待て、それ以上近付くな! 俺の性癖が歪む!   作:POTROT

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白亜の予告状 その4

 屋敷の敷地をぐるりと取り囲むようにして在る雑木林。

 人里近くとはいえ普段より誰も立ち入らないその領域に人の手など入っておらず、森閑とした暗闇を、月と星の明かりだけが照らしている。

 そんな中に、慈愛の怪盗──清澄アキラは佇んでいた。

 優雅さと上品さを備えた純白の衣装は月の明かりを受けて輝くようで、薄桃色の長い髪はまるでそれ自体が青白く光を放っているかのよう。

 その風貌は明らかに周囲の背景とは不釣り合いであったが、しかし不思議と神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

「……誤算、でしたね」

 

 木陰から覗く、屋敷の窓から漏れる光を見つめ、ポツリと呟く。

 正しく、誤算であった。あの銅田が、よもやシャーレの先生を警備に雇っていたとは。

 それこそ考慮にすら入れていなかったことだ。

 銅田にとって、あらゆる不正と犯罪を許さぬシャーレの先生はすなわち不倶戴天の敵。

 故に彼の存在を完全に警戒から遠ざけていた。

 しかし確かに今になって考えてみれば、己は七囚人の一角たる『慈愛の怪盗』であり、そして『慈愛の怪盗』として芸術作品の保護活動──業腹にも世間からは犯罪行為とされているが──を行っている自分を、あの先生が見逃すはずが無いというものだ。

 

「……さて、どうしましょうか」

 

 諦めるべきか、否か。

 当然、『慈愛の怪盗』として考えるのであれば、諦めるなど言語道断。

 アレは──『時計王の冠』は、広大なキヴォトス内に無数に存在する芸術品の中でも、殊更に光を放つような珠玉の逸品。

 折角場所を突き止め、ようやく訪れた保護の機会を易々と見逃すわけにもいかない。

 

 とは言え、自分には未だ使命が残っているのも事実。

『時計王の冠』の他にも、何十、何百では効かない数の救わねばならない作品達があるのだ。

 ここでアレに執着し、シャーレの先生に真っ向から勝負を仕掛け、挙句に捕まってしまえば目も当てられない事態になる。

 

 しかし、どうしても『時計王の冠』は今ここで保護しておきたい。

 今を逃せば次の機会はいつになることか。私がキヴォトスにいる間にその機会が回って来るかどうかさえ怪しいだろう。

 と言うか単純に私が敗北を認めることで銅田を調子に乗らせることになるだろうことが気に食わない。

 

 だが、いくら心で諦めたくないと思ったところで、あの先生を出し抜く見通しは浮かんで来ない。

 先程一戦を交えた時でさえ、彼の護衛であろう生徒に手も足も出なかったと言うのに、あの他にも四人の生徒、更には銅田の雇った傭兵団まで居るのだ!

 流石に銅田も裏オークションの会場や盗品を保管する倉庫まで先生に守らせるわけにはいかないはずなので、そこを突けば可能性はあるだろうが、それにしてもリスクが高過ぎる。

 

「……………どう、しましょうか」

 

 進むべきか、引き返すべきか。

 アキラの葛藤は止まらない。ぐるぐる、ぐるぐると、考えが巡る。

 そうしていよいよ、どちらを選んだ方が自分にとって後悔が少ないかを考え始めた時。

 

「────おー、居た居た」

「ッ!?」

 

 間近から聞こえた声にアキラはマントを翻し、即座に声のした方向へ銃を構える。

 しかし、そこには誰も居ない。

 明らかに半径5m以内から発された声であったにも関わらず、何処にも声の主の姿が認められない。

 

「……こんばんは。姿が見えませんが、このような場所で会うとは、一体どちら様でしょう」

「……ん? ああ、すまんすまん」

 

 再び声がしたと思うと、次の瞬間、何も無かったはずの空間に、一人の男が現れた。

 見上げるような長身に、見るからに上等なスーツジャケットを着込んだ、そこらの大人なんかよりも圧倒的な重厚な雰囲気を持つ、同年代程度の青年。

 それはつい先程対峙し、そして現在アキラの進退をこれでもかと悩ませていたシャーレの先生、その人であった。

 

