仮想の鬼神、幻想の都に墜つ   作:じゅじゅじゅ

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 八雲藍ちゃんこと、ポンコツな裏梅エミュ娘
 八雲紫ちゃんこと、苦労人お姉さん



第一話 鬼神のめざめ

 

 

 この世界に満ちていた神秘に対して、人間は無力だった。

 

 悪霊や怨霊は生者の気を触れさせ、妖怪は見つけた人間を殺してはその血肉を啜り、傲慢な神々は戯れによって村を焼く事を娯楽としていた。そんな一方的に降り注ぐ“理不尽”に対して、古代の人間が取る手段は様々だった。

 身を隠し厄災が過ぎるのを待つ者、祈りを捧げる事で従属の道を選ぶ者、自ら生贄を与える事で赦しを得る者……

 

 

 そんな時代において、唯一、超常の存在に対して敵対する事を選んだ異端児達がいた。

 彼らは遥か格上の存在を打倒するべく、様々な技術を開発し、それらを日夜ひたすらに研鑽し続けた。

 

 殺された家族の復讐の為、先祖が受けた屈辱を晴らす為、未来を生きる者達に平和を託す為に。狂気的とも言える執念の果て、彼らは超常にも匹敵しうる様々な手段を見つけるに至った。

 

 

 それこそが魔法であり、道術であり、祓魔術であり、気功術であり、神降ろしであり、そして

 

 

――――『呪術』であった。

 

 

 これら発達により、より安全を確保出来る様になった人間は、村を発展させ国を作る様になった。国はやがて文化を作り、文化はやがて文明を作り、そして文明はついに科学を生み出した。

 

 科学の発展はかつての未知を既知に変え、神秘の多くを淘汰した。神秘そのものが弱体化していくにつれて、それらに対抗する為の技術も廃れていき、しだいに忘れ去られていった。

 

 そして今よりおよそ100年前。『呪術』は消滅した。

 

 もはや失われた技術。二度と蘇る事の無いと思われていた()()は、現代において――――忘れ去られた者たちの楽園にて復活を果たそうとしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

――――幻想郷 迷い家

 

 

 

 貼り替えたばかりの畳の匂いが香る、がらんどうとした巨大な日本家屋。平屋にも関わらず15m近い高さの天井を持つ巨大な木造建築は、一昔前の道場を思わせた。家具や調度品はおろか、鏡の一つすら無い殺風景な室内の中央に、白い布に包まれた大きな物体とそれを囲む2人の美少女がいた。

 

 

「いや〜、ついにこの日が来ちゃったわね。正直、嫌な予感しかしないのだけど……。まぁ、やるしかないわよね」

 

「……紫様。差し出がましい事を申し上げますが……奴との約束など反故にしてしまえば良いのでは?暴力と殺戮の化身のようなあの男が蘇ってしまえば、一体どんな影響が生じるか……」

 

「言いたい事は分かるんだけど……それは出来ない相談ね。彼とは『縛り』を結んでいる以上、破れば罰を受けるのは私。…………それに全てが上手くいけば、この幻想郷はもっと安定する。1000年や2000年じゃない……正真正銘の“幻想たちの永遠の楽園”が誕生するの」

 

 

 横を見れば難し気な表情を浮かべた――恐らくは何も考えておらず、ただ嫌いな人に会いたくないだけであろう――家族兼従者である藍の頭を優しく撫でながら諭す様に言う。

 

 

「大丈夫。『縛り』を受けるのは彼自身も同様よ。好き勝手にはさせないわ。…………それに私たちだってこの1000年で強くなったでしょ?もし、何かあっても賢者たち(みんな)でやればきっと勝てるわ!……そうでしょ?藍?」

 

「……ッッ!!!私が間違っておりました、紫様!……そうです。私だってこの日の為、1週間も“稲荷断ち”をしてまで備えて来たのです!!今日の私は、稲荷に燃える修羅のごとく……紫様に指一本触れさせる事なく、ボコボコにしてやりましょう!!!」

 

 

 

(稲荷断ち?何それ意味あるの?というかこの子、年々バカになって来てない?)

