宮崎県高千穂の自然が一望出来る病院の屋上には、快晴の空と静かな空気が流れていた。
成程、『高千穂の静かな自然に囲まれたこの土地で、最高の療養を行います。』という病院が掲げるコンセプトも頷ける環境である。
入院患者にとっては、医師の許可無く自由に行き来可能な気分転換の為の貴重な場所であり、実際この日も何人かの患者が羽を伸ばしにこの場所を訪れていた。
そんな屋上に設置されたベンチの一つにて、肩を寄せ合い携帯電話を覗き込む二人の少女がいた。
側から見れば屋上の開放的な雰囲気にはそぐわない光景であるが、少女達がそれを気にする様子は無い。
「あっ、これじゃない⁉︎ 苺プロのホームページ!」
すると目当てのページを見つけた少女_ポコミがもう一人の少女_さりなへ声を掛ける。
彼女達がこの場所に来た理由は、ポコミの兄_ヘッポコ丸からの連絡とその内容であった。
ポコミは、以前電話上で短い会話を交わした少女_アイが実際にどういったアイドルになるかを見届ける為に、例のアイドルグループが結成され次第連絡する様に兄に依頼していたのだ。
そして先日、待ちに待った連絡が届いたポコミは通院日を利用してさりなへ情報を共有、善は急げとばかりに二人で携帯が使える屋上へとやって来たのである。
兄から伝えられた事務所名とグループ名を頼りに、新アイドルグループ『B小町』の紹介ページへと辿り着いた二人は、彼女達のアーティスト写真を見て思い思いに感想を述べる。
「わぁー...、これが『B小町』かぁ。
アイも他の三人も可愛いなぁ...。」
「アハッ! 凄いねこれ!
こうやって衣装着た写真見るとホントに始まるんだってワクワクする!」
四人が衣装を纏う姿は否応無しに二人の気分を昂揚させた。
アイドルファン歴が少ないポコミは、自身の中の大雑把なアイドルへのイメージを基に感じたままにB小町の展望を語る。
「これだけ可愛い子揃えてたらさ、すぐに有名になってテレビに出ちゃったりするのかな?」
「それはどうだろ...、あるとしても数年先の話じゃないかなぁ。」
それに対するさりなの言葉にポコミは目を丸くする。
アイドル界隈の知識が浅い彼女から見ても、B小町の面々は充分魅力的に見えたからだ。
業界の性質上、容姿の平均は一般のそれとは比べるべくもないのだろうが、然りとて素人ながらに感じたアイの魅力は確かなものだとポコミは考えている。
そんな彼女ですら一筋縄ではいかない世界なのか_と。
「そもそもの話、B小町は地下アイドルだろうからね。」
そんなポコミに対して放たれたさりなの言葉に彼女は疑問符を浮かべる。
『地下アイドル』なる言葉を初めて聞く彼女からすれば、自分がイメージする、テレビに出演し歌って踊るアイドルとの違い等見当もつかない。
さりな曰く、地下アイドルもといライブアイドルとはその名の通りライブを中心に活動するアイドルとの事であり、その性質上メディアへの露出は控えめなのだという。
「こういうアイドルの良さはね、ライブやイベントが多いから会いに行きやすいし、段々成長していって有名になっていくのを感じられる事なの!」
「へっ、へえ...。 アイドルって言っても色々あるんだね...。」
組んだ両手を頬に当てつつ、うっとりした表情で話すさりなにポコミは生返事を返す。
『成長を見守る』という部分は、まだ理解の及ぶ言い分ではあるが、さりなから感じる情熱は彼女の理解の範疇を超えるものだった。
「デビューライブも決まってるんだねぇ...。
行きたいけど、チケットなんか取れないよなぁ...。」
自身の病気の事もあり、そう簡単に出歩けない身であるさりなにとっては、推しのアイドルのライブに行く等そうそう出来ない贅沢である。
ライブの日程と自身の直近の体調を鑑みると、医師からの外出許可が下りる可能性が高い事が余計に気を落とす要因となった。
そんな彼女の様子に何も思わぬポコミではない。
