仮想の鬼神、幻想の都に墜つ 作:じゅじゅじゅ
3話目にして、まさかのグルメ回
宿儺くん初の幻想郷ごはんなので、力を入れて書きました。
次回かその次くらいで、幻想郷キャラvs宿儺が書けるかな?
――――平凡な日常に勝る幸福はない。
どこかの日本人が口にした、そんな言葉に同意する妖怪は少ない。
というのも大体の妖怪にとって、平凡や退屈な日常というのは嫌悪されており、その反対に祭事や宴会、揉め事や厄介事などの、ちょっとした非日常こそ好まれるという傾向がある。存在の比重が精神に偏っている妖怪ならではの特徴であるのと同時に、娯楽の少ない時代から生きてきた年長者としての生活の知恵でもある。
「フ〜ン♪フフ〜ン♪フフフ〜ン♪」
そんな例にも漏れず、幻想郷で小さな移動式屋台を営む可愛らしき女主人――――『夜雀の怪』ことミスティア・ローレライは、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、今日も今日とて夜雀庵の開店準備を進めていく。
元々、「幻想郷から焼き鳥を撲滅したい」という邪な動機で始めた商売ではあったが、その本格的な味付けと主人の愛くるしい性格が功を奏し、今や『夜雀庵』は幻想郷の妖怪たちにとって“かけがえのない憩いの場”として愛されていた。
その事をミスティア自身も誇りに思っているし、自分の料理を楽しみにしてくれる人がたくさん居るという事実が、彼女にとっては何よりも喜ばしく感じられた。
料理の下拵えを終え、カウンターテーブルを濡らした雑巾で軽く拭く。4、5人が詰めればギリギリ座れる程度の狭い店内は、椅子やテーブルに小さな傷こそあるものの、毎日営業が行われてきたとは思えないほどに清潔感が保たれていた。
一通りの清掃作業を終えて、屋台の正面の「八目鰻」と描かれた赤提灯に火を灯す。提灯越しの暖かな光を浴びながら、額にかいた汗を裾で拭う。これまで何百回、何千回と繰り返してきた作業ではあるものの、これから来店するであろうお客様の喜んだ顔を想像すると、ついだらしない笑みが浮かんでしまう。
「今日はどんなお客様がいらっしゃるんでしょうか?ふふ、今から楽しみになって来ちゃいました♪」
によによと笑いながらカウンターに頬杖をつき、お客様との会話を夢想する。ゆったりとした会話を楽しむ者もいれば、客同士で喧嘩になり店の前で弾幕ごっこを始める者も居る。個性豊かな幻想郷の住人たちが繰り広げる“非日常な日常”。それこそがミスティアの求めるものだった。
しかし、今日に限ってはそれが間違いだと断言出来る。今日この時ばかりは、早々に店仕舞いをして自宅に引き篭もっていれば良かった。
新しい出会いやちょっとしたハプニングなど求めず、日々の平穏をただひたすらに傍受していれば良かったと――――後のミスティアは語る。
最初は小さな違和感だった。どこか幻想郷全体が浮き足だっているような、不確かで漠然とした不安。
森の木々が騒めき、小動物たちが所在なさげに辺りをうろつく。既に開店してから30分ほど経つものの、誰かが来店するような気配すら感じられない。「まぁ、こういう日もあるか」「このまま客足が少なければ、早めに店仕舞いでもしてしまおうか」そんな事をぼんやりと考えていた矢先に…………
圧倒的な強者としての気配、邪悪の権化とも呼ぶべき威圧感が突如として場を包む。
森の鳥達は一斉に羽ばたき、あらゆる野生動物たちが狂った様に逃げ惑う。偶然近くに居合わせてしまった妖精たちは、恐怖のあまりその場で失神してしまった。
一般的に、恐怖を与える側の存在である――――妖怪ですら同じありさまだった。
もちろん、ミスティアだってそうしたかった。だが、出来なかった。大切な自分の店を置いて逃げる事など出来ないし、何より
店のすぐ目の前。暖簾越しで姿形は見えないが、“確かに居る”のが分かる。
やがて
(息っ………!!息息息!!して良いのよね!?こ、殺され無いですよね!?…………ていうか、一体何者なんですか!?なんでこっちに向かって…………うわーん!!やだよー!死にたくないよー!!!チルノちゃん、大ちゃん、ルーミアちゃん、リグル……はいいや。誰でもいいから、誰か助けてー!!)
