仮想の鬼神、幻想の都に墜つ 作:じゅじゅじゅ
すっくんの神力についてのお話っす!
ある晴れた日のこと。紅魔館のすぐ近くに位置する“霧の湖”のほとりに、1人の妖怪と1人の異形の男が立っていた。
これほど朗らかで陽気な日は、いつもなら川辺で遊ぶ妖精たちの笑い声が響き渡っているのだが、今日に限って妖精たちの姿は一切見えない。
瞬間。一瞬にして、周囲の空気が凍りついた。風が止み、鳥の声も消え――――湖面の水音すら遠のく。まるで世界そのものが息を潜め、彼の次の動作を待っているかのようだった。
「……行くぞ」
次の瞬間、宿儺の全身から、黒く粘つく、底知れぬ呪力と……それに混じった小さな
空気が重く濁り、視界すら呪力の奔流に飲み込まれてしまいそうなこの状況で――――自身の能力を使いながら、つぶさに観察していた紅美鈴は小さく呟く。
「……確かに。これは
その一言を合図に、宿儺の肉体から吹き荒れていた呪力の奔流が納まる。
「やはり貴様にも見えたか」
「えぇ。これは間違いなく“神力”です」
その一言に得心がいった宿儺は、まるで刃を鞘に収めるように、自らの威圧感を絞っていく。やがて、周囲に漂っていた針のように鋭い不穏な気配はなりを潜め、美鈴もリラックスした状態で近くの切り株に腰掛ける。
「元々、この幻想郷に受肉した時点で“純粋な人間”でなくなった俺は、微弱ながらに神力を持っていた」
「なるほど……確かに『半人半妖』なんかは、ごく稀に霊力と妖力、2つの異なる力を扱えるようになりますからね」
「あぁ、その点については何も思わん。1000年前に
「そうですね……私も中国で修行していた頃の話ですけど、『半人半霊』『半人半神』でそのパターンも見たことありますよ」
「あぁ……その通りだ。だが、俺が気になっているのは『
宿儺が言い終えるよりも早く、美鈴と宿儺すぐ真横の何も無い空間に――――突如として“スキマ“が現れた。
この幻想郷で“スキマ”を使ってくる人物など、たった1人しかいない――美鈴は驚きに目を見開き、宿儺は警戒を強めながら――無数の“目”が蠢く『彼女の異空間』をじっと睨み付ける。
「……ふふ、お久しぶりね?紅魔館の寝坊助な門番さん…………そして宿儺、貴方には……『またお会いしたわね』とでも言っておきましょうか」
スキマの中から、胡散臭い笑みを貼り付けた八雲紫と――――その一歩後ろから八雲藍が現れる。
紫だけでなく藍まで来たことに、美鈴と宿儺は小さな驚きを感じたが――宿儺は依然として、その表情を崩さない。
「おい、宿儺。紫様がお前に挨拶してるんだぞ。『こんにちは』の一言くらい言えないのか!」
「……チッ」
「え、えっと……こんにちは。紫さんに藍さん……2人ともお久しぶりですね」
相変わらず何を考えているのか分からない紫と、既に剣呑な雰囲気を垂れ流し始めている宿儺と藍の様子に――――自称「紅魔館で最も空
すると、宿儺に対して鋭い視線を向けていた藍が少しバツの悪そうな表情を浮かべる。
「む、すまない…………お前に対して言った訳では無いのだかな……だがこれも、すぐに挨拶を返さない
もはや言い掛かりレベルの難癖を付けてくる藍。それを聞かさされた宿儺は、内心の不快さを隠す気も無く眉間に皺を寄せる。
「チッ……喧しい女だ………………八雲紫。今日は一体、何の用があってここへ来た?わざわざ己の従者まで連れて来るとは……俺と1人で会うのはそんなに怖かったか?」
「勘違いしないでよ…………今はたまたま、そこでプリプリしてる私の従者におねだりされて……これから人里で開催される『大感謝祭!稲荷づくしに稲荷まみれ!ヤケクソお稲荷さんフェスティバル!!』に向かう途中だったから、ちょっと顔を出しただけよ」
「なっ……ゆ、紫様!この男の前で、そのようなこと……い、言わないでください!」
顔を真っ赤に赤らめながら、じたばたと狼狽える八雲藍の姿を尻目に――ようやく宿儺は警戒を少し緩めた。
「……俺と美鈴の話は聞いていたな?」
