待て、それ以上近付くな! 俺の性癖が歪む! 作:POTROT
最強。
それは、男ならば誰しもが一度は憧れた称号であろう。
多くの者がその称号を夢見て、多くの者がその称号を目指し、そして多くの者が心が折れる。
当然だ。その称号を持つことが出来るのは、世界に80億居る人間の頂点に立つ、ただ一人のみなのだから。
かく言う俺も、かつてはその称号を憧れ、夢破れたクチだ。
俺が小さい頃なんか、小さい頃なんか……あれ、俺が小さい頃って、何してたんだったか……
確かに最強に憧れて、何かはしていたはずなのだが……
まぁ、思い出せないなら仕方がない。
さて、そんな多くの者が夢見て、夢破れる最強の称号であるが、このキヴォトスにおいては数人の生徒がその候補者として名が挙がっている。
トリニティ総合学園の聖園ミカ……同じくトリニティ総合学園の剣先ツルギ……ミレニアムサイエンススクールの美甘ネル……アビドス学校の小鳥遊ホシノ……そして。
「先生、これで全部終わったわよ」
「いや速すぎねぇかマジで」
本日の当番、ゲヘナ学園の空崎ヒナもその一人だ。
小柄な体と、白くふわふわな髪、アメジストの如き綺麗な紫色の瞳に、闇を思わせる巨大なヘイローを持った彼女こそ、混沌極めるゲヘナ学園の風紀委員長を務める人物であり、その戦闘力は凄まじいの一言に尽きる。
抗争中の不良生徒たちを愛銃デストロイヤーによる掃射で吹き飛ばす、圧倒的火力。
スナイパーライフルによる狙撃を頭に受けても、のけぞりすらしない鉄壁の防御力。
数十メートルある距離を一瞬で縮め、愛銃デストロイヤーによる殴打を叩き込む機動力と膂力。
そして、それだけのみならず、現場に到着して即座に戦況を把握する戦況把握能力や、相手の策略を看破する観察力、洞察力、思考力にも優れていると、全方面に隙がない。
そのあまりの戦闘能力の高さは、『空崎ヒナは単騎で風紀委員会の戦力の半分を担っている』と言われるほどであり、事実それを否定できない、と言うかバリバリ真実であるのが現状だ。
そのせいでゲヘナ学園の不良達の間では、ヒナの不在=好き勝手していい、風紀委員に仕返ししてもいい、みたいな風潮がある。
ヒナが体調でも崩そうものなら、それだけでもうお祭り騒ぎだ。
まぁ、このキヴォトスでは俺が美食研と温泉開発部を掌握したので、原作に比べれば圧倒的にマシになっているのだが。
「はい、こっちも終わったわ」
「えぇ……? ホントなんでそんな速いの……?」
そして、そんな彼女の強さは戦闘面だけに囚われない。
かつては情報部に所属していた経験と、
原作でも言及はされていたが……目の当たりにすると本当にエグい。
なんだこれ。マジでなんだこれ。書類が凄まじい速度で目減りして行くぞ。
俺のところには未だ仕事が残っているが、ヒナのところにはもう既にほとんど残っていない。
「はい、終わり。これ、まとめた資料」
「いやウッソだろお前」
50センチは下らないハズであった書類の束は、ヒナの手によって処理されてしまった。
時計を見てみれば、針が指している時刻は午後二時半。
普段は仕事の三分の一が終わってるくらいかな、と言う時間帯だ。
「えぇ……」
これには流石の俺も困惑の声を隠し切れない。
半信半疑でヒナが仕事の片手間に作ったらしい資料を見てみれば、ヒナが分類した要望書や、その他の処理した雑多な書類の内容が滅茶苦茶見やすく、そしてわかりやすくまとめられている。
しかも手書きで。
「えぇ……?」
もう意味がわからない。
先生として働き始めて仕事の大変さを知ってしまった分、本当に意味がわからない。
どうなってんのこれ? なんであの速度で読みやすい文字で書けてるのこれ? なんで定規使ってないハズなのにこんな綺麗な直線引けてるの? なんなの? バケモンなの?
