「やあああん♡ゴーちゃん、まだ息してるのおん?」
ピーコックのチェーンが、再び空を切る。
金色の鎖が血を纏って、鞭のように久瀬の肩を抉った。
肉が裂け、骨が露出する嫌な音。
それでも久瀬は、倒れなかった。
唐突な牛魔王とレディ・ピーコック兄弟のカチコミが昇龍會を襲った。
突然の襲撃は昇龍會の動揺を誘い、牛魔王一派のなんでもありな
ただ一人、漢・久瀬を除き。
「…まだ、だ」
血の塊を吐き出しながら、這うようにして立ち上がる。
視界はもう半分赤く染まっている。
それでも、背後に縮こまる昇龍會の若い衆の姿が見えた。
「ゴーさん!もういいって……逃げてくれよ……」
「黙れ」
久瀬の声は低く、震えていた。
だが、そこに迷いはなかった。
「俺が……お前らを……守るって、決めたんだよ」
牛魔王が鼻で笑う。
巨大な鉄パイプを肩に担ぎ、ゆっくり歩み寄る。
「守る? お前が? このザマで?
笑わせんなよ、不死身さんよ」
次の瞬間、牛魔王の蹴りが久瀬の腹に炸裂した。
内臓が潰れるような衝撃。
久瀬の体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。
コンクリートにひびが入った。
昇龍會の一人が叫ぶ。
「ボスぅ!!」
「来るな……!」
久瀬は血を吐きながら、手を上げて制した。
体が、限界を超えていた。
骨は砕け、筋は裂け、内臓は悲鳴を上げている。
それでも――
「まだ……終わってねぇ……」
その言葉と同時に。
久瀬の体から、異様な熱が噴き出した。
ゴオオオオオ……!
空気が歪む。
皮膚の下で、何かが蠢く音。
ピーコックが目を細める。
「んふ♡アタシたちと同じ気配……」
牛魔王も、初めて表情を変えた。
「……マガリか?」
次の瞬間。
久瀬の背中から、赤い鬼の角が生えた。
皮膚が裂け、赤黒い鬼の肌が露わになる。
目は金色に輝き、牙が伸び、髪が逆立つ。
体躯が一回り、二回り膨張し、筋肉が鋼のように隆起した。
「マガリ・レッドオーガー……!ゴーさんの変身だ!」
昇龍會の若い衆が、息を飲む。
マガリ・レッドオーガーと化した久瀬は、ゆっくりと立ち上がった。
傷はまだ塞がっていない。
血は滴り続け、骨の砕けた腕はだらりと垂れている。
それでも、目は燃えていた。
「お前ら……ウチの奴らに、手ェ出すんじゃねぇ」
声は、低く、獣のように響く。
ピーコックがニヤリと笑う。
「やだもう〜♪ペアルックじゃなあい!?アタシ、そーゆーの好きよ♡」
チェーンを振り回し、一気に跳躍。
金色の鎖が、赤鬼の首を狙って飛ぶ。
だが――
赤鬼の左手が、チェーンを掴み止めた。
血まみれの掌から、煙が上がる。
鎖が熱で焼ける音。
「…痛ぇな」
久瀬は呟きながら、チェーンを引いた。
ピーコックがバランスを崩す。
その隙に、赤鬼の右拳が炸裂。
ピーコックの体が吹っ飛び、壁に激突。
コンクリートが粉々に砕ける。
「ぐっ……!?結構、良いパンチじゃなあい♡」
牛魔王が吼える。
「ピーコック!!……ガキのごっこ遊びにしちゃ、やるな」
巨体が突進。
腕を振りかぶり、赤鬼の頭を狙う。
だが、赤鬼は動かなかった。
――守る。
背後の昇龍會メンバーを、両腕で覆うように構える。
牛魔王の鋼鉄のように頑丈な腕が、赤鬼の背中に直撃。
背骨が軋む。
皮膚が裂け、赤い血が噴き出す。
それでも、赤鬼は倒れなかった。
「…まだ、だ。
悟空とのタイマンに比べりゃあ、まだなまっちょろい」
牛魔王の目が見開く。
「悟空ぅ?……あの猿餓鬼か。ガキの拳と、俺たち兄弟の拳だと重みが違うだろうが!」
赤鬼の金色の目が、牛魔王を捉える。
「……ステゴロなら、アイツが上だ」
ゆっくりと、赤鬼は歩き出す。
傷だらけの体。
血の海を踏みしめながら。
ピーコックが這い上がり、笑う。
「んっふ〜♡良いじゃない良いじゃない!
ねーん、お兄ちゃん♡ゴーちゃん、押忍車引かせたいわん♡」
牛魔王も、鉄パイプを握り直す。
「我がきょうだいながら、お前の趣味はわからん」
赤鬼の久瀬は、静かに構えた。
血を流しながら。
骨が砕けながら。
それでも、守るために。
――まだ、終わってねぇ。
「ゴーさん……!」
その声の主は、ユーウェインだった。
昇龍會の末っ子。
まだ喧嘩もろくに知らねぇガキ。
さっきまで震えながら壁際に縮こまっていたが、今は血走った目で久瀬の背中を見つめている。
牛魔王が吼える。
「まだ守ってんのかよ、不死身さん。
お前の体、もう原型ねぇぞ?」
鋼鉄の腕が、再び赤鬼の頭を狙う。
衝撃で久瀬の角が一本、根元から折れる。
頭蓋がひび割れ、血が噴き出す。
それでも、赤鬼は両腕を広げたまま動かない。
「……まだ……終わってねぇ……」
ピーコックが笑いながら跳ぶ。
「諦めが悪いオ・ト・コ!」
金色のチェーンが、赤鬼の首に絡みつく。
引き絞る。
息が詰まる。
視界が暗くなる。
昇龍會メンバーが叫ぶ。
「ゴーさん!!もう……もういいって! 逃げてくれよ!!」
だが、久瀬は首を振る。
「……逃げねぇ……俺が……守るって……決めた……」
その言葉が、ユウの胸を抉った。
ユウの目から、涙が溢れる。
「ボス……こんな……こんなボロボロで……!」
牛魔王の拳が、赤鬼の腹に沈む。
内臓が潰れる音。
久瀬の体が折れ曲がる。
それでも、倒れない。
ユウは、震える手で拳を握った。
「……もう……耐えらんねぇ……!」
ユウは、血だらけの床を這うようにして立ち上がる。
「ゴーさん!俺……俺が行く!」
久瀬の金色の目が、わずかにユウを見る。
「……ユウ……?」
「悟空を……呼びに行かなきゃ!!」
ユウの声が、壊滅したアジトに響く。
「金角のタイセイを!
あの人なら……あの人なら、絶対に……!」
ピーコックが目を細める。
「は? タイセイ?あの坊や……?」
牛魔王の表情が、初めて凍りつく。
「……ガキに何ができる?」
ユウは、涙を拭いながら走り出す。
「ボス! 待っててくれ!
俺が……絶対に、悟空を連れてくるから!!」
血の海を蹴散らし、出口へ向かう背中。
赤鬼の久瀬は、ゆっくりと微笑んだ。
血まみれの牙が、わずかに覗く。
「……ユーウェイン、頼んだぜ……」
そして、赤鬼は再び構え直す。
まだ、終わってねぇ。
悟空が来るまで――
俺は、ここで耐える。