仮想の鬼神、幻想の都に墜つ 作:じゅじゅじゅ
フラン小話+パチュリー小話
時系列的には、妖怪の山事変の少し前です。
【悪魔の妹、鬼神の兄】
紅魔館の屋敷から窓の外を眺めていた宿儺は、夜の帳が下り始め、光と闇の境界が曖昧になっていく霧の湖に意識を向けていた。
月明かりと虫たちの光にぼんやりと照らされた湖面が、紫紺のグラデーションによって塗り潰されていく。コツコツと規則正しい鼓動を続ける、アンティーク調の柱時計の音に耳を澄ませ――
「そろそろだな……」
ドタドタと廊下を走ってくる足音、それが段々と宿儺に割り当てられている私室の前まで近付いてきて――
「どーん!!フラン登場ー!
「ちなみに咲夜ちゃんも一緒です。ぶい」
幻想郷が闇に包まれる頃合い、紅魔館では
弾けるような笑い声とともに、フランドール・スカーレットが全力で宿儺の私室へとダイナミック・エントリーを敢行する。寝起きの良いフランは大体
これが非常に寝起きの悪い現当主――――フランの姉であるレミリア・スカーレット相手だとこうはいかない。
おそらく今頃は、寝癖で爆発したヘアスタイルをそのままに、だらしなく着崩したモコモコのパジャマの中に手を入れ、お腹を掻きながらポソポソと寝言を口にしているだろう。
実のところ、そんな醜態を晒すレミリアを宿儺は紅魔館に来てから幾度となく見かけているのだが――レミリア本人はそれを知らない。
「ねぇ、スクナ?私の話聞いてるの?」
「……何か言っていたのか?」
「ほら〜!!やっぱり聞いてないっ!今日は前に言ってた“槍の使い方を練習する日”でしょ?」
「…………おい、俺はそんな約束などした覚えがないぞ」
宿儺にとって全く身に覚えのない予定が、フランの中で確定していた。
このような(半ば強引で一方的な)フランとのやり取りは、あの日以降、紅魔館では日常的に見られる光景になった。本来、他人とこういった形で関わることに嫌悪感を覚える宿儺だったが――――フランは意外にも聞き分けが良く、相手が本当に嫌がることは絶対にしない気遣いもあり――――暇を持て余している時は、案外言われるがまま『遊び』に興じていた。
「…………上体の動きにだけ意識を向けるな。槍術の基本は足捌きと腰の安定感にある。突きを基本としつつ、打ち・払い・薙ぎ……どの技にも繋げられるよう常に流れを意識しろ」
「うん!わかったよー!」
上目遣いでこちらを見上げるフランが、吸い込まれそうなほどに純粋な瞳をこちらへ向けてくる。
その後、フランは満面の笑みを浮かべながら――手の中でレーヴァテインを生成し――とてとてという擬音が付きそうな足取りで、少し離れた場所まで歩いていく。
そこで軽く左右を見回したフランは、ゆっくりとレーヴァテインを振り回し始める。
子供(?)らしく、飲み込みが早いのだろう。若干の拙さは残るものの、宿儺の基礎的なアドバイスを少しずつ“モノ”にしていく様子が見て取れた。
その様子を――まるで保護者が我が子を見守るように――両腕を組みつつ眺めていた宿儺は、物思いに耽る。
(……筋は良いな。俺の満足する水準にたどり着くまで、相当時間が掛かるだろうが…………本来、妖怪は人間と比較して生物としてのスペックが高い。ゆえに“こういった技術”を磨く者は少なく、戦いにおいて生来の能力に依存しがちだ)
かつて自分が下してきた妖怪たちの姿を想起する。
そのほとんどが、宿儺にとっては記憶の片隅にも残らないような雑魚ばかりだが――――今なお記憶に刻まれる、妖怪の中の真の
(いや、むしろ
ふと視線を部屋の隅へと向けると、咲夜がボサノバに合わせて踊っていた。
思わず何か一言言ってやりたい衝動に駆られたが――少しでも構ってしまえば、咲夜が図に乗ることが分かりきっていたため――宿儺は心の奥底でグッと堪える。
やがて一曲踊り終えた咲夜は、サイドテーブルに置いていた自身のカセットプレイヤーへと手を伸ばし、音楽を停止する。
「いかがでしたか?咲夜ちゃんのボサノバダンス」
「…………」
「宿儺様?咲夜ちゃんのダンス、可愛かったですよね?」
「…………」
「あぁ!もしかして、カッコイイの方が強かったですか?……くっ、
「…………おい、吸血鬼の小娘!槍を単なる道具として扱うなよ、己の肉体の延長にあると思い込め!」
宿儺が努めて無視していると、無表情のまま頬を膨らませた咲夜がグイと視界の中に割り込んでくる。
「……むぅ」
「…………貴様はなぜここに来たんだ?