「何故、あなたがここに……というのは愚問でしたか。屋敷からここまで、私を尾行していたのですね」

「うーん、惜しいな。正確にはちょいとした仕掛けをお前にさせてもらってな。それでお前の位置を割り出した」

「仕掛け……成程、発信機ですか。しかし、いつの間に?」

 

 意外だ、と示すようにアキラは仮面の下で驚きの表情を浮かべる。

 アキラの記憶が正しければ、屋敷への侵入から脱出まで、誰かが自分に発信機を付けられるような場面は一度として無かったはずなのである。

 先生の護衛と戦闘した時も、先生と対峙した時も、発信機を仕込まれたような素振りは見ていない。

 

「まぁ、何だ。靴の裏だ」

「靴の裏……ですか」

 

 靴の裏。成程、確かに盲点だった。

 そう思ってヒールの裏を確認して見るが、何も無い。

 ならばもう片方かとそちらも確認するも、やはり無い。

 

「何もありませんが」

「え? ……あー……成程、改良の余地有りだな……っと、これで見えるか」

 

 先生がそう言った途端、ヒールの裏から銀色の液体が滲み出て来た。

 月の明かりを反射し、金属特有の光沢を発するそれは、一見すればまるで水銀のようであったが、しかし水銀であったならばその重みで気付いたはずであるし、水銀は透明にはならない。

 つまりそれは水銀では無い何かであり────

 

「なッ!?」

 

 その事実を誇示するかの如くざわりと蠕動すると、先生の足元を登り、先生の掌の上に乗った。

 

「……それは」

「ナノテクだ。いいだろ」

 

 見せつけるかのように、先生は掌の上に乗ったナノマシンをグネグネと変形させる。

 

「防御には勿論、使い方によっては攻撃や敵の拘束なんかもできるし、光学迷彩みたいな機能も盛りだくさん。便利だぞ」

「…………ええ、本当に」

 

 今この場で、自分一人で、俺はお前を捕まえられる。

 アキラは先生の言葉を、そういうふうに解釈した。

 そして同時に、自分の絶体絶命であることを悟った。

 成程、英雄と並んで、怪物とも呼ばれるわけである。

 勝てるわけがない。一度敵として……否、標的として目をつけられてしまえば、それで終わり。

 目の前の男は、そういう存在なのだ。

 

「まぁ、無駄話はこの辺にして、本題に入るんだが……お前、俺に協力しないか?」

「協力、ですか………………」

 

 じり、とアキラは後退る。

 目の前の怪物からどのようにすれば逃れられるか。どのような手段を持ってすればあの怪物の目を出し抜けるか。

 そんな事を必死に考えながら先生の放った言葉を曖昧に咀嚼し……

 

「………………はい?」

 

 そのあまりの意味不明さに、困惑で全ての考えは吹き飛ばされた。

 

「……その、すみません。私の聞き違いでなければ、あなたが私に協力を持ちかけたように聞こえたのですが……」

「いや合ってるぞ。俺はお前に協力を持ちかけた」

 

『?』で意識が埋め尽くされる。

 アキラの脳内に、混沌が如き宇宙が浮かんでいるようであった。

 

「えー……すみません。その、理解が追いつかないのですが……とりあえず、私を捕まえに来たわけでは無い……のですか?」

「いや当然だろ、メリットが無い。って言うかむしろ捕まえる事自体が不利益になる」

「……は、はぁ」

 

 確かに、アキラは自分の行いがキヴォトス全体のためになる事だという自意識を持って活動しているし、自分の行いが正義の行為である事を欠片も疑っていない。

 自分を捕まえる事が不利益に繋がる、という先生の論は、アキラにとって十分に理解できるものであり、自分の行いを認めて貰えているようで嬉しさすら覚えた。

 

 しかし一方で、現行の法律と照らし合わせれば自分の所業が犯罪に該当する事である、という自意識も無いわけではない。

 故に先生が自分と敵対し、自分を捕えるために動くというのも当然であるわけで、いくらそれが不利益に繋がるとしても、公正公平を謳う先生が犯罪者と協力関係を結ぶなど……

 

