待て、それ以上近付くな! 俺の性癖が歪む! 作:POTROT
青い空と冷酷な算術使い
青い空が広がっている。
ムカつくほどに澄んでいて、うんざりするほど綺麗な空だ。
雲だって一つも無い。これぞ快晴と言うやつだ。
おかげで、いつもは隠れている光輪の全体像がよく見える。
湿度は低く、カラッとしており、時折吹く風は爽やかで涼しい。
いつもは騒がしい銃撃戦の音も、今日は全く聞こえてこない。
ああ、なんて良い日なのだろうか。
こんな良い日が、今までに一日とあっただろうか?
いや無い。無いとも。
間違い無く、今日は俺が今までの人生で過ごして来た中で最高の日だ。
こんな日を仕事で逃すなど、もっての外だ。
俺はこの奇跡のような、素晴らしい時間を十二分に享受せねばならない。
故に、俺は当番の目を盗んで、この公園まで駆けて来たのだ。
もちろん仕事は途中だが、この最高の環境はそんなものと到底釣り合わない。
木陰に寝そべり、手を頭の後ろで組んで枕にして、ゆっくりと目を閉じる。
……嗚呼、やはり最高だ。
俺は今、圧倒的な幸せに包まれている。
俺は今、世界で最も満たされていると言っても良い。
そんな事を思っていると、最高の環境と多大な多幸感は、すぐに心地良い眠気を俺へと運んで来る。
当然、俺がそれを拒む理由など無い。
…………え? 仕事? なんだ、それは?
そんなものが、この眠気を拒む理由になどなるのかね?
いいや、なりはしないとも。
よし、このまま今日は日が落ちるまで寝て────
「────先生!」
……今、一番聴きたくない声が聞こえて来た。
薄目を開いてみれば案の定、シャーレのビルの方から鬼のような形相で走って来る、一人の女生徒が目に映る。
本日の当番である、ミレニアムサイエンススクール所属セミナー会計、冷酷な算術使いこと、早瀬ユウカだ。
なんて事だろう。まさかここまで早くバレてしまうとは。
こうなってしまえば仕方あるまい。仕事に戻るしかないだろう。
俺は力でも理屈でも彼女には勝てんのだ。
どうせ抵抗したところで無駄、それどころか抵抗して強行手段を取られれば、必然的に俺と彼女は至近距離にまで接近することになる。
そうなってしまえば、大変なことになってしまう。
主に俺が。
本当にそれだけはまずい。
そうなってしまえば、俺の今後の先生としての活動は勿論の事であるが、下手をすれば日常生活にすら多大な影響を及ぼしてしまう。
故に、俺はどうしても彼女に近付かれる事だけは避けねばならない。
「何を堂々とサボってるんですか! さぁ、さっさと仕事に────」
ふぅ、と溜息をついて上体を起こし、ぐぐっと伸びをする。
そして、今にも俺に掴みかかって来そうな距離にまで接近して来た彼女に対して腕を伸ばし、掌を広げてこう叫んだ。
「待て、それ以上近づくな! 俺の性癖が歪む!」
俺は所謂、転生者……いや、転移者と言うやつだ。
理由はわからない。気付いたら高そうなスーツを着て、連邦生徒会のソファで寝ていたのだ。
ここがブルーアーカイブの世界で、俺が先生だと知った時は絶望した。
ブルーアーカイブ自体は俺もプレイはしていたし、ストーリーもある程度は覚えていたが、いざ実際にゲームで先生がやった事をやれと言われて出来るわけがない。
俺は『先生』のような格好良くて*1度胸のある*2人間ではないし、そもそも俺の年齢は16歳。
大人の社会も、大人の義務も、大人の責任も、全く知らないクソガキなのだ。
生徒を導く立派な大人なんて役割、無理に決まっている。
だが、俺は足掻いてやった。成し遂げてやった。
チュートリアルはヒィヒィ泣き叫びながら乗り越えてやった。
アビドス編は虚勢と意地で乗り切って、黒服の野郎に屁理屈を叩きつけて勝ち逃げしてやった。
ゲーム開発部編は感情論とパッションだけでリオを説得してやった。
エデン条約編は風穴が開いた腹で地べたを這いずりながら、気合と根性とで条約を締結させてやった。
カルバノグの兎編はクソガキパワーを全開にしてカイザーとカヤをボコボコにしてやった。
最終章では終始酸欠になりかけながら色彩とプレ先に真っ向からぶつかって、打ち勝ってやった。
苦しかった。辛かった。何度も何度も諦めかけた。
サオリに撃たれた時なんかは、本気の本気で死の淵を彷徨った。
だが、死にたくなかったから立ち上がった。俺が死んだら訪れるだろうあの結末に、生徒達を辿り着かせたくなかったから生きてみせた。
そして血反吐をぶちまけながらやり遂げて、最後は流星になって、真っ裸になって帰還した。
俺は確かにどうしようもなくクソガキだが、クソガキだからこそクソガキなりの解決方法でぶち当たって、どれもこれも解決してやったのだ。
……あ、ちなみにカルバノグ2章は既に解決済みだ。
で、その結果が今。
俺はクソガキだが、先生として生徒達に認めてもらって、俺もアイツらを生徒だと認めて。
銃撃戦は毎日のように起こるし、ちょっとした騒動も度々起こるが、平和な時間を過ごせている。
しかし、この辺りで心に余裕が出来始めた俺は、あるとんでもない事実に気づく。
『キヴォトスの生徒達って、普通に
……いや遅くね? と思われただろうが、少し待ってほしい。
ブルーアーカイブをゲームとしてプレイしていた時には、もちろんそんな事は分かっていたのだ。
しかし、ブルーアーカイブ世界に先生として転移した俺の脳内キャパシティは、おおよそ十割を仕事と今後のストーリーの事に割かれていた。
故に生徒達の格好やら性格やらは、実写になってもやっぱり馬鹿みてぇな服着てんな、とは思いつつ、ほとんど意識のうちに入っていなかったのだ。
いや、仕方ない事だろう。少しでも選択を間違えれば、キヴォトスが滅ぶのだから。
しかし、キヴォトス滅亡の危機が遠ざかった今、俺の脳内キャパシティにはかなりの余裕が出来た。
その結果、今まで意識していなかった生徒の格好やら体型やらが、途端に気になるようになってしまったのだ。
もしこれで生徒達に必要以上に迫られてしまえば、健全な16歳の思春期男子たる俺の性癖はぐちゃぐちゃになってしまう事だろう。
それだけはまずい。先生としてかなりまずい。
だからこそ、俺はこのようにして、生徒を遠ざける必要がある。
「はぁ!? せっ、性へッ……な、何を言っているんですか!? 先生!?」
「言った通りの意味だ。いいな? 俺は大人しく執務室に戻る。だからお前はそれ以上俺に近寄るんじゃない。いいな? いいな!?」
じり、じりと、俺はユウカと距離を取りつつ、何とかシャーレに戻ろうとすり足で移動する。
「いきなりそんな事を言われても……せっ、説明してください、先生!?」
「待て待て待て待て!! 待て落ち着け!! 頼むから!! いいな!!?」
近付いて来ようとするユウカを押し留め、コホンと咳払いを一つ。
「ユウカ、お前も知っての通りだろうが、俺は16歳。思春期真っ只中だ」
「そうですね。私と同年代です」
「ああ、そうだ。そこでだユウカ、改めて自分の格好をよーく見てみろ」
「え?」
ユウカが視線を下に落とし、自分の服装を注意深く観察する。
そして十秒ほど経って、眉を顰めながら顔を上げた。
「……特に変なところはありませんが?」
「そんなわけが無いだろうが
「はぁぁっ!?」
「おかしいところだらけだ阿呆め! なんだその太い脚は! 何故そんなにもスカートが短い!? 舐めているのか!?」
「なっ、なななななっ……!?」
「防御力が上半身と比べて下半身が弱過ぎるし、同時に強過ぎるんだ! そんな格好で近付かれては健全な思春期男子高校生たる俺の性癖が歪む! 最低でも膝上10cmくらいにしてから出直して来い!!」
そう言うだけ言って、俺はシャーレの方へ走り出す。
「……ちょっ、待っ、待ちなさい!?」
ユウカは最初、顔を真っ赤にしてアワアワしていたが、俺が逃げ出したところを見て、すぐに後を追いかけて来る。
「おいユウカ! 追いかけても良いが、絶対に俺の半径3m以内に近寄るんじゃないぞ!?」
「本当に先程から何を言ってるんですか!? 前までは普通に……何なら、私が当番の時なんて数十cmにも満たない距離だったじゃないですか!?」
「事情が変わったんだ! 察しろ
……結果として、俺はシャーレの男子トイレに逃げ込む事で事無きを得た。
トイレ越しに説教を受けるハメにはなったが、それ以外は特に問題は無し。
ユウカが膝掛けをしながら当番をしてくれたので、書類はきちんと終わったし、俺の性癖が歪むこともなかった。
「じゃあ、私は帰りますけど……先生、私だったからよかったものの、他の生徒に同じような真似はしないでくださいね?」
「ああ、わかってるわかってる」
「本当ですか……?」
「勿論だ。俺が今までに
「…………」
俺がそう言うと、ブスッとした顔で黙り込んでしまうユウカ。
「……はぁ、本当に、気をつけてくださいね?」
「ああ」
ユウカが踵を返し、ミレニアムの方へ戻ってゆく。
さて、明日の当番は……ハスミ……かぁ……
………………今のうちに対策を考えておかねば………