「??今日の咲夜ちゃんは、宿儺様に可愛いと褒めて貰いに来ただけですよ?フラン様とは目的地が一緒だっただけです」
「…………お前は一体……何なんだ…………十六夜咲夜」
「完全で瀟洒な従者ですが?……あ、もしかして宿儺様も一緒にボサノバしたかったんですか?」
咲夜との会話で精神を削られた宿儺が、(宿儺を知る者が見れば驚くだろう)顔いっぱいに渋面を浮かべていると――フランの方向から殺意の乗った超高速の槍が飛んでくる。
あまりの速さに、音を置き去りにしたのではないかと錯覚する“ソレ”を――――宿儺は自身に当たる前に空中で掴み取る。
「あははっ!ごめーん!!
「ククッ、気にするな。
「……へぇ、随分言ってくれるね…………お兄ちゃん♡」
2人が決闘を行ったあの日以降、“こういった事”は度々起きていた。
宿儺がフランの前で隙を見せると、それを狙ってフランが『宿儺を殺そうとする』。それは悪意や敵意からくる物ではなく――――純粋に宿儺を強者として認めるからこそ出来る、信頼と尊敬の入り混じった“モノ”。要するに、彼女なりのスキンシップだった。
宿儺としても自分に一度敗れながら、果敢に命を取りに来るフランの姿に好感を持っており――そのスキンシップに苦言を呈することもなく、ごく自然に応えていた。
(それにしても『槍』か…………1000年前は俺も“飛天”を手にして戦っていたが……この幻想郷には残っていないだろうな。いまさら必要とも思わないが、再現する手段の有無や代わりの武装を探すくらいはしても良いな)
とびきりの笑顔で練習に戻っていくフランを視界に入れながら、宿儺は1000年前に失った自らの呪具“飛天”と“神武解”に思いを馳せる。
ふと、咲夜が傍から居なくなっていることに気付いた宿儺は――俯きながら独り言を呟く彼女を見つける。
「……パーフェクト美少女である私の『あぷろーち』には全く無反応なのに、妹様にはこの対応……もしかして宿儺様って、
数時間後、ようやく目が冴えて自室から出てきたレミリアにより――
◇◇◇◇◇◇◇
【宿儺のスペルカード開発録】
宿儺が放った斬撃によって、目の前に置かれていた土製の彫刻が粉々に砕け散る。
「おぉ〜、相変わらず物騒な
紅魔館の真奥に位置する大図書館の一室、魔法実験室にて――――小悪魔とパチュリー、宿儺の3人は土くれで出来た人形を使って、術式の試し撃ちを行なっていた。
「……ふん。この程度のモノ、いくら斬ったところで大したことはあるまい…………で、
残骸となった彫刻には目もくれず、退屈そうに鼻を鳴らした宿儺は――今日に限って一段と気合いの入った――隣に座っている眼鏡姿のパチュリーに視線を送る。
「……洗練された術。能力体系こそは霊力(霊術)に近いものがあるけれど……これが“呪術“なのね。とても興味深いわ。…………ただ、それはそれとして
パチュリーは人差し指の先で眼鏡のブリッジを静かに押し上げると、手元の小冊子に宿儺の術式に対する自らの分析を素早く記述していく。
宿儺も
完全に2人が自分たちの世界に入り込んでしまった上、これから
「はぁ……後片付けは私の役目、ですか」
箒と塵取り――そして腰に下げた小さなゴミ袋を三つ引っ提げ、実験室に散乱した土の破片を箒で掃除する。
部屋の中央にぶち撒けられた実験の残骸を掃いて纏めていると、とても今さっき出来たゴミとは思えない――焦げた羊皮紙、割れた試験管、床に染み込んだ謎の紫色の液体の跡――などといった年季の入った汚れが目に入る。
(パチュリー様、また掃除サボりやがりましたね…………罰として今日の夕食の中身に、こっそり無限オナラ誘発剤でも仕込んでやりますか)
心の中でパチュリーへの復讐計画を立てていると、一通りの分析を終えたパチュリーが大きく息を吐き出した。やがて小冊子にも最後の一行を書き終えると、深く椅子にもたれかかり、こわばった鼻梁から眼鏡を静かに下ろす。
「さて……
「貴様、本題を忘れていないだろうな?……とはいえ、貴様の分析にも興味がある。分かったことを言ってみろ」
宿儺からの純粋な期待を向けられたパチュリーは少しむず痒そうに、そして少し申し訳なさそうにしながら肩を竦める。
「変に期待させちゃって悪いんだけど、正直さっき言った内容がほとんどよ…………まぁ細かく言えば呪力の性質とか分類、魔力探知で可能な
そう言い終えると、パチュリーは自らのダボついた懐の中から『スペルカード大全』『妖精でも分かる!弾幕ごっこの基礎知識』と表題に書かれた二冊の本を取り出した。
現在、宿儺はパチュリー(ついでに小悪魔)に対して『スペルカードの開発依頼』を出していた。というのも、幻想郷に来てからまだ間もない宿儺は、弾幕ごっこの経験はおろかスペルカードすら所持していない。