 

「……そ、そう。まぁその意気よ!!…………でも、起き抜けの彼をいきなり殴る様な真似はしないで頂戴ね?お願いだから」

 

 鼻息荒く満面の笑みを浮かべる藍に一抹の不安を抱えながらも、紫は受肉の準備に取り掛かる。白い布の一部を捲ると、強制的に仮死状態にされた黒髪の男の顔が表れる。なんて事のないただの一般男性、紫自身でさえ名前すら知らない。

 しかしながら、彼こそが幻想郷が誕生してから500年以来、紫が唯一見つける事の出来た『天然モノの宿儺の器』。宿儺の膨大な呪力量に耐性を持つだろう肉体の持ち主だった。

 手元に小さなスキマを作り出し、中から保管していた宿儺の指を取り出す。

 

「おはよう。1000年ぶりのお目覚めね。幻想郷は貴方を歓迎するわ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 沈んでいた意識が浮上する感覚。肉体に感覚が宿り、意識の中に膨大な()()()()()が流れ込む。それらをひとつひとつ精査しながら、片手間に“肉体の元の主人”である魂を圧し潰し、肉体を自身の物へと作り変えていく。

 10秒と経たずに受肉による変身が完全に終了し、4本の腕の感触を確かめつつ、肌で光を味わう。やがてはっきりした視界に、懐かしくも忌々しい八雲紫の姿が映り…………

 

 

「解」

 

 

 一切の予備動作なく放たれた不可視の斬撃は、八雲紫に命中する直前に突如として表れたスキマによって異空間に飛ばされる。

 

 

「随分な挨拶ね。……貴方って意外に寝起きが悪いのかしら?」

 

「不快な顔が近くにあったものでな。つい切り刻む所だった」

 

 

 挨拶程度の嫌味を交わしていると、面白い程に顔を真っ赤にした藍が掴みかかってくる。

 

「お、お、おま、おまぇぇぇ!!紫様に蘇らせて貰った分際で、なんと無礼な!!!ええい、こうなれば『怒りのお狐パンチ』でもう一度……ぷぎゅ!!」

 

 紫のチョップを食らって奇妙な悲鳴を上げながら頭を抑えてうずくまる藍を鼻で笑い、再び紫に視線を向ける。

 

「ふむ。あれからおよそ1000年後か?随分と待たせてくれる…………それにしても貴様、あの時以上に“俺の術”が見える様になっているな。多少は強くなったか?」

 

「えぇ、お陰様でね。……ねぇ、そんな事より残り19本の指はどうするの?もし、具合が悪いんなら私が愛情込めて『あーん♡』してあげても良いけど?」

 

「…………気色の悪い冗句はよせ」

 

 

 

 

 紫から受け取った指を全て呑み込む。呪力が身体から溢れる感覚を味わっていると、ふと僅かな違和感に気付く。

 

(俺の呪力の性質が僅かに変わっている?……いや、それだけでは無いな。呪力の総量すらも上がっているか。…………なるほど。魂の分離と黄泉がえりを経た事で、俺という存在が人間から神霊に近い存在として“成った”のか。……だとすれば、この増えた呪力量については『封印中に集めた信仰』という事になるか)

 

 自身の持つ知識と照らし合わせながら、状況を冷静に分析する。身体機能や術式にも齟齬が見られない事を確認した後、改めて紫に向き直る。

 

「身体に異常や違和感は…………大丈夫そうね。分かっているでしょうけれど、今の貴方は肉体を持った神霊に近しい存在よ。……まぁ、だからと言って別に人間だった時と変わる事もほぼ無いんだけど、一応ね」

 

「信仰とやらを集める必要はないのか?」

 

「貴方の場合はね。元となる肉体がある以上、存在の比重が精神にある訳でも無いし。…‥強いて言えば数千年ごとに肉体が劣化するでしょうから、その都度“新しい器”が必要になるわね。まぁ、今回の件で大分ノウハウも出来たし、『人工』でもいいならすぐに用意出来るわよ」

 

「分かった。……なら、早速本題に入れ」

 

 紫は一つ頷くと、先程までの弛緩した空気感は霧散する。幻想郷が誇る大妖怪に相応しいだけの風格と威厳を発し、その顔に胡散臭い笑み――彼女が賢者として活動する際に被る仮面――を浮かべ、宿儺に課すルールを発表する。

 

 

 

「その一、『いかなる理由があっても人間を殺してはならない』。

 ここ幻想郷において、人間は無くてはならない存在…………ただでさえ数が限られている以上、減らす様な真似は許されないわ。

 

 

 そのニ、『人間以外の存在に対する虐殺の禁止』。

 もちろん、必要性が認められた“殺し”や“暴力”までは禁止しないわ。正当防衛や合意の上での喧嘩、対立関係にあって仕方がない場合は、全面的な武力の行使を認めます。……まぁ、要は『理由なく気分で殺さないでね』って事よ。平安時代(あのとき)に比べて、妖怪(私たち)も新しく生まれる個体が減ったからね。

 

 

 その三、『幻想郷の維持に致命的な支障をきたさない事』。

 これには、()()()()()()()()()()事も含まれるから気を付けて頂戴。

 

 

 そして最後、四つ目。『弾幕ごっこ』。

 幻想郷(ここ)では、揉め事を収める際、基本的に非殺傷の弾幕戦を行って決着を付けているの。受ける受けないは貴方の自由だけど、唯一、人間から指定された場合は拒否権が無いからそのつもりでね?

