待て、それ以上近付くな! 俺の性癖が歪む!   作:POTROT

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間話 クソガキの戦い

 D.U.近郊のビル群、天を突くように聳える摩天楼の、その一室。

 エレベーターを降りた先、窓を背にして据えられたデスクに、それは居た。

 

 黒。

 執拗なまでに黒い、人型。

 黒いスーツ、黒いネクタイ、黒い体。

 影と見紛ってしまいそうになる程に、黒い、その男。

 

 少なくとも、まともな人間ではないだろう。

 人間の肌は、いくら黒くなろうとあそこまで無機質にはなれない。人間の肌は、ひび割れから白く発光などしない。人間の体は、燃えるように大気へ溶けなどしない。

 

 だが、その男は間違いなく『大人』であった。

 そう確信させるだけの『余裕』と、『風格』が。

 俺が決定的に持ち合わせていないものを、その異形は持っていた。

 

「……クックックッ……」

 

 カツ、カツと靴を鳴らして歩を進めれば、黒い人型が、白い亀裂を揺らしながら嗤う。

 

「……ようこそいらっしゃいました。シャーレの先生。貴方のことは存じております」

「だったら俺の自己紹介は必要無いな? さっさと名乗れ、黒いの」

 

 俺が取ったのは、あまりにも無礼極まりない態度。

 大人の社会で評するのなら、論外も良いところだろう。

 だが、俺はクソガキだ。そんな事は知ったこっちゃ無い。

 

「クックックッ。元気ですね。ああ、咎めるつもりはありません。子供が元気なのは良い事です。……ええ、私たちは貴方と同じ、キヴォトス外部の者……ああ、貴方とは別の領域の、ですが。どうぞ、私達のことは『ゲマトリア』、私の事は黒服、とお呼び下さい」

「そうかよ」

 

 勿論、そんな事は原作知識で知っている。

 他のゲマトリアのメンバーも、これから奴らが何をするのかも。

 だが、今の俺はそれを知らない。そんなことはどうでもいい。

 そう言うことになっている。

 

「取り敢えず、こっちの要件は小鳥遊ホシノの返還。それだけだ。さっさとあの馬鹿(ヴァカ)を出せ」

「クックックッ……これはまた異なことを」

 

 高圧的な態度で見下す俺を、黒服は余裕たっぷりに見返し、嗤う。

 それに思いっきり顔を歪ませてやると、黒服は穏やかな口調で語り出した。

 

「貴方は知らないかも知れませんが、小鳥遊ホシノは既に退部届、退学届を提出しています。彼女は既にアビドスの生徒ではなく、故に双方の合意に則った契約で────」

「何か勘違いしているようだがな」

 

 黒服の言葉を強引に遮る。

 そう返して来る事は知っていた。

 それに対するカウンターも、知っている。

 

「届け出は出された時点では効力を発揮しない。受理されて初めて発揮する。そんな事はわかってんだろ、アンタなら」

「…………成程」

 

 小鳥遊ホシノの提出した退学届、担当顧問の欄に印が押されていないそれを、デスクに叩きつけてやる。

 激しい音が鳴り、その衝撃で端の方に置かれていたものがバラバラと床に落ちてゆく。

 しかしそんな物には目もくれず、黒服は俺の叩きつけた書類をただ一瞥した。

 

「ええ、ええ。その通りですとも。届け出は出された時点ではなく、受理された時点で効力は発揮される。そして、それには先生である貴方のサインが必要……と」

「ああ、つまりアンタの理論は最初っから破綻してたってわけだ」

 

 黒服は、ふぅ、と息をつく。

 

「学校の先生と生徒の概念……ふむ、中々に厄介ですね。……しかし」

 

 

 ────貴方は本当に、『先生』と言えるのですか?

 

 

「……」

 

 黒服が覗き込むようにして俺を見上げ、優しく、それこそ小学校の先生が()()()をしてしまった子供を、やんわりと咎めるように問う。

 その言葉に、俺は顔を顰めずにはいられなかった。

 

「貴方自身が一番よくわかっておられるでしょうが、貴方は未だ16の子供です。小鳥遊ホシノに至っては貴方よりも年上でしょう」

 

 俺は黙って話を聞く。

 黒服は饒舌に語り続ける。

 

「そんな貴方が、いわゆる『先生』であると言うのは、些かおかしな話と言うものでは? 先生……特に、学校の先生が求められるのは、学生の規範である事、具体的な将来像である事、そして、頼れる大人であると言う事」

 

 俺はネクタイを静かに緩める。

 黒服は饒舌に語り続ける。

 

「であれば、子供である貴方は、『先生』足り得ないのではありませんか?」

 

 俺は静かに息を吸う。

 黒服は饒舌に語り続ける。

 

「確かに、連邦生徒会長に任命された以上、確かに貴方は職業としては先生なのでしょう。しかし、貴方が生徒を……小鳥遊ホシノを教え、導ける存在、即ち『先生』であるとは言えないのではないですか? さて、どうなのでしょう?」

「…………」

 

 俺は徐に瞑目する。

 …………成程、正論だ。

 それこそ、グゥの音も出ないほどのド正論だ。

 

 社会に出た経験など全く無い。

 学生の規範でも、具体的な将来像でも、頼られる存在でも、無い。

 俺がアイツらに何を教えたことも無ければ、アイツらに何かを与えた事も無い。

 人生経験すら、年上であるホシノの方が、少なくとも一年分は俺よりも多い。

 

 先生として重要な要素を、何一つとして満たしていない。

 そんな俺は、間違いなくアイツらの、生徒達の『先生』たれる存在では無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、だから何だと言う話であるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿(ヴァカ)め!!」

「ッ!?」

 