「えぇ……貴方が神力を獲得した理由……それは『妖怪たちの信仰を集めた』からよ」
「…………やはりな」
宿儺が“妖怪の山事変”を引き起こした影響は、人々の見えないところで静かに波紋を広げていた。
幻想郷の一部有力者たちの間で秘密裏に共有されていた「両面宿儺の復活」に関する情報、それがあの出来事をきっかけに、一般妖怪レベルにまで広く浸透した。
今のところ、暴動や混乱などは起きていないが――――宿儺の存在は公然の事実となり、その所業についても広く周知され始めている。
そして――――1000年ぶりに振るわれた彼の力の
畏れと信仰は表裏一体。畏れはやがて
こうした結果、幻想郷全体でその存在を認知され、再び強く畏れられるようになった彼の肉体には――――およそ小神(力の弱い神様)と同程度の神力が宿るまでになった。
「にしても凄いわね。貴方ってば、存在的には“限りなく人間に近い”んだから、本来なら信仰を神力に変換しづらい体質なのに……よっぽど皆を怖がらせたのね」
「俺が怖がらせたのではない。この時代の妖怪が
「…………ほんと、貴方の正論って耳が痛くなるわね。あーもう、嫌になっちゃう」
あまりに正鵠を射た――――とはいえ、絶妙に肯定も否定もしづらい彼の主張に、美しい眉根をわずかに寄せた紫は、ほぅと憂いのこもった溜め息を吐く。
妖怪の弱体化は、ある意味『平和の象徴』とも言える。以前のように、縄張りや利益・信仰の獲得のために、お互いがお互いを殺し合わなくても良くなったのは間違いなく良いことだ。
しかしながら、その一方で妖怪たちの『根源的な本能』とも言えるモノが衰弱していったことも事実。
この世界の調停者として、“闘争や進化”よりも“友好と調和”に目を向けてきた八雲紫からすると――――先の宿儺の発言は、ある意味もっとも突かれたくない所を突かれた形になる。
とはいえ、自分の理想を曲げるつもりなど欠片も無い彼女は――――紫色のドレスを小さく揺らし、妖艶な笑みを浮かべていた唇を不機嫌そうに“へ”の字に結んで――――細い指を両耳に当ててぴったりと塞ぐ。
八雲紫式の最終奥義『そんな都合悪い話なんて、もう聞こえないわよ』の構えである。
その話はしたくないわ、そろそろ話題を変えましょう、という意思を込め――紫は宿儺の方をじーっと睨みつける。
そんな様子の八雲紫に――――多少溜飲が下がった宿儺は、小さく嘲笑を浮かべる。
「フッ…………」
「おい、宿儺貴様。今、紫様のことを嗤ったか?おん?」
再び着火しそうになる藍。それを「まぁまぁ……宿儺様はこういう方ですから」と美鈴が抑え込む。
そんなやり取りを余所目にしつつ、心の中で美鈴へと感謝を送った紫は――これ以上、この件に関して突っ込まれたくなかったため――しれっと話題を変える。
「……それにしても。
「…………俺が
「……どうしてそう思うのか、答えを聞いていいかしら?」
胡散臭い笑みの裏側に僅かな緊張を滲ませた紫は、言葉を選びながら質問する。
そんな彼女の様子に、己の中で再び確信を深めた宿儺は――――ゆっくりと両腕を胸の前で組み、指を軽く絡ませ――――まるで相手の腹を内側から食い破るように、静かに
「俺の情報を全て掴んでいたにしては、貴様の行動が
「……なるほど?」
「以前、パチュリーに俺へ仕掛けられた術を調べさせたこともあったが、監視していたのは
「…………状況証拠の羅列じゃない……」
「だが、
「はぁ…………観念するわ」
ゆっくりと両手を頭の高さまで掲げ、白い手袋に包まれた細い指先を、まるで白旗を振るように軽く揺らす。
長い金髪が肩から滑り落ち、少しだけ困った様子で眉間に皺を寄せた紫は……一瞬だけ躊躇うような仕草を見せた後、ようやく幻想郷の賢者としての仮面を脱ぎ捨てる。
「貴方ってば、ほんっっっとーーに厄介よね!!このアイデアとか、仕掛けを用意するのに、私たち数年前から準備してたのに!…………もう少し『人間らしく』騙されがいのある感じになってくれない?」
「断る。俺は“呪い”だ」
