仮想の鬼神、幻想の都に墜つ 作:じゅじゅじゅ
歌姫と冥冥が好き。裏梅はもっと好き。
真希ちゃんは、火傷後のワイルドな感じがたまらん。
「…………女、これが食い終わるまで待っていろ。紅魔館の主とやらに会ってやる」
十六夜咲夜と名乗るメイド服の少女を横で待たせつつ、卓に残った食事を堪能する。5人前ほどの料理が盛られた皿を3分もしない内に空にすると、おしぼりで両方の口周りを丁寧に拭う。
「すごい食べっぷりですね。……紅魔館の方でも軽食をご用意しましょうか?お嬢様の残されたプリンとか食べます?」
「食うだけの暇があるのか?」
「えぇ、恐らくは。お嬢様からは『友好的に案内せよ』との事でしたので。…………出会ってすぐ敵対なんて事はないと思いますよ?」
「ククッ、それは残念だな。食後の運動に丁度良いと思ったのだが……」
「……運動したいんですか?紅魔館までかけっこします?」
軽口を叩きつつも咲夜は一礼し、空になった皿をミスティアへと手渡す。ミスティアがしっかりと受け取ったのを確かめた後、一流のメイドとして遜色のない手際で、宿儺が食事を終えた後の机やカウンター周りの清掃作業を始めた。
その作業がひと段落着いた頃、宿儺は席を立ち――――ミスティアへと向き直る。
「ミスティアと言ったな。見事な腕前だ。…………また来るとしよう」
「……ぇ?」
思わず喉の奥から、か細い疑問の声が出てしまう。
しかし、宿儺は言う事は言ったとばかりに背を向け、咲夜に先導されるがまま店を後にした。ポツンと1人、店内に残されたミスティアは少しの間、放心状態になってしまう。ごく短時間に起きた怒涛の展開、その連続。
幾度となく自らに死を予感させ、また見た事もないスピードで店中の食べ物を平らげた男。何とか帰らせる事が出来たかと思えば、その男が「また来る」と言った。下半身から力が抜け、厨房の真ん中でペタリと腰をつける。
色々と思うところがあった。色々と言ってやりたい事も。しかし、そんな口から出たのは、非常にシンプルな一言だった。
「お会計してもらってない…………」
◇◇◇◇◇◇◇
咲夜に先導されるまま、森の中を歩いていく。お互いに話す内容もなく、終始無言の状態が続くが気にした様子はない。
既に陽が落ちきっており、周囲はどっぷりと闇に覆われていた。本来ならこの時間帯は、闇に潜んだ妖怪や怨霊などが活発に動き出す『怪異たちのゴールデンタイム』なのだが、宿儺が垂れ流す気配によって怪異はおろか小動物の一匹すらも寄って来る事はない。また、常人以上の視力と感覚機能を備える宿儺と咲夜からしてみれば、暗闇さえも足を止める理由にはなり得なかった。
結果的に、昼間の公園でも散歩するかの様な気軽さで、2人は闇に染まった幻想郷の森を踏破していく。
やがて辺りに薄い霧が立ち込め、木々がまだらになって来るとその奥に巨大な湖畔が現れる。
「こちらは幻想郷名物の一つ、『霧の湖』です。常に霧を発生させるという奇妙な性質を持った湖畔なのですが…………見えてきましたね。あちらが我々の居住地でもある紅魔館です。ここまで御足労いただき、ありがとうございます。
……それはそれとして、歩き疲れたのでおんぶして貰っても良いですか?私、4本腕の殿方からおんぶして貰った事無いんですよ。なんかこう……安定感ありそうじゃないですか?」
もはや素のふてぶてしさを隠さなくなった咲夜を無視しつつ、視線を霧の湖の先に向ける。
うっすらとした霧の向こうに、辺りの大自然とは不釣り合いな赤く毒々しい洋館が照明に照らされながらポツリと建っていた。
「随分と趣味の悪い館だな……」