 目を見開き、在らん限りの全力で叫んだ。

 初めて黒服が動揺を見せる。

 

「ンな詭弁が俺に通用すると思ったか!? 今ここで重要なのは俺が正式な先生である事で、お前が明確な違反行為をしてるって事だけだ! ンなこたァガキでも分かるわ!!」

 

 俺は勢いのままに黒服の襟首を掴み、持ち上げて、更に捲し立てる。

 

「いいか!? アンタがホシノと交わした契約は不成立! そもそも契約なんて無かった! だからアンタのやった事は双方の合意に基づいた任意同行で無く、ただの脅迫と拉致監禁だ!! わかったな!? わかったんならさっさとホシノを出せ!!」

 

 そこまで一息で言い終わった俺がゼェハァと息を荒げていると、黒服が俺の腕をそっと掴む。

 

「……いけませんね、このような事は。貴方が先生だと言うのなら、もっと落ち着いて話すべきです」

 

 先程と同く、先生が子供を諭すように、黒服が俺に語りかけた。

 瞬間。ブチッ、と音がして、熱が高まって狭窄していた視界が広がり、思考が急にクリアになる。

 

「……はぁ」

 

 ああ、最初から話し合いなど無駄だった。

 ホシノの事を本当に思っているのなら、最初からこうするべきだった。

 覚悟を、最初からしておくべきだった。

 

 そうだ、あれは手段ではない。覚悟だ。

『先生』であると言う事に対する、覚悟の表れ。

 

 思うに、俺は覚悟が足りなかったのだろう。

 代償を理由に出し渋ったのも、大人であろうとするなら話し合いで解決すべきだと言う考えも。

 きっと、それは俺が単に怖かっただけなのだ。

 

 黒服の襟首から手を離す。

 そしてその手をポケットに突っ込み、それを引き抜いた。

 奇跡の具現。ありとあらゆる全てを覆す最強の一手。文字通りの切り札。

 

『大人のカード』

 

「ッ……」

 

 その黒い輝きを目にした途端、黒服の纏う雰囲気が明らかに一変する。

 

「やめなさい」

 

 先程までの余裕に満ちた声とは違う、切迫した、緊張感に満ちた声。

 

「それは、貴方が使っていいものではありません。使えば使うだけ、削られていく筈です。貴方の生が。これからの未来、食事をし、運動をし、勉強をして、社会に出て、日々を暮らす。そのための時間が」

 

 そんな事は知っている。

 代償は寿命か、それとももっと別の何かか。

 だが、知っての上だ。

 

「何故、そこまでする必要があるのですか? 放っておいてもいいでしょう。元々、貴方の与り知るところではないのですよ?」

 

 そうもいかない。

 俺が『先生』であろうとするのなら。

 

「貴方は子供なのです。彼女よりも年下なのです。貴方はもっと、自分の事を大切にすべきだ。貴方は自分の与えられた役職に酔っている。そのカードは、たかが生徒一人に使っていいものではありません。ですから────」

「……それは違うな、黒服」

「ッ……………」

 

 俺は、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。

 

「確かに俺はクソガキだ。先生なんて柄でもない。こんなもん、ただ押し付けられただけだ」

 

 そうだ。

 先生なんて役職も、このカードも、ただ押し付けられただけ。

 望んで背負ったわけでは、断じて無い。

 

「だが、それでも押し付けられたなら、俺がやるしかない。俺がやるしかないのなら、俺は『先生』にはなれずとも、『先生』であろうとし続けなくちゃならない。『先生』であろうとし続けなくちゃならないなら、たった一人の生徒も見捨てちゃならない。そう言う話だ」

 

 そうだ。

 生徒全員を救うなど、不可能だろう。

 だが、手を伸ばせる限りは。まだ手が届く限りは。

 何をしてでも俺は手を伸ばさねばならないのだ。

 

「馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な。何故そこまでの事が出来るのです。何故貴方はそれほどに自分を軽視出来るのです。貴方は子供なのですよ? 力ある大人に庇護されて然るべき、弱者なのですよ?」

 

 黒服が本気で困惑している。

 ああ、その通りだ。その通りだとも。

 事実、ほんの少し前の俺はそうだった。大人に庇護されるだけの、無力な子供だった。

 そしてその本質は今も変わらない。俺は今だって無力な子供のままだ。

 

 だが。

 

「だからこそ、俺は『先生』であろうとし続ける。力ある大人で無いのなら、力ある大人であろうとし続ける。弱者(生徒)の寄る辺であろうとし続ける。それが『先生』を押し付けられた俺が背負う義務で、それだけの力を持たされた者としての責務だ」

「……………………」

 

 俺の答えに黒服は、呆気に取られたような素振りを見せる。

 その表情はやはり変わらない。

 

「…………ああ、貴方は、強いのですね、『先生』」

 

 そして永劫とも思える数十秒の後、まるで焦がれるように、黒服はそう呟いた。

 

「小鳥遊ホシノは、アビドス砂漠のPMC基地、その中央の実験室にいます」

「…………」

「『ミメシス』で観測した神秘の裏側、つまり恐怖。それを、生きている生徒に適用する事が出来るか。そんな実験を始めるつもりです。……ええ、彼女を実験台として」

 

 知っている。

 もし失敗したら、代わりにシロコを用いるつもりだったことも、知っている。

 

「……そう言う事ですので、どうぞ頑張って生徒を助けて下さい」

 

 踵を返し、エレベーターへ。

 

「微力ながら、幸運を祈ります」

「…………フン」

 

 お前なんぞに祈られたくは無いね。

 




 クソガキ先生(メインストーリー)はこれがデフォです。
 これが今や全方位よわよわクソザコ性癖暴露マシーンになってるってマ?
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