宿儺の返答は実に端的だったが――――彼なりの決意の固さや
いつか遠くの記憶を思い出すように目を細め――――寂しさと嬉しさ、そして懐かしさが混じり合ったような曖昧な笑みを浮かべた後、そっと溜め息を漏らした。
「……ホント、貴方の
「……この程度の情報、漏れたところで何の不利益も無い。それに…………強引に解除することが『貴様への攻撃』に判定されては敵わんからな」
そんな宿儺の言い分に、紫の中で一応納得はいったものの……
「今も昔も……そういう所だけは
「『攻撃にならない』、という貴様の言葉を信じろとでも?……それに俺の価値観について、貴様からとやかく言われる筋合いなど無い」
「ねぇ……封印した私が言うのも何だけど……私たち、もう少し仲良くやれないかしら?」
他愛もない会話の応酬を続けていると、いつの間にか美鈴の
「……おい、宿儺!あまり紫様に迷惑をかけるなよ?普段のお前は色々考えすぎなのだ、もっと馬鹿になれ!!」
会話を聞いていたかどうか、絶妙に分からない言い回しをする
「貴様ほど
頭の弱い妖怪狐を揶揄ってやるため、何の気なしに放った一言。しかし、その言葉を聞いた八雲藍は、俯いたまま静かに身体を震わせ始める。
その様子に、少し不安になった美鈴が声を掛けようとして近付くと――――ばっと勢いよく顔を上げた藍は、満面の笑みを浮かべ、宿儺の肩に寄り添いながらガッシリと腕を回す。
「よ、よ、ようやく分かったかぁ〜〜!!!私は嬉しいぞ、宿儺!!自らの
「……は?」
「黄泉がえりを経験して、お前も改心したのだな……よし!良いだろう!!橙に続いて……紫様ファンクラブのNo.3に任命してやる!光栄に思え!!」
「『
「チッ……惜しかったな」
「ちょっと……隙あらば私の従者を細切れにしようとするの、辞めてくれる?」
スキマ越しに片手で藍の背中を支え、その場で大きく溜め息を吐いた紫は――まるで聞き分けの無い子供に向けるような、呆れた視線を宿儺に飛ばす。
しばらくして、状況を把握した藍がフリーズから回復すると――――瞳の端に涙を溜めながら、宿儺へと食ってかかる。
「お、お前!よりによって『解』ではなく『捌』を使うとは……!死んだらどうする!?」
「皮肉すら理解出来ん愚か者の従者など……いっぺん死ねば良いのだ」
「な、なんて酷いことを……ようやく分かり合えたと思ったのに……!一緒に『お稲荷さんフェス』に誘おうと思ってたのに……!」
よよよ、と泣き出した藍を紫が背中を撫でながら慰める。心なしか、美鈴までもが宿儺を咎めるような視線を向けてくるが――――その程度で心動かされる宿儺ではない。
「さっさと消えろ。次は本気で切り刻みに行くぞ?」
「はいはい…………藍、行くわよ。次からは“怖い人”にちょっかいかけちゃダメよ?」
「ゔぅ…………ゆがりざま……だ、だっでぇ……」
「この姿を橙に見られてもいいの?貴方も立派なお姉ちゃんでしょう?」
紫の肩にしがみつきながら、小さく駄々をこねる藍の頭を優しく撫でる。やがて藍が落ち着き出したところで、何も無かった空間がゆっくりと歪み、新しく黒い裂け目を生み出す。
ぐずる幼子をあやすように――そっと藍の手を取りながら、新しく展開した移動用のスキマへ入ろうとして――その直前でぴたりと足を止めた。
「あっ!そういえば、一つ言い忘れてたんだけど…………貴方の可愛らしい『裏梅ちゃん』!受肉の目処が付いたわよ。諸々の準備を考えて……1週間後になると思うわ。ふふ……安心して頂戴。貴方とは違って、あの子に変な仕掛けは施さないから………」
異空間へと繋がる裂け目が、2人の存在をじわじわと飲み込んでいく。
やがて、その姿を完全ち覆い隠そうといった所で――――紫が宿儺の方を振り返りながら告げる。
「1週間後、また貴方を迎えに来るわね…………それまではご機嫌よう」
ちなみに……藍は「お稲荷さんフェス」に参加して、すぐ元気になりました。よかったね。
NEW! すっくん、神力増えたってよ!
→秋姉妹より、ちょい少なめの総神力です。