「……あぁ、そう言えば、あなたは狐坂ワカモとも協力していましたか……」

 

 そう言えばそうであった。この目の前の男は、D.U.区内からカイザーというカイザーを追い出すために狐坂ワカモと組んでマッチポンプを起こしているのである。

 であればカイザーと同じような悪しき大人達に、不利益を与える存在として、自分と協力関係を結ぼうとしても不思議ではないというものか。

 

「一先ず、その協力とは具体的にどのような事なのかを説明して頂いても?」

 

 

 

 ■

 

 

 

 勝った。

 アキラのその言葉を聞いた瞬間、俺は心の中で勝利を宣言していた。

 

 この場における俺の失敗条件は二つのみ。

 アキラが話を聞く前に逃げ出してしまうか、アキラがやぶれかぶれになって俺に攻撃を仕掛けて来るかのどちらかであった。

 

 と言うのも、ナノマシンは確かに攻撃機能と拘束機能を備えている。

 しかし基本性能が防御特化であるのでそちらの機能は控えめであり、通用するのは精々がロボ人間や獣人達まで。

 殆どの生徒には有効でないのである。

 それもアキラのようなレベルになるともはや拘束や攻撃は全く意味を為さず、ただ邪魔なだけの玩具と化してしまう。

 

 更にはあたかもナノマシンが発信機の機能を持っているかのように言ったが、俺のナノマシンにそんな機能はない。完全なハッタリだ。

 今回アキラの位置を特定したのはアロナの『捕捉した敵のHPバーを表示させる能力』の応用。

 距離が離れれば離れるほどバッテリーを食うが、半径500m内程度の標的を常に捕捉し続けることが可能になる。

 まぁ、逆に言えば半径500mから逃げられてしまえば、よほど開けている場所でもない限り見失ってしまうので、アキラに全力で逃げられたらヤバかったのであるが。

 

 しかし今やアキラは銃口を下ろし、完全に話を聞く体勢に入っている。

 いや本当に良かった。こんなに緊張したのは久々かも知れん。

 ここまで来れば、もう後はウィニングランとすら言えるだろう。

 ……さて、と。そうだ、協力の具体的な内容だったか。

 

「簡単だ。俺はお前の活動を支援してやるから、お前はいつも通りに活動してくれ。支援の内容は資金の援助から必要な情報の譲渡、お前が望むのなら適切な人員を動かすこともしてやれる」

「ふむ、成程。シャーレの資源と人材の潤沢であることは音に聞くところ……その後ろ盾を得ることが出来るとは、実に魅力的な提案でしょう」

 

 ですが、と。アキラは言葉を続ける。

 

「美しい花には棘がある、というように、上手い話には裏があるという言葉があります。先生、あなたは私の支援を通じて、何を得たいのですか?」

「……ふむ、まぁ、幾つかあるがなぁ……まず、俺がお前に求めているのは、その家に『慈愛の怪盗』が盗みに入った、という事実だ。それが調査の口実になるからな。それで検挙できる。んで、その調査の主な目的は……」

 

 ピッと、俺は人差し指を立てる。

 

「一つ目は、生徒への被害の減少。バイトを装って生徒に盗品を運ばせる事で知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がせ、それを元に脅迫。奴隷契約のような形で運び屋にさせるという手口が何件か報告された。中々に悪質な上、足も付きにくいが、盗品を漁っているやつを片っ端から捕えてればいつかはなくなる」

 

 ただもっと問題なのは別にこれをやっているのが盗品の運搬だけじゃない上に、そこら中で散見されるって事だが。

 例えば引越しバイトとかで下手を打った時に損害賠償が云々と言ってタダ働きさせたりとか、飲食店とかだとサクラを雇ってクレーマーをやらせて、その上で殴られただのと有る事無い事言ってこれまたタダ働きさせたりとか。

 原作でもサオリが色々酷い目に遭っていたが、アレと似たような事例がキヴォトスのそこら中で起きているのである。

 早急になんとかしたいが、発見が難しく手を拱いているのが現状なのだ。

 なので潰していけるところから潰していかねばならない。

 

「んで、二つ目」

 