「やっぱりそう思いますか?まぁ、中に入れば気にならないですよ。……内装はパーフェクトメイドの咲夜ちゃんが担当してますので。ぶい」
「
他愛もないやりとりをしていると、いつの間にか紅魔館の外壁のすぐ近くまで来ていた。侵入者を阻む目的で作られた、欧州文化を感じさせる石造りの外壁。そこで中華服を着た1人の女性が、壁にもたれかかりながら――フィクションでしか見ない様な鼻提灯を出して――爆睡していた。
「ぐぉー……むにゃむにゃ……咲夜さん……肩パッドを胸に入れちゃダメですよ〜」
「宿儺様。大変申し訳ありませんが、ここで少々お待ちください」
メイド服の袖から、明らかに収納出来るとは思えぬほど大量の銀製ナイフを取り出し、門の前で惰眠を貪っている女性に向かって投げつける。
「ぎゃー!!ごめんなさいごめんなさい!寝てないです!寝てないから、ナイフを投げないで〜」
「はぁ、明らかに寝てたでしょうに…………それよりも、美鈴。お客様が来たので早く挨拶してください。……あと何がとは言いませんが私は天然モノです」
「?はぁ……まぁ、ある意味咲夜さんは天然ですけど。……こんな時間にお客様?確かにお嬢様たちが起きる時間でしょうが……」
寝ぼけ眼を擦りつつ、眠そうな顔を向ける。チラリと宿儺と目が合い……やがて恐ろしい何かに気付いたとでも言うようにわなわなと震え出す。
「な、なんですかこの怖そうな人は!!??…………ていうか、え?咲夜さんが男の人を連れ込もうとしてる?こんな夜更けに?ま、まさか!だ、ダメですよ!よりによってこんな怖そうな人と!!いえ、そういうお相手が出来た事自体は嬉しいんですが……こういうのはもっと段階を踏んで……ぐふっ」
咲夜のボディブローを食らい、倒れ込む様にして気絶した美鈴。茶番を見続けたせいか、呆れ半分苛立ち半分といった宿儺に咲夜が謝罪する。
「大変お騒がせしました。今よりお嬢様の元までご案内しますので、もう少しだけご辛抱ください」
「…………次にくだらん事をすれば俺は帰るからな。早く要件を済ませろ」
珍しく無表情を崩した咲夜は、申し訳なさそうに頭を下げると屋敷の内部へと連絡を始める。そんな様子を横目に見つつも――宿儺の脳内はある考えによって占められていた。
(あの女が美鈴とやらを折檻する際、明らかに服の容量を超えたナイフを取り出していた…………となれば、あの女の
◇◇◇◇◇◇◇
外観よりも遥かに広い屋敷の内部は、咲夜の言葉通り確かに見事なものだった。
高級感の溢れる真紅のカーペットや所狭しと置かれた数々の調度品は、決して下品さを感じさせる事なく絶妙なバランスにて配置され、受肉元の知識でしか西洋文化を知り得ない宿儺をして美しいと感じさせた。やがて数分ほど歩いた頃、ついに目的となる部屋の前へと案内される。
「こちらの部屋でお嬢様がお待ちです。私は紅茶とお茶菓子の用意をして参りますので、しばしご歓談ください」
一礼と共に、咲夜の姿が消失する。音や気配、予備動作すら無い転移の瞬間を目の当たりにした宿儺が小さく笑う。
「ハハッ、なるほど
興奮と落胆をない混ぜにした様な表情を浮かべつつ、目の前のドアノブに手をかける。わざわざノックをしてから開けるという発想は無かった。他者の顔色を窺い、慮るなどというのは――宿儺からしてみれば――弱者としての振る舞いである。
扉を開け中に入ると、広々とした部屋の中央に大理石で出来た純白のテーブルと2つの椅子が目に映る。しかしながら、肝心の主人の姿が見えない。僅かに視線を動かし――――隅に置かれた鏡台の前で、膝立ちになりながら様々なポーズを取っている幼女を見つける。