「うん、やっぱりシャーレの仕事はすごくちゃんとしてるね。しかもこの部屋だけで処理できるのがすごくいい。
「ああ、うん、そうか……そりゃあ、よかったな……?」
もはや曖昧に頷くことしかできない。
「……ぬぅ……」
しかし、どうするか。
俺の分の仕事はまだ終わっていないが、ヒナの分の仕事は終わった以上、このままヒナを座って待たせると言うのは良くないだろう。
かと言って、ヒナは自分だけ休んで俺が仕事をする、と言う状況を許すような性格ではない。
そして幸いなことに、ここまでの間で今日終わらせるべき分の仕事は終わっている。
となれば。
「よし! 今日の業務終わり! 休もう!!」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、拳を掲げて宣言する。
「え? 大丈夫なの? 私、まだまだ出来るけど」
「もう遅い! 既に決定事項よッ!! 俺が休むと言ったら休むんだッ!!」
きょとんとした顔でこちらを見るヒナに、指を突き付ける。
ヒナは普段は激務に追われる身だしな。こう言う休める時に休むべきだ。
……まぁ、そろそろシロコとの休暇だと考えれば、出来る限り仕事は進めておくべきなんだろうが、この際その辺に関しては置いておく。
今日の残り時間は、ヒナのために使う事としよう。
「……と言うわけで、なんかやりたい事ないか、ヒナ?」
「え? ……それじゃあ、先生。そこに座ってて」
「あん? まぁわかったが」
蹴った椅子を引き寄せ、その上に座る。
するとヒナはこちらの方へと歩み寄り……
「角、気を付けてね」
「うおぅ」
そう言うと、俺の膝の上へぽすりと収まった。
軽い。凄まじく軽い。そして温かい。しかもなんか良い匂いがする。
ふわふわの髪の毛も相まって、何だかぬいぐるみでも抱いているような気分になるな、これ。
ここで原作先生なら迷わずヒナを吸いにかかるんだろうが、もちろん俺はそんな事しない。
吸いたくなる気持ちも分からんでもないが、流石に理性が勝つ。
「……温かい」
「そうだなぁ。俺も温かい」
「……先生の体、ゴツゴツしてるのに、何だか柔らかくて、包み込むようで……癖になりそう」
「そりゃあ光栄だ」
……うーん、なんだろうか。
こうしていると、なんだか庇護欲みたいなのが湧いて来るな。
一応、戦闘力的にみればヒナの方が圧倒的に上だし、年齢的にもヒナの方が上なのだが。
しかし、この俺の体にすっぽりと収まる感じが何とも……
「…………私は、大丈夫なんだ……」
「あ? どした?」
ヒナが発した酷く小さな呟きを、俺の聴覚が捉えた。
まるで打ちひしがれたような、それこそ絶望するかのような、悲壮な声だ。
……大丈夫って、一体何が大丈夫なんだ?
そりゃあまぁ、膝に乗るくらいなら誰だって大丈夫ではあるが……
「……ッ!?」
いかんせん何のことだか察し難いヒナの言葉に首を捻っていると、ヒナが俺の膝に座ったまま、ゆっくりとこちらへと振り返る。
刺さりそうになった角を避けつつ、白い髪から覗いたヒナの顔を見てみれば、その目に今にも溢れそうなほど涙が湛えられているのが目に映る。
あまりに心当たりに欠けるそれに愕然とする俺。
そんな俺に、ヒナは震えた声で問いかけた。
「…………先生。私は、大丈夫なの……?」
「……あー…………な、何が、だ…………?」
何も状況を把握できていなかった俺は、その質問に答える事はできなかった。
中途半端に開いた俺の口から、やっとの思いで捻り出されたのは、ただただ情けない反問が一つだけ。
「……っ、せ、先生は……先生は……っ────
─────私で、性癖は歪まないの……っ!!?
「………………………は?」
「ッ!」
呆気に取られた、と言う表現が妥当だろう。
何が何だか、さっぱり理解できなかった。
それどころか、脳が一瞬、理解を拒んだような気すらした。
何を言われたのかは、理解出来ていたのだ。
『何故、俺はヒナで性癖が歪まないのか』と。これはそう言う疑問だ、と。
しかし、『それをヒナが言っている』と言う事実に、俺の思考は大いに掻き乱された。
ヒナは真面目な子だ。
あまりにも理不尽で、無駄としか言えないような
そんな彼女が、『性癖』なんて言葉を使うはずがない。
そんな彼女が、俺の性癖なんかにここまで感情的になるわけがない。
今まで『先生』として彼女と接し続けてきた俺が叫ぶ。
しかし、事実として彼女はそれを言ったわけであるし、ここまで感情を昂らせている。
何が、どうして、どのようにしてこうなった。
ようやく現状を受け入れた俺の脳が情報の処理を開始するも、ただただ疑問は深まるばかり。
その末に飛び出たのが、たった一音と疑問符が一つ。
だが、本当の本当に、ただただ何となしに喉から放たれたそれは、どうやらヒナにひどく大きな衝撃を与えたようだ。
「そ、そう、だよね……こんな私の、身体じゃあ、ダメに……決まってる、よね……っ」
「……いや違うそうじゃない待て違う待てオイ待て待て待て待て待て待て!」
ついにボロボロと涙を零しはじめてしまったヒナに、俺は慌ててフォローを入れる。
「いっ、いきなりどうしたんだよおま、そんな、何だってお前……?」
「だ、だって……っ! だって……っ!」
「と、とりあえずワケを、ワケを話してくれ! 何がどうなってるのかさっぱり分からん!」
いつの間にかこちらを向き、抱きついて来ていたヒナを抱き返し、話を促す。
「あ、アコが、アコが、この前、当番から帰ってきて、怒ってて、でも、でも何だか機嫌が良さそうで、聞いてみたら、先生に、性癖が歪むから近づくなって言われたって……」
アコ!?
