仮想の鬼神、幻想の都に墜つ 作:じゅじゅじゅ
宿儺の神力について触れる話にしようとしたんですけど、都合により後回しにしました。次回になると思います。
妖怪の山事変後のアリス小話です。
【自称・都会派の魔女!魔法の森奥地にて、宇宙人と遭遇?!】
魔法の森の奥深く、木々に抱かれた緑の一角に、重厚なオーク材を白亜のペンキで染め上げた洋館がポツンと一軒だけ建っていた。
そんな洋館の、色とりどりの人形たちが細やかに飾られる一室に、朝の柔らかな光がカーテンを透かして室内に差し込み、1日の始まりを告げる。
魔法の森にひっそりと佇む、魔法使いの孤独な居城。
この館の主“アリス・マーガトロイド”は、いつものように正確な時刻(朝七時ちょうど)に、長いまつ毛をゆっくりと震わせながら目を覚ました。
金色の髪が絹のようにベッドに広がり、白く美しい肌が朝陽を浴びて淡く輝く。
世の女たちが嫉妬に狂い、男たちが大枚を叩いても決して見ることの出来ない――彼女にとってはいつもの見慣れた光景に――アリスは無造作に小さく息を吐くと、優雅に上体を起こす。
決して焦ることなく、すべての動作を儀式のように。アリス・マーガトロイドは、完璧に整えられた動きで朝の支度へと取り掛かる。
ウォルナット製の椅子に深く腰掛け、ナプキンを膝の上に広げると――――テーブルに並べられた
テーブル端に置かれた銀製の魔法のベルを鳴らすと、どこからか甲高い笑い声とともに、2つの小さなシルエットが目の前にふわりと舞い降りる。
「シャンハーイ!」
「ホウラーイ!」
「ふふ、おはよう
アリスの『人形を操る程度の能力』によって自立して(実際には人形の四肢を細かい魔力の糸で操作している)動く、上海人形と蓬莱人形相手に朝の挨拶を済ませた後、紅茶の準備をするように指示を出す。
アリスからの命令を受け取った2体の人形は、クルクルと空中で互いの手を取り合って曲芸師の様に踊りながら、やがてキッチンの方へフワフワと飛んでいく。
その様子を微笑ましい視線で眺めながら――――アリスは紅茶が出来るまでの間を時間を潰すため、懐から一冊の古びた魔導書を取り出した。
これこそが、アリス・マーガトロイドの完璧で優雅なモーニングルーティン。人里離れた森の中、美しき魔法使いによる素晴らしい1日が始まりを告げる。
なお、余談ではあるが、彼女の人形操作術は単純な
ゆえに、先ほどの人形の動作やコミュニケーションは、アリスの
その様子に、彼女の知り合いである白黒魔法使いは――――人形相手に延々と会話を続けるアリスに、悍ましいモノでも見たかの様な視線を度々向けてくるのだが…………それはまた別の話である。
身だしなみを軽く整え、外出用のドレスを羽織ったアリスは――日課である魔法実験に必要な素材集めのため、自宅付近の魔法の森を上海・蓬莱人形と共に
「それでね?魔理沙ったら、私に『もっと外に出た方がいい〜!』とか『たまには人里に行って交友関係を増やした方がいい〜!』みたいな小言ばっかり言ってくるのよ?私にはあなた達2人が居るのに…………全く、余計なお世話なんだから」
「シャンハーイ!シャンハーイ!」「ホウラーイ!ホウラーイ!」
「ふふふ……何もそこまで言ってないわよ。可哀想だから、魔理沙には聞かれないようにしなさいね?」
「シャン!シャンハーイ!」「ホウ!ホウラーイ!」
「はいはい……お喋りはここまでよ。今日は作業しにここまで来たんだから……じゃあ早速だけど、リストにある魔法植物を集めて来て貰えるかしら?」
アリスの問いかけに、上海人形と蓬莱人形は身体を振って勢いよく頷くと、その小さな右腕を精一杯伸ばしながら賛同の意を返す。
「ふふ、分かればよろしい……!じゃあ、1時間くらいしたら一旦休憩にするから、それまでは頑張って働いてね?」
「シャンハーイ!」「ホウラーイ!」
人形を飛ばしつつ、自身も作業へと取り掛かろうとした……その瞬間。微かな人の気配と、誰かが何か話しているような声が風に乗って聞こえてくる。
普段は人間はおろか、妖怪すら滅多に立ち入らず――それこそ魔法使いや一部の変わり者しか足を踏み入れない“魔法の森”で、人の話し声がするというのは非常に珍しい。
もちろん、足を踏み入れる者が少ないからこそ、その“声の主”が知り合いである可能性も高いのだが――――人見知りがちで
やがて音の発生源のすぐ近くまで忍び寄ると、そこには1人の見知った人物と
「……おい、美鈴。このキノコは採っていいのか?」
「え〜っと、ちょっと待ってくださいね〜。あ、コレは駄目ですね。幻惑作用があるみたいです」
「……そうか。なら、小悪魔か咲夜に食わせておけば良いな」