彼女としてもアイドルとしてのアイの実力をこの目で確かめたい気持ちは有る。
「えっと、一回お兄ちゃんに聞いてみよっか?」
「ポコえもーん! 来世で男になったら絶対求婚するから!」
「色々待って⁉︎」
そんな二人の話題の中心であるB小町の面々はというと、アイ以外の三人がミヤコ、ビュティと共に事務所の会議室にて話し込んでいる最中であった。
話題の中心はこの場にいない人物_アイについてである。
ライブへ向けた準備も順調であり、各々のパフォーマンスも着実に向上している。
メンバー間の交流も行われており、側から見れば大きな問題は見受けられない中で、今回三人がミヤコとビュティに対して相談を持ち掛けたのが事の始まりであった。
話を聞いたミヤコは、マネージャーである自分だけでなく、より自分達と年齢が近いビュティにも同席を願い出た三人の様子と残った一人の顔を思い浮かべ、自身の中に隠していた嫌な予想が的中したかと頭を抱えた。
遂に何か起きたか_と。
とはいえ、それで慌てふためく彼女ではない。
メンバー間のいざこざ等有って当然と認識しているし、寧ろこうして自分達に相談してきた彼女達の姿勢を高く評価していた。
だからこそ、事前にアイにはヘッポコ丸と共に買い出しという名目で席を外させている。
ビュティからも、場合によってはアイ自身について話す可能性について本人から了承を得たとの報告を受けていた。
仕事の早い部下と共にミヤコは少女達に向き合っていく。
「それで、アイの事で相談って事だけど内容を聞かせて貰えるかしら?」
「はい...、その、私達アイと上手くやれてるのかなって話になりまして...。」
三人に話を促したミヤコに、三人を代表して新野が語り始める。
曰く、アイから三人に対して一定のラインで心理的な壁を感じるのだと言う。
グループ始動当初は、一人だけ芸能界のキャリアが全く無い事から遠慮しているのかと考えていたものの、プライベートの話題ではぐらかされる事が多く、自身の内面に踏み込ませない様な雰囲気を三人は感じ取っていた。
とはいえ、壱護やアイ自身からも施設出身であるという話を聞いていた為、余り突っ込んだ事も聞けずという状況なのだ。
「いっそ全員に対してそういう感じなら、言い方は悪いですけど『そういう人』って割り切る事も出来ると思うんです。
でも、見た感じビュティさんやヘッポコ丸さんに対しては砕けた雰囲気ですし...。」
「ダンスも歌も、練習を本当に頑張ってるのは分かるんです。
ただ、結局私達とは仕事の付き合い以上にはならないのかなって...。」
高峯と渡辺から吐き出された悩みは、思春期の少女が芸能界という特殊な環境に置かれたが故のものなのだろうか。
同じグループの仲間としてやっていく以上、もう少し距離を縮めたいと思う反面、相手の事情を鑑みれば下手に手を出す事は憚られる。
そんな状況の為、ミヤコとビュティを頼ったのであろう。
せめて、アイの事を理解するヒントが得られれば_と。
そんな彼女達の思いを察したビュティが、四人の雰囲気は言う程悪くないと前置きしつつアイについて語り始める。
「そういう所は施設でもそうだったし、多分学校でも同じだったんじゃないかな。
プライベートの事を話そうとしないのは、多分聞いてて気分の良い話が出来ないと思ってるからだろうね。」
「それって向こうも気を遣ってるって事ですか?」
「そうだと思う。
皆も想像してみて欲しいけど、自分が施設にいる理由を話そうとは思わないでしょ?
あの子も笑ったり怒ったりするし、周りの事を考える普通の子だよ。」
その言葉に一応の納得を見せる三人。
確かに彼女の立場になって考えると、過去の思い出等を話したがらない理由は理解出来る。
「昔の事を話したくないのは分かりました。
でも、普段何してるのかとか休みの日の事とかくらいは教えてくれてもって思っちゃいます...。」
「施設の人の事聞いた時なんて、『アフロからおじさんが出てくる人』とか言ってたんですよ!
