仮想の鬼神、幻想の都に墜つ   作:じゅじゅじゅ

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 幕間、始まります。




第八話 紅い家

 

 

 宿儺が紅魔館に滞在するようになってから、一週間が経過した。

 紅魔館の住人が宿儺の存在に違和感を感じなくなり、宿儺自身もここでの生活にそれなりの充足感を感じつつ――もはやルーティンとなりつつある日課をこなしていく。

 

 客室で咲夜と談笑(一方的に)しながら朝食を取り、朝一番に大図書館へと向かう。道中、美鈴と出会った際には軽く手合わせをしてやり、日中はパチュリーの追跡を躱しながら小悪魔を虐める。大図書館の中で軽食を済ませ、夕刻まで読書に励む。

 やがてレミリアやフランが起きてくる時間になると、食堂に集まって紅魔組と夕食を取り…………就寝までの時間は、フランとの雑談かレミリアとの晩酌に興じる。

 そんな毎日が、ほとんどルーティンのように続いていた。

 

 

 一日の大半を大図書館での情報収集に費やしていたおかげか、既に幻想郷縁起は読破しており――――今は興味のままに食文化や魔法・妖術・仙術に関する書籍を読み漁っている。

 

 平凡ではあるが有意義な一日を過ごし、咲夜の作る美食に舌鼓を打つ。――紅魔館が誇る個性豊かな美少女(クレイジーガール)たちを煩わしく思う事も多いが、そのストレスにも慣れつつあった。

 

 

 ここではそんな宿儺の日常をお見せしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

【美鈴と朝活】

 

 

 

 早朝の紅魔館。

 鳥たちがさえずり、心地よい朝日の当たる裏庭を――異形の大男、両面宿儺が歩いていた。今日も今日とて、大図書館での資料漁りに励むため、自室からショートカットをした形だ。

 そんな宿儺へ――――建物の陰から快活な女性の声が響く。

 

 

 

「おや?今日も朝から大図書館ですか?相変わらず精が出ますね〜」

 

 

 

「……白々しい真似はよせ。貴様、俺がここを通ると踏んで待ち伏せしていただろう……用件は分かっている。早く済ませろ」

 

 

 端的に言いたい事を伝え、声の主を睨みつける。やがて声の主――――紅美鈴は観念したように、「たはは〜」と笑いながら頭を掻き、宿儺に小さく謝罪する。

 

 

「あはは〜、バレちゃいましたか……ごめんなさい。では早速……()()()よろしいですか?」

 

「確認などいらん……30秒はもてよ」

 

 宿儺の言葉に反応した美鈴は、全身から陽炎のような(オーラ)を滾らせ――――2人の間にあった距離を消し去り、裏拳を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 今より数百年前。まだ紅魔館に拾われる前の紅美鈴は、中国においてそれなりに名の通った妖怪として有名だった。

 

 妖怪が力を付け、その名を広めるまでの道のりはシンプルだ。人間を殺し、捕食する。人間社会に恐怖を与える事は、妖怪にとって最もスタンダードかつ効率の良い成長の仕方だった。

 

 しかし、だからこそ紅美鈴の存在はまさに“異質”だった。ある時は人間として偽装し、またある時は妖怪として立ち塞がり――中国の高名な武術家たちを相手に鎬を削り、“戦いによって力を付ける”ことに執着していたからだ。

 

 

 それはひとえに、人間を殺す事に躊躇いがあったとか、人間に愛する相手が居たからだとか、そんなロマンチックな理由ではなく――――彼女自身が『武術をこよなく愛していたから』だった。

 

 『柔よく剛を制す』――――その格言の如く、ただの弱小妖怪だった彼女は、みるみると武術家としての頭角を現し、気が付けば多くの畏怖と尊敬を集める“一端の妖怪”として名を馳せていた。

 

 

 

 そんな彼女の奥底に眠る“武への渇望”。

 圧倒的な強者である宿儺を目にした彼女が、その渇望のまま宿儺へと挑むのは、ある種当然の流れだった。

 

 

 

 

 

 

 今日が4度目の立ち合い。

 間合いに入った美鈴は、中国拳法を用いた流麗な連撃を叩き込む。

 

 対する宿儺はその場から動かずに、腕のみを使って美鈴の攻撃を完全に防ぎ切る。

 だが、美鈴本人もそれに動揺する様子はなく、攻撃が通じていない事が分かるとすぐに後方へと下がった。

 

 その後、再び宿儺との攻防が始まる。

 ヒットアンドアウェイを意識しつつ、美鈴は果敢に攻撃を仕掛け――繰り出した技に効果がないと分かれば――即座に距離を取り、別の技をもって再度攻勢に出る。その繰り返し。

 10秒にも満たない僅かな時間で、これらの攻防は5度続いた。

 

 

(足を止めるな、紅美鈴!少しでも止まれば、攻撃の後隙を狙われてすぐ狩られる……あの人に“一度見せた技”は通用しません……だから、常に初見の技を出し続ける!初見の技にて対応前に仕留めます……!)

