「装置が光った‼︎
戻ってきたの⁉︎」
逸早く装置の光に反応したポコミの声を合図に、地上に残っていた面々の視線が再び装置へと注がれる。
空だった装置に光が満ちる_それは即ち、月から誰かがこちらへと移動してきた事を意味する故に。
「オー、ニッポー、ニッポー、ニッポー、ニッポーー。」
「何でサッカー日本代表⁉︎
ってかよく見たら、つけものとかサービスマンとか何してんだお前ら⁉︎」
「神々との超次元サッカー...、正に死闘だったぜ...。
最後はヒカルが『ウルフレジェンド』を決めて勝利したんだ。」
「いやいや、何言ってんの⁉︎
投稿日同じなんだから全然違うってバレるでしょ⁉︎」
何故かユニフォームを纏って帰還した一行を代表し、ボーボボがさも偉業を成し遂げたかの様に出鱈目な報告を行う。
そんな良くも悪くも平時と変わらぬ振る舞いから、無事決着したのだろう事を察し待ち人達も安堵するものの、この場でツクヨミに聞かされていた内容が内容だけに、出来れば普通に戻ってきて欲しいと考えるのが人情だろう。
「そちらのお二人が、ヒカル君のご両親ね?
実際の所、上で何が起きてたのかしら?」
「えっと...、簡単に言うとアマテラスさんが引きこもってたんだけど、何かサービスが好きで出てきてくれて...、と思ったら『ふええ』ってなって他の神様説得出来た...みたいな?」
「...うん、まあ話は宿に帰ってからヒカル君に聞くわ...。
それで...、あゆみさんと神木さんはこれからどうされるのでしょう?」
ヒカルの両親の存在から事態の解決を再確認したミヤコが、実際に月で何が起きていたのか、神々の思惑が何だったのかを問うも、ルビーからの返答は全く持って要領を得ない内容だった。
この場での情報共有を早々に諦めた彼女が、次の話題として水を向けたのが今日迄月にいた三人である。
例えは悪いが、側から見ると刑務所から出所した受刑者の様であり、今後の生活に向けての当てがあるのかを確認しない事には、彼女達としても寝覚めが悪くなってしまうだろう。
「言われてみれば...。
そう言えば、家のローンとかどうなってるんだ...?」
「君達の資産に関しては私の、と言うよりこの躰を産んだ一族の家で『購入以前の資産』という形で預金として管理しているよ。
ただまあ、持ち家然り何もかもが『手に入れていない』事になっているから、放り出されるのとそう変わらない様に感じてしまうかもしれないが...。」
彼女からの問いに地上に戻った事を実感してきたのだろう、ヒカルの父が月に赴く前に自分達が保有していた資産等がどうなっているのかと疑問を口にする。
そんな彼らへの助け船としての役割を果たすべく、救いの手を差し伸べたのがツクヨミだった。
『瞳』の件然り、長い期間を月で過ごす都合上、地上ではその間完全に『行方不明者』という扱いになってしまう。
現在の日本の法律では、住宅ローンの取り扱いに関しては契約者本人の失踪によって警察に捜索願が提出されたとしても、支払いの義務そのものは残留し続ける形となっており、仮に自身の貯蓄が許す範囲で支払いが続いていたとして残高はどの程度なのか、一人地上に残してきてしまったヒカルへの影響はどうだったのかが心配になったのだろう彼の疑問を、神の力は何とも強引な手段で解決していたのだ。
余りに複雑化してしまった人間社会において、長期間の拘束によって生ずる問題を鑑みた結果、ツクヨミら地上で活動する一派は月へと向かった人々のバックアップの役目を担っていたのである。
頼もしいと同時に余りにも無理矢理な解決方法には一同も頬が引き攣っているが、実際アイ達と共に月に向かう前にも帰還者を『いた事にしてしまう』と語っていた故に、神にとっては造作もない事なのだろう。
「ふむ...、無一文でないのなら少しずつ立て直していけば良かろう。
当てがないのなら、私の店を手伝ってくれるとありがたい。」
「よ、よろしいのですか⁉︎
ああ...、この上更に英雄神様のお慈悲を賜われるなんて...。」
(英雄神って何...? ってか、このコックさんって誰?)
