待て、それ以上近付くな! 俺の性癖が歪む!   作:POTROT

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クソガキ vs ムツガキ

 カツ、カツ、カツ……

 執務室の扉の向こう、廊下の方から、足音が聞こえる。

 ゆっくりと、まるでレッドカーペットを進むかの如く、一歩一歩を楽しみ、味わうように。

 それでいて確実に、そして着実にこちらへと向かって来ている。

 

「…………」

 

 それに対し、俺は無言。

 ただの一言も喋らず、静かに手を組み、ひたすらに扉を見つめ、迫り来る来客を待つ。

 

 戦争だ。

 

 今からここで始まるのは俺と奴、たった二人で行われる戦争だ。

 次にあの扉が開き、そして奴が顔を出した時。それが開戦の合図となる。

 

 カツ、カツ、カツ……

 足音はどんどんと大きくなる。

 恐らく、向こうも分かってやっているのだろう。

 これから始まるであろう戦争を、俺により意識させるために。

 

 カツ、カツ、カツ…………カツ。

 遂に足音が止まった。

 そして一拍の間を開けた後に、コン、コン、コン、と。

 律儀に3回、扉がノックされる。

 

「……入れ」

 

 俺のその言葉に、ゆっくりと扉が開かれ────

 

「────くふふっ!」

 

 笑い声と共に扉の隙間から伸ばされた腕から投擲されるのは、精巧に作られたネズミの玩具。

 所謂、ドッキリグッズと呼ばれる類のものだ。

 俺めがけて真っ直ぐと飛んでくるそれを、組んだ手を離してパシリとキャッチする。

 

「うおッ!?」

 

 すると、俺の手の中でネズミの玩具が激しく動き出した。

 どうやら中に動く機構が入っていたらしい。

 

「ッ!」

 

 突然のことに思わずビクリと体を震わすと、急に視界が真っ白に染まる。

 どうやら白い布を上から被されたらしい。

 しかし、パニックにさえならなければ、この程度の対処は簡単だ。

 ネズミの玩具を手放し、そのまま布を掴んで引き剥がす。

 

「……」

 

 クリアになった視界で執務室を見渡す。

 しかし、奴の姿が見えない。

 俺の視界が塞がれていた隙に、俺の死角へと移動したのだろう。

 

 だが、この執務室という部屋の性質を誰よりも知っているのは俺だ。

 執務室の中に確実におり、しかしここからは見えない場所となれば、自ずと場所を絞り込める。

 そして恐らく、奴が最も好むであろう場所は……

 

「そこだッ!」

 

 手に持った布を、机の下へ投げつける。

 

「きゃっ!?」

 

 果たして、その判断は大正解であった。

 短い悲鳴が机の下から響く。

 覗き込んでみれば、俺のパソコンの下あたりにまで接近していた奴は見事に布に囚われ、何とか布を剥がそうと狭い机の下をモゾモゾと蠢いていた。

 

「……」

「〜〜…………ッ!」

 

 布を摘んで引き剥がしてやれば、悔しげに歪んだ薄紫の瞳とバッチリ目が合う。

 

「……フハッ」

 

 瞬間、喉の奥から何とも形容し難い愉悦が込み上げて来た。

 そして俺はそれを押し返す事なく、思いっきり解放してやる。

 

「ハハハハハハハハハァッ! どうやら、また俺の勝ちのようだなァ!! ムツキィ!!」

「くぅ〜ッ! またやられた〜〜〜〜ッ!!」

 

 執務室に哄笑を響き渡らせる俺と対照的に、机の下で悔しげに床をバシバシと叩くのは、本日の当番にしてゲヘナ学園所属、便利屋68室長の浅黄ムツキだ。

 俺と同年代の彼女であるが、その小柄な体格と、イタズラと他人を煽ることが大好きなその性格から、前の世界のネットでは『メスガキ』、或いは『ムツガキ』と呼ばれていた。

 

 まぁ、とは言ってもネットで言われているような一般的なメスガキ(?)ではなく、どちらかと言うとしっかりと色々な事を理解している上で相手を煽る、所謂『小悪魔』的な感じではあるので『ムツガキ』と呼ばれる方が多いだろう。