そんな事まで言って誤魔化したいのかなって...。」
「前にイタリアンの話になった時に、『アフロからシェフが出てきた事が有る』とか言われた時は何かの隠語かって思いましたもん!」
その三人の言い分に、ビュティは返す言葉が無い。
自分は慣れてしまったが、普通はこういった反応になって当然だろうと考えた彼女は、一方で三人の悩みを瞬時に解決する方法を提案する。
「ははは...。 三人とも今度時間貰えるかな?
一緒に施設見に行ってみようか。」
別の所で話題の中心となっていたアイは、ヘッポコ丸と共に事務所近くのコンビニへと来ていた。
休憩の為、全員分の飲み物と菓子類を買いに来たのだが。
「やばいな、三人が普段何飲んでるのか分からん...。
出る前に聞いてくればよかったな...。」
ヘッポコ丸が飲み物の選定について頭を悩ませていた。
B小町の面々は、レッスン中は水を飲んでおり、彼が彼女達の嗜好を把握していないのは致し方ない事であった。
とはいえ、事務所に残った面々が現在話しているであろう内容を考えると、電話で確認するのも気が引ける。
そんな彼の様子を見かねたアイが助け舟を出した。
「ニノはこれで、たかみーとめいめいはこれとこれだよ。」
彼女が全員の好みを把握していた事に感謝し、会計を終えたヘッポコ丸は飲み物を差し出しつつ先程の礼を述べる。
「助かったよ、アイ。
皆の好みを把握してるなんて、流石だな。」
「ふふん。
益々磨きがかかる美少女っぷりに、気配りまで出来ちゃう。
流石のへっさんも目移りしちゃうかな?」
「揶揄うなこのマセガキ。
相談乗ってやらんぞ。」
顎に指を当てつつ調子に乗るアイをペットボトルで小突きつつ窘めるヘッポコ丸。
コンビニへと向かう道中で話を持ち掛けられ、帰り道にそれを聞こうと話を促す。
彼女の相談とは、メンバー毎に二人分渡されていた関係者用のチケットをどうするか_であった。
通常家族や親しい友人に渡される事が多いのだが、彼女には残念ながら渡せる程の友人はいないし家族等もっての外である。
「あー、あの人達とかはどうだ?」
ヘッポコ丸が指差す先を見れば、パラグライダーの様な形に姿を変え空に浮かぶ天の助とそれに乗って空を飛ぶボーボボの姿が有った。
「おじさん達には社長が声掛けたってさ。」
アイの返答に納得するヘッポコ丸。
彼女は勿論、今は自分とビュティも事務所で働いている。
その状態なら壱護がボーボボ達にB小町の応援を依頼していても不思議ではない。
二人が頭を悩ませていると、ヘッポコ丸の携帯に着信が届く。
彼が通話を始めた横でアイはひとりごちる。
「こういう時、気軽に誘える人がいないって辛いなぁ...。」
そんな彼女の呟きを聞いていたのだろうヘッポコ丸が、通話中にも関わらず声を掛けてくる。
これから増やせばいい_と。
そして通話中の電話が彼女の耳に当てられる。
『お兄ちゃん、チケット二人分取れるってホント⁉︎
私のだけじゃなくてさりなちゃんの分もだよね⁉︎』
『うわぁー、ヤバい! ホントに行けるの⁉︎
アイが目の前で笑い掛けてくれたらどうしよう!』
聞こえてきた二人分の声に、先程のヘッポコ丸の言葉の意味を理解するアイ。
丁度良い相手が見つかったようだ。
「二人共、当日は全力で応援してね。」
向こう側から叫び声が聞こえる電話をヘッポコ丸に返すアイは、先程彼に見せた自信家の顔である。
(ファンがいるなら大事にしなきゃだよね。)
人に相談したら存外悩みって解決するんじゃない?って話です。
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