(アフロの中に入ってちゃった...、まあおじさんの知り合いなら凄い人なのねきっと。)
チャナティップ鈴木へと戻っていた須佐之男命の提案に、神木夫妻はホッとした様子で頭を下げ、月にいた故に『英雄神』の正体を聞かされていたのだろうあゆみも二人に続いて深々と頭を下げる。
そんな三人に手を挙げる事で返答した彼がボーボボのアフロから自らの店へと戻っていったが、事情を知らない故に、メムとかなからは『アフロから出入りする変なコック』という扱いになってしまった。
彼女達が彼の正体を知った時どの様な反応を示すのだろうか。
「それじゃあ、三人にはまず私の家に来て貰おうか...。
それでは、精々幸せに暮らしたまえよ。
余り粗相を晒して、折角の慈悲を無駄にする事のない様に。」
「ツクヨミ閣下に敬礼‼︎」
須佐之男命に続き、三人を引き連れ一同をこの場へと導いた張本人もまた動きを見せる。
彼女の仕事はまだ終わりではなく、月から帰還した者達が無事社会復帰する迄面倒を見なければならない立場故だ。
だが、そんな彼女の心は自分でも驚く程軽くなっていた。
自分が想定していた以上の結果をもぎ取り、あまつさえ神の心すらも救ってみせた自身へと敬礼を行う者達へ向ける笑顔が、今迄にない程優しく穏やかなものだったのが何よりの証左だろう。
自らの運命を勝ち取ってみせた者達に、彼女もまた敬礼を返し黒鳥と共に去っていった。
もうこれで、彼らは自分の様な存在と関わらずに済む_と。
「...さて、俺達も戻るとするか。」
二人の、苺プロの夢を叶える為に、自分達が抱えるタレント_自分達の『推し』の夢を叶える為に、彼らが歩みを止める事はない。
組織として推し活を行う者達の代表である彼らには、他者に夢を抱かせた責任があるのだ。
古今東西どんな世界においても、責任を果たすのが大人の役目である。
「...はぁ、もうクッタクタ...。」
「宿では仕事忘れよう...。
ニノちゃん、私達には命の水が必要だよ...。」
何の因果か、共通の友人を持つ彼女達は今、揃ってその友人一家を支える立場となっている。
何もしていない筈なのに彼女達の顔に浮かぶ疲労感は、あの一家に関わる苦労を物語っているが、それでもこの立場を離そうとしない理由は至極単純であり、同時に他の者にはもしかすれば理解されないかもしれないものだ。
彼女達にとっての『推し』は、他人に何と言われようが彼女達にとっての親友なのだから。
「...私も宿で編集やんないとだなぁ...。
あ、後社長達にお土産買っとかないとだ。」
彼女の隣にいる地雷ダンディ_彼に妙なカチューシャを着けさせられたのが、巡り巡って彼女自身の夢を叶える事に繋がったのだから、人の縁とは分からないものだ。
彼女自身の配信業も重なり、B小町内の実務作業量はともすればマネージャーの新野以上に多忙を極める事も多い故の愚痴にも聞こえる独り言だが、その内容に反し彼女の表情からはいつもと変わらぬ活気が感じられる。
彼女にとっての『推し』_この場にいる自身の夢を叶えてくれた人々の夢を叶えるのが、正に彼女にとっての推し活なのだ。
「かな、明日帰る迄時間あるよな?