「そしたらイオリが、近くにいて、じ、自分も、自分も言われたって、張り合って、ケンカを始めて……」
イオリ!?
「と、止めに、止めに来たチナツも、言われたって、顔を赤らめて……嬉しそうに……」
チナツさん!?
「三人とも、言われたのに、私だって言われるかなと思ったのに! ず、ずっと、ずっと言われなくて!」
そうだったの!?
「私だって性癖が歪むって言われたかった!!」
え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……?
どうして……? 何で……? えぇ……な、仲間外れが嫌だとかそう言う感じなのか……?
「先生に認めてほしかった! 魅力を感じてほしかった!」
み、認める? み、魅力……ん、魅力?
「でも、私は……先生は……」
「おい」
「……えっ?」
俺はヒナの頭をがしりと掴み、俺の額と付き合わせた。
ほぼゼロに近い距離にまで狭まった中で、紫色の瞳が揺れるのが見える。
「ヒナ。俺がお前に魅力を感じていないと思っているんなら、それは大きな勘違いだ」
「……え? で、でも……」
「いいか? まずお前がコンプレックスに感じてるだろうその身体だがなぁ、俺からすればこれもお前の魅力だ。小さくて、可愛くて……特に、俺の体にこうやってすっぽり収まるのがいい。お前と言う存在をしっかり感じることが出来て、すげぇ愛おしいって思える」
うん、本当にこれは良い。
いやマジで。やってみればわかる。
「お前の内面だって魅力的だ。あの理不尽な仕事を毎日頑張って、いつもいつもゲヘナ自治区を走り回って……これだけの事が出来るってのは、それだけで魅力的だ。努力家で、頑張り屋で、勤勉で……少なくとも俺は、そう思ってる」
そして、極め付けはやはり、これだろう。
「お前のその強さ。それも俺からしてみれば魅力でしかない。お前が不良どもを格好良く蹴散らす姿なんか本当に憧れるし、俺の味方としてその力を振るってくれる時は……何て言うんだろうな……安心感。そう、安心感がすごいんだ。お前と一緒にいる時なんか、特にな」
俺は一瞬目を閉じると、今一度ヒナの瞳を覗き込む。
大きく見開かれた紫色の瞳も、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「な? これでわかったな? お前は、お前が思ってる以上に魅力に溢れてるんだ」
「……で、でも……」
「お前の悪いところはそうやって自己肯定感が弱いところだ! 俺が
ヒナが何かを言おうとするが、どうせただの自虐だろう。
ぐり、と額をより強く押し付けて、畳み掛ける。
「さぁ!」
「……………………っ!!」
額を離し、俺はヒナに返事を促す。
返ってきた返事は、痛いとすら思えるほどに強い抱擁だった。
────その後はすっかり泣き止んだヒナと昼寝したり、軽く遊びに行ったりと、午後のひと時を満喫した。
帰る時は本当に名残惜しそうにしていたが、まぁ、仕方ないというものだろう。
ヒナはこれからも頑張ったら、また今日みたいに褒めてくれるかと聞いて来たが、そんなものは当然OKだ。
さて、俺もヒナに負けないくらいに頑張らなければな……
その後、覚醒した風紀委員長が万魔殿とゲヘナの不良どもを恐怖のどん底に突き落としたとか何とか……
と言うわけで、ヒナちゃんでした。
これでナギサ以外でアビドス編二章までに出てきたキャラは出揃ったかな?
ってなると、次回はイズナかなぁ……