アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。 作:えーすえいち
昨日ユウカ先輩に署名活動に伴うミレニアム学内での演奏の許可を貰った後、ユウカ先輩に頼まれたため演奏を披露した。一応ゲーム開発部も誘ってから演奏をしたが、終わった後にアリスだけでなく、モモイとミドリからも必死に形相で入部してくれと懇願された。ユズからも上目遣いで頼まれて、若干揺らいでしまった。
「アオホシちゃん、我儘に付き合ってくれてありがとう。あなたの努力とその活動が実を結ぶことを祈っているわね。」
「ふふっ、ユウカちゃんが絶賛していたのも分かった気がします。私も応援していますね。」
演奏をしに行く途中で合流したノア先輩からも応援された。同じセミナーの一員であり、ユウカ先輩をからかえる数少ない1人だ。どことなく心の内を見透かすような眼差しが若干苦手だが、署名も迷いなくしてくれたので多分気のせいだろう。
翌日、セミナーからの許可も正式に貰ったため演奏する場所を探すことにした。とはいえ全員にそのことを知られている訳ではないので、一般生徒からすればゲヘナ生がなぜかミレニアム学園をうろついているように見えている。ゲヘナ生のイメージが温泉開発部や美食研究会といった者達のせいで著しく悪いので、正直避けられているというかヒソヒソと言われていることは嫌でも分かった。
良い向かい風だ。この中でアタシの音を知ってもらうためにも、早めに場所を探して吹きたいものだが…。ゲヘナと違って運動場がある感じでは無いようだ。そもそも技術者たちが集まる学園でもあるので、運動をしようという生徒も少ないのだろうか。広く音が通るような場所がかなり少なく感じた。昨日ユウカ先輩がくれた学園マップを見ても、フィットネスセンターという体育館というよりジムのような建物はある。やはりミレニアムタワー前の開けている場所で吹くのが一番なのか…?
「む?あの子は…」
「ん?どうしたの、ウタハ先輩。」
「ウタハ先輩?早くこの「音量マキシマムくん」を試しに行きましょうよ!」
「…少し待ってくれるかな。あの子の持ってるのが、少し気になる。」
「君、少し良いかな?」
うーんと周りを探しながら唸っていると、後ろから声をかけられた。
「はい?」
「君、その持っているケースは何かな?」
「…あ、えーとサックスです。楽器の…。」
振り返るなりいきなり質問をされてしまい、身長差から少し威圧感を感じながら答える。まだ何も悪いことはしてないししようとも思っていないのだが…。
「ふむ、楽器…そう言ったね?」
「え、まぁ、ハイ。」
「少し、手を貸してもらえないかな?」
「自己紹介と用件を話さずに連れてきてしまってすまないね。私はエンジニア部部長の白石ウタハだ。」
「猫塚ヒビキ…。」
「豊見コトリです!コトリと呼んでくれてかまいません!」
「ご丁寧にどうも。ゲヘナ学園所属高等部1年生の、宮本アオホシです。」
「それで用件というのがだね、私たちが新たに開発したこの「音量マキシマムくん」の検証実験に付き合ってほしいのさ。」
どうやら彼女たちは、純粋に私に手伝いをしてほしいだけのようだ。そしてエンジニア部という名前だけあって全員開発に腕があるらしく、彼女たちが台車で運んでいた機械のテストをしたいらしい。見た目はただの音響スピーカーのように見えるのだが、名前から大音量が出そうなスピーカーだ。
「へぇ、これをあなた達だけで開発したんですか。これはまた凄いですね…。」
「ふふ、ありがとう。詳しい説明は…」
「説明が必要ですか!?ではご説明いたしましょう!この音量マキシマムくんは元来の音響スピーカーとは全く異なる音響システムを搭載しております。その説明にはまずスピーカーの説明から入りますが…。」
「コトリ、それは長くなってしまうから少し省こうか。まぁとにかく普通の音響スピーカーとは一味違うのは本当さ。そしてその検証のためにも一定以上の音量が欲しかったんだがね、銃声を校内全体に響き渡らせるのは流石にユウカに怒られてしまうと思ったんだ。」
「それで、アタシですか。確かに楽器なら怒られる心配もないかもですね。それに、アタシとしてもちょうど良かったです。実はこういう活動を今からしたくて…。」