「…………あの……話聞いてました?それ食べちゃダメなキノコなんですけど……」
紅魔館の門番を勤める中華娘『紅美鈴』と謎の男。
2mを軽々と越えるであろう背丈に、筋骨隆々という言葉が似合う、分厚く・逞しい肉体にはくまなく入れ墨が刻まれている。
しかし、それ以上に――――焼け爛れたように変形した顔面の右半分と、腹に付いている巨大な口が
「あ!……そう言えば宿儺様。あの噂って本当なんです?」
「…………噂だと?」
「はい!えっと……咲夜さんが言うには、『最近、宿儺様が私に熱い視線を向けて来て……それどころか、
美鈴が叫ぶと同時に、周囲の木々が
一応、私の顔見知りでもある美鈴は困り顔で何やら抗議しているが、宿儺と呼ばれた“謎の男”は聞き入れる様子もなく、初めて見る私でさえ身震いするほどの怒気をその身に滾らせている。
「……殺す」
「ちょ、ちょっとダメですよ!宿儺様!!咲夜さんを殺さないでください!それに宿儺様だって“縛り”で人間を殺せないですし…………何より咲夜さんってば、この話を紅魔館の中だけじゃなくて人里でも話して回ってるみたいで……今更殺したところで噂が広まり過ぎてて意味無いというか…………」
「…………自分でも驚いたぞ。俺は見下されるとここまで怒るのだな……適当な噂を吹いて回ったツケを、咲夜以外の人間に償わせる事が楽しみでならない……!」
怒り以上の何かに変身しそうな男を、美鈴が必死に宥めているのが視界に映る。
しかしながら、アリスの胸中を占めていた感情は『謎の男に対する畏怖』でも『美鈴に対する心配』でもなく――――
(お、お、男の人……!男の人が居るわ……!!!)
男性恐怖症を抱える乙女としての、純粋な不安と
私、アリス・マーガトロイドが人里離れた魔法の森に暮らすのには、いくつかの理由があった。
一つは魔法実験に必要な素材が身近に手に入るからであり、もう一つは元人間とはいえ魔女として生きる自分は、人間の生活圏からある程度距離をおく必要があったからでもある。
だが、それらの理由を差し置いて遥かに――――
男性恐怖症に始まり、広場恐怖症・社交恐怖症・蜘蛛恐怖症・集合体恐怖症……道化師恐怖症から換気扇恐怖症といった珍しいモノまで、とにかく苦手で近寄りたくないと思うモノが世の中に満ち溢れていた。
とはいえ、あくまでこれらのモノは苦手なだけであり、グッと我慢すれば耐えられない事もない。
特に、魔法実験でよく使われる定番素材『蜘蛛』の収集や調合の時は、毎回冷や汗をかき(目を細めてなるべく視界に入れないように)したりしながら、いつも乗り越えている。
しかし、耐えられるからといって『あえて苦手なモノに囲まれて生きる』理由も無かったので――――アリスは魔法の森の奥地を開拓し、自身の理想郷を作り上げたのだ。
(危なかったわ……こんな所で
息を殺しながら後ろ足で2人の前から遠ざかろうとする。その瞬間、アリスが身を隠していた大木が中腹から綺麗に切断され――――隠れていたアリスの全身が2人の前へと晒される。
「女、どこへ行く気だ?」
「あれ?そこに居るのは……アリスさん!お久しぶりですね!」
いつの間にかすぐ目の前まで近付いてきた男が、極寒の視線をもってアリスを睥睨する。
圧倒的強者に睨まれる恐ろしさよりも――――男性がすぐ近く、その気になればいつでも触れてこられるような距離に居るのが――――最高にしんどい。
「……ん?なんだ?この女、
「はい!!……そういえばアリスさんって、魔法の森に住んでましたねぇ。いや〜、久々に会えて嬉しいですよ〜!今日はお一人で散歩ですか?」
アリスとの再会を心から喜ぶ美鈴が、人好きのするような笑みを浮かべながらこちらに話を振ってくる。
正直、
「
純粋な疑問と大切な友人を見落とされた事に対する抗議の感情を込めて――――美鈴の瞳をじっと見つめる。
すると……美鈴は何か恐ろしいモノの深淵に触れたような表情を浮かべた後、さっと視線を下に逸らし、すぐさま謝罪の言葉を口にする。
「アッ……ソ、ソウデスネ……わ、私が間違えてました。ごめんなさい」
「いいのよ。間違いは誰にだってあるもの…………あなた達もそう思うでしょ?上海・蓬莱」
「シャンハーイ!」「ホウラーイ!」
「ふふ、よかったわね美鈴。2人とも怒ってないそうよ」
「そ、そうですか……それはよかったです……」
ぎこちない笑みを浮かべながら、後ろ手に頭を掻く美鈴に対し、素朴な顔をした宿儺が「この女は何を言ってるんだ?」と問いかける。
それを皮切りに2人で何やらコソコソと小声で話し始めるのを見て……好機を感じたアリスは、再びこの場から立ち去ろうとしてこっそり立ち上がるのだが――――