涙を流しながら、心の中で絶叫する。もはや肉体は生存を諦めたのか、ぴくりとも動かない。
やがて1人の男が暖簾を手でかき分けて入店する。4本の腕と2つの口を持ち、顔の右半分が焼き爛れた様に歪んだ――圧倒的邪悪とも呼ぶべき気配を垂れ流す――異形の男。
夜雀庵が創業を始めて以来、最悪の
◇◇◇◇◇◇◇
宿儺side
紫の開いたスキマを通り抜けると、そこは閑静な森の中だった。そこら中から妖力や生物の気配を感じるものの、町や村といった文明の気配が見受けられない。一瞬、紫によって騙された事を疑うが、少し視線を巡らせればすぐに、こじんまりとした移動式屋台が見つけられた。暖かい光を放つ赤提灯には「八目鰻」と印字され、ほのかに漂う甘いタレの匂いが空腹を誘う。
宿儺の生きてきた平安時代において、こういった飲食店は存在しない。それどころか外食という文化すらなかった。受肉した男から得た知識はあるものの、初めて見る――八雲紫お墨付きの――食事処に、宿儺の食指が僅かに動く。
赤い字で「夜雀庵」と書かれた暖簾を手でかき分け、屋台の中に入る。4、5人が座れる小さなカウンターテーブルに、涙を流して震える妖怪の女主人が1人。店の棚に置かれた食器類や小物類が、非常に清潔な状態のまま収納されているのが見える。
女主人の命乞いを無視しつつ、真ん中の席にどかりと座った宿儺は、テーブルの上に置かれた手書きの紙製メニューを手に取った。女の子らしい丸文字で書かれたメニューは多少の読みづらさこそあるものの、一つ一つの献立に思い入れがある事が見てとれた。
はて、と宿儺は悩み腕を組む。
(俺が生きていた時代とは、食文化がまるで異なるな……。知識としては理解できるが…………味の想像がつかん)
一旦、メニューを置いて尚も命乞いを続ける店主に問いかける。
「この店のおすすめは何だ?」
「お願いですお願いですどうか命だけは…………え?えっと……おすすめですか?私を殺しに来たんじゃなくて?」
「お前ごときの命に興味など無い。それより早く質問に答えろ。二度目は無いぞ」
「ひゃ、ひゃううぅぅぅ!!!と、当店のおすすめは『八目鰻の蒲焼き丼』となっております!来店されるお客様は、ほとんどがそれ目当てで……」
「ならそれで構わん。寄越せ」
「は、はいぃ!しょ、少々お待ちを!」
注文を終えて頬杖をつきながら待っていると、おずおずとした様子で女主人が声をかけてくる。
「あ、あのぅ、こちらお通しの『ナスの酢漬け』で御座います。よろしければどうぞ……。そ、それとお飲み物はいかが致しましょうかぁ?」
女主人の問いかけで、忘れていた喉の渇きを思い出す。それから僅かに逡巡し……
「酒はあるのか?」
「は、はい!ご用意しております」
「なら適当な物を見繕え。お前に任せる」
「かしこまりましたぁ!」
勢いよく頭を下げた女主人公から視線を外し、お通しに手を伸ばす。空いている腕を使って、卓上の箸入れから割り箸を一膳手に取ると、慣れた手付きで二つに割る。
(しかし、酢漬けか……。俺が生きていた時代でも、「酒」「酢」「塩」「醬」の四種器は貴族の調味料としては一般的だった。1000年ぶりの食事にしては新鮮味は無いが…………まぁ良いだろう)
あまり期待はせずに酢漬けを口へと運ぶ。慣れ親しんだ味に舌鼓を打とうとした宿儺に、味覚の暴力が降り注ぐ。
(ッ!これは……美味いな……。俺が生きていた時代に比べて、野菜が格段に美味い。より瑞々しく肉厚に……それでありながら、野菜本来の旨味と甘さは一切損なわれていない……。味付けのバランスも完璧だ。程よく優しい酸味は食欲を増幅させつつ、口の中に不快な後味を残さない…………これほどシンプルな料理でこの出来栄え。魅せてくれたな……妖怪の小娘……!)
