる事実に驚きを隠せない天照大御神。
人間を含めた地上の生命に慈悲深く協力的な神も当然存在はするものの、それらもあくまで神に対する信仰ありきであり、間違っても人間から『知り合い』等と称される様な間柄には本来成り得ない。
加えて、彼女や他の神々が知る彼の性格は良く言えば勇猛果敢、悪く言えば粗暴な癇癪持ちであり、人間に対する慈悲を感じさせる要望と共に多くの神々と対立する事を選ぶ高潔さをも持ち合わせるかと聞かれると、否と答えたくなるのが彼の姉としての印象だった。
「高天原を出る事となり幾星霜...。
私がこの男、鼻毛真拳伝承者であるボボボーボ・ボーボボに出会ったのは正に天命だったのやもしれませぬ。」
「...そう言えば、須佐之男命は伊邪那岐命の鼻から生まれたと...。
その出自によってボーボボさんと惹かれあったという事ですか...?」
「さてな...。
俺達の前に須佐之男命が現れたのは、魚雷先生の施設で働き始める前だった。」
須佐之男命は他の三貴神_天照大御神、月読命と同様、父神伊邪那岐命が黄泉の国から戻った際の禊によって誕生したとされている。
左目より天照大御神、右目からは月読命、そして鼻から生まれたのが須佐之男命なのだ。
『鼻』という共通点で繋がる二人が出会ったのはただの偶然だったのか、はたまた運命だったのかは彼ら自身にも分からない様だが。
「ツルリーナ3世を倒した後も毛狩り隊の残党との戦いは暫く続いてな...。
アイみたいに孤児になっちまう子供が沢山いたんだ...。
せめて腹だけでも満たしてやりたいと思って、鯛焼きとバルサミコ酢を振る舞っていたんだが...。」
「何その組み合わせ⁉︎」
「アフロや鼻毛から鯛焼きを出し子供らに振る舞うボーボボの姿は、かつて私自身が殺めてしまった食物の神『大宜津比売』が自らの体から食物を生み出す姿と重なった...。
そして同時に悟ったのだ。
孤独に突き落とされ、明日の事すら考えられぬ子供らの顔は、かつて高天原を出た私と同じものだったのだと。
神としての力を使う事は世の理に反するが、料理人としてならと、ボーボボのバルサミコ酢を使い『peli del naso』を作ったのだ。」
(店作っちゃった時点で神の力使ってるんじゃ...。)
「『食事』とは人が良くなる事と書く。
私の料理で、一人でも多くの者が明日への希望を持ってくれれば_そう考え、定期的にボーボボ達が働く施設で料理を振る舞っていた時だった。
星野アイ、そなたが天鈿女と同じ力を持っている事はすぐ分かったよ...。」
同じ神である故に、人間に備わってしまった異能にも逸早く気付いたのだろう。
自身の店を作った経緯を語った須佐之男命に対して、若干空気の読めない思考を働いていたアイへと彼は視線を送る。
「あの『瞳』が人に備わってしまっている、その事実に私はすぐに察した。
これは姉上が関与していると。
そして同時に思った。
偶然であろうと意図したものであろうと、勝手に備わってしまったものによって、何故何の罪もない子供がこの様な顔をしなければならないのかと。」
「...では、あなたは『瞳』の力に否定的なのですか?」
「...無論、全てを否定する訳ではない。
私も彼女と出会ったのを機に、『瞳』が人に備わってしまう理由について調べ、本来の皆既日食における付与については、神側の都合と言えど納得出来る部分もあった...。
しかしカミキ ヒカルよ...、そなたらの場合に関して、そしてそなたらの子らに関して、姉上達の対応を私は正しいとは思えぬ。」
人が神に等しい力を手にする事がどの様な事態を招くか、そしてその力を持つ子供が児童養護施設にいるという事実から、彼がアイの身に起きた悲劇を類推するのは容易な事だったのだろう。
神々からすればある種の『祝福』と捉えているのだろう『瞳』の素養の付与_彼の口振りはその行為自体に否定的にも思えるが、一方で他の神々ですら及ばぬ最高神に最も近しい立場_弟として天照大御神が抱える事情も致し方ない部分があると彼は語る。
今回の件然り、例え最高神と言えど天照大御神もまた一個の感情を有し、時には思い悩み自らの力の制御すら危うくなってしまうのが実情だ。
