【完結】タイセイに告ぐ!   作:ふくつのこころ

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タイセイに告ぐ!

 

 

傲来市の夜は、いつもより少し静かだった。

 

牛魔王の隠れ家は完全に崩壊し、瓦礫の山と化した。

翌朝には警察とマガリ対策の特殊部隊が駆けつけ、牛魔王本人とカラバを含む主要幹部十数名が逮捕された。

牛魔王は最後の抵抗で鎖鎌を振り回し、三人の警官を重傷に追い込んだが、昇龍會とサザンクロスの合同突入部隊が放った一斉の鉄パイプとスタンガンで沈黙した。

カラバは抵抗すらせず、ただ虚ろな目で手錠をかけられるのを待っていた。

最後に悟空の方をちらりと見て、

「……お前には、勝てなかったな」

とだけ呟いた。

悟空は答えず、ただ背を向けた。

 

裁判は異例の速さで進んだ。

牛魔王一派の罪状は、組織的誘拐、監禁、傷害、恐喝、武器不法所持――挙げ句の果てに「傲来市支配を目的とした準テロ行為」まで付け加えられた。

マガリ特有の異形能力を使った犯罪は、通常の刑法では裁ききれないため、特別法廷が開かれ、牛魔王は事実上の終身刑相当の隔離施設送りとなった。

カラバも共謀罪で二十年。

かつてルシアの「保護者」を名乗っていた男は、もう二度と外の空気を吸えない。

 

街は一時的に静かになった。

だが、昇龍會とサザンクロスの関係は――変わらなかった。

 

変わらない、というのは悪い意味ではない。

 

翌週の土曜日。

いつものように、旧工場の屋上で昇龍會の面々がたむろしていた。

そこに、サザンクロスのクルーが数人、缶ビール片手にやってくる。

 

「よぉ、龍のクソガキども。邪魔だぞ、どけ」

 

「は? ここ俺らの溜まり場だろーが、サザンのハゲども」

 

いつもの口喧嘩。

いつもの威嚇。

でも、誰も本気で殴りかからない。

 

理人――サザンクロスのヘッド――が、煙草をくわえながら吐き捨てる。

 

「牛魔王の野郎、ようやく消えたな」

 

昇龍會のリーダー、久瀬が笑う。

 

「まぁな。お前らの妹が攫われたせいで、俺らまで巻き込まれたけどよ」

 

「うるせぇ。あれはお前らの縄張りで起きたことだろ」

 

「だからって、お前らが先に手ぇ出したって噂流したのは牛魔王だっつーの」

 

「……まぁ、そうだな」

 

二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。

 

「次はお前らとガチでやりてぇな」

 

「上等だ。けどよ……次に何かあったら、また手ぇ貸すぜ?」

 

「は? 誰が頼むかよ」

 

「言ってることとやってることが違うんだよなぁ、お前ら」

 

周囲から野次が飛ぶ。

でも、誰もそれを否定しなかった。

 

それが、新しいルールだった。

 

やり方は違う。

縄張りは譲らない。

喧嘩はする。

でも、牛魔王のような「街そのものを食い物にする奴」が出てきたら――

その時は、互いに背中を預け合う。

 

楽しく喧嘩できるように。

そして、街を守れるように。

 

誰も口には出さない。

ただ、暗黙の了解として、そこにあった。

 

---

 

一方、悟空とルシアの距離は――ゆっくりと、だが確実に変わっていた。

 

学校の屋上。

昼休み。

悟空はいつものようにフェンスにもたれ、空を見上げている。

ルシアは少し離れた場所に座り、弁当を広げていた。

 

「……悟空」

 

「ん?」

 

「この前、ありがとう」

 

「何回言うんだよ。もういいって」

 

「でも……ちゃんと、言いたかった」

 

ルシアは膝を抱えて、少し頰を赤らめる。

 

「あの時、鎖で吊られて、痛くて怖くて……でも、悟空が来てくれるって、どこかで信じてた」

 

悟空は缶コーヒーを一口飲んで、目を逸らす。

 

「……俺は、ただルシアを助けたかっただけだ」

 

「うん。知ってる」

 

ルシアは小さく笑う。

 

「悟空は、どっちにもつかないんだよね」

 

「あぁ」

 

「昇龍會にも、サザンクロスにも」

 

「あぁ」

 

「でも……私のことは、選んでくれた」

 

悟空は一瞬、言葉に詰まる。

 

