屋上のコンクリートが砕け散るほどの金色の闘気が爆ぜた瞬間、悟空は動いた。
右足を地面に叩きつけると、砂塵と瓦礫が一気に巻き上がる。
まるで砂嵐のような視界不良の中、カラバの悲鳴が響いた。
「ぐっ……目が――!」
その隙に悟空はカラバの懐へ飛び込み、掌底を腹に叩き込む。
カラバの体が吹き飛び、屋上の柵を突き破って下の階へ落下した。
追撃する間もなく、悟空は背後の牛魔王精鋭たちを一瞥する。
「邪魔だ」
一閃。
金色の尾のような軌跡が空を切り、精鋭マガリたちの角が根元から折れ飛んだ。
残った者たちは怯んで後退するしかなかった。
悟空は屋上を飛び降り、廃工場の奥深く――牛魔王の隠れ家へと一直線に突き進んだ。
---
地下三階、薄暗いコンクリートの部屋。
ルシアは鎖で両手を吊られ、額から血を滴らせていた。
服は破れ、頰に青あざが浮かんでいる。
それでも瞳はまだ、折れていなかった。
「……悟空……?」
扉が爆音と共に吹き飛んだ。
悟空が立っていた。
金色の闘気が収束し、普段の不良高校生の姿に戻りつつある。
「遅くなって悪かったな」
鎖を素手で引きちぎり、ルシアを抱き下ろす。
彼女の体は熱く、震えていた。
「もう……大丈夫だ」
ルシアは小さく頷き、悟空の胸に額を押しつけた。
だが、その瞬間――
背後から、重低音の笑い声が響いた。
「ククク……よくぞここまで来たな、斉天大征の末裔よ」
牛魔王だった。
巨躯に赤黒い角、両腕には鎖鎌を巻きつけた異形の姿。
その背後には、数十のマガリが控えている。
悟空はルシアを背後に庇いながら睨みつけた。
「てめぇが黒幕か」
「黒幕? いやいや、俺はただの『仕掛け人』さ」
牛魔王は口元を歪めて笑う。
「サザンクロスのヘッドの妹――ルシアを、昇龍會の奴らが手籠めにした、と吹聴してやった。
通話でな。両陣営の幹部に、リアルタイムでこの場面を中継してやったんだよ」
悟空の瞳が鋭く細まる。
「全部……お前の芝居だったってのか」
「そうだ。カラバにルシアを攫わせ、サザンクロスを煽り、昇龍會にも火をつけた。
お前がここに乗り込んできた今、この瞬間――両陣営は俺の隠れ家に向かって突っ込んでくる。
そして、お前とルシアを目の当たりにした瞬間、互いに殺し合うさ。
俺はその隙に、疲弊した両陣営を一掃する。
傲来市は俺のものだ」
牛魔王の笑いが地下に反響する。
だが、次の瞬間――
ドン! ドドン!!
入口の壁が内側から破壊され、怒号が響き渡った。
「牛魔王てめぇぇぇ!!」
昇龍會の面々。
続いて、サザンクロスのクルーたち。
両陣営が、ほぼ同時に突入してきたのだ。
牛魔王の顔から笑みが消えた。
「……何?」
悟空は小さく息を吐き、ルシアを抱えたまま一歩下がる。
「通話、繋がってたんだろ?
なら、全部聞かれてたってことだ」
牛魔王が慌ててポケットの端末を見やる。
画面には、昇龍會とサザンクロスの幹部たちの顔が並んでいた。
通話は切れていなかった。
「……てめぇ、最初から……!?」
悟空は肩を竦めた。
「俺はどっちにもつかねぇって言ったろ。
でも、ルシアを傷つけた奴は別だ。
――お前が全部喋ってる間に、俺は通話の相手に『牛魔王の隠れ家はここだ』って位置情報送っといただけさ」
昇龍會のリーダーが前に出る。
サザンクロスのヘッドも、妹の姿を見て拳を震わせた。
「牛魔王……てめぇが全部仕組んだのかよ……!」
「ルシアに手ぇ出したのも、全部お前の芝居だったってのか……!」
牛魔王は後ずさりながら叫んだ。
「待て! 誤解だ! 俺は――」
だが、言葉は最後まで続かなかった。
昇龍會とサザンクロス、
これまでいがみ合っていた両陣営が、
初めて同じ方向へ牙を向けた。
「ぶっ潰せ!!」
怒涛の突撃。
マガリの異形たちが一斉に牛魔王の配下へ殺到し、
人間組も鎖や鉄パイプを振り回して躍りかかる。
牛魔王は鎖鎌を振り回して抵抗するが、数に押され、徐々に追い詰められていく。
悟空はルシアを抱えたまま、静かにその光景を見ていた。
「……終わったな」
ルシアが小さく頷く。
「うん……ありがとう、悟空」
戦いの喧騒の中、
八百年前の斉天大征の名を背負う少年は、
ただ静かに、守るべき少女を抱きしめていた。
牛魔王の野望は、ここで潰えた。
そして傲来市の空に、
ようやく、僅かな平穏が訪れようとしていた――少なくとも、今は。