 

 何百年にも渡って、武術のみを鍛えた者が至れる“一つの境地”。

 十分な研鑽を積み重ねる事で、ようやく使いこなせるような『洗練された高難易度の技』を数百――――いや、千にも上る数だけ所持している美鈴だからこそ取れる戦法だった。

 

 

(くっ、全く攻撃が通じない……ここに来て気の(オーラ)量の差が顕著に現れてきましたね)

 

 

 美鈴の瞳に映る、立ち昇るような“気の濁流”。もはや、個という器に入っていて良い量ではない。

 

 紅美鈴の能力――――『気を使う程度の能力』は、自他を問わず、肉体の内にある“気の流れ”を正確に把握し、それを自在に扱う事が出来る能力だ。ゆえに宿儺がどれだけ気配を抑えようと、美鈴にはその潜在能力(ポテンシャル)が理解出来る。

 

 

(圧倒的な気の(オーラ)量。彼の一挙手一投足が私の致命傷になり得るし、逆に私の攻撃は全く通らない……それにあの異形の肉体。視界も手数も常人の倍ある癖に、身体機能が一切損なわれていないなんて……いえ、それどころか素の身体能力すら私より上では?

 

……ホントに元人間なんですかねぇ?)

 

 

 あまりのクソ性能に、中堅妖怪である美鈴は乾いた笑みを浮かべる。

 本来の美鈴の戦闘スタイルは、相手の“気の流れ”を読む事を基本とする。“気の流れ”から次の攻撃や動作を予測し、それを潰していく事で常に優位を取り続けるというものだ。 

 

 しかし、宿儺ほど気の量が多い場合、常に全身から立ち昇る莫大なオーラに目が眩み、正確な予測が立てられない。

 それに加えて、呪力操作のキレや呪力効率が、もはや異次元の領域に達するほど洗練されているため――――美鈴の能力を持ってしても動作の予測は()()()()()だった。

 

 

 そんな絶望的な戦力差に――――生粋の挑戦者(チャレンジャー)・紅美鈴は、高揚していた。

 

 

(私の目に映る“完全無欠”……!これほどの強者と手合わせ出来るだなんて、またとない好機!……宿儺様は否定するでしょうけど、この人こそ私の探し求めてきた『師』になってくれる人……!)

 

 

 攻略された技を脳内で選択肢から外していく。次に美鈴が選んだのは「蟷螂拳(とうろうけん)の応用」。

 カマキリがセミを捕える動きから派生していった流派の拳法であり、もっとも――これから美鈴が使用する技は、そんなオリジナルからはかけ離れているのだが。

 

 両手に気を溜め、しなるようにして振り下ろす。打撃や掌底というよりも、鞭打に近い一撃。

 カエルが舌を獲物に叩きつける動きからインスピレーションを受けた――中国でも使い手の少ない、独自性の強い象形拳(しょうけいけん)。それを宿儺に打ち込もうとした瞬間、美鈴のバランスが崩れる。

 

「え?」

 

 見れば足元の地面がわずかに削られている。

 宿儺本人に気を取られるあまり、『解』による小細工を見逃した美鈴の顔面へ、カウンターの拳が叩き込まれた。

 

 

 

 

「宿儺様ってば、意外にセコイ事してきますよね〜…………それだけ強いんですから、もっと普通に戦って欲しいんですけど」

 

「図に乗るな、門番。俺からすれば児戯に過ぎん…………あくまでも“武”としての珍しさ故に付き合っているだけだ」

 

 

 腫れ上がった顔面を気の力で回復させながら、聞きたくもない正論に頬を膨らませる。

 宿儺は今日の手合わせにおいても、「一歩も動かず」「攻めに転じる事はなかった」。ただ、美鈴の見せる珍しい武術に興味を抱いて、ある程度やって飽きてきたら片手間に倒す。それくらいの認識なのだろう。

 大妖怪相手でも、徒手空拳に限定すれば――()()()()()()()()()自信のあった美鈴は少しだけ落ち込む。

 