扉の向こう側へと隠れてしまう事も、そして定期的に訪れる皆既日食に合わせて自らの力を放出するのも、絶大な己の力を制御し続ける為の『ガス抜き』の意味合いを含んでいるのだと言う。
そんな彼の説は恐らく神々ですら聞き及んでいなかった内容だったのだろう。
目を丸くして自らを見つめる神々の無言の問いに、天照大御神が目を伏せて肯定の意を示す中、須佐之男命は姉を含めた神々の対応を否定した。
「ボーボボのアフロの中で私も先のハンペンの話を聞いていた故、姉上達に過失があると迄は言わぬ。
そして、多少なりとも月に赴き、姉上の力をより直接的に感じる事が力の定着に必須でもあるのだろう...。
しかし、その為に人の半生すら費す程の時は必須ではない...、違いますか姉上?」
「...。」
「...英雄神様。
如何にあなた様が大神様の弟神であろうと、それは過ぎたる言でありましょう...。
奉仕の期間は大神様が熟考を重ねられ、今に至る迄適用されてきた定めに則ったもの。
しかも、その期間に代理を立てる事すら許されているという寛大振りでございますぞ。
現に、その後ろにいる人間達は無事『瞳』の定着に成功しているではありませんか。」
この一連の流れ、果てには過去にもいたのだろうアイ達と同様に意図せぬ形で『瞳』を宿してしまった者達、それに対する神々の対応の根本を覆す須佐之男命の発言には、立場上神々から多少なりとも情報を受け取っている筈のツクヨミですら目を丸くしている。
返答をしない天照大御神に代わり、彼女の近くに控える神がアイ達が『瞳』の定着に成功している現状を引き合いに出し、彼女が定めた奉仕期間の裁定基準の正当性を主張するも、須佐之男命はそれに何を言っているのかとばかりに鼻を鳴らした。
そもそもその基準とやらに何故疑問を感じないのか_と。
「笑わせてくれる...。
貴様は確か、先程この二人の月での滞在期間で姉上の気を引こうとしていたな。
仮に貴様の言う通り、姉上が熟考の末に基準を定めたのなら、何故最高神の下した定めを貴様如きが自在に変える事が出来る?」
「...そ、それはほんの戯れでございまして...。」
「その貴様の態度が、基準とやらを揺らがせているとまだ分からぬか‼︎
姉上も貴様らも、期間が1年だろうが100年だろうがどうでもいいのだ‼︎
ああそうであろうとも、我ら神という存在にとってはどちらも些末なものなのだからな‼︎」
「英雄神様、よろしいでしょうか...?
我らは今に至る迄、月での奉仕が必須である事を前提に話をしており、それは太陽神様由来の絶大な力を後天的に与えられた魂が、その力に耐えられぬ故と聞き及んでおります...。
今のお話とあなた様の先の要望からすると、力の定着に長い期間の奉仕は必須ではない様に聞こえるのですが...。」
「ふむ...。
使いの者よ、答えは今そなたが申した事の中に有るではないか。」
天照大御神の決定とは、最高神の文字通り最高権力者の下したものである。
この絶対の基準が覆ってしまえば、様々な神々が地上の数多の生命を『戯れ』と称して弄ぶ地獄絵図が成ってしまう故に、本来なら神が人間に干渉すると言った状況では慎重に慎重を重ねる必要があると言えよう。
例え天照大御神が姿を隠してしまう世界規模の緊急事態だとしても、余興の様においそれと好き勝手にしていいものではない筈なのだ。
逆説的に、それをぞんざいに扱った事実が、今迄人間側に一方的に課してきた裁定がどれだけ彼女達神々にとって軽い存在だったかを示している。
尤も、この発言にこの場で一番衝撃を受けているのは、アイ達でなければ神々でもない、ツクヨミや周囲の兎達人間に『神の決定』を伝える立場にある者達かもしれない。
何故なら、彼女達にとって神_特に最高神たる天照大御神の存在は人間が思う以上に絶対の存在であり、その言葉が正しいものであるのは呼吸をする事と同義だったからだ。
そんな彼女の問いに対する須佐之男命の返答から、彼女もアイ達も先の言葉を思い返していくが。
「...天照大御神からの力なら、本人が何とか出来る...筈?」
「それに、何となく流されてたが俺達に奉仕が必要なのだってよく考えたらおかしくないか?