 

 

 以上よ。質問はあるかしら?」

 

 

「無い。話はそれだけか?」

 

「えぇ、そうね。……あっ!忘れてたわ!裏梅ちゃんと万ちゃん。あの子たちとも約束しててね。いつになるかは分からないけど、これからあの子達も受肉させるから楽しみにしてて良いわよ?」

 

 裏梅の名前を聞いて一転、少し明る気な表情を浮かべるものの、万の名前が出た途端に露骨に顔を顰める。

 

「…………せめて裏梅を先に受肉させろ。(あいつ)は俺の話を聞かんからな……」

 

「ふふっ、分かったわよ。それじゃあ、簡単にここの地理でも説明して……」

 

「それも不要だ。その程度なら自力で歩いて調べる」

 

「そう?ならそれでいいわ。……一応混乱を防ぐためにも、まだ人里には近付かないで頂戴ね。……じゃあ、早速だけど()()()を開いて、貴方を幻想郷に飛ばそうと思うんだけど、何か希望はあるかしら?」

 

「1000年ぶりの現世だ。腹が減って仕方ない。…………食事処は無いのか?」

 

 至極真っ当な宿儺の意見に、紫は眉間に皺を寄せつつも考え込む。

 

 

(食事処ねぇ……ほとんどが人間の里にある以上、彼は入れないし……妖怪の山や旧地獄といった他の勢力が、()()()()()()とも言える彼を、いきなり受け入れるとも思えない。ウチに招待出来れば良かったんだけど、藍に「橙だけは!橙にだけは宿儺を近付けないで下さい!」って泣きながら今朝言われちゃったし……むむぅ……)

 

 思ってもみなかった難題に、思わず唸り声をあげてしまう。いつの間にか復活していた藍が、紫を悩ませた元凶でもある宿儺に対して鋭い視線を向ける。

 

「おい!我が儘を言って紫様を困らせるんじゃない!……飯くらい、そこらの適当な妖怪にでも頼めばいいだろう!全く仕方ない……それなら私がここまで手料理を持って……」

 

「あぁ、確かにそれがあったわね!」

 

 一斉に紫へと視線が集まる。キョトンとした表情を浮かべる藍に苦笑しつつ、早速スキマを開く。

 

「妖怪による、妖怪のためのお食事処『夜雀庵』。あそこなら地理的にも人里から離れてるし、味も抜群よ。1000年ぶりのお食事だもの、折角なら美味しいもの食べたいでしょ?」

 

「なんでも良い。いい加減、貴様らの顔を見ているのが苦痛になって来た。さっさと俺を飛ばせ」

 

「ふふ。素直じゃないんだから♡……今、店の前まで繋げたわ」

 

 言葉すら交わしたく無いという無愛想さを隠す事なく、スキマに向けて宿儺が歩いていく。半身が異空間に飲み込まれつつあるその後ろ姿に、紫はそっと自らの本心を託す。

 

「この幻想郷(せかい)を楽しんで。願わくば、貴方の二度目の人生に幸多からん事を」

 

 その言葉に一切反応する事なく、宿儺の姿は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜。やっぱり彼ってとんでもないわね」

 

 身体に溜まった疲労感を吐き出す様に、畳に寝転がりながら大きなため息をつく。……今頃、阿鼻叫喚の悲鳴を上げているであろう夜雀に、心の中でそっと手を合わせながら。すると、自分と同じく緊張の糸が切れた様子の藍も、呆れた笑みを浮かべながら紫の隣に腰を下ろした。

 

「ふふ、全くですね。よもや1000年前より力を増しているとは。…………受肉による肉体の変化に戸惑う様子すら無かったですし」

 

「えぇ。それどころか彼、もしかしてたった一度の受肉で“魂の輪郭”を掴んだんじゃない?あぁ〜、やってらんないわ。…………私でさえ、能力の補助ありきなのに」

 

 ひとしきり愚痴を呟いた後、上体を起こす。自身のやるべき事を考えて。

 

 

「さてと。いつまでも彼が大人しくしている訳もないし、私は私でやる事やんないとね」

 

「…………紫様は、宿儺が何かしでかすとお考えで?」

 

「まぁ、するでしょ絶対。あぁ見えて、彼って結構泥臭いし。今も何か企んでるわよ」

 

 

 

 紫は笑みを浮かべる。1000年ぶりの強敵、1000年ぶりの緊張に。

 

 

「幻想郷は全てを受け入れるのよ。………いつかきっと貴方もね」

 

 

 

 

 

 





 肉体の元の持ち主は大して重要じゃないのでもう出てきませんし、悠二や伏黒と違って自我も弱いので肉体の制御が奪われる事も無いです。


 次回、ミスチー死す(嘘)


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