 しかし、いつもならここで美鈴を放置して大図書館へと向かう宿儺が、足を止めてこちらを見ている。ふと疑問に思い、宿儺を見つめ返すと――ゆっくりとした口調で話し始めた。

 

 

「なぜ武術にこだわる?妖怪であれば、強くなる手段などいくらでもあるだろう?」

 

 

 些細な疑問か、それとも美鈴の行動が彼の中にある“何か”を動かしたのかは分からない。

 だが、それでも美鈴はまっすぐな瞳で、正直に本心を告げた。

 

 

「いやぁ〜、武術が好きなんですよ私。ただ力を欲してるって訳でもなくて……自分の中にある“理想”を掴もうとしてるっていうか……う〜ん、伝わりましたか?」

 

「…いや、分からん。というより、期待していた以上にくだらん答えだな。…じゃあ、俺は行く。着いてくるなよ」

 

 

 それだけ言い残し、足早に去っていく宿儺。

 素っ気ないどころの騒ぎではない――その冷酷な後ろ姿に、涙目のまま顔を真っ赤にした美鈴が咆哮をぶつける。

 

 

「ちょっと!!!今、良い話する流れでしたよね!!??いくら何でも素っ気なさ過ぎません??!!

 

…………ていうか、最近、パチュリー様がお風呂に入るようになって身だしなみを気にしだしたり、咲夜さんと朝二人っきりになったり、夜はレミリアお嬢様とこそこそ何かやってますよね?!紅魔館では不純異性交遊禁止ですからね!?宿儺様ー!?」

 

 

 

 脳内ピンクな門番の咆哮に眉を顰めつつ、無視して大図書館へと向かう宿儺。

 紅魔館の新たな師弟関係(?)は、まだまだ続く。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

【昼下がりのヴワル魔法図書館】 

 

 

 

「ね、ねぇ……両面宿儺?あなたって、確か食べる事が好きだったでしょ?え、えっと……それでね……私、マドレーヌを作ってきたんだけど……ど、どうかしら?」

 

 

 動かない大図書館の異名を持つ少女、パチュリー・ノーレッジが頬を赤らめ、過呼吸になりながら――手作り感のある質素な梱包に包まれた――マドレーヌを宿儺に差し出す。

 宿儺は一旦読書を中断し、差し出されたモノを一瞥すると――即座に興味を失い、吐き捨てる。

 

 

「いらん。昼食は咲夜に用意させる。……読書の邪魔だ、失せろ」

 

「……むきゅう」

 

 対人能力に難のあるパチュリーが、どもりつつも勇気を出した結果は――惨敗だった。

 横に控える小悪魔も「言わんこっちゃない」という表情で、首を横に振る。とはいえ――――宿儺が紅魔館に来て以来、パチュリーが無様を晒す頻度が増えたことを内心で楽しんでいるのはご愛嬌だ。

 

 読書がひと段落した宿儺は「鬱陶しい」という感情を隠さずに、横で泣き崩れるパチュリーに告げる。

 

 

「大体、貴様の魂胆など見え透いてるのだ……俺の術式の詳細が知りたいんだろう?阿呆が……“術式の開示”でもなく、自らの術式を話す呪術師がどこにいる?」

 

「ぐぬぬ……じゃ、じゃあ呪術に関する知識だけでも!!」

 

「却下だ。貴様にそれをしてやる義理が無い…………それに、ここでの情報収集から大方の予想はつく。恐らく現代の呪術師はほぼ壊滅状態、もしくは絶滅したのだろう?であるならば、俺の持つ知識は()()()()()()()だ。……それを簡単にくれてやるとでも?」

 

 

 完膚なきまでに言い当てられた上、交渉の余地がないと悟ったパチュリーは、腹の肉を揺らしながら悔しがり、持ってきた自作のマドレーヌをやけ食いし始める。しかし、依然として宿儺に対する知識欲と追及の意志が薄れた様子はない。

 見かねた小悪魔が、使い魔としてパチュリーに助け舟を出す。

 

 

「いや〜、でもちょっと言い過ぎじゃないですか?……パチュリー様ってば、男性に料理を作ってあげるのも初めてだったんですよ?裏で試行錯誤(自白剤入れたり)してましたし……普段料理とか家事とか一切やらない、あのパチュリー様がですよ?……もうちょっとこう手心というか……」

 

 

「おい。いつ、俺がお前のような下奴に発言を許した?……黙って次の本を持って来い」

 

「…………私の扱い酷過ぎないコアか?」

 