経緯はどうあれ、少なくとも俺達が『瞳』を与えられたのは本来のそれと同じ先天的なものだった筈だ...。」
力の使い方を最も心得ているのは力の持ち主自身だと語ったルビー、そして自分達兄妹の妊娠の経緯が発覚し、両親に『瞳』を引き継がせようとの意思が無かった事が確認出来た以上、そもそも奉仕の必要自体が皆無となるのではと語ったアクア。
二人の説にツクヨミは反論が出来ず、口を噤んでしまう。
本来の条件によって先天的に力を手にした者と、アイ達の様に後天的に手にした者_どちらも人間の魂であるのは同じなのに何故差が生まれてしまうのか。
それに対して彼女自身が納得出来る説明が出来ない故だった。
アクアとルビーの件に関してもその経緯こそ余りに特異ではあるものの、『生まれた時点で魂に素養が備わっていた』事実は本来の条件と同じであり、同じく説明が出来ないのが実情である。
「違うもん‼︎ ...あっ。」
「えっ?」
「えっ?」
「んんっ、それは違いますよ...。」
ここ迄沈黙を保っていた天照大御神が二人の説に異を唱えた、のだがその口調に周囲の空気が停止する。
当人は何事も無かったかの様に言葉を続けるが。
「まず星野ルビー、あなた達人間が我らをどの様な存在と考えているかは分かりませんが、例えこの私と言えど地上にいる個々の人間に、それもその魂に宿った力を微細に操るのは不可能なのです。
先程我が弟_スサノオが語った通り、月へと来て貰うのは魂が砕けぬ様、より近くで力を操り定着させる為なのですよ。」
先の妙な口調は兎も角、彼女の弁はルビーを含めた人間側にも理解出来るものであった。
成程、確かに神という存在からすれば人間一人の肉体も魂も余りに小さく儚い存在である事は想像に難くない。
先程ツクヨミが、スケール感として人間と虫を引き合いに出していたが、自分よりもずっと小さい存在を詳細に調べ操るには、人間で言う所の顕微鏡やピンセット等の道具による補正が必要となる。
自分の大き過ぎる力によって人間の魂が容易に握り潰される危険性を考えれば、より自分の近くに呼びたいと考えるのも自然な事だろう。
「そして星野アクア、確かに形だけを見ればあなた達兄妹は本来のそれと同じ流れで素養を与えられた様に映るでしょう。
ですが、先程その使いから受けた説明をよく思い出してみなさい。
あなた達のその躰の『元の魂』には素養等無かったのですよ。
そしてその『元の魂』は、不幸にも一度母親の胎内から出てしまった...。
その後の経緯についても使いより聞いたでしょうが、それを果たして『先天的』と言えるでしょうか?」
続いてアクアの説に対する返答、これによって彼女が兄妹を両親の件と同列に扱った理由が明かされる。
成程、確かに素養を持っていた魂とはあくまで二人のそれぞれの前世であり、本来のそれではないと言われてしまえば否定は出来ない。
その上で彼女の口振りから考えるに、母親の胎内から出て臍の緒を切られた時点で一度肉体と魂の関係が確定、その後『元の魂』の崩壊と入れ替わる形で『素養を宿した魂』が肉体に宿った以上、先天的とは見做せないという事なのだろう。
ここから考えるに、本来の条件であれば母親の胎内に宿った時点で力の定着が完了しているか、或いは胎内での肉体の成長と共に定着が進むと言った所か。
「それで、姉上?
肝心の月にいる期間の基準についての説明はどうされました?