お互いに自己紹介をして、利害の一致というかしたいことがちょうど重なっていたため、協力をすることにした。エンジニア部の方達が目指している目的地に向かっている最中、今までの開発品について説明もしてもらったが、拳銃にスマホの機能をつけたり、レールガンを作ったりと思っていた以上に凄い人達なのが分かった。あとアリスが背負っていたあのでっかいのはこの人達が作ったものだったのか…。
「さて、この辺りがちょうど良いかな。」
どうやら目的地に着いたらしい。十分に広く、音の通りも良さそうな場所だ。建物もミレニアム校内では比較的少なく、なかなかの穴場だ。といっても穴場なだけあって人の通りも少ない…。
「よしアオホシ、まず元の音を確かめたいから少しだけ自由に吹いてくれるかな?」
「あ、分かりました。どのくらいの音量がいいですか?」
「どのくらい…音量調整ができるのかい?ならできる限り大きめが良いかな。音量マキシマムくんが、どれくらいの音量までいけるかの検証もしたいからね。」
サックスを組み立て、何時でも吹けるようにストラップに装着する。
「このサックスは…テナーサックスですね!マウスピースの先のネックの部分がアルトだと真っすぐなのですが、テナーだと曲がっているのです!テナーの方が全長が長く、その長さで見分けることができなくも無いのですが少し分かりづらいかもしれません。ですのでネックの部分で見分けるのが簡単ですね!」
「それじゃあマイクも設置するから、適当なところで吹いて。反響が入らないようにする為にもできる限りこっち側を向いて吹いてくれると良いかも…。」
「分かりました。それじゃあ吹きますね。」
言われた通り、いつもの練習の音よりは少し強めに吹く。スピーカーが無くてもこの学内全体に響かせるつもりで、強く吹く。この演奏が検証前の演奏だという事も忘れて、汗をかくくらい吹く。
「……私は、思っていたより凄い人に声をかけてしまったのかも知れないな。」
「凄い…ね。」
「こ、これは…」
自分の思いつくままに音を繋げる。楽譜は無い。自分の思いついた音を、フレーズを、テンポを、全てつなげていく…。
「ぶはぁっ…。」
吹き終わると、パチパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「なんだか音量マキシマムくんを使う前から凄いね、君の音は。」
「そ、そうでした?」
「凄かったです!普通の楽器でこんなにも大きい音が出るんですね!」
「うん、こんなにおっきい音は初めて聞いたよ…。そのサックスに秘密があったりするのかな…。」
やはりこうして褒められるのは嬉しい。調子に乗ってしまいそうになるが、本来の目的を忘れてはならない。
「オホン、それで、次はその音量マキシマムくんを使えばいいんですか?」
「あぁ、そうだね。セットをするから少し待っていてくれるかな。」
鞄に入れていたペットボトルの水を飲む。音を思い切り出すのはやっぱり気持ちいい…。バンドを組んで演奏をすると、どことなく抑えて吹かなければいけなくなる。サックスだけが主役になる訳じゃ無いから、当たり前ではあるしむしろ抑えながらもしっかりとした音を出す練習だと思えばいいだろう…。
「よし、セットは完了だ。次は私が言う音程に変えながら吹いてくれるかな。ノイズやハウリングを抑えるために、まず低音域から頼むよ。」
「しっかりと音を全て伝えるために、いわゆるイコライザー機能を搭載していますのでこういった調整もできるんです!」
ウタハ先輩の言った通りにサックスを吹く。楽器ごとの音域の調節をすることで、別の楽器の音を目立たせることができるのだと。こういった音響についての知識もあまり無いので、やはりミレニアム生というべきか、流石エンジニア部だろう。
「よし、このくらいかな。それじゃあ、思い切り吹いてもらって構わないよ。ぜひアオホシ自身の音を、目一杯出してくれ。」
「OKです!」
ウタハ先輩に思い切り吹けとは言われたが、スピーカーがついている以上出し過ぎても騒音になってしまいそうなので先ほどより抑える…。
……あれ?スピーカーに繋いでいるはずなのに、小さくないか?もっと出していいのか、ならもっと…!
