待て、それ以上近付くな! 俺の性癖が歪む! 作:POTROT
「あ〜……仕事終わんねぇ〜……」
時刻は午後六時。
勤務開始からおおよそ十時間。
そんな時間であると言うのに、うず高く積み上げられた書類は始業時間の半分になったかどうか、と言う程度。
このペースで行けば、まず確実に終わらないだろう。
「はぁ……」
思わずため息が漏れてしまう。
いやまぁこんな事はしょっちゅうある事だし、普通に次の日に持ち越せば良いのだが、それでもこうしてまざまざと残量を見せつけられてしまうと、陰鬱な気分になると言うものだ。
それにもし1日の分を終わらせられたとしても、明日には再び書類の山が形成されている。
永遠に終わりが来ない。まさに賽の河原だ。
そんなだからやる気がさっぱり湧かないが、俺がやらなきゃ誰がやると言う事でやらざるを得ない。
あーあ、全自動書類処理機とか都合の良いのがあれば楽なんだがなー……
「……す、すみませんすみませんすみませんすみません……」
などと天井を見上げながらくだらない事を考えていると、ぶつぶつと何かが聞こえて来る。
ちらりと視線を下げてみると、机の上で紫髪の少女が頭を抱えていた。
耳を澄ませてみれば、すみませんすみませんと、謝罪の言葉を絶え間なく連呼している。
…………しまったな。迂闊だったか。
「仕事遅くてすみません、役立たずですみません、救いようのない無能ですみません……」
「あぁいや違う、違うぞハルカ。そう言う意味で言ったんじゃない。ただこの圧倒的な仕事の量にちょっと嫌気がさしただけでな……ああほら、一旦落ち着け。お前は十分働いてくれてるから。俺の役に立ってるから」
「……う、うう……」
俺が慌ててフォローを入れると、紫髪の少女こと本日の当番、便利屋68の伊草ハルカは青い顔のまま、オドオドとこちらを見上げる。
その目尻には若干の涙も浮かんでいた。
…………ああクソ、本当に迂闊だった。
「で、ですが、私が先生のお役に立てたことなんて……」
「いや、十分だな。俺が今までに何度お前に助けられたと思ってる」
若干の自責の念を感じつつ、ハルカへのフォローを続ける。
先程も言った通り、伊草ハルカはカヨコと同じ便利屋68に所属しているゲヘナの一年生だ。
そんな彼女は、見ての通り、死ぬほど自己肯定感が低い。
故に少しでも誰かの役に立とうと言う気持ちがとても強く……まぁ、暴走しがちなわけである。
アビドス編における柴関ラーメン爆破は、その暴走の一例だ。
それ以外にも色々とやらかしている。
そのせいでユーザーからの評価は賛否両論。
好きと言う人も多ければ、嫌いという人も多い。
勿論俺は好きな側である。そういうところを含めてキャラの魅力だと思うのだ。
しかし、それはあくまでプレイヤーとしての視点だからこそ言えること。
実際に彼女と関わった結果、もしかしたら彼女の事を嫌ってしまうのではないか? なんて考えつつ、先生として便利屋68と関わっていったわけだが……
実際に関わり合ってみると、好き嫌いという感情より心配の方が先に来た。
と言うのも、この生徒。俺の一挙手一投足、俺の一言一言に対して、反応があまりにも過剰すぎるのだ。
例えば俺が少し顔を顰めれば自分が何か悪い事をしたのかと全力で謝り倒して来るし、俺が軽く褒めてやると文字通り一瞬で溶ける。
アルちゃん相手にも同じような反応をするので、恐らく俺が彼女にアルちゃん並みに信頼されていると言う証なのだろうが、もし俺が何か変な事を言ったら本当に自殺とかしてしまいそうで本当に怖い。
だから正直、この子には性癖云々とか言ってる場合じゃない。
「え? そ、そうなんですか……!?」
「ああ、この前の時も、お前が突っ込んでくれてなきゃどうなってた事か」
優しく、諭すようにしてそう言ってやる。
いや、実際あの時はマジで助かった。
ブラックマーケットへマフィアのアジトを制圧に便利屋と行き、オートマタの兵士に囲まれたのだが、ハルカがショットガンで突破口を作ってくれなければ、ワカモも間に合っていなかったかもしれない。
同じようにハルカが突破口を作ってくれたり、他にもハルカが予め仕込んでいた爆薬のおかげで状況を打破できたりと言った事は、何度もある。
「だからほら、な? 俺はお前の事を信頼してるし、頼りにしてるから。だからそんな落ち込むなって」
「……せ、先生ぇ……え、えへ、へへへ……」
ハルカの顔が血色を取り戻し、そのままにへらと崩れる。
……よし、メンタルリセット完了!
