アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。 作:えーすえいち
朝、目を覚ますとモモトークに通知が来ていた。イブキからのようだ。
[最近ゲヘナに居ないよね?]
[またアオホシ先輩の演奏聴きたいな!]
一応ミレニアムに行く前にも説明はしておいたのだが、あまり納得をしてもらえた感じでは無かった。
ヒナちゃんにも署名をしてもらった日にゲヘナをちょっとだけ休むとだけ伝えてはいる。その際に欠席届も提出していたのだが、それを見たヒナちゃんが「…ちゃんと欠席届提出してくれる人、初めて見た…」となぜか驚いていた。確かに教室で授業受けるゲヘナ生は第二校舎の方の生徒だろうし、無断欠席の方が多いかもだけど…。学園として大丈夫なのかホントに。
とりあえずイブキに署名がある程度集まったら戻ってくる旨を伝えておこう。
[ミレニアムでの署名がある程度集まったら、またゲヘナに戻るので]
[その時に演奏してあげますね。]
[わーい!楽しみ!]
[しょめい頑張ってね!]
さすが万魔殿のマスコット枠。人の癒し方をよくわかっている…多分本人は無意識なんだろうけれど。ゲヘナ学園で純粋な子なんてイブキ以外に正直見たことが無いので、イブキとの交流は心が安らぐ。悪い方向に純粋な人はたくさんいるのだけれども。
そろそろ良い時間なので、ミレニアムに行こう。今日はどこで吹こうかな…。
「あ!水持ってくるの忘れてたー…。」
ミレニアムに到着し、十分に広く人通りもそこそこといった場所を見つけたので、さて吹こうと思いセットしていたのだが。鞄の中を漁っても水が無いことに気づいた。毎日使ったペットボトルを十分に洗って乾かしてから水を入れて持ってくるのだが、今日は忘れてしまっていた。
「しゃーない、購買で買うかぁ。」
セットしていたのをいじられたり盗まれたりしても困るので、セットを全て片付けてから購買に向かう。しかしこうして歩いていると、やはりゲヘナ学園とは違うのが周りの施設や、道からも感じられる。爆発とか銃乱射が起きていないだけなのかもしれないけれど。
売店に到着し水を買おうと思ったのだが、飲み物の棚を見るとエナドリが棚の半分を占めていた。あまりこういう飲み物は買ったことが無いのだが、美味しいのだろうか…。
「あのー、ごめん。」
ジーッとそれを見ていると後ろから声を掛けられた。商品の前で突っ立っているのに気づき、慌ててどいた。
「す、すいません!」
「大丈夫。それより今糖分が足りないから…。」
小型の球体をいくつか浮かせた、ポニーテールの人が飲み物の棚を開き、先ほど見ていたエナドリを持っていたカゴにどんどん入れていく。3、4、5…。数本買うだけかと思っていたのだがついに2桁本入れていくのを見て少しぞっとしてしまった。そんなに飲んで大丈夫なやつなのかそれ…。
「…どうしたの?」
「え、あぁいやな、なんでも…。」
「あ、もしかして欲しかった?」
「あいや、大丈夫です。飲んだこと無いので…。」
「それは…勿体ないね。…うん?」
顔を近づけてじろじろと頭から足先まで見られる。何なんだろうか。
「あなた…昨日、演奏してた人?」
水とエナドリをそれぞれ購入し、売店を出るなりその人はエナドリを1本、カシュッと勢いよくプルタブを引く。
「……ぷはぁっ、うん、この味。これこそが知性ある人のための飲み物だよ。」
「はぁ…。」
水を鞄にしまい、共に歩く。
「自己紹介がまだだったね…。ミレニアム2年生、ヴェリタス所属の小鈎ハレ。それでもう一度聴くけど、昨日の演奏はあなた?」
「はい。ゲヘナ学園1年生の宮本アオホシです。」
「ゲヘナ?ゲヘナ生がわざわざミレニアムになんて、珍しいね…。昨日の演奏、凄かったよ。部屋の中に居てもしっかり聴こえてきたくらいだったし。」
「ありがとうございます!あ、その、実はこういう活動をやってまして…。」
ハレ先輩に署名活動の内容を伝える。音楽祭を開くための署名であり、アタシの演奏を知ってもらうための活動でもあるということ。
「ふぅん、凄いね。昨日の演奏もSNSにいっぱいあがってるし、有名人になるのもそう遠くは無いと思うけど。マキも褒めてたよ。」