「ふふ、音量マキシマムくんは正常に動いているようだ。やはり彼女に頼むのは全てにおいて正解だったようだね。」
「インターネットが普及している今、どこでも音源を聴くことはなんら特別なことでも何でもない…。だからこそ、”本当の生の音”をどれだけ届けられるかが重要。ただ、音量が大きすぎたり高すぎたり低すぎたりすると、音割れ、ノイズ、ハウリングを起こしちゃう…。」
「それだけでなく、周りの環境も大事です。どれだけ明るく、楽し気な音楽でも暗闇の密室で聴かされたのなら楽し気には聞こえづらい、というかあまりにアンマッチなため、違和感を先に覚えるでしょう。
音量マキシマムくんは、有効範囲内のあらゆる場所に音源の”全て”を届ける装置!文字通り、全てだ。音量、音の強さはもちろん、会場の雰囲気までもを聴き手に感じさせます。そして最重要なのは、音割れを起こさないこと!音量マキシマムくんは音響スピーカーとは名ばかり、いわばダイブ装置のような、音楽の体験の全てを届ける装置なのです!」
「ふふ、我ながら恐ろしい発明をしたものだ。」
思い切り吹いている。吹いているはずなのになぜか物足りなく感じる。強さ?速さ?音の運び?それとも単純に疲れが出ているのか?
いや、足りない。単純に、足りないんだ。まだまだもっと走れるのに、体力はこんなにもまだあるというのに、距離が足りない。ゴールテープを無理やり切られているみたいな。
なら何度でも走ればいい。距離が短いなら、往復すればいい。給水はまだ要らない、まだ走れる。脚が動く。前に進む。
「デメリットとしては、演奏者からは常に音が普段より少なく感じることでしょうか。強く音を出せば出すほど、聴こえる範囲が大きくなっていきますが、演奏者は普段より小さい音を出してしまっているように感じます。」
「……その説明、したっけ?」
「……あっ」
足りない足りない足りない足りない。まだ出せる、走る。紡ぐ、目を瞑る…。
とんとんと肩を叩かれ、目を開ける。マウスピースから口を離し、そこでようやく既に限界が来ていたことを知り、ヒュと喉から音が鳴る。思わず咳きこんでしまった。汗がいつの間にかびっしょりだ。何時間吹いていたんだ?
肩で息をしながら、ふらふらと水を取りに行く。一気に飲むと吐いてしまいそうなので、少量ずつ喉を慣らしながら飲んだ。
「すまなかったね、デメリットについての説明を忘れていたよ。実は音量マキシマムくんは吹けば吹くほど音の聴こえる範囲が大きくなっていくスピーカーでね、そのデメリットとして常に演奏者からは音がいつもより小さく聴こえてしまうんだ。」
どうやら小さく聴こえていたのは私だけだったようで、しかもそれは正常だったらしい。何だか、少し安心した。周りの人達には、ちゃんと聴こえていたんだろうか。
「ただ、効果は絶大だったんじゃないかな?」
ウタハ先輩が横を指さすと、そこには大勢のミレニアム生が集まっていた。スマホを持ってアタシの事を撮っている人もいれば、アタシの音を聴いて話し合っている人もいる。いつの間にか集まっていたらしい。この人達にも、アタシの音が届いたんだろうか…。
目的を思い出して鞄を漁り、紙を持ちながらそこにいる全員に話しかけた。
「署名、していただけませんか。」
――――――
同刻、場所こそ違えど彼女の音楽が届いた人達が居た。
「ふーむ、随分と良い音が聴こえてきたのでドローンを飛ばしてみましたが…。中々良いものを聴けましたね、エイミ?」
「良いものなんてので表して良いのかが分からないくらい…、凄い演奏だった。これは、この子は、とんでもない子だよ。」
特異現象捜査部部室にて、ある2人が話していた。どうやら先ほどの演奏にドローンを飛ばして聴いていたようだ。
「何だかあの子の演奏聴いてたら熱くなってきた…。冷房つけていい?」