それにその理屈では、本人を地上に残し代理を立てても却って姉上の作業が難しくなるだけな様に思えますが?」
「今やるから待っ...ッ‼︎
んん、勿論説明しましょうとも。」
「ねぇおじさん、天照大御神様、さっきからちょっと変じゃない?」
「ああ、順調に効いてきてるみたいだな...。
もう少し見ててみな。」
神としての超然とした佇まいを取り戻した感を見せた天照大御神に対し、須佐之男命がまだ説明すべき部分は残っていると言わんばかりに追求を続ける。
それを受けた彼女の様子が先程と同様、神らしからぬものに思えた故か、ボーボボへと問い掛けたアイを始め事情を知らない者達も流石に不審に思った様子だ。
それに対するボーボボ、そして姉に対する須佐之男命の表情は、まるで悪戯が成功した様な笑みを浮かべているが。
「今弟から指摘された通り、確かに代理の者が月に来たとて力を操る対象が変わる訳ではありません...。
されど、力を授かってしまった人間が必ずしも大人...、せめて最低限の対話が出来る者とは限らないのも事実。
それはその使いからも説明を受けたでしょう。
対象の者が地上に残り、力の操作がより困難となる以上、その奉仕の量が増えるのは当然の事ではないでしょうか?
それで期間は...、その、知らない内に決まっちゃってたって言うか...。」
「...ちょっと待って、そんな適当な感じで何十年も拘束してたの⁉︎」
「お...大神様...?」
「ち、違うの‼︎
何かさっきから口が回らな...、もーうこれ絶対スーくんが何かしたんでしょ‼︎⁉︎
ねぇ、何なのこれぇ...、ふええ...。」
(いや何なのはこっちの台詞だよ...。
何だよ『ふええ...』って...。)
太陽神、或いは最高神と称された威厳は何処へやら、論理的な説明が出来ない挙句、弟の須佐之男命を『スーくん』呼びしてしまう天照大御神の姿には、いよいよ神々ですら困惑の色を強くしていく。
先のボーボボの『効いてきた』との発言からすると、恐らく彼と須佐之男命が何か細工を施したのだろうが、急激に精神年齢が幼くなった印象を受ける程の変化となると一体何が原因なのだろうか。
それはそれとして、こんな状況にも思考停止せずに内心でツッコんでしまうのはアクアの悲しい性なのかもしれない。
「もうやだぁ...、私お口チャックする...。」
(お口チャックって神様も言うんだ...。)
「あの...、英雄神様...。
太陽神様のあのご様子は一体...。」
「何と言う事はない。
あれが姉上の所謂『素』というやつだ。
さて姉上よ、その様子ではご自分で話す事は難しかろう。
代わりに私が想像した事を話す故、訂正したいならば声を掛けるといい...。」
須佐之男命の言葉に黙って首肯を返した天照大御神。
彼曰く、この姉は生来気が優しく、己の持つ力に反して他者を従えるどころか率先して前に出る事すら億劫であり、そのイメージに反し須佐之男命よりも余程打たれ弱く泣き虫な性格らしい。
そんな性格が幸か不幸か他者から『放っておけない存在』として映った故か、本人の意思とは別にどんどんと高天原に彼女を支えようと言う者達が集まってきてしまったのだと言う。
なまじ強大な力を持つ故に彼女の逆鱗に触れたくないのか、他の神々も絶対に視線を合わせたくないと言わんばかりに俯いてしまっている。
居た堪れない空気の中で話を進めようとする須佐之男命の姿が、別の意味で英雄として映ったのは気のせいだろうか。
「神話において、私が父上の指示を断り母上の故地である根の国に行きたいと泣き喚いたという逸話が有るが...、あれも姉上が根に行きたいと駄々をこねたのを私が泥を被ったのだ...。
望むと望まざるとに関わらず、姉上は他の神々の上に立たねばならない立場であったからな。
元来寂しがり屋であるにも関わらず、神々の前では威厳を示さねばならない故に対等に話をする事等不可能。
そんな時に姉上の耳に入ったのが、地上の人間が意図せず『瞳』を授かったという話だったのだろう。」
「つ、つまり...、太陽神様は私共や息子達、或いは同じ様な人達と話がしたかった...と仰るのですか?」
「何を持って姉上がそなたら人に興味を抱いたのか迄は分からぬがな...。
或いは、最初はすぐ力を操り、処置を終わらせて地上へと戻していたのやもしれぬ。
そしてその時の二言三言程度の会話が、姉上に欲を抱かせてしまった。
もっと話を聞いてみたいと。
さて、人に興味を抱いた理由はご自分で話していただけますかな?」
(体育座り...、いやでもここで向こうに隠れないのは神の矜持って言うべきなのか...?)
