夜の廃墟に、金色の闘気が爆ぜた。
天井が吹き飛んだ衝撃で降り注ぐ瓦礫を、悟空は片手で軽く払いのける。
牛魔王が鉄パイプを肩に担ぎ直し、口の端を歪めた。
「へっ……派手な登場だな、金角の坊や。
だがよ、俺はもう何年も『最強』って呼ばれてんだ。
お前みたいなガキの派手なオーラなんざ、ただの花火だ」
ピーコックがクスクスと喉を鳴らす。
鎖を指でくるくると回しながら、舌なめずり。
「んふふ♡ 前よりずっと綺麗になったねぇ、タイセイちゃん。
あの時はまだ可愛い子猫ちゃんだったのに……今はもう、立派な雄猫さん?
壊したくなっちゃう♡」
悟空は答えず、ただ一歩踏み出した。
コンクリートが粉々に砕け、放射状にひびが入る。
「喋るな」
低い声。
それだけで、空気が重くなった。
牛魔王がまず動いた。
巨体とは思えぬ速さで間合いを詰め、鉄パイプを横薙ぎに振り抜く。
重低音の風切り音。
悟空は首をわずかに傾けて躱し、右の掌底を牛魔王の脇腹に叩き込む。
ゴッ!
鈍い打撃音。
牛魔王の巨体がわずかに揺れたが――すぐに踏ん張り、逆に左拳を悟空の顔面に叩きつけた。
悟空は腕で受け止め、衝撃を殺しながら後ろに跳ぶ。
距離が開く。
「……重いな」
悟空が小さく呟く。
牛魔王は笑った。
「場数だよ、ガキ。
お前みたいな『才能』だけの奴はよ、いつか必ずこの壁にぶち当たる」
ピーコックが横から忍び寄る。
鎖を鞭のようにしならせ、悟空の足元を狙って薙ぐ。
悟空は跳んで躱し、空中で体を捻ってピーコックの肩口に膝を叩き込む。
ガキン!
ピーコックの肩が軋む音。
だがピーコックは痛みに顔を歪めながらも、逆に鎖を悟空の首に巻きつけようと跳びかかる。
「捕まえた♡」
悟空は鎖を掴み、そのまま引きちぎる勢いでピーコックを地面に叩きつけた。
ドンッ!
床が陥没する。
ピーコックが血を吐きながらも、すぐに立ち上がる。
「……痛いじゃないのぉ……でも、もっと欲しいかも♡」
目が狂気で輝いている。
前回の戦いより、明らかに違う。
あの時はまだ遊びだった。
今は本気で殺しに来ている。
悟空の眉がわずかに寄る。
(……成長した、か)
牛魔王が再び突進。
今度は鉄パイプではなく、素手。
両腕を大きく振りかぶり、悟空の頭を潰す勢いで振り下ろす。
悟空は両腕を交差させて受け止める。
ズドン!
衝撃で足が床にめり込む。
牛魔王の膂力は、ただの喧嘩屋のそれではなかった。
何年も命を賭けた喧嘩を繰り返し、骨まで染みついた「殺意の重さ」。
悟空の膝が、わずかに震えた。
「……っ」
初めての感覚。
マガリの黄金の闘気が、わずかに揺らぐ。
牛魔王が哄笑する。
「どうした? もう限界かよ、金角!
俺はな、てめぇみたいな『選ばれし力』持ちを何人も潰してきた。
結局、そいつらはみんな――『本物の修羅』には勝てねぇんだよ!」
そのまま牛魔王は悟空の腹に膝蹴りを叩き込む。
悟空の体が折れ曲がり、血が一筋、口から零れた。
「……ぐっ」
だが悟空は倒れない。
牛魔王の膝を掴み、そのまま引き寄せて頭突きを叩き込む。
ゴンッ!
牛魔王の鼻が砕ける音。
血が噴き出す。
「てめぇ……!」
怒りに燃えた牛魔王が連続で拳を振るう。
左フック、右ストレート、アッパー、肘打ち。
悟空は全てを紙一重で躱しながらも、徐々に押されていく。
ピーコックが背後から鎖を振り回し、悟空の動きを制限する。
前・横・後ろ。
三方向からの挟撃。
悟空の呼吸がわずかに乱れ始めた。
(……確かに、前とは違う)
牛魔王の拳には、ただの力だけではない。
何百、何千という実戦で磨かれた「間合い」と「タイミング」。
一見単純な打撃の中に、フェイントと殺意が幾重にも重ねられている。
マガリのスピードとパワーで押し切ろうとしても、牛魔王はそれを予測し、逆に利用してくる。
ピーコックもまた、以前の軟弱な動きとは別物だ。
鎖の軌道が予測不能で、しかも執拗。
一度絡めば、そこから一気に絞め殺す算段が見える。
悟空の左腕に、鎖が一瞬巻きついた。
ピーコックが歓喜の声を上げる。
「捕まえた――!」
だが次の瞬間。
悟空は鎖を掴んだまま、逆にピーコックを引き寄せ、額を全力で叩きつけた。
バキィッ!