「エイミ?今何月だと思っているんです?ちょっと、エアコンのリモコンを取らないでください。何も言わずに冷房をつけないでくださいエイミ。エイミ?エイミ!何度に設定してるんですかエイミ!」
「……使っている楽器は、テナーサックス。これに特に変わった改造が施されてるわけでも無い。演奏者は、何故ミレニアムに居るのかは分からないけれど、ただのゲヘナ生…。
神秘が少し特殊なのかしら…。ただ、何か特別なことをしているわけでも無さそうだったのに。何故、あんなにも強い演奏ができたのかしら…。」
誰の目にもつかない、場所も分からない部屋にも1人。彼女も同じくドローン越しに彼女の演奏を聴いていたらしい。
「……署名…。」
――――――
今日の演奏はこの辺りにしようと、サックスを片付け始める。アタシの演奏が聴こえて集まってきてくれた人たちも署名をしてから元の場所に戻っていったようで、先ほどの人だかりが嘘かのように静かになっていた。
「データはしっかり集まったね。協力してくれて誠に感謝するよアオホシ。次はその音楽祭とやらで演奏を聴けることを祈っているよ。」
「あなたの演奏、とても凄かった。今度また個人的に聴けたらいいな。」
「もしメンテナンスでお困りだったり、機材等の問題があった場合いつでもエンジニア部に来てください!必ず助けになりますので!」
音響マキシマムくんを貸してくれたエンジニア部の方達も、一応まだ試作段階なのでもっと改良を重ねていくらしい。
さて帰ろうかと思ったのだが、肝心の署名の用紙が無い。
「えっ、嘘。」
あれが無くなるのはひっじょーにマズイ。今日やった意味の7割が無くなってしまう。とりあえず自分のいた場所を徹底的に探さなければ…。
そう思っていると、ピピピッと音が聴こえた。何だと思い振り返っていると、見たことの無いドローンが署名用紙を頭に乗せてこちらにカメラを向けていた。
「あぇ…?あっ署名!良かっっった~~~……。キミが見つけてくれたの?ありがとう!!」
署名を見ると、明らかに別の欄に”調月リオ”との署名があった。
「調月リオさん、でいいのかな…。ホントにありがとうございます!また良かったら、ジャズ聴きに来てください!」
肯定しているかのようにピーブ、ピーとビープ音をドローンが鳴らした後、どこかへと去っていった。あの人も、アタシの演奏を聴いてくれたのだろう。アタシの演奏は、ミレニアムにも通じているのだろう、きっと。
【あぁ、確かにアオホシに開発品を試してもらったことがあるよ。確か最初の時は、音量マキシマムくんだったかな。あれは我々エンジニア部としても中々の傑作品でね、アオホシには最初試作段階のときに使ってもらったんだ。そのときに初めて彼女の音を聴いたよ。あのときにサインでも貰えば良かったかな…。
いや恥ずかしながら、あのときは我々の発明品の出来がいかほどかに注目してしまっていてね。肝心の彼女の音を聴いてはいたのだが、凄い演奏をする人だな、という感想しか当時は出てこなかったんだ。出会って演奏をしてもらい解散をしたその日の夜に、彼女の演奏が耳にまだ残っていることに気づいたんだ。アオホシの演奏が凄いのは分かっていたんだ、例えどれほど別のものに注目をしていようともね。でもそれだけじゃないことに気づいていなかったあの時の自分を、少し恥ずかしく思っているね…。
凄いだけじゃないのは、皆も分かっているだろうから別の感想を出したいものなのだが…あまり音楽に精通しているわけじゃないから、こういったありきたりな感想でしか彼女の演奏を表せないのが、少し歯がゆいな。コトリに聞けばもっと詳しく説明してくれると思うよ。】
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ゲヘナでセナさんを出していないことに今気づきました……やっべ。