須佐之男命の言葉にアイ達は先の天の助の話を思い浮かべつつ、天照大御神が人を自分の側に置きたがった背景に理解を示した。
成程、確かに彼女程の絶対的な存在ともなれば、同じ神と言えど多少なりとも遜った態度を取られるのも致し方ないのかもしれない。
彼女がどれだけ砕けた会話を望もうと彼女の立場がそれを許さず、また神々の立場で見れば、一度でも最高神の怒りを買う事は自身の存在の消失を意味する以上、両者の関係が明確に線引きされてしまうのは必然と言えよう。
そんな彼女から見て、人間がある種の愛玩動物の様に映ったのかは弟から話を促された彼女自身しか知らない事ではあるが、その始まりは決して負の感情ではないのだろう。
渋々と言った様子で、体育座りでそっぽを向いていた彼女が姿勢は変えぬまま体の向きを戻しつつ口を開き始めた。
「...最初は、ちゃんとすぐ戻してたんだよ...。
今はこの場所も立派になったけど、昔は人を長居させられる状態じゃなかったから...。
でも、ほんの短い時間でも、地上の人の営みを聞くのは凄く楽しかった...。
人にとっては、私も他の者も、皆等しく『神様』だったからかな...。
月に呼んだ人の前でだけは、私は最高神じゃない『ただのアマテラス』でいられた気がした...。
太陽神の呼び名も、人に付けて貰ったんだ...。
あれは嬉しかったなぁ、えへへ...。」
「...何かこの人、友達少ないんだろうなって感じするね...。
いや人じゃないんだけど...。」
「ちょっ、ママ思ってても言っちゃ駄目だって‼︎
私もちょっと親近感湧いちゃってるけど...。」
「君達はもっと畏敬の念を持てよ...。」
「それで、ある時月に呼んだ人の処置を終えた直後だったんだけど...。
その人は、月に来る時にお米とか野菜とか色々持ってきてくれたんだけど、当時のそれは勿論今よりずっと貴重なものだったから...。
舞い上がった私はその人にある事を言っちゃったの...。
『これはあなたが死ぬ迄感謝しなければなりませんね』って...。」
天照大御神が過去に語ったという言葉、そして現在に至る迄神への奉仕が続けられている事実から、一同がそこからの展開を予想するのは容易な事だった。
案の定と言うべきか、その模様を見ていたらしい神によって件の人物は彼女が知らぬ間に兎化、本来の月の兎達より遥かに短い時間で老衰を迎えた事を不審に思い調べてみれば_という流れらしい。
事態が発覚した段階で二次被害を防ぐ動きが出来なかったのかという疑問が浮かぶが、月と地上との往来を管理する神によって、既に月に来た人間に対して神への奉仕活動が義務付けられてしまっていたのだと言う。
ここで事態を難しくしてしまったのが、実の所人間が肉体を保った状態、ないし魂だけの状態で月を訪れるのは『瞳』に関連した者だけではないという実情だった。
例として挙げられるのが、この場にいるアクアとルビー、より厳密に言えば二人の体と結び付いていた元の魂である。
この二つの魂は本来の死と違い、肉体的な死の前に魂が死へと向かってしまった。
雨宮吾郎と天童寺さりなの魂が肉体と結び付けられ、健全な状態となった二人の体に崩壊しようとしている魂が戻ろうとせぬ様、死を司る神がそれらを月へと導き、奉仕を終えた事で所謂成仏を成し得たのである。
こうした事情と曲がりなりにも自らが出してしまった言葉が発端となってしまった故に、一度決められてしまった『一生分』という期間を『それまでの一生分』と解釈を改めさせるのが精一杯だったのだ。
いっそ彼女が最高神としての立場を横暴と思える程使える性格であったならば、或いは先のアクア達への裁定の様に非常に短い期間を全員に提示出来ていたやもしれない。
彼女の元来の性格と立場が悪い方に噛み合ってしまった故の悲劇であり、ツクヨミに窘められて尚肩をすくめている二人の女性の様な態度を取っていい問題ではないのである。
「漸く、姉上も本音を話してくれましたな...。」
「私だって...、出来るならその二人みたいに短くしてあげたいよ...。
私だって、家族と離れなきゃならない辛さは分かってるつもりだから...。
でも、明確に貢物が無ければ皆納得しないでしょ...。」
「成程...、俺達の期間が短かったのはあのキーグロやらのおかげって事か...。
そして普通に考えるなら事前に貢物を用意するのは難しい...。」
天照大御神が吐露したのは、正しく彼女の本音だったのだろう。
成程、彼女が仮に人に下された裁定を多少なりとも軽減したいと考えたとして、最高神としての立場も含めて権利の濫用と捉えられぬ様、他の神々を納得させる材料が必要となる。
先程彼女に贈呈された物然り、確かに人間側から何かしらの動きが有れば神々の心象は変わってくるだろうが、現実的に『瞳』の存在すら知らない人間側が突然月へ来いと言われて、何をさせられるのかも知らぬまま神への贈呈品を用意するのは非現実的だろう。
反応したアクアの言葉を肯定する様に首を縦に振った彼女は、自身の弟にここまでした理由の説明を促す。
「ふむ...。
ではボーボボよ、そろそろ種明かしを。」
「俺達の目的の為には、奉仕の期間の条件、もっと言えば経緯や天照大御神様の本音をこの場の全員に聞かせる必要があった...。
そこで俺達は、この月に『ある協力者』を仕込んでおいたのさ。」
「協力者って...、こんな場所に一体どうやって...?