ピーコックの額が割れ、血が噴き出す。
鎖が緩む。
悟空はその隙に牛魔王の懐へ飛び込み、連続の掌底を叩き込む。
腹、胸、顎。
三連撃。
牛魔王が後退する。
だが――すぐに体勢を立て直し、逆に悟空の顔面に掌底を返す。
同じ場所、同じ角度。
悟空の頬が裂け、血が飛び散った。
「……同じ技を、返してくるとはな」
悟空が血を拭う。
牛魔王が肩をすくめる。
「俺はてめぇの技を全部見てんだよ。
あの久瀬とのタイマンも、全部な」
悟空の目が、わずかに細まる。
「……観戦してたのか」
「当たり前だろ。
俺たちはいつだって、次の標的を狙ってる」
牛魔王が舌打ちし、再び突進。
今度は真正面から、真正面の殴り合い。
悟空も構わず拳を振るう。
拳と拳がぶつかり合う。
骨が軋む音。
肉が潰れる音。
血が飛び散る。
一撃ごとに、悟空の黄金の闘気がわずかに薄れていく。
マガリの変身は、確かに最強の姿だ。
だが――それは「才能」の結晶。
一方、牛魔王の肉体は「経験」と「執念」の塊。
何年も、毎日、誰かを殺すか殺されるかの瀬戸際で生きてきた男の、重さ。
悟空の左拳が、牛魔王の頬を捉える。
牛魔王の右フックが、悟空の肋骨を砕く。
互いに一歩も引かない。
ピーコックが横から鎖を振り下ろす。
悟空はそれを左手で掴み、引きちぎる。
だがその瞬間、牛魔王の膝が悟空の腹に深くめり込んだ。
「がはっ……!」
悟空が膝をつく。
初めて、明確に膝をついた。
牛魔王が上から拳を振り下ろす。
悟空は咄嗟に両腕でガード。
だが衝撃で腕が痺れ、骨にヒビが入る音がした。
「……まだ、終わりじゃねぇだろ?」
牛魔王が嘲る。
悟空はゆっくり立ち上がる。
血まみれの顔。
だが目は、まだ燃えている。
「……ああ。まだだ」
悟空は深く息を吸い、吐いた。
その瞬間――
金色の闘気が、再び爆発的に膨張した。
さっきまでとは違う。
より濃く、より鋭く。
「――俺は、久瀬を」
悟空が呟く。
「守るって、約束した」
牛魔王が鼻で笑う。
「約束? ガキくせぇこと言いやがって」
「うるせぇ」
悟空が一気に間合いを詰める。
今度はスピードが違う。
牛魔王の拳を躱し、逆にカウンターで顎を打ち抜く。
牛魔王の巨体が仰け反る。
続けて、悟空は牛魔王の懐に潜り込み、連続の膝蹴りを叩き込む。
腹、脇腹、胸。
五連撃。
牛魔王が血を吐き、後退。
「……っぐぅ……!」
初めて、牛魔王が苦悶の声を漏らした。
ピーコックが叫ぶ。
「兄貴!」
鎖を振り回し、悟空の背中を狙う。
だが悟空は振り返りもせず、左手で鎖を掴み、そのままピーコックを引っ張って顔面に掌底を叩き込んだ。
ピーコックの鼻が潰れ、歯が数本折れて飛ぶ。
「ぎゃあぁっ!」
ピーコックが膝をつく。
悟空は容赦なく、倒れたピーコックの腹を踏みつけた。
肋骨が折れる音。
ピーコックが白目を剥いて気絶。
牛魔王が吼える。
「てめぇ……! 弟に手を――!」
牛魔王が全力で突進。
悟空はそれを真正面から受け止める。
両者が組み合い、互いの首を絞め合う。
牛魔王の力が強い。
だが悟空の目は、まだ死んでいない。
「……久瀬はな」
悟空が、絞められながら呟く。
「俺に、生きろって言った」
牛魔王の目が見開く。
「だから――俺は、死なねぇ」
その瞬間。
悟空の全身から、最後の黄金の闘気が噴出した。
まるで太陽が爆発したかのように。
牛魔王の体が、吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、コンクリートが粉々に砕ける。
牛魔王は壁にめり込んだまま、動かなくなった。
悟空はゆっくり息を吐き、膝をつく。
血と汗で視界が滲む。
だが――
背後で、かすかな声。
「……バカ……やりすぎだろ……」
久瀬だった。
倒れたまま、血まみれの顔で、かすかに笑っている。
悟空は振り返り、苦笑した。
「……悪い。ちょっと熱くなった」
久瀬は小さく首を振る。
「……十分だ。
お前が来てくれただけで……もう、十分だよ」
悟空は立ち上がり、ゆっくり久瀬の元へ歩み寄る。
そして、そっと――
久瀬の肩を抱いた。
「帰るぞ、久瀬」
久瀬は力なく頷く。
「……ああ。
帰ろうぜ……悟空」
夜の廃墟に、二人の影だけが残った。
金色の闘気は、もう消えていた。
ただ、静かな夜風が、二人の血と汗を冷たく撫でていく。