「んじゃあ、仕事に戻るぞ。このままじゃマジで終わらんからな」
「ふふふ…………あ、はい……!」
ハッとしたハルカを尻目に、仕事に戻る。
とは言っても、連邦生徒会やその他の分はもう終わっているので、あとは各校からの要望の処理だけだが。
一枚一枚書類を取り、要望の詳細を読んで、承認と却下にわけ、承認の場合は対応する人員を決める。
……ええと、これは……ああ、最終編の時の復興がまだ終わってないのか。
とりあえず承認……で、温泉開発部の……空いてるのは……4番か。じゃあ4番に後で連絡だな。
さて、こっちが……何だこれ……ええと、自治区内の倉庫の調査?
場所が……現地から案内、ねぇ。
罠だな。
大方、解決に赴いた生徒を監禁でもするつもりなんだろうが……
どこぞの大企業に金をつかまされたか、脅されたか……どっちかだろうな。カイザー系列では無さそうだが。
まぁ、何にせよこう言うのはRABBITに限る。良い感じにぶっ壊してくれるだろ。
承認……と。
「…………あ、あの、先生……」
「んお?」
そんな具合で書類をポンポンと処理していると、ハルカがオドオドと声をかけて来た。
書類から目を離してハルカの方を見ると、ハルカの目があっちへこっちへと泳ぐ。
「その、えっと、あの……ええと……こ、これは聞いて良いものなのかどうか……」
「……? まぁ、とりあえず言ってみろ」
顎でしゃくって続きを促すと、ハルカは青い顔のまま、上目遣いで俺に問いかける。
「あ、あの、あの……か、カヨコさん……と、えっと、カヨコさんと、何か……その、あったんですか?」
「…………あー…………」
──── 私は先生なら、いつでも歓迎だから。
あの時の言葉がフラッシュバックする。
……ええい、クソ。あの野郎本当にとんでもない傷痕を残して行きやがって。
あれ以来、俺がどんだけ思い出しては悩みまくってる事か分かってるのか?
しかし、流石のカヨコも恥ずかしかったのだろうか。
ムツキならばともかく、ハルカにまで勘付かれるとは。
この様子だとムツキには確実にバレてて……アルちゃんは……どうなんだ?
あの子、社員の変化には敏感そうだが……まぁ、答え合わせは後だな。
「……あったと言えばあったし、無かったと言えば無かった、と言ったところだな」
「え、ええと、それはつまり……?」
「カヨコからは何も聞いてないのか?」
「あっ、そ、その……す、すみません……」
……ふむ、カヨコは話していない、と。
「だったら悪いが、秘密にさせてくれ。正直、割とマズい」
「えっ、あっ、す、すみません、ぶ、不躾な事を聞いてしまって本当に……」
「ああ、いい。カヨコのことが心配だったんだろ? 今のお前の質問は褒められこそすれ、お前が謝る必要なんざ無い」
「あ、は、はい、ありがとう……ございます……」
俺がそう言うと、ハルカは嬉しそうに表情を崩して、スカートのポケットで何か操作を……
「いや待てお前、今何した?」
「へっ!? い、いや、こ、これはその……えっと……」
ハルカがビクリと飛び跳ねて、何かを胸元に隠すように抱える。
目を凝らしてよーく見てみると、どうやらスマホの半分程度のサイズの、何かのデバイスのようだ。
この状況で使う物で、その特徴に合致するものと言えば。
「ボイスレコーダー……だなぁ……」
「ヒッ……」
成程、成程、大筋は読めたぞ。
カヨコの様子がおかしいことに気づいたムツキが、いつまで経っても口を割ろうとしないカヨコに業を煮やし、ハルカを通して俺から聞き出そうとしたんだな?
ふむ、ふむふむ……これは折檻が必要か?
「おいハルカ。それ一旦貸せ」
「あ、え……? しょ、処分するおつもり、ですか……?」
ハルカが席を立ち、そろりそろりと下がる。
「安心しろ。処分はしない。ただちょっと面白いものを仕込むだけだ」
そう、ちょっとした説教とか叫び声とか不安定になる音楽とか。
ただちょっとそう言うのを仕込むだけだ。他意は無い。
「え、えっと、えっと……あ、え、あ……………ッ!!」
しかし、何か嫌な予感を察知したのか、ハルカは俺に背を向けて逃げてしまう。
「オラ待てッ!!」
当然、逃すわけにもいかない。
このシャーレのビルは俺の城。そう易々と逃げ切れると思うなよ?
※この後無事に捕まえて、面白いものをしこたまレコーダーに詰めておきました。
当然ですが仕事は終わりませんでした。
はい、初の大丈夫枠でした。
基本的にうちの先生が大丈夫な生徒は、
①性癖とか言ってる場合じゃない生徒。
②そう言う目で見たことないし見れない生徒。
の大体二つです。ちなみにハルカは前者に該当します。