今のところは紅魔館に引き篭もって生活をしているため、必要にかられることもないが――いずれ人間相手にいざこざが生じた時、“弾幕ごっこ”に巻き込まれる可能性は大いにあった。
そして、現時点での宿儺の弾幕ごっこに対する知識は「受肉直後に紫から教えられた」「書物から読み齧った」程度でしかない。
一度、間近で本物の弾幕ごっこでも目にすれば大体のことは分かっただろうが――――万全を期した宿儺は、術式に関する情報の口外禁止を条件に、この2人に『宿儺のスペルカード制作』へと協力して貰っていた。
「……八雲紫に縛りを結ばされている以上、俺が誤った
「……心中お察しするわ。まぁそのお陰で私は、呪術に関する知識を手に入れられた訳だけど……」
「それで、さっき貴様が口にしていた
「えぇ、あなたも薄々気付いていたと思うけど…………“術式”のことよ。弾幕ごっこのルールに反するわ」
「……やはりな」
異形化していない二つの瞳を細めながら、諦めとも取れる小さなため息を溢す。
しかしながら、その唇の端にはいつもの微笑が浮かんでおり――また何かしらを企てている気配が見てとれた。
「弾幕ごっこ……妖怪同士の争いが、幻想郷の平和を壊さないよう作られた『人間であっても人外同様の強さを発揮できる』弱者の為の決闘方式。細かいルールはあるけれど、その基本理念は『非殺傷と実力主義の否定、そして
パチュリーが細い指先で、多様な輝きを放つ自身のスペルカードを――ひとつひとつ丁寧に机の上に並べながら――滔々と語り始める。
「弾幕ごっこは、ただ闇雲に力をぶつける遊びじゃない。
「であればどうする?単に呪力を放出して、それを相手にぶつけるか?」
「まぁ、それも一つの手ではあるんだけど…………弾幕ごっこに慣れた幻想郷の住人が相手じゃ、単純な力の放出一辺倒だと相手にならないし……何より『美学』に欠けるわ」
「…………八雲紫め。よもや嫌がらせ目的で、この俺に弾幕ごっこを押し付けたか?」
「ふふ、どうでしょうね?……まぁ、あくまで参考程度に見て欲しいんだけど、これが私のスペルカード【火符『アグニシャイン』】よ。展開時の様子はイラストに書いてある通りね…………」
机に並べられたスペルカードの一枚、まるで真っ赤な花弁が咲き乱れたようにも見える――流麗なイラストが表に描かれていた。これといった感情が湧くこともなく、そのイラストを一瞥していると――パチュリーが声音を変えて、宿儺の意識を引き戻す。
「さて、ようやく本題に入るけれど……特にこだわりが無いのであれば、あなたのスペルカードは
「……なに?」
「先ずは
そういって差し出される一枚の紙。それは平均的なトランプカード程の大きさであり、一見すると無地のスペルカードにも見えた。
特に不思議な力を感じる訳でも無い
「……これはなんだ?」
「初心者向けのスペルカード補助アイテムよ。それにはあなたの能力体系に近い、霊力を自動変換するプログラムが組み込まれてるんだけど…………」
パチュリーが言い終わるやいなや、宿儺が手にしていた紙が黒い煙を出しながら小さく燃え尽きる。
「……やっぱりね。微妙な能力体系の違いに加えて、あなたの呪力出力には耐えられないか」
「ふむ……で、コレをどうするつもりだ?」
「このアイテムを基にして、あなた専用に適した一品を用意するわ。このアイテムにはデメリットとして、複雑な弾幕は作れなかったりするんだけど…………あなたの呪力出力ならその欠点をカバー出来る」
「だが、この時代の呪術師は全滅したのだろう?……それに俺の呪力に耐えるとなれば、それなりの強度が必要だ……それが幻想郷にあるとは思えんな」
「えぇ。だから、
「……ほぅ」
宿儺の口端から、思わず感嘆の吐息が漏れる。
紅魔館を訪れてから現在に至るまでの間、みっともない印象の強かったパチュリー・ノーレッジが――――幻想郷においてトップクラスの実力を兼ね備えた魔女である、という
宿儺の口元が、ゆっくりと弧を描く。それは嘲笑ではなく、純粋な賞賛だった。
「……面白い」
「ふふ、まぁ期待してて頂戴。……完成品が出来上がり次第、小悪魔を経由してあなたに連絡を入れるわ」
「あぁ、それで問題ない」
宿儺は自身の中で、パチュリーに対する評価を1段階上昇させる。また、心の中の“いざとなったら手を借りる人物リスト”にも入れておく。
そのまま、しばしの雑談を交え――スペルカードに関する細かな取り決めを行なった宿儺は、大図書を後にした。
こうして宿儺の心の片隅に産まれた『パチュリーへの敬意』は――その日の夕食時、パチュリーが永遠に止まらないオナラに悶絶し、奇声を挙げながら床をのたうち回って醜態を晒すまで――彼の心に残り続けた。
NEW! 宿儺のスペルカードは、パチュリー制作のものが使われていきます!