「……まぁ、そういうことになるのかもな」

 

ルシアは立ち上がって、悟空の隣に並ぶ。

肩が触れそうで、触れない距離。

 

「私も、悟空のこと選んでるよ」

 

「……おい」

 

「だって、悟空がいなかったら、今頃私……」

 

「やめろよ、そういうの」

 

悟空は照れ隠しに頭を掻く。

 

ルシアはくすくすと笑う。

 

「これからも、一緒でいい?」

 

「……ああ。俺は俺のままでいる。

ルシアも、ルシアのままでいろ」

 

「うん」

 

二人はそのまま、空を見上げた。

 

雲がゆっくり流れていく。

傲来市の空は、いつもより少し青かった。

 

---

 

数ヶ月後。

 

街はまた、いつもの喧騒を取り戻していた。

 

昇龍會とサザンクロスは小競り合いを繰り返し、

時には警察沙汰になり、

時には互いに笑いながら酒を酌み交わす。

 

そんなある夜。

 

路地裏の居酒屋「西遊」。

 

カウンターに、悟空とルシアが並んで座っている。

 

店主のジジイが、いつものようにからかう。

 

「おぉ、悟空の旦那。またルシアちゃん連れてきたのかい?

もう公認カップルだろーが」

 

「ちげぇよ。友達だ」

 

「へぇ~、友達ねぇ」

 

ルシアが頰を膨らませる。

 

「もう、ジジイったら」

 

悟空は苦笑しながら、ビールを注文する。

 

その時、店の扉が開いた。

 

入ってきたのは、昇龍會の久瀬と、サザンクロスの理人。

二人とも、微妙に腫れた顔をしている。

 

「おい悟空。ちょっと聞けよ」

 

「なんだよ」

 

「今日な、俺らで軽く殴り合ってたんだよ」

 

「……で?」

 

「んで、途中でマガリ絡みのチンピラが出てきてさ。

そいつが『牛魔王の残党だ』とかほざいて、変な薬持って暴れ出したんだ」

 

理人が肩を竦める。

 

「で、俺ら二人でぶっ飛ばした」

 

久瀬がニヤリと笑う。

 

「最後、理人の奴が『お前ら、俺の妹に手ぇ出すんじゃねぇ』って叫んでたぞ」

 

久瀬が慌てて肘を入れる。

 

「うるせぇ! てめぇだって『俺らの街舐めんなよ』って叫んでただろーが!」

 

店内がどっと沸く。

 

悟空は小さく笑った。

 

「……お前ら、仲良くなったな」

 

「誰が仲良いか!」

 

「誰がだよ!」

 

二人が同時に否定する。

 

ルシアがくすくす笑う。

 

「でも……よかったね」

 

悟空はビールを一口飲んで、静かに頷いた。

 

「あぁ。

街が、守られてる」

 

---

 

それからまた、時間が流れた。

 

悟空は相変わらず、昇龍會の集まりにもサザンクロスの溜まり場にも顔を出す。

でも、どちらにも加わらない。

ただ、顔を見せて、酒を飲んで、喧嘩の仲裁をして、帰る。

 

ルシアは、そんな悟空の後ろを、少し離れてついていく。

時には一緒に飯を食い、

時には夜の街を歩き、

時にはただ、隣に座って空を見上げる。

 

二人の距離は、

近すぎず、遠すぎず。

触れそうで触れない、

でも確かにある。

 

ある冬の夜。

 

雪がちらつく傲来市の橋の上。

 

ルシアがマフラーを巻き直しながら、ぽつりと言う。

 

「悟空」

 

「ん?」

 

「これからも、こうやって一緒にいられる?」

 

悟空は少し考えて、答える。

 

「……ああ。

俺は、ルシアといることを選んだからな」

 

ルシアの目が、うっすら潤む。

 

「私も……悟空といることを、選んだよ」

 

二人は言葉を止め、ただ雪を見ていた。

 

橋の下を流れる川が、静かに音を立てる。

 

変わらない街。

変わらない喧嘩。

変わらない距離。

 

でも、そこに確かにあったものは、

誰にも奪えない、

二人の選んだ「今」だった。

 

八百年前の斉天大征は、

今もこの街のどこかで、

静かに息を潜めている。

 

ただ、今は戦う必要がない。

 

ただ、守るべきものが、

ここにあるから。

 

雪は降り続き、

傲来市の夜を、白く優しく包み込んだ。

 

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