「アッハッハッ!!ひれ伏しなさい!私こそが…………ちょっと偉そうかな?うーん。………ウフフ。よくここまで来たわね?私こそが…………良し。これで行きましょう。手の角度は……うん、カリスマね。後は雰囲気作りで照明を落とせば……」
鏡越しに視線が交差する。
ウェーブがかった水色の髪を肩口で切り揃え、薄ピンク色のナイトキャップを被った外見年齢にして10代前半の美少女。同じ色のレースから覗く顔や手足は驚くほどに青白いものの、不健康な印象はなく、むしろ深窓の令嬢を思わせる様な超然的なミステリアスさを醸し出していた。
鏡越しに見つめ合って数秒、青白かったはずの顔が段々と朱に染まっていく。茹で蛸さえ白く見えるほどに赤くなった彼女は、その美しい瞳に涙を浮かべながら、勢いよくこちらへと振り返る。
「なんで勝手に入ってきてるのよーーー!!!!!!」
咲夜の用意した茶菓子と紅茶をつまみながら、紅魔館の主人と対面する。硬く冷たい大理石の椅子の上に座るが、高級感のあるクッションのおかげで不快感は感じない。
顔を赤らめ沈黙を続ける少女を他所目に、金素材のあしらわれたスリーティアーズの上から、一欠片のクッキーを手に取り口へと運ぶ。
(……これは
目線を茶菓子から――頬の赤みが多少落ち着いてきた――小さな主人へと移し、本題へと切り込む。
「それで貴様、一体何者だ?俺と面識はない筈だが……どこで俺の情報を手に入れ、何の用でここに招いた?」
「ふぅ…………ゴホン。さっきは取り乱して悪かったわね。私の名前はレミリア・スカーレット。華麗なる吸血鬼一族の末裔で、この館の当主よ。…………ここに招いた理由はそうね……運命の思し召しかしら?ウフフ」
「……詩的な言い回しは好まん。要件があるなら早くしろ」
「そうですよ、お嬢様。無理のあるキャラ付けをしていては、いつか黒歴史になりますよ」
「さ、咲夜は黙ってなさい!…………まぁ、実際のところ要件というほどでも無いのだけど。私の能力であなたが
「不要だ。……貴様の手を借りるつもりは無い」
「あら?本当にそうかしら?平安最強の呪術師……いえ、『呪いの王』のリョウメンスクナさん?色々と企んでる様だけど、この幻想郷で今の貴方に味方してくれる勢力が他にあって?」
挑発的な笑みを浮かべつつ、こちらの全てを見透かした様な目を向けるレミリアに――――宿儺はお茶菓子を運ぶ手を止め、殺気を出しながら目の前の幼女を睨み付ける。
(この女、どこまで俺について知っている?
瞬間、宿儺の四方から突如として銀製のナイフが出現し、その身を貫かんと飛来する。
ガシャンという音を立てながら、宿儺は椅子から転がり落ちるも――――数十のナイフが宿儺に刺さる事は無く、その肌に赤い線を残すだけだった。
「一緒にお散歩を楽しんだ仲とはいえ、私の前でお嬢様に殺気を向けるのは許しませんよ?咲夜ちゃんの永久就職先ですからね。…………それにしても、ナイフが一本も刺さらないとは。…………かなり丈夫な身体をお持ちの様ですが、次は本気で行きますのでお覚悟ください」
「……クク、ハッハッハッ!!つくづく愉快だなぁ十六夜咲夜!…………まさか、貴様程度が本気で俺に攻撃を当てられたとでも?今の俺は『不当な戦闘行為』を禁じられていてな。正当防衛という要件を満たすために、あえて受けてやったに過ぎない。
…………それでどうする?返答次第で、お前の主人を殺す事に変わりはないぞ?」
「ッ!!幻世『ザ・ワールド』!!」
世界から色が消え、静寂が訪れる。紅茶から立ち上る湯気でさえ動きを止め、ありとあらゆる物が静止した「咲夜だけの時間」。時間を操る程度の能力を持つ咲夜は、その名の通り、時に関する様々な事象を操作出来る。物体の時間を進めて物を劣化させたり、限定的に空間を拡張させたり、自身の分身を作り出す事すら可能だ。