彼女の青いドレスの裾が、宿儺の斬撃によって折れた木の枝に引っかかり――地面に手をつく暇もなく、体が前のめりに傾いた。
「あっ……!」
顔全体が強い衝撃に襲われるのを覚悟していた彼女は――――温かく優しい感触によって、倒れる寸前で静止する。
「チッ、気を付けろ……」
優しさを微塵も感じられない、それでいて「鬱陶しい女だな」という表情を隠しもしない宿儺に――アリスは空中で抱き止められていた。
意識が混濁し、心臓が早鐘を打つ最中――――かろうじてお礼の言葉を口にしたアリスは、枝に引っかかり乱れてしまったドレスの裾を慌てて整える。
その後、いくつかのやりとりを美鈴・宿儺と交わしたアリスは(この時の会話はほとんど記憶に残っていない)いまさら素材集めに戻る気分にもなれず、浮き足立った気分のまま、大人しく帰路についていた。
やがて自宅に着いたアリスは、上海人形と蓬莱人形に新しく淹れて貰った紅茶をゆっくりと胃の奥に流し込みつつ――疑問に思っていたことを口にする。
「……なんなのかしら?焦ってたのは確かなんだけど、男の人に触られたのにいつもより不快感が少なかったような気が……」
う〜ん、と頭を捻りながら考え込む。しばらく考えてみたが、アリスに思い当たる節はない。
完全に思考が煮詰まってしまい、気分転換がしたくなったアリスは――――1度買ったはいいものの、読まずに机の上へ積んだままになっていた小説へと手を伸ばす。
表題は「His Dark Materials」。日本語訳では「ライラの冒険」「黄金の羅針盤シリーズ」とも呼ばれるソレは、アリスをファンタジーの世界へと惹きこみ、時間を忘れて夜になるまで、あっという間に読み耽ってしまっていた。
「いけない!もうこんな時間……早く夕食の準備をしないと」
足早にキッチンへと向かおうとしたアリスは、先ほど読んでいた小説の内容と宿儺の姿が脳裏で僅かに重なり――思わず足を止める。
この物語では、その人間の本質が“動物”の姿となって、登場人物達と行動を共にする。そんな“架空の存在”の姿が――――アリスの中における宿儺のイメージに合致する。
人間というにはあまりに異形で、怪異というには
つまるところ、アリスにとって宿儺は――――人間に限りなく近い特徴を持った動物、まるで『宇宙人』のような存在だった。
そして、仮に宿儺を“会話の出来る宇宙人”だと仮定した場合、アリスの現状にも説明がつく。
何故なら――宇宙人相手に触れ合った段階で、相手が『男性か女性か』を気にする者はいない。もしそんな奴が居れば、宇宙人以上にそちらの方が異常だ。
「なるほど……そういう事だったのね!」
自分の中で折り合いがついたアリスは、先ほどまでの困惑が嘘であるかのように、脳内がクリーンになっていくのを感じた。
また、それと同時に「新しい知人」が
喜びの感情に身を任せ、アリスは勢いよくその場で立ち上がると、椅子が後ろに転がるのも構わず両手を広げる。
「フンフン♪フフ〜ン♪フフ〜ン♪」
陽気な鼻歌を奏でながら、くるりとその場で一回転。ふわりと広がった淡いブルーのスカートに合わせて、上海人形と蓬莱人形も踊り始める。
その勢いのまま、アリスはスキップしながら家の中を駆け回り、棚の上に並ぶ人形たちに次々とキスを落とす――――
「あはは!とっても良い気分ね!!…………そうだ!!せっかくだし、今日の晩ごはんは少し豪華にしましょう!さぁ、みんな!お仕事の時間よ!」
アリスの声に応えるように、棚に並べられていた数十を越える色とりどりの人形が、まるで今目覚めたかのように動き始める。
魔法の森の奥深く――――最高にルンルンな魔法使いによる
――――こうして、この
「男性恐怖症のアリス・マーガトロイドにとって、『呪いの王・両面宿儺』はペット枠、もしくは宇宙人枠に該当する…………」
閑話休題。
あのような噂(完全に事実無根)を自ら広めた咲夜の動機が気になった美鈴は――――「宿儺をからかいたかった」のか、あるいは「惚れていたのは咲夜の方で、宿儺の気を惹こうとしていた」などの理由があると思っていた――――後日、咲夜本人に直接その意図を聞いてみた。
結果、咲夜本人には特に恋愛感情も理由もなく、本気で「宿儺が自分に惚れている」と思い込んでおり――――真顔で返された美鈴は、そのあまりに狂気じみた思考に呆れて、思わず天を仰ぐ。
現在、紅魔館の外壁には、宿儺の折檻を受けた咲夜が突き刺さっている。
幻想郷のヴィネガー・ドッピオこと、本作のアリス・マーガトロイドちゃん……
呪術廻戦、アニメ3期開始&モジュロ一巻おめ!