翌日、夕暮れの傲来市立学園・旧校舎裏のグラウンド。
昇龍會の面々が円陣を組んで周囲を固め、簡易的なリング代わりのラインが引かれている。
観客は昇龍會の構成員だけ。サザンクロス側は来理人が「邪魔だ」と一蹴して誰も来ていない。
空は茜色に染まり、風が埃を巻き上げて少し荒々しい。
久瀬豪太郎は上半身裸で立っていた。
赤鬼のような太い腕に、昇り龍の刺青がうねっている。
マガリ化していない普段の姿でも、すでに常人離れした威圧感だ。
対する花果悟空は制服のまま。
ジャージの上着を脱いで、シャツ一枚。
首に巻いたタオルが風に揺れる。
「遅刻じゃねえよな?」
悟空がニヤリと笑う。
「待たせちまったか。悪いな」
久瀬は静かに首を振る。
「いや。時間通りだ。礼を言う」
周囲の昇龍會メンバーがどよめく。
ゴーさんが礼なんか言うなんて珍しい……と。
ルシアは少し離れたフェンス際に立って、腕を組んでいる。
心配そうな目で悟空を見ているが、口には出さない。
清光が隣で「マジで勝てるのかよ、あいつ……」と呟くが、ルシアは無視。
「ルールはシンプルだ」
久瀬が拳を握りしめる。
「マガリ化あり。殺しはなし。相手が戦意喪失するか、俺が認めるまで。異論は?」
「ねえよ。好きにやれ」
悟空が軽く首を回す。
その瞬間——
久瀬の体が膨張するように変化した。
皮膚が赤銅色に変わり、角が生え、背中から龍のような鱗が浮き出る。
マガリ・レッドオーガ。
剛腕の名に恥じない、純粋なパワー型の異形。
「来い、花果悟空」
低く響く声。
悟空はため息をつく。
「ったく、飯食ってる時に邪魔された恨み、晴らさせてもらうぜ」
そして、悟空の瞳が金色に輝いた。
エネルギーが身体を包み込むと、ルシアも知る姿になる。
黄金の角を持つ、カブトムシの怪人の姿に。
空気が震え、周囲の空気が一気に重くなる。
まるで800年前の伝説が、そこに降臨したかのように。
「…………ッ!?」
久瀬の目が見開く。
昇龍會の面々が息を飲む。
あれは……ただのマガリじゃねえ。
「いくぜ、豪太郎」
悟空が地面を蹴る。
衝撃波が地面を抉り、土煙が舞う。
一瞬で間合いを詰め、右の拳を久瀬の腹に叩き込む。
ドゴォン!
重低音が響き、久瀬の巨体が後ろに吹き飛ぶ。
だが、久瀬は空中で体勢を立て直し、地面に着地。
笑っている。
「ははっ……! すげえな、お前!」
「まだまだだろ?」
久瀬が吼える。
両腕を振りかぶり、龍の咆哮のような気を纏って突進。
悟空はそれを真正面から迎え撃つ。
拳と拳がぶつかり合う。
衝撃で地面がひび割れ、フェンスが揺れる。
一撃ごとに空気が爆ぜる。
悟空の動きは軽やかだ。
アクロバティックに跳び、回転し、久瀬の剛腕をかわす。
だが久瀬のパンチが一発でも当たれば、骨が砕ける威力。
互いに一歩も引かない。
「どうだ!?」
久瀬のラッシュ。
悟空は尾を使ってバランスを取り、カウンターの膝蹴りを久瀬の顎に叩き込む。
ガキン!
久瀬の頭が仰け反るが、すぐに反撃。
二人は殴り合い、蹴り合い、ぶつかり合う。
血が飛び、汗が飛び散る。
ルシアが思わず声を上げる。
「悟空……!」
やがて——
悟空が一瞬、動きを止めた。
久瀬の拳が悟空の頬をかすめる。
だが悟空は笑っている。
「悪くねえよ、豪太郎。お前、漢だな」
久瀬も息を荒げながら笑う。
「てめえもな……花果悟空」
そして、二人は同時に最大の一撃を放つ。
悟空の拳に金色の光が集中。
久瀬の拳に赤い龍の炎が宿る。
ドガァァァン!!