その中でも、咲夜の十八番とも言えるのが「時間停止」。全てが停止した時の中、咲夜だけがその影響を受けずに自由に動ける。
「…………宿儺様の事は嫌いではありませんでしたが……残念です。私のナイフではロクにダメージが入らない様なので、とりあえずロープでも持って……」
「ほぅ、停止した時の中とはこの様になっているのだな。……音や色すら感じられないとは不思議な感覚だ」
聞こえる筈のない声が聞こえ、咲夜は即座に後ろへ飛び退く。
「な、なぜ動けるんですか!?まさか私の能力を無効化したとでも!?」
「無効化という程大した事では無い、ただの中和だ。……『
『領域展延』――――呪術師にとっての極致とも言える奥義「領域展開」を更に発展させた応用技。自身の周囲に
言葉にすれば単純だが、呪術師の中でも天賦の才を持った一握りの人間にしか成し得ない絶技である。
伝承すら少なく、呪術師の絶滅した時代に産まれた十六夜咲夜は――――この技術を知らない。
停止した時の中、バックステップで宿儺から距離を取っている間も、最大級の混乱が咲夜の脳を支配していた。
(どういう事?パチュリー様の事前調査で、斬撃系能力と判明したはず…………八雲紫の様な能力でも無い限り、万全な条件下で発動した私の能力を防ぐ術なんて…………今はとにかく時間を稼がないと……!)
わずか1秒にも満たない逡巡。しかし、呪いの王を前に無防備で居るには
宿儺の姿が掻き消え、突如として目の前に現れる。咄嗟の事態で硬直してしまった咲夜の腹に――――殺す事のない様手加減された――――宿儺の拳が突き刺さる。
「中々に良い能力だが…………いかんせん貴様自身が弱過ぎる。これでは宝の持ち腐れだな」
口から吐血しながら、停止した時の中をゴムボールの様に弾き飛ばされる。背中越しに家具を粉砕する感覚を味わいながら、ダメージによって咲夜の能力が解除され――この世界に再び時が刻み始める。
ドタンと物音を立てたその先で、口から赤黒い液体を垂れ流す咲夜が破損した家具や調度品の下敷きになっていた。
おおよその状況を察したレミリアは深いため息をつき、咲夜へと嗜める様な視線を向ける。
「だから言ったじゃない。友交的にやりなさいって……アンタの方が先に手を出してどうするのよ……」
「随分と薄情な飼い主だな…………飼い犬があのザマだぞ?それとも何だ?俺に痛めつけられるのが怖いのか?」
「そんな安い挑発には乗らないわよ。咲夜が
…………大体、あの程度の怪我なんて、幻想郷基準で言えばただのかすり傷よ?永遠亭の薬さえ付けとけば半日で治るわ」
見た目や先ほどの言動からは考えられない程、冷静な様子のレミリアは頭を振りながら額を手で抑える。
「…………はぁ、私が思わせぶりな発言をし過ぎたせいね。ちょっと反省するわ。……ねぇ宿儺、改めて席に着いてくれない?貴方が疑問に思ってる事、私が知っている事、そしてお互いに何を提示し合えるか話し合いたいの」
「……挑発は効かんか。いいだろう、情報源については気になっていた所だ。話し合いには参加してやる…………だが、その上で俺の邪魔になると明確に判断出来た場合…………改めて貴様を斬り刻んでやる」
「ふふ、面白くなってきたわね。こういう緊張感は嫌いじゃないわ。……なら、早速始めましょうか?」
互いに笑みを浮かべた宿儺とレミリアがテーブル越しに向かい合う。呪いと妖怪による、深夜の密談が始まろうとしていた。
「ゴホッ…………え?もしかして咲夜ちゃん、このままスルーされちゃう感じですか?嘘ですよね??……お嬢様???」
呪術廻戦の4月発売の新刊、表紙めっちゃ良い。
本格的な戦闘シーン、次の次になるかも……