「とりあえず今日はタワー前のところで演奏しようと思ってますので、もしよかったらお友達の方連れてきて聴きに来てもらってもいいんで!」
「…朝から吹くの?」
「はい。」
「それは…凄いね。その姿勢を見てもらったら、もっと人気も出るだろうけど。」
「見てもらいたいのは、アタシの音なんで。見て、聴いて、それから判断してほしいです。なのでぜひ来てください。」
朝から吹いたり、夜遅くまで吹いて、演奏への熱意を認めてもらうのは別にいい。熱意はどんなプレイヤーにだってある。しかもキヴォトス一を目指すプレイヤーなんだったらなおさら。そうじゃなくて、アタシは音で判断してほしい。
「それじゃ、頑張ってね。」
「はい!ありがとうございます!」
タワー前に到着し、そこで別れる。改めてサックスを組み立てセットを始める。ランニングをしている人がこちらを怪訝な顔で一瞥してから過ぎ去っていく。演奏が終わるまで全員が待ってくれるとも限らないのは分かっているので、立て看板と譜面台も用意し、そこに署名用紙を置いておく。立て看板には「署名にご協力お願いします!」とペンで大きく書いてある。これなら道行く人達の目に留まるし、いちいち頼まなくても済む。さて、演奏を始めよう。
――――――
「あ、おかえりーハレ先輩。」
「おかえりなさい、ハレ。エナドリを買うだけのはずが遅かったですね?」
「うん、昨日の演奏家に出会ったから。」
ヴェリタスの部室内。サーバーの稼働音が部屋に小さく響き、モニターの灯りが室内を青く照らしている。
「えっ!それホント!?良いなーー!!」
「今日タワー前で演奏するらしいし、見に行ったら?」
「やったー!絶対見に行こっと!」
「マキ、あんた私の出したハッカー倫理の課題できたの?」
はしゃぐマキをヴェリタス副部長のチヒロが制する。何日か前に、健康診断のデータを改ざんしようとした罰としてチヒロから課題を出されているようだ。
「うっ、わ、分かってるよチヒロ先輩…。はぁ、今すぐにでも見に行きたいんだけどな…。」
「ハレ、コタマ。あんた達もだからね。」
「「はーい…。」」
「お、終わった~~……もうお昼過ぎてる…。」
「流石にお腹も減りましたね…。」
「私も…エナドリだけは流石に無理…。」
「…うん、まぁ全員合格かな。私もお腹減ったし、売店に買いに行く?」
「「「さんせ~い…。」」」
ほぼ死屍累々と化している3人を引き連れ、チヒロを先頭に部室を出て売店へと向かう一向。道中で少しばかり違和感を覚える。
「…?ねぇ副部長、なんか人少なくない?」
「そうね…。何かあったのかしら。お昼時だからみんな売店に向かってる…といってもこんなに静かなのは初めてかも。」
例え部室にこもって作業をしたりすることが多いミレニアム生とはいえ、もう少し活気があるのが日常だったのが。
「ねぇっ早く!急がないと終わっちゃうって!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
横を通り過ぎたミレニアム生がもう一人の手を引きながら何やら急いでいる様子だった。
「何かイベントでもあるんですかね?」
「…まさか、ね。」
ハレの頭に浮かんできたのは、アオホシの姿だった。スマホの時計を確認すると、もうそろそろ14時になるころだった。アオホシと出会ったのは…確か7時くらい?日は昇っていたが、まだ夜の寒さが若干残っており、少しばかり肌寒さの残る朝だった。そこから…7時間ずっと吹いている、というのか?いやあり得ないと、バカな考えを頭を横に振り脳から追い出す。いくら何でも疲労は誰の体にもある。7時間ずっとぶっ続けて吹くなんてことが…できない、だろうか。昨日のあの演奏をするような人が。
「先輩、あの子たち追ってみない?」
「…ハレからそんな提案が出るのは珍しいね。ただ、確かに気になる。追ってみようか。」
先ほどまでずっとデスクワークをしていた体が若干の悲鳴を上げている。全速力は流石に出せないので、早歩きで彼女たちの後を追う。