近くに気になってるアフロ屋が有るんだ。」
「‼︎ ふ、ふーん、まあおじさんがどうしてもって言うなら付き合ってあげるわよ‼︎
...付き合うって別にそういう意味じゃないからね‼︎」
最早、自身の脳にプログラミングされているのではないかと思う程にスラスラと出てくる憎まれ口を己の耳で理解し、勝手に頭部の温度を急上昇させた事で始まる自己嫌悪。
そんな彼女を相も変わらず一人にすまいと付いてくるアフロの男性に、彼女が想いを伝えるのはまだまだ先になりそうだ。
天才であろうと凡人であろうと、『推し』が目の前にいて平時と変わらない状態でいられる者の方が珍しいのだから。
「神様だって、心に闇を抱えてる...。
それでも平穏を守る為に、『役割』って言う鎧で自分を覆って何十年も何百年も生きていかなきゃいけない...。」
「誰にでも...、神にだって等しく『明日』は来てしまう。
皆が暗闇で見えない先に進む為に、互いが互いの小さい光になるのが理想...なのかもな...。」
悲しい事に遭わずに生きる事は、例え神であろうと不可能だと分かった。
希望も夢も持てず、苦しさも悲しさも抱えたまま生きていかなければならない世界で、それでも歩き続ける為の小さな光。
隣だって歩く者を『推し』と呼ぶ者がいてもいいだろう。
「ヒカルよ...、俺達は変えられない過去を背負って...、それでも気高く生きたいよな...。
例えガワがボロボロに見えても、中の魂は俺のボディの様に澄んだ色をしてるのさ。」
「...僕、天さんの体が粉々にされてるの何回も見てるんですけど...。」
悲劇に遭えば、その者の心は摩耗し傷付いていく。
その傷を喜劇によって覆うのか、それとも心そのものを砕き『自分は傷付いていない』と自己暗示を掛けるのか。
どちらに転ぶかは、その者の気質や周囲の者との関係性次第であるが故に、同じ『傷を持つ者』と画一的に対応するのも難しい。
自分にとっての『救い』が他者にとっての『救い』となるかは分からないが、少なくとも自分の心を救う事は出来るだろう。
そんな気高い姿を、『推し』と呼ぶ誰かもいるかもしれない。
「なぁ、ルビー...。
ざっと見返したんだけど、俺この小説だと出番少なくね?」
「十分多いよ⁉︎
何なら前世含めても私より多いって‼︎」
嘘に嘘を重ね、まるで光の権化の様に笑顔を振り撒き続ける存在。
もし、そんな誰しもに『推し』と言われる『完璧で究極のアイドル』がいるとしたら、それはもしかすると存在そのものが出鱈目と言われる者なのかもしれない。
彼や彼女は、今日も明日も主人公として自らを推し続けるのだ。
「愛情と尊敬...。
成程、恋愛感情だけじゃなく人として尊敬してるって意味もあるのか...。
うん、これいいね。
...これだと日本語的におかしいかな...、まあいいや。」
彼女がスマートフォン片手に検索していたのは、『お慕いしています』という敬語だった。
『愛している』では面映いが、『推し』では少々軽く感じてしまう。
平時から自分を支えてくれる者達に、何かサラッと言える言い回しが無いかと考えた故の行動だった。
こんな経験を経て尚、こんな回りくどい方法で試行錯誤を重ねる辺り、嘘吐きの天才は伊達ではないという事か。
自分と同じ様に素直になれない人間が推しへの、大好きな人達への愛を言葉に出来る様にと、彼女のSNSアカウントに謎の単語が投稿されたのは先の言葉の数秒後だった。
『推しの慕』_それが不器用な生き方しか出来ない彼女の愛情表現だと知れ渡るのは、もう少し先の話である。
例え一方的で歪な関係であったとしても、愛という感情に、愛したいという行動に明日への活力を見出す者を否定出来る者がいるとしたら、それは余程の幸せ者か、世間と全く関わらずに生きているかのどちらかではないだろうか。
他者と関わるだけで傷付き、愛せる対象すら見つけられない、そんな悲しい人達が溢れに溢れたこの世界において。
そんな暗闇でやっと見つけた愛せる対象を、人は『推し』呼び、関わった事すらない筈の者の幸せを願うのだろう。
今日を必死に生きる為に、同じ世界に生きる誰かを愛したいと願うのだ。
例えそれが、他者から見れば到底理解されない対象だったとしても、それでいいではないか。
あなたが感じた幸せは、あなた自身のものなのだから。
あなたとあなたの推しに幸あれ。
「ただしつけもの、テメーはダメだ。」
以上を持ちまして、拙作『推しのボ』完結とさせていただきます。
小説を書くのは初めての経験だった筆者が、かなり強引ではありますが何とか完結迄書き切れたのは、偏に拙作を手に取って下さった読者の皆様のおかげです。
お気に入り登録して下さった皆様、感想を書いて下さった皆様には重ねてお礼を申し上げます。
拙作を通し、『推しの子』『ボーボボ』両作品の魅力が少しでも伝わっていましたら幸いです。
それでは皆様、長い間お付き合いいただき、誠にありがとうございました。