 

 そんなイタズラ好きな彼女であるが、俺が便利屋68に関わる以上、当然ながら俺も彼女のイタズラのターゲットにされてしまう。

 ……が、俺は原作先生とは違い、彼女と同年代のクソガキである。

 来るとわかっているイタズラをそう易々と受けてやれるほど、俺も大人では無かった。

 

 俺は彼女の仕掛けを逆手に取って、逆に彼女にイタズラを仕掛けてやったのだ。

 他人にイタズラを仕掛ける事には慣れていた彼女も、イタズラをされる事には慣れていなかったらしく、ものの見事に大成功。

 それからも彼女の仕掛けるイタズラの悉くを逆手に取ってお返ししていった結果、彼女は今のように何とか俺の上手を取ろうとするようになったわけである。

 この前のハルカに持たせていたボイスレコーダーもその一環だろう。

 あれをカウントするなら、現時点で俺の戦績は15戦中13勝2分0敗である。

 

「フッフッフ……甘い。甘いぞムツキぃ……この執務室は俺の領域ぃ……貴様が如何様な手段を以てしても、この俺には…………ッとぉ!!」

 

 俺がムツキに対して勝ち誇っていると、ムツキが服の内側に仕込んでいたらしい濡れたハンカチを投げつけて来たので、パシリとそれをキャッチする。

 成程、相手を油断させたところに仕掛ける二段構えか。

 

「ええええええええええええ〜ッ!? 何でわかったのぉ!?」

「フッフッフ……よく頑張ったと褒めてやりたいところだが、チと詰めが甘かったな、ムツキぃ。お前の目が、まだまだ諦めてねぇって言ってたぜェ……?」

 

 いやまぁ実際は普通に反射神経で取っただけだが。

 しかしムツキが悔しがるのが楽しいので、適当に出まかせを言っておく。

 

「う〜〜っ! く〜や〜し〜い〜〜〜〜〜ッ!!」

「フフハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!」

 

 あー、愉快愉快。実に愉快。

 愉快……………………

 

「ハハ……はぁ……仕事するかぁ……」

「あれれ? もしかして急に現実に帰っちゃった? 先生、落差激しすぎ〜」

「うるさいだわよ。さっさと仕事するのだわよ」

「あははっ! 何その喋り方〜。おもしろ〜い!」

「いやホントマジで仕事が終わらなすぎてキツい。手伝ってくれ」

「あっ、これガチなヤツじゃん。じゃあちょっと本気出しちゃおっかな!」

 

 そう言うと、ムツキはささっと机の下を移動して席に着き、書類を取って仕事を始める。

 普段は何言っても聞かん坊なムツキであるが、こうやってきちんと頼めばちゃんとやってくれるところはムツキのすげー良いところだと思う。

 

「助かる……んじゃあ、俺も頑張るわ……」

 

 椅子を引き寄せて座り、デスクに向き合う。

 数ある山のうちから今日やらなければならない物を取り、サッと目を通してからカリカリと記入欄へとペンを走らせる。

 そして書き終えたら最後は判を捺印。

 これを永久に繰り返す。

 

 ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。ペラ……カリカリ……ポン。

 

 …………虚無である。ひたすらに虚無である。

 各学校からの要望書とは違い、事務的な物や業務的なものが多いので、ひたすらに虚無だ。

 たまに虚無から引き戻されるような内容もあるにはあるが、それ以外は完全に虚無。

 もう完全に感情が死んでいる。もはや何も感じない。

 書類から情報を読み取って、処理結果を出力するコンピュータにでもなった気分だ。

 

「…………」

 

 しかし、やはり俺が人間であることに変わりはない。

 そして、人間である以上は腹が減る。16歳の食べ盛りであるのならば尚更だ。

 