衝撃波がグラウンド全体を揺らし、土煙が立ち上る。
煙が晴れた時——
二人は向かい合ったまま、立っていた。
だが、久瀬の体がゆっくりと膝をつく。
マガリ化が解け、元の姿に戻る。
「……負けた、か」
久瀬が苦笑い。
「完敗だ。見事だぜ、花果」
悟空もマガリ化を解き、息を吐く。
「いい勝負だったぜ。次はもっと本気でやろうな」
昇龍會の面々が呆然としている中、久瀬はゆっくり立ち上がり、右手を差し出す。
「これからも、よろしくな。花果悟空」
悟空はニヤッと笑って、その手を握り返す。
「ま、気が向いたらな」
ルシアが駆け寄ってくる。
「バカ! 無茶しすぎでしょ!」
悟空は肩を竦める。
「これくらい、へっちゃらだろ」
久瀬がルシアを見て、軽く頭を下げる。
「来の妹か。迷惑かけたな。悪かった」
ルシアは少し頰を赤らめて、そっぽを向く。
「……別に。悟空が勝ったんだから、いいけど」
その夜。
悟空とルシアはまたハンバーガーショップへ。
今度は悟空のおごりである。
「次は誰が来るんだろうな」
悟空がバーガーを頬張りながら言う。
ルシアはくすっと笑う。
「アンタがいる限り、退屈しなさそうだけどね」
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数日後、傲来市立学園の屋上。
昼休み。
悟空はフェンスに寄りかかって、空を見上げながら缶コーヒーを飲んでいる。
隣にはルシアが座って、膝を抱えていた。
「…あんた、最近やけに静かだね」
ルシアがぽつりと言う。
悟空は肩をすくめる。
「別に。喧嘩ばっかじゃ疲れるだろ」
「嘘。昇龍會のアタマ倒したってだけで、他の連中がビビってるだけじゃん」
ルシアがくすっと笑う。
悟空は苦笑いしながら缶を置く。
「まあな。清光の奴とか、目が泳いでるし」
その時、屋上の扉が開いた。
入ってきたのは——来理人。
サザンクロスのヘッド、マガリ・レオパルド。
軽やかな足取りで近づいてくるが、目は笑っていない。
「よぉ、花果。随分と派手に暴れてくれたじゃねえか」
来理人がニヤリと笑う。
「俺の面子、潰しやがって」
悟空はため息。
「面子とか知らねえよ。お前が先に絡んできたんだろ」
来理人は肩を竦め、ルシアをチラリと見る。
「妹の面倒見てくれてるみたいじゃねえか。感謝しろよ?」
ルシアがムッとして立ち上がる。
「余計なお世話だよ、兄貴」
来理人は手を振って笑う。
「冗談だよ。…まあいい。今日は用がある」
視線を悟空に戻す。
「昇龍會が大人しくなったのはいいが、市内の他のチームが動き出してるぜ」
悟空が眉を上げる。
「他のチーム?」
「そうだ。名前だけは聞いたことあるだろ?
最近、傲来市でマガリ同士の縄張り争いが激しくなってる。
お前みたいな『規格外』が現れたせいで、均衡が崩れかけてんだよ」
悟空は面倒くさそうに頭をかく。
「俺のせいかよ…」
来理人が一歩近づく。
「だから提案だ。花果悟空。お前、俺たちサザンクロスと組まねえか?
いや、組むってより…『頂点』に立てよ」
ルシアが息を飲む。
悟空は黙って来理人を見つめる。
「頂点、ねえ…」
悟空が低く呟く。
「俺はそんなモン興味ねえ。ただ、飯食って、寝て、たまに喧嘩すりゃいいと思ってただけだ」
来理人が笑う。
「それで十分だろ。だがな、この街はもう静かじゃいられねえ。
800年前の斉天大征が死んでから、ずっと抑え込まれてきた『何か』が、動き出してる気配があるんだ」
悟空の瞳が一瞬、金色に光った。
「…何か、って?」
来理人は声を潜める。
「マガリの頂点。
いや、『斉天大征』の再来、って噂されてるヤツだ。
お前みたいな金色の猿が現れた途端、奴の影がちらつき始めた」
ルシアが悟空の袖を掴む。
「悟空…」
悟空は静かに立ち上がる。
「ふーん。面白くなってきたじゃねえか」
その夜。
傲来市の裏路地。
黒いコートを着た影が、複数の
リーダーの男——瞳が真っ赤に輝き、背中から黒い炎のようなオーラが漏れている。
マガリ・ピーコック。
「…金色の猿、か。
斉天大征の血を引くヤツが、ようやく現れたらしいな」
男が笑う。
「迎えに行ってやるよ。
この街の『王』は、俺がなる」
一方、悟空の部屋。
ベッドに寝転がりながら、スマホを弄っている。
ルシアからメッセージが来ていた。
【ルシア】
今日の来理人の話…本当かな?
なんか、嫌な予感するんだけど
悟空はニヤリと笑って返信を打つ。
【悟空】
心配すんな。
誰が来ようが、俺様がぶっ飛ばすだけだ
送信した後、悟空は天井を見上げる。
金色の瞳が、暗闇の中で静かに輝いていた。
傲来市の闇が、ゆっくりと動き始めた。