まさか、ツクヨミさん以外にも月からの接触が...?」
ヒカルの疑問も当然のものだろう。
月という往来すら困難な場所への潜入、しかもこの場所にボーボボが訪れた際の様子からして、彼がこの神々についての情報をどれだけ把握していたかは疑問である。
ツクヨミの接触以前に月の使者と交流を行っていた可能性もあるが、『瞳』とは一切関係ない内容での接触だったとして、月側からアイ達に対して全く言及が無かったとするなら、件の協力者を月へと派遣する手掛かりすら掴めなかった筈だ。
或いはボーボボ本人はその協力者を紹介したのみで、実働は須佐之男命が仕切っていたのだろうか。
そんな疑問に答えるかの様に、一羽の兎が妙な動きを見せた。
その兎は先程ツクヨミから天照大御神に対しての貢物を彼女の下へと運んでいた者であり、今に至る迄神々の近くに待機していたのだが、突然自身の頭部を持ち上げようとする仕草を見せているのだ。
その様はまるで着ぐるみを脱ごうとしている様に見えるが、その正体は果たして。
「ふう...、天界への潜入とは骨が折れたぜ...。」
「あ...あれって、確かつけもの...さん...?」
「あれもママが知ってる人⁉︎」
神の世界にすら潜入せしめたその男こそ、アイの母_あゆみについて調査を行い、彼女の失踪をボーボボへと伝えた者_つけものであった。
「き...貴様はここ数年、大神様のお側に付いていた者...!
一体いつから‼︎⁉︎」
「いやはや、この役に就く迄苦労しましたよ。
スサノオ様からの情報が無ければ、こうはならなかった。」
「須佐之男命様から、アイの母親の件について協力を申し出された後、あのつけものを紹介し、二人で独自に動いて貰っていたんだ。」
「月への手掛かりを掴んだはいいものの、私では力の強さ故に姉上からすぐに察知されるのが関の山...。
そこでつけものに姉上へと近付いて貰い、姉上が本音しか話せぬ様暗示を掛けさせたのよ。
これぞ神と鼻毛真拳による協力秘奥義『サブリミナルつけもの大作戦』だ。」
「太陽神様の好み、地上の話やサービスについて語る事で信用を得、太陽神様がご就寝中に『つけもの催眠』を施しました。
ボーボボさんが差し出したその大根、それをあなた様が握るのをトリガーにしてね。」
「...ふええ、寝顔見られちゃったぁ...。」
(気にするのそこなんだ...。)
須佐之男命とつけものによる壮大な作戦の内容が明かされ、周囲からは言葉が出ない。
神の居所に潜入する大胆不敵振り、しかもその行動をつけものを紹介したボーボボにすら秘匿されては、仮につけものが疑われていたとしても尻尾を掴むのは困難であっただろう。
そしてその成果が、神同士ですら容易には聞けない最高神の本音を引き出す事なのだから、神々からすれば何ともいやらしい一手である。
天照大御神が今回の様に扉の向こうに隠れてしまえば世界全体の危機となってしまう以上、彼女を支える神々は先程『聞いてしまった本音』を汲まざるを得ない。
ここで彼女の意に反する言動を行えば、自分達にとっての最高神が『ただ恥を晒しただけ』で終わってしまうのだ。
須佐之男命は兎も角、他の人間達はこの場にいる神々が力を振るえば文字通り消し去る事等容易いが、先の本音も含め天照大御神とは必ず遺恨が残る結果となるだろう。
追放された筈の須佐之男命を呼び戻し、最高神の命として自分達を粛正されでもすれば世界の大混乱を招く事は必至である。
高々人間数名の時間の為にその様な事態を招くのは余りに釣り合いが取れないのだ。