「……飯にするかぁ……」

「あっ、ご飯にするの? じゃあ久々に先生の手料理が食べたいな〜!」

「やだ。めんどい。コンビニ飯で我慢しろ」

「ぶ〜! ぶ〜〜!! 良いじゃん久々なんだし〜!」

「ダメです。そこの冷蔵庫にいっぱい詰まってるから好きなモン食え」

「乙女にこんなものを食べさせるなんて、男の子として恥ずかしくないの〜?」

「俺の飯は予約制なんでな。またの機会をお待ちくださいやがりませ」

「も〜……仕方ないなぁ」

 

 文句を垂れながら椅子を降り、冷蔵庫を開けて中を物色しだすムツキ。

 しかし料理か……もう長いことやってないな……ってか何なら前にムツキに食わせてやった時が最後なんじゃないか?

 腕とか鈍ってねぇよな? 大丈夫だよな?

 ……まぁ良い。俺も飯食うか。

 

 ムツキが弁当を一個取り出してレンジの方へ向かったのを見て、俺も椅子を立ち冷蔵庫の方へ。

 さーて、今日の昼飯はどうするか……と。

 まぁ、ハンバーグ弁当に……ドリア。それとカット野菜を一つ。

 賞味期限が近いのは……これだな。

 

 ハンバーグ弁当とドリアをレンジの横に置いてカット野菜を開け、そこから割り箸で食べる。

 ドレッシングはかけない。かけた方が美味いのはわかっているが、どうにも面倒臭いと思えてしまう。

 あと油分をあんまり摂りたくないってのもある。

 

「先生、先生」

 

 シャキシャキと野菜を食べつつ、ムツキの選んだ弁当が温め終わるのを待っていると、不意にムツキが俺に話しかけて来た。

 

「結局、カヨコちゃんとは何があったの?」

「……俺からの素敵なプレゼントはお気に召さなかったか」

 

 アレは一応、『俺は答えない』と言う意思表示のつもりだったのだが。

 

「うん、アレはアレで良いなとは思ったんだけどね? やっぱり気になっちゃうな〜って」

「…………はぁ」

 

 ススス、と俺の方に近寄り、俺の膝の上に向き合うようにして座るムツキ。

 流石にこのまま食い続けるにもいかないので、俺は野菜を机に置き、ムツキの目を見据えて答える。

 

「あったと言えばあったし、無かったと言えば無かった。んで、少なくともお前が想像してるだろう事は無かった」

「えぇ〜? 本当にぃ〜?」

 

 ぐい、と。俺の目を覗き込むムツキ。

 もう少しで鼻と鼻がぶつかりそうな距離にあっても、俺はムツキから目を離さず、一言。

 

「俺は先生だ」

「……くふふっ」

 

 ぴょん、と俺の膝から降りるムツキ。

 

「やっぱり先生は先生なんだね。惚れ直しちゃったかも♪」

「……ハッ、言ってろ」

 

 ……と、そんな事を言ってから、ふと気づく。

 そう言えば、なんか知らんがムツキは平気なんだよな、俺。

 なんでだろうか。俺の中でコイツが気の置けない友人みたいな判定になっているのだろうか。それとも────

 

「えいっ」

「!」

 

 思索に耽っていると、一瞬、頬に柔らかい感触を感じた。

 頬を抑えて横を向いて見れば、意地の悪い笑みを浮かべたムツキが後ろ手を組んで立っている。

 

「……ふはっ……」

 

 思わず笑みが溢れる。

 成程、これはしてやられた。丁度完全に油断していたところだ。

 

「くふふっ♪ どうだった?」

「悪くない……が、俺を揺さぶりたかったならまだ足りんな」

「そう? その割にはだいぶびっくりしてた風に見えたけど〜?」

「いやそんくらいはするだろ。……まぁ、一敗として数えてやる。そら、お前の弁当温まったぞ」

「あ、ホントだ」

 

 俺がレンジを指すと、ムツキは軽快な足取りでレンジへと向かう。

 そして俺も自分の分を温めようと腰を上げ、自分の弁当を持ったムツキとすれ違い────

 

「次はもっとすごいから、楽しみにしててね♡」

「……………………ケッ」

 

 誰が楽しみになんてするかよ。




やる事が……やる事が多い……!
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