ふと、気付けば目の前に置かれている一本の徳利とお猪口。仄かに香る穀物特有のふくよかな匂いに、つい視線が誘われる。
「幻想郷に伝わる秘酒で御座います。製法については、私自身よく分かってないんですが…………味については保証出来ます。ぜひご賞味ください!」
ミスティアに促されるままお猪口に秘酒を注ぎ、それを呷る様にして口に含む。
(ほう……これも中々……欲を言えば、より強い酒の方が俺好みだが悪くない。繊細な味わいと口当たりの良い飲みやすさ……かなりの名酒だな)
久方ぶりの美食が宿儺の心を満たす。メインディッシュへの期待を高めつつ、宿儺は再び徳利へと手を伸ばした。
赤く弾ける炭火の上、ハケで満遍なくタレを塗られ、背開きにされた八目鰻が白い煙を上げながら栗皮色に染まっていく。垂れた汁が炭火に当たる度、ジュウという焼ける音と焦げたタレと八目鰻の香ばしい匂いが店一面に広がる。
ひっくり返してはタレを塗り直し、皮目を重点的にじっくりと焼いていく。やがて皮目にも焦げ目が目立つ様になった頃、ようやく焼き場から引き揚げる。一本一本串を抜いていき、隣に用意された――炊き立ての米が敷き詰められた丼の上へと乗せられる。
米は一粒一粒にしっかりと芯があり、ツヤツヤと光輝く様は宝石を幻視させた。しかしそれを汚すかのごとく、八目鰻の上からご飯に染みるまで、ダメ押しとばかりに更にタレを塗り広げていく。
炊き立ての米とタレの匂いが僅かに混ざり合い始めた頃合いで、湯気を上げながら宿儺の前へと配膳された。
五感から感じる美味しさに、思わず掻き込みたくなる衝動を抑えつつ、先ずはその匂いを堪能する。
豊かな自然によって育まれ、丁寧な下処理を施された八目鰻からは独特の生臭さは感じられない。代わりに暴力的なまでに食欲を刺激する香りが、胸一杯に広がる。
我慢の限界を迎え、掻き込む様にして口に含む。ハリのある八目鰻の身をふつりと噛み切れば、中から溢れた肉汁がタレと溶け合って、口の中で混ざる。本来、独特の臭みを持ち処理の難しい八目鰻は、食用としてはあまり一般的では無い。どちらかと言えば、薬効を期待される場面が多く、味は「食えれば良い」程度のものがほとんどだ。しかし、目の前のこれはどうだ?味を研究し尽くされ、素材が持つポテンシャルを120%引き出す事に成功している。素材の味に依存しない、真の“美食の美学”がこの一杯にあった。
一心不乱に食べ進めたせいか、ふと気付いた時には丼の中身が無くなっていた。
「天晴れだ。……妖怪の小娘、名をなんと言う?」
「え、えっと……ミスティア・ローレライです。ふふ、ご満足いただけたなら良かったです」
「……ふむ。確かに見事ではあったが、俺はまだ満足していない」
キョトンとした表情を浮かべるミスティアに、空になった丼を手渡しつつ、卓上のメニューを手に取り彼女の視界に映るようにかざす。
「おかわりだ。それとここに書かれている物、全て寄越せ」
ミスティアの視線の先、異形の男が4本の腕と2つの口を器用に使い分けながら、凄まじい勢いで食事を食べ進めていた。相変わらず垂れ流す気配は邪悪そのものだが、今のところミスティアに命の危機は無い。
(美味しそうに食べてくれましたし、もしかして悪い人じゃなかったり?…………いやいや、出会い頭を思い出して下さい!!この人、私のこと普通に殺そうとしてきました!!!…………というか、この人のペースに合わせて料理を作ったせいで、お酒も食材もほとんど残ってない…………。
え?このまま私まで食べられたりしないですよね??)
嫌な妄想が頭をよぎり、思わず顔が青ざめる。無い、とは決して言い切れなかった。
というより、ミスティアからしてみれば目の前の男について何も知らないも同然だった。どこから来た何者で、何をしようとしているのか。何一つとして見当が付かない。
(うぅ……どうしよう。食べ物が無いってバレちゃったら…………うわーん!チルノちゃん、大ちゃん、ルーミアちゃん、リグル……は別にいいや。誰か助けて〜!!)
そんなミスティアの祈りが通じたのか、先ほどまで2人しか居なかった店内に突如として新たな闖入者が現れる。
「ほぅ……本当に腕が4本もあるんですね。咲夜ちゃんびっくり。…………さっきは疑ってごめんなさい、お嬢様」
音や気配、僅かな霊力の残滓すら無く、突如としてその場に現れた1人の美女。月光の煌めきを幻視させる艶やかな銀髪のボブカットと西洋人らしい整った顔立ちは、まるで時を止められたかの様に無機質なまま固定されている。
食事中とはいえ、一切察知される事無く自らの背後へと立った少女。宿儺は驚愕に目を見開き――未知への期待から――顔面を凶悪に歪める。
反対に、ミスティアは見知った顔――主に人里での買い出しで顔を合わせる――の登場に、九死に一生を得たかの様に安堵の表情を浮かべる。
「この俺から気取られずに背後を取るとはな……クククッ、面白い。一体、どんな絡繰りを使った?」
「内緒です。……ミステリアス系女子の咲夜ちゃんは、乙女の秘密を安売りしないのです。ぶい」
無表情のままピースサインを作って宿儺へとアピールする。「こいつも面倒なタイプの女か」とでも言いたげな宿儺を華麗に無視しつつ、その場でくるりとターンを踏む。ふわりと宙に舞うスカートを軽く抑え、青と白を基調としたメイド服の少女は名乗りをあげる。
「申し遅れました。私は『完全で瀟洒な従者』こと、紅魔館に仕える美少女メイドの十六夜咲夜です。本日はお嬢様のご命令により、宿儺様を紅魔館へ招待するべく参上いたしました。いぇい。…………それはそれとして、そこのおつまみ一口貰っても良いですか?」
美食によって満たされた筈の宿儺に与えられた、思わぬ
自らの背後を取ったメイドとその主人に対し、宿儺は期待を膨らませる。
ミスティアの料理に感動してる宿儺様を見たら、裏梅ちゃんが血の涙を流しそう……
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