 

 宿儺相手に逆らえない小悪魔は、言われるがまま次に興味を持ちそうな本を探しに行く。

 残されたパチュリーはしばらく落ち込んだ様子を見せたものの――やがて何か秘策を思いついたように表情を明るくする。

 

 

「使用料!そう、使用料を払いなさい!……あなた毎日のように()()図書館に来て、()()本を読んでるでしょ?見返りがあっても良いんじゃない?……もっとも、それすら嫌だというならそれでもいいけど……天下の呪術師様がそんな恥知らずな真似はしないわよねぇ?」

 

 ゲヘゲヘと汚い笑い声を上げながら勝利を確信するパチュリーに、宿儺は読んでいた本を閉じ――鋭い目線で反論する。

 

「それを聞いても尚、貴様に協力する義理などない…………俺はレミリアとの“縛り”によって、ここでのサポートが約束されている。当然、情報収集もその一環だ……ここに置いてある本が貴様の物だとしても、この屋敷はレミリアの物だ。そこで話が付いている以上、他に何か必要か?…………それに俺はただ本を読んでいるに過ぎん。不利益になる様なマネをした訳でもない以上、貴様に口を出される謂れはない」

 

 

 その反論に思わずパチュリーは口をつぐむ。 

 基本的に研究者気質なパチュリーは、これ以上の議論が泥沼である事を悟ったからだ。

 

 会話が途切れ、自然な沈黙が場を支配し始めた時。ふと、パチュリーからキツい香水の匂いが薫ってくる。

 それによって気分を害された宿儺は、不快感を露わにして、眉を顰めながら指摘する。

 

 

「おい貴様…………臭いぞ」

 

 

「!!???!!!??」

 

 

 唐突に向けられた乙女を殺す言葉の刃に、パチュリーは激しく動揺する。

 しかし、一通り慌てふためいた後――勝ち誇ったような微笑みを浮かべた。

 

 

「ふ、ふふ……その手には乗らないわよ?大方、私を動揺させて煙に巻こうって魂胆なんでしょうけど…………あの日以来、毎日お風呂に入るようにしたし、香水も買って付け始めたの!!!」

 

「……いや、本当に臭いのだが……」

 

「まだ言うつもり!?ちゃんとお部屋も掃除(小悪魔が)したし、髪もしっかり洗ってる……身体を洗う時だって隅々まで洗ってるし……あ、そう言えば下着は二日間同じのを履いてたっけ?まぁ、言わなければバレな……え??」

 

 

 いきなりとんでもない事を自分でカミングアウトし、フリーズするパチュリー。

 宿儺としては別に興味もないのだが――パチュリーは発狂寸前といった様子で取り乱し始める。やがて何か理由に思い当たったのか、手に持っていたマドレーヌの梱包に目を向ける。

 

「ま、まさか対宿儺用に仕込んでいた自白剤の効果が私に?!……え?こんなに早く効果って出るものなの!?や、ヤバいわ!食べ終えたカップラーメンを放置してたらカビが生えた事とか、脱ぎ散らかした靴下が一年越しに見つかった事とか……私の秘め事が口から出てきそうに……ゔぉぉぉぉ!」

 

 

 汚い叫び声を上げながら、聞いてもいない(聞きたくもない)自らの隠し事を暴露し始める。

 

「最近、体重を計ったら○kg増えてた事とか……ゔぉっ……お腹のラインが出過ぎて普通のドレスが着れなくなった事とか……いやぁぁ……着替えが面倒くさくてナイトガウンを普段着にしたり……おぇっ……お気に入りの魔導書の間から干からびたお米が出てきた事を話しそうに……んぉぉぉお!!」

 

 パチュリーの聞くに耐えない独白が図書館に響き渡る。

 

 

 

 

 10分後、本を選定し終えた小悪魔が宿儺の元へと戻ると――そこには阿鼻叫喚の地獄絵図があった。

 

 床をのたうち回り、発狂しながら延々と黒歴史を垂れ流す、見覚えのある紫色の塊。それをただ無言で――理解不能の哀れな生き物を見るような目で眺める両面宿儺。

 

 

 

 期せずしてパチュリーの弱みを握った宿儺は、その後、大図書館の実質的な支配者となり――――失神する直前まで笑った小悪魔は、腹筋の痛みに苦しむ事となった。

 

 

 

 

 






心の声(高評価してくださる方……マジでしゅきぴ。愛してる。私の拙作を面白いって言ってくれて、ありがとう……)

 



 
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