「これで準備は整った。
バカ共よ、目覚めるがいい‼︎」
神々が動きを見せない事も重なってか、畳み掛ける様に須佐之男命が声を上げた。
その声に応える様に、天照大御神の横に二つの巨大な影が立ち上がる。
「我が子アマテラスよ...。
そなたの真意が聞けた事、父は嬉しく思う。」
「その声はまさか...、パパ...?」
「パパ⁉︎
ってか、それパパじゃなくてパチだよ⁉︎」
「...自分の心を偽る事は、夫人的にいけませんわ。」
「そっちはまさか...、ママなの⁉︎」
「それ心太ぞ⁉︎
ってか、存在そのものが偽りの奴が何言ってんだ⁉︎」
天照大御神を挟む様に現れたのは、ここまで沈黙を保っていたバカ達であった。
彼女と似た装束を纏う首領パッチをパパ、ところて夫人こと天の助をママと称した事からして、それぞれ彼女達三貴神の両親である伊邪那岐命と伊邪那美命に扮しているのだろうか。
「ま、まさか...、神生みのお二方が顕現されたと言うのか...。」
「ここでお二方が...。
これはつまり、大神様だけでなくお二方もまた裁定に対して心を痛めていらっしゃるという事か...。」
「最高神すらも凌駕する存在...、それは即ち、その最高神の生みの親...。
英雄神様の秘策とは、最高神様のお心を引き出した上でこの状況を作り出す事...。」
「いや皆何言ってんの⁉︎
大体、その英雄神がさっき『バカ共』って言ってたんですけど⁉︎」
バカ達の正体を知る面々の反応に反し、神々やツクヨミ達使いの者はまさかの真面目な反応を見せていた。
他ならぬ天照大御神の反応も重なり、この状況において一度決められてしまった規定を再び覆す為に、彼女の両親を呼び出した事に説得力が出来てしまったのだろう。
「数多の神々よ...、日頃より娘を支えてくれている事、余は嬉しく思う。
この卵かけご飯に免じ、今一度娘の我儘を叶えてやってはくれぬだろうか。」
「今なら私の根の国での経験を綴った『夫人追放記』もお付けしますわ。」
「おおー!」
「ありがたやー‼︎」
「パパ、ママ...、ありがとう...‼︎」
斯くして、『瞳』の定着に際しての奉仕期間は大幅に短縮される運びとなり、神々から天照大御神に対して拍手が送られる。
そしてこうした状況になれば、あの二人が黙っている筈がなかった。
「天照大御神様、最高神として隠され続けた彼女の心は正に、月が覆い被さった太陽の光と同じだったのかもしれない。」
「でも、あなたはずっと叫び続けてたんだよ。
だって、例え皆既日食であろうと、月の後ろにいる太陽の光が変わる事はないんだから。」
「人に諭される日が来るとは...。
これは私の...、いえ、私達神の驕りが招いた結果ですね...。」
「そう卑下なさる事はありません。
須佐之男命を殺さず放逐で済ませたのも、何処かで自分を止めてくれる存在がいるとしたら、それは『家族』であると信じていたからではないでしょうか?
だからあなたは、人が『家族』と話される心の痛みに寄り添う事が出来たのでしょう。」
「アマテラス様も、折角美人なんだからもっとニコニコしてた方がいいよ。
他の神様達も弟さんも絶対そう思ってる。
正に、太陽の輝きってね。
これにて一件落着かな。」
締めるのは当然、天の助とルビーなのだ。
「えっ、ちょっ、こんな雑な感じで良いの‼︎⁉︎
仮にも2年近くやっててクライマックスがこれだよ‼︎⁉︎」
アイの叫びに応える者が現れる前に、彼女達の体は再び光に包まれた。
この後、同日投稿のエピローグに続いております。