ユウは血と汗でぐちゃぐちゃの顔を拭いもせず、夜の街を全力で駆け抜けた。
肺が焼けるように痛い。足がもつれそうになるたび、ゴーさんの折れた角と血まみれの背中が脳裏に焼き付いて、恐怖を蹴散らした。
「悟空ぉぉぉ!!!」
廃ビルの屋上。
そこに、髪を夜風に遊ばせた少年がいた。
缶コーヒーを片手に空を見上げている。
――花果悟空。
昇龍會、敵対するサザンクロスの誰もが認める最強の喧嘩屋。
ユウが息も絶え絶えに屋上の階段を駆け上がると、悟空はゆっくり振り向いた。
「……ユーウェインか。珍しいな、こんな時間に」
その声はいつも通り、どこか間の抜けた調子。
でも目だけは、すでに何かを察していた。
ユウは膝をついて、声を絞り出した。
「ゴーさんが……ゴーさんがやられてるんだ!
牛魔王とピーコック兄弟に……アジトが壊滅して、みんな……!
ゴーさんだけが、まだ立ってて……でも、もう限界で……!」
悟空の手から、缶コーヒーが落ちた。
地面に転がって、中身が黒く広がる。
「……久瀬が?」
一瞬、悟空の瞳が金色に光った――いや、炎のように揺れた。
ユウは這うようにして悟空の足元にすがりつく。
「お願いだ、悟空!
あの人、今……俺たちを守るって、ボロボロになりながらまだ耐えてるんだ!
もう……もう持たねぇかもしれない……!」
悟空は静かに立ち上がった。
「……そうか」
その声は低く、静かだった。
でも、次の瞬間――
ゴオオオオオオオオッ!!
空気が震えた。
悟空の周囲に、金色の闘気が渦を巻く。
全身から迸る熱がコンクリートを焦がす。
目は真紅に燃え、マガリの姿に変身する。
普段は決して出さない、久瀬とのタイマンでさえ封印していた“本気”。
悟空は、静かに呟いた。
「……クソ野郎が」
ユウが息を飲む。
見たことのない悟空の形相。
怒りを通り越して、どこか悲しげですらある。
「行くぞ、ユーウェイン」
悟空はユウの襟首を軽く掴み、屋上の縁に立った。
そして――
そのまま、夜空へ跳んだ。
風を切り裂く音。
まるで流星のように、街を横断する金色の軌跡。
---
アジトに戻ったとき、そこはもう地獄絵図だった。
壁は崩れ、床は血の海。
昇龍會の若い衆はほとんど気絶し、残った数人が這いつくばって震えている。
そして中央に――
赤鬼の久瀬が、膝をついていた。
両腕はだらりと垂れ、片方の角は根元から折れ、背中は抉られ、腹からは臓物が覗きそうになっている。
それでも、首に巻きついたピーコックのチェーンを、血まみれの両手で必死に掴んでいた。
「……まだ……終わって……ねぇ……」
声は、もうほとんど息だけ。
牛魔王が鉄パイプを振り上げ、トドメを刺そうとしていた。
「終わりだ、赤鬼のガキ。いい加減、楽にしてやろうか」
その瞬間。
天井が――吹き飛んだ。
金色の衝撃波が、屋根を粉々に砕きながら降り注ぐ。
「……誰だ!?」
牛魔王が吼える。
煙と埃の中から、ゆっくりと姿を現したのは――
黄金色の角を持つ、カブトムシのマガリ。
「……てめえか」
悟空の声は、静かだった。
でもその静けさが、逆に恐ろしい。
ピーコックが目を丸くする。
「え……あ、あの坊や……? 金角の……タイセイ?」
牛魔王の表情が、初めて引きつった。
「……お前が?
悟空は、一歩踏み出した。
地面がひび割れる。
「久瀬」
呼びかける。
赤鬼の久瀬が、ゆっくり顔を上げる。
血で塞がりかけていた金色の目が、わずかに揺れた。
「……悟空……か……
遅ぇよ……バカ……」
悟空は小さく笑った。
「悪いな。缶コーヒー飲み干してから来た」
そして――
悟空は、久瀬の前に立った。
背を向けて、牛魔王とピーコックを睨む。
「ここからは、俺が相手する」
金色の闘気が、さらに膨張する。
空気が焼ける。
牛魔王が鉄パイプを握り直し、低く笑う。
「いいだろう……金角のタイセイ。
俺の兄弟の面倒見てくれた喧嘩の腕、見せてもらおうじゃねぇか」
ピーコックもチェーンを振り回し、舌なめずりする。
「んふ♡ 今度は可愛い坊やと遊べるのね〜♪
楽しみぃ♡」
悟空は、ゆっくりと拳を握った。
「久瀬」
背後の赤鬼に、静かに言う。
「少し休め。
――後は、俺が全部片付ける」
久瀬は、血まみれの口元で、かすかに笑った。
「……ったく……
カッコつけやがって……」
そして、ゆっくりと――
赤鬼の体が、前のめりに倒れた。
悟空はそれを背中で受け止め、倒れないように支える。
「……よく耐えたな、久瀬」
その言葉に、久瀬はもう声を出さず、ただ小さく頷いた。
悟空は視線を前に戻す。
金色の瞳が、燃える。
「さぁ……始めようか」
牛魔王とピーコック兄弟。
対するは、
傲来のニューウェーブ。
花果悟空!