音が聴こえてくる。どこかの部屋で演奏をしている?いや、軽音部があるというのは聞いたことも無い。ならこの音は必然的にアオホシの音のはずだ。まだ自分は建物の中のはずなのに、彼女の音が鼓膜を揺らしている。
外を出ると、明らかな人だかりがタワーの前の広場にできていた。音の出所もあそこのようだ。ただ演奏者の後ろに人がいない。全員が彼女の前に立って、音を浴びている。
それもそのはずだ。アオホシはタワーを背に向けて演奏をしているはずなのに、なぜか音がこちらに向かってきているかと勘違いしてしまうほどに、強いからだ。もしそんな音を真正面から聴けるのなら、もし音を浴びれるのなら。全員がそう思ったのだろう。
「あー!あの人昨日の演奏してた人じゃない!?」
「あの子がか…ミレニアムでこんなに人が集まってるの、初めて見たかも。」
「なんだかこちら側から見ると一種のデモみたいですね。それか小規模なワンマンライブ。」
ずっと吹いていたんだろう。7時間。ずっと…。
「ねぇ、もっと近くに行かない?」
「うん!こんなすごい演奏間近で聴かなきゃ損だよ!」
この人は、何でこんなにも必死に吹けるのだろう。誰が聴いているのかもわからない、ましてや自分の知っている人は、ミレニアムにはいないはずだ。
ちょうど近づいたころ、演奏が終了した。もっと聴いていたかったとも思ったが、時間を考えれば妥当だろう。昼食は済ましたのだろうか。
「ふぅーー……ふぅ。ありがとうございました!もしよかったら、こちらの署名にご協力お願いします!」
観客たちがわっと署名用紙に集まる。当の本人はハンドタオルで汗を拭い、ペットボトルの水を飲み始めた。こちらに気が付いた様子で手を振って近づいてくる。
「ハレさん、聴きに来てくれたんですか。ありがとうございます。」
「うん。後ろのは、同じヴェリタスの部員。」
「何、ハレ先輩知り合いなの!?いいなー!」
「タワーの玄関からも音が聴こえてきていました。凄い演奏ですね。」
「昨日の演奏もあなたが吹いてたの?」
後ろにいたマキたちがアオホシに質問と感想を伝える。
「先輩、アオホシも多分疲れてるし、お腹も減ったから…。アオホシ、ご飯ってもう食べた?」
「あいや、まだです。」
「良かったら、一緒に食べよ。」
一緒に売店に向かい、アオホシが取ったパンとおにぎりと水を半ば強引に一緒にカゴに入れ、レジへと向かう。
「は、ハレ先輩!?自分で払いますよ!?」
「いいの。今日くらいはそうさせて。」
何故かこうしたくなった。こうしなきゃいけないと、なぜか思った。
その後、アオホシを挟むようにベンチに座りながら昼食をとった。
【アオホシの音楽はね、何というか、インスピレーションが湧く音楽だよね!ミレニアムは芸術に精通してる人って正直あんまりいないと思ってて。私のグラフィティも落書きだって言う人も多いし。だから初めてアオホシの音を聴いたときは、ホントにビックリしたよ。
ヴェリタスのみんなでアオホシの演奏を聴いたことがあってね、その後に一緒にお昼ご飯をベンチで食べたの。そのときにアオホシが吹いてた曲の事を教えてもらって、驚いたんだ。ジャズが、グラフィティと一緒なんだって。
アオホシから聞いたのでね、ジャズにはインプロビゼーションっていう、1人だけでアドリブで吹く部分があるんだって、ソロとも言うらしくて。そのソロでは、さっきも言った通りアドリブなんだって。ソロまでは楽譜があるんだけど、ソロからは楽譜が無くて、その場その場で音を作っていかなくちゃいけないんだって。
グラフィティも一緒なんだ。思うがままに色をつけていって、形にしていく。私がグラフィティをしているときみたいに、アオホシはソロを吹いてる。
それを知ったとき、何だか嬉しかった。私と同じように、芸術を生み出す人が他にもいるんだって知れて、とっても嬉しかったんだ。それにアオホシはあのときも、音楽祭のときもずっと楽しそうに吹くからね。】
映画を2回見て2回とも泣きました。
映画を見た方はぜひ原作を読んでほしいです。そして原作を読んだ後にYoutubeでBLUE GIANT MOMENTUMと検索してほしいです。最高のジャズがそこにありますので。