 続けて、中指を立てる。

 

「次は金の流出の阻止。ご存知の通り、この界隈は既に巨大な市場と化していて、それはもう莫大な金が闇の中で動いている。そしてその中には会社からの横領などで手に入れた金も少なからず含まれるわけだ。会社を回し、社員を養うための金を別のところに注ぎ込んで、それで税も払わないってなると見過ごせない。しかも取引しているのも違法なブツだ。言語道断ってやつだな」

 

 まぁ、うん。正直数億円以上がパッと消えちゃうのは流石にね。

 しかも場所によっては芸術品のために会社の金全部引っ張り出して、社員に払える給料無いので破産します、なんてえげつない事する会社もあるのだ。

 こっちに関しても早急になんとかしなければならない。

 コユキはミレニアムがそれはそれは太い脛を持っている上にコユキ自身が子供だから許されるのであって、大人は許されないのである。

 

「最後、三つ目」

 

 薬指を立てる。

 

「多分だが、お前に芸術品を管理してもらってた方が芸術品のためになる」

「!」

「俺の所感になって悪いんだがな。外の世界の住人として芸術に触れさせてもらっていた身からすると、今のキヴォトスに芸術作品はまだ早かったんじゃないかって思えてならないんだわ」

 

 と言うのも、俺の見立てでは、キヴォトス人は美術品を鑑賞する時に、美術品そのものでは無く、美術品の持つ経済的価値しか見ていないのだ。

 例えばものすごく綺麗な絵を見たとして、キヴォトス人は『綺麗! すごい! 高そう!』と、こう言う思考回路になるのだ。だからその作品をじっくり鑑賞したり、吟味したり、考察したりなんてことは一切しない。ただパッと見て、さっさと次に移ってしまう。

 それは精巧な彫刻を見た時もそうだし、明らかにオーラを放っている陶磁器なんかを見てもそうなる。

 美術品をただ高いだけの代物だと思っているから、連中は平気で美術館でドンパチ起こせてしまうのだ。

 

 恐らくだが、キヴォトス人には美術品そのものを楽しめるだけの心の余裕が無いのだと思う。

【治安状態:キヴォトス】の弊害は、こう言った面にも及んでいるのだろう。

 とにかくそんなわけなので、今のキヴォトスに真に価値のある芸術を放出するのは色々な意味で不味い。

 ならば確実に安全に保管され、なおかつ完璧な状態で保存してくれるであろうアキラに任せる方が都合がいいと思ったのである。

 

 ……一応、一部の人々の名誉のために言っておくが、なにも美術品そのものを楽しんでいる人が居ないわけではない。

 ワイルドハントにはそう言った生徒が数多くいるし、ナギサを筆頭としたトリニティのお嬢様方はそっち方面にも造詣が深かったりする。何なら今日あの屋敷に集まっている犯罪者どももそう言った理解できる側の人間である。

 まぁ、そいつらに関しては理解が行き過ぎて犯罪に突っ走ってしまったわけであるが。

 

「………………ふふふっ」

 

 仮面の下で、アキラが笑う。

 まるでおかしくてたまらないとでも言わんばかりに、口元を隠して、心底楽しそうに。

 

「……なんか変なこと言ったか?」

「ああ、いえ。すみません。少しおかしく思えてしまいまして」

「……まぁいい。何にせよ、俺が伝えるべきことはおおよそ伝えた。後はお前が俺の手を取るかどうかって話になるわけだが……」

 

 俺が手を差し出せば、いつの間にか手袋を外したアキラの手がするりと差し込まれる。

 目線を上げると、紅い瞳でこちらに微笑みかけるアキラと目が合った。

 

「あー……じゃあ、よろしくと言うことで」

「ええ、どうか、よろしくお願いします」

 

 う〜ん………………大勝利!!

 よし、この後は本当にウイニングランだ! 一気に駆け抜けてやるぜ!




ほわああああああああああああああああああああああああ!? 
リオがぁあああああああああああああああああああ!? セイアがぁああああああああああああああああああああああ!?
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
お年玉があって良かったわマジ。(クソガキ(本物)の